12月24日、クリスマスイブ。
赤や白、緑のリースで飾り付けられた街の商店街。歩道の木々は青と白のイルミネーションで彩られ、ケーキ屋の店先では、サンタクロースの赤い衣装を身に付けた店員がプラカードを持って、クリスマスケーキの宣伝をしている。
プレゼントを持つ人、ケーキの箱を持つ人、多くの人びとが行き交う街は正に、クリスマスムード一色。そんなきらびやかな都会とはかけ離れた、深い雪が降り積もる山奥の施設を訪れている。
今日、明日と、新生徒会発足の時に聞かされた冬合宿の日。
生徒会が合宿を張って何をするのかと疑問に思っていたが、普段の業務とあまり変わらず拍子抜け。ただ、ひとつだけ違うところがある。それは、山田が一番張り切っているということ。普段あまり真面目に活動していないようだが、畳張りの広い会議室の机に向かって、今日中に処理しなければならないファイルとにらめっこをしながら、山田は休むことなく、鉛筆を動かし続けている。
真面目な理由は単純明快、今日12月24日は、白石の誕生日だから。仕事を終わらせさえすれば、彼女の誕生日を祝うことが出来るため張り切っている。
山田の仕事が終わるのを待つ間、宮村、玉木。それと、新しく副会長に任命された一年の男子、黒崎仁と同じテーブルを囲み、宮村が持参したカード麻雀でヒマを潰している。ちなみに女子二人は、こちらも新副会長の一人に任命された一年の女子、有栖川翠と、別のテーブルでお喋りをしている。
「ふっ」
山札から引いたカードを見た黒崎は、にやりっと笑みを浮かべた。まったく、わかりやすい奴だ。役になる字牌はほぼ場に出ているし、ドラとその周辺は河に捨てている。となれば、鳴きの三色、もしくは断么九のみ手あたりが濃厚。ただ、黒崎は親、連チャンされて流れが変わるには厄介。
河の中に目を落とし、手札の右端二枚に指先を触れる。それを察知した宮村は、手札から残り一枚の中を出した。
「ポン」
逃さず鳴き、既に二つ鳴いて、役を確定させている宮村への危険牌を切る。
「ロン。ノミ手な」
「はいよ」
点棒を渡す。利害が一致した俺たちのコンビ打ちで黒崎の親を蹴り、迎えたオーラス。仕掛けもない静なオーラスの流局間際、俺がリーチしたことで宮村を除く二人は振り込みを避け、安牌とドラ周辺を避けてベタ降りの様相。結局そのまま、誰も和了ることはなく流局で終わった。表向きに牌を倒す。
「って、地獄待ちの振聴かよ。ラストでひっくり返されちまったか。二向聴までは持ってったんだけどなー」
「リーチが効いたね。しかし危なかった、切っていたら河底で直撃だったよ」
「あら。黒崎は、マイナスなのね。玉木もギリギリじゃない」
小田切たちがこちらの来て、テーブルを覗く。
「やっぱり黒崎くんが、最下位だったんですねー」
「う、うるせぇ! おれは身を呈して、宮村くんのサポートをだな......」
「ビリなのは事実じゃないデスかー」
口元を隠しながらぷぷっとバカにするように笑う、有栖川。黒崎は眉尻をピクピクさせながら、まるで苦虫を潰したような屈辱的な表情を浮かべている。
「くっ! だったら、有栖川がやってみやがれ!」
「別にいいですけどー。最下位じゃなかったら、ジュースおごってくださいよ?」
「ああ、いいぜ。ドンケツじゃなければな!」
「決まり! と言うことで、小田切先輩と白石先輩も一緒にやりましょー」
「え? 私たちも?」
「どうして、私たちもやらなきゃいけないのよ。あなたが、黒崎の替わりに入ればいいじゃない」
「ええ~、だって、会長と宮内先輩には勝てる気しないですしー」
「僕には勝てると言いたいのかな!?」
「イエイエ、ソンナコト思ッテナイデスヨ?」
「思い切り棒読みじゃないか!」
やや大きめの声で抗議する玉木に、背中を向けて一人仕事をしていた山田が切れた。
「だぁー! うるせぇー! 集中出来ねえじゃねーか!」
「ああ~、わりぃわりぃ」
「ったくよー!」
いつものように、笑いながらテキトーに謝る宮村。山田はブツブツと悪態をつきながら再び机に向かって、鉛筆を動かし始めた。隣に、白石が座る。
「貸して、私も手伝うわ」
「いいのかよ?」
「私も、生徒会の関係者だもの」
「ダーメ。それは、山田の役目。いくら白石さんでも、ダメ。つーか、白石さんに手伝ってもらったら意味ねぇだろ?」
「うぐっ......」
他の四人は、二泊三日の合宿中に終わるよう調整しているが、明日まとまった自由時間を取って、白石と二人で誕生日を祝うために今日中に全て片付ける豪語したのは、他の誰でもない山田自身だけど......。
「つーワケでオレたちは、山田の邪魔にならないように風呂でも行ってこよーぜ。晩飯の前によ」
促された俺たちは、山田を一人残し部屋を出た。
近所の温泉へ行くことにした女子たちと別れて、廊下を歩いていると、玉木が「少しくらい手伝ってもいいんじゃなかったのかい?」と、宮村に尋ねる。
「オレたちにもやることがあるんだよ。ここでな......!」
立ち止まって親指で差した先の扉には、超常現象研究部と記された札が掲げられている。その扉は触らずとも開き、伊藤が部屋の中から顔を出した。
「あっ! もう来たんだ」
「よっ、伊藤さん。どうよ?」
「ふふーん、だいぶ進んだわよっ!」
部屋の中を覗いてみる。いつかのパーティのようにキレイに飾り付けされ、中央のテーブルには椿の手料理を準備されている。
実は今日、白石にはサプライズで、彼女の誕生日パーティとクリスマスパーティーを開く準備を進めている。
「じゃあ私は、うららちゃんたちと温泉に行って来るから」
「おう。上がったら連絡くれ、湯上がり写メと一緒にな......!」
「アンタ、ほんとサイテーねっ」
「じゃあ、あとはよろしく!」と、トートバッグを肩にかけた伊藤は、早足で廊下を歩いて行く。
「なるほど。しかしこういった事情なら、僕たちに黙っておく必要はなかったんじゃないのかい?」
「そうですよ、会長。おれに命令してくれれば、もっと早く準備出来ましたよ!」
「騙すにはまず味方からって言うだろ。オマエら、すぐ表情と態度に出るからな」
玉木も、黒崎も何も言い返さないで視線を泳がせた、どうやら、図星らしい。宮村は、二人に近所の洋菓子屋に注文してたケーキの受け取りとコンビニで買い出しを頼む。
「さて。んじゃあオレらは、仕上げといくか。宮内、山田の様子を見ててやってくれ」
「見るだけでいいのか?」
「ああ、見るだけ。手伝いはダメな、コンサルタントなんだからよ......!」
宮村は俺の肩をポンっと軽く叩き、さわやかな笑顔でウインクをして部屋に入っていった。手伝いはダメ。ああ、なるほどね。意図を察し、山田が居る部屋へ戻る。
「おつかれ」
「あん? なんだ、お前か」
山田は腐らず、真面目に机へ向かっていた。
「どう? 片付きそう」
「ぜんぜん終わらねぇ......。つーか、多すぎだろ」
「見ろよ、これ」と、机に置かれたファイルの束を叩く。確かに今のペースでは、白石たちが温泉を出て宿舎へ帰ってくるまでには、とてもじゃないが間に合いそうにない。
「手伝いたいけど、宮村に釘を刺されてるからね」
――じゃあ何しに来たんだよ......? と言いたげな視線を向けて来る。
「まあ、手伝いは出来ないけど。相談になら乗れるぞ」
「はあ? どういう意味だよ?」
「俺、コンサルタントだから。悩みがあるなら相談に乗るよ」
首をかしげる山田は、少しして気がつき話し出した。
「......相談があるんだけどよ」
若干躊躇しながらされた相談を二つ返事で引き受け、さっそく取りかかった。そして――。
「助かったぜ、ありがとな!」
「悩みを解決出来てよかったよ」
伊藤から連絡が来る前に、残っていた仕事のほぼ全てを片付けることが出来た。まあ、俺がしたことは相談という名目で、書類のチェック漏れの確認、コピー、種別ごとのファイリングと、補助的な手伝いをしただけで根幹は全て山田がこなした。これくらいなら大丈夫なはず。
「それより、急いだ方がいいんじゃないか。そろそろ――」
ポケットのスマホが振動した。取り出して画面を確認。
伊藤から、メッセージが届いていた。内容は「今、温泉を出たところよ」という知らせ。
「白石さんたち、宿舎に戻って来るってさ。土産物屋に寄るって書いてあるから、あと二十分くらいかな?」
「マジか!」
「ほら、急がないと。誕生日プレゼント」
「おう、行ってくる。じゃあまた後でな!」
廊下を走って行く山田のあとを、窓の外に広がるライトアップされた雪景色を眺めながら歩く。すると再び、スマホが振動した。今度は、宮村からのメッセージ。買い出しへ行った玉木たちが、飲み物を買い忘れたらしい。「了解、買っていくよ」とメッセージを打ち込み、飲み物を調達するため研修棟を出て、置かれている自販機のメーカーが多い宿舎のロビーへ向かう。
ロビーに着くとちょうど、温泉から寝巻き姿の女子たちが帰ってきた。伊藤に、パーティーの準備がほぼ終わったことを伝えて、人数分の飲み物を自販機で購入して一本ずつ近くのテーブルに置いていく。
「あら、まだ居たのね」
白石たちと一緒に、パーティー会場の超研部の部屋へ行ったハズの小田切が、やや大きめの手提げバッグを持って戻ってきた。
「どうしたの?」
「これよ。必要でしょ?」
軽くバッグを持ち上げて見せた。なるほど、確かに飲み物を運ぶのに便利というより、人数分を運ぶには必需品。
「助かったよ。何にする?」
「そうね、温かいのがいいわ」
飲み物をバッグへ入れて、俺たちはソファーに向かい合って座り、少しだけ会話。
あの日から、二度目のデートから、小田切と二人で過ごす時間が増えていった。生徒会で遅くなった日もバイト先に来てくれて、隣のファミレスで話しをしたり、時には買い物へ行ったりもした。それは、五十嵐が将棋部で活動することが多くなったのも要因のひとつではあるんだろうけど。それでも、前よりもずっと距離が縮まったことは、俺の勝手な思い違いじゃないと思う。
「それでね。今度、弟たちが受験なのよ。二人とも、うちの――」
小田切が言いかけたところで、三度スマホが鳴った。発信者は、宮村。
「時間切れみたいだね」
「そ、じゃあ行きましょ」
席を立ち、室外へ出たところで小田切が立ち止まった。
「スマホ、部屋に忘れたみたい。先に行ってて」
「じゃあ、向こうで待ってるよ」
「ええ、わかったわ」と小田切は頷いて、宿舎へ戻って行く。俺は、雪の降り積もる道を滑らないように慎重に歩いて、超研部の部室や会議室が入る研修棟へ。宮村にメッセージを打ち、小田切が来るのを待つ。でも......。
彼女は、なかなか現れなかった。
外は、さっきよりも強く風が吹き、降る雪の量も確実に増えている。スマホを見ても、メッセージも着信もない。ここから宿舎まで50メートルもないけど、さすがに心配になる。
迎えに行こうと、外へ出ようとした時だった。小田切がやって来た。だけど彼女は、ひどく浮かない表情をしている。
「大丈夫?」
「ええ、平気よ。遅くなってごめんなさい」
――平気、と言う言葉とは裏腹に、声にはいつも覇気がなく、強がりということは容易にわかる。
「みんなが待ってるわ、行きましょ」
「ああ、うん、そうだね」
テーブルに置いたバッグを持つため背を向ける。すると背中に軽い衝撃が走った。顔を見られないように伏せた小田切は黙ったまま、背中の福をぎゅっと握っている。
「小田切さん?」
「――私、間違ってないわよね......?」
この短い時間で、何があったのかは分からない。
だけど、何か。彼女の心を大きく揺さぶるような何かが起きたことだけは、確かだったーー。