Episode49 ~誓い~
焦がすような日差しの夏が過ぎ去り、黄色や赤に色づいた木々の葉が、北からの冷たい木枯らしに吹かれて、茜色に染まる空を儚げに舞っている。いつまでも高い位置に留まり、中々沈まなかった太陽は日に日に短くなり、季節は夏から秋へと巡り。そして、冬へと移り変わり、街は日々様相を変えていく。
そんな、どこか物悲しさを感じさせる初冬の黄昏時の景色はまるで、今の俺の心を鏡に写したかのようだった。
「お兄ぃ、お客さまだよ」
控えめのノックのあと、妹の声。返事をして、窓の外からドアの方へ目を向ける。一呼吸開けて、ドアが開き。妹と一緒によく知った二人の客人が、部屋に入ってきた。三年間、何度も相見えた対戦相手であり、時には同じチームでプレーしたこともある好敵手
「よう、元気か?」
「先にすることがあるだろう。妹さん、これを」
「あっ、すみません。ありがとございまーす」
「悪い、気を遣わせた」
「気にするな、当然の礼儀だ」
「そうそう」
「じゃあ、置いてくるね。ごゆっくりどうぞ」
受け取ったバスケットの代わりに、茶と茶請けをテーブルに置いた妹が、部屋を出て行く。ベッドから体を起こそうとしたところで「そのままでいい」と、
「それで、どうしたんだ?」
「見舞いに決まってるだろ」
「見透かされているな。察しの通り、お前に話があってきた」
「単刀直入に聞くぞ。お前、高校どこへ行くんだ?」
「高校?」
「当然誘われてるんだろ。やっぱ地元の静岡、清水、藤枝、浜松辺りか? それとも、越境か?」
確かに今上げられた地域は、故障する前から誘われている。
それにどこも、ケガを理由に話しを取り下げられたりもされていない。むしろ、ケガのケアの面倒も見てくれるという学校もあるくらい恵まれている。
でも、俺は......。
「いや、俺は――朱雀に行こうと想ってる」
「ふーん、朱雀かぁ、って、どこだ?」
「俺の地元の名門進学校だ」
「
「いや、正直強いとは言えないな。十数年に一度の頻度で決勝リーグに名前が上がるが、例年は、良くて二次予選リーグ止まりだな」
「マジかよ......」
「まあ、いいか。オレらで強くすれば」
「そうだな、万年予選止まりの弱小から全国制覇。ケツから捲るシナリオも悪くない」
「むしろ最高にカッコいいだろ。サクセスストーリーってヤツだな」
二人の話は、まったく要領を得ない方向へと進んで行く。
「何を言ってるんだ?」
「決まってるだろ。オレたちも、お前と同じ学校に行くって話だ」
「同じ学校に行くって――」
――何を考えているんだ......?
「朱雀は、東京屈指の進学校だからな。親も反対はしないさ」
「そういう問題じゃない! お前ら、名門校から誘われてるだろ!」
俺の心とは裏腹に、二人は笑みを見せて答えた。
「愚問だな、決まっているだろう。お前とは、敵として勝負してた時よりも、同じチームでプレーしてる時の方が何倍も面白かった。理由としては充分さ」
「そういうこと」
正直、二人の気持ちは嬉しかった。こいつらとならきっと、どこであろうとも最高に面白い試合が出来る。でも、それは――。
「在学中に完治する保証なんてない......」
「ああ、わかってるさ」
「わかってない、何もわかってねぇよ! お前たちの三年間が、無駄になるかも知れないんだ!」
「そうかも知れないな、だから――」
「無理矢理出ろなんてことは言わない。しっかり療養して、三年の冬に戻ってくればいい」
「お前が戻ってくるまで、オレたちが強くしとく」
「分かってる。お前の気持ちを無視して身勝手なことを言っているよな。でもな、俺たちはもう一度、お前と一緒にプレーしたいと本気で思ってる。だから、頼む。俺たちの選択を後悔させないでくれ」
「
――この二人は、本気だ。
競技者として一番成長出来る高校の三年間を、犠牲にしても構わないという覚悟を決めている。こんなことを本気で言ってくれるヤツは、きっと他に居ないだろう。二人の気持ちに答えたい、今、本気でそう思っている。けど、それは二人のためにはならないことも分かる。恵まれた環境で指導を受けられば、プロに届くポテンシャルを持つ、この二人の可能性を犠牲にしてまで――。
「......悪い」
「謝るな。俺たちが勝手に決めたことだ」
「そうそう」
「言っておくが。一番のネックは、
「ぬっ!?」
「あ、ははは......」
「おい、笑うなよ! オレ、そこまで頭悪くないからな!」
「悪い悪い」
謝りながら思う、手術跡が痛むくらい心から笑ったのは、本当に久しぶりだった。
「安心しろ。俺が、マンツーマンで教えてやる」
「いやいや、お前、東京じゃん?」
「東京寄りの神奈川だろ? 静岡に比べれば、ずいぶんと近い」
「いやいやいや......」
この数ヵ月後、俺たちは揃って朱雀高校へ進学が決まった。
そして、引っ越しの前に誓いを立てた。
高校生活三年間の間に、二人と同じフィールドに立ち、必ず全国の頂点に立つことを。