一年生の頃私は、
結果、
だけど私はその、
先に手を出した方が悪いと言われれば、そうなのだけれど。でもやっぱりち納得出来ない部分があって、謹慎明けの
そして謹慎明け後、
乱闘事件から三ヶ月が経ち、今なお、まともに話を聞いてもらえない状況が続いていた。二学期の始業式から一週間後の昼休み、中庭でお昼を食べて教室へ戻る途中で偶然で出会った
「まったく、いつになったらまともに話を聞くのかしら? クラブハウスで補習って聞いてわざわざ、夏期講習の申請してまで参加したのに、すぐにどこかに行っちゃうし!」
「
「誰かねぇ」
私も
そもそも、
「あっ......」
足に掛かるハズの感触がなく、体が後ろへ大きく傾いた。
「――お、
血相を変えて叫んだ
身の危険を感じると、周りの動き全部がスローモーションに見えるって聞いたことがあったけど、あれは本当だったんだ。階段を転げ落ちるまでの間に、そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。でもそれはきっと、現実逃避のようなモノで......。
――私は、次の瞬間必ず訪れる痛みを覚悟してぎゅっと強く目を閉じた。
直後、カランッ! とカン高い音が響き、その音とほぼ同時にドンっと体に衝撃が走った。だけど、不思議と痛みは感じない。
「大丈夫?」
「えっ?」
顔を動かして後ろを向く。支えてくれている男子と目が合った。
私たちは、お互いに「あっ」と小さく声を上げて......。まるで時が止まったかのように、まばたきをするのも忘れて見つめ合った。
「
突然聞こえた
「え、ええ......平気よ。なんともないわ」
「そ、そうか」
すると
「あなた、ケガしてるのっ?」
「ああー、うん、ちょっとね。別に必要ないんだけど、主治医が持っていけって」
私を気づかってくれた。けどこの人は、松葉杖が必用なほどのケガをしているのに、そんな大切な物を投げ出してまで私を受け止めてくれた。
「......あの、ありが――」
「あっ、あの、ごめんなさいっ。わ、私、急いでてよく前を見てなくって......!」
お礼を言おうとしたところで、さっきぶつかりそうになった女子がものスゴく慌てた様子で、勢いよく頭を下げた。
「別にいいわ、私もちゃんと前を見ていなかったし」
「うむ、出会い頭だった。あれは、俺でも避けられなかっただろう」
「そういうことよ」
「でもでも――」
「ケガもないから気にしないで、いつまでも言っていると怒るわよ。それに、急いでいたんじゃなくて? 行かなくていいの?」
「――はっ! そ、そうでしたーっ、部室で待っていてもらっているんでした!」
もう一度丁寧に頭を下げ、文化系の部室がある部室棟へ続く渡り廊下を早足で歩いていく。
「賑やかな子だったわね」
「ああ、そうだな」
ウェーブの掛かった腰まで伸びる長くてキレイな髪を揺らして歩く女子を見送り、私は改めてお礼を言うため助けてくれた男子と向き合う。
「ケガがないみたいでよかったよ」
「あなたが助けてくれたおかげよ。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。じゃあ気をつけてね、
優しく微笑みながら不意に名前を呼ばれて、胸がトクンとした。そうだったのね。私は忘れていたけれど、私たちは出会ってたんだわ。初めてキスをしたあの日よりも、もっとずっと前に――。
あの日、階段を落ちそうになった日からひと月が経ったある日の放課後。あの時ぶつかりそうに女子、
その後私たちは何となく、手芸部で過ごす時間が増えていった。翌る日の昼休み、ふと、部室の窓から教室棟の屋上を見上げると、屋上のフェンスに松葉杖が立て掛けられているのを見つけた。
――もしかして、あの人かしら? 松葉杖があるんだから近くに居るわよね。
ちょっとだけ探してみる。松葉杖の近くのベンチに、男子が三人いた。その中の一人が立ち上がって、振り向いた。
あの人だった。私を助けてくれた人。フェンスに腕を預けて、少し眩しそうにして遠くを眺めている。不意に、あの人と目が合った。私のこと覚えていてくれたみたい、前と同じ様に、優しく微笑みかけてくれた。でも私は、予期せぬ再会に妙な気恥ずかしさを感じて、反射的に目を背けてしまった。
――って、何してるのよ、私。こんなの印象最悪じゃない。
「
急に声をかけられたから、ちょっと驚いて声が上ずってしまった。
「な、何でもないわっ。ちょっと、空を見てただけよっ」
「え? 私ですか?」
そんな私の声に反応したのは、声をかけてきたナンシーではなく、テーブルで裁縫をしている
「それにしても余裕あるね。試験前なのに裁縫なんて」
「半分あきらめてますので、あはは~......」
「そんなことじゃ、また補習になって、遊びに行けなくなるわよ。ほら見てあげるから、教科書出しなさい」
「は、はいっ!」
慌てて机を片付け出した
ナンシーが、私はよく空を見ていたと言っていたのは、そういう理由だったんだ。思い出してしまえば、とても単純な理由で。やっぱり私は、間違っていなかったんだ。
* * *
「......ん、んぅ......こ、ここは......」
気がつくと、白い天井と蛍光灯が見えた。体には布団が掛けられていて、ベッド周りを白いカーテンが仕切っている。さっきまで夢を見ていた私は、保健室のベッドで横になっていた。
「あ、起きたみたいだね」
すぐ近くで声が聞こえた。顔を横に向けて見る。ベッド脇の丸パイプ椅子に、夢で見てたあの人が......
実はまだ、ちょっと呼び慣れてなかったり。でも、つ、付き合っているんだもの、下の名前で呼ぶ方が自然よね? って誰に訊いているのかしら? 私っ! 慌てて体を起こして、ベッドに座り直す。
「おはよう、
私の葛藤なんて知るハズもない彼は、あの時と同じで優しく微笑みかけてくれる。
「どうして、ここに居るの?」
「ナンシーが教えてくれたんだ。
「そう、ナンシーが......」
選挙が終わり後日生徒会の引き継ぎが済むと、ナンシーと六人の魔女、それと
そこで「
「どう? 記憶を取り戻した気分は」
「そうね......」
急に思い出して、不思議な感じというのが本音。でも、ひとつだけ確かなことがある。
「納得いかないことがあったわ」
「え、そうなの?」
「ええ、そうよ」
私の不満はもちろん、一年生の頃に出会っていたことを教えてくれなかったこと。
「どうして、教えてくれなかったの!」
身を乗り出して、問い詰める。
「だって、俺のこと忘れてるみたいだったし。俺だけが覚えてるのって何か、不公平な感じがして」
「ちょっ! そんな理由で黙っていたのっ?」
「でも、結果オーライだったでしょ」
――それは、確かにそうね。記憶がないのにそんなこと言われても信じるワケないし。むしろ力説されていたらドン引きしていたわね、間違いなく。
そういう意味では、教えてもらえなくてよかったって言えるのかもしれない。
「それに。今は、こうして一緒に居れる」
「......うん」
思わず、素直に頷いてしまった。
ここが、二人きりの保健室でよかった。だって、きっと今の私は、恥ずかしさと嬉しさで顔が真っ赤になっている違いない。こんなの他の人には、絶対に見せられない。
「
「ゆ、
私たちは、そのまま見つめ合い、お互いの心が通じ合っているのか、どちらからともなく自然と距離を縮めて行く......そして――。
「もう、気は済んだかい?」
唇が触れ合う寸前、突如聞こえた声に私たちは飛び退いて距離を取った。
――もう、空気読みなさいよ、いったい誰かしらっ?
やや不機嫌に返事をすると、一呼吸置いてカーテンが開いて、冷めた目をしたナンシーが入ってきた。
「記憶の方は、取り戻せたかい?」
「ええ、お陰さまでね!」
「そう睨まなくたっていいだろ。あのまま放っておいたら、いろいろ
「べ、別にいいでしょ? こ、恋人なんだから......」
――キスくらいしたって......。
腕を組んだナンシーはやれやれ、と深く大きなタメ息をついた。
「ハァ、とにかく、そういうことは他でやりな。見つかったら、フォローのしようがないからね」
「えっと、ところでナンシー、二人は?」
「ん?
「そっか、じゃあ頼めるかな? これから、バイトなんだ」
「ああ、任せときな。起きるまで面倒見といてやるよ」
「オレもいるぜ!」
横からひょっこり、シドが顔を出した。
居たのね、全然気がつかなかったわ。
「よろしく。
「一緒に行くわ」
「
「あら、
ここへ来て一時間近くが経ち、スクールも終わりに差し掛かった頃、
「もう、平気なの?」
「ああ、大丈夫だ。記憶を思い出して、いろいろなことに納得がいった」
「......そう」
「アイツはまだ、外に居るのか?」
「そうよ。でもそろそろ、あっ、終わったみたいね」
スクールを受けていた子どもたちが、コートを出てクラブハウスに戻ってきた。
「大変そうだな、俺たちも手伝うか?」
「ええ、そうね、そうしましょう」
ノートを片付けて、席を立つ。
「あっ、
「はい?」
外へ出ようとしたところで、店長さんに呼び止められた。出入りしているうちに、ここのスタッフともすっかり顔馴染みになった。
「外に行くなら伝えてもらえる? 予定が変わったから、コート広げてって」
「はい、わかりました。伝えておきます」
「悪いね、あとで飲み物奢るから」
「プロテインならいらないわ」
この人の奢るはいつも、プロテインドリンク。まったく、ことある度に在庫処分しようとするから油断も隙もない。
「おっと、じゃあそっちのイケメンくんに......」
「気持ちだけ受け取っておく」
レジ裏で愉快そうに笑う店長を無視して、私たちはコートの
「ずいぶん広いコートになったが、これもフットサルなのか?」
「ソサイチっていう7人制のサッカー。ルールは、フットサルほぼ同じだけどね」
「へぇ、いろいろあるのね」
「おっ、さっすが仕事早いな。みんな、優秀だねー」
ウェアに着替えた店長さんがコートに出て来た。
「店長、お疲れさまです」
「お疲れさーん。今日は貸し切りになったから上がってくれてもいいし、暇なら一緒にやっていってもいいよ。どうする?」
と言うわけで私たちは、試合が始まるまでの間コートの隅を借りて、部活を行うことにした。久しぶりに、三人で部活。ボールを回しながら話題は明後日行われる球技大会に。
「
「バスケだ」
「あら、フットサルじゃないのね」
「ま、何でもよかったんだが。背が高いという安直な理由でな」
「ははっ、そうなんだ」
「お前は、フットサルなんだろ?」
「実戦で回復具合を確かめる良い機会だからね」
ちなみに私が参加する競技は、バレーボール。女子は、フットサルがなかった。体育館だから、
「そろそろ上がろうか」
「そうね」
「そうしよう」
ボールを店長さんに返して、コートを出る。
「店長、お先です」
「はいよ、おつかれー。あっ、奥だけ電気消しといてー」
「わかりました。それじゃあ失礼しまーす」
「参加しなくてよかったのか。今日なら、わざわざ球技大会で確かめるよりも――」
「いやいや、無理だよ」
やや食い気味で、
「仮に足が万全でも、かなりキツい」
「そんなに上手な人たちなの?」
「ぶっちゃけヤバイね。今の俺なんて、足下にも及ばないよ」
「お前が? それほどなのか?」
「現役のプロはいなかったけど、チームに入っていたり、
よくわからないけど、
「そうなのか。さて、じゃあ俺はこっちだ」
「おつかれ」
「お疲れさま、
「じゃあな」
別に道へ入って行った
「
「ええ、そうよ。応援に行くから、すぐに負けちゃダメよ」
「了解。でももし、A組と当たったら?」
「そんなの決まってるじゃない。クラスの応援をするわ」
「そっか」
ちょっと残念そうな
「表向きはね」
「ん?」
「だ、だから、こっそり応援してるからっ。だから、絶対勝ってよね......!」
「了解、勝つよ」
そう言うと優しく手を握ってくれた。スゴく温かい。私も握り返す。
真冬の夜は、風が強くて、痛いほど冷たくて、スゴく寒いけど。繋いだ手から伝わって来る彼のぬくもりは、私の手も、心も暖かくしてくれる。