黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode5 ~お互いさま~

 午前の授業を終えて、昼休みを迎えた。いつものように、弁当箱と飲み物を持って屋上へ行こうとしたところを見計らったように、宮村(みやむら)に呼び止められた。何やら教室で話難いことらしく、二人で屋上へ移動。俺は自炊した弁当を食べながら、宮村(みやむら)は購買で調達した惣菜パンを片手に話し出した。

 

「最近、校内で盗撮騒動があること知ってるか?」

「ああ~。そういえば、クラスの女の子から聞いたことがあるな。確かまだ、犯人の目星はまだついていないんだろ?」

 

 最近朱雀高校で多発している、女子生徒を狙った盗撮事件。

 窓から人影を見たり、体育の授業後戸締まりをしていた更衣室のカーテンや窓が開いているなど、クラスの女子から聞いたことがある。

 

「女子の間では、犯人は山田(やまだ)じゃないかって噂されてる」

山田(やまだ)って、白石(しらいし)さんと一緒に階段で倒れてた奴だよな?」

「そうだ」

 

 制服をだらしなく着崩したり、耳にピアスを着けていたりと見た目は不良っぽいが。隣に座る宮村(みやむら)に目を向けて思う。

 こいつも左耳にピアスしてるしな、しかも三カ所も。これで生徒会副会長というのだから、俺は人を見た目で判断することは止めている。

 

「で。犯人は、山田(やまだ)なのか?」

「授業はサボるし、ケンカはする。マークしてる一人ではあった」

「じゃあ別にいたんだな」

「ああ。昨日2-Bの体育の授業中他校の生徒三人が、職員室へ連行された」

「へぇ......」

 

 連行された他校生のスマホには、被害にあった女子生徒の写真が保存されおり、盗撮写真を売買している証拠が保存されていたことが発覚、即座に警察へ引き渡された。

 これで山田(やまだ)への疑惑も晴れて一件落着と思われたのだが、宮村(みやむら)の話には続きがあった。

 

「だがな、どうも妙なんだ。教師の話によると、盗撮犯を連行してきたのは、あの白石(しらいし)うららだって話だ」

白石(しらいし)さんが?」

「相手は不良の男子が三人、しかもボコボコだったらしい。白石(しらいし)さんをよく知るお前なら、妙だと思うんじゃねぇか?」

 

 確かに、妙だ。俺の知っている白石(しらいし)は、物静かで真面目な性格。話のような行動をするタイプではない。

 

「それと、もうひとつ引っ掛かることがある。白石(しらいし)さんが盗撮犯を職員室へ連れていった時間、山田(やまだ)は追試を受けていた」

「それが?」

「アイツ、退学寸前なほど成績が悪いにも関わらず、全ての教科で100点満点中99点をとって退学の危機を免れた」

「全教科? もしかしてカンニング?」

 

 俺の疑問に、宮村(みやむら)は首を横に振った。

 同じ教室で追試を受けていたのは山田(やまだ)だけではなかったが、他の生徒は試験を体調不良で欠席した者たちで、山田(やまだ)が受けていた追試用とは違う内容の問題が出題されていたため、カンニングは不可能。 

 

「奇特なことが二件同時に起きた。これは何かあるんじゃねぇか、と俺は思ったワケよ」

「で? 俺にどうしろと」

 

 ニヤリ、と気色悪い笑みを浮かべると俺の肩に腕を回してきた。

 

「ちょっと探りを入れようと思ってな。ってことで頼む、白石(しらいし)さんに取り次いでくれ!」

 

 そういえば宮村(コイツ)は、白石(しらいし)にセクハラ発言をして絶賛シカト状態だった。果たして近づけていいものなのだろうかと思ったが、手を合わせてお願いされたため条件をつけて協力することにした。ただし、条件付きで。

 提示した条件は――セクハラ発言厳禁。

 二つ返事で快く条件を飲んだ宮村(みやむら)に対して、逆に一抹の不安を残しながらも、白石(しらいし)に電話をかける。反応はすぐに返ってきたが、電源が入っていないことを伝える機械音声だった。

 

「電源が入ってないみたいだな」

「マジか。まあ、白石(しらいし)さんは優等生だから学校じゃ電源切ってるか」

 

 立ち上がって、白石(しらいし)が先日、女子生徒たちと弁当を囲んでいた中庭を見てみる。今日は居ないようだ。仕方なく、彼女と同じクラスの知り合いにメッセージを送ると、教室で女友達と昼食を食べていることがわかった。

 

「教室に居るってさ」

「よっしゃ、じゃあ行こーぜ」

 

 弁当箱を片付けて、白石(しらいし)の教室2-Bへ赴く。情報通り彼女は、クラスメイトの女子たちと机をテーブル代わりに囲んで昼食中だった。

 

白石(しらいし)さん」

「んぐっ......!」

 

 背中から声をかけたことで驚かせてしまった。彼女の机にある飲み物を手渡す。

 

「あっ! C組の宮内(みやうち)くんと、生徒会の宮村(みやむら)くんよっ」

「二人ともカッコイイよね。宮村(みやむら)くんは、ちょっと怖いけどっ」

 

 一緒に昼食を食べていた女子たちのことは一先ず置いておいて、白石(しらいし)が落ち着いたところで用件を話す。

 

宮村(みやむら)が話があるみたいなんだ。聞いてあげてもらえる?」

「メシ食ってるところ悪ィけどさ。ちょっとツラ貸してくれよ」

 

 一瞬躊躇したように見えたが、立ち上がった白石(しらいし)は、作り笑いで振り向いた。

 

「え、ええ。いいわよー! さあ行きましょうっ」

 

 2-B教室を出て廊下を歩きながら宮村(みやむら)は、声を潜め話しかけてきた。

 

「お前から見て、今の白石(しらいし)さんはどうだ?」

「......正直、違和感しかない」

 

 一昨日、小田切(おだぎり)に宣戦布告を受けた日の放課後に話したように妙な作り笑顔で、変なテンションの白石(しらいし)。俺の言葉を聞いた宮村(みやむら)は、何かを確信したように意味深な笑みを浮かべる。

 

「なるほどな。じゃあ、ここまででいい。後は自分でやる。とりあえず放課後に誘ってそれとなく探り入れる。いいよな?」

「何で、俺に聞くんだよ。まあ、あれだ、セクハラは犯罪だからな?」

 

 にぃ、と白い歯を見せて親指を立てた。宮村(みやむら)白石(しらいし)と別れた俺は一人、教室へ戻った。

 さてさて、どうなることやら。

 そして、放課後を迎える。俺はいつも通り、バイト先のフットサルコートで子どもたちを相手にコーチ。今日は、16時からとやや早めのシフト。 そこへ例の二人が、車道を挟んで向こう側の歩道に通りかかった。俺に気づいた宮村(みやむら)は、白石(しらいし)に気付かれないように背中の後ろで親指を立てて合図を出した。

 

「アイツ、本気だったんだな......」

「コーチ、危ない!」

「おっと」

 

 死角から飛んできたボールを胸で落とす。

 

「ナイスパス。今度は相手へ蹴ってみて、今みたいな感じにね」

「はーい。行くよー!」

 

 もう一度歩道を見ると、もう二人の姿は見えなかった。小学生二組の練習計二時間の仕事を終えて、コート内に散らばった練習道具の片付けて回る。今日はこの後、別の予定が組まれているから忙しい。

 

「ねぇ、ちょっといいかしら?」

「はい?」

 

 背中に声をかけられて振り返る。ボールの飛び出し防止のネットの向こうに小田切(おだぎり)と、彼女に(うしお)と呼ばれていた男子が立っていた。

 

小田切(おだぎり)さん? それと......」

五十嵐(いがらし)(うしお)だ」

「俺は、宮内(みやうち)結人(ゆいと)

 

 お互いの自己紹介を済ませてから、用件を尋ねる。今度は、予め予防策を講じて。

 

「また勧誘ですか? 答えは変わらないよ。ところで、その格好は?」

「今日は、勧誘じゃないわ。お客として来たのよ」

 

 小田切(おだぎり)は、お洒落なウェアの裾を両手で持ってウェア姿を見せつけてきた。五十嵐(いがらし)は彼女と対極で、学校指定のジャージ姿。ウェア姿の小田切(おだぎり)に見とれているのか、彼女を注視している。

 突然のことにあっけにとられていると、小田切(おだぎり)は可愛らしく頬を少し膨らませて批難めいた声で言う。

 

「あなたが、サッカーとフットサルは違うって言ったから確かめに来たのよっ!」

「あ、ああ~、そうですか。では、こちらへどうぞー」

 

 二人をクラブハウスのロビーに案内して、空いている席に座ってもらう。カウンターにある会員登録書を用意してテーブルに戻る。

 

「うちは会員制だから登録が必要なんだ。面倒だと思うけど、お願いするよ」

「そう、わかったわ」

「うむ」

 

 書き終えた登録書に記入漏れがないか確認。

 

「女性は、一時間700円。あら、思ったより良心的なのね」

「......男は1400円か。思ったより高いな」

「それは、一般価格だから。学生割引とかあるから安くなるよ。生徒手帳持ってる?」

「今は、持ってないわ」

「俺も家だ」

 

 二人とも生徒手帳は制服に入っているため持っていないらしい。とりあえず、記入漏れがないことは確認出来た。紹介者の項目に自分の名前を記入し、店長に確認を取る。

 

「店長。同じ学校の友達が二人来てくれたんですけど、スタッフ割引と学生割り適応して良いですよね?」

「いいよー」

 

 カウンター裏から声だけが聞こえてきた。トップの許可をもらえたことで、割引適応で無事に登録完了。 二人を連れて、初心者が集まるエンジョイクラスのコートに入り、先に来ているお客さんと挨拶を交わして、三人でボールを回す。

 

「始まるまで少し時間があるから少しボールを蹴ろうか。二人ともフットサルの経験は?」

「ないわ。けど、サッカーなら体育の授業でしたことあるわよ。ゴールを決めたこともあるんだからっ」

 

 小田切(おだぎり)は得意気に神に触れた。五十嵐(いがらし)の方も、体育で少しサッカーをしたことがあるだけとのことだった。ほぼ完全な素人の二人に基礎的な知識(ルール)を説明して、開始時間を迎える。ピッチの中央で輪になって並び、俺は司会進行を務める。

 

「参加人数的に中途半端に別れることになるので、人数が少ないチームにはスタッフの自分が入ります。ケガには十分注意してください。それでは始めましょう」

 

 俺は、タイマーをセットして試合開始を告げるホイッスルを吹いた。

 

「はぁはぁ......。な、なによ。これ......? 授業のサッカーより全然大変じゃないっ」

「くっ......!」

 

 7分プレー5分休憩を挟んで計五試合のインターバル。一時間のプレーを終えた二人は、息絶え絶えといった様子。ぺたんと座り込む小田切(おだぎり)と、両膝に手をつき辛うじて持ちこたえている無言の五十嵐(いがらし)に、スポーツドリンクを差し入れる。

 

「お疲れさま。はい、どうぞ」

「すまん......」

「あ、ありがと......」

 

 水分補給をして息を整えている間にコートの片付けを済ませ、二人の元へ戻る。

 

「あなた、なんで息どころか、汗一つかいてないのよ......?」

「まったくだ。バケモノか......」

 

 酷い言われようだ。

 

「いや、だって俺、ほとんど動いてないし」

 

 やや後方のポジションに取って、極力動き回らずにパスを出す役目、パサーに徹していたため殆ど動いていなかった。

「結構ボールに触ってたじゃない」と、納得いかない不満表情(がお)だったが次の使用時間が詰まっている。コートを空けるため移動してもらう。

 

「ねぇ、手貸して」

「はいはい。どうぞ」

 

 自力で立ち上がれないのか、近くに居た俺に手を差し出した。小田切(おだぎり)の手を掴んで起こすと彼女の足がよろけた。慌てて抱き止める。密着した彼女の体から、凄く良い香りがした。

 

「大丈夫?」

「え、ええ。もう平気よ」

 

 抱きかかえていた身体を放して、クラブハウスのロビーへ三人で移動。疲れが少し和らぐのを待って、二人は帰っていった。よほど疲れたらしく、サッカー部への勧誘はなかった。俺としてはありがたい。帰り支度を済ませて家路を歩く。角を曲がったところで見知った後ろ姿を見つけた。

 隣に行って、声をかける。

 

白石(しらいし)さん」

「えっ? あ、宮内(みやうち)くん」

「塾の帰り?」

「ええ、あなたはアルバイトの帰り?」

「うん、そう」

「こんな遅い時間まで大変ね」

「それは、お互いさまでしょ?」

 

 ――そうね、と小さく微笑んだ白石(しらいし)は、昼休みと違って俺の知っているいつも彼女の表情(かお)

 

宮村(みやむら)とは、どうだった? あいつ変なこと言わなかった?」

「ええ、平気よ」

「そっか。それなら、よかった」

 

 とりあえずひと安心、と思っていると彼女の家の前に到着。家の中には入ったことはないが、三階建ての立派な家。

 

「じゃあお休み。また明日」

「ちょっと待って」

「ん? なに?」

「ねぇ、宮内(みやうち)くん」

 

 振り返ると白石(しらいし)は俺の前までやって来て、真剣な表情(かお)で言った。

 

 ――あなた、キスしたことあるかしら、と。


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