「俺の責任だ。すまない......」
生徒会長選挙前日の放課後、うちのアパートで行うことになった選挙対策は、
なぜうちで、選挙対策をすることになったかというと、たまたまバイトが休みで部屋にコタツがあるからという、とても安易な理由。それは別に構わないのだけれど、実は、コタツなら超研部の部室にもあるのだが。今は、安易に部室を使えない特別な事情がある。
それは、
「とりあえず、顔を上げろよ」
なかなか頭を上げようとしない
「しかし――」
「決定したことを、今さら悔やんでも仕方ねぇだろ」
「シドから聞いてるよ。オマエが、将棋部の説得に動いていたことはね!」
「そういうこった。ま、どんな事情があったかは訊かねぇでおくさ」
「問題は、明日の選挙本番だよ。勝算はあるのかい?」
「打てる手は打った。あとは、
「オレの見立てだと、二人の支持は、ほぼ互角。明日の演説会で決まるだろう」
「
「一年の
「ああー、あのサルみてーに身軽ですばしっこいヤツか。演説が得意なタイプとは思えないけどな」
「おそらく、
「攻撃の対象だったオレは降りたんだ、劇的な効果はねぇさ」
「なら、問題なさそうだね」
相手よりも
「何か、気になることでもあんのか?」
「
「
ただ、一番の懸念は、リカの後継者が彼であり、“7人目の魔女”の魔女能力を継承しているということ。強力な記憶操作の能力に加え、並外れた頭脳が合わさる。そんな奴が相手側となれば、苦戦を強いられることは必至。楽観出来ないのは道理。
「あーあ、ナンシーが
「なっ!? 魔女の能力に関する記憶は消したって言っただろ!」
相変わらずの緊張感のない調子で
「ま、いざとなればアタシが、
「そんなことしなくても、奪っちゃえばいいんじゃない」
「はあ? 奪うって、何をだい?」
首をかしげながら頭の上にクエスチョンマークを浮かべるナンシーとは対照的に、
「なるほどな、盲点だったぜ......!」
「ちょっと、どういう意味だい? 分かるように説明しな!」
「思い出してみろよ。
「そうか。俺が、
そう。どういう訳か
「能力を奪えば、かけられた能力はリセットされる!」
「そういうこった。“扇動”の能力が消えれば、
「けど、いつ奪うんだい? 選挙は、明日だよ」
「
「当日その場でか、大胆な発想だな。けど」
「この上なく効果的だ。
ま、注目を集まる壇上で男同士がキスするんだから、多感な年頃の女子の妄想のネタを提供することになるけど。
「よし。んじゃあ、さっそく
「それは、無理だよ」
明日の作戦が決まり、
「どういう意味だ?」
「
さらに「きっと儀式の時、一緒に失ったんだろうね」と続けた。まさかとは思ったけど、ナンシーがこんなウソをつく理由はない。
「マジかよ......」
「やはり、俺が奪いに行く。これは、俺にしか出来ないことだ」
「つっても、土壇場で寝返ったようなもんだから、簡単にはいかねぇだろ。ここは、三段構えで対処する。先ずは、
「ああ」と、力強く頷く
「二つ目は、当初の予定通り
「アタシの出番だね。任せときな、キレイさっぱり消したげるよ!」
「悪ぃな、頼む」
その場合は、投票が行われる前に一度校内を出る。これなら、ナンシーのことを忘れないで済む。いざという時は、儀式で取り戻せばいい。
「っと、メッセージだ。
「急に家の用事が入ったから、行けなくなったわ。だってさ」
「ふむ」
「どうした?」
「いや、考えすぎだな。じゃ、とりあえず今日は解散ってことで」
スマホをポケットにしまい、スクールバッグを担いで立ち上がり。ナンシーと
そして、いよいよ選挙戦当日を迎える。
「スゲー賑わってんな!」
「お祭りみたいですねー」
「何ていっても、40年ぶりの選挙だからな。無理もねぇさ」
掲示板や廊下には、立候補者二人のポスターが貼られていて。購買部では、サイリュームペンライト、名前を書ける無地のうちわ、装飾用のモール等の応援グッズ売り場が特設され、アイドルのコンサートさながら。行ったことないけど。
ともあれ、どこもかしこも選挙ムード一色の校内を
「おわっ、スゲー人だ! こいつらみんな、演説聞きにきてんだろ!?」
「
「そっか。遂に来たんだな、この日が......!」
感極まっている
「来たか、マズイことが起きた」
「ってことは、奪えなかったんだな」
「それどころじゃないよ! 事態は、最悪だ!
壇上でパイプ椅子に座っている
「やられた、そういうことかよ。昨夜の違和感の正体は、コイツか。おかしいと思ったんだよ、
「
「だろうな。投票直前の土壇場で裏切れば、浮動票を含めて一気に、
このままじゃ、二人が晒し者に――
「先輩! このままじゃ、
「わかってる!
「でも、探すって。こんな、人混みの中を......」
「ナンシー、“7人目の魔女”の能力を俺にくれ。俺が責任を取る」
「いや、アタシがやるよ。大がかりになる。これだけの人数、アンタの手に負えないよ!」
「おい、お前ら、落ち着けって!」
「......待て。
体育館を出ようとしていた、
「二人は、
「はあ? なんでだよ? そんなことより、
「学校に居るはずないだろう。今ごろどっかのカフェで、余裕綽々にデカフェでも啜って早めの祝杯を挙げてるさ。
「だな。オレがアイツなら、間違いなくそうしてる」
「......わかった、
「あっ、はいっ!」
人混みを掻き分けながら、
「
「もう入れた。んじゃあオレは、設備室で暗躍してくるぜ」
「アタシたちは、どうすればいいんだ!?」
「
「オレが、館内のブレーカー落としてやる。窓には暗幕が貼られてるから一時的に真っ暗になる、そこを狙え。舞台袖に隠れて目をつむっとけよ? 闇に目を慣らすためにな!」
「ああ、わかった」
「ナンシーは、ここで待機。いざというときは頼む......ゴメンね」
「いいって、また前と同じになるだけさ。アンタは、どうするんだい?」
「
「止めるったって、
「大丈夫、実力行使で止めるから」
「実力行使......?」
『それは、ただ今より――』
司会が始まると同時に、上手の舞台袖に到着。サポート役の
「
「あっ、先輩!」
「ダメだ、まったく聞く耳を持たない」
「あっちに行ってなさいって、怒られちゃいました~」
反対側で待機している
『それでは先ず、
「はい!」
返事をした
「マズイですよ!」
「くっ! もう、どうしようも出来ないのか!」
まだだ、まだ何かあるハズ。辺りを見回す。見つけた、これだ。「生徒会解散総選挙、演説会」と記された横断幕を吊るしているロープに手をかける。
「これを落とす。二人とも、手伝って!」
「横断幕を降ろして、気を逸らすんだな!」
しかしロープは、固定器具にガッチリ巻かれていて、二人がかりでも思うように上手くほどけない。
『突然ですが。みなさんは、この学校の――』
「ヤバイ、演説が始まったぞ! 原稿にない台詞だ!」
今、完全に操られている。猶予は、残り僅か。間に合うか微妙なところ。
「二人とも、退いてください! えいっ!」
『えっ? ちょっとなによっ?』
突然のハプニングに、演説をしていた
『み、みなさん、落ち着いてください!』
「ナイスだ、
「えへへ~」
選挙管理委員があわてて、舞台袖へやって来た。
「こっちの細い方のロープが切れたみたいですねー。きっと劣化していたんデスよー」
「おいおい、しっかりしろよな。大事な演説だってのに」
「す、すみません、すぐに直しますので。立候補者と推薦人の方は一度、舞台袖へ下がって待機してください!」
傾いた看板を選挙管理委員が直している間に
「やれやれ、なんだか気が抜けてしまったよ」
「ホントよ。あら、
舞台袖に戻ってきた
「
「ん、なんだい?
「いいから、早く来いっての」
「
「生涯ねぇーよ」
「キミというヤツは......!」
「まあまあ~」
「ねぇ、なんなの?」
「えっと、二人だけにしてほしいって頼んだんだ。大事な話があって」
「えっ? そ、そう......」
少し気恥ずかしそう目をそらした。
「それで、何かしら?」
「うん、実は――」
「お待たせしました。準備が整いましたので、ステージへお願いします」
マズイ、思った以上に復旧が早い。優秀過ぎるも考えもの。
「ハァ。話は、選挙が終わってからにしましょ。
「ちょっと待って!」
「な、なんなの? もう、行かなきゃいけないんだけど!」
少し不機嫌になった。雰囲気も、いつもの
「今度は、停電? どうなっているのかしら、ちょっと行って来るわっ!」
想定外のハプニングの連続に、
「へっ? ちょ、ちょっと何するのよっ?」
いくら
「あんたら、なにしてんだよ。こんな時に......」
「分かってないですね、
「まったく、君たちは。どう考えても、拘束しているんだよ。
「そんなことわかってますよ。ネタに決まってるじゃないですかー」
「だから、
「どういう意味かな!?」
生徒会室でよく目にした、緊張感の欠片もない掛け合い。その間も、
「おい、連れてきた。ぞ?」
「いいなー。
「しねぇーよ!」
仲むつまじく戯れる
「悪い。
「ちょ、何をかってに――んっ......!?」
反論させないため、胸元で軽く口を塞ぐようにする。
「訳ありだな。任せておけ」
「頼む」
「あのー、時間ですけど?」
「待たせたな。推薦人の
女子は姿勢を正し、緊張した様子で頷いた。
「は、はい、風紀委員長、何も問題ありません! それでは、お願いします。
『二年の
演説が始まっても、
「おい、聞いているんだろ」
「......えっ?」
「お前が、必死に何かを成し遂げようとしているのは分かる。だけどな――」
抱きしめる腕により一層力がこもる。
「俺の女に手出すな」
どうしようかと思っていると、
「大丈夫?」
「ええ、平気。一緒に行ってほしいところがあるの」
* * *
まだ演説会が続いている体育館を後に俺たちは、学校を出て最寄りの公園へやって来た。平日の昼前ということもあって、人はあまり居ない。
「こんにちは」
ブランコに腰をかけていた朱雀の制服を着た男子が、声をかけてきた。
「お前が、
「はい。ですが、話の前に――」
ブランコを降りると
「い......いったぁ~いっ! アンタ、何すんのよっ!?」
「ああ、すみません、加減が上手くいかないもので。とにかくこれで、あなたに掛けた能力は解除しました。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
あんなことを仕出かしたヤツと同一人物とは思えないほど、丁寧に頭を下げて謝罪した。
「あなた方を待つ間に連絡を受けました。こちらの演説は、目を覆いたくなるほどの酷い有り様だったそうです。この戦いは、僕たちの敗けです」
「認めるんだな」
「事実ですから。『目論見通り、選挙まで持ち込んだ。最後は正々堂々と戦うべきだ、不正で勝ったところで支持は得られない』。
「......それで、あなたたちは結局、何がしたかったのよ?」
赤くなった額を擦りながら、眉尻を上げた
「
スクールバッグを肩に背負い、そのまま振り返ることもなく公園を出て行った。
「あの子、結局何をしたかったのかしら?」
「さあ」
でも、俺と同じ理由......か。
「戻ろう。もう、投票が始まる時間だ」
「待って!」
歩き出そうとしたところで、袖を掴まれた。足を止めて
「なに?」
「......さっきのこと」
「さっき?」
「ほら、舞台袖で言ったじゃない。その、俺の女にって......。あれは、その、どういう意味で......」
俺の答えは、最初から決まっていた。
「――本気」
あの時本当は、もっと違うことを言おうと思っていた。だけど実際に口に出た言葉は、全然違う言葉で......。でもあの言葉は間違いなく、そうあれたらいいなという、俺の本心。
だって俺は――初めて彼女と出会った日からずっと、彼女に恋をしていたんだから......。
「あなたのことが好きです。ずっと、好きでした。付き合ってください。友達としてじゃなくて、恋人として――」
「出口調査だと、
「当然ね」
「でもこれから、また大変だね」
「あら。私、生徒会には残らないわよ」
「え? そうなの」
「ええ、やりたいことがあるの」
「そうなんだ。
あまり聞かれたくないことだったのだろか。急に黙り込んでしまった。
「
「......
可愛らしく口を尖らせながら上目使いで抗議。
「えっと、
下の名前で呼ぶ。思わず疑問形になってしまった。
照れくさそうに頬を真っ赤に染めながら一歩歩幅を詰めて隣に並んだ彼女、