黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode57 ~柔らかな笑み~

 視界に映るのは、真っ白な天井。

 少し硬めの規格ベット、鼻につく消毒の匂い、窓際で揺れる清潔感のある白いレースのカーテンが、入院していた時のことを思い起こさせる懐かしい雰囲気。なぜ今また、医務室に居るのかというと試合後ミーティングを行うロッカールームへは行かず、負傷した足の治療のためスタジアム内に完備されている医務室へ直行したため。治療といってもそんな大ごとではなく、ちょっとつっただけだから大したことじゃない。

 

結人(ゆいと)くん!」

 

 ベットに横になって治療を受けていたところ、血相を変えた寧々(ねね)が医務室に入ってきた。額にはうっすら汗が滲み、呼吸も少し乱れ、相当急いで来たことが伺える。何か、急ぎの用事でもあるのだろうか。身体を起こし、ベッドを椅子替わりにして尋ねる。

 

「どうしたの? そんなに慌てて――」

「どうしたの、じゃないわ! ロッカールーム行ったら、医務室で治療を受けてるって言うじゃない!」

 

 大丈夫だと伝えておいてとは言ったんだけど、それは聞かずに飛び出して来てくれたんだ。不謹慎だけど、やっぱり嬉しい。

 

「大丈夫、ふくらはぎが少し張っただけだよ。だからこうやって、水分補給と患部のアイシング。それと、テーピングで固めとけばすぐに歩けるから」

「ホントなんでしょうね?」

「ほんとほんと、ですよね」

 

 信じてもらうため、患部の処置してくれた女性看護士に話を振ると「ええ、心配ないですよー」と、どこか微笑ましそうにうなづいた。

 

「ほら、大丈夫でしょ」

「そう。ハァ、もう心配させないでよね?」

 

 看護士のお墨付きが出たことで納得した寧々(ねね)は大きく息を吐いて、ベット脇のパイプ椅子に座った。

 

「まだ、走れる筋力(スタミナ)は戻ってなかった」

「仕方ないわよ。本来は、冬に復帰の予定だったんでしょ。それなのに、無理して五点目を奪いに行って、それでケガしちゃ意味ないじゃない」

「はい、スミマセン」

 

 大したことなかったとはいえ、心配させたことは間違いないから素直に謝っておく。

 ――でも、これがきっかけになるのなら安い出費。

 治療が終わったことを告げるアラームが鳴り響いた。患部のアイシングを外した看護士がテーピングを巻こうすると「私がやります」と寧々(ねね)が申し出て、幅と伸縮性の異なる複数のテーピングを巧みに使いこなし、あっという間に巻き終えてしまった。

 

「どうかしら?」

「スゴく動かしやすい。でも、いつテーピング巻けるようになったの?」

 

 教えた覚えはないし、他の女子マネージャーたちにもこれほど手際よく巻ける人はいない。

 

「本とか、動画サイトを見て独学で覚えたわ。部室に入り浸ってる後輩たち二人にも協力してもらってね」

 

 ――あの子たちが練習台になってくれてたのか、今度何か埋め合わせしておこう。

 

「それじゃ戻りましょ。早く戻らないと、ミーティングが終わっちゃうわ」

「あ、そうだね。ありがとうございました」

「はい、お大事に」

 

 俺たちは看護士と医者に頭を下げて、医務室を退室。寧々(ねね)の手を借りて、控え室の前まで行くと、朝比奈(あさひな)がスマホを片手にコンクリート打ちっぱなしの壁に寄りかかっていた。

 

「来たか。ミーティングは、今さっき終わったところだ。今日は解散、明日は一日フリーだ。顧問と何人かのレギュラーメンバーと次の対戦相手が決まる試合を観戦する予定だが、お前たちは休んでいろ」

「たちって。私も?」

「監視を頼みたい。しっかり、療養させてくれ。全国が見えている今、故障で離脱でもされたらシャレにならないからな」

「そういうことなら任せておきなさい。しっかりめんどうを見てあげるわっ」

「俺は、子どもですか」

「痛いと素直に言う子どもの方が幾分扱い易い」

「そうよ。あなたは、もう少し自分の身体を大事にするべきだわ」

 

 自覚があるから、何も言い返さない。二人から、実に耳の痛い有難いお説教をしていただき、デビュー戦を勝利で飾ったスタジアムを後する。すると偶然にも、対戦相手の帝王学園サッカー部とばったり出くわした。大差で負けるなど夢にも思っていなかったのだろう。俺たちの数メートル前を落胆した様子で歩く集団の中に、アイツの姿を見つけた。向こうも俺たちに気がつき、苦虫を潰したような表情で歩いてくる。

 

「そういえば、ドリンクのストックが切れていたな。マネージャー、買い出しに付き合ってくれ」

「えっ? でも――」

 

 気を利かせてこの場を離れようとする朝比奈(あさひな)に言われて、寧々(ねね)は戸惑いながら俺に目を向けた。頷いて答える。

 

「......わかったわ。行きましょ、朝比奈(あさひな)くん」

 

 不満半分心配半分といった感じで渋々、この場を離れて行く。二人が見えなくなった直後、眉間に皺を寄せ憮然とした表情の嘉納(かのう)が、目を合わせることなく俺の目の前を横切った。

 

「この借りは、冬に倍にして返す」

 

 すれ違いざまにそう言い残して過ぎ去ろうとした背中に向かって、言葉を投げつける。

 

「ムダだ、もう勝負はついた」

 

 嘉納(かのう)の足が止まった。

 

「たかが一度勝っただけでいい気になるな。必ず物にしてみせる......」

「何度やっても結果は変わらない。お前だって、本当はもう分かってるんだろ。こんな真似事(こと)を続けたって、意味がないことくらい」

 

 問い掛けに答えることなく、バスが待機している駐車場へ歩いて行くその後ろ姿に、どうしようもないやるせなさを感じて思わずタメ息が漏れる。

 

「どうしたの?」

「――えっ?」

 

 顔を上げると、すぐ近くに白石(しらいし)がいて不思議そうな顔で首をかしげていた。

 

「今の、対戦相手の人よね?」

「うん、少し話してただけだよ。他のみんなは?」

「買い物に行ったわ」

「買い物?」

「ええ、初出場とベスト4進出のお祝いをしようってことになって。電話しても通じなかったから直接呼びに来たの」

 

 そういえば、スマホの電源を切ったままだった。

 

「ごめん。電源切ってた」

「ううん、すれ違いにならなくてよかったわ。寧々(ねね)ちゃんは?」

「ああ、寧々(ねね)は――」

「あら、うららちゃんじゃない」

 

 寧々(ねね)朝比奈(あさひな)が、対戦相手が乗ったバスが発車したのを見計らったように戻ってきた。

 

「心遣いはありがたいが。俺は明日、朝イチで偵察へ行く予定だから、今日は早めに休みたいんだ。気持ちだけ受け取っておく」

「そう、それなら仕方ないわね。お疲れさま。それから、おめでとう」

「サンキュー。お前も早めに上がれよ」

「分かってる」

 

「じゃあな」とスポーツバッグを担ぎ直し、くるりと踵を返して軽く手を上げて、バス停へ向かっていく背中を見送る。

 俺たちは別路線のバスに乗り、パーティが催される宮村(みやむら)の家へ向かった。最寄りのバス停で下車して歩くこと数分、パーティー会場に到着。

 

「相変わらず、大きい家ね」

「だね」

「もう、みんなは来ているかしら?」

「おっ、来たか」

 

 白石(しらいし)がチャイムを鳴らす前に、トングを持った宮村(みやむら)が顔を出した。招かれて後を着いていく。案内された先は屋敷のリビングではなく、隅々まで手入れの行き届いた広い庭。刈り揃えられた芝生の上にレジャーシートが敷かれ、大きなバーベキューコンロと、簡易式のテーブルデッキが用意されている。

 

「スゲーうまそうじゃん。イテッ!」

「ダメ。まだ盛り付けが終わってないんだから!」

 

 料理上手な椿(つばき)のお手製ローストビーフが盛られた皿に伸ばした宮村(みやむら)の手を、伊藤(いとう)が軽く叩いて阻止。

 

「いいだろ、いち枚くれーよ」

「ダーメっ!」

白石(しらいし)、来てたのか。二人も居るってことは連絡ついたんだな」

山田(やまだ)くん。メッセージ送ったハズだけど?」

「えっ、マジかっ? 伊藤(いとう)にこき使われてたから気づかなかったぜ」

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないくれる!?」

「よく言うぜ、バーベキューセット全部運ばせたクセによー」

「平等な対価でしょ。アンタはどうせ、セットし終えたあとは食べるだけなんだから」

「うぐっ......」

 

 理不尽を訴えるつもりが完全に言い負かされていた。しかも、ド正論で。

 

「まったく、キミたちは......」

 

 二人のやり取りを呆れた表情(かお)で聞いていた玉木(たまき)が割って入る。

 

「先ずは、今日の主役を出迎えるのが先じゃないのかい?」

 

 そう諭した玉木(たまき)は、俺と向き合う。

 

「ベスト4進出おめでとう。僕も鼻が高いよ」

「まだ会長として何も実績ねーもんな」

宮村(みやむら)くん、ちゃちゃ入れないでくれないかな!? 僕は、ただ純粋に友達として賛辞を送っているだけで――」

 

 玉木(たまき)の抗議もむなしく、イタズラな笑顔で聞き流す宮村(みやむら)。まあ、俺としては変にかしこまられるよりも、このいつもの調子の方が気楽でリラックス出来る。

 

「まったく、相変わらずね。椿(つばき)、空いてる包丁とまな板借りるわよ」

「おうよ、食材は好きに使ってくれていいぜー」

「手伝うよ」

「テーピングで固めてる足じゃ立ってるのも辛いでしょ。いいから座って待ってて」

 

 確かに、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

 

「あっ、ちょっと待って今荷物退けるから」

「ありがとう、伊藤(いとう)さん。でも足を伸ばしたいから、こっちに座らせてもらうよ」

 

 椅子にある買い物を退かそうとしてくれた伊藤(いとう)に礼を伝え、後輩の女子たちが紙皿などを準備しているレジャーシートの方にお邪魔させてもらうことした。

 

「そう? って言うか、アンタたちはサボってないで手を動かす! 真面目に手伝ってる五十嵐(いがらし)を見習いなさいよね!」

「へいへい」

「言われなくてもわーっているって」

 

 伊藤(いとう)に説教された二人は作業に戻り、レジャーシートの空いているスペースに座って待たせてもらう。

 

「あ、先輩、おめでとうございまーす」

「おつかれさまでーす。ノアの応援のお陰ですねー」

「あはは、そうだね。二人とも応援ありがと」

「いえ。てゆーか先輩、その足......」

 

 猪瀬(いのせ)は、テーピングが巻かれたふくらはぎに視線を向けた。

 

「少し張っただけで大したことないよ」

「そうですか。もしかしてそれ巻いたの、寧々(ねね)先輩ですか?」

 

「そうだよ」と答えると、練習に付き合った甲斐があったと彼女は笑った。

 

「と言っても、一番体張ったのは五十嵐(いがらし)先輩ですけど」

「そうそう、今、先輩のスネちょーキモいんですよー」

「お前が、原因だろうがッ!」

 

 近くで大型ペットボトルを運んでいた五十嵐(いがらし)が、滝川(たきがわ)に噛みついた。

 

「何があったんだ?」

「聞いてくれ。滝川(コイツ)はな、中途半端に余ったテーピングをイタズラで俺のスネに貼って、思い切り逆さに剥がしやがったんだッ!」

「うわぁ......」

 

 シャレにならない、スゲー痛いヤツ。五十嵐(いがらし)がいきり立つのも道理と言うもの。正直想像もしたくない、まさに鬼畜の所業だった。

 

「言っておきますけど、私は関係ないですよー?」

「あ、ずるーい、止めなかったじゃん」

「だって、面白そうだったし」

「お前らなぁ......」

 

 五十嵐(いがらし)には悪いけど、大会が始まってから部室へ行ける時間も少なかったから少し不安だったけど、仲良くやってるみたいで安心した。

 

「料理出来たわよー! ノアちゃん、(じゅん)ちゃん、お皿おねがーい!」

 

 伊藤(いとう)に呼ばれた二人はテーブルへ。滝川(たきがわ)は出来上がった料理を取り分けて、猪瀬(いのせ)は紙コップに飲み物を注いで配る。料理と飲み物が全員に行き渡った。

 

「んじゃあ、宮内(みやうち)の復帰とデビュー戦初勝利を祝して、カンパーイ!」

 

 宮村(みやむら)の音頭で、祝勝会(パーティ)の始まりを告げた。

 

           *  *  *

 

 パーティは夜になって、お開きになった。

 手分けして庭の片付けを済ませ、いざ帰ろうとしたその時、夜空から雨粒が落ちてきた。みんな、すぐに止むだろうと高をくくっていたのだが、雨はいっこうに止む気配はなく降り続けた。帰れない程の雨足ではないのだが、伊藤(いとう)の発案で今日は、宮村(みやむら)の家に厄介になることになった。

 風呂を借り、ベランダに出る。今なお、雨は降り続いている。雨が当たらない壁に寄りかかり、静かに目を閉じる。地面や屋根に当たった雨粒が弾ける音、土と緑の混ざりあうどこか懐かしさを感じるニオイ。雨の日の情景に耳をすます。

 

「あっ、宮内(みやうち)くん」

「ん? ああ、白石(しらいし)さん」

 

 目を開けると、白石(しらいし)がベランダに出てきていた。服がさっきまでと違う。きっと、宮村(みやむら)のお姉さん、レオナに借りた服だろう。

 

「どうしたの?」

「涼んでただけだよ。エアコン苦手なんだ」

「入院していた時もつけてなかったわね」

 

 懐かしそうに微笑んだ白石(しらいし)は隣に来て、街を眺める。俺も彼女に習い、街に視線を移移す。お互い無言のまま雨のカーテンの向こうに灯る幻想的ば雰囲気を醸し出す街の風景を眺める。先に沈黙を破ったのは、彼女の方だった。

 

「試合のあと、相手の人と何を話してたの?」

「大したことじゃないよ。昔の知り合いだったから少し話しただけ」

 

「そう」と、白石(しらいし)はひとことだけ言って再び前を向いた。

 

「でも、あの時のあなた、少し寂しそう見えたわ」

 

 ドキッとした。

 どうやら見透かされてるみたいだ。

 小さく深呼吸をして心を落ち着かせて、白石(しらいし)を見る。変わらず、まっすぐ前を見ていた。前を向き直す。

 

「俺さ......」

「ん?」

「あ、いや。俺、憧れていたんだ」

「憧れ?」

「天才とか、才能とか、そんな簡単に口にしたくないんだけど、嘉納(あいつ)は本当の天才だって思ったんだ」

 

 サッカー部に入部して、初めて嘉納(かのう)のプレーを目の当たりにした時、その圧倒的な実力に衝撃を受けた。同じ一年で三年生と互角......いや、既に凌駕する程の実力を有していた。実力が認められ、一年で唯一夏の大会でベンチ入り果たし、監督の起用に答え、数行の文章のみながらも紙面を飾る程の結果も出した。

 こんなスゴいヤツに追い付きたいと、俺は必死に練習した。猛練習の甲斐もあって、二年からベンチ入りを果たし、試合に出ることが増えてきた。ただその時にはもう、アイツは既にチームの中心選手になっていた。

 だが、ある出来事が嘉納(かのう)を変えた。

 司令塔(ゲームメーカー)の三年が、練習試合を風邪で欠場した。その試合、代わりに司令塔のポジションに入った嘉納(かのう)は持ち前のスキルを見せるも上手くハマらない。敵を切り裂く早く鋭いパスに、誰もまとも反応出来なかった。結果は、惨敗。だけど、誰も責めなかった。むしろ、幾度もあったチャンスを活かせなかったことを悔いた上級生も少なくなかった。

 ただ、唯一許さなかったのは――アイツ自身だった。

 その日から、司令塔に拘り出した。

 自身の練習と平行して、別メニューで練習を続けた。そして、三年が引退して部内で行った最初のミニゲーム。本来ポイントゲッターの嘉納(かのう)が、練習試合以来に司令塔を志願。彼のプレーを目の当たりにして驚愕することになる。ゲームメイク、パスを出すタイミングと強さ、細かな仕草・挙動(クセ)まで、引退した三年のプレーを寸分の狂いなく完璧にコピーしていた。

 その異常さに危機感と恐怖感を覚えてた顧問は、嘉納(かのう)ではなく、司令塔に俺を指命。その判断に納得いかなかった嘉納(かのう)は、本来のポジションでのスタメンを拒絶。顧問やチームメイトの説得にも応じず、今度は当て付けように俺のプレーの模倣(コピー)を始めた。

 追われるプレッシャーは半端なかった。

 必死に練習して身に付けた新しい技術(テク)も、簡単に自分のモノにされてしまう。まるで、お前のプレーなんぞ取るに足らないモノだと言わんばかりに。お蔭で、急激に成長できたのもまた事実で。そんな日々が続いて、中学最後の大会の登録メンバー発表の前日。嘉納(かのう)は突然、退部届けを提出し、地元クラブのジュニアユースへ転向した。

 

「時期が時期だけに動揺は走ったけど、いざ大会が始まれば気にする余裕なんてなくてそれっきり。それで結局、アイツ、今も何も変わってなくて。本当ならもっと出来るのに、くだらないことに拘って、才能を無駄遣いしてる」

 

 本来なら今頃、全国で脚光を浴びててもおかしくないくらいの実力を持ってる。だから俺は、今日の試合でフットサルで培った経験と技術を織り混ぜた中学時代とはまったく異なる新しいプレースタイルで、試合終了の笛が鳴るその最後の瞬間までケガのリスクを犯してでも全力で得点を奪いにいった。

 今なお拘り続けていることがどれだけ無駄なことか、それに気づいてれさえすれば――。

 

「本当に、そうなのかしら?」

「え?」

「何となくだけど。宮内(みやうち)くんに拘っている理由は、別にあるんじゃないかしら」

「別の理由?」

「ええ。だって、前の大会は全国大会に進めなかったんでしょ? それなら、中学生の頃の宮内(みやうち)くんを模写(マネ)しても意味はないと思うの」

 

 確かに、白石(しらいし)の言う通りだ。

 嘉納(かのう)は、人一倍結果に拘るタイプ。高校サッカーでは通用しない中学時代の俺の模写(コピー)に拘り続ける理由なんて、本来なら何もない。負かされた相手のコピーに躍起になりそうななもの。

 ――だったら、どうして今も......。

 思考を巡らせている最中ふと空を見上げると、雨はいつの間にか止んでいた。薄暗い雲の切れ間からは、銀色に輝く満月が姿を見せ、雨上がりの澄んだ夜空を鮮やかに彩る。

 しばらく静かに眺めていたい、そんなことを思っていると部屋の中から「いやあぁーっ!」と静寂を切り裂く大きな悲鳴が聞こえてきた。

 

「今の悲鳴は......」

寧々(ねね)ちゃん?」

「だよね? どうしたんだろう」

 

 頭文字にアルファベットのGがつく昆虫でも出たのかな。

 

「そろそろ、戻ろっか?」

「ええ、そうしましょう」

 

 夜空に浮かぶ目映い輝きを放つ満月に少し名残惜しさを感じつつ、部屋に戻る。

 

「今の話、オフレコでお願い。ちょっと恥ずかしいから」

「それは構わないけど、どうして私に話てくれたの?」

「どうしてだろう。親しくなったからかな? こんなこと知られたら、山田(やまだ)に勘違いされて睨まれそうだけど」

「ふふっ、私もきっと、寧々(ねね)ちゃんに怒らるわね」

「はははっ、お互い大変だね。うれしいけど」

「ええ、本当に――あっ!」

 

 不意に白石(しらいし)の足が止まった。

 

「どうしたの?」

「私、わかった気がするわ」

「なにが?」

宮内(みやうち)くんの模写(マネ)に拘る理由。それは、きっと――」

 

「みんな、楽しそうだからよ」と、白石(しらいし)は確信を持ったような柔らかな表情で優しく微笑んだ。

 


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