下校途中の生徒たちで溢れかえる長い廊下を、人波を縫うように避けながら早足で進む。何度も、何度もぶつかりそうになった。それでも歩くスピードは落とさず、私は急いだ。
間に合わなくなる前に、あの人に会うために――。
* * *
中間試験初日の放課後、帰り支度を済ませた私は、スクールバッグを肩にかけて教室を後にする。今日は少し気分を変えて、校内の自習室に向かって歩みを進める。家だと弟たちが騒がしいし。特に明日はちょっと苦手な、現代文の試験。集中して復習しておきたいから気分転換も兼ねて。
そんなことを考えながら図書室に完備されている自習室へ向かって廊下を歩いていると、知り合いの男子三人が休憩スペースで集まって話をしていた。
――まったく、いったい何を考えてるのかしら。
足を止めて、男子たちのところへ向かい。どういうつもりなのか問いかける。
「アナタたちっ!」
「げっ、
三人のうちの
「その反応、どういうことかしら? 何かやましいことがあって」
「べ、別に、なんでもねぇよ......」
すっと目を逸らした。あとの二人、
――それにしても、つい先日忠告したことをもう忘れたのかしら。
「ハァ、いったい何を考えてるのかしら?」
「まあ、いいじゃねぇか。茶しながらちょっと話すくらいよ」
「それに面向かって話している訳でもないしね」
いつものようにテキトーな感じに言ってのける
「そうだぜ。それにもう、バレ――」
「おい、バカ!」
「あっ......!」
何かを言いかけた瞬間、
「今、何を言おうとしたのかしら?」
「別に、なんでもねぇーよ......?」
「ふ~ん、そう、あくまで隠し通すつもりなのね。じゃあ、これでどうかしら?」
隠し事を引き出すため、ポケットからスマホを出して操作。
フォトアルバムのアプリを開いて、林間学校の時に撮影した、
「なーッ!? お前それ、まだ消してなかったのかよッ!」
「マジかよ、
「
「イヤ、違うっての! 写ってるのは俺だけど、中身は
二人から軽蔑の眼差しを向けられた
「つーか、消せ!」
「イヤよっ」
くるっと背中を向けて、スマホに向かって伸びた手を避ける。
「でもまあ、消してあげてもいいわよ。その代わりに、私に隠していること教えなさい」
「チッ、仕方ねぇ......」
「おい、ちょっと来い、
「あん? なんだよ?」
輪になった三人は、コソコソと話合いを始めた。それにしても出回れば停学、最悪退学もあり得る致命的な写真と引き換えでも言えないことってなんなのかしら。なんてことを想っていると、三人の会話が漏れて聞こえてきた。
「
「なんでだよ!?」
「そもそもキミが、リスクも考えず迂闊に何度も入れ替わったりするから、こういった事態を招いたんじゃないのかい」
「ぐっ、そ、それは......」
「つっても、まあ、仕方ねぇーか」
「どうせ、いずれは話さなきゃいけねーんだし」と言って、輪を離れた
「どうして、私に声をかけなかったのよっ!」
「お前が知っちまったら、魔女に記憶を操作されるからに決まってだろ」
「そんなこと......」
“7人目の魔女”の能力は、魔女に対して二度は効かない。これは先日、二度目の記憶を操作された
それから、魔女の能力には有効範囲が存在する。
まだ仮説の段階だけれど、おそらく、学校内に居ることが条件。初めて
「わかってるわよ......!」
「あっ! おい、ちょっと待てって!」
「あれー?
「
2-Cの教室から少し離れた廊下で出くわした、彼と同じクラスの
「
「そう、ありがとう」
入れ違いになった。もう、学校を出てるかも知れない。でもテスト期間中は、シフトを入れてないって言ってから、もしかしたら自習室に――。
「あっ、待て。前によく、屋上に居るって言ってたわよ」
「屋上?」
もう一度
「......そうよ」
前にお弁当を食べたのも、今居る校舎の屋上だった。スマホをポケットに入れて、屋上へ出られる階段を登って行くと、屋上へ繋がる扉がある踊り場に見たことのない女子生徒を見かけた。彼女は屋内で日傘を差してからドアノブを回し、屋上へ出て行く。
――胸騒ぎがする。
この時、私は直感的に想った。今の女子が、“7人目の魔女”だと。今ならまだ間に合うかも。急いで後を追い、ドアノブを回して静かに、ドアを開ける。少し開いたドアの隙間から、探していた後ろ姿の彼と、さっきの女子生徒が向かい合って座っているのが見えた。
――って、なによ、今のっ!
日傘を差した女子は私の存在に気づいたのか、まるで挑発するように一瞬笑ったと思ったら今度は、これ見よがしに彼の両頬に手を添えた。無意識に、ドアノブを持つ手に力が入る。
「ひとつだけ聞いてもいいかな?」
「なんですか?」
「 キミは、魔女の能力についてどう思うかな?」
ドアを思い切り開けようとした手が、止まる。
魔女の能力......やっぱり、“7人目の魔女”。でも、それ以上に気になったのは、二人の会話の内容。盗み聞きはダメだって頭ではわかってるけど、私たち魔女のことをどう想っているか気になって仕方がない。
耳をすませて、質問の答えを待った。
* * *
手すりをつかんで一歩一歩、慎重に階段を降りる。そうしていないと今にも、倒れしまいそうなほど酷く気持ちが悪い。
「
「
「あの時とは、正反対ね」
昇降口で声をかけてくれた
「そう。
「ええ......。きっと明日には、魔女に関する記憶を全て失っていると思うわ」
「それで、他に何があったの?」
一瞬で見破られた。やっぱり、誤魔化せないみたい。温かい紅茶が注がれた紙コップに目を落としてながら、屋上で聞いた言葉を思い返す。誰よりも誠実で、何よりも真摯な想いを。
私の能力が効かなくて当然よね。だって私がしていた
「違うと思うわ」
「えっ?」
「本当に嫌いだったら拒絶していると思う。少なくとも私なら、積極的に関わりを持とうとは思わないわ」
私もきっと、
「きっと、覚えていて欲しかったのよ。だって二人は、魔女の能力があったから知り合えたんだもの」
――そうよ、
だとしても――。
「決めたわ。
椅子から、勢いよく立ち上がる。
魔女のことなんて関係ない。私は、正直になる。たとえ最初からでも、もう一度しっかり知ってもらいたい。
「そうね。私ももう、能力には頼らない。私も一緒に消してもらうわ」
うなづいて、スマホの電話帳アプリを開いて通話ボタンを押そうとした、その時だった。
「それは、困るなぁ」
「会長......!」
私たちの決意を見透かしたように、生徒会長