黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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いきなりですが二年に飛びます。



7人の魔女編
Episode3 ~始まりのキス~


「みーやーうーちッ!」

 

 放課後、廊下を歩いていたところへ後ろから勢い良く首に腕を回された。犯人の目星はついている、と言うより下校する生徒が多い中周りの迷惑を考えずに、こんな暑苦しことをしてくる奴はひとりしかいない。その面を拝んでやろうと首を動かして見ると、思った通りの人物の仕業だった。

 同じクラスの男子生徒――宮村(みやむら)虎之介(とらのすけ)。二年に進級してから同じクラスになり、出席番号順で席が前後だったことで、何かとちょっかいを出してきた。ただ、本命は別にあって、その理由は後にすぐにわかることになった。

 

「で。なんだよ?」

「帰るならひと言かけてくれてもいいじゃねぇか。ツレねぇなぁ~」

 

 組んだ肩を離そうとしない。仕方なく、そのまま廊下を歩く。

 

「きゃーっ、宮村(みやむら)くんと宮内(みやうち)くんよっ」

「二人の空間に薔薇が咲いてるわっ」

 

 宮村(みやむら)は、一年の冬に他校から転入して来た。

 転入早々、生徒会副会長に抜擢される程の頭脳と、端整な顔立ちから女子生徒からの人気も高く。こうして歩いていると、多感な時期の同級生たちの妄想のネタにされてしまう。「諦めろ、相手にするとキリがない。むしろ楽しめ」と、宮村(みやむら)は笑っていた。

 バイト先近くのカフェのテラス席で、用件を伺う。

 

「で、用件はなんだ? また、部活の件か」

「いや、オレはもう諦めた。お前の、あの膝を見せられてやれなんて言えねぇよ」

 

 宮村(みやむら)が何かとちょっかいを出してきた理由は、現生徒会長の命令で、俺をサッカー部に引き込もうと動いていたから。進級してから毎日のようにあまりにもしつこく付きまとってきたため、手術跡を見せると、バツの悪そうな顔をしておとなしく帰った。だが翌日からはまた、今と同じように何事もなかったかのように話かけてきた。勧誘の話しを除いて。

 まあ、諦めてくれたのならそれでいいんだけど。

 汗をかいたアイスコーヒーのグラスを持って、ストローを口に運ぼうとすると、宮村(みやむら)は頬杖を突きながらニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「なんだよ?」

 

 グラスを置いて、話に耳を傾ける。

 

「お前、白石(しらいし)さんと仲いいんだなぁ~」

白石(しらいし)? 白石(しらいし)うららのこと?」

「そっ。さっき仲良さそうに談笑してただろ~?」

 

 どうやら、絡まれる前廊下で白石(しらいし)と立ち話をしていたのを見られていたようだ。見られて困るようなことでもない。ただ普通に、ケガの具合や勉強などの取るにたらない世間話をしていただけにすぎない。

 

「お前ら、男女(そういう)の関係なのか?」

「違う。一年の時、同じクラスだっただけだ」

「ふーん、オレが見た限り、ただの元クラスメイトって雰囲気じゃない気がしたんだけどな~」

 

 頭の後ろで両手を組み直し、背もたれに体重をかけて体を預け、長い足を見せつけるように組んだ。俺は再び、グラスに手を伸ばす。

 

「残念だったな、その勘はハズレだ。正真正銘ただの元クラスメイト。気になるのなら本人に聞いてみればいい」

 

 友人、と同じ答えが返ってくるだけだ。しかし、宮村(みやむら)はなぜか固まっていた。視線の先には、店の時計がある。あと三十分ほどでバイトの時間。宮村(みやむら)も何か用事でも思い出したのだろうか、軽い感じに聞いてみる。

 

「どうした? デートの約束をすっぽかしたのを思い出したのか」

「ちげーよ。オレさ、白石(しらいし)さんに無視されてんだよ」

「はぁ?」

「ほら、二年に進級してすぐ進路希望調査やっただろ。その件で、生徒会として話したんだけどさ。“別に。あなたには関係ないわ”って、スゲー冷めた顔で言われた。それからは、目も合わせてもらえなかったぞ」

 

 意外だ。確かに、初対面の頃の白石(しらいし)の態度は素っ気ないものがあったけど、そこまであからさま拒絶を、俺はされたことはない。と言うことはつまり、原因は宮村(こいつ)にあるのだろう。

 

「お前の容姿が、よっぽど嫌い嫌いゾーンにストライクだったんじゃないのか?」

「んだよ、そのゾーン。自分で言うのもなんだが、オレはモテるぞ!」

「いや、知ってるけどさ」

 

 あれはバレンタインデーこと、宮村(みやむら)の机がチョコレートで埋め尽くされたという噂は記憶に新しい。あの日教室中が、大量のチョコレートやクッキーなんかの甘ったるい匂いで包まれ授業に集中できず、窓を全開にして行ったため、翌日クラスの半数近くがインフルエンザや風邪を引いて学級閉鎖を引き起こし「通称チョコテロ事件」と呼ばれ伝説になっている。

 

「なら、なんか気に触れることでも言ったんじゃないか?」

「特に心当たりはねぇーけどな。話したのも進路のことと、あと機嫌が悪そうだったから、女の子の日なのか聞いたくらいだぜ?」

 

 すべては、宮村(こいつ)のセクハラが原因だった。

 バイトの時間が迫ってきた。宮村(みやむら)と別れて、俺はひとりバイト先へと向かう。バイト先への道を歩いていると、ふと後ろから視線を感じた気がした。荷物を持ち直し、さりげなく振り向いて見るも、朱雀高校の生徒を含む数人の通行人がいただけで特に変わった様子はない。

 気のせいか、と思い再び歩き出す。赤信号で一度止まって青に変わるのを待ち、横断歩道を渡った先にあるフットサルコートに入る。

 ここが、この春から勤めているアルバイト先――。

 

「おつかれさまです」

「あいよ、おつかれさん。今日も頼むよー」

 

 クラブハウスのレジに立つ店長に挨拶を済ませ、更衣室で着替えと、靴を人工芝用のシューズに履き替える。コートへ出ると、多くの子どもたちがボールを蹴りながら待ち構えていた。

 

「お待たせー」

「あ、コーチだ。みんなーしゅーごー!」

 

 バイト内容は、子どもたち相手のフットサル指導。

 担当医からは今の回復具合を観て、全力を出さない程度の軽い運動なら、むしろ動いた方が良いと許可を得ている。リハビリにもなって、おまけに生活費も稼げる。俺にとっては、正に一石二鳥のアルバイト。ここでほぼ毎日二時間、子どもたちのコーチと、グラウンド整備や片付けなどをして、計三時間の仕事を終え、事務所兼受付が入るクラブハウスへ戻る。

 

「あっ、やべぇー。コートにホイッスル忘れた」

「取ってきますよ」

「おおーっ、サンキュー。あとで飲み物奢るから」

「どうせ、消費期限が近い在庫のプロテインドリンクでしょ?」

「にっひひっ。Aコートのゴールネットにかかってるから、よろしく~」

 

 独特な笑い方をする店長の言った通り、Aコートのゴールネットにホイッスルが巻き付いていた。手にとって戻ると途中、フットサルコート隣接のファミレスの窓辺の席に、朱雀高校の制服を着た男女が座っている。

 ――まだ居るんだ。

 指導を始めた時から居る。片付けをしていた間も男子の方がコートを見ていた。もうかれこれ三時間ほど。勉強をしている様子もないが、まあ俺には関係ないけど。クラブハウスに戻って、素早く着替えを済ませてロビーに出る。

 

「おつかれさん。ほれ、ココアにチョコ、バニラ、コーヒー、ストロベリーといろいろ用意しておいたぞ、好きなのを選んでくれ。何なら全部持っていってくれてもいいぞ」

「全部プロテインじゃないですか」

「いやいや、これなんてミルクだぞ?」

「俺、ソイ派なんで。これ貰います、おつかれさまでした」

 

 カロリーオフのソイプロテインドリンクコーヒー味を一本貰って挨拶をして外に出る。辺りは暗くなって、夜空には月が出ていた。時間は20時を回っている。腹も空いた。急いで帰ろうと歩き出した時だった。

 

「ねぇ、あなた。ちょっといいかしら?」

「ん? あっ......」

 

 声をかけてきたのは、ファミレスに居た男女の女子生徒。彼女の白いセーターの襟元には、宮村(みやむら)と同じ生徒会の役員であることを表すバッジが光っていた。

 ――なるほど、そういうことか。

 どうやら、バイトが終わるのを待ち伏せしていたようだ。

 

「突然で悪いけど、話をさせてほしいの。私の名前は――」

小田切(おだぎり)さんだよね? 宮村(みやむら)と同じ生徒会の」

 

 彼女の名前は、小田切(おだぎり)寧々(ねね)

 宮村(みやむら)と、次期生徒会長の座を争っている。おそらく、勧誘失敗の報告を受けたことを現生徒会長から聞き付け、ポイント稼ぎに来たのだろう。

 

「そっ。なら話は早いわ。だいたい検討はついていると思うけど、サッカー部に入部してもらえるかしら?」

「無理です。それじゃあ」

 

 予想通りの質問に即答で返して、小田切(おだぎり)の横を通りすぎる。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ! 理由はっ?」

 

 追いかけてきて、俺の右腕を掴んできた。振りほどくのは、さすがに気が引ける。というか、それはしたくない。

 

宮村(みやむら)から聞いてるでしょ? 右膝が完治してないから、サッカー部には入らない」

「今、やってたじゃない」

 

 少し不機嫌そうな表情(かお)で、バイト先のフットサルコートを指差した。

 

「フットサルとサッカーは違う。それに、相手は小学生。同世代相手とは、身体への負荷のかかり方が段違いなワケ」

「......何が違うのよ。やってることは同じじゃない」

 

 ぼそっ、と呟く。それに、手を離そうとしない。仕方なく話を聞くことを条件に、公園のベンチへ移動した。

 

「どうしても無理なの?」

「無理をして再発させたくない。今また壊せば、最悪まともに歩けなくなることもある。そこまでのリスクは取れない」

「そのケガは、いつ完治する予定なの?」

 

 真剣な眼差し。そこまでして、生徒会長になりたいのだろうか。大変そうだけど。

 

「お願い。教えて」

「......順調に回復すれば、来年の春」

「......そう」

 

 どうしてか小田切(おだぎり)は、少しほっとしたような表情を見せ、一度うつむいてから顔を上げた。

 

「それなら来年のインターハイには間に合うわね。その時でいいわ、入部して!」

「今話した完治は、あくまでも一般的なレベルでの完治。選手としての復帰を視野に入れた場合は、基礎体力や試合勘を戻すのに最低プラス六ヶ月はかかる。夏は間に合わないよ」

「......根性で、何とかしなさいよっ」

「出来れば苦労はしないし、医者もいらない。まあ、そういうワケだから諦めて」

 

 話しは終わった。荷物を持って、ベンチを立つ。

 ため息をついた小田切(おだぎり)は「......仕方ないわね」と呟き、前に回り込み道を塞いだ。

 そのままじっと俺を見つめ、つま先立ちで顔を近づけてきた。

 

「おまじないよ」

「えっ......?」

 

 次の瞬間――。

 とても柔らかく温かい何かが俺の口を塞いでいた。


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