黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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今回は、白石(しらいし)視点です。



Episode41 ~偽りの告白~

 帰宅途中の学生、買い物客などの大勢の人たちが行き交う商店街を通っての帰り道。難しい表情をして私の隣を歩く小田切(おだぎり)さんの手には、朱雀高校生徒会の印と綺麗なデザインが施された封筒が握られていた。

 これは今から数十分前、学食のラウンジで話をしていた私たちの前に突如現れた、山崎(やまざき)生徒会長から受け取った封書。私の鞄の中にも同じ封書が入っている。

 

「それにしても、いったい何を願うつもりなのかしら?」

 

 ――願い。それは私たち、魔女7人を全員を集結させると、どんな願いでも叶えることが出来るという話。

 まるでおとぎ話のようなこの話は、先日、宮村(みやむら)くんのお姉さんから聞いて知っていたけど。正直なところ、会長から直接儀式の話を聞かされるまでは、半信半疑だった。

 

 

           * * *

 

 

「会長......!」

「お邪魔させてもらうよ」

 

 意味深な笑みを浮かべながら私たちの前に現れた会長は、隣のテーブルの椅子を引っ張って来て座り、手と足を組んだ。小田切(おだぎり)さんは会長から目を外し、周囲を警戒している。きっと、宮内(みやうち)くんの記憶を消した魔女の存在の確認。私も学食内を見渡して見たけど、会長以外の人影は見当たらない。

 

「警戒しなくていいよ。“7人目の魔女”、西園寺(さいおんじ)くんは居ないからね」

 

 そう告げると、さっそく本題に入った。

 テーブルに差し出された、私たちの宛名が記された二通の封書。封を切って、手紙の内容を確認したところ、明日、代表生徒による特別集会を行うむねと、集合時間と集合場所が記載されていた。

 

「特別集会とは、なにをするんですか?」

「二人とももう、儀式のことは知っているかな?」

 

 静がに頷いた小田切(おだぎり)さん。私も、同じようにうなづく。儀式のことは、レオナさんが教えてくれた。魔女を全員集めると、どんな願いでも叶えられるという、おとぎ話のような話し。

 

「それなら、話は早い。招待状に書いてあるとおり明日、急遽、儀式を執り行うことが決まった。だから今、魔女であるキミたちに能力を失ってもらっては困るのさ」

 

 テーブルに両手をついて、小田切(おだぎり)さんは勢いよく立ち上がる。その拍子に、床へ倒れた椅子がラウンジに大きな音を響かせた。

 

「儀式の協力をしろと言うのっ!?」

「儀式を行うには、魔女七人全員の協力が必要だからね」

「イヤよ! 絶対協力しないわ!」

「ふむ、それは困ったな。これは、生徒会長の権限に基づく正式な要請だからね。拒否するとなると、それなりの処罰を受けてもらうことになるよ」

「謹慎でも、停学でも、好きに処罰すればいいわ! あなたの願いを叶えるための儀式に協力するくらいなら、罰を受けた方がマシよ!」

 

 怒気を込めた声で言い放った小田切(おだぎり)さんは、倒れた椅子を直し、スクールバッグを肩にかけると早足で、食堂の出入口へ歩いて行く。バッグを持って、席を立つ。

 

小田切(おだぎり)くん」

「何を言われても改めるつもりはないわ」

 

 呼び止められた小田切(おだぎり)さんは背を向けたまま、強い言葉で言い放つ。会長は不快感を示すどころか、逆に愉快そうに笑った。

 

「いい女になったね。以前も魅力的だったけど、今のキミになら、僕のあとを任せてもいいと心から思えるよ」

「ふんっ!」

「やれやれ、ずいぶんと嫌われてしまったみたいだ。まあ、今までの行いからすれば自業自得かな」

 

 聞く耳持たず立ち去ってしまった小田切(おだぎり)さんの背中を見送り小さく肩をすくめた会長は、背もたれに身体を預けた。

 

「会長」

「ん? 何かな」

「私たちの記憶は、消さなくていいんですか?」

 

 一度記憶を消された私には効かないとしても、“7人目の魔女”と儀式のことを知った宮内(みやうち)くんの記憶は消したのに。このまま、私たちを放置しておくとは思えない。

 

「もう、その必要はなくなったんだ」

 

 ――必要なくなった。言葉からすると、儀式を使って魔女全員の記憶を消すつもりなのかもしれない。それなら、必要なくなったという理由にも説明が付く。

 

「それは、どういう――」

「会長」

 

「意味ですか?」と尋ねようとしたところで、小田切(おだぎり)さんとは別の女子の声がした。飛鳥(あすか)先輩と、制服の下に白いパーカーを着用したおさげの女子が、こちらへ向かってくる。

 

「招待状、配り終わりましたわ」

「こっちも終わりましたー」

「そうかい、助かったよ」

「いいえ、とんでもないです」

「もう、帰っていいですか? 試験勉強したいんですけど」

「ごくろうさま」

「それじゃあ、お先に失礼しまーす」

 

 おさげの女子は会釈して食堂を出て行き、会長は座っていた椅子を元の席に移動させて、テーブルに付く。

 

「さてと。飛鳥(あすか)くん、ペンと便箋をお願い出来るかな」

「どうぞ」

「ありがとう。さて、話の途中だったね。理由は、明日になればわかるさ」

 

 手紙にペンを走らせながら、私の言いかけだった質問に答えてくれた。とは言ってもやっぱり、核心の部分は濁して教えてくれない。

 

「安心したまえ、決して悪いようにはしない。キミも、小田切(おだぎり)くんも、誰一人としてね。これが、彼女の願いだからね」

 

 ペンを置き、書き終えた便箋を生徒会の印が押されていない封筒に入れて、私に差し出した。

 

「頼まれてもらえるかな? これを、小田切(おだぎり)くんに届けてもらいたい。この手紙で、納得してもらえるとありがたいんだけどね」

「わかりました。お届けます」

「お願いするよ。では、僕たちは戻るとしよう。飛鳥(あすか)くん」

「はい。それではまた明日、生徒会室でお会いしましょう」

 

 預かった封筒をスクールバッグにしまって、急いで小田切(おだぎり)さんのあとを追う。昇降口で靴に履き替えて、駆け足で校門をくぐり、途中まで同じ通学路の商店街を少し入ったところで、元気がなさそうに少し肩を落として歩く小田切(おだぎり)さんを見つけた。人混みをかき分けて、彼女の元へ向かい、背中越しに声をかける。

 

小田切(おだぎり)さん」

「えっ? ああ......どうしたのよ? 汗かいてるじゃない、髪も乱れてるわよ」

 

 近くのベンチに座り、指摘された汗をハンドタオルで拭いている間に、走って乱れた髪を小田切(おだぎり)さんが整えてくれる。

 

「もう、いいわよ」

「ありがとう」

「別に。それで、なに?」

「これを預かったわ」

 

 会長から預かった封筒を見せると、小田切(おだぎり)さんは不機嫌そうに表情(かお)をしかめた。

 

「手書きの手紙、ね」

「さっき、ラウンジで書いた物よ」

 

 あらかじめ用意した代物じゃないから、きっと何か重要なことが書いてあると思う。

 

「......納得出来るの? 山崎(やまざき)の願いを叶える儀式に協力することに」

「私は......、小田切(おだぎり)さんが協力するなら、私も協力するわ」

「なによ、それ。ちょっとズルいんじゃない?」

 

 ――私も、そう思う。

 でも、小田切(おだぎり)さんが納得出来る内容が書かれているのなら、それはきっと私も納得出来る内容だと思う。

 最初は仕方なしに渋々といった感じだった小田切(おだぎり)さんは、会長の手紙に目を通し始めて間もなく、目の色を変えて真剣な表情(かお)で読み出した。

 そして、手紙を読み終えた彼女と、駅前の広場で別れる。

 

「じゃあ私は、電車だから。また明日」

「ええ、また明日」

 

 彼女は改札へ向かい、私は、塾へ足を運ぶ。

 会長直筆の手紙を読んだ小田切(おだぎり)さんは、儀式への協力を決めた。手紙に書かれていたことは「記憶は、消さない」こと「儀式後に、能力を消す」ことの二つの約束を条件にした、儀式への参加要請。

 この条件は手紙を受け取った小田切(おだぎり)さんだけではなく、私を含む魔女全員にも同じ条件を提示することが記されていた。

 

「信じるの?」と問いかけると「100パーセントは信用しないわ、あの会長だもの。でも今回だけは、信じてみる。......信じたいの」と言った声、表情からは、他にも別のことが書かれていたことを示唆していた。

 だって、その話をしていた時の小田切(おだぎり)さんは、食堂で気落ちしていた時とは全然違って。同じ女の私から見てもドキッとするくらい、すごく可愛かったから――。

 

 

           * * *

 

 

白石(しらいし)!?」

山田(やまだ)くん?」

 

 翌日の放課後、元魔女の飛鳥(あすか)先輩を含む魔女6人で会長の到着を会議用のテーブル席でお茶をいただきながら待っていると、山田(やまだ)くんと玉木(たまき)くんが、生徒会室へやって来た。

 

「どうして、生徒会室(ここ)に来たのよ?」

「それは、僕たちのセリフだよ。小田切(おだぎり)くん」

小田切(おだぎり)も居んのかよ......てか、魔女が勢揃いじゃねーか!」

「お、お久しぶりです、山田(やまだ)さん」

「ヤッホー、山田(やまだ)!」

「せんぱ~いっ、ノアを心配して会いに来てくれたんですねー!」

「ちげーし! つーか、離れろ!」

 

 滝川(たきがわ)さんが、山田(やまだ)くんに飛びついた。時おり私を気にするような視線を送りながら必死に抵抗している。

 ――どうして私を気にするのかしら? 記憶を失っていた時に受けた告白は、私を説得するためにした偽りの告白なのに。

 

「あなた、完全に空気ね」

「ハッキリ言わないでくれるかなっ!?」

「つーか、お前らこそ、なんで居るんだよ?」

 

 滝川(たきがわ)さんに腕を抱きつかれたまま山田(やまだ)くんは、私たちに尋ねる。どうやら二人は、儀式を行う話は知らされていないみたい。

 

「会長は、儀式を行うつもりなのかい!?」

「ええ、そうなの。山田(やまだ)くんと、玉木(たまき)くんは?」

「リカに頼まれたんだよ。どうしても話がしたいから、レオナを学校に連れてきてくれ」

「レオナさんを? 居ないみたいだけど?」

 

 宮村(みやむら)くんのお姉さん、レオナさんの姿はどこにも見当たらない。気まずそうに顔をそむけた山田(やまだ)くんの代わりに、玉木(たまき)くんが事情を説明。

 

「それが、どこかへ消えてしまったんだ。二人だけで合わせるのは危険だから、試験終わりに教室へ迎えに行くと伝えたんだけどね」

「ちょっと、無責任にも程があるわよ!」

「だ、だから、山崎(やまざき)なら何か分かるんじゃないかってよ!」

 

 声を荒げた小田切(おだぎり)さんを、必死になだめようとする山田(やまだ)くん。その時、生徒会室の奥にある、古い扉が開いた。

 

「やあ、お待たせ」

 

 出てきたのは私たちを呼び出し、山田(やまだ)くんたちが訪ねて来た会長だった。会長は、右から左へと部屋全体を見渡して微笑み、眼鏡のフレームを右手で軽く触れる。

 

「どうやら、役者は揃っているようだね」

「おい、山崎(やまざき)!」

「ああ、山田(やまだ)くん。ちょうどよかった、キミたちに使いを出すところだったんだよ」

「......あん?」

 

 私たちは、会長に案内されて別室へ入った。

 まるで古い教会のような造りの部屋。部屋の奥でレオナさんと、知らない女子が木組みで作られた祭壇を動かしている。小田切(おだぎり)さんから教えてもらった特徴と重ねると、おそらく彼女が“7人目の魔女”、西園寺(さいおんじ)リカ先輩。見た感じ、記憶を操作されているようには見受けられない。

 

「遅いぞ、山田(やまだ)! 手伝え!」

「心配して探してたってのに、いきなりかよ!?」

「みんなも手伝って~」

 

 手伝いをする間に、会長や西園寺(さいおんじ)先輩から儀式について説明してもらった。

 この部屋は「儀式の間」といわれ、文字通り魔女の儀式を行う部屋。祭壇を退かして現れた五芒星の魔方陣を囲んで付けられた目印に、七人の魔女が輪になって立つ必要があるらしく、これはその準備。そして、玉木(たまき)くんの能力は魔女の能力を奪うだけではなく、奪った能力を元の魔女に返還することも可能で、飛鳥(あすか)先輩に能力が戻された。

 これで、七人の魔女全員が儀式の間に集結。

 

「準備も済んだし、始めよっか」

 

 西園寺(さいおんじ)先輩の指示で私たちは、輪になって五芒星を囲み。会長たちは椅子に座って、これから行われる儀式の立会人に。

 

「じゃあ山田(やまだ)くん、真ん中に立って」

「はぁ? 俺? なんで俺が?」

「願いを叶えるには、もう一人協力者が必要だからだよー」

「だから、なんで俺なんだよ? 別に山崎(やまざき)でも、レオナでも、玉木(たまき)だっていいじゃねーか」

「やれやれ、キミは女心と言うものを理解できないみたいだね。山田(やまだ)くん」

「ああ、まったくだ」

 

 会長とレオナさんは、タメ息をついた。

 

「あん? どういう意味だよ?」

「いいからさっさと行け!」

「おい、刃向けなって! チッ......!」

 

 レオナさんにハサミの刃を向けて脅された山田(やまだ)くんは渋々、祭壇に上がり五芒星の中心に立つ。

 

「これで、いいのか?」

「オッケー。じゃあみんなは、手を繋いで目を閉じてね」

 

 私たちは、言われた通りに目を閉じる。

 一瞬、不思議な感覚に見舞われたと想った次の時には、西園寺(さいおんじ)先輩から無事、儀式が終わったことを告げられて、理由も分からずに解散になった。

 儀式の間を片付けが終わり生徒会室に戻った私は、帰り支度をしている小田切(おだぎり)さんに声をかける。

 

「変わったことある?」

「特に違和感は感じないわ。みんなのことも覚えているし、あなたは?」

「私も同じ」

「そう......いったい、どんな願いを叶えたのかしら?」

白石(しらいし)、ちょっといいか?」

山田(やまだ)くん?」

 

 スクールバッグを肩にかけたところで、山田(やまだ)くんに声をかけられた。二人で話したいことがあると告げられて、私たちは中庭に場所を移す。

 

「それで話って、何かしら?」

「お、おう......」

 

 どこか言いにくそうに、頭をかきながらそわそわしている。

 

「どうしたの?」

「さ、さっきの儀式だけどよっ!」

「うん」

「願いを叶えたのは、実は俺なんだ......!」

「え? そうなの?」

「おう。真ん中に立ったヤツの願いを叶えるだってさ」

 

 じゃあ、会長は自分の願いじゃなくて、山田(やまだ)くんの願いを叶えるために儀式を開いてくれたということになる。

 

「もしかして、みんな記憶を?」

「ああ、たぶん戻ってるハズだぜ」

「そう」

 

 ――よかった。それならきっと、宮内(みやうち)くんの記憶も......。

 

「そうだ、山田(やまだ)くん。テストが終わったら、みんなで文化祭の打ち上げをするの。山田(やまだ)くんも参加してね」

「お、おう!」

「うん、じゃあ、帰りましょ」

 

 早くみんなに教えてあげたい、小田切(おだぎり)さんにも。

 

「――待ってくれ!」

「なに?」

「こ、この前の告白だけどさ」

 

 ――告白。あの、偽りの告白。だから、言いにくそうにだったのね。

 

「うん、わかってるわ。あれは、私を説得するために必死でしてくれた嘘の告白......」

「違う、嘘じゃねぇ!」

 

 大きな声で、否定された。

 ――嘘じゃない? 嘘、じゃない。

 頭の中で今の言葉を反復して繰り返す。じゃあ、あの告白は......。

 

「あれは、嘘なんかじゃねぇ。だから、全部終わったら、もう一度言おうって思ってた......!」

 

 山田(やまだ)くんは大きく深呼吸をしてまっすぐ、私の目を見つめる。

 

「俺、本気で白石(しらいし)のことが好きなんだ! 俺と、付き合ってください......!」

 

 ――山田(やまだ)くんは、最初から本気だった。

 それなのに私は、記憶を取り戻した後も信じられなくて。そんな私に、この人はもう一度、真摯な想いを伝えてくれた。

 だけど私に、この人の想いに答える資格はあるの?

 私の、返事は――。


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