黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode4 ~美少女の祝福~

 連続した電子音が耳元で聴こえる。まぶたを閉じているのに、目の前が眩しい。どうやら、朝みたいだ。ベッドから降りてカーテンを開け、降り注ぐ朝日を受けながら大きく伸びをして、ふわついている頭を半ば強引に起こしてから、朝食と弁当の支度に取りかかる。

 コーヒーメーカーのスイッチを入れ、フライパンに火を入れる。弁当のおかずを作りながら、昨夜の出来事について思い返した。

 

「えっと、なんで......?」

「だ、だから、おまじないよ、おまじない。美少女の祝福(キス)、健康と安全祈願のおまじないっ。それじゃあね......!」

 

 身を翻し、逃げるように早足で行ってしまった小田切(おだぎり)の背中を俺は、ただ呆然と見つめる事しか出来ないでいた。

 家に帰ってからスマホで調べてみたが、「美少女の祝福(キス)」というおまじないはヒットしなかった。

 結局、あれは何だったのだろうか? どうして、唐突にあんなことを。考えても仕方がない、答えは出ないのだから。朝食と着替えを済ませ、顔を水で流して頭を切り替えて、登校。いつもとほぼ同じ時間に教室に到着。ひと通りクラスメイトと挨拶を交わして一時間目の授業の準備を始める。するとそこへ、宮村(みやむら)が登校してきた。

 

「おはよーっす」

「ああ、おはよう」

 

 手を止めず、小田切(おだぎり)のことを尋ねる。

 

「昨日さ、生徒会役員にあった。ショートボブの子」

「ああ~、小田切(おだぎり)か。どうせ、勧誘されたんだろ?」

「ご明察。生徒会はどうして、ブランクのある俺に拘るんだ?」

 

 ようやく軽い運動ができるようになったが、ケガの影響でまともには動けず、長期間実戦を離れていて試合勘もない。何よりチームプレーが大事な集団競技でブランクのある人間に拘る必要性を、俺は感じない。

 宮村(みやむら)にしては珍しく、少し話しづらそうな表情(かお)を見せた。

 

「今年、渋谷(しぶたに)って有力な一年がサッカー部に入部した。学校としては、こいつを生かさない手はない」

「ふーん。つまり、部活動でいい成績を残して受験者を増やしたいってところか」

「まーな。このご時世だ、学校としては学力だけじゃなくて、運動部関係でも名前を売っておきたいのさ。お前、バイトの申請で書類提出しただろ?」

 

 新年度になって、主治医からも許可をもらえたためアルバイト先の変更を知らせる書類を学校側に提出した。宮村(みやむら)によると、その書類を見た生徒会長が、俺のバイト先のフットサルコートへ秘書を送り込み、実際の動きを見て全盛期には程遠いがある程度回復しているとの報告を上げ、男同士の方が話しやすいだろうという理由で、次期会長候補の一人宮村(みやむら)を俺の説得に向かわせた。

 しかし、断念の意向を伝えたため、今度は小田切(おだぎり)に指示を出したのだろうと、宮村(みやむら)は推測している。

 

朱雀高校(うち)の会長......山崎(やまざき)は狸だ。気をつけろよ? 計算通りにならないとなれば、どんな手段を使ってくるかわからねぇヤツだ」

 

 宮村(みやむら)は、いつになく真剣(マジ)表情(かお)で忠告......いや、警告をした。となれば、昨日の小田切(おだぎり)行為(アレ)も戦略の一部なのだろうか。

 

「とまあ、オレが知ってるのはそれだけ。一時間目なんだっけ?」

「ああー......物理だな」

「マジかよ......。登校一発目の教室移動はダルいなー......って、オレたちしか居ねえじゃねぇか!」

 

 話し込んでいたため、教室には既に誰も居ない。急いで教科書を持って移動。

 階段へ差し掛かった時、悲鳴と何かが落ちるような大きな物音を聞き付けた俺たちは、急遽方向転換して悲鳴が聞こえた階段下へ向かった。

 

「おいおい、マジかよっ!」

白石(しらいし)さん......!?」

 

 男女が階段下で倒れ込んでいた。ひとりは、俺がよく知っている女子生徒、白石(しらいし)うらら。彼女の近くでうつ伏せに倒れている男子は、宮村(みやむら)が介抱。

 

「って、山田(やまだ)じゃねーか」

白石(しらいし)さん、大丈夫? ダメだ、気を失ってる。そっちは?」

「こっちもだ。外傷は見当たらねーけど」

 

 白石(しらいし)の方も気絶してるだけで、外傷は見当たらない。ただ、頭を打っている可能性を否定できない。

 

「仕方ねえ、保健室に運ぶぞ。つーことで、白石(しらいし)さんはオレに任せろ!」

 

 両手をワキワキして白石(しらいし)の身体に触れる仕草を見せる。白い目で軽蔑の眼差しを向けると、ふぅ......と息を吐いて、俺の肩に手を置いた。

 

「冗談だって。白石(しらいし)さんは、お前に任せる。山田(こいつ)重そうだからな」

「ああ、頼む」

 

 膝を考慮してくれた宮村(みやむら)は、山田(やまだ)の肩を抱きかかえた。俺も白石(しらいし)を担ぎ、二人を保健室へ連れいく。保健教諭の指示で、二人をベッドへ寝かせる。簡単な診察の結果、二人とも軽い脳震盪で心配はいらないということだった。一安心。白石(しらいし)山田(やまだ)を保健教師に任せ、改めて物理室へ向かった。

 その後は特に問題もなく、昼休みを迎える。いつものように弁当を持って屋上へ足を伸ばす。ただ今日は、飲み物を用意するのを忘れていたため少し遅れた。ドアの横の壁に背を預ける形で腰を下ろす。午前中日差しに当たっていた壁が程よく温かく気持ちいい。ほんのり蒸し暑さを感じ始めた初夏の陽気の中昼食を食べ終え、転落防止用のフェンスの手すり両腕に乗せ、遠くに広がる高層ビル群を眺める。ふと、中庭を視線を落とすと、白石(しらいし)が三人の女子と弁当を食べていた。どうやら無事に目を覚ましたみたいだ。

 そして授業も終わり放課後は、今日もバイト。教室を出たところで、白石(しらいし)らしき後ろ姿を見つけた。容態を聞くため彼女の隣に並んで顔を見る。思った通り、白石(しらいし)だった。

 

白石(しらいし)さん」

「へっ!?」

 

 妙に驚いた様な表情(かお)見せた。まだ体調が戻っていないのか目が大きく泳いでいる。

 

「大丈夫? もしかして、頭打ったから目眩があるとか?」

「う、ううん。もう全然だいじょうぶよっ」

「そう? ならいいんだけど」

 

 変に腰を動かしたり、不自然な作り笑顔だったりと、いつもの白石(しらいし)らしくない気がするが、まあ本人が大丈夫というのだから心配ないだろう。

 

「ああ、そうだ。一緒に倒れてた、山田(やまだ)だったけ? あいつは、どうなった? 一緒のクラスって聞いたけど」

「え、ええっ。山田(やまだ)くんも平気よっ」

「そっか、そらよかった。じゃあ俺バイトだから、また明日」

 

 やや挙動不審気味な白石(しらいし)と別れて、校舎を出る。昨日と同じく事務所で着替え、子ども相手にフットサルのコーチを勤め午後八時。フットサルコートを出ると、小田切(おだぎり)と昨日彼女とファミレスに居た男子生徒が、待ち構えていた。

 

「もう一度聞くわ。サッカー部に入ってくれるわよね?」

 

 少し不機嫌な小田切(おだぎり)は、どこか自信有り気な表情(かお)で改めて聞いてきた。

 彼女の質問に対する俺の返事は――。

 

「いや、入らないけど」

「な、なんでよっ! 昨日、キスしたじゃない......!」

 

 小田切(おだぎり)が上げた大声に通行人はざわつき、隣の男子生徒が不機嫌な表情(かお)に変わる。正直、この状況は芳しくない。はたから見たら、完全に修羅場。小田切(おだぎり)を宥めて、昨晩と同じ公園で話を聞くことに。

 

「もう一度聞くわ......。私のために、入ってくれるわよねっ?」

「はぁ......」

 

 一体なんなのだろう。何度聞かれても俺の返事は変わらない。

 

「入りません」

「なっ!? (うしお)くん、ちょっと来て!」

「お、おお......」

 

 小田切(おだぎり)は、(うしお)と呼んだ男子を連れて少し距離を取って話し出した。小声だが、所々二人の会話が漏れ聞こえてくる。

 

「これは、一体どういうことなのかしらっ?」

「さあな、わからん。だが、お前の――は人を選......」

「――そうね......」

 

 話がまとまったのか、俺が座るベンチへ戻ってきた。

 

「今日のところは一旦これで引くわ。でも......私は、絶対にあきらめないからっ! 行きましょ、(うしお)くん」

「うむ。時間を取らせて悪かったな」

 

 男子生徒は軽く謝罪すると、先を行く小田切(おだぎり)を追いかけて行った。結局、なんだったのだろう? 訳がわからない。ただ、小田切(おだぎり)がなぜか、宣戦布告をしたことだけは理解できた。


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