懐かしい。
最初に感じたのは、そんな感覚だった。
スタンドから聞こえる声援を背に踏みしめる芝生の感触、青い空高くから降り注ぐ熱い日差し、両校の選手たちが攻防を繰り広げるフィールド上の張り詰めた空気、一発勝負の緊張感。
その何もかもが、三年前に感じていたものと同じで酷く懐かしい。ほんの一瞬だけ目を閉じて、想う。
――俺は、帰ってきたんだ、ここに......。
短く息を吐き、テーピングが巻かれた右膝に軽く触れて、やや速足でフィールドへ駆け出した。直接自分のポジションには行かず、チームを統べる
「来たか、指示は?」
「任せるってさ。残り五分か、どうする?」
「今、流れは完全に向こうにある。守り切ることは当然として、後半戦に向けて流れを変えるきっかけが欲しい」
同意。仮に無失点で守り抜いたとしても、勢いまでは断ち切れない。
「アディショナルタイムに入ったら、ボールをくれ。より戻す」
「了解、頼んだぞ」
主審がホイッスルを吹き、相手のスローインで試合再開。
スローインを受けた一人を経由し、司令塔の
「ようやくお出ましか。しかし、そんな足でまとも動けるのか? ベンチで大人しく座ってた方がいいんじゃねぇのか?」
蔑むように鼻で笑う。まったく、分かりやすい挑発。まともに相手にするのもバカらしいが後のため、敢えて煽り返す。
「ハンデにはちょうどいいだろ? ま、俺が出なくても余裕で勝っただろうけどな」
「デカい口を叩くな、身の程を知れ!」
一気にスピードを上げて距離を詰めて来た。ボールを操る
中盤の両サイドが司令塔の動きに連動して、前線へ走り出した。司令塔のフォローに来ている選手は居ない。つまり、自らドリブルで仕掛けるリスクの高い中央突破は避けたということ。ここから導き出せるパターンは二つ、両サイドのどちらかを使ったサイドアタック。右足でひとつ、跨ぎフェイントを入れた。
この形は、右サイド。
読み通り右足で跨ぎ、左のインサイドで相手側の右サイドのスペースへパスを送り、パスアンドゴーで走り出した。ボールの動きを追わずに逆サイドの選手を見る。パスを受けた選手は徐々に上がりつつ、中の動き出しを待っている。指を二本伸ばした右手をさりげなく掲げて、ディフェンス陣にサインを送る。出したサインに合わせて、リベロの
「くっ、コイツら......!」
「寄越せ、こっちだ!」
「頼む――しまった!」
「カウンターッ!」
苦し紛れに安直に手放したところを見計らってパスカットした
「ナイスパース!」
前のめりになっている手薄の中盤を通り越し、ディフェンスラインの裏へ転がったボールを持ち前の快足を飛ばした
沸き上がる応援スタンド、ベンチ、そして共にピッチに立つチームメイトたち。
「ナイシュー。さすが」
「あのドフリー外したらダサいっての。けど、今のでスイッチ入ったみてーだ」
「そうみたいだな」
失点後すぐさま、センターサークルにボールをセットして主審の笛を待つ、帝王学園の選手たちの顔色が変わっていた。優勢に余裕を持っていた顔に緊張感が見え、ようやく本気モード。近年、全国から遠ざかっている古豪とはいえ地力はある。一点差なんてものはあってないようなもの。だからこそ、“種を蒔く”必要がある。
このゲームを確実に
前半残り2分、帝王学園のボールでリスタート。相手フォワードはすぐさま、自陣の司令塔・
「たかが一点でいい気になるな! ここからが本番だ!」
宣言通り、動きが変わった。元々テクニックがある上にキレが加わったとなれば、ボールを奪うことは至難の業。しかし、そんなことは関係ない。なぜなら、はなっから止める気などない。時間を稼ぎながら頃合いを見計らってワザと隙を作り、今度は、左サイドへボールを出させるように誘導。狙い通り、左サイドへパスを出した。先制点を奪った時と同じく周囲を確認し、そこから攻撃パターンを割り出す。
今度は、逆サイドの選手も走ってる。しかしパスを出した張本人は、さほど前にポジショニングを取っていない。この攻撃は、サイドからのクロスボールにフォワードではなく、今走っている逆サイドの中盤が飛び込んで合わせるパターン。指を一本伸ばし左手を上げてサインを送り、俺はセンターサークルの手前でパスが来るのを待った。
試合がアディショナルタイムに入るのと同時に、パスカットした
「何だよ、今のは!? クソ!」
「チッ! 病み上がり、あっさりやられやがって!」
攻撃参加せず中盤に留まっていた
実は、正確にいうと今からやろうとしていることをより強く印象付けるためワザと追い付かせた。
「へい!」
「先輩!」
「どうする? もう、パスは出来ねぇぞ?」
一呼吸置いたことで二人には、ディフェンスが貼り付いている。二つのパスコースは完全に塞がれたが、プレスに来ない。
「甘い」
「なに?」
足の裏でボールを止めて、急ストップ。並走していた
シュートコースをケアするため前目のポジションを取っていたキーパーがジャンプして伸ばした手の更に上を越えてゴールバーに直撃、跳ね返ったボールはゴールライン上でバウンド、キーパーが慌ててキャッチして抱え込む。同時に、主審の笛が鳴り響いた。
その笛の音が示したのは、ゴールの判定ではなく、前半終了を告げるホイッスルだった。
* * *
ハーフタイムに入ったロッカールームは、後半戦へ向けての準備でてんやわんや。スタンドで応援していたマネージャーも総動員でスポーツドリンクの差し入れやケガの手当てなど、いろいろとサポートしてくれている。とてもありがたい。
「はい、スポドリよ」
「ありがと」
「すまんな。いただく」
「サンキュー」
前半戦の総括と後半戦に向けての作戦を立てていると、寧々がスポーツドリンクを持って来てくれた。一歩横に移動し、
「どう?」
「スゴい美味い。何個でもいける」
「酸味と甘味のバランスが絶妙だ」
「氷入れて、炭酸で割りてー」
「ハチミツレモンのことじゃないわよ」
訊かれたのは、
「全然大丈夫。ちゃんと抑えてるから」
「そう、それならいいんだけど」
「そういえば最後のシュート、惜しかったわね。みんなも言っていたわよ」
「ああー......あれね。あれは別に、ゴールを決めることが目的じゃなかったから外れても構わなかったんだ」
むしろ、奪えなかったことで相手の印象に深く残るだろう。
「どういうことなの?」
「あの場面で、シュートを打つことが重要だったってことだよ。この試合を優位に運ぶためにね」
「よくわからないけど、期待していいってことよね?」
「うん、期待して――ないっ!?」
さっきまでタッパーいっぱいにあったハズのハチミツレモンが跡形もなくキレイさっぱりなくなっていた。 ちょっと
「マジかー......」
「もー、そんなことで落ち込まないで。また作ってあげるわ」
呆れたように言ったけど、その声はどこか嬉しそうに聞こえたような気がした。
「ところで、そろそろ教えてくれないかしら? あなたたちが、この試合は絶対に勝てるって言ってた理由」
「簡単なことさ。
そう、まるで機械のように決められた動きしかしない。
そして攻撃時のスイッチを、タクトを振っている司令塔の
「
「ああ、そうだ。相手は、
「自分のプレースタイルなんだから、次に何をしてくるか本人には分かって当然だろ。だから、勝てるって言ったんだよ」
それに所詮は、中学時代の俺を
後半戦へ向けてのミーティングを終えて、フィールドへ戻る。既に相手チームは、ピッチでウォーミングアップを行っていた。俺たちが戻って来たことに気づくと、明らかに強張った
「見ろよ、あのツラ。想定外のリードされて迎える後半戦。そしてお前のはったり、あのロングシュートが相当堪えていると見える」
「みたいだね」
「全て目論見通りか。つくづく恐ろしいヤツだ」
「
話していたところへ、
「何だ?」
「あの、さっきのミーティングで好きに動けって言ったじゃないすっか? あれって――」
ハーフタイムのミーティングで、担任は練習に参加してまだ二ヶ月の俺との連携プレーに対する不安を念頭に置き、極力リスクを冒さず守備に重点を置く作戦をとろうと考えていた。しかし、
「心配するな。全部、コイツがやってくれる」
「丸投げするなよ。キャプテン」
「何言ってる。司令塔は、
そういった
「はいはい、了解。ってことで
「えっ、5分で!? てか、マークめっちゃキツイんすよ? 俺、前半もほとんどパス受けられなくて――」
「大丈夫大丈夫、難しく考えなくていいよ。タイミングはこっちで合わせるからさ」
「ういっす、わかりました」
首をひねりながら、ポジションへ戻っていく
朱雀高校のキックオフで、後半戦スタート。
「もう、同じ手は喰わない。さっきのプレーを含め、お前のプレーは全て熟知した!」
呆れ果てて、思わずタメ息が漏れてしまう。
「お前、ほんとツマラナイ奴になったな。こんなくだらない猿マネを続けて何が面白いんだ?」
「なんだと?」
「お前が、その程度で満足してるなら、それまでだけど――」
跨ぎフェイントを入れてタイミングを崩し、パス。一人を経由してパスを貰う。ゴール前、前半終了間際にシュートを打った位置より更に一歩奥まで切り込み周りを見る。左サイドからは
そして、
ここから試合は、一方的に進んでいった。
二点のビハインドの焦りより、更に前がかりになった相手の攻撃の隙をついたショートカウンターで三点目を奪う。そして、試合は終盤を迎えた。
「まだだ、まだ終わっちゃいないッ!」
これ以上の失点はしまいと完全に守備にまわっている
――行けるか?
周りにフォローは居ない、試すなら今。店長に指摘されたことを気をつけ、視線のフェイクを入れ、左のアウトサイドでボールを外側に弾き、相手が咄嗟に足を出して来たところをすばやく左のインサイドで切り返す。
「エラシコ――な、足が......!?」
素速い切り返しのフェイント引っ掛かり、バランスを崩して尻餅をついて倒れた横を抜き去る。
これが、ケガでサッカーを離れ、フットサル特有のプレースタイルで身に付けた新しい