校門を出たところをナンシーに待ち伏せされたが、バイトの時間が迫っていたため、バイト先で話を聞くことにした。ジュニアスクールの子どもたちが休憩している間に話すため、短時間での会話になる。基本的には、ナンシーの質問を答える。そんな形で休憩の合間に数回やり取りを重ね、時刻は19時を回った。定刻通りスクールを終えて、練習で使用したカラーマーカー、中型カラーコーンを片付けて、防球ネット越しの歩道とコートを隔てる安全柵に座って腕を組んでいる、ナンシーの元へ向かう。
「
「
「指名されても絶対に断るって言い切ってたんだ。それなのに、いったいどうなっているんだい!」
生徒会室の外にまで聞こえ漏れた声は、役員に指名されたことによる抗議。
「お前も、生徒会室に居たんだ。
「さあ、俺にも分からないよ。俺は、生徒会の役員じゃないし」
そう、本心なんてものは本人にしか分からないんだから。
ただ、もし今、俺が思っている理由と彼女の理由が同じだったとしたら――。
「ハァ、まあいいさ。ところで、
「ん? うん、引き受けないと、彼女を秘書に任命するって脅されて」
「彼女? ああー、そうかい」
今ほんの一瞬、ものすごく寂しそうな表情をしたように見えて。彼女の想いを察し、半ば強引に話題を変える。
「ナンシーはさ。儀式を使って、自分の能力を消そうとか思わなかったの?」
「なんだい? また、えらく唐突な質問だね」
「なんとなく。知り合いの魔女は、能力がなくなってから楽しく過ごせてるみたいだから」
特に“7人目の魔女”だったリカは、今までまともに送って来られなかった学校生活を満喫していると、先日のパーティーで話していた。
それは、他の魔女たちも同じで。
最初はみんな、自らが望んで得た能力も、いつしか自らを苦しめる悩みの種になっていたのかもしれない。
俺の言葉を聞いたナンシーは、声を大にして答えた。
「無いね! アタシ以上に、魔女の能力を使いこなせる女はいないさ!」
力強く言ってのけたが、間髪入れずの答えじゃない。本音が別にあることは想像できる。それはきっと、“7人目の魔女”としての使命感だけじゃなくて、魔女の監視役を自ら率先して行える、彼女の自身の純粋な優しさ。
「そっか。優しいんだね」
「お、オマエ、バカにしてるだろっ。記憶消すぞッ!」
気恥ずかしそうにほんのり頬を染め、慌てふためきながら手を伸してきた。しかし伸ばしたその手は、俺たちの間を隔てる防球ネットが妨げになり、当然、俺には届かない。だけど、“7人目の魔女”ってのは、対象者にキスしなくても発動出来る厄介な魔女。念のため、決定打を打って守備を万全に固めておく。
「どうぞ、
「くっ! お前、卑怯だぞっ!」
伸ばした手を引っ込めたナンシーは、頬を膨らませてわなわなと身体を震わせる。初対面の攻撃的なファッションと言葉使いからは想像出来ないほど表情ゆたかで、ころころ変わる
「電話、鳴ってるよ」
「......わかってるよっ。シド、なんの用だい!」
スカートのポケットから取り出したスマホを耳に当て、通話口で怒鳴り付けた。電話相手のシドは完全にとばっちり、気の毒だから今度あったら飲み物でも奢っておこう。
彼女が通話している間、次にコートを使う個サルの準備を進めておく。ボールを両サイドにひとつずつセットして戻ると、電話をしているナンシーは眉をつり上げ、どこか不穏な雰囲気を醸し出していた。なにか、重大な問題が起こったのかも知れない。
「そうか、わかった。とりあえず調査を続けてくれ。明日、対策を考える。ああ、じゃあね」
「どうしたの? 魔女?」
質問に答えずに無言のまま、スマホをポケットにしまった。
どうやら、アタリのようだ。
「キケンな能力だ、関わらない方がいい」
真面目な声色がことの重大さを知らせてくれる。
いざという時、記憶を操れるナンシーが、それほどまでに警戒する能力。
「このことは、
「何を秘密なのかしら?」
ナンシーのすぐ後ろに、生徒会の仕事を終えて帰宅途中の
「ね、
「部活よ。ここ、部活の活動場所。で、いったい私に何を隠しているのかしら?」
「そ、それは......。そうだ、シドを待たせてるの忘れてたよ! じゃあね!」
「ちょっと、ナンシー! なんなのよ、もう!」
そして当然のことながら、人混みに消えていったナンシーの代わりに、標的は俺に移った。
「まったく。それで、結局、何を話していたの? あの子、スゴい慌てていたみたいだけど」
相手は、ナンシーが警戒するほどキケンな能力を持つ魔女。俺としても、キケンなことに関わらせたくはない。
「えっと。今度、遊びに行こうって話をしてて」
「そ、それは、デートかしらっ?」
咄嗟についた嘘は言葉足らずで、勘違いさせてしまったらしい。
「ううん、みんなで。ほら、中間も終わって一区切りついたから」
「そ、そう。でも、そうね。たまにはそういうのもいいわね、行きましょう」
どうやら、上手く誤魔化せたみたいだ。一安心して、ほっと胸を撫で下ろす。
「あら、お客さんが来たみたいよ」
いつの間にかピッチには人が集まっていた。掛け時計を見ると、個サルが始まる時間が近づいていた。急いで片付けと準備を済ませ、
「お疲れさま」
「いえいえ。
「ええ。面接官って思ってたよりも大変なのね......」
頬杖をついて、大きなタメ息をついた。相当疲れているのが見受けられる。
「じゃあ今日は、部活はなしで帰ろう。俺も、もう上がりだから送っていくよ」
「そうね、そうさせてもらおうかしら」
レジ奥の事務所にいる店長に挨拶をして、クラブハウスを出て、歩道に出たところでばったり、
「
「なんだ、お前らか。
「今日は居ないわ。用事があるそうよ」
「ふーん」
――だから、今日は来なかったんだ。
「それで、あなたたちはデート?」
「一応そうなるのかしら。
「立派なデートじゃない」
「だね。その割りには、浮かない
「ああ......、欲しかった本が売り切れてたんだよ。ハァ......」
「それは、残念だったね。他の本屋は?」
「私の知ってる本屋さん、閉店時間が早いの。近所の本屋さんとか、
「ああー、あの個人経営の本屋。確かに、あの店は早いね」
朱雀高校からわりと近くて、住宅街の中にある本屋だから、参考書や専門書が豊富で、通っている生徒も多い。
「俺は普段、本屋なんて行かねーから、他の店とか知らねーし」
「別に本屋さんじゃなくても、大手レンタルショップならある程度メジャーな本なら置いてあるわよ」
「おおっ、そうか! 盲点だったぜ!」
「私も、本は本屋さんって概念に囚われていたわ。
「おう。じゃあな!」
さっきまで落ち込んでいた様子とは打って変わって、嬉しそうに笑顔で歩いていく二人。今まで見てきた
「
「まあ、初めてってワケでもないし、うまくやるんじゃない」
「えっ? どういうこと?」
「あいつ、一年の時、彼女いたから」
「えっ、そうなのっ?」
「噂になってたみたいだよ。相手までは分からないけど」
「ふーん、意外とモテるのかしら」
立ち話は一旦切り上げて、街灯が照らす明るい商店街を
俺が、
当時、定期的な検査とリハビリのため一時期休学していた時、日直の女子がプリントと近況を教えてくれた。その時、
「三学期ねぇ......」
「聞いたことない?」
「ええ。ちょうど、生徒会の副会長に任命されたばかりの
忙しくて他人に構っている余裕はなかったワケだ。なら、もうこの話をする意味はない。どうせ過去のことなんだから、今、
「そっか。そういえば
話を切り上げ、以前聞きそびれたことを改めて尋ねる。
「そうねぇ......」
少し考え込むように口元に人差し指を添えた
「もっと親しくなったら教えてあげるわっ」
どこかで聞いたセリフに思わず笑ってしまう。すると
「なによっ」
「ああー......いや、じゃあ頑張らないといけないなって思って」
「そうよ。でも、そう簡単には教えてあげないわよ」
「そっか。それならさっそく、今度遊びに行きませんか?」
「それは、デートのお誘いかしら......?」
「もちろん」
「そう。あなた、そんなに私のことを知りたいのね。仕方ないわね、いいわ、デートしてあげる」
そう余裕綽々と言いながらも微笑んで、デートの誘いを受けてくれた。
「じゃあ、決まり。いつが都合いい?」
「あっ、今週はダメ。クラブハウスに泊まり込みで、生徒会の引き継ぎ作業があるの」
「わざわざ、クラブハウスにまで行ってするんだ」
さすがは朱雀高校最高権力機関と言ったとこ、スケールが違う。
「引き継ぎといっても、クラブハウスの掃除が主な仕事よ。毎年の恒例行事なの」
「ああ、そうなんだ......」
何か想像していたのとは違った。
なんてことを思っていたら、いつの間にか、いつもの最寄り駅に到着。
「それじゃあ、また明日」
「ええ、また明日。それから、デートプランちゃんと考えておいてよね......!」
「了解、考えておくよ」
改札を潜り、駅構内へ入って行った