黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode45 ~イチョウの葉~

 休日の朝から、私は、温かい湯船に浸かっている。

 今日は、あの夜約束をしたデート当日。デートの約束をしたのは、もう、ひと月も前のことで。月をひとつ跨いで十二月に入り、日に日に気温が下がっていくのを実感している。気がつけば今年も残りひと月を切ってようやく、新しく発足した生徒会の初仕事の目処が付いて、時間を作ることが出来た。

 

『ふぅ、気持ちいい......』

 

 バスルーム特有の反響する空間が、思わず溢れた小さな声を大きく響きかせる。そのまま温かい湯船に身を任せて目を閉じて、この三週間の間に起こった出来事を振り返る。

 生徒会の引き継ぎのために訪れたクラブハウスで、前生徒会長山崎(やまざき)西園寺(さいおんじ)リカ先輩から聞かされた、まさかの話し。儀式で魔女を消してしまったため、新たな魔女が誕生してしまったという話。そんな話を聞かされてしまっては、生徒会としては調査せざるを得ないワケで。後日、本格的な調査を開始。程なくして、山田(やまだ)が新しい魔女を見つけてきた。正確には、元魔女の滝川(たきがわ)ノアが見つけたんだけど。

 とにかく、見つかった魔女は、女子バスケットボール部の部長。ナンシーに確認を取ったところ、元々存在していたナンシー側の魔女だったことが判明。つまり、新しく生まれた魔女じゃなかった。

 まあ、ナンシーのことを知らない宮村(みやむら)たちは、新しい魔女として扱っていたけど。新たな魔女なんて本当に存在しているのか半信半疑。それにしても......。

 ――もう、せっかく魔女じゃなくなって普通の学校生活を過ごせると思ったのに。問題は山積み、前よりも忙しくて、ほんと嫌になる。

 

『ハァ......』

 

 思わず、タメ息が漏れてしまう。

 ――いけない、これからデートなんだから、こんな姿(かお)は絶対に見せられないわ。

 首を横に振って、両手ですくったお湯でパシャっと顔を流し、しっかりと気持ちを切り替えをして、湯船を上がる。

 洗面台で髪の毛をドライヤーで乾かし、セットをして自分の部屋へ戻る。昨日の夜予め用意しておいた、可愛い清楚系の無難な服と、ちょっぴり背伸びした大人っぽい服、二通りのコーディネートをベッドに並べて見比べる。

 これは重要な問題。だって服装は、その人の印象を決める大事な要素。一歩間違えれば、100年の恋も一瞬で冷めてしまうことも。部屋着のまま何度も見比べて、どちらを着ていくか考えていると、部屋のドアがノックされて、下の弟がドア越しに「行かなくていいのー?」と声をかけてきた。掛け時計を確認してびっくり、乗車予定の電車の時刻が迫っていた。

「もう出るわ、ありがとう」と、弟にお礼を言ってから部屋着に手をかけて、着替えを着替える。とりあえず、事前に決めておいたお気に入りの下着を付けて。今回は無難に、可愛い清楚系の服をチョイスして、最寄り駅へと急いだ。

 発車ベルが鳴るギリギリに電車に乗車。休日だから車内は混雑していたけれど、朝の通学の時ほどじゃない。運良く見つけられた席に腰を落ち着ける。

 マフラーを外して、少し乱れた呼吸を整えていると、ふと、隣から視線を感じた。隣を見る。私に視線を送っていたのは、紺野(こんの)つばささんだった。彼女は気まずそうに目を伏せて、視線を逸らしながら小さな声で、謝罪の言葉を述べた。

 

「ご、ごめんなさい......。その、ヒドいこと言って......」

 

 紺野(こんの)さんは、バスケットボール部の部長。つまり、生徒会が調査していたナンシー側の魔女。

 彼女の能力は「服従」。「虜」は人を選んだけど、服従は読んで字の如く、キスした相手を絶対服従させてしまうというとても危険な能力。紺野(こんの)さんはこの能力を使って、非協力的な部員たちが真面目に部活動に取り組むように命令していた。まあ、それだけならよかったんだけど。彼女は、いつしか自身の能力に取り込まれて、知らず知らずのうちに精神的に追い込まれていた。それに気づいた生徒会は、能力の使用を止めるよう説得を試みたけど、忠告は聞き入れられず拒絶され、私も強い言葉をぶつけられた挙げ句、隙を突かれて能力をかけられてしまう始末。

 

「別に、もういいわ。能力は解いてもらったし。それよりあなた、普段はおしゃれなのね」

 

 白いニットにフレアワンピース、ハーフ丈のダッフルコートを羽織っている。私とは違う系統だけど、とても女の子らしいファッションをしている。今まで体操着と制服姿しか見たことがなかったから、なんだか新鮮。

 

「私、スカートとか制服以外で初めてで......へ、ヘンじゃないかな?」

「ヘンじゃないわよ、もっと自信を持ちなさい」

 

 部活動を見ていて思ったのだけど、紺野(こんの)さんは周りに気を遣い過ぎるところがある。間違いなく彼女の魅力なんだろうけど、気配りが出来ると言えば聞こえはいいけど、見方によっては、八方美人と受け取られ兼ねない。

 前会長の山崎(やまざき)宮村(みやむら)みたいに、人の上に立つ人はある程度多少強引に物事を決めて、結果を残していかないと本当の信頼は得られない。

 

「ほら、ちゃんと顔をあげて。今から山田(やまだ)と会って、大事な相談するんでしょ。そんな表情(かお)していたら、解決出来ることも出来なくなるわよ」

「......う、うん。ありがと」

 

 奇しくも同じ場所で待ち合わせの約束をしていた私たちは、同じ駅で下車して、自動改札で定期券タッチ、駅を出て待ち合わせ場所へ向かう。朱雀高校の最寄り駅前の商店街は、平日と比べて多くの人たちが行き交い賑わいを見せていた。

 私の背中で恥ずかしそうに隠れる紺野(こんの)さんを後目に、待ち合わせ場所の噴水のベンチで話をしている宮内(みやうち)くんと山田(やまだ)に、声をかける。

 

「おはよう」

小田切(おだぎり)さん、おはよう」

「ほら、あなたも出てきなさいよ」

「あ、うん。おはよう、お待たせ」

「おう。まあ、別にそんな待ってねーけどな。つーかお前ら、デートなんだってな」

 

 紺野(こんの)さんのことにはほとんど目もくれず、間の抜けた顔で茶化すようにヘラヘラ笑みを浮かべる山田(やまだ)。締まらない顔。今、自分がおかれている立場を分かっていないみたい。

 

「あら。それは、あなたも同じじゃなくて?」

「あん?」

「あなたも、紺野(こんの)さんとデートなんでしょ」

「デートじゃねーし! 相談は、二人の方がしやすいからだな――」

「事情はどうであれ。男女が二人で会うなんて、端から見たら立派なデートよ。報告しちゃおうかしら?」

 

 山田(やまだ)に、スマホを向ける。

 

「おい、マジ止めろって! そうでなくても微妙な反応されんだからよ!」

「だったら、ちゃんと問題を解決してあげることね」

「わ、わかってるっての。じゃあ、さっさと済ませようぜ!」

 

 そのぞんざいな扱いに、紺野(こんの)さんは無言で不機嫌そうにムッとしていて。宮内(みやうち)くんは、居心地が悪そうに終始苦笑いしていた。

 

 

           * * *

 

「ステキなお店ね」

「そう? よかった」

 

 山田(やまだ)たちと別れた私たちは、商店街で一時間ほど小物を見て回り、表通りを少し外れた路地裏のカフェでランチ。静かで雰囲気も良いし、内装もキレイで清潔。表にはウッドテラスの席もあって、何より料理がおいしい。それに、低糖質のパスタとか、普通のお店にはあまりないメニューも充実している。

 ランチをしながら学校、生徒会、期末試験。それと、魔女のことを少し。ちょっと愚痴を言っちゃったりしても、嫌な顔しないで聞いてくれる。けど、これはちょっとダメ、デートで愚痴はNG。気を付けないと。

 ランチを終えた私たちは電車に乗って、都心まで足を伸ばした。街には目移りしてしまうほど数多くのショップが軒を連ね、地元の商店街よりずっと充実してる。とりあえず、ウィンドウショッピングを楽しみつつ、いくつか気になったお店に立ち寄り、店員さんと彼の意見を聞きながら、気に入った冬物をいくつか購入。時間はあっという間に過ぎて、帰る前に公園のベンチで一休み。頭上の大きなイチョウの木、周囲の木々の赤や黄色、茶色に染まった葉は冷たい北風に吹かれて舞い落ち、忙してあまり部活にも顔を出せなかった晩秋の時間を、少しだけ感じさせてくれる。

 

「お待たせ。はい、どうぞ」

「ありがと、いただくわ」

 

 膝の上にある手荷物を横に置いて、向かいのカフェで買ってきてくれたミルクティーが注がれた紙カップを受け取る。

 

「買い物は、もういいの?」

「ええ、充分堪能させてもらったわ」

 

 新生徒会発足から今日まで、生徒会の仕事や期末試験で忙しくてまともに買い物出来なかったぶんも、今日はめいっぱいショッピングを楽しませてもらった。むしろ、あれこれいっぱい引っ張りまわしちゃって申し訳ないくらい。

 

「なら、よかった」

 

 そう言って微笑んだ彼は隣に腰を降ろして、湯気の立つコーヒーカップを口に運んだ。私も、ミルクティーをいただく。優しい甘さと温かさが、心と体をホッと暖かくさせてくれる。

 

「もう、冬だね」

 

 クリスマスの生徒会合宿の話しの最中、空から一枚のイチョウの葉が彼の膝の上にそっと舞い落ちた。イチョウの葉を親指と人差し指でつまんでクルクルと回転させながら微笑む、その穏やかな横顔を見ながら、私は想う。

 ――私は、一番嫌悪される行為(こと)をしていたのに。どうして、この人は......。

 

「あ」

「へっ!? な、なにっ?」

 

 突然のことで、思わず声が裏返ってしまった。

 

「あれ、五十嵐(いがらし)じゃない?」

「えっ? (うしお)くん? あら、ホントね」

 

 指差した方を見てみると、宮内(みやうち)くんの言う通り、(うしお)くんと思わしき男子が見覚えのある女子、飛鳥(あすか)先輩と一緒に歩いていた。公園内の遊歩道を歩く二人は仲良さそうに言葉を交わしながら、私たちがお客さんがいっぱいで座れなかったカフェに入って行って、窓際の席に居た数人のグループと合流した。

 

「将棋部の集まりかしらね?」

「そうかも」

 

 (うしお)くんは先月の始め、飛鳥(あすか)先輩と一緒に、将棋部を新しく立ち上げた。うちの学校は部活の掛け持ちを認めているけど、生徒会で忙しかった私以上にフットサルコートへはあまり顔を出さなくなった。

 

「やっぱり、将棋の方が面白かったんだね」

 

 宮内(みやうち)くんの顔から、さっきまでの穏やかで優しい微笑みが消えて。(うしお)くんたちが談笑しているカフェを見ながら、どこか寂しそうに呟いた。その寂しげな表情(かお)を見ていると、私も......。

 

「そうだ、買い忘れた物があったわ!」

「ん? なにを忘れたの?」

「冬用のウェアよ。今度、体育でサッカーの授業があるの。だから、ちょっと練習したいの。ほら、行きましょっ」

 

 荷物を持って先に立ち上がり、彼の手を取って半ば強引に立ち上がらせる。

 

「ああ、うん。行こっか、どんなの買うの?」

「そうね。う~ん、あっ、そうだわ。あなたが選んでちょうだい」

「俺が? 別に構わないけど、選んじゃっていいの?」

「ええ、お願いするわ。ステキなの期待してるわ。気に入らなかったら、あなたに着てもらうから!」

「レディースを......?」

「当然じゃない。ピンクの花柄とか似合うと思うわよ、きっとピチピチだけどね」

「うわぁ、マジで選ばないと」

「ふふっ、期待してるわよっ」

 

「どっちの意味で?」と、宮内(みやうち)くんは笑った。私もつられて笑顔になる。

 ――そう、この人と一緒にいると、自然と笑顔になれる私が居る。

 私たちは、スポーツ用意品店を目指して公園を後にした。

 ベンチで取った暖かい手は、繋いだままで――。


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