黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode38 ~仮説~

 蒼く晴れ渡る秋の空。選手権大会東京都大会決勝トーナメント二回戦、朱雀高校対帝王学園の試合。勝てば数十年ぶりのベスト8進出が決まる一戦は、天候にも恵まれ、緑色の鮮やかな芝が映えるスタジアムで行われている。

 試合は両校共に決め手を欠き、前半を0対0で終えて、ハーフタイムに入った。ピッチから戻って来た選手たちとベンチ入りメンバー、監督がベンチ裏の通路を歩いて、控え室へと入っていった。応援席から選手たちに拍手を送っていた応援団も席に座って、暫しの休憩に入る。

 それは、俺たちも同じ。通路の自販機で温かい飲み物を買って、朱雀高校側の応援スタンドへ戻ると、隣の山崎(やまざき)が大きく息を吐いた。

 

「やれやれ、どうにか凌いだといった感じの展開だったね。息が詰まりそうだよ」

「いえ。むしろ、朱雀高校(うち)のペースで試合は進んでます」

「そうなのかい? 僕には、ずいぶん攻め込まれていたように思えたけど」

「私も、会長と同じように思いました」

「劣勢に見えるは、両チームの戦術(スタイル)によるものです」

 

 よくわからないと言った様子の二人に、前半戦を記録したスコアブックを開いて説明。前半戦両校のボールの支配率は3:7の割合で終始ボールを支配され、寸でのところを辛うじて耐え忍ぶ、端か見れば圧倒的に劣勢な試合展開。だけど、こういう試合展開になることは、想定済み。

 なぜなら、帝王学園はパスを多用してボールを支配するポゼッションサッカー。対する朱雀高校は、ディフェンスの要朝比奈(あさひな)を中心とした、高い組織力の守備型のチーム。

 

「相手は、中盤に高い技術を持つ選手を中心にボールを回して、守備を崩す攻撃を仕掛ける。自陣の低い位置で守る守備型の朱雀高校(うち)との戦術(スタイル)の違いから、必然的にボールの支配率で劣って見えるんです」

「ふむ、なるほどね。でも終始攻め込まれているのは、事実ではないのかな?」

「それは、そんなに気にすることじゃないです」

 

 ハーフタイムのミーティングを終えた両軍の選手たちが出てきた。朝比奈(あさひな)はこちらを見て余裕の笑みを見せると、キャプテンマーク付け直し、チームメイトが待つピッチへ早足で駆けて行く。主審が腕時計に目を落とし、ホイッスルが吹かれ、後半戦キックオフ。

 エンドが替わった後半も前半と同様、帝王学園が圧倒的にボールを支配してゲームが進む。時間が経過するに連れて、元々低い朱雀高校のディフェンスラインが徐々に後ろに下がって行き、ゴール前まで攻め込まれる回数が増えていった。

 ――あと1メートル。あと、50センチ。もう少し、耐え抜け。

 スタンドから、ピッチ全体の動きを注意深く観察。

 ゴール前の混戦、ディフェンスが大きく前線へ蹴り出した。

 

「今のは、危なかったね」

「あっ。また、相手に取られてしまいましたわ」

 

 クリアボールはタッチラインを割らず、相手のサイドバックがライン際でキープ。ディフェンスラインでパスを回し、ゴール前からセンターサークル付近まで戻って来た十番嘉納(かのう)にボールを預け。ボールを受けた嘉納(かのう)は、ディフェンスにも攻撃参加するように指示を出し、自らドリブルで上がって行く。

 ――よし、かかった。

 左手を上げて、朝比奈(あさひな)にサインを送る。サインを確認した朝比奈(あさひな)は声を出して、中央突破を目論む嘉納(かのう)に一人付くように指示を出し、ダブルボランチの一人が指示通り、行く手を塞ぐように立ちはだかった。

 

「ここで、バックパス」

「ん?」

「はい?」

 

 読み通り、ヒールでボールを真後ろへ叩き、フォローに来ていたセンターバックの一人にボールを預け、ダッシュ。ボールを受けた選手はフワリしたフライボールで、ディフェンスの頭を越すパスを出し裏のスペースへ送った先に走り込んだ嘉納(かのう)は、守備陣を切り裂くスルーパスを出し、サイドへ展開。オーバーラップして来たサイドバックはダイレクトでアーリー気味のクロスをゴール前へ放り込む。クロスボールは、ペナルティエリア内で待ち構えていた長身フォワードの頭目掛けて、ピンポント。

 

「これは不味いのではないですか?」

「頭ひとつ分競り負けているね。これは、やられたかな」

「問題無いですよ。相手の本命は、別ですから」

「本命?」

 

 空中の競り合い。帝王のフォワードが持ち前の長身を活かし競り勝ったが。ヘディングはシュートではなくポストプレイ、狙いは最初から左右に振られたディフェンスの間に出来たゴール正面のオープンスペースへ走り込んで来た、別のフォワードへのラストパス。

 ゲームメイカー嘉納(かのう)は、この流れるようなパスワークでゴール前のチャンスを作り出した。しかし、どんなに鮮やかな連携でも分かっていれば止められる。ラストパスを狙い済ましたように朝比奈(あさひな)がインターセプト、そのまま大きく前線へ蹴り出した。敵が群れをなす中盤をすっ飛ばし、サイドバックのオーバーラップで出来たディフェンスラインの更に後方、センターライン一歩手前の位置で前線に残っていた渋谷(しぶたに)が相手陣で拾い、カウンターの形となった。

 帝王学園のディフェンス陣は手を上げてオフサイドだとアピールするが、線審は首を横に振る。相手キーパー以外の選手全員がセンターラインを超えていため、線審のオフサイドを宣言せず、プレイは続行。

 

「完璧」

「完璧って。まさか、この一連の流れを狙って作ったのかい?」

「当然ですよ、今までの劣勢は全て布石。相手選手を全員自陣へ引き込み、一瞬の隙を突くカウンターアタック」

 

 独走する渋谷(しぶたに)を止めようと、ディフェンダーは必死に戻るが追い付かない。これも計算通り。ここ数日、サッカー部の部室で動画を観て、ストップウォッチを片手に何度もシミュレーションを重ねて来た。あの位置からでは、足のある渋谷(しぶたに)には追い付けない。

 試合時間は残り10分。この時間帯で先取点を奪えればグッと勝利を手繰り寄せられる。そう思った矢先、予想外のことが起きた。捨て身覚悟でペナルティエリアを飛び出した相手ゴールキーパーが手を使って、渋谷(しぶたに)の腰に抱きつき引き倒した。もちろん、ファールの判定。そして、明らかに故意による悪質な行為とみなされ、一発レッドカード。退場を宣告された。まさかの出来事に、ざわつく場内。

 

「......やられた」

「相手が一人居なくなって、有利になったのではないのですか?」

飛鳥(あすか)くんと同意見だったけど、どうやら違うみたいだね。彼らも、キミと同じように思っているようだし」

 

 渋谷(しぶたに)が倒されたペナルティエリアのすぐ外に置かれたボールの前で集まっている朱雀高校の選手たちは、神妙な面持ちで話合いをしている。

 

「あの場面、抜かれていたら失点はほぼ確定。でも、フリーキックは守備が戻り、体勢を整えられる。それに加えて距離は20m弱、この距離なら止めれる可能性も十分にあるんです」

「なるほど、どうしても取っておきたかったワケだね」

「ええ。控えのキーパーを入れて、ディフェンスが一枚減っても攻撃力は変わらない」

 

 地力では、帝王学園(向こう)が一枚も二枚も勝る。勝つには隙を突いて一点を奪い守り抜く。これしかなかった。すぐに選手交代が行われ、朱雀高校のフリーキックで試合再開。

 キッカーの森園(もりぞの)は、直接狙うも高い壁を意識し過ぎたか、ボールはクロスバーを叩いた。

 

           *  *  *

 

「何だか、スッキリしない結末だったね。ところでアレは、アリなのかい?」

 

 試合終了後スタジアム内の通路を歩きながら、決勝点のプレーについて聞かれた。両校無得点で迎えた後半アディショナルタイム。ここまで辛うじてゴールを守ってきた朱雀高校は、ペナルティエリア内で相手選手を倒してしまい、ペナルティキックを与えてしまった。キッカーはファールを貰った嘉納(かのう)。キーパーの逆を冷静について失点、試合終了間際に均衡が崩れた。結局、この一点が決勝点となり敗戦。インターハイに続き、ベスト8の壁を破ることは出来なかった。

 あのファールは、誤審。目の良い飛鳥(あすか)は、すぐに気づいた。ディフェンダーの足は、ペナルティエリア内で倒された嘉納(かのう)の足には届いていておらず、自ら倒れてファールを貰う、南米の選手が得意とする「ズル賢さ(マリーシア)」というテクニック。

 

「テクニックのひとつではあります。まあ俺は、好きじゃないですけど。あれは、美しくない」

「騙される方も悪いか」

「ふふっ、会長の得意技ですね」

「はっはっは、いやー、飛鳥(あすか)くんは手厳しいな」

 

 まったく否定しないところが、会長(この人)らしい。

 

「おっと、噂をすればだね」

 

 スタジアムの入場口で帝王学園サッカー部とバッタリ出くわした。ユニフォームと同様威圧的な黒系統のジャージ姿の部員たちが列をなして、横付けされた大型バスに乗り込んで行く。その中の一人が立ち止まり、歩みを変え、俺たちの前で止まった。

 

「久しぶりだな」

「ああ、しばらく」

 

 そいつは、噂をしていた嘉納(かのう)

 

帝王(ウチ)の特待蹴って、朱雀になんて行ってたのか。落ちぶれたな」

 

 一緒に居た制服姿の山崎(やまざき)飛鳥(あすか)を見て、俺も朱雀の生徒だと察したようだ。相変わらず、観察眼はずば抜けて高い。

 

「お前も、相変わらずだな。いつまであんなくだらないマネを続けるつもりだ?」

「フン、もうお前は、終わったんだよ」

 

 嘉納(かのう)は見下すような目をして鼻で笑い、背を向けると、バスに乗り込んだ。過ぎ去るバスを見送ることなく、俺も再び歩みを進める。

 

「いいのかい? あんなことを言われたままで」

「別に。中学レベルで満足してる奴の戯れ言ですから」

「中学レベル?」

「それより、俺に何か用事ですか?」

 

「さすが察しがいいね」と、山崎(やまざき)は眼鏡を触り、小さく笑みを見せた。

 

 

           * * *

 

 

「うん、雰囲気のいい店だね。進学したらここで、バイトするのも悪くない」

「期待してますわ」

飛鳥(あすか)くんに言われたら、頑張らない訳にはいかないなー」

 

 おしゃれな和風カフェに場所を替えて。それぞれ注文した品が運ばれて来てから、改めて用件を訊ねる。

 

「もし仮に、どんな願いでも叶うとしたら、キミは何を願うかな?」

「はあ?」

 

 あまりにも唐突で突拍子のない質問に思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。

 

「心理テストの類いですか?」

「はっはっは、まあ、そんなところかな。で、どうだい?」

 

 まるで探りを入れるような視線。きっと嘘は簡単に見破られる。そう直感したから、真面目に答えた。

 

「特にないです」

 

 すっと視線を外し、隣の飛鳥(あすか)を見る。彼女は、うなづいて答えた。

 

「ふむ、本当にないみたいだね」

 

 山崎(やまざき)は、湯気の立つティーカップを持ったまま背もたれに深く体を預けて、ひとつ息を吐く。

 

「話と言うのは、魔女についてだよ」

 

 この二人が揃って来たんだ。まあ、そうではないかと思っていたから、特に驚きも戸惑いもしない。

 

「魔女には固有の能力以外にも、ある秘密が存在するんだよ。それは本来、朱雀高校の生徒会長以外知ってはならないタブー」

「......どんな願いでも叶うって、ヤツですか?」

「そう、その通り。7人の魔女を集めると、どんな願いでも叶えることが出来るんだよ」

 

 ティーカップをひとくち運んでテーブルに置いた山崎(やまざき)は、両肘をつき威圧するように組んだ手にアゴを乗せる。

 

「しかし、その重大な秘密を知ってしまった困った生徒が現れてしまった。彼は7人の魔女の力を使い。失われた記憶を取り戻そうと試みている。けれどそれは、必ず阻止しなければならない、なぜだと思う?」

「さあ? でも、学校ためだと言うことはわかります」

「正解。この話が校内に漏れれば、学校の秩序は崩壊してしまう。しかも、同じ魔女では一度しか儀式は行えない。そうなれば、以前の滝川(たきがわ)くんのように強行に出ることもあり得る。それだけは絶対に避けなければならない事案なんだよ」

 

 確かに、儀式のことが知れ渡れば悪用する輩は必ず出てくるだろう。ナンシーが躊躇する訳も、似たような理由なのかも知れない。

 

「けど、どうして俺に......?」

 

 すると山崎(やまざき)は、手を崩して――。

 

「キミから伝えて欲しくてね、山田(やまだ)くんに」

 

 ――やっぱり、恐ろしいわ。この人たち......。

 正面に座る朱雀高校生徒会長と秘書は、二人して微笑んでいる。どうやら、俺たちが山田(やまだ)のことを忘れていないことは既にバレているようだ。

 先日、宮村(みやむら)の家に泊まった翌日。俺たちは誰も、山田(やまだ)のことを忘れていなかった。

 その時、おそらく“7人目の魔女”の能力には一定の制限が存在するという仮説を立てた。

 

「僕の話は信用して貰えないからね。はっはっは!」

「日頃の行いが祟りましたね」

「おっと、痛いところを突いてくれるね。飛鳥(あすか)くんは」

「事実ですから」

 

 話が終わり、会計を済ませて店を出る。

 

「ごちそうさまです」

「いや、構わないよ。ところで、さっきの件だけど」

「はい、伝えておきますよ」

「いや、その話じゃなくて。最初の話だよ」

 

 ――最初の話......叶えたい願いがあるかって話か。

 

「儀式を使えば、キミの足を治すことも出来るんだよ?」

 

 なにを言うかと思えば、そんなことか。

 

「そんなことをして、何の意味があるんです」

「......やっぱり、キミを指名すべきだったと後悔しそうだよ」

「会長」

「分かっているよ。次期会長は、宮村(みやむら)くんだ。引き留めて悪かったね、それじゃあ、また......!」

「失礼いたします」

 

 どこか愉快そうに歩いて行く山崎(やまざき)と、軽く会釈してその後を歩く飛鳥(あすか)の背中を見送り。俺は、山田(やまだ)たちに向けて、メッセージを送った。


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