黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode56 ~決着~

 懐かしい。

 最初に感じたのは、そんな感覚だった。

 スタンドから聞こえる声援を背に踏みしめる芝生の感触、青い空高くから降り注ぐ熱い日差し、両校の選手たちが攻防を繰り広げるフィールド上の張り詰めた空気、一発勝負の緊張感。

 その何もかもが、三年前に感じていたものと同じで酷く懐かしい。ほんの一瞬だけ目を閉じて、想う。

 ――俺は、帰ってきたんだ、ここに......。 

 短く息を吐き、テーピングが巻かれた右膝に軽く触れて、やや速足でフィールドへ駆け出した。直接自分のポジションには行かず、チームを統べる朝比奈(あさひな)の元へ向かう。向こうも小走りで駆け寄ってきた。

 

「来たか、指示は?」

「任せるってさ。残り五分か、どうする?」

「今、流れは完全に向こうにある。守り切ることは当然として、後半戦に向けて流れを変えるきっかけが欲しい」

 

 同意。仮に無失点で守り抜いたとしても、勢いまでは断ち切れない。

 

「アディショナルタイムに入ったら、ボールをくれ。より戻す」

「了解、頼んだぞ」

 

 主審がホイッスルを吹き、相手のスローインで試合再開。

 スローインを受けた一人を経由し、司令塔の嘉納(かのう)に渡る。そして、同じトップ下のポジションの俺たちは、計らずも必然的に対峙、ファーストプレイがマッチアップ。

 

「ようやくお出ましか。しかし、そんな足でまとも動けるのか? ベンチで大人しく座ってた方がいいんじゃねぇのか?」

 

 蔑むように鼻で笑う。まったく、分かりやすい挑発。まともに相手にするのもバカらしいが後のため、敢えて煽り返す。

 

「ハンデにはちょうどいいだろ? ま、俺が出なくても余裕で勝っただろうけどな」

「デカい口を叩くな、身の程を知れ!」

 

 一気にスピードを上げて距離を詰めて来た。ボールを操る嘉納(かのう)とのマッチアップはそこそこに、両サイドに視線を移して周囲の動き出しを観察、相手の攻撃パターンを割り出す。

 中盤の両サイドが司令塔の動きに連動して、前線へ走り出した。司令塔のフォローに来ている選手は居ない。つまり、自らドリブルで仕掛けるリスクの高い中央突破は避けたということ。ここから導き出せるパターンは二つ、両サイドのどちらかを使ったサイドアタック。右足でひとつ、跨ぎフェイントを入れた。

 この形は、右サイド。

 読み通り右足で跨ぎ、左のインサイドで相手側の右サイドのスペースへパスを送り、パスアンドゴーで走り出した。ボールの動きを追わずに逆サイドの選手を見る。パスを受けた選手は徐々に上がりつつ、中の動き出しを待っている。指を二本伸ばした右手をさりげなく掲げて、ディフェンス陣にサインを送る。出したサインに合わせて、リベロの朝比奈(あさひな)を中心した守備陣が動き出し、右サイドから攻め上がる相手に対して二人がかりで潰しに掛かった。いくら技術(テクニック)があったとしても、一人で二人を相手にするのは容易なことじゃない。当然、相手の足は止まる。

 

「くっ、コイツら......!」

「寄越せ、こっちだ!」

「頼む――しまった!」

「カウンターッ!」

 

 苦し紛れに安直に手放したところを見計らってパスカットした守備的MF(ボランチ)が、前線へボールを大きく蹴り出す。

 

「ナイスパース!」

 

 前のめりになっている手薄の中盤を通り越し、ディフェンスラインの裏へ転がったボールを持ち前の快足を飛ばした森園(もりぞの)は、懸命に戻るディフェンダーを置き去りにしてペナルティエリアに侵入、飛び出したキーパーの脇を冷静に抜き、ゴールネットを揺らした。劣勢の中、欲しかった先制点を奪い取り、空へ向かって拳を大きく突き上げた。

 沸き上がる応援スタンド、ベンチ、そして共にピッチに立つチームメイトたち。

 

「ナイシュー。さすが」

「あのドフリー外したらダサいっての。けど、今のでスイッチ入ったみてーだ」

「そうみたいだな」

 

 失点後すぐさま、センターサークルにボールをセットして主審の笛を待つ、帝王学園の選手たちの顔色が変わっていた。優勢に余裕を持っていた顔に緊張感が見え、ようやく本気モード。近年、全国から遠ざかっている古豪とはいえ地力はある。一点差なんてものはあってないようなもの。だからこそ、“種を蒔く”必要がある。

 このゲームを確実に勝利(もの)にするために。

 前半残り2分、帝王学園のボールでリスタート。相手フォワードはすぐさま、自陣の司令塔・嘉納(かのう)にボールを預けて前線へ駈け上がって行く。嘉納(かのう)はさすがの技術で、素早く奪いに来た渋谷(しぶたに)をワンフェイントで簡単にあしらい。そして、再びマッチアップ。

 

「たかが一点でいい気になるな! ここからが本番だ!」

 

 宣言通り、動きが変わった。元々テクニックがある上にキレが加わったとなれば、ボールを奪うことは至難の業。しかし、そんなことは関係ない。なぜなら、はなっから止める気などない。時間を稼ぎながら頃合いを見計らってワザと隙を作り、今度は、左サイドへボールを出させるように誘導。狙い通り、左サイドへパスを出した。先制点を奪った時と同じく周囲を確認し、そこから攻撃パターンを割り出す。

 今度は、逆サイドの選手も走ってる。しかしパスを出した張本人は、さほど前にポジショニングを取っていない。この攻撃は、サイドからのクロスボールにフォワードではなく、今走っている逆サイドの中盤が飛び込んで合わせるパターン。指を一本伸ばし左手を上げてサインを送り、俺はセンターサークルの手前でパスが来るのを待った。

 試合がアディショナルタイムに入るのと同時に、パスカットした朝比奈(あさひな)からの縦パス。ボールを取りに落下点へ走る。近くに居るセンターバックも当然ルーズボールを奪いにプレッシャーをかけに来る。ディフェンダーより一瞬早く先にジャンプ、空中で身体を捻り左胸に当て、後から飛んだ相手の裏へボールを落とし、着地と同時に反転し、ボール落とした方と逆方向から相手を抜き去る。

 

「何だよ、今のは!? クソ!」

「チッ! 病み上がり、あっさりやられやがって!」

 

 攻撃参加せず中盤に留まっていた嘉納(かのう)が、全速力で追いかけて来た。ゴールまで約30m辺りで回り込まれた。

 実は、正確にいうと今からやろうとしていることをより強く印象付けるためワザと追い付かせた。

 

「へい!」

「先輩!」

 

 渋谷(しぶたに)森園(もりぞの)がパスを呼ぶ。警戒する嘉納(かのう)の視線が一瞬動いた隙を逃さず、ドリブルで切り込む。しかし、振り切ったつもりも食らい付いてきた。

 

「どうする? もう、パスは出来ねぇぞ?」

 

 一呼吸置いたことで二人には、ディフェンスが貼り付いている。二つのパスコースは完全に塞がれたが、プレスに来ない。

 

「甘い」

「なに?」

 

 足の裏でボールを止めて、急ストップ。並走していた嘉納(かのう)を振り切り、対応に戻られる前に右足を踏み込み、迷うことなく利き足の左を振り抜く。一直線にゴール左上隅へ向かって飛んでいく。

 シュートコースをケアするため前目のポジションを取っていたキーパーがジャンプして伸ばした手の更に上を越えてゴールバーに直撃、跳ね返ったボールはゴールライン上でバウンド、キーパーが慌ててキャッチして抱え込む。同時に、主審の笛が鳴り響いた。

 その笛の音が示したのは、ゴールの判定ではなく、前半終了を告げるホイッスルだった。

 

           * * *

 

 ハーフタイムに入ったロッカールームは、後半戦へ向けての準備でてんやわんや。スタンドで応援していたマネージャーも総動員でスポーツドリンクの差し入れやケガの手当てなど、いろいろとサポートしてくれている。とてもありがたい。

 

「はい、スポドリよ」

「ありがと」

「すまんな。いただく」

「サンキュー」

 

 前半戦の総括と後半戦に向けての作戦を立てていると、寧々がスポーツドリンクを持って来てくれた。一歩横に移動し、寧々(ねね)はそこへ座った。

 

「どう?」

「スゴい美味い。何個でもいける」

「酸味と甘味のバランスが絶妙だ」

「氷入れて、炭酸で割りてー」

「ハチミツレモンのことじゃないわよ」

 

 訊かれたのは、寧々(ねね)手作りの「レモンのハチミツ漬け」の感想じゃなくて、膝のことだった。

 

「全然大丈夫。ちゃんと抑えてるから」

「そう、それならいいんだけど」

 

 寧々(ねね)は、ほっと胸を撫で下ろした。思わぬアクシデントによる想定外の出場だったから、ちょっと心配させてしまった。

 

「そういえば最後のシュート、惜しかったわね。みんなも言っていたわよ」

「ああー......あれね。あれは別に、ゴールを決めることが目的じゃなかったから外れても構わなかったんだ」

 

 むしろ、奪えなかったことで相手の印象に深く残るだろう。

 

「どういうことなの?」

「あの場面で、シュートを打つことが重要だったってことだよ。この試合を優位に運ぶためにね」

「よくわからないけど、期待していいってことよね?」

「うん、期待して――ないっ!?」

 

 さっきまでタッパーいっぱいにあったハズのハチミツレモンが跡形もなくキレイさっぱりなくなっていた。 ちょっと寧々(ねね)と話していた間に、みんなに全部食べられてしまっていた。しかも、顧問が一番食べてるし。

 

「マジかー......」

「もー、そんなことで落ち込まないで。また作ってあげるわ」

 

 呆れたように言ったけど、その声はどこか嬉しそうに聞こえたような気がした。

 

「ところで、そろそろ教えてくれないかしら? あなたたちが、この試合は絶対に勝てるって言ってた理由」

 

 寧々(ねね)の疑問に答えたのは、朝比奈(あさひな)

 

「簡単なことさ。帝王学園(アイツら)の戦術は全てフォーメーションプレー。攻撃も、守備も、予め決められたパターンでしか動かないんだ。どのパターンで来るのか解れば止めることは容易いだろ」

 

 そう、まるで機械のように決められた動きしかしない。

 そして攻撃時のスイッチを、タクトを振っている司令塔の嘉納(かのう)は、とある選手のゲームメイクを模倣しているだけに過ぎない。

 

結人(ゆいと)くんの模写(マネ)っ!?」

「ああ、そうだ。相手は、宮内(みやうち)が中学時代に試合で実際に行ったゲームメイクを寸分の狂いなく、そのまま模写(コピー)している」

「自分のプレースタイルなんだから、次に何をしてくるか本人には分かって当然だろ。だから、勝てるって言ったんだよ」

 

 それに所詮は、中学時代の俺を模写(マネ)している過ぎない。上積みも全くなく、中学レベルで満足している奴に負けるわけがない。

 後半戦へ向けてのミーティングを終えて、フィールドへ戻る。既に相手チームは、ピッチでウォーミングアップを行っていた。俺たちが戻って来たことに気づくと、明らかに強張った表情(かお)を向けてくる。嘉納(かのう)に至っては、敵意を剥き出し。

 

「見ろよ、あのツラ。想定外のリードされて迎える後半戦。そしてお前のはったり、あのロングシュートが相当堪えていると見える」

「みたいだね」

「全て目論見通りか。つくづく恐ろしいヤツだ」

朝比奈(あさひな)先輩!」

 

 話していたところへ、渋谷(しぶたに)が走ってきた。

 

「何だ?」

「あの、さっきのミーティングで好きに動けって言ったじゃないすっか? あれって――」

 

 ハーフタイムのミーティングで、担任は練習に参加してまだ二ヶ月の俺との連携プレーに対する不安を念頭に置き、極力リスクを冒さず守備に重点を置く作戦をとろうと考えていた。しかし、朝比奈(あさひな)の自信に満ち溢れた進言によって、守りには入らず、より攻撃的な戦術で戦うことに決まった。

 

「心配するな。全部、コイツがやってくれる」

「丸投げするなよ。キャプテン」

「何言ってる。司令塔は、試合(ゲーム)を支配することが使命だろう? 頼むぞ、司令塔」

 

 そういった朝比奈(あさひな)は、やや意地悪く小さく笑い、俺の肩をぽんっと軽く叩き、自分のポジションへ戻っていった。

 

「はいはい、了解。ってことで渋谷(しぶたに)、開始5分以内に追加点を奪う。裏にラストパス出すから飛び込んでくれ」

「えっ、5分で!? てか、マークめっちゃキツイんすよ? 俺、前半もほとんどパス受けられなくて――」

「大丈夫大丈夫、難しく考えなくていいよ。タイミングはこっちで合わせるからさ」

「ういっす、わかりました」

 

 首をひねりながら、ポジションへ戻っていく渋谷(しぶたに)。程なく、主審が試合球を持ってフィールドに姿を現した。センターサークルの中心にボールをセットし、両校の準備が整ったことを確認すると、腕時計を見ながら口にくわえたホイッスルを吹いた。

 朱雀高校のキックオフで、後半戦スタート。

 渋谷(しぶたに)からボールを受けた森園(もりぞの)は、すぐに後ろを向いて軽く出したパスを受けて、前を向く。相手ツートップの二人が血相を変え、後半開始早々プレッシャーをかけに来る。バイト上がりにほぼ毎日、化け物じみた店長を相手に勝負している。言っちゃ悪いけど、この程度の圧は何のプレッシャーも感じない。先に突っ込んできた一人をかわして、サイドに叩き、リターンパスを受けて相手陣内に侵入。そして、前半終了間際とほぼ同じ位置で再び相手司令塔とマッチアップする形になる。

 

「もう、同じ手は喰わない。さっきのプレーを含め、お前のプレーは全て熟知した!」

 

 呆れ果てて、思わずタメ息が漏れてしまう。

 

「お前、ほんとツマラナイ奴になったな。こんなくだらない猿マネを続けて何が面白いんだ?」

「なんだと?」

「お前が、その程度で満足してるなら、それまでだけど――」

 

 跨ぎフェイントを入れてタイミングを崩し、パス。一人を経由してパスを貰う。ゴール前、前半終了間際にシュートを打った位置より更に一歩奥まで切り込み周りを見る。左サイドからは渋谷(しぶたに)、右サイドからは森園(もりぞの)が上がって来ている。先制点を奪った森園(もりぞの)には二人のマークが付き、ミドルシュートを警戒して俺にも当然一人寄せて来る。蒔いた種が芽吹き、渋谷(しぶたに)に対するケアが甘くなった。

 そして、渋谷(しぶたに)を一人でマークせざるを得ないディフェンダーが一瞬目を切った一瞬の隙を見逃さず裏へスルーパスを通す。完全フリーでパス受けた渋谷(しぶたに)が無人のゴールに流し込み二点目。

 ここから試合は、一方的に進んでいった。

 二点のビハインドの焦りより、更に前がかりになった相手の攻撃の隙をついたショートカウンターで三点目を奪う。そして、試合は終盤を迎えた。

 

「まだだ、まだ終わっちゃいないッ!」

 

 これ以上の失点はしまいと完全に守備にまわっている嘉納(かのう)が、最終ラインで俺の行く手を塞ぎに来た。

 ――行けるか? 

 周りにフォローは居ない、試すなら今。店長に指摘されたことを気をつけ、視線のフェイクを入れ、左のアウトサイドでボールを外側に弾き、相手が咄嗟に足を出して来たところをすばやく左のインサイドで切り返す。

 

「エラシコ――な、足が......!?」

 

 素速い切り返しのフェイント引っ掛かり、バランスを崩して尻餅をついて倒れた横を抜き去る。

 これが、ケガでサッカーを離れ、フットサル特有のプレースタイルで身に付けた新しい技術(テクニック)アンクルブレイク。フリーでペナルティエリアへ入り、飛び出して来たキーパーを冷静にかわしてゴールへシュート。試合を決定づける四点目で、勝敗は完全に決した。


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