球技大会から休日を挟んだ週明けの登校日、今日は朝から学校中が、普段とは違う雰囲気を漂わせている。特に男子たちはみんな、どこかそわそわして挙動不審に近いやつもいる。
それは今日が、2月14日所謂バレンタインデーだから。思春期真っ只中の学生にとって、この日は男女共に高校生活三年間の中でも重大なイベントのひとつ。お菓子作りが趣味の
ただ俺は、ひとつだけ懸念が頭を過っていた。それは、チョコを貰えるか否か以前の理由で、去年勃発したあの惨劇が再び繰り返されないかということ――。
「すんごい数ねぇ。いったい、いくつ貰ったのよー?」
急遽自習になった四時限目の終わり頃、ノートや参考書を広げた机の上のスペースに頬杖をつきながらやや呆れた様子で、
「さーな、いちいち数えてねぇよ。どうせ殆どが、球技大会の結果に乗じた遊びだからな」
タブレット端末を片手に
「優勝パワーか、なるほどねぇ。でも、薄情過ぎない? 手作りもあるのに」
「んなこと言われても、本命の相手からは貰えてねーし」
「ん? 何アンタ、好きな子いたの?」
食い付いた
「そんなの、
「あ、ごめん、シスコンはないわ」
「シスコンじゃねぇよッ!」
弄るつもりが逆に弄られる始末。突然の発狂に驚いたクラスメイトたちに対して、原因の一人である
「終わったー。さてと、そんなことは置いておいて、お昼にしましょっ」
「とんでもねぇ爆弾投下しておきながら、そんなこと扱いですませんなよ」
「はいはい、お詫びにあとで、チョコケーキあげるわよ」
「安い詫びだな」
「なによ、不満なわけ? 言っておくけど、美味しいんだから。うららちゃんも、
「ふーん」
「
そう聞かされると、ますます気になる。放課後が待ち遠しい。
「てゆーか、
「反則? 何が?」
「だって、美人だし」
「胸デカイしな」
「料理も、お菓子作りも得意で家庭的だし」
「胸デカイもんな」
「成績も良いし」
「胸――」
「く、悔しくなんてないんだからーっ!」
屋上へ出る。
「へぇー、バンド始めたんだ」
「まーね」
「つーか元々、軽音部だしな。オレたち」
「真面目に活動していたところ見たことなかったけど、ちゃんと予算は組んでもらえたの?」
「ああ、新しく会長になった
「おかげで、壊れてた楽器の修理と調整も出来たぜ!」
「ほう、意外と義理堅いところがあるんだな」
「あら。生徒会でも、生意気な後輩に罵られてもちゃんと最後まで面倒見るのよ、
「へぇ、そうなんだ」
「ところで話しは変わるけど、都合のいい日は決まったかしら?」
「アタシは、いつでもいいよ。そらは、どうだい?」
会話に参加せず一人黙々と弁当を食べていた
「何を狼狽えてるのさ」
「えっと、急に声をかけられたから......」
「動揺するようなことじゃないでしょ。予定を聞かれただけじゃない」
「それは、そうなんですけど」
居ない方が話しやすいと考えて「温かい飲み物でも買ってくるよ」と、シドを連れて校内の自販機へ。
「なぁー」
「なに?」
聞き返しながら、ナンシーリクエストのコーラのスイッチを押す。ガタンッ! と、音を立てて落ちてきたキンキンに冷えたコーラの缶を取り出し口から取り出す。
「
「ああ、うん、付き合ってるよ」
「どうやって、口説いたんだ!?」
「はあ?」
取り出し口に伸ばした手を止め、顔をあげてシドを見る。とても真剣な
「そっか、ナンシーをね」
シドの想い人は、ナンシーだった。
一年以上も魔女関連で行動を共にわけだから、そういう感情が芽生えても何ら不思議なことじゃない。ただ問題なのは、ナンシーには別の想い人が居るということ。想い人は彼女持ちだから、まったくのノーチャンスってワケじゃないとは思うけど。
「とりあえず、ナンシーと二人だけで出掛けてみたら?」
「結構行ってるぞ。カラオケだろ、ファミレス、CDショップに、ゲーセン!」
「それ、デートって思ってもらえてる?」
「ああー、思われてねぇかも?」
「じゃあ、意味ないじゃん。告白以前に先ず、ちゃんと意識してもらわないと。ナンシーは、特別なんだよってさ」
ナンシーに頼まれた、コーラの缶を渡す。
再会した当初、俺のことを忘れていた
「今まで行ったことのないデートっぽいところへ誘ってみると良いんじゃない。ベタだけど、ショッピングとか、カフェ、遊園地、水族館。そういえば去年、
「し、師匠!」
なんか目をキラキラさせながら。もの凄い尊敬の眼差しを向けられた。妙な感じ。とにかくあとは、シドの努力とナンシーの気持ち次第。部外者が口を出すのはよくないから、遠くから見守るとしよう。
屋上に戻ると既に、レジャーシートの上の弁当は片付けられていて、花柄のペーパーナプキンに上にクッキーやチョコ、カップケーキなどの菓子が替わりに拡げられていた。飲み物を配りながら、姿が見当たらない
「
「
今後の協力関係の打ち合わせあたりだろう。
「ウマイ! これ、
「そうよ。うららちゃんと
球技大会の午後から
「
「このくらいは簡単よ。興味があるなら今度、教えてあげましょうか?」
「わ、私にも作れるでしょうか?」
「材料を混ぜて、形抜きで型取って、時間を設定したオーブンに入れて焼くだけよ。包丁とか使わないから、ケガの心配はないわ。安心なさい」
「そうなんですね。じゃあ。今度教えてください」
「ええ。その時は、ナンシーも来るのよ」
「アタシもか!? アタシは、クッキー作りなんてガラじゃないよっ!」
「あら、格好なんて関係ないわよ。どう思う?」
「ナンシーが作ったのも食べてみたいかな。なあ、シド」
「お、おう! ロックバンドのボーカルで、その上クッキーも焼けるなんて最高にパンクだぜ!」
「そ、そうかい?」
案外まんざらでもなさそう。シドのはちょっと意味わからないけど。学校生活の中のありふれたいちページのような時間はあっという間に過ぎて、昼休みが終わり午後。二年最後のテストを月末に控えた授業は、期末テストに備えた内容に全て置き換わった。
「終わったー」
「さて、帰るか」
午後の授業が終わり、連絡事項だけのホームルームを終えて担任が教室を出ていく。
「何アンタ、部活行かないの?」
「テスト前だからな、今のうちに録画しておいた映画を消化しときてぇーんだ」
「それ、普通逆だろ。テストが終わってから見るんじゃないのか?」
「テスト前になると見たくなんだよなぁ」
「それ、わかるわ。なんだか分からないけど、部屋の掃除とかが捗るのよねー」
確かに、それは分かる。現実逃避のような気もするけど、思いのほか気分転換になったりもする。
「お、居た、おーい!」
「
「まだ居てくれて助かったぜ」
「お前に渡すものがあってな」
「えっ? 何? もしかして、チョコ? アンタたちそう言う関係だったのっ?」
「マジかよ、そういう趣味があったのか」
「きゃー!」
「実は、そうなんだ。オレたちは前世から赤い糸で結ばれて運命を――」
「身の毛がよだつような戯れ言を抜かすな」
悪ノリする三人に
「ノリ悪いな」
「ノリ悪いわね」
「ノリわりぃーぞ」
「暇じゃないんだ。用件を済ます」
渡されたのは、引っ越しなんかの引き出物のタオルが入っているような長方形の白い箱。持った感じは、とても軽い。
「これは?」
「お前のユニフォームだ」
「ユニフォーム?」
「おうよ。今日の昼休みに届いた出来立てほやほやだ。しかも、新デザインだぜ」
夏、冬と二大会連続でベスト8を阻まれたため、心機一転を計るべくユニフォームを新調。それなりに実績を残して来たから、
「へぇー、見せてよ。
「オレも気になるな」
頷いて箱を開ける。今までの落ち着いた感じのユニフォームとは正反対の、鮮やかなオレンジ色のユニフォームが姿を表した。白く縁取られたの深い紺色で刻まれた番号は「14」と記されている。
「すんごいハデね!」
「へぇー、カッコいいじゃねーか」
「だろ~」
「このデザインで『14』か」
またとんでもなく重い番号をチョイスしてくれた。そんな俺の想いを嘲笑うように
「シャレてるだろ。お前には、その番号しかない」
「一年の冬に三年が引退してから、ずっと欠番にしてたんだぜ」
「ん? 14番に何か特別な意味でもあるの?」
「サッカーって言えば『10』だよな?」
「そうだな。だがこの番号は、俺たちにとっては10番よりも重要な意味を持っているんだ。俺たちの願いとサッカー部の希望を込めた背番号。かつて『
「エルサ――? 何それ、英語? 雪だるま作るの?」
雪で作った顔をボール代わりにするのだろうか。
「絵面が残酷だな。響き的に、スペイン語じゃね? 確か、英雄とかそんな意味だよな?」
そう、
この14番は、サッカー界に革命を起こした人物が背負っていた番号。今では当たり前になった「オフサイドトラップ」や「スペース」を活用した戦術を生み出し、現代サッカーの礎を創った伝説のプレーヤー。
――俺の憧れの選手。
* * *
時計が午後五時を回り、一旦休憩を入れることにした。
「ハデなユニフォームね」
ユニフォームを見た
来週から期末テストのため、今日からバイトは休み。今日は
「それにしても――」
ユニフォームから目を外した
「いったい幾つ貰ったのかしら?」
「さあ? 数えてないから。それに大半が、優勝おめでとうってくれたヤツだよ」
「ふーん」
二人分の食器と飲み物を用意してコタツに戻り、
「じゃあ、いただきます」
「どうかしら?」
「美味しい。これ、蜂蜜使ってる?」
「そうよ。砂糖よりも低カロリーだから、砂糖の代用に生地に練り込んで作ってみたの」
いろいろ考えてくれて、気づかってくれている。ありがたい。
「そっか、ありがとう。スゴく美味しい」
「どういたしまして。あら、ついてるわよ」
唇に手を持っていく。
「そっちじゃないわ。動かないで――」
隣に座って居る
「はい、取れたわ」
「ありがと」
会話が止まってしまった。同時に、時間も止まってしまったんではないか錯覚してしまう程、お互い動かず無言のまま見つめ合う。
気持ちは、同じだった。止まっていた時間が動き出す。
どちらからともなくゆっくりと近づき、お互いの唇が軽く触れ合う。そして、ゆっくりと離れて目を開けた。目の前に居る彼女は、横を向いて顔を背けていた。
「どうしたの?」
「ちょっと、緊張しちゃったのよ。初めてだったから、その、恋人とのキス」
そ顔を上げた
今日まで、いろんな彼女の表情を見てきた。
だけど。今まで見てきた中で今の彼女が一番可愛いと、心からそう想った。