黄昏時の約束   作:ナナシの新人

44 / 72
新たな魔女編
Episode43 ~始動~


 日を追うごとに、頬を撫でる風は厳しさを増し、通学路の樹木が赤や黄色に色づき始め、少しずつ姿を変えていく東京の街並み。校庭に舞う、黄色く染まったイチョウ葉。木枯らしに紛れ、微かに香る金木犀の花の匂いが本格的な秋の訪れを感じさせる。そんな、連休明けの月曜日。

 中間試験も終わり、11月に入った。授業も通常の時間割に戻り、今学期も残すところ二ヶ月あまり。残す行事は期末試験と、終業式だけになった。そのため、授業後のホームルームも連絡事項の普段より早い放課後を迎える。

 今日付けで正式に生徒会長に就任した宮村(みやむら)の代わりに、日直を引き受けた俺は、掃除当番のクラスメイトが残る教室で役割の雑用を片付け、日誌を職員室に居る担任へ届け終えたあと、宮村(みやむら)の頼まれごとを果たすため、生徒会室が軒を構える特別教室棟へ足を運んだ。

 宮村(みやむら)の頼みごとは、ふたつ。

 ひとつは今日のように、日直や係りの代行。そして、もうひとつは――。

 

「あれ、白石(しらいし)さん」

「あっ、宮内(みやうち)くん」

 

 特別教室棟の廊下でバッタリ出会った白石(しらいし)は、同じ場所へ行く途中だった。それなら、と一緒に生徒会室へ。

 

「あなたも、宮村(みやむら)くんに呼ばれているのね」

「新生徒会発足に当たって頼みたいことがあるからって」

「私も同じよ。部室へ行く前に来て欲しいって」

『どういうつもりかしらっ?』

 

 生徒会室の近くまで来ると、部屋の中から大きな声が漏れ聞こえてきた。よく知っている女子の声、小田切(おだぎり)の声。白石(しらいし)と顔を見合わせる。トーンが下がったためか話の内容までは聞き取れないけど、最初に聞こえた言葉から何かを訴えていることは想像出来る。

 

「どうしたのかしら?」

「さあ? とにかく入ろうか」

「ええ」

 

 両開きの戸を軽くノックをし、ドアノブに手をかけて、生徒会室の扉をくぐる。入ってすぐに、生徒会長の椅子に座って頭の後ろで手を組んでいる宮村(みやむら)だけが、俺たちの存在に気付いた。生徒会室には、新生徒会長の宮村(みやむら)の他に三人の生徒が居る。外から声が聞こえ、今も宮村(みやむら)に詰め寄っている小田切(おだぎり)。彼女から少し離れたところで、腕を組んでいる玉木(たまき)は二人のやり取りを静観。それから、部屋の隅で山田(やまだ)が不馴れな手つきでお茶を淹れている。

 

「ちょっと、聞いているのっ?」

「ああ、聞いてるって。つーか、いったん中断」

「中断って、アナタねぇ!」

 

 テキトーな返事を返した宮村(みやむら)と向き合っている小田切(おだぎり)は、その軽い態度にややイライラを募らせていることがうかがい知れる。

 

「おつかれー、これで全員そろったな!」

「全員? どういう意味よ。そもそも誰に......って、宮内(みやうち)くんと白石(しらいし)さんっ?」

 

 振り向いた小田切(おだぎり)は、驚きの表情を見せた。それはそうだろう、予想していなかった人が居るのだから。仮に立場が逆だったなら、俺も同じリアクションを取っていたと思う。

 

「し、白石(しらいし)!? 何で、白石(しらいし)が居るんだよ!?」

「これはいったい、どういうことなんだい? 宮村(みやむら)くん」

「そ、そうよっ!」

「それを、今から説明するのさ。山田(やまだ)くん、全員分のお茶の用意を」

「......チッ!」

 

 命令を下された山田《やまだ》が小さく舌打ちしたのを、宮村(みやむら)は聞き逃さない。

 

「んー? 返事が聞こえないなー、これは困ったなー。仕方ない、秘書はしら――」

「わ、分かりましたーッ!」

 

 何か弱味を握られているのか、山田(やまだ)は大声で返事をするとテキパキと人数分のお茶を用意し出した。俺たち四人は宮村(みやむら)に促され、普段生徒会役員が話し合いに使っているソファーに付く。

 

「会長、どうぞッ!」

 

 テーブルに置かれた湯気の立つお茶をひとくち運び口に含むと、静かに湯飲みを置いた。

 

「ヌルいな。山田(やまだ)くん、淹れ直し!」

「な、なァーッ!?」

「茶番はいいから、ちゃんと説明しなさいっ!」

小田切(おだぎり)くんの意見に、僕も同意させてもらうよ」

「へいへい。山田(やまだ)、お前にも関係ある話だ、座れよ」

「あん? んっだよ......?」

 

 山田(やまだ)は渋々、空いている白石(しらいし)の隣に腰を下ろした。

 

「じゃあ、説明するぞ。今、生徒会室(ここ)に居るのが、新生徒会メンバーさ......!」

「生徒会の? 私も?」

 

 不思議そうに首をかしげる白石(しらいし)。どうやら彼女は、詳しい説明は受けていないらしい。

 

白石(しらいし)さんにはまだ、話してなかったな」

「待ちたまえ、宮村(みやむら)くん。生徒会役員は多くても、5人前後というのが通例ではないかい?」

 

 玉木(たまき)は、壁に飾られている歴代生徒会役員の写真郡を指す。確かに、先代の山崎(やまざき)の代は5人。その他の代も多くて6人と、常に少数精鋭で生徒会を運営されてきたことが分かる。

 

「仮に今、ここに居る全員が生徒会役員になるとするなら現時点で6人。更にここから次期会長候補を二人立てると仮定すると計8人。これは、歴代最多の数字だよ」

「あら、ずいぶん詳しいわね。生徒会役員じゃなかったのに」

「会長を目指していた身だからね、この程度のことは予備知識の範囲さ」

 

 得意気に歴代生徒会のあり方話す玉木(たまき)は、続けて疑問を投げ掛けた。

 

「それに、役職はどうなるんだい? 山田(やまだ)くんは、秘書。僕と小田切(おだぎり)くんには、会計と書記......」

「それに関しては問題ねーよ。白石(しらいし)さんと宮内(みやうち)は、正式な役員としてのオファーじゃないのさ」

 

 宮村(みやむら)の言葉通り、俺が頼まれたのは生徒会役員の要請じゃない。白石(しらいし)のさっきの様子から、俺と同じ理由じゃないことは明白。たぶん彼女の場合は、山田(やまだ)を秘書に置くための策略と言ったところだろう。

 

「二人にはオレの、エクスターナルアドバイザー。つまり外部相談相手を務めてもらいたい」

「私たちが、アドバイザー? 具体的にどういうことをするの?」

「読んで字の通り、オレの相談役さ。基本的には生徒会の会議で方針を決めるけど、どうにも意見がまとまらない場合に意見を仰ぐこともある。オブザーバー的にな。あとは、学校行事の協力を頼んだりだな」

「お手伝いなら、生徒会直属のボランティア部があるじゃない」

「言っちゃ悪いが、ボランティア部は部下だ。けど二人には、あくまでオレと対等に近い関係で意見を仰ぐ」

「しかしなぜ、今になって、今まで存在しなかったそんな役職を?」

「それにも、ちゃんとした理由がある。歴代の生徒会は魔女たちの協力の元、学校秩序を守り、体制を維持してきた。けど、山田(やまだ)が魔女を消しちまったお陰で、いざと言うときの強硬手段を取れなくなった。正直、こいつは緊急事態だ。生徒会の絶対権力は、“7人目の魔女”の協力があってこそ権力だからな」

「協力を約束してくれていた西園寺(さいおんじ)リカの能力をも消してしまった弊害と言うことか。山田(やまだ)くん」

「うぐっ、し、仕方ねーだろ? リカも、能力に苦しんでたんだからよ!」

 

 儀式で記憶を戻すことを願わずに、魔女の能力そのものを消しさったのは、それが理由だったんだ。山田(やまだ)の言葉を聞いて、白石(しらいし)はどこか嬉しそうに微笑み、小田切(おだぎり)は小さく息を吐き、玉木(たまき)は腕を組んだまま目を閉じた。

 そして、宮村(みやむら)は白い歯を見せて笑った。山田(やまだ)を秘書に置きたがった理由が、少し分かった気がした。

 

「まあ、そう言う事情だ。生徒会だけじゃ対処出来ないことが起きる可能性がある。さすがに、生徒会と無関係な奴に助言を求めるワケにはいかねーから。客観的な立場で意見を仰げるオブザーバー的にな存在を置きたいってワケさ」

 

 それらしいことを言っているけど、結局のところ今までとあまり変わりない気がするのは、俺の気のせいだろうか。

 

「......そう。宮内(みやうち)くんは、どうするの?」

 

 ややうつむき加減で考えながら聞いていた白石(しらいし)は顔を上げて、俺に意見を求めた。彼女にだけではなく、小田切(おだぎり)たちからも注目される。

 

「俺は、構わないけど。バイトとかはいいんだよな?」

「もちろん、プライベートを優先してくれて構わないぞ。用事があるときに連絡する」

 

 先日あらかじめ聞いていたとは言え、念のために確認すると宮村(みやむら)は二つ返事で了承した。その返事を聞いて改めて思う、やっぱりいつもと変わらない気がする。

 

「部活も、塾も、今まで通りでいいのね。だったら、私もいいわ」

「サンキュー! それから、まだ先の話にはなるけど、クリスマスイヴに生徒会の冬合宿を予定してる。それには参加してくれ!」

 

 特に予定も入っていないし、今の時期ならシフトも融通が利くから大丈夫だろう。

 

「わかった、バイトは入れないでおく」

「ええ、勉強なら合宿所でも出来るから。私も平気よ」

 

 宮村(みやむら)は満足気にうなづいて、今度は小田切(おだぎり)たちに問いかける。

 

「それで、お前らはどうするんだ?」

「ふむ。いや、やはり戦敵(ライバル)の下で――」

「そこまで言うなら、協力してあげるわ。仕方なくね」

小田切(おだぎり)くん!? あれほど嫌がっていたのに、いったいどう言う心変わりだい?」

「あら、そうだったかしら?」

「さあ、オレは身に覚えねーけどぉー」

「......ふんっ!」

 

 白い歯を見せて笑いながら惚ける宮村(みやむら)に、小田切(おだぎり)はやや口を尖らせプイッと、そっぽを向いた。その仕草が、可愛らしい。

 

「あとは、玉木(オマエ)だけだぜ。生徒会(オレたち)()()にならねーか......!」

()()......。そうだね......生徒会役員という身分も悪くないか」

「よーし、決まりだな!」

 

 グッと膝に力を入れて立ち上がった宮村(みやむら)は、一度会長の席に戻り、高さ10cm近くあるA4サイズの紙の束を持って戻ってきた。

 

「さっそく初仕事と行くぜ! もちろん、副会長二名の選出だ。兎にも角にもまずは、ここからだからな!」

 

 副会長の選出は、次期会長候補を兼ねているため正式な生徒会役員の仕事。立場的に部外者の俺と白石(しらいし)は、生徒会室を出て別れた。白石(しらいし)は超研部の部室へ、俺はバイト先へと向かう。

 

「......待ってたよ!」

 

 昇降口で靴に履き替え、校門を出たところで声をかけられた。足を止めて、声の主を確認。アレンジされた制服、どこか不機嫌そうに眉尻を上げた、見知ったツインテールの女子――。

 

「オマエに、ちょっと聞きたいことがある。ツラ貸しな......!」

 

 待ち構えていたのは、もう一人の“7人目の魔女”、ナンシーだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。