Episode3 ~始まりのキス~
「みーやーうーちッ!」
放課後、廊下を歩いていたところへ後ろから勢い良く首に腕を回された。犯人の目星はついている、と言うより下校する生徒が多い中周りの迷惑を考えずに、こんな暑苦しことをしてくる奴はひとりしかいない。その面を拝んでやろうと首を動かして見ると、思った通りの人物の仕業だった。
同じクラスの男子生徒――
「で。なんだよ?」
「帰るならひと言かけてくれてもいいじゃねぇか。ツレねぇなぁ~」
組んだ肩を離そうとしない。仕方なく、そのまま廊下を歩く。
「きゃーっ、
「二人の空間に薔薇が咲いてるわっ」
転入早々、生徒会副会長に抜擢される程の頭脳と、端整な顔立ちから女子生徒からの人気も高く。こうして歩いていると、多感な時期の同級生たちの妄想のネタにされてしまう。「諦めろ、相手にするとキリがない。むしろ楽しめ」と、
バイト先近くのカフェのテラス席で、用件を伺う。
「で、用件はなんだ? また、部活の件か」
「いや、オレはもう諦めた。お前の、あの膝を見せられてやれなんて言えねぇよ」
まあ、諦めてくれたのならそれでいいんだけど。
汗をかいたアイスコーヒーのグラスを持って、ストローを口に運ぼうとすると、
「なんだよ?」
グラスを置いて、話に耳を傾ける。
「お前、
「
「そっ。さっき仲良さそうに談笑してただろ~?」
どうやら、絡まれる前廊下で
「お前ら、
「違う。一年の時、同じクラスだっただけだ」
「ふーん、オレが見た限り、ただの元クラスメイトって雰囲気じゃない気がしたんだけどな~」
頭の後ろで両手を組み直し、背もたれに体重をかけて体を預け、長い足を見せつけるように組んだ。俺は再び、グラスに手を伸ばす。
「残念だったな、その勘はハズレだ。正真正銘ただの元クラスメイト。気になるのなら本人に聞いてみればいい」
友人、と同じ答えが返ってくるだけだ。しかし、
「どうした? デートの約束をすっぽかしたのを思い出したのか」
「ちげーよ。オレさ、
「はぁ?」
「ほら、二年に進級してすぐ進路希望調査やっただろ。その件で、生徒会として話したんだけどさ。“別に。あなたには関係ないわ”って、スゲー冷めた顔で言われた。それからは、目も合わせてもらえなかったぞ」
意外だ。確かに、初対面の頃の
「お前の容姿が、よっぽど嫌い嫌いゾーンにストライクだったんじゃないのか?」
「んだよ、そのゾーン。自分で言うのもなんだが、オレはモテるぞ!」
「いや、知ってるけどさ」
あれはバレンタインデーこと、
「なら、なんか気に触れることでも言ったんじゃないか?」
「特に心当たりはねぇーけどな。話したのも進路のことと、あと機嫌が悪そうだったから、女の子の日なのか聞いたくらいだぜ?」
すべては、
バイトの時間が迫ってきた。
気のせいか、と思い再び歩き出す。赤信号で一度止まって青に変わるのを待ち、横断歩道を渡った先にあるフットサルコートに入る。
ここが、この春から勤めているアルバイト先――。
「おつかれさまです」
「あいよ、おつかれさん。今日も頼むよー」
クラブハウスのレジに立つ店長に挨拶を済ませ、更衣室で着替えと、靴を人工芝用のシューズに履き替える。コートへ出ると、多くの子どもたちがボールを蹴りながら待ち構えていた。
「お待たせー」
「あ、コーチだ。みんなーしゅーごー!」
バイト内容は、子どもたち相手のフットサル指導。
担当医からは今の回復具合を観て、全力を出さない程度の軽い運動なら、むしろ動いた方が良いと許可を得ている。リハビリにもなって、おまけに生活費も稼げる。俺にとっては、正に一石二鳥のアルバイト。ここでほぼ毎日二時間、子どもたちのコーチと、グラウンド整備や片付けなどをして、計三時間の仕事を終え、事務所兼受付が入るクラブハウスへ戻る。
「あっ、やべぇー。コートにホイッスル忘れた」
「取ってきますよ」
「おおーっ、サンキュー。あとで飲み物奢るから」
「どうせ、消費期限が近い在庫のプロテインドリンクでしょ?」
「にっひひっ。Aコートのゴールネットにかかってるから、よろしく~」
独特な笑い方をする店長の言った通り、Aコートのゴールネットにホイッスルが巻き付いていた。手にとって戻ると途中、フットサルコート隣接のファミレスの窓辺の席に、朱雀高校の制服を着た男女が座っている。
――まだ居るんだ。
指導を始めた時から居る。片付けをしていた間も男子の方がコートを見ていた。もうかれこれ三時間ほど。勉強をしている様子もないが、まあ俺には関係ないけど。クラブハウスに戻って、素早く着替えを済ませてロビーに出る。
「おつかれさん。ほれ、ココアにチョコ、バニラ、コーヒー、ストロベリーといろいろ用意しておいたぞ、好きなのを選んでくれ。何なら全部持っていってくれてもいいぞ」
「全部プロテインじゃないですか」
「いやいや、これなんてミルクだぞ?」
「俺、ソイ派なんで。これ貰います、おつかれさまでした」
カロリーオフのソイプロテインドリンクコーヒー味を一本貰って挨拶をして外に出る。辺りは暗くなって、夜空には月が出ていた。時間は20時を回っている。腹も空いた。急いで帰ろうと歩き出した時だった。
「ねぇ、あなた。ちょっといいかしら?」
「ん? あっ......」
声をかけてきたのは、ファミレスに居た男女の女子生徒。彼女の白いセーターの襟元には、
――なるほど、そういうことか。
どうやら、バイトが終わるのを待ち伏せしていたようだ。
「突然で悪いけど、話をさせてほしいの。私の名前は――」
「
彼女の名前は、
「そっ。なら話は早いわ。だいたい検討はついていると思うけど、サッカー部に入部してもらえるかしら?」
「無理です。それじゃあ」
予想通りの質問に即答で返して、
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! 理由はっ?」
追いかけてきて、俺の右腕を掴んできた。振りほどくのは、さすがに気が引ける。というか、それはしたくない。
「
「今、やってたじゃない」
少し不機嫌そうな
「フットサルとサッカーは違う。それに、相手は小学生。同世代相手とは、身体への負荷のかかり方が段違いなワケ」
「......何が違うのよ。やってることは同じじゃない」
ぼそっ、と呟く。それに、手を離そうとしない。仕方なく話を聞くことを条件に、公園のベンチへ移動した。
「どうしても無理なの?」
「無理をして再発させたくない。今また壊せば、最悪まともに歩けなくなることもある。そこまでのリスクは取れない」
「そのケガは、いつ完治する予定なの?」
真剣な眼差し。そこまでして、生徒会長になりたいのだろうか。大変そうだけど。
「お願い。教えて」
「......順調に回復すれば、来年の春」
「......そう」
どうしてか
「それなら来年のインターハイには間に合うわね。その時でいいわ、入部して!」
「今話した完治は、あくまでも一般的なレベルでの完治。選手としての復帰を視野に入れた場合は、基礎体力や試合勘を戻すのに最低プラス六ヶ月はかかる。夏は間に合わないよ」
「......根性で、何とかしなさいよっ」
「出来れば苦労はしないし、医者もいらない。まあ、そういうワケだから諦めて」
話しは終わった。荷物を持って、ベンチを立つ。
ため息をついた
そのままじっと俺を見つめ、つま先立ちで顔を近づけてきた。
「おまじないよ」
「えっ......?」
次の瞬間――。
とても柔らかく温かい何かが俺の口を塞いでいた。