黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode48 ~告白~

「俺の責任だ。すまない......」

 

 生徒会長選挙前日の放課後、うちのアパートで行うことになった選挙対策は、五十嵐(いがらし)の謝罪から始まった。

 なぜうちで、選挙対策をすることになったかというと、たまたまバイトが休みで部屋にコタツがあるからという、とても安易な理由。それは別に構わないのだけれど、実は、コタツなら超研部の部室にもあるのだが。今は、安易に部室を使えない特別な事情がある。

 それは、白石(しらいし)伊藤(いとう)が、五十嵐(いがらし)と共にリコール運動を主導していた将棋部の男子、一条(いちじょう)政宗(まさむね)によって、“扇動”の能力をかけられてしまったための処置。“扇動”は、相手の不満を増幅させる能力。将棋部はこの能力を利用して、行き場のない不満が溜まった生徒を煽り立て、リコール運動を一気に加速させる手に出た。

 

「とりあえず、顔を上げろよ」

 

 なかなか頭を上げようとしない五十嵐(いがらし)を、宮村(みやむら)が諭す。

 

「しかし――」

「決定したことを、今さら悔やんでも仕方ねぇだろ」

「シドから聞いてるよ。オマエが、将棋部の説得に動いていたことはね!」

「そういうこった。ま、どんな事情があったかは訊かねぇでおくさ」

 

 宮村(みやむら)とナンシーの言葉を聞いた五十嵐(いがらし)は、もう一度「すまん」と謝って、ようやく顔を上げた。キッチンで四人分の飲み物を用意して、仕切り直し。

 

「問題は、明日の選挙本番だよ。勝算はあるのかい?」

「打てる手は打った。あとは、玉木(たまき)次第だな」

 

 宮村(みやむら)はリコールが成立直後に辞意を表明し、明日の選挙に出馬しない意向を表明した。その狙いは、反発が集中していた生徒会長を自ら降りることで、対立姿勢を全面に押し出して活動していた将棋部の思惑を崩し、玉木(たまき)を次期生徒会長に推薦した。

 

「オレの見立てだと、二人の支持は、ほぼ互角。明日の演説会で決まるだろう」

玉木(たまき)の応援演説は、寧々(ねね)がするんだったね。相手は、どんな奴がするんだい?」

「一年の萩原(はぎわら)だ」

「ああー、あのサルみてーに身軽ですばしっこいヤツか。演説が得意なタイプとは思えないけどな」

「おそらく、一条(いちじょう)と同様勢いだけの演説になるだろう」

「攻撃の対象だったオレは降りたんだ、劇的な効果はねぇさ」

「なら、問題なさそうだね」

 

 相手よりも小田切(おだぎり)の方が数段上手く話せると知って、ほっと肩を撫で下ろしたナンシーは、グラスに挿さったストローを口に運ぶ。しかし、五十嵐(いがらし)表情(かお)は相変わらず険しいままで、楽観の色は微塵も見受けられない。

 

「何か、気になることでもあんのか?」

将棋部(むこう)は、詫摩(たくま)が参謀として入れ知恵している。俺が降りたことで、何かしらの策を企ててくるはずだ」

詫摩(たくま)か、確かに厄介な相手だな」

 

 詫摩(たくま)(るい)、二年の男子生徒。並外れた天才的な頭脳の持ち主のため授業は免除、欠席、遅刻、早退も一切問われない特待生。実は、詫摩(たくま)とは少しだけ親交がある。これは今、触れるような関係性でもないから話す必要もない。

 ただ、一番の懸念は、リカの後継者が彼であり、“7人目の魔女”の魔女能力を継承しているということ。強力な記憶操作の能力に加え、並外れた頭脳が合わさる。そんな奴が相手側となれば、苦戦を強いられることは必至。楽観出来ないのは道理。

 

「あーあ、ナンシーが詫摩(たくま)に能力の情報を渡しちまったからなー」

「なっ!? 魔女の能力に関する記憶は消したって言っただろ!」

 

 相変わらずの緊張感のない調子で宮村(みやむら)は、ナンシーをおちょくる。普段と変わらないムダに爽やかな笑顔と軽いノリが、重苦しかった場の空気を変えてくれた。

 

「ま、いざとなればアタシが、一条(いちじょう)の記憶を全員から消してあげるよ」

「そんなことしなくても、奪っちゃえばいいんじゃない」

「はあ? 奪うって、何をだい?」

 

 首をかしげながら頭の上にクエスチョンマークを浮かべるナンシーとは対照的に、宮村(みやむら)は、俺の言いたいことをいち早く理解してニヤリと悪い笑みを見せる。

 

「なるほどな、盲点だったぜ......!」

「ちょっと、どういう意味だい? 分かるように説明しな!」

「思い出してみろよ。萌黄(もえぎ)さんの“読唇”の能力を、五十嵐(いがらし)()()()時のことをな」

「そうか。俺が、一条(いちじょう)の能力を奪えばいいのか!」

 

 そう。どういう訳か五十嵐(いがらし)は、儀式のあと玉木(たまき)と同じ、略奪の能力を得ている。使わない手はない。

 

「能力を奪えば、かけられた能力はリセットされる!」

「そういうこった。“扇動”の能力が消えれば、一条(いちじょう)を推す理由もなくなる。具体的な公約のない勢いだけの演説と、実現可能な目標を掲げる真面目な演説、朱雀(うち)の生徒はバカじゃない」

「けど、いつ奪うんだい? 選挙は、明日だよ」

五十嵐(いがらし)じゃなくて、玉木(たまき)が奪っちゃえばいいんだよ。最終演説会は、立候補者と推薦人以外は壇上に上がれないんだから、能力を奪うチャンスはいくらでもあるよ」

「当日その場でか、大胆な発想だな。けど」

「この上なく効果的だ。五十嵐(いがらし)のことは警戒してるだろうけど、その分玉木(たまき)に対する警戒は薄れてるハズだ。能力を奪われるなんて、夢にも思わないだろうぜ。駆け引きなしの直球勝負、おもしれぇーじゃねーか!」

 

 ま、注目を集まる壇上で男同士がキスするんだから、多感な年頃の女子の妄想のネタを提供することになるけど。玉木(たまき)には悪いけど、確実に当選してもらうために我慢してもらおう。

 

「よし。んじゃあ、さっそく玉木(たまき)に――」

「それは、無理だよ」

 

 明日の作戦が決まり、玉木(たまき)に作戦を伝えようと宮村(みやむら)がスマホを持つと同時に、ナンシーが異を唱えた。

 

「どういう意味だ?」

玉木(たまき)はもう、能力を持っていないんだ。未来予知の魔女、筑紫(ちくし)さんの協力のもと確かめたから間違いないよ」

 

 さらに「きっと儀式の時、一緒に失ったんだろうね」と続けた。まさかとは思ったけど、ナンシーがこんなウソをつく理由はない。

 

「マジかよ......」

「やはり、俺が奪いに行く。これは、俺にしか出来ないことだ」

「つっても、土壇場で寝返ったようなもんだから、簡単にはいかねぇだろ。ここは、三段構えで対処する。先ずは、五十嵐(いがらし)が能力を奪いにいく。成功すりゃ儲けもんだ」

 

「ああ」と、力強く頷く五十嵐(いがらし)

 

「二つ目は、当初の予定通り小田切(おだぎり)玉木(たまき)の演説。7割方行けると思うが、劣勢の場合は......」

「アタシの出番だね。任せときな、キレイさっぱり消したげるよ!」

「悪ぃな、頼む」

 

 その場合は、投票が行われる前に一度校内を出る。これなら、ナンシーのことを忘れないで済む。いざという時は、儀式で取り戻せばいい。

 

「っと、メッセージだ。小田切(おだぎり)?」

 

 宮村(みやむら)は、届いたメッセージを読み上げる。

 

「急に家の用事が入ったから、行けなくなったわ。だってさ」

 

 玉木(たまき)たちとの打ち合わせが終わったら合流するって言っていたけど、そういった事情なら仕方ない。

 

「ふむ」

 

 宮村(みやむら)はスマホをしまうことなく、空いている左手をアゴに添えて、スマホの画面とにらめっこしている。

 

「どうした?」

「いや、考えすぎだな。じゃ、とりあえず今日は解散ってことで」

 

 スマホをポケットにしまい、スクールバッグを担いで立ち上がり。ナンシーと五十嵐(いがらし)も、うなづいて立ち上がる。上着を羽織って、外まで三人を見送って部屋へ戻り、明日に備えて早めの就寝。

 そして、いよいよ選挙戦当日を迎える。

 

「スゲー賑わってんな!」

「お祭りみたいですねー」

「何ていっても、40年ぶりの選挙だからな。無理もねぇさ」

 

 掲示板や廊下には、立候補者二人のポスターが貼られていて。購買部では、サイリュームペンライト、名前を書ける無地のうちわ、装飾用のモール等の応援グッズ売り場が特設され、アイドルのコンサートさながら。行ったことないけど。

 ともあれ、どこもかしこも選挙ムード一色の校内を宮村(みやむら)山田(やまだ)滝川(たきがわ)の四人で一緒に歩いていると、五十嵐(いがらし)から「今すぐ、体育館へ来てくれ!」とメッセージを受け取った。最終演説会が行われる、体育館へ急ぐ。

 

「おわっ、スゲー人だ! こいつらみんな、演説聞きにきてんだろ!?」

玉木(たまき)先輩、一条(いちじょう)と激戦を繰り広げてますからね。クラスでも話題になってるし」

「そっか。遂に来たんだな、この日が......!」

 

 感極まっている山田(やまだ)滝川(たきがわ)を促し、入り口のすぐ近くに居た五十嵐(いがらし)とナンシーの元へ。

 

「来たか、マズイことが起きた」

「ってことは、奪えなかったんだな」

「それどころじゃないよ! 事態は、最悪だ! 寧々(ねね)が、悠理(ゆうり)の能力にかかっている......!」

 

 壇上でパイプ椅子に座っている玉木(たまき)の脇に立つ、小田切(おだぎり)を見る。能力にかかってる? 確か、悠理(ゆうり)ってヤツの能力は、相手を自在に操作出来る能力。

 

「やられた、そういうことかよ。昨夜の違和感の正体は、コイツか。おかしいと思ったんだよ、宮内(みやうち)やナンシーじゃなくて、()()にメッセージを送って来るなんてな! あの時にはもう、小田切(おだぎり)のヤツは操られてたんだ!」

詫摩(たくま)の入れ知恵だろう。おそらく、玉木(たまき)が不利になるような演説をさせるつもりだ」

「だろうな。投票直前の土壇場で裏切れば、浮動票を含めて一気に、一条(いちじょう)に流れるって」

 

 このままじゃ、二人が晒し者に――小田切(おだぎり)に関しては、裏切り者に仕立て上げられる。どうすればいい。どうすれば、この劣勢を打開できる。考えろ、何かあるはずだ。逆転の一手。

 

「先輩! このままじゃ、玉木(たまき)が負けちゃうっ!」

「わかってる! 悠理(ゆうり)を探すぞ! あいつらの思い通りにさせてたまっかよ!」

「でも、探すって。こんな、人混みの中を......」

「ナンシー、“7人目の魔女”の能力を俺にくれ。俺が責任を取る」

「いや、アタシがやるよ。大がかりになる。これだけの人数、アンタの手に負えないよ!」

「おい、お前ら、落ち着けって!」

「......待て。山田(やまだ)、考えがある」

 

 体育館を出ようとしていた、山田(やまだ)たちを呼び止める。

 

「二人は、朝比奈(あさひな)を探して舞台袖に連れて来てくれ。風紀委員長だから、体育館(ここ)に居るハズだから」

「はあ? なんでだよ? そんなことより、悠理(ゆうり)のヤツを――!」

「学校に居るはずないだろう。今ごろどっかのカフェで、余裕綽々にデカフェでも啜って早めの祝杯を挙げてるさ。小田切(おだぎり)さんの瞳を通してな」

「だな。オレがアイツなら、間違いなくそうしてる」

「......わかった、朝比奈(あさひな)を探して連れて行きゃあいいんだな!? 行くぞ、ノア!」

「あっ、はいっ!」

 

 人混みを掻き分けながら、朝比奈(あさひな)を探しに行った。

 

宮村(みやむら)黒崎(くろさき)たちに連絡して時間稼ぎさせて。舞台袖に居るんだろ」

「もう入れた。んじゃあオレは、設備室で暗躍してくるぜ」

「アタシたちは、どうすればいいんだ!?」

五十嵐(いがらし)は、宮村(みやむら)と一緒に下手(しもて)に回って。隙を見て、一条(いちじょう)の能力を奪ってくれ」

「オレが、館内のブレーカー落としてやる。窓には暗幕が貼られてるから一時的に真っ暗になる、そこを狙え。舞台袖に隠れて目をつむっとけよ? 闇に目を慣らすためにな!」

「ああ、わかった」

 

 宮村(みやむら)五十嵐(いがらし)も、準備に取りかかる。

 

「ナンシーは、ここで待機。いざというときは頼む......ゴメンね」

「いいって、また前と同じになるだけさ。アンタは、どうするんだい?」

上手(かみて)に回って、小田切(おだぎり)さんを止める」

「止めるったって、寧々(ねね)は操られてるんだよ?」

「大丈夫、実力行使で止めるから」

「実力行使......?」

 

 三浦(みうら)悠理(ゆうり)、あいつは昨夜、利と損を天秤にかけた。魔女を見分けられるナンシーの存在を恐れて、利を捨てて安パイに逃げた。作戦が漏れていないなら、若干分がある。急いで上手側のステージ前に向かうと、選挙管理委員を務める女子が、プログラムを持って出てきた。急がないと、操られている小田切(おだぎり)が演説を始める前に。

 

『それは、ただ今より――』

 

 司会が始まると同時に、上手の舞台袖に到着。サポート役の有栖川(ありすがわ)黒崎(くろさき)が舞台袖から、小田切(おだぎり)の様子を伺っている。

 

小田切(おだぎり)さんは?」

「あっ、先輩!」

「ダメだ、まったく聞く耳を持たない」

「あっちに行ってなさいって、怒られちゃいました~」

 

 反対側で待機している五十嵐(いがらし)と目が合う。五十嵐(いがらし)はスマホを見せて、首を横に振る。宮村(みやむら)の方は、まだかかりそう。

 

『それでは先ず、玉木(たまき)候補の推薦人、小田切(おだぎり)さん。演説をお願いします』

「はい!」

 

 返事をした小田切(おだぎり)は、ステージ中央の校旗が装飾された演台の前へ移動を始めた。

 

「マズイですよ!」

「くっ! もう、どうしようも出来ないのか!」

 

 まだだ、まだ何かあるハズ。辺りを見回す。見つけた、これだ。「生徒会解散総選挙、演説会」と記された横断幕を吊るしているロープに手をかける。

 

「これを落とす。二人とも、手伝って!」

「横断幕を降ろして、気を逸らすんだな!」

 

 しかしロープは、固定器具にガッチリ巻かれていて、二人がかりでも思うように上手くほどけない。

 

『突然ですが。みなさんは、この学校の――』

「ヤバイ、演説が始まったぞ! 原稿にない台詞だ!」

 

 今、完全に操られている。猶予は、残り僅か。間に合うか微妙なところ。

 

「二人とも、退いてください! えいっ!」

 

 有栖川(ありすがわ)がハサミで、ロープの補助している細めのサブロープを切った。思い切り引っ張った直後、バサッと大きな音と共に横断幕の上手側が傾き、半分ほど落下したところで止まる。

 

『えっ? ちょっとなによっ?』

 

 突然のハプニングに、演説をしていた小田切(おだぎり)だけじゃなく、観覧している生徒たちからもどよめきが起こる。

 

『み、みなさん、落ち着いてください!』

「ナイスだ、有栖川(ありすがわ)!」

「えへへ~」

 

 選挙管理委員があわてて、舞台袖へやって来た。有栖川(ありすがわ)はロープを切ったハサミを背中に隠し、白々しく話しかけ、黒崎(くろさき)も彼女の話に合わせる。

 

「こっちの細い方のロープが切れたみたいですねー。きっと劣化していたんデスよー」

「おいおい、しっかりしろよな。大事な演説だってのに」

「す、すみません、すぐに直しますので。立候補者と推薦人の方は一度、舞台袖へ下がって待機してください!」

 

 傾いた看板を選挙管理委員が直している間に五十嵐(いがらし)から、宮村(みやむら)の準備が整ったと合図が出た。これで五十嵐(いがらし)は、一条(いちじょう)に接近出来る。そして、ステージに居た小田切(おだぎり)たちが各々の陣営がある舞台袖へ戻って来た。

 

「やれやれ、なんだか気が抜けてしまったよ」

「ホントよ。あら、宮内(みやうち)くんじゃない。どうして、ここに居るの?」

 

 舞台袖に戻ってきた小田切(おだぎり)は、いつもと変わらない雰囲気。髪を触るしぐさも見慣れたいつもの小田切(おだぎり)そのもの。本当に操られているのか、疑いそうになる。

 

玉木(たまき)先輩、ちょっとお話がありますので。こっちへ来てください」

「ん、なんだい? 有栖川(ありすがわ)くん」

「いいから、早く来いっての」

黒崎(くろさき)くん。キミは、いつになったら僕を敬うんだい?」

「生涯ねぇーよ」

「キミというヤツは......!」

「まあまあ~」

 

 有栖川(ありすがわ)は、すれ違い様に「小田切(おだぎり)先輩のこと、お願いしますねっ」と小声で耳打ちして、言い合っている黒崎(くろさき)玉木(たまき)を奥へ連れて行った。

 

「ねぇ、なんなの?」

「えっと、二人だけにしてほしいって頼んだんだ。大事な話があって」

「えっ? そ、そう......」

 

 少し気恥ずかしそう目をそらした。

 

「それで、何かしら?」

「うん、実は――」

「お待たせしました。準備が整いましたので、ステージへお願いします」

 

 マズイ、思った以上に復旧が早い。優秀過ぎるも考えもの。山田(やまだ)たちはまだ、姿を見せないし、照明も落ちていないから能力も奪えてない。今は、少しでも時間を稼がないと。

 

「ハァ。話は、選挙が終わってからにしましょ。玉木(たまき)、行くわよ」

 

 玉木(たまき)を待つことなく、先にステージへ行こうと背中を向けた、小田切(おだぎり)の手を捕る。

 

「ちょっと待って!」

「な、なんなの? もう、行かなきゃいけないんだけど!」

 

 少し不機嫌になった。雰囲気も、いつもの小田切(おだぎり)と少し違う。間違いない。彼女の行動を操られている。そう確信を得た瞬間、突然、館内の照明が全て落ちた。いよいよ、作戦決行の時。

 

「今度は、停電? どうなっているのかしら、ちょっと行って来るわっ!」

 

 想定外のハプニングの連続に、悠理(ゆうり)はかなり焦っていると見える。とにかく、ここを離れようと必死。もう少し、もう少しだけここに繋ぎ止める。掴んだ手を半ば強引に引き寄せ、小田切(おだぎり)を抱きしめる。

 

「へっ? ちょ、ちょっと何するのよっ?」

 

 いくら三浦(みうら)の思い通りにさせないためとはいっても、いろいろ柔らかいし、すごく良い匂いがするし。落ちた照明は、一分ほどで戻った。おかげで、気持ちを切り替えられた。そこへ玉木(たまき)が、二人と戻ってくる。

 

「あんたら、なにしてんだよ。こんな時に......」

「分かってないですね、黒崎(くろさき)くんは。時に積極的にされるとキュンってなるんですよ、女の子は。もちろん、好意のある人だけ限定ですけどねー!」

「まったく、君たちは。どう考えても、拘束しているんだよ。悠理(ゆうり)くんに、好き放題させないためにね」

「そんなことわかってますよ。ネタに決まってるじゃないですかー」

「だから、玉木(たまき)なんだよ」

「どういう意味かな!?」

 

 生徒会室でよく目にした、緊張感の欠片もない掛け合い。その間も、小田切(おだぎり)は腕の中で抵抗を続けている。

 

「おい、連れてきた。ぞ?」

「いいなー。山田(やまだ)先輩、ノアのことをぎゅーってしてくださいよー」

「しねぇーよ!」

 

 仲むつまじく戯れる山田(やまだ)滝川(たきがわ)を完全にスルーした朝比奈(あさひな)は、俺たちのもとへ。

 

「悪い。小田切(おだぎり)さんの代わりに、玉木(たまき)の応援演説をして貰えないか?」

「ちょ、何をかってに――んっ......!?」

 

 反論させないため、胸元で軽く口を塞ぐようにする。

 

「訳ありだな。任せておけ」

「頼む」

 

 朝比奈(あさひな)は胸ポケットに差したメガネをかけて、期末試験前の勉強会と同じ戦闘モードに入る。あまりにも遅かったためか、選挙管理委員の女子が様子を伺いにやって来た。

 

「あのー、時間ですけど?」

「待たせたな。推薦人の小田切(おだぎり)が、体調を崩した。今から、保健室へ連れていく。演説は代わりにオレが行うが、構わないな?」

 

 女子は姿勢を正し、緊張した様子で頷いた。

 

「は、はい、風紀委員長、何も問題ありません! それでは、お願いします。玉木(たまき)候補もステージへお願いします」

 

 玉木(たまき)朝比奈(あさひな)は、ステージへ向かい。山田(やまだ)たちは、舞台袖で演説を見守る。

 

『二年の朝比奈(あさひな)だ。諸事情により、玉木(たまき)の応援演説を行うことになった』

 

 演説が始まっても、小田切(おだぎり)は抵抗を止めようとしない。ここまで来ても諦めない。余程の事情があるのだろうけど、俺にも引き下がれない理由がある。彼女の眼と耳を通して聞いているヤツに、感情を込めた強いの口調で語りかける。

 

「おい、聞いているんだろ」

「......えっ?」

「お前が、必死に何かを成し遂げようとしているのは分かる。だけどな――」

 

 抱きしめる腕により一層力がこもる。

 

「俺の女に手出すな」

 

 小田切(おだぎり)は一瞬身体を震わせ、抵抗が一気になくなった。力を緩めて抱いていた腕を離しても、俺の胸に顔を埋めたまま離れようとしない。

 どうしようかと思っていると、朝比奈(あさひな)の演説が終わると同時に、彼女は顔を上げた。

 

「大丈夫?」

「ええ、平気。一緒に行ってほしいところがあるの」

 

 

           * * *

 

 

 まだ演説会が続いている体育館を後に俺たちは、学校を出て最寄りの公園へやって来た。平日の昼前ということもあって、人はあまり居ない。

 

「こんにちは」

 

 ブランコに腰をかけていた朱雀の制服を着た男子が、声をかけてきた。

 

「お前が、三浦(みうら)か」

「はい。ですが、話の前に――」

 

 ブランコを降りると小田切(おだぎり)の前に立ち、側頭部に手を添えて突然、頭突きをした。鈍い音が響き、彼女は額を押さえて、その場にうずくまる。スゴい痛そう。

 

「い......いったぁ~いっ! アンタ、何すんのよっ!?」

「ああ、すみません、加減が上手くいかないもので。とにかくこれで、あなたに掛けた能力は解除しました。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

 

 あんなことを仕出かしたヤツと同一人物とは思えないほど、丁寧に頭を下げて謝罪した。

 

「あなた方を待つ間に連絡を受けました。こちらの演説は、目を覆いたくなるほどの酷い有り様だったそうです。この戦いは、僕たちの敗けです」

「認めるんだな」

「事実ですから。『目論見通り、選挙まで持ち込んだ。最後は正々堂々と戦うべきだ、不正で勝ったところで支持は得られない』。五十嵐(いがらし)先輩がおっしゃった通りでした。もう、どうしようもありません」

「......それで、あなたたちは結局、何がしたかったのよ?」

 

 赤くなった額を擦りながら、眉尻を上げた小田切(おだぎり)が尋ねると、三浦(みうら)は俺の方へ顔を向けて微笑んだ。

 

()()()()()()()()ですよ。それでは僕は、これで失礼します」

 

 スクールバッグを肩に背負い、そのまま振り返ることもなく公園を出て行った。

 

「あの子、結局何をしたかったのかしら?」

「さあ」

 

 でも、俺と同じ理由......か。

 

「戻ろう。もう、投票が始まる時間だ」

「待って!」

 

 歩き出そうとしたところで、袖を掴まれた。足を止めて小田切(おだぎり)を見る。

 

「なに?」

「......さっきのこと」

「さっき?」

「ほら、舞台袖で言ったじゃない。その、俺の女にって......。あれは、その、どういう意味で......」

 

 小田切(おだぎり)を見る。薄紅色に頬を染めて、でもどこか不安そうに大きな目を少し潤ませながら。それでも目をそらすことなく、まっすぐ俺を見据えて、答えを待っている。

 俺の答えは、最初から決まっていた。

 

「――本気」

 

 あの時本当は、もっと違うことを言おうと思っていた。だけど実際に口に出た言葉は、全然違う言葉で......。でもあの言葉は間違いなく、そうあれたらいいなという、俺の本心。

 だって俺は――初めて彼女と出会った日からずっと、彼女に恋をしていたんだから......。

 

「あなたのことが好きです。ずっと、好きでした。付き合ってください。友達としてじゃなくて、恋人として――」

 

 小田切(おだぎり)は一度顔を伏せてから戻し、告白の返事をしてくれた。お願いします、と――。

 

「出口調査だと、玉木(たまき)の圧勝だって」

「当然ね」

 

 宮村(みやむら)から送られて来た選挙速報の話をしながら、学校へ戻る。

 

「でもこれから、また大変だね」

「あら。私、生徒会には残らないわよ」

「え? そうなの」

「ええ、やりたいことがあるの」

 

 玉木(たまき)が、放っておきそうにない気がするけど「ちゃんと後任を推薦するから、文句は言わせないわ」と、小田切(おだぎり)は力強く言ってのけた。

 

「そうなんだ。小田切(おだぎり)さんのやりたいことって?」

 

 あまり聞かれたくないことだったのだろか。急に黙り込んでしまった。

 

小田切(おだぎり)――」

「......寧々(ねね)よ」

 

 可愛らしく口を尖らせながら上目使いで抗議。

 

「えっと、寧々(ねね)?」

 

 下の名前で呼ぶ。思わず疑問形になってしまった。

 照れくさそうに頬を真っ赤に染めながら一歩歩幅を詰めて隣に並んだ彼女、寧々(ねね)は、今まで見てきた中で一番の笑顔をだった。


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