黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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今回は、寧々(ねね)視点です。


Episode40 ~素直な気持ち~

 下校途中の生徒たちで溢れかえる長い廊下を、人波を縫うように避けながら早足で進む。何度も、何度もぶつかりそうになった。それでも歩くスピードは落とさず、私は急いだ。

 間に合わなくなる前に、あの人に会うために――。

 

           *  *  *

 

 中間試験初日の放課後、帰り支度を済ませた私は、スクールバッグを肩にかけて教室を後にする。今日は少し気分を変えて、校内の自習室に向かって歩みを進める。家だと弟たちが騒がしいし。特に明日はちょっと苦手な、現代文の試験。集中して復習しておきたいから気分転換も兼ねて。

 そんなことを考えながら図書室に完備されている自習室へ向かって廊下を歩いていると、知り合いの男子三人が休憩スペースで集まって話をしていた。

 ――まったく、いったい何を考えてるのかしら。

 足を止めて、男子たちのところへ向かい。どういうつもりなのか問いかける。

 

「アナタたちっ!」

「げっ、小田切(おだぎり)!」

 

 三人のうちの山田(やまだ)が、私を見るなり失礼な声を上げた。

 

「その反応、どういうことかしら? 何かやましいことがあって」

「べ、別に、なんでもねぇよ......」

 

 すっと目を逸らした。あとの二人、宮村(みやむら)玉木(たまき)も気まずそうにしている。一応やましいことをしている自覚はあるみたい。

 ――それにしても、つい先日忠告したことをもう忘れたのかしら。

 滝川(たきがわ)さんの記憶を学校で戻したことで、“7人目の魔女”にまた記憶を操作されたばかりだと言うのに。いくら昇降口から離れた場所で、人通りは少ない場所とは言っても、いつどこで監視されているかわからない。どうも緊張感が欠ける男子たちに呆れ果てて、大きなタメ息が漏れた。

 

「ハァ、いったい何を考えてるのかしら?」

「まあ、いいじゃねぇか。茶しながらちょっと話すくらいよ」

「それに面向かって話している訳でもないしね」

 

 いつものようにテキトーな感じに言ってのける宮村(みやむら)と、壁に寄りかかりながら文庫本に目を落としている玉木(たまき)

 

「そうだぜ。それにもう、バレ――」

「おい、バカ!」

「あっ......!」

 

 何かを言いかけた瞬間、宮村(みやむら)に咎められた山田(やまだ)は慌てて口をふさいだ。私に知られたくない何か隠していることは明白。一歩詰めより、問い詰める。

 

「今、何を言おうとしたのかしら?」

「別に、なんでもねぇーよ......?」

「ふ~ん、そう、あくまで隠し通すつもりなのね。じゃあ、これでどうかしら?」

 

 隠し事を引き出すため、ポケットからスマホを出して操作。

 フォトアルバムのアプリを開いて、林間学校の時に撮影した、山田(やまだ)白石(しらいし)さんのバックから、彼女の下着を取り出している場面を撮影した写真を見せつける。

 

「なーッ!? お前それ、まだ消してなかったのかよッ!」

「マジかよ、山田(やまだ)。これは擁護できねーわ」

山田(やまだ)くん、キミという男は......」

「イヤ、違うっての! 写ってるのは俺だけど、中身は白石(しらいし)なんだよ! 能力で入れ替わってるんだ!」

 

 二人から軽蔑の眼差しを向けられた山田(やまだ)は、必死に弁解をしてるけど、この写真だけを客観的にみれば、山田(やまだ)白石(しらいし)さんの下着を盗んでいるようにしか見えない。

 

「つーか、消せ!」

「イヤよっ」

 

 くるっと背中を向けて、スマホに向かって伸びた手を避ける。

 

「でもまあ、消してあげてもいいわよ。その代わりに、私に隠していること教えなさい」

「チッ、仕方ねぇ......」

「おい、ちょっと来い、山田(やまだ)

「あん? なんだよ?」

 

 輪になった三人は、コソコソと話合いを始めた。それにしても出回れば停学、最悪退学もあり得る致命的な写真と引き換えでも言えないことってなんなのかしら。なんてことを想っていると、三人の会話が漏れて聞こえてきた。

 

山田(やまだ)、諦めろ」

「なんでだよ!?」

「そもそもキミが、リスクも考えず迂闊に何度も入れ替わったりするから、こういった事態を招いたんじゃないのかい」

「ぐっ、そ、それは......」

「つっても、まあ、仕方ねぇーか」

 

「どうせ、いずれは話さなきゃいけねーんだし」と言って、輪を離れた宮村(みやむら)は一人、私の前に来て向き合う。いつになく真剣な宮村(みやむら)から聞かされた話しは――。

 

「どうして、私に声をかけなかったのよっ!」

 

 宮内(みやうち)くんが会長に頼まれて、“7人の魔女”の真実を今、ここ居る三人に伝えたという内容。話を聞いた私は、思わず声を荒げてしまった。それは自分でも、ビックリするくらい大きな声で。

 

「お前が知っちまったら、魔女に記憶を操作されるからに決まってだろ」

「そんなこと......」

 

 “7人目の魔女”の能力は、魔女に対して二度は効かない。これは先日、二度目の記憶を操作された山田(やまだ)の記憶が私たちから消えなかったことから、猿島(さるしま)さんたちにも確認して判明した事実。

 それから、魔女の能力には有効範囲が存在する。

 まだ仮説の段階だけれど、おそらく、学校内に居ることが条件。初めて山田(やまだ)の記憶を操作された日、私と彼は学校内に居なかったから記憶操作の難を逃れられた。二度目の記憶操作が行われた日も、学校に居なかった私たちの記憶が消えなかったことを考えれば納得いく。だからまだ、能力にかかってない私の記憶は操作が可能なハズ。そんなこと――。

 

「わかってるわよ......!」

「あっ! おい、ちょっと待てって!」

 

 宮村(みやむら)の制止を振り切って、私は駆け出した。階段を駆け上がり、二年生の教室が集まる階に着くと、廊下に大勢の生徒が残っていた。下校途中の生徒たちで溢れかえった長い廊下を人波を縫うように避けながら、早足で進む。何度も、何度もぶつかりそうになった。それでも、歩くスピードは落とさず、先を急いだ。

 

「あれー? 寧々(ねね)ちゃんだー」

伊藤(いとう)さん! 宮内(みやうち)くんはまだ、教室に居るかしらっ?」

 

 2-Cの教室から少し離れた廊下で出くわした、彼と同じクラスの伊藤(いとう)さんに尋ねる。まだ教室に居てくれれば、魔女に消される前に話が出来る。

 

宮内(みやうち)? アタシが出たときにはもう、居なかったけど?」

「そう、ありがとう」

 

 入れ違いになった。もう、学校を出てるかも知れない。でもテスト期間中は、シフトを入れてないって言ってから、もしかしたら自習室に――。

 

「あっ、待て。前によく、屋上に居るって言ってたわよ」

「屋上?」

 

 もう一度伊藤(いとう)さんにお礼を言って、廊下を来た方へ戻る。ひとえに屋上といっても教室棟に二ヶ所、特別教室棟、部室棟の計四ヶ所がある。直接聞くのが一番確実。出てくれればいいのだけれど。でももし、既に記憶を操作されていたら。通話ボタンをタップしようとする指先が、なかなか思うように動かない。一旦心を落ち着けて窓の外を見る。隣の校舎の屋上が見えた、反対側の窓からも屋上を見てみる。どちらの屋上にも、人影は見当たらない。

 

「......そうよ」

 

 前にお弁当を食べたのも、今居る校舎の屋上だった。スマホをポケットに入れて、屋上へ出られる階段を登って行くと、屋上へ繋がる扉がある踊り場に見たことのない女子生徒を見かけた。彼女は屋内で日傘を差してからドアノブを回し、屋上へ出て行く。

 ――胸騒ぎがする。

 この時、私は直感的に想った。今の女子が、“7人目の魔女”だと。今ならまだ間に合うかも。急いで後を追い、ドアノブを回して静かに、ドアを開ける。少し開いたドアの隙間から、探していた後ろ姿の彼と、さっきの女子生徒が向かい合って座っているのが見えた。

 ――って、なによ、今のっ!

 日傘を差した女子は私の存在に気づいたのか、まるで挑発するように一瞬笑ったと思ったら今度は、これ見よがしに彼の両頬に手を添えた。無意識に、ドアノブを持つ手に力が入る。

 

「ひとつだけ聞いてもいいかな?」

「なんですか?」

「 キミは、魔女の能力についてどう思うかな?」

 

 ドアを思い切り開けようとした手が、止まる。

 魔女の能力......やっぱり、“7人目の魔女”。でも、それ以上に気になったのは、二人の会話の内容。盗み聞きはダメだって頭ではわかってるけど、私たち魔女のことをどう想っているか気になって仕方がない。

 耳をすませて、質問の答えを待った。

 

           *  *  *

 

 手すりをつかんで一歩一歩、慎重に階段を降りる。そうしていないと今にも、倒れしまいそうなほど酷く気持ちが悪い。

 

小田切(おだぎり)さん?」

白石(しらいし)さん......」

「あの時とは、正反対ね」

 

 昇降口で声をかけてくれた白石(しらいし)さんは、どこか懐かしむように優しい表情(かお)で微笑んだ。静かに話を出来る場所を探して、学食のラウンジへ移動。テスト期間中の今、ここを利用する生徒もほとんど居ないから気兼ねなく話せる。

 

「そう。宮内(みやうち)くんの記憶が、消されてしまったのね」

「ええ......。きっと明日には、魔女に関する記憶を全て失っていると思うわ」

「それで、他に何があったの?」

 

 一瞬で見破られた。やっぱり、誤魔化せないみたい。温かい紅茶が注がれた紙コップに目を落としてながら、屋上で聞いた言葉を思い返す。誰よりも誠実で、何よりも真摯な想いを。

 私の能力が効かなくて当然よね。だって私がしていた行為(こと)は、あの人が一番嫌悪していた行為(こと)だったんだもの。虜の能力にかかるハズがなかった。

 

「違うと思うわ」

「えっ?」

「本当に嫌いだったら拒絶していると思う。少なくとも私なら、積極的に関わりを持とうとは思わないわ」

 

 私もきっと、白石(しらいし)さんと同じだと思う。だったら、どうして――。

 

「きっと、覚えていて欲しかったのよ。だって二人は、魔女の能力があったから知り合えたんだもの」

 

 ――そうよ、山田(やまだ)の場合とは違う。二人とも記憶を書き換えられたら、儀式を使って失った記憶を取り戻さない限りもう二度と、今の関係には戻れない。でも、魔女全員の協力が必要だから、きっとそれは出来ない。

 だとしても――。

 

「決めたわ。宮村(みやむら)には悪いけど、玉木(たまき)に頼んで今すぐ、能力を消してもらうわ!」

 

 椅子から、勢いよく立ち上がる。

 魔女のことなんて関係ない。私は、正直になる。たとえ最初からでも、もう一度しっかり知ってもらいたい。

 

「そうね。私ももう、能力には頼らない。私も一緒に消してもらうわ」

 

 うなづいて、スマホの電話帳アプリを開いて通話ボタンを押そうとした、その時だった。

 

「それは、困るなぁ」

「会長......!」

 

 私たちの決意を見透かしたように、生徒会長山崎(やまざき)が不敵な笑みを浮かべて、私たちの前に姿を現した。


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