黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode55 ~感触~

 いよいよ三年夏のインターハイ予選大会が幕を開けた。

 去年の冬の選手権、新人戦で好成績を残したことで今大会のシード権を獲得した朱雀高校は、二次予選からの出場。クジ運にも恵まれ、リーグ戦を順当に勝ち上がっていった。そして、二大会阻まれてきたベスト8の壁を三度目の正直で突破し、明日ベスト4進出を賭けた準々決勝を迎える。

 試合前日の練習を終えていつもの様に、寧々(ねね)と二人で帰宅の途につく。明日の話をしながら、校門までやって来ると、後輩の女子たちに囲まれながらめんどくさそうな表情(かお)で門柱に寄りかっている宮村(みやむら)が、先ほどまでとは打って変わって、爽やかな笑顔をしながらこちらへやって来た。

 

「よっ! お二人さん」

「どうしたんだ?」

「あなた、まだ帰ってなかったのね」

「待ってったんだよ。お前らをな......!」

 

 そういって、また無駄に爽やかにウインクをして見せた。

 と言うわけで途中、商店街で夕食の買い物をしてから三人でアパートに移動。家に着くと、寧々(ねね)が夕食作りをかって出てくれた。厚意に甘えさせてもらって、着替えを先に済ませる。

 

「それで?」

「ああ~、ちょっと待ってくれ」

 

 待っている間、寝転がってスマホをイジっていた宮村(みやむら)は操作を終えると体を起こして座り直し、スマホをテーブルの上に置いた。

 

「とりあえず、ベスト8おめでとさん」

「ああ、ありがとう」

 

 とは言ったものの、実のところ俺はまだ、試合に出ていない。今年は良い一年が何人か入って選手層は厚くなったし、苦戦するような試合運びにはなっていない。

 

「んで。明日の試合だけど、みんなで応援に行くからな!」

 

 スマホをイジっていたのはそれでか、先日中間試験も終わって時間に余裕が出来たから、みんなを誘って応援に来てくれるそうなのだが。

 

「別に来なくていいよ」

「お前、友だちなくすぞ......?」

「そういう意味じゃないって。応援は準決からでいいよってこと」

「準決からって何で? 明日は、楽な相手なのか?」

「そんなことないわよ。明日の対戦相手は去年の秋、朱雀高校(うち)が負けた帝王学園なんだから」

 

 キッチンから三人分の夕食を乗せたおぼんを持って来た寧々(ねね)が、出来上がった夕食をテーブルに並べながら答える。豚のしょうが焼きとキャベツの千切り、味噌汁、と見た目も匂いもとても食欲をそそる献立。しかも、豚肉の脂身をカットしてくれていたり、細かいところまで気づかってくれている。

 

「スゲー美味そう! つーか、厳しい相手っていう割りにはずいぶん余裕みてぇじゃね?」

「そうなのよねぇ。組み合わせが決まってすぐ『4強は確実だな』って、森園(もりぞの)くんが言っていたわ」

「苦労してたベスト8どころか、ベスト4かよ。何でそんなに余裕なんだ?」

「ま、相手の手の内は知れてるから。負けるワケがない。いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」

 

 手を合わせてから、料理に箸を運ぶ。豚肉に絡んだ生姜と醤油、みりんの絶妙な塩梅のタレが口の中に広がって、白米も進む。

 

「うん、スゴく美味しい」

「マジで美味いな!」

「ふふーん、当然よ!」

「でもよ、相手もお前のことは知ってんだろ? 前に相手校に居るヤツと同じチームだったって言ってたしさ」

 

 確かにアイツは、古豪・帝王学園で十番を背負う司令塔の加納(かのう)は、俺のプレースタイルをよく知っている。

 そう、“中学時代”の俺のプレースタイルを――。

 

「そういえば、山田(やまだ)と一緒に女子に付きまとってるんですって?」

 

 夕食を食べ終わると思い出した様に話を切り出した寧々(ねね)は、宮村(みやむら)に軽蔑の眼差しを向ける。

 

「まあ、なんだ、ストーカーは犯罪だぞ?」

「ストーカーじゃねぇーし。つーか、何で知ってんだよ?」

「被害を訴えてる女子は、私のクラスの子なの。目撃証言もあるわ。あなたたち、いったい何を企んでるのよっ?」

「お前のクラスだったのかよ......」

 

 否定せず、めんどくさそうに目を逸らした宮村(みやむら)。どうやら付きまとっているのは本当のようだ。

 

「あの子、極度の人見知りなの。姫川(ひめかわ)さんとは比べ物にならないほどのね」

「それはまたずいぶんだね」

 

 姫川(ひめかわ)も最初はかなりの人見知りだったけど、最近になって普通に話せるようになった。宮村(みやむら)たちが付きまとっている女子――火野(ひの)は、教室ではいつもスマホとにらめっこしていて、クラスメイトとも極力接点を持たないように過ごしているとのこと。

 

「私、何度も声をかけてるの。でも全然馴れる様子がなくて、同じ中学の子に聞いたら特に男子が苦手だそうよ。だから、どんな事情か知らないけど、あまりしつこく付きまとわないであげて」

「つってもなー、もう接触しちまったんだよなー」

 

 両手を頭の後ろで組んでニヤッと白い歯を見せて笑い。対照的に、寧々(ねね)は大きなタメ息をついた。

 

「んなデカイタメ息つくなよ。今回の一件は、小田切(おだぎり)さんにも関係あるんだからよ」

「どういう意味よ?」

「その前にだ。そもそも今回の件は、オレたちの消された記憶に関係してんだよ」

 

 先の修学旅行で判明した、驚愕の事実。

 俺たちが一年だった頃の三学期の記憶が、朱雀高校の生徒全員から消されているということ。それは以前、当時の生徒会の儀式によって消されたと五十嵐(いがらし)から聞いた寧子(ねね)が教えてくれた。

 

「更にとんでもねぇことが判明しちまったんだ。実は当時、山田(やまだ)には――彼女がいたんだ!」

「イヤ、知ってるけど」

「知ってるわよ」

「は......?」

 

 まるで、鳩が豆鉄砲を食ったように固まった。

 

「イヤ、なんで知ってんだよ......?」

「俺、当時の記憶あるし。彼女が居たって噂を聞いたことあるから」

「私は、その話を結人(ゆいと)くんから聞いたわ」

「なんだよ、それ。オレ、ピエロじゃねーか......」

 

 ふて腐れた宮村(みやむら)は、背中を向けて横になってしまった。まったく、めんどくさい。それにいつだったか、山田(やまだ)には話したことがあったような気がしないでもない。

 

「もう。それで? それが、私とどういう関係があるって言うの?」

「おう、そうだったな! これ見ろよ!」

 

 一瞬で立ち直った宮村(みやむら)は、スマホを操作してテーブルの上に置いた。画面に表示されている画像は――。

 

「これ、私っ? 山田(やまだ)とうららちゃん、火野(ひの)さんも一緒に写ってるじゃない! どういうことよ!?」

「この画像の写真(オリジナル)は、火野(ひの)が自分の部屋のコルクボードに貼ってあった。つまりお前たちは、一年の頃から仲が良かったってことだ」

「そんな......」

 

 明かされた真実に、寧々(ねね)はしばらくの間絶句していた。

 

「夜飯、ごっそさん。じゃあまたな」

「ああ、また。気を付けて帰れよ」

「おう!」

 

 玄関の外で宮村(みやむら)を見送り、部屋に入る。

 

「ありがとう」

「別にいいのよ。これくらい大した事じゃないわ」

 

 後片付けをしてくれた寧々(ねね)にお礼を言って、彼女の正面に腰をおろす。

 

「やっぱり気になる?」

「さっきの話? そうね、確かに驚いたわ。でも、当時がどうだったか何て興味ないわ」

 

 ――なんでだろう。ナンシーに消された一年の二学期の記憶の時とは、ずいぶんと反応が違う。

 

「仮に記憶を取り戻して、どんな真実が判明したとしても。私は、私の今の気持ちを大切にしたいの。だから――」

 

 一瞬触れるだけのキスを交わし、彼女は隣に移動して寄り添い合う。

 

「私、間違って無いわよね......?」

「うん、間違ってないよ」

 

 もう一度、お互いの気持ちを確かめ合うように。さっきよりも長い時間をかけて、互いの気持ちを重ね合わせた。

 

           * * *

 

 準々決勝当日。今日は、梅雨入り前の最後の晴れ間だと気象予報士が言っていた。その予報通り、蒼く晴れ渡った空から降り注ぐ日差しが手入れの行き届いた鮮やかな緑色の芝のピッチをより鮮明に映えさせている。

 試合前の練習時間、足を止めて立ち止まり目を閉じる。ピッチを抜けるやや生温い風が頬を掠め、土と緑の香りが混ざった自然な匂いを運んでくる。その風と匂いにどこか懐かしさを感じながら、ひとつ大きく深呼吸をして、ゆっくり目を開らく。

 両校の選手たちが声を出し、ちょうど試合前の練習を始めたところ。――よし、行こう。

 

結人(ゆいと)くんっ!」

 

 練習に合流しようと足を踏み出そうとした時、朱雀高校応援スタンドから寧々(ねね)の声が聞こえた。振り返って、応援席を見るとスタンドの最前列に、寧々(ねね)宮村(みやむら)たちが一緒に居た。顧問と戦術を確認しながら軽く柔軟して身体を解している朝比奈(あさひな)に断りを入れてから、駆け足で彼女たちのところへ向かう。

 

「よっす! 応援に来てやったぜー!」

「やっほー、応援に来てあげたわよっ!」

椿(つばき)伊藤(いとう)さん、それにみんなも来てくれたんだ」

 

 超常現象研究部のみんな、五十嵐(いがらし)玉木(たまき)、後輩の女子二人も応援に駆けつけてくれた。

 

「ええ、中間試験が終わったから。それに宮村(みやむら)くんが、今日は絶対に勝つからって」

「お前、スゲー自信ありだったろ。どうせ観に行くなら、勝ち試合の方がいいからな」

 

 宮村(みやむら)は他の人たちにも声をかけてくれたそうけど、用事があったり、俺たちと同じくインターハイを目指す運動部だったりで結局、いつものこの面子に落ち着いたみたいだ。それでも、十分すぎるほど力強い味方。今日は観に来なくていい、何て言ったけど。やっぱり、応援してくれる友だちがいるとなると自然と気合いも入る。

 

「そっか、ありがとう」

「礼なんていいっての。つーかお前、こんなところで油売ってていいのか? 他の連中は、もう練習してんだろ?」

「ああ、それは大丈夫。俺、スタメンじゃないから」

「えっ? 先輩、出ないんですか?」

「先輩が試合に出るって言うから、ノアたち応援に来たんですけどー」

「戦術があるんだろう」

 

 スタートから試合に出ないと知って、みんな少し拍子抜けしたといった感じ。

 

「ま、たぶん途中から出ることになるとは思うから、その時は応援よろしく。じゃあ、そろそろ行くよ」

「私も、サッカー部の応援席へ戻るわ」

「あ、そっか。寧々(ねね)ちゃん、マネージャーだもんね」

「そうよ。じゃあ、また後でね」

 

 俺はグラウンドへ、寧々(ねね)はベンチ入りできなかった部員、マネージャーが居る応援席に戻って行った。

 朱雀高校ベンチ側タッチラインの外に転がっていたボールを足で掬い上げ、リフティングでボールと芝の感触を確かめながらピッチに入り、センターサークル付近まで行く。

 夜に降った雨は止み、日が出ているとはいっても、湿った芝のピッチはややスリッピーな状態。足下には少し気を遣う必要がある。そのまましばらくリフティングを続けていると、背中越し声をかけられた。

 

「まさか、朱雀(オマエ)らが勝ち上がってくるなんてな。正直、ベスト16で消えると思ってた」

 

 誰か確認するまでもない、嘉納(かのう)

 

「まあ、どこが相手だろうと関係ないけどな。帝王(ウチ)は、冬から格段にレベルアップした。パワー、スピード、テクニック全てにおいてな」

 

 ――まったく、よく喋る。それだけ自信があるということなのだろうが、構わずリフティングを続ける。足から伝わる感触は悪くない、いつも通り。

 

「無視するな。こうして話しをしに来たんだから」

「試合前の練習中の対戦相手に話しかけるのは、マナー違反だ」

「そう固いこと言うな。オレは、オマエの復帰を心から嬉しく思ってるんだ。故障したお前とはもう二度と、フィールドで会うことはないと思っていたからな」

「そりゃどうも」

 

「お前の意見を聞きたい、来てくれ」と、ベンチ前で顧問と守備戦術の確認を行っている朝比奈(あさひな)に呼ばれた俺はリフティングを止めて、ベンチへ向かって歩き出す。

 

「お前、出るんだろ?」

「試合展開によってはな」

「フッ。そうか、楽しみにしてる」

 

 自信満々な様子で小さく笑みを浮かべると、練習へ戻って行った。しばらくして練習が終わり、両校の選手共にベンチへ戻って最終ミーティング。ゲームプランの確認と共有をし、円陣を組む。

 

「前半理想はリード、最悪でも同点で後半に入るぞ。そうすれば勝てる。さあ、冬の借りを返しに行くぞ!」

 

 主将朝比奈(あさひな)の言葉に全員が頷き、スタティングメンバー11人がピッチへ駆け出した。応援席から拍手と声援が送られ、ベンチ入りメンバーは大きな声を出してチームを鼓舞。両校のスタメン選手たちはピッチに一列で整列して、主審の合図で移動しながら握手を交わし、各々のポジションに散る。

 主審は腕時計の針に目をやり、試合開始を告げるホイッスルがスタジアム中に響き渡る。

 帝王学園のキックオフで試合開始。

 いよいよ、ベスト4進出を賭けた一戦が幕を開けた。

 

           * * *

 

 前半戦も中盤、試合は終始うちのペースで進んでいる。

 相手の攻撃を確実にシャットアウト、チャンスはおろかペナルティエリア内からのシュートも一本も打たせない鉄壁の守備。そして攻撃面では、完全に引いて守って一瞬のカウンターを狙っていた冬とは違って、高い位置から奪ってのショートカウンターで、相手ゴールネットを揺らせずとも何度かチャンスを作っている。

 

「ここまでは、お前たちの試算通りに進んでるな。あとは、フィニッシュの精度だけか」

「はい」

 

 顧問の言うようにあとはフィニッシュだけ、このペースでいけば、いずれゴールは奪えるだろう。

 しかし、ゲームが進み終盤に差し掛かった時、予想していなかったことが起きた。主審の笛が鳴り響き、ゲームは中断。朱雀高校ゴール前に選手は集まり、ただならぬ異変を感じ取ったスタンドもざわつき出す。慌てて立ち上がった顧問は、監督が指示を出せるテクニックエリアのギリギリまで飛び出し、近くの選手を呼びつけて状況を確認。

 すると主審は、両ベンチの中間地点で待機している第四の審判に担架を要請した。担架を持ったスタッフ四人が走ってピッチへ入り、ゴール前で倒れている選手を担架に乗せ、ベンチ前に連れて戻って来た。倒れていたのは、朱雀の選手。相手のコーナーキックで相手選手との競り合いの際、頭を打ったらしい。本人は大丈夫だと言っているし、意識もしっかりしているが、場所が場所だけに「はい、そうですか」とは無責任に判断は出来ない。

 脳震盪のおそれがあるため、医療スタッフの診察を受ける間も試合は進む。人数が一人少ない状態では必然的に劣勢を強いられる。ひとり欠けた場所を攻め込まれ、フリーになった相手の強烈なシュートがキーパーの腕を弾き、ゴールバーを叩いた。

 それを見た顧問は険しい表情で、俺に顔を向ける。

 

「これ以上は、厳しいか......行けるか?」

「行きます」

 

 上着(ジャージ)を脱ぎ、ユニフォーム姿になる。アクシデントで予定よりも早かったが、準備は整っている。いつでも行けるように試合を見ながら、ストレッチを欠かさなかった。スパイクの紐を結び直し、すね当てを付けて立ち上がる。

 

「はい、頑張ってね」

「ありがと」

 

 ベンチ入りしている同級生の女子マネージャーから貰ったスポーツドリンクをひとくち飲んで、選手交代の手続きを済ませる。ディフェンスのクリアボールが、タッチラインを割った。第四の審判が選手交代のボードを掲げ、主審は選手交代を認めた。

 ひとつ息を吐いて、ピッチに足を踏み出した。


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