球技大会前日の放課後、日もすっかり暮れて、頬を刺すような冷たい夜風が吹く、バイト終わりの帰り道。冬場限定で青系色のイルミネーションで装飾された商店街を、今日は、部活仲間の二人の他に、
「にしても。まさか
「
「うん、確かに」
「それは、コイツがいきなりだな――」
「そんな......ノアのキスされるの嫌だったんですかぁ~。せんぱい、ヒドイですぅ」
ネコ撫で声でよよよ、とわざとらしさ全開の泣きマネした。
「お前の目的は、
「
「スポッターになれば、魔女だけじゃなく、
「なるほどね」
「でも、
「ノアは、先輩の妻ですから、夫を管理するのは妻の努めてですので! あの無数の星々がまたたく無限に広がる宇宙の様に心が広いノアは、ちょっとの火遊びくらい容認してあげますよー」
「あ、そう......」
「はははっ、タチの悪りぃーストーカーだな!」
「妻ですって」
まったく臆せず平然と言ってのける
「それは置いておいて、問題が起きたらちゃんと協力しますよー。
「......まあ、それに関しては助かるが」
「と言うことで先輩、ノア、おいしいスィーツが食べたいです、先輩のおごりで! そこのコンビニに入りましょー」
「何で俺が――って、オイ放せ、引っ張るな!」
腕を掴まれた
「おーい、オレたち先に帰るぞー」
「はーいっ、おやすみなさーい!」
返事を返した
「さて、じゃあ行くか。
「ええ、そうよ」
「それじゃあな。行こーぜ」
くるっと踵を返し、自分の家とは違う方向へ身体を向けた
「ちょっと待ちなさい。あなたの家は、そっちじゃないでしょ?」
「オレ今日は、
「はあ?」
初耳だ。突然のことに、思わずすっとんきょうな声が出てしまった。
「あなたね。明日は、
「わかってるって。んな遅くまで付き合わせねぇよ」
「......ホントでしょうね?」
眉をややつり上げて、疑いの眼差しを
「そんなに気になるなら、一緒に泊まればいいじゃん」
「――なっ!?」
「おいおい、何を言い出すんだよ」
「別に。つーか、お前ら付き合ってんだから普通じゃね? 安心しろって、ダチの女に手ぇ出したりしねーからさ......!」
「あ、あ、当たり前でしょ!」
「なら、問題ねぇじゃん」
「いや、そもそも論点が変わってるから」なんて突っ込みもむなしく、完全に
「着替えどうする? スウェットならあるけど」
「大丈夫だ、家から持ってきてる」
「用意がいいな」
軽く持ち上げて見せたバッグから部屋着を取り出し、お構いなしに着替え始めた。結局
「とりあえず、おめでとさん」
「サンキュー」
自宅近くのコンビニで買ったジュースで、乾杯。グラス同士が軽くぶつかり、カランッと小気味良い音を奏でる。
「で、どうよ?」
「いまのところ問題ない。本格的なトレーニングを始めたけど、痛みもないし――」
「そっちじゃねぇよ。
「そっちかよ」
白い歯を見せながらニヤニヤと、茶化す気満々な笑みを見せる。でもそれは僅かな時間で、すぐに爽やかな笑顔に変わった。
「よかったな。ずっと想ってた相手に気持ちが届いてよ」
「......ああ、ありがと」
改めて、もう一度乾杯。
「最初聞いた驚いたぞ」
「理由が分かれば、単純なことだったろ?」
「まーな。でもオレ、お前の話を聞いた時、絶対
「もちろん好意はあるよ。恋とかそういう感情とは、ちょっと違うけど」
「ふーん。それで、
前言撤回、やっぱコイツ茶化す気満々だ。
「やっぱ、サッカー部が居るクラスは強いんだろ?」
「ああ。今年の球技大会には、部員のほぼ全員がエントリーしてる。中でも要注意は、エースの
「
そう、一番強いのは間違いなく、A組。奇しくも、
「
「
「統率力、的確な読みの一対一の強さ、180オーバーの長身を活かした空中戦。時にはオーバーラップを仕掛けて自ら、得点にも絡む。中学の時は、持ち前の統率力でまとめあげた鉄壁の守備陣は既に中学レベルを遥かに超えてた。そのプレースタイルからスカウトの間じゃ、リベロというポジションを確立した西ドイツの英雄を準えて、“小皇帝”とまで評価されていた程だよ」
「そらまたえらく大層な称号だな」
「そのくらい魅力的な選手ってこと。複数の名門からスカウトがあったし、プロの株組織ユースへ進んでいれば今頃、プロデビューしててもおかしくない」
「マジかよ。けどよ、中学ん時は勝ったんだろ? 全国制覇したってんだから。その時は、どうやって攻略したんだ?」
「簡単に説明すると逃げた」
まともに勝負しても、鉄壁のディフェンス陣を崩すのは至難の業。そこで、ロング・ミドルレンジからシュートを打ち続けて、マークへ行かざる状況を作り出し、デフェンス陣を誘い出した。前のめりになったディフェンスラインの裏を突き、奪い取った虎の子の一点を守り抜いた。
「それで、逃げか。作戦勝ちだな」
「ただ、同じ策は通じない。フットサルは、コートも、ゴールも小さいし、オフサイドもない」
「誘い出す程の脅威にはならないってことか。ふむ」
だから、どこかで必ず勝負しないと勝てない。となれば不安はあるけど、
* * *
球技大会当日。フットサルの試合は、体育祭の時と同じ芝のグラウンドで行われている。大会ルールーは少し異なり、クラス対抗戦。トーナメントと、総当たり戦を組み合わせた複合形式で行われる。
同学年20クラス弱が参加。初戦の組み合わせのみ、クジで決定。勝ったクラスは上へ、負けたクラスは下へと進む。数多く勝ちあがったクラス同士で1位から3位を決める総当たり戦。敗戦したクラスも二つの組みに別れ、最終的な順位が決定。
初戦、二戦共にサッカー部の少ないクラスに当たったこともあって、午前のトーナメントを無事に勝ち上がった俺たちC組は、午後の1位から3位決定戦に駒を進めた。
そして、昼休み。中庭の芝生でレジャーシートを敷いて、プロの料理人並みの腕前の
「ちゃんと勝っているわね」
「クジ運が良かったのもあるけどね」
「オレのお陰だな!」
「なによ、偉そうに」
「事実だしな。うまっ!」
確かに、感覚を確かめつつ徐々に慣らして行くには最高のスタートだった。もし初戦で
「それで、お前たちの相手はどこになったんだ?」
「A組とF組」
「AとF? 俺のクラス負けたのか?」
「レギュラーが三人居た
「へぇ、引き分けの場合はジャンケンなのね」
「......呆気ない終わり方だな」
「ところで、優勝出来そうなの?」
「うーん......」
頭の中で分析しながら、
肝心な試合の方は午前に見た感じ、キーパーさえ崩せばいいF組はどうにかなる。けど、
「やってみないとわからないけど、とりあえず大差はないかな。一点勝負になると思う」
「そう」
「そこは、絶対勝つって言っときなさいよー」
「つーか、二年以上のブランクあるのに良い勝負出来るって言えるのがヤバイな。なあみやむー、
野球グラウンドでソフトボールに参加している
「体育祭、見てなかったのか? オレたち、決勝まで行ったんだぜ」
「おれそん時、お前らのこと知らなかったし。早々に負けてふて寝してたからなー」
「そう言えば、
「そうそう、
「あーそうか、そうだなー」
「そろそろ、時間だ。俺たちは行く」
「
「当然だ、ダブルスコアで圧勝してやる」
「なんだと、返り討ちにしてやるからな!」
「フッ、午前の無様なプレーを見る限りあり得んな。まあ、あれが実力といえばそれまでだが」
「ああ゙ん!?」
分かりやすい安い挑発に、
「
「お、おう!」
「置いて行くぞ」
「あ、オイ待てよ、
言い合いをしながら体育館へ歩いていく。そんな二人の後ろ姿を見て、
「
「ええ、そうね」
「うーん......ねぇ、うららちゃん」
「ん? なに」
「うららちゃんと
「えっ?」
「だって、付き合ってもう4ヶ月くらいでしょ?
何だか分からないけど、飛び火しそうな話題になった。さっさと逃げろ、と俺の勘が言っている。急いで弁当の残りを食べて、お茶で流し込む。
「試合見ておきたいから行くよ。美味しかった、ありがとう」
「お粗末さま。終わったら見に行くから」
「了解」
* * *
午後は予定通り、順位決定戦。先ずは下位グループの順位決定戦から行われ。二つのコートで三試合ずつ行い最終順位を決定。続けて、上位グループの試合。俺たちは先ず、レギュラーキーパーが率いるF組と試合に臨んだ。
さすがは正ゴールキーパー、簡単には崩せなかったが少ないチャンスを確実にモノにして勝利を納めた。先ずは一勝、優勝に王手をかける。
「試合終了ー! A組の勝ち」
F組とA組の試合は、A組が勝利。C組とA組が一勝で並び、二敗したF組の三位が決定。次の試合で優勝が決まる。
「やっぱ、A組が来たな」
「ああ」
試合を見て、改めて思った。
俺は、コイツらを絶対に裏切らない――。
「おっ、
「おつかれさん」
「ホント疲れたわー。
「自分で買ってこいよ」
「あ、私のあげるわ。一本余分にあるから」
「うららちゃん、ありがとーっ」
「
「ありがと。それで、どうなったの?」
「次勝てば優勝だ。相手は、A組な」
「あら、やっぱりそうなのね」
「んで、どっちを応援するんだー?」
答えは決まっていると分かっているのに、
「もちろん、ウチのクラスに決まってるじゃん! ねー」
「うん、私もC組を応援するわ。
――
「自分のクラスを応援するわ。表向きはね」
「そういうワケだから絶対勝ちなさいよね、ミヤミヤコンビ!」
「もちろんそのつもりだって。んじゃ行こうぜー」
膝のサポーターを巻き直し、準備を整えて立ち上がる。
「あ、ちょっと待って」
「先に、行ってるぞー」
「アタシたちも先に応援席に行くからー。うららちゃん、行こー」
「うん」
「もう!」
「あはは......それで、どうしたの?」
「これよ」
「お守り?」
「足の神様を祀ってる神社の健康祈願のお守りよ。効果は、実証済みだから」
「そっか、ありがと」
受け取ったお守りは、ケガをした右のポケットにしまう。
「じゃ行こうか」
「カッコいいところみせてよね」
「了解」
「集合ー!」
審判役のサッカー部員の号令。。
「よし、行くかー」
「ああ」
ポケットにしまったお守りに軽く触れて、チームメイトと共に、鮮やかなグリーンの芝に白いラインと映えるピッチに、足を踏み出した。