黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode52 ~恋人のキス~

 球技大会から休日を挟んだ週明けの登校日、今日は朝から学校中が、普段とは違う雰囲気を漂わせている。特に男子たちはみんな、どこかそわそわして挙動不審に近いやつもいる。

 それは今日が、2月14日所謂バレンタインデーだから。思春期真っ只中の学生にとって、この日は男女共に高校生活三年間の中でも重大なイベントのひとつ。お菓子作りが趣味の寧々(ねね)は、白石(しらいし)たちに教えながら一緒に作ると言っていた。期待していないといえば嘘になる。

 ただ俺は、ひとつだけ懸念が頭を過っていた。それは、チョコを貰えるか否か以前の理由で、去年勃発したあの惨劇が再び繰り返されないかということ――。

 

「すんごい数ねぇ。いったい、いくつ貰ったのよー?」

 

 急遽自習になった四時限目の終わり頃、ノートや参考書を広げた机の上のスペースに頬杖をつきながらやや呆れた様子で、伊藤(いとう)は机の横にかけられた紙袋からはみ出た、キレイにラッピングされている菓子の箱や袋に目を向けた。

 

「さーな、いちいち数えてねぇよ。どうせ殆どが、球技大会の結果に乗じた遊びだからな」

 

 タブレット端末を片手に宮村(みやむら)は、興味なさげに答える。

 

「優勝パワーか、なるほどねぇ。でも、薄情過ぎない? 手作りもあるのに」

「んなこと言われても、本命の相手からは貰えてねーし」

「ん? 何アンタ、好きな子いたの?」

 

 食い付いた伊藤(いとう)宮村(みやむら)は一瞬ニヤっと悪い笑みを浮かべると、口を手で覆い若干流し目で想い人の名前を口にする。

 

「そんなの、伊藤(いとう)さんに決まってんだろ。皆まで言わせんなよ」

「あ、ごめん、シスコンはないわ」

「シスコンじゃねぇよッ!」

 

 弄るつもりが逆に弄られる始末。突然の発狂に驚いたクラスメイトたちに対して、原因の一人である伊藤(いとう)は「ごめんねー」と、手を合わせて謝罪。ほぼ同時に、授業の終わりを告げるチャイムが、教室中に鳴り響いた。

 

「終わったー。さてと、そんなことは置いておいて、お昼にしましょっ」

「とんでもねぇ爆弾投下しておきながら、そんなこと扱いですませんなよ」

「はいはい、お詫びにあとで、チョコケーキあげるわよ」

「安い詫びだな」

「なによ、不満なわけ? 言っておくけど、美味しいんだから。うららちゃんも、寧々(ねね)ちゃんも、美味しいって言ってくれたし!」

「ふーん」

 

 伊藤(いとう)が作ったのは、チョコケーキ。一緒に作った二人は、何を作ったんだろう。何てことを考えながら、弁当を片手に、廊下を歩く。

 

寧々(ねね)ちゃん、気合い入ってたわよ。味見したけど、すんごい美味しかったんだから」

 

 そう聞かされると、ますます気になる。放課後が待ち遠しい。

 

「てゆーか、寧々(ねね)ちゃんって反則よねー」

「反則? 何が?」

「だって、美人だし」

「胸デカイしな」

「料理も、お菓子作りも得意で家庭的だし」

「胸デカイもんな」

「成績も良いし」

「胸――」

「く、悔しくなんてないんだからーっ!」

 

 伊藤(いとう)が発狂した。しかも、ちょっと涙ぐんでるし。どっちに対しても、セクハラ発言。もし寧々(ねね)が今、この場に居たら絶対軽蔑されてたことだろう。階段に辿り着いたところで、別々に分かれる。階段を上がっていつものように屋上へ向かい。二人は渡り廊下を通って、超研部の部室へ向かった。

 屋上へ出る。寧々(ねね)たちは、レジャーシートを敷いて待っていた。今日は、いつも吹いている北風は穏やか。青い空から降り注ぐ日差しは、まるで春の様に温かいとは言っても、もう暦の上では春だから間違ってはいないのだけれど。

 

「へぇー、バンド始めたんだ」

「まーね」

「つーか元々、軽音部だしな。オレたち」

 

 五十嵐(いがらし)がナンシーの役目を引き受けてから、ナンシーとシドはメンバーを二人集めて、バンドを組んだ。バンドを組む前から二人でよく、カラオケに行っていたみたいだし、元々興味はあったんだろう。以前ナンシーの歌を聴いたことがあったけど、音程もほとんど外さなかったし、声も通っててスゴく上手かった覚えがある。来年の高校生活最後の学祭の楽しみが、またひとつ増えた。

 

「真面目に活動していたところ見たことなかったけど、ちゃんと予算は組んでもらえたの?」

「ああ、新しく会長になった玉木(たまき)のヤツ、結構話せるヤツでさ。今までの魔女の監視、問題解決の成果、今回の会長選挙の協力の報酬で、部費を優遇してくれたよ」

「おかげで、壊れてた楽器の修理と調整も出来たぜ!」

「ほう、意外と義理堅いところがあるんだな」

「あら。生徒会でも、生意気な後輩に罵られてもちゃんと最後まで面倒見るのよ、玉木(たまき)は」

「へぇ、そうなんだ」

 

 宮村(みやむら)が、玉木(たまき)を次期会長に推した理由も頷ける。

 

「ところで話しは変わるけど、都合のいい日は決まったかしら?」

「アタシは、いつでもいいよ。そらは、どうだい?」

 

 会話に参加せず一人黙々と弁当を食べていた姫川(ひめかわ)にナンシーが話を振ると、彼女は慌てた様子で目を左右に泳がせる。

 

「何を狼狽えてるのさ」

「えっと、急に声をかけられたから......」

「動揺するようなことじゃないでしょ。予定を聞かれただけじゃない」

「それは、そうなんですけど」

 

 姫川(ひめかわ)の態度を見て、球技大会の後寧々(ねね)に紹介されて、初めて彼女に会った時のことを思い出した。彼女は、かなりの人見知り。儀式で記憶をなくす前は、寧々(ねね)たちと普通に話していたらしいけど。俺とは二度目で、シドとは今日が初対面だからか、結構緊張しているのかもしれない。

 居ない方が話しやすいと考えて「温かい飲み物でも買ってくるよ」と、シドを連れて校内の自販機へ。

 

「なぁー」

「なに?」

 

 聞き返しながら、ナンシーリクエストのコーラのスイッチを押す。ガタンッ! と、音を立てて落ちてきたキンキンに冷えたコーラの缶を取り出し口から取り出す。

 

小田切(おだぎり)と付き合ってるんだよな?」

「ああ、うん、付き合ってるよ」

 

 寧々(ねね)に頼まれたミルクティーのスイッチを押して、返事を返す。

 

「どうやって、口説いたんだ!?」

「はあ?」

 

 取り出し口に伸ばした手を止め、顔をあげてシドを見る。とても真剣な表情(かお)をしていた。とりあえず全員分の飲み物を買って、屋上へ戻るまで間に詳しい話を聞くことに。

 

「そっか、ナンシーをね」

 

 シドの想い人は、ナンシーだった。

 一年以上も魔女関連で行動を共にわけだから、そういう感情が芽生えても何ら不思議なことじゃない。ただ問題なのは、ナンシーには別の想い人が居るということ。想い人は彼女持ちだから、まったくのノーチャンスってワケじゃないとは思うけど。

 

「とりあえず、ナンシーと二人だけで出掛けてみたら?」

「結構行ってるぞ。カラオケだろ、ファミレス、CDショップに、ゲーセン!」

「それ、デートって思ってもらえてる?」

「ああー、思われてねぇかも?」

「じゃあ、意味ないじゃん。告白以前に先ず、ちゃんと意識してもらわないと。ナンシーは、特別なんだよってさ」

 

 ナンシーに頼まれた、コーラの缶を渡す。

 再会した当初、俺のことを忘れていた寧々(ねね)に、俺自身が取った行動。当時の彼女にとっては、生徒会長になるために利用しようとしたお詫びという体だったけど、デートに誘ったことで意識してもらえたんだと思う。

 

「今まで行ったことのないデートっぽいところへ誘ってみると良いんじゃない。ベタだけど、ショッピングとか、カフェ、遊園地、水族館。そういえば去年、寧々(ねね)が動物園で土産に選んだパンダの縫いぐるみをスゴい喜んでたって言ってたから、そういうところも良いかも」

「し、師匠!」

 

 なんか目をキラキラさせながら。もの凄い尊敬の眼差しを向けられた。妙な感じ。とにかくあとは、シドの努力とナンシーの気持ち次第。部外者が口を出すのはよくないから、遠くから見守るとしよう。

 屋上に戻ると既に、レジャーシートの上の弁当は片付けられていて、花柄のペーパーナプキンに上にクッキーやチョコ、カップケーキなどの菓子が替わりに拡げられていた。飲み物を配りながら、姿が見当たらない五十嵐(いがらし)のことを訊ねる。

 

五十嵐(いがらし)は?」

玉木(たまき)に呼び出されて、生徒会室へ行ったわよ」

 

 今後の協力関係の打ち合わせあたりだろう。五十嵐(いがらし)の緑茶は置いておいて、先にいただくことにする。

 

「ウマイ! これ、寧々(ねね)が作ったのか!?」

「そうよ。うららちゃんと(みやび)ちゃんと一緒にね」

 

 球技大会の午後から寧々(ねね)も、白石(しらいし)伊藤(いとう)と同様にお互い下の呼ぶようになった。発案者は、伊藤(いとう)。付き合い始めてからしばらく経つのに苗字で呼び合う二人、白石(しらいし)山田(やまだ)を見かねての提案。白石(しらいし)が呼び慣れないと言うことから、先ずは女同士で練習という提案を再度して呼び方が変わったと、寧々(ねね)が教えてくれた。

 

寧々(ねね)ちゃん、料理もすごい上手いですけど、お菓子作りも上手なんですね」

「このくらいは簡単よ。興味があるなら今度、教えてあげましょうか?」

「わ、私にも作れるでしょうか?」

「材料を混ぜて、形抜きで型取って、時間を設定したオーブンに入れて焼くだけよ。包丁とか使わないから、ケガの心配はないわ。安心なさい」

「そうなんですね。じゃあ。今度教えてください」

「ええ。その時は、ナンシーも来るのよ」

「アタシもか!? アタシは、クッキー作りなんてガラじゃないよっ!」

「あら、格好なんて関係ないわよ。どう思う?」

 

 寧々(ねね)が話を振ってきた。ここは、彼女の意見に便乗して、さり気なく先の件について触れる。

 

「ナンシーが作ったのも食べてみたいかな。なあ、シド」

「お、おう! ロックバンドのボーカルで、その上クッキーも焼けるなんて最高にパンクだぜ!」

「そ、そうかい?」

 

 案外まんざらでもなさそう。シドのはちょっと意味わからないけど。学校生活の中のありふれたいちページのような時間はあっという間に過ぎて、昼休みが終わり午後。二年最後のテストを月末に控えた授業は、期末テストに備えた内容に全て置き換わった。

 

「終わったー」

「さて、帰るか」

 

 午後の授業が終わり、連絡事項だけのホームルームを終えて担任が教室を出ていく。伊藤(いとう)は机に突っ伏し、宮村(みやむら)は、すぐさま帰り支度を済ませた。

 

「何アンタ、部活行かないの?」

「テスト前だからな、今のうちに録画しておいた映画を消化しときてぇーんだ」

「それ、普通逆だろ。テストが終わってから見るんじゃないのか?」

「テスト前になると見たくなんだよなぁ」

「それ、わかるわ。なんだか分からないけど、部屋の掃除とかが捗るのよねー」

 

 確かに、それは分かる。現実逃避のような気もするけど、思いのほか気分転換になったりもする。

 

「お、居た、おーい!」

 

 宮村(みやむら)たちと話をしながら帰り支度をしていると、教室のドア付近から二人の男子に声をかけられた。サッカー部の二人は、教室に入るとまっすぐ俺の元へ。

 

朝比奈(あさひな)森園(もりぞの)。どうした?」

「まだ居てくれて助かったぜ」

「お前に渡すものがあってな」

 

 朝比奈(あさひな)は持っていたビニール袋に手を入れる。

 

「えっ? 何? もしかして、チョコ? アンタたちそう言う関係だったのっ?」

「マジかよ、そういう趣味があったのか」

「きゃー!」

「実は、そうなんだ。オレたちは前世から赤い糸で結ばれて運命を――」

「身の毛がよだつような戯れ言を抜かすな」

 

 悪ノリする三人に朝比奈(あさひな)は、物凄く冷めた声で切り捨てる。

 

「ノリ悪いな」

「ノリ悪いわね」

「ノリわりぃーぞ」

「暇じゃないんだ。用件を済ます」

 

 渡されたのは、引っ越しなんかの引き出物のタオルが入っているような長方形の白い箱。持った感じは、とても軽い。

 

「これは?」

「お前のユニフォームだ」

「ユニフォーム?」

「おうよ。今日の昼休みに届いた出来立てほやほやだ。しかも、新デザインだぜ」

 

 夏、冬と二大会連続でベスト8を阻まれたため、心機一転を計るべくユニフォームを新調。それなりに実績を残して来たから、玉木(たまき)が予算を組んでくれたらしい。

 

「へぇー、見せてよ。宮内(みやうち)

「オレも気になるな」

 

 頷いて箱を開ける。今までの落ち着いた感じのユニフォームとは正反対の、鮮やかなオレンジ色のユニフォームが姿を表した。白く縁取られたの深い紺色で刻まれた番号は「14」と記されている。

 

「すんごいハデね!」

「へぇー、カッコいいじゃねーか」

「だろ~」

「このデザインで『14』か」

 

 またとんでもなく重い番号をチョイスしてくれた。そんな俺の想いを嘲笑うように朝比奈(あさひな)は、軽く笑みを見せる。

 

「シャレてるだろ。お前には、その番号しかない」

「一年の冬に三年が引退してから、ずっと欠番にしてたんだぜ」

「ん? 14番に何か特別な意味でもあるの?」

「サッカーって言えば『10』だよな?」

「そうだな。だがこの番号は、俺たちにとっては10番よりも重要な意味を持っているんだ。俺たちの願いとサッカー部の希望を込めた背番号。かつて『El Salvador(エル・サルバドール)』と謳われた選手が背負っていた番号だ」

「エルサ――? 何それ、英語? 雪だるま作るの?」

 

 雪で作った顔をボール代わりにするのだろうか。

 

「絵面が残酷だな。響き的に、スペイン語じゃね? 確か、英雄とかそんな意味だよな?」

 

 そう、宮村(みやむら)の言う通り「El Salvador(エル・サルバドール)」は、スペイン語で救世主を意味する言葉。

 この14番は、サッカー界に革命を起こした人物が背負っていた番号。今では当たり前になった「オフサイドトラップ」や「スペース」を活用した戦術を生み出し、現代サッカーの礎を創った伝説のプレーヤー。

 ――俺の憧れの選手。

 

 

           * * *

 

 

 時計が午後五時を回り、一旦休憩を入れることにした。

 

「ハデなユニフォームね」

 

 ユニフォームを見た寧々(ねね)の感想は、伊藤(いとう)と同じだった。

 来週から期末テストのため、今日からバイトは休み。今日は寧々(ねね)と二人、うちでテスト勉強をしている。本当は伊藤(いとう)たちも来る予定だったんだけど、超研部の方で何か用事が出来たそうで明日に延期になった。

 

「それにしても――」

 

 ユニフォームから目を外した寧々(ねね)は、部屋の隅に置かれた紙袋に顔を向けて目を細める。

 

「いったい幾つ貰ったのかしら?」

「さあ? 数えてないから。それに大半が、優勝おめでとうってくれたヤツだよ」

「ふーん」

 

 二人分の食器と飲み物を用意してコタツに戻り、寧々(ねね)が作ってくれた、ロールケーキを切り分ける。

 

「じゃあ、いただきます」

「どうかしら?」

「美味しい。これ、蜂蜜使ってる?」

「そうよ。砂糖よりも低カロリーだから、砂糖の代用に生地に練り込んで作ってみたの」

 

 いろいろ考えてくれて、気づかってくれている。ありがたい。

 

「そっか、ありがとう。スゴく美味しい」

「どういたしまして。あら、ついてるわよ」

 

 唇に手を持っていく。

 

「そっちじゃないわ。動かないで――」

 

 隣に座って居る寧々(ねね)は身を乗り出して、反対側の唇に手を触れた。

 

「はい、取れたわ」

「ありがと」

 

 会話が止まってしまった。同時に、時間も止まってしまったんではないか錯覚してしまう程、お互い動かず無言のまま見つめ合う。

 気持ちは、同じだった。止まっていた時間が動き出す。

 どちらからともなくゆっくりと近づき、お互いの唇が軽く触れ合う。そして、ゆっくりと離れて目を開けた。目の前に居る彼女は、横を向いて顔を背けていた。

 

「どうしたの?」

「ちょっと、緊張しちゃったのよ。初めてだったから、その、恋人とのキス」

 

 そ顔を上げた寧々(ねね)は、少し恥ずかしそうに瞳を潤ませながら頬を薄紅色に染めている。

 今日まで、いろんな彼女の表情を見てきた。

 だけど。今まで見てきた中で今の彼女が一番可愛いと、心からそう想った。


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