休日の朝から、私は、温かい湯船に浸かっている。
今日は、あの夜約束をしたデート当日。デートの約束をしたのは、もう、ひと月も前のことで。月をひとつ跨いで十二月に入り、日に日に気温が下がっていくのを実感している。気がつけば今年も残りひと月を切ってようやく、新しく発足した生徒会の初仕事の目処が付いて、時間を作ることが出来た。
『ふぅ、気持ちいい......』
バスルーム特有の反響する空間が、思わず溢れた小さな声を大きく響きかせる。そのまま温かい湯船に身を任せて目を閉じて、この三週間の間に起こった出来事を振り返る。
生徒会の引き継ぎのために訪れたクラブハウスで、前生徒会長
とにかく、見つかった魔女は、女子バスケットボール部の部長。ナンシーに確認を取ったところ、元々存在していたナンシー側の魔女だったことが判明。つまり、新しく生まれた魔女じゃなかった。
まあ、ナンシーのことを知らない
――もう、せっかく魔女じゃなくなって普通の学校生活を過ごせると思ったのに。問題は山積み、前よりも忙しくて、ほんと嫌になる。
『ハァ......』
思わず、タメ息が漏れてしまう。
――いけない、これからデートなんだから、こんな
首を横に振って、両手ですくったお湯でパシャっと顔を流し、しっかりと気持ちを切り替えをして、湯船を上がる。
洗面台で髪の毛をドライヤーで乾かし、セットをして自分の部屋へ戻る。昨日の夜予め用意しておいた、可愛い清楚系の無難な服と、ちょっぴり背伸びした大人っぽい服、二通りのコーディネートをベッドに並べて見比べる。
これは重要な問題。だって服装は、その人の印象を決める大事な要素。一歩間違えれば、100年の恋も一瞬で冷めてしまうことも。部屋着のまま何度も見比べて、どちらを着ていくか考えていると、部屋のドアがノックされて、下の弟がドア越しに「行かなくていいのー?」と声をかけてきた。掛け時計を確認してびっくり、乗車予定の電車の時刻が迫っていた。
「もう出るわ、ありがとう」と、弟にお礼を言ってから部屋着に手をかけて、着替えを着替える。とりあえず、事前に決めておいたお気に入りの下着を付けて。今回は無難に、可愛い清楚系の服をチョイスして、最寄り駅へと急いだ。
発車ベルが鳴るギリギリに電車に乗車。休日だから車内は混雑していたけれど、朝の通学の時ほどじゃない。運良く見つけられた席に腰を落ち着ける。
マフラーを外して、少し乱れた呼吸を整えていると、ふと、隣から視線を感じた。隣を見る。私に視線を送っていたのは、
「ご、ごめんなさい......。その、ヒドいこと言って......」
彼女の能力は「服従」。「虜」は人を選んだけど、服従は読んで字の如く、キスした相手を絶対服従させてしまうというとても危険な能力。
「別に、もういいわ。能力は解いてもらったし。それよりあなた、普段はおしゃれなのね」
白いニットにフレアワンピース、ハーフ丈のダッフルコートを羽織っている。私とは違う系統だけど、とても女の子らしいファッションをしている。今まで体操着と制服姿しか見たことがなかったから、なんだか新鮮。
「私、スカートとか制服以外で初めてで......へ、ヘンじゃないかな?」
「ヘンじゃないわよ、もっと自信を持ちなさい」
部活動を見ていて思ったのだけど、
前会長の
「ほら、ちゃんと顔をあげて。今から
「......う、うん。ありがと」
奇しくも同じ場所で待ち合わせの約束をしていた私たちは、同じ駅で下車して、自動改札で定期券タッチ、駅を出て待ち合わせ場所へ向かう。朱雀高校の最寄り駅前の商店街は、平日と比べて多くの人たちが行き交い賑わいを見せていた。
私の背中で恥ずかしそうに隠れる
「おはよう」
「
「ほら、あなたも出てきなさいよ」
「あ、うん。おはよう、お待たせ」
「おう。まあ、別にそんな待ってねーけどな。つーかお前ら、デートなんだってな」
「あら。それは、あなたも同じじゃなくて?」
「あん?」
「あなたも、
「デートじゃねーし! 相談は、二人の方がしやすいからだな――」
「事情はどうであれ。男女が二人で会うなんて、端から見たら立派なデートよ。報告しちゃおうかしら?」
「おい、マジ止めろって! そうでなくても微妙な反応されんだからよ!」
「だったら、ちゃんと問題を解決してあげることね」
「わ、わかってるっての。じゃあ、さっさと済ませようぜ!」
そのぞんざいな扱いに、
* * *
「ステキなお店ね」
「そう? よかった」
ランチをしながら学校、生徒会、期末試験。それと、魔女のことを少し。ちょっと愚痴を言っちゃったりしても、嫌な顔しないで聞いてくれる。けど、これはちょっとダメ、デートで愚痴はNG。気を付けないと。
ランチを終えた私たちは電車に乗って、都心まで足を伸ばした。街には目移りしてしまうほど数多くのショップが軒を連ね、地元の商店街よりずっと充実してる。とりあえず、ウィンドウショッピングを楽しみつつ、いくつか気になったお店に立ち寄り、店員さんと彼の意見を聞きながら、気に入った冬物をいくつか購入。時間はあっという間に過ぎて、帰る前に公園のベンチで一休み。頭上の大きなイチョウの木、周囲の木々の赤や黄色、茶色に染まった葉は冷たい北風に吹かれて舞い落ち、忙してあまり部活にも顔を出せなかった晩秋の時間を、少しだけ感じさせてくれる。
「お待たせ。はい、どうぞ」
「ありがと、いただくわ」
膝の上にある手荷物を横に置いて、向かいのカフェで買ってきてくれたミルクティーが注がれた紙カップを受け取る。
「買い物は、もういいの?」
「ええ、充分堪能させてもらったわ」
新生徒会発足から今日まで、生徒会の仕事や期末試験で忙しくてまともに買い物出来なかったぶんも、今日はめいっぱいショッピングを楽しませてもらった。むしろ、あれこれいっぱい引っ張りまわしちゃって申し訳ないくらい。
「なら、よかった」
そう言って微笑んだ彼は隣に腰を降ろして、湯気の立つコーヒーカップを口に運んだ。私も、ミルクティーをいただく。優しい甘さと温かさが、心と体をホッと暖かくさせてくれる。
「もう、冬だね」
クリスマスの生徒会合宿の話しの最中、空から一枚のイチョウの葉が彼の膝の上にそっと舞い落ちた。イチョウの葉を親指と人差し指でつまんでクルクルと回転させながら微笑む、その穏やかな横顔を見ながら、私は想う。
――私は、一番嫌悪される
「あ」
「へっ!? な、なにっ?」
突然のことで、思わず声が裏返ってしまった。
「あれ、
「えっ?
指差した方を見てみると、
「将棋部の集まりかしらね?」
「そうかも」
「やっぱり、将棋の方が面白かったんだね」
「そうだ、買い忘れた物があったわ!」
「ん? なにを忘れたの?」
「冬用のウェアよ。今度、体育でサッカーの授業があるの。だから、ちょっと練習したいの。ほら、行きましょっ」
荷物を持って先に立ち上がり、彼の手を取って半ば強引に立ち上がらせる。
「ああ、うん。行こっか、どんなの買うの?」
「そうね。う~ん、あっ、そうだわ。あなたが選んでちょうだい」
「俺が? 別に構わないけど、選んじゃっていいの?」
「ええ、お願いするわ。ステキなの期待してるわ。気に入らなかったら、あなたに着てもらうから!」
「レディースを......?」
「当然じゃない。ピンクの花柄とか似合うと思うわよ、きっとピチピチだけどね」
「うわぁ、マジで選ばないと」
「ふふっ、期待してるわよっ」
「どっちの意味で?」と、
――そう、この人と一緒にいると、自然と笑顔になれる私が居る。
私たちは、スポーツ用意品店を目指して公園を後にした。
ベンチで取った暖かい手は、繋いだままで――。