黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode58 ~彩り~

 厳しい日差しが照りつけるアスファルトに揺れる陽炎、蝉時雨の波、異常な暑さにも負けず、逞しく咲く小さなアザミの花。梅雨らしい長雨もなく、比較的空梅雨だった初夏が過ぎ去り、本格的な夏の様相を見せ始めた七月下旬。高校生活最後の夏休みを数日後に控え、一学期の期末試験を終えた私は、新校舎に構えるフットサル部の部室へ足を運んだ。

 部室は、蒸し暑い廊下とは違って冷房が効いていて、熱のこもった体を冷まし、額や制服の下にかいた汗もすぐに乾かしてくれる。けど、汗が乾いた後臭いとかやっぱり気になるから、デオドラントボディシートは夏の必須アイテム。

 

「その、ボディシート良い匂いですね。なんの香りですか?」

「バラの香りよ。匂いがキツすぎるのが多いけど、これは微香料で保湿成分も配合してるから、冷房が原因の乾燥ケアにもなるわ」

「あ、ほんとだ、すべすべしてる」

「てゆーか、日焼けもほとんどしないし」

「当然よ。部活中も、ちゃんと対策してるもの。女子たるもの常に人から見られていることを意識しなきゃダメよ」

寧々(ねね)先輩が言うと説得力ありますね」

「努力してるんですね、やっぱり。ただエロいだけじゃないんだー」

「ちょっと! その言い方やめてくれないかしらっ!」

 

 宮村(みやむら)の家で執り行われた結人(ゆいと)くんの復帰祝いパーティーでの失態以来、二人はことある度にそっちの話に持っていこうとする。何があったかはもちろん秘密。 まったく、(みやび)ちゃんが男子と入れ替わって色々知っておくのも良い経験になるなんて言うから。ほんと、男子たちに聞かれなかったのが唯一の救い。

 

「どうしたの?」

「あ、宮内(みやうち)先輩、こんにちはー」

「おつかれさまでーすっ」

 

 部室に入るなり、不思議そうな表情(かお)をしていた結人(ゆいと)くんは二人に挨拶を返してから、いつものように私の隣に腰を下ろした。

 

「それで、何話してたの? 廊下まで声が聞こえたけど」

「何でもないわ、他愛のない話よ。それより。(うしお)くん遅いわね」

五十嵐(いがらし)なら、玉木(たまき)に呼び出されて生徒会室に行ったよ」

 

 ここに居る時メールでやり取りしてるのは何度か見たことがあるけど、生徒会室へ直接呼び出されるのは珍しい。何か重要な用件なのかしら? なんてことを思いながら四人で話をしていると、(うしお)くんがやって来た。

 

「受験のことで呼ばれたんだ。そこで、“7人目の魔女枠”ってので朱雀大学へ推薦での進学が決まった」

「あ、そういえば西園寺(さいおんじ)先輩も、五十嵐(いがらし)先輩と同じ理由で推薦もらって短大に進学したんだったわね」

「ええーっ、なにそれ、ずるーいっ」

「何言ってるのよ。(うしお)くんは、それだけ重い役割を背負ってるってことなのよ」

 

 何て言っても、“7人目の魔女”の能力を使うと、みんなに自分のことを忘れられてしまう。魔女の能力を知ってる人には事前に学校の敷地外に出てもらえば忘れられないから、玉木(たまき)もその辺りはちゃんと配慮している。でも結局、魔女を知る知り合いがいない自分のクラスでは、孤立しちゃうのよね。

 

「あっ、そうだ!」

「言っておくが、滝川(おまえ)が“俺の後継者”になっても無条件で推薦をもらえるワケではないぞ。推薦してもらえる必要最低限の学力は必須だ」

「なーんだ、じゃあいいです」

 

 宛が外れたノアちゃんは、露骨に興味を無くした。そんな彼女に対して、呆れ顔で(うしお)くんはひとつ深いタメ息をついた。気を取り直して、今週末から始まる夏休みの話題へ。

 

「サッカー部は、終業式から合宿なんですよね?」

「そうだよ」

「じゃあ、ここはどうするんですか?」

 

 (じゅん)ちゃんの素朴な質問に、結人(ゆいと)くんと(うしお)くんは顔を見合わせる。言われてみれば、フットサル部での合宿申請は出していない。生徒会長が玉木(たまき)だから、頼めば今からでも融通を利かせてくれると思うけど、でもそれ以前に――。

 

「大会に出るとか、何か目標があるわけでもないし」

「部員も、私たち三人だけ」

「そもそもこの部自体、魔女探しのためだけに作った仮初め部活だったからな」

 

 ――そうなのよね、魔女を探すことが目的だったのに。今みたいな関係になるなんて、去年出会った時には夢にも思わなかった。

 

「あん? ここフットサル部の部室じゃねーか」

「つーことは、こん中に魔女が居るのか!?」

 

 ノックもなしに突然、部室のドアが開いて騒がしい声が背中から聞こえてきた。いちいち確認する必要もない、この緊張感のない声の主は、あの二人の男子。

 

宮村(みやむら)先輩と、山田(やまだ)だ」

「俺は、呼び捨てかよ!?」

「せんぱーいっ、ノアに会いに来てくれたんですねーっ!」

「ちげーし! 引っ付くな! おい、宮村(みやむら)、いったい誰が魔女なんだッ? 俺には、(うしお)しか見えねんだ!」

「フム。どうやら、五十嵐(いがらし)の反応だったようだな」

「また、無駄足かよ」

「あんたたちねぇ。いきなりやって来て、いったいどういう了見なのかしら? ちゃんと説明なさい!」

「は、はい......」

 

 私の一喝で、山田(やまだ)宮村(みやむら)はまるで借りてきた猫のようにおとなしく正座して、部室へ来た事情を話し始めた。山田(やまだ)は、リカ先輩の儀式によって失ってしまった一年生の三学期の記憶を取り戻すため、虚弱体質の詫摩(たくま)の代わりに“7人目の魔女”の能力をコピーして、最後の魔女を探してる。山田(やまだ)観測手(スポッター)になった宮村(みやむら)の探知レーダーで、新校舎に魔女が居ることが分かり、この部室に来たという事情。

 

山田(やまだ)が当時付き合ってた人は、うららちゃんだったんでしょ? それなのに、まだ記憶を取り戻そうとしてるの?」

「ま、そうなんだけど。けどよ、全校生徒の記憶を消さなきゃいけねぇほどの事情(こと)があったんだ。やっぱり何があったのか、俺は、それを知りてぇ......!」

「記憶が消されてなきゃ今頃、白石(しらいし)さんともっといちゃいちゃ出来てたかもしんねーもんな!」

「なッ!? んなこと、ちょっとしか思ってねーよッ! 俺はただ純粋にだな――」

 

 ――何が純粋よ、白状してるじゃない。

 焦る山田(やまだ)を見て、宮村(みやむら)が面白がって笑っている。ノアちゃんはノアちゃんで、すごく不機嫌そうに殺気を出して睨んでるし。

 

「ま、そう言うわけさ。猪瀬(いのせ)さんは、何か心当たりないか?」

「あったら、会長に報告してます。生徒会にとっても、7人の魔女全員の把握は最重要案件ですし」

「それもそうだな。しかし、これだけ探して見つからねぇなんて、あと一人はいったいどこに――って居た! 行くぞ、山田(やまだ)!」

「行くって、オイ、宮村(みやむら)! 待てよ!」

 

 二人してどたばたと慌ただしく部室を出ていった。

 

「まったく、騒がしいわね。ドアくらいちゃんと閉めて行きなさいよ」

「あ、私、生徒会室へ行ってきますので」

 

 ドアを閉めようとした私を制止して(じゅん)ちゃんは、長座布団から立ち上がった。

 

「あれー? 今日、休みじゃなかったのー?」

「最後の魔女が見つかったみたいだから」

 

「たぶん、緊急会議の招集がかかる思うし」と、めんどくさそうに答えてからスクールバッグを肩にかけた(じゅん)ちゃんが部室を出る寸前、体育の補習を終えたナンシーからのメッセージを受け取った私たちも一緒に部室を出た。テスト終わりで、生徒もほとんどいない廊下を三人で話をしながら歩く。

 

「先輩方はこれから、デートですか?」

「違うよ。今日はお互い個別の用事があるんだ」

「そうなんですかー、いつも一緒なわけじゃないんだ。あれ?」

「どうしたの?」

 

 不意に階段の踊り場で、彼女が立ち止まった。全面ガラス張りの窓辺から校舎裏のグラウンドを不思議そうに見つめている。同じようにグラウンドを見ると、肌を焼くような強い日差しがさんさんと降り注ぐ夏空の下、対称的な短髪と長髪の制服姿の男子が二人、グラウンドのトラックを走っていた。

 

「今日って、部活ないですよね?」

「そのハズだけど」

 

 テスト終わりで、運動部の殆どが休み。そもそも、制服に革靴で走ってるから運動部でも体育の補習でもなさそう。

 

「あっ、あれ、詫摩(たくま)だ!」

詫摩(たくま)って、男子側の“7人目の魔女”の?」

「はい。あの杖とキザなブレザーのはおり方、間違いありません。生徒会室にふらっと現れては、人をおちょくってその反応を面白がってる問題児なんです!」

 

「でも、誰かと一緒に居るなんて珍しいな、学校ではいつも一人なのに」と続けた(じゅん)ちゃんの話を聞いた結人(ゆいと)くんは、アゴへ手を持っていき少し考え込むようなそぶりを見せた。

 

「......もしかすると、一緒に走っているのが山田(やまだ)たちが探してる最後の魔女かもしれないね」

「行ってみましょ!」

 

 山田(やまだ)たちが探している詫摩(たくま)側の魔女と直接的な関わりはないとはいえ、元魔女としてはやっぱり気になる急遽予定を変更して、校舎裏のグラウンドへと向かうことにした。グラウンド付近の二人の顔がはっきり見えるところまで来て、詫摩(たくま)と一緒に走っているもう一人の男子の顔を確認、それは私たちの知っている顔だった。

 

「って、山田(やまだ)じゃない!」

「魔女を見つけたって言って、宮村(みやむら)先輩と一緒に出ていったのに。何で走ってるんだろ?」

「たんなる気まぐれじゃないの。生徒会(あなたたち)の反応を楽しんでる時みたいに」

「あり得ますね」

 

 山田(やまだ)詫摩(たくま)は私たちに気づくことなく、言葉を交わしながら汗だくになりながら走り続けている。

 

「じゃあ私は、生徒室へ行きます」

「ええ、私たちも行くわ。行きましょ、結人(ゆいと)くん」

 

 けれど、結人(ゆいと)くんから返事は返ってこなかった。もう一回声をかけてみてもどこか小難しい表情(かお)で。トラックを走る二人を目で追い続けている。

 

「ぜんぜん気づかないですね。せんぱーいっ」

「ん? どうしたの」

 

 視界に入るように手を振って、ようやく気がついた。

 

寧々(ねね)先輩、欲求不満みたいですよ」

「はい?」

「そ、そんなことないわよっ!」

 

 ――突然何を言い出すのかしらっ、この子はっ!

「冗談です」と、いたずらっこのように笑って「そろそろ生徒会室へ行きます。また明日」と言って、校舎へ入っていった。私たちもグラウンドを離れて、校門へ向かう。

 

「結構おちゃめさんだよね。初めて部室に案内してもらった時は、真面目でちょっと堅い感じがしたけど」

「実際一緒に生徒会で活動していた時はそうだったわ。元会長の理不尽な命令には不快感を示したし、テキトーに仕事をする宮村(みやむら)を叱ったり。だから、仏頂面でいる印象(こと)が多かったわ」

 

 でも、だからこそ山崎(やまざき)元会長は、入学したばかりだった彼女を生徒会役員に抜擢して、私も真面目な仕事ぶりを知っているから、玉木(たまき)に推薦した。

 

「あ、そういえばお茶の時間になると、いつも嬉しそうだったわね」

「そこは、やっぱり年相応の女の子だね」

「ええ。でも、さっきみたいに笑顔で冗談を言うことは一度もなかったわ」

 

 あんなに楽しそうな表情も生徒会で一緒だった頃には見たことない。

 

「やっぱり、同級生の友だちが居るのが大きいのかもね」

「そうかもしれないわ、生徒会はみんな上級生だったし。だけど! 先輩をイジって楽しむのはどうかと思うわ!」

 

 (うしお)くんも、暇をもて余したノアちゃんに将棋の駒を勝手に動かされたり、いろいろちょっかい出されてると不満を漏らしていた。最近は諦めて、トランプとかオセロとか仕方なく遊びに付き合ってあげてると言っていた。

 

「きっと、二人とも面倒見が良いからだよ。ほら、寧々(ねね)のクラスの留学生の時もさ」

「ああー......アレックスのことね」

 

 アレックス・スペンサーは、アメリカから来た留学生。

 そして、うららちゃんの能力と同じ“入れ替わり”の能力を持つ、詫摩(たくま)側の魔女の一人。

 アレックスは、文化の違いからかどうもコミュニケーションが取りづらくて、クラスで浮いた存在になってしまっていた。玉木(たまき)に相談したところ相手は魔女と言うことで、生徒会の働きかけで山田(やまだ)が問題の解決に努めることに。山田(やまだ)はアレックスと入れ替わり、友だちを作ることを提案。手っ取り早く友達を作るため山田(やまだ)が取った作戦は、アレックスの持ち前の身体能力を活かして運動部に体験入部すること。

 

「だけど、あなたたち容赦なく返り討ちにしてたじゃない」

「あれは、山田(やまだ)が悪い。公式戦じゃないって言っても試合前日に道場破りみたいなことするからいけないんだよ」

「ま、確かにね」

 

 体験入部の最中調子に乗ってサッカー部に来た山田(やまだ)は、結人(ゆいと)くんたちにこてんぱんにのされたわ。読みと経験がモノをいう一対一の勝負では、アレックス自慢の身体能力も通用しなかった。

 それでも山田(やまだ)の活躍で今やクラスでも人気者になって目的は達成された。

 

「ようやく来たね!」

 

 話をしているうちにいつの間にか、ナンシーと待ち合わせした校門に到着。門柱に寄り掛かって腕を組んでいるナンシーが、やや不満気な視線を向ける。連絡しなかった私に落ち度があるから、ここは素直に謝っておきましょ。

 

「ごめんなさい。ちょっと急用があったの」

「ふーん、ま、いいけどさ」

「ところで、大塚(おおつか)さんは?」

 

 今ここ居るのはナンシー、猿島(さるしま)さん、姫川(ひめかわ)さん、シド、それと少し離れた所に火野(ひの)さん。だけど辺りを見渡しても大塚(おおつか)さんの姿が見えない。テスト終わりにみんなで遊びに行く予定だったんだけど、どうしたのかしら?

 

芽衣子(めいこ)は、夏のイベントに間に合いそうにないから今回は遠慮させてって」

「あら、そうなの。そういう事情なら仕方ないわね」

 

 そう言えば、去年の今頃も忙しそうにしていたわ。因みにうららちゃんと(みやび)ちゃんは部活よ。

 結人(ゆいと)くんとシドとはここで別れて今日は、女子だけで遊びに行く。まずはお昼を食べに学校最寄りの商店街の裏通りにあるカフェに入った。

 

「へぇー、こんなところにカフェなんてあったんだね」

「ステキなお店ね。ワタシ、知らなかったわ」

「さすが、寧々(ねね)ちゃんですっ」

「ふふーん、まーねっ」

 

 本当は去年の秋、二回目のデートで彼が連れてきてくれたカフェ。落ち着いた雰囲気で、隣の席とも距離があって静かにゆったりくつろげるから、一人で訪れることも。

 

「ところであなた、いつまでそうしているつもりなの?」

 

 席についてから、ずっとスマホとにらめっこしている火野(ひの)さんに声をかける。

 

「ふぇっ!?」

「今日は女子だけでなんだから、そんなに身構えなくてもいいじゃない」

「そ、それは、そうなんですけど......」

 

 相変わらずの人見知り。火野(ひの)さんの部屋に一緒に写った写真をきっかけに、少しずつだけど普通に話せるようになってきたけれど、やっぱり難しいみたい――と思ったのも束の間。私が想像していたよりもずっと早く、みんなと話せるようになった。

 

「えっ!? 猿島(さるしま)さん、スカウトされたんですかっ?」

「そうなの。ウインドウショッピングしてたら、読者モデルに興味ないかって声かけられて」

「マリアちゃん、すごいですっ!」

「で、引き受けるのかい?」

「う~ん、まだ考え中かな? でも、将来アパレル関係の仕事に就きたいから――」

 

 写真の中の火野(ひの)さんは、男女関係なく楽しそうに写っていたのを思い出した。もしかすると記憶を失っていても、心の片隅にあの時の楽しかった思いが残っているのかもしれない。

 

寧々(ねね)ちゃん?」

「え、なに?」

「進路の話です」

 

 考え事をしていた間に、猿島(さるしま)さんの話から広がって卒業後の進路の話題に変わっていた。

 猿島(さるしま)さんは、アパレルデザインの専門学校。ナンシーは(うしお)くんと同じで、“7人目の魔女”の功績から朱雀大学への推薦入学を確約。姫川(ひめかわ)さんも、大学進学を目指すそう。

 

「私は、女子大に行けたらいいなって」

朱雀大学(うえ)には行かないのかい? 成績は悪くないんだろ」

「えっと、やっぱり男子はまだちょっと......」

 

 火野(ひの)さんはまず、この極度の人見知りを克服することが何より一番の課題。山田(やまだ)が起こそうとしている儀式で失った記憶を取り戻せば、改善の兆しが見えるかも。私みたいに。

 

「私も、進学よ。中間も今回のテストも手応えはあったから推薦をもらえると思うわ」

「さすが、寧々(ねね)ちゃんですっ。学業も部活も両方ともこなしちゃうなんて!」

「あっははっ! 愛の力は偉大だねー」

 

 頬杖をついて、ニコッと微笑む猿島(さるしま)さん。ナンシーはナンシーで何か言いたそうな顔をしている。

 

「何よ?」

「いや、ちょっと意外だと思っただけさ。寧々(ねね)は、男を尻に敷くタイプだと思ってたからね」

 

 ――何よそれ、失礼しちゃうわね。いったい、どういう目で人のことを見ているのかしら。反論する前に、ナンシーは続きを話し出した。

 

「その証拠に自分の身だしなみは二の次みたいだしね」

「そんなことないわよ。どんなに忙しくたって、スキンケアを怠ったことなんて――」

「アタシが言ったのはそこじゃないよ。髪のことだよ」

「髪? あっ......」

 

 指摘されて、意味がわかった。確かに今の私は、以前の私と違う。いつもショートボブだった髪は、いつの間にか肩にまで伸びて後ろで結べるくらいになった。

 今までの私からすれば、こんなに長くなっても切らずにいるのは初めて――。

 

「人一倍気を使ってた寧々(ねね)が、誰かのために尽くすなんて」

「ワタシは、羨ましいな。自分のことは二の次、好きな人の......大切な人のために生きられる。そんな人と巡り逢えるなんて」

「わ、私もそう思いますっ。大学に行きたいと思ったのも、ずっと引っ込み思案だった私が山田(やまだ)さんと出会えて、灰色だった世界をいろんな色に溢れた世界に変えてくれたからなんです。私の想いは届かなかったけど。でも、大学に行けば、またそんな人に出会えるかも知れませんし!」

「......私も、いつかそんな恋が出来たりするのかな?」

「できます、絶対ですっ、一緒にがんばりましょうっ」

姫川(ひめかわ)さん......はいっ」

「なら先ずは、その人見知りを克服しないとね!」

「う、ううっ......」

「あーあ、晴子(はるこ)がいじめたー」

晴子(はるこ)って呼ぶなっ、ナンシーって呼べ!」

晴子(はるこ)ちゃん、大声出すと他のお客さんに迷惑だよ」

「だから、晴子(はるこ)って呼ぶなー!」

「あははっ」

 

 みんな、それぞれの未来へ向かって歩き出そうとしている。

 私は、どうなのかしら? 大学に行って何をしたいのか、自問自答をしてみても正直まだ、答えは見つからない。でも今は、好きな人の力になりたい。その気持ちだけは間違いない。

 だって、あの人は――姫川(ひめかわ)さんにとっての山田(やまだ)のように。

 ――私の瞳に映る世界を彩ってくれた人だから。


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