蒼く晴れ渡る秋の空。選手権大会東京都大会決勝トーナメント二回戦、朱雀高校対帝王学園の試合。勝てば数十年ぶりのベスト8進出が決まる一戦は、天候にも恵まれ、緑色の鮮やかな芝が映えるスタジアムで行われている。
試合は両校共に決め手を欠き、前半を0対0で終えて、ハーフタイムに入った。ピッチから戻って来た選手たちとベンチ入りメンバー、監督がベンチ裏の通路を歩いて、控え室へと入っていった。応援席から選手たちに拍手を送っていた応援団も席に座って、暫しの休憩に入る。
それは、俺たちも同じ。通路の自販機で温かい飲み物を買って、朱雀高校側の応援スタンドへ戻ると、隣の
「やれやれ、どうにか凌いだといった感じの展開だったね。息が詰まりそうだよ」
「いえ。むしろ、
「そうなのかい? 僕には、ずいぶん攻め込まれていたように思えたけど」
「私も、会長と同じように思いました」
「劣勢に見えるは、両チームの
よくわからないと言った様子の二人に、前半戦を記録したスコアブックを開いて説明。前半戦両校のボールの支配率は3:7の割合で終始ボールを支配され、寸でのところを辛うじて耐え忍ぶ、端か見れば圧倒的に劣勢な試合展開。だけど、こういう試合展開になることは、想定済み。
なぜなら、帝王学園はパスを多用してボールを支配するポゼッションサッカー。対する朱雀高校は、ディフェンスの要
「相手は、中盤に高い技術を持つ選手を中心にボールを回して、守備を崩す攻撃を仕掛ける。自陣の低い位置で守る守備型の
「ふむ、なるほどね。でも終始攻め込まれているのは、事実ではないのかな?」
「それは、そんなに気にすることじゃないです」
ハーフタイムのミーティングを終えた両軍の選手たちが出てきた。
エンドが替わった後半も前半と同様、帝王学園が圧倒的にボールを支配してゲームが進む。時間が経過するに連れて、元々低い朱雀高校のディフェンスラインが徐々に後ろに下がって行き、ゴール前まで攻め込まれる回数が増えていった。
――あと1メートル。あと、50センチ。もう少し、耐え抜け。
スタンドから、ピッチ全体の動きを注意深く観察。
ゴール前の混戦、ディフェンスが大きく前線へ蹴り出した。
「今のは、危なかったね」
「あっ。また、相手に取られてしまいましたわ」
クリアボールはタッチラインを割らず、相手のサイドバックがライン際でキープ。ディフェンスラインでパスを回し、ゴール前からセンターサークル付近まで戻って来た十番
――よし、かかった。
左手を上げて、
「ここで、バックパス」
「ん?」
「はい?」
読み通り、ヒールでボールを真後ろへ叩き、フォローに来ていたセンターバックの一人にボールを預け、ダッシュ。ボールを受けた選手はフワリしたフライボールで、ディフェンスの頭を越すパスを出し裏のスペースへ送った先に走り込んだ
「これは不味いのではないですか?」
「頭ひとつ分競り負けているね。これは、やられたかな」
「問題無いですよ。相手の本命は、別ですから」
「本命?」
空中の競り合い。帝王のフォワードが持ち前の長身を活かし競り勝ったが。ヘディングはシュートではなくポストプレイ、狙いは最初から左右に振られたディフェンスの間に出来たゴール正面のオープンスペースへ走り込んで来た、別のフォワードへのラストパス。
ゲームメイカー
帝王学園のディフェンス陣は手を上げてオフサイドだとアピールするが、線審は首を横に振る。相手キーパー以外の選手全員がセンターラインを超えていため、線審のオフサイドを宣言せず、プレイは続行。
「完璧」
「完璧って。まさか、この一連の流れを狙って作ったのかい?」
「当然ですよ、今までの劣勢は全て布石。相手選手を全員自陣へ引き込み、一瞬の隙を突くカウンターアタック」
独走する
試合時間は残り10分。この時間帯で先取点を奪えればグッと勝利を手繰り寄せられる。そう思った矢先、予想外のことが起きた。捨て身覚悟でペナルティエリアを飛び出した相手ゴールキーパーが手を使って、
「......やられた」
「相手が一人居なくなって、有利になったのではないのですか?」
「
「あの場面、抜かれていたら失点はほぼ確定。でも、フリーキックは守備が戻り、体勢を整えられる。それに加えて距離は20m弱、この距離なら止めれる可能性も十分にあるんです」
「なるほど、どうしても取っておきたかったワケだね」
「ええ。控えのキーパーを入れて、ディフェンスが一枚減っても攻撃力は変わらない」
地力では、
キッカーの
* * *
「何だか、スッキリしない結末だったね。ところでアレは、アリなのかい?」
試合終了後スタジアム内の通路を歩きながら、決勝点のプレーについて聞かれた。両校無得点で迎えた後半アディショナルタイム。ここまで辛うじてゴールを守ってきた朱雀高校は、ペナルティエリア内で相手選手を倒してしまい、ペナルティキックを与えてしまった。キッカーはファールを貰った
あのファールは、誤審。目の良い
「テクニックのひとつではあります。まあ俺は、好きじゃないですけど。あれは、美しくない」
「騙される方も悪いか」
「ふふっ、会長の得意技ですね」
「はっはっは、いやー、
まったく否定しないところが、
「おっと、噂をすればだね」
スタジアムの入場口で帝王学園サッカー部とバッタリ出くわした。ユニフォームと同様威圧的な黒系統のジャージ姿の部員たちが列をなして、横付けされた大型バスに乗り込んで行く。その中の一人が立ち止まり、歩みを変え、俺たちの前で止まった。
「久しぶりだな」
「ああ、しばらく」
そいつは、噂をしていた
「
一緒に居た制服姿の
「お前も、相変わらずだな。いつまであんなくだらないマネを続けるつもりだ?」
「フン、もうお前は、終わったんだよ」
「いいのかい? あんなことを言われたままで」
「別に。中学レベルで満足してる奴の戯れ言ですから」
「中学レベル?」
「それより、俺に何か用事ですか?」
「さすが察しがいいね」と、
* * *
「うん、雰囲気のいい店だね。進学したらここで、バイトするのも悪くない」
「期待してますわ」
「
おしゃれな和風カフェに場所を替えて。それぞれ注文した品が運ばれて来てから、改めて用件を訊ねる。
「もし仮に、どんな願いでも叶うとしたら、キミは何を願うかな?」
「はあ?」
あまりにも唐突で突拍子のない質問に思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。
「心理テストの類いですか?」
「はっはっは、まあ、そんなところかな。で、どうだい?」
まるで探りを入れるような視線。きっと嘘は簡単に見破られる。そう直感したから、真面目に答えた。
「特にないです」
すっと視線を外し、隣の
「ふむ、本当にないみたいだね」
「話と言うのは、魔女についてだよ」
この二人が揃って来たんだ。まあ、そうではないかと思っていたから、特に驚きも戸惑いもしない。
「魔女には固有の能力以外にも、ある秘密が存在するんだよ。それは本来、朱雀高校の生徒会長以外知ってはならないタブー」
「......どんな願いでも叶うって、ヤツですか?」
「そう、その通り。7人の魔女を集めると、どんな願いでも叶えることが出来るんだよ」
ティーカップをひとくち運んでテーブルに置いた
「しかし、その重大な秘密を知ってしまった困った生徒が現れてしまった。彼は7人の魔女の力を使い。失われた記憶を取り戻そうと試みている。けれどそれは、必ず阻止しなければならない、なぜだと思う?」
「さあ? でも、学校ためだと言うことはわかります」
「正解。この話が校内に漏れれば、学校の秩序は崩壊してしまう。しかも、同じ魔女では一度しか儀式は行えない。そうなれば、以前の
確かに、儀式のことが知れ渡れば悪用する輩は必ず出てくるだろう。ナンシーが躊躇する訳も、似たような理由なのかも知れない。
「けど、どうして俺に......?」
すると
「キミから伝えて欲しくてね、
――やっぱり、恐ろしいわ。この人たち......。
正面に座る朱雀高校生徒会長と秘書は、二人して微笑んでいる。どうやら、俺たちが
先日、
その時、おそらく“7人目の魔女”の能力には一定の制限が存在するという仮説を立てた。
「僕の話は信用して貰えないからね。はっはっは!」
「日頃の行いが祟りましたね」
「おっと、痛いところを突いてくれるね。
「事実ですから」
話が終わり、会計を済ませて店を出る。
「ごちそうさまです」
「いや、構わないよ。ところで、さっきの件だけど」
「はい、伝えておきますよ」
「いや、その話じゃなくて。最初の話だよ」
――最初の話......叶えたい願いがあるかって話か。
「儀式を使えば、キミの足を治すことも出来るんだよ?」
なにを言うかと思えば、そんなことか。
「そんなことをして、何の意味があるんです」
「......やっぱり、キミを指名すべきだったと後悔しそうだよ」
「会長」
「分かっているよ。次期会長は、
「失礼いたします」
どこか愉快そうに歩いて行く