黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode37 ~進展~

「あなた、いったい何を考えているのかしらっ?」

 

 小田切(おだぎり)の叱咤を甘んじて受けているのは、気まずそうな顔で正座をしているのは、白石(しらいし)......と入れ替わった山田(やまだ)。やむを得ず、白石(しらいし)宮村(みやむら)に真実を話したことを伝えると、白石(しらいし)の記憶を取り戻すことを決意。消された魔女の記憶を取り戻すためにしたキスの影響で、互いの体が入れ替わり、元の体に戻る前に白石(しらいし)は、大塚(おおつか)たちと同様に眠りについていた。

 

「慎重に行動しなさいって言っていたわよね? いったい何のために秘密裏にことを進めて来たと思っているのよ。記憶を操作されないためでしょ、違うっ?」

「は、はい、そうです」

 

 彼女がここまで怒っている理由は、説教を受けている山田(やまだ)がやらかした失態が原因。生徒会長の山崎(やまざき)が手を焼いていた、魔女の暴走を一先ず食い止めた報告と、魔女の能力を消す許可を得ようとした山田(やまだ)だったが、滝川(たきがわ)の記憶を校内で戻したことを“7人目の魔女”に勘づかれ、再び記憶を消されてしまった。

 ひとしきりの不満を言い終えた小田切(おだぎり)は、大きなタメ息をついて理由を尋ねる。

 

「そもそも、どうして校内で記憶を戻したのよ? リスクが高いのは、あなたにだって分かっていたでしょ」

「そ、それは、ノアのヤツを少しで早く安心させてやりたかったっつーか」

「どういうこと? 私が見た限り、すぐに問題行動を起こしそうな様子はなかったわよ、あの子」

 

 確かに。昨夜訪れたファミレスでも、宮村(みやむら)たちと軽口を言い合っていた。さほど切羽詰まっているようには思えなかった。

 

「放課後、ノアの様子を見に行ったんだよ。表向きには元気だったけど、たまにキツそうな表情(かお)するっつーか......。やっぱ、悩んでんだなって――」

 

 滝川(たきがわ)過去(トラウマ)を知っている山田(やまだ)だからこそ感じ取れた感覚。そういうことなら、これ以上強く批難は出来ない。

 

「ハァ、仕方ないわね。とにかく、会長の任期満了まで大人しくしていなさい。宮村(みやむら)が就任すれば、魔女の能力は消せるんだから」

「あ、ああ、分かった」

 

 素直に頷いた山田(やまだ)に、今度は宮村(みやむら)が質問をぶつける。

 

「お前の言い分は分かったけどよ。それがなんで、姉貴と関係あんだよ?」

「それな。一昨日猿島(さるしま)が、どうして記憶を消す必要があるんだって言ったんだ」

 

 ――覚えてるよな? と、俺たちに目を向ける。頷いて肯定すると、どこか安心した様子で続きを話す。

 

「だからさ。超研部のOGで、魔女の調査をしてたレオナなら何か知ってるんじゃないかって思ってよ。もしかしたら、7人の魔女全員の名前を知られちゃいけねぇ答えがそこにある気がするんだ......!」

「ふむ。山田(やまだ)にしては、意外と的を射てる考察かもな」

「俺にしてはって、どういう意味だよッ!」

「だって、オレの中じゃお前は学校一の問題児で、突然、超研部に入部を申し込んできたあげく、白石(しらいし)さんにフラれて、部活に顔出さなくなったヘタレだぜ?」

「ぐっ......」

 

 指摘が的中したらしく、顔を背けた山田(やまだ)を見て笑う宮村(みやむら)を横目に、充電中のスマホを起動させ時計に目を落とす。

 

「あのさ。行動するなら、早くした方がいいんじゃない」

「あん? なんだよ、急に」

「記憶を操作されたんだったら早くしないと。今の話も、いつ書き換えられるか分からないんだから」

 

 時刻を確認するのに使ったスマホを、三人に見やすいようテーブルの中央に置く。時刻は既に21時近くを表示していた。

 以前山田(やまだ)は、“7人目の魔女”から「効力が現れるまで最長24時間かかる」と注意を受けたと話していた。逆に言えば、24時間以内に効力が現れるということ。つまり、次の瞬間記憶を書き換えられても何らおかしくはない現状。

 

「今度は俺たちも、覚えていられるか分からないし」

「そうね。みんな、あなたの素行については覚えているみたいだから、きっと信じないわ」

「記憶を戻す方法を知ってても信じてもらえなきゃキス出来ねぇーワケだし。記憶は戻せないわな」

「......だよな」

 

 同じ超研部の仲間でさえも、山田(やまだ)を受け入れることはなかった。宮村(みやむら)たちよりも関係の薄い俺と小田切(おだぎり)は、なおさらだろう。今後、高確率で陥るであろう状況を憂い、うなだれる山田(やまだ)

 そこへ、安心させるような優しい言葉。

 

「大丈夫よ、山田(やまだ)くん」

白石(しらいし)!?」

「あら、起きたのね。気分はどうかしら?」

「平気。全部思い出したわ」

 

 横になっていた体を起こした白石(しらいし)は、山田(やまだ)と向き合う。

 

「もう一度記憶を失っても確実に思い出せる方法があるわ」

「ま、マジかよ、どうすりゃいいんだ!?」

「簡単よ。記憶を失った時、キスせざるを得ない状況であればいいの」

 

 ――キスせざるを得ない状況......ああ、そういうことか。

 とある方法を思いついた。でも仮に、思いついた方法が的中していたとしても、結構難題な気がしないでもないけど。山田(やまだ)に目をやる。スカートにも関わらずあぐらをかいて腕を組んで、首をかしげていた。どうやら、察していないようだ。

 

「キスせざるを得ない状況ってなんだよ、それ?」

 

 山田(やまだ)の問いかけに答えたのは、宮村(みやむら)

 

「なんだよ、わかんねぇのか? 簡単じゃねぇーか。今のうちにエロ写メ撮って脅すんだろ!」

「なッ!? っんなことしねーよッ!」

「サイテー! 絶対協力しないからっ!」

「だから、撮らねぇっての!」

 

 否定しても疑いの眼差しを向ける小田切(おだぎり)に、必死に弁解する山田(やまだ)を見て、宮村(みやむら)は愉快そうに笑い。白石(しらいし)も、懐かしむように微笑んでいる。

 ほんの少し前まで、よく見た光景。

 今回の件がすべてが片付いたら......今、ここに居ない伊藤(いとう)たちも一緒に、前と同じような賑やかな日々に、戻れるといいなと思った。

 

 

           * * *

 

 

 あの後すぐ、行動に移すために、宮村(みやむら)の家にお邪魔している。高級住宅が建ち並ぶ中でも一際目を引く、大きく立派な洋館。内装も外観の印象そのままに、とても豪華な造り。玄関を入ってすぐの吹き抜けの天井、一流ホテルにありそうなシャンデリアは広間を明るく照らし。壁には、ランプ型の間接照明やら、有名な画家の絵画などの美術品が飾られていて、ちょっとした美術館のような家。宮村(みやむら)の案内で、木造の手摺つきの階段を二階へ上がる。上りきった先の廊下で、山田(やまだ)は立ち止まった。

 

「じゃあ俺は、レオナと話をしてくる」

「待って。私も行くわ」

「気を付けろよ、白石(しらいし)さん。今は、山田(やまだ)の身体なんだからよ?」

「わかってるわ。行きましょ、山田(やまだ)くん」

「お、おう!」

 

 入れ替わったままの二人は、宮村(みやむら)の姉レオナと話をするため、彼女の部屋へ向かい。俺たちは、宮村(みやむら)の部屋で寝支度を始める。これが白石(しらいし)の言った記憶を失ったとしても、キスせざるを得ない状況を生み出す秘策。

 簡単にいえば、目を覚ましたときお互いの身体が入れ替わったままなら必ず戻ろうとする、と寸法。

 

「これで、最後のひと組ね。それにしても――」

 

 客間から持ってきた人数分の布団を敷き終えると、小田切(おだぎり)は部屋の中を見渡す。

 

「ほんっと広いわね。これだけお布団を敷いても、ぜんぜん余裕じゃない」

 

 ――まったくだ。

 宮村(みやむら)の自室は、自宅(うち)のアパートの間取りより広いと思う、でも――。

 

「物は、少ないね」

「それに意外と片付いてるわね。生徒会の仕事は、いつもテキトーなのに」

 

 部屋に設置してある冷蔵庫の缶ジュースを俺たちに差し出て、宮村(みやむら)はベッドに腰を下ろす。

 

「家政婦さんが、完璧こなしてくれてるからな。まっ、オレ自身あんま、部屋にいねーからってもあるけど」

「家政婦さんが居るって。どれだけお坊っちゃんなのよ......?」

 

 ごく普通の一般家庭では考えられない別世界の生活に、少し頭が痛くなってきた。ノックもなしにドアが開いて、レオナの部屋へ行っていた山田(やまだ)白石(しらいし)の二人が、どこか神妙な面持ちで戻ってきた。

 

「姉貴から、話は聞けたのか?」

「あ、ああ......一通りな」

「何よ? ハッキリしなさいよ」

「仕方ねぇだろ。よくわかんねーんだよっ」

「私も同じ。少し整理する時間が欲しいわ」

 

 二人はよほど衝撃的なことを聞かされたのか、動揺している。

 

「それなら先に、お風呂にしましょ」

「おっ、いいな。よし、山田(やまだ)、一緒に入ろうぜー!」

「ああ......って、ふざけんな! 俺は今、白石(しらいし)の身体なんだぞ!」

「だからじゃねーか」

 

 両手を胸の高さで前に出して、ワキワキ動かす宮村(みやむら)のいつもの悪ふざけに、小田切(おだぎり)は呆れ表情(かお)で大きなタメ息をついた。

 

「お風呂は1階にもあるみたいだから、私たちが先に使わせてもらうわ。行きましょ、白石(しらいし)さん」

「ええ、山田(やまだ)くん、着替え借りるわね」

「って、入れ替わったまま入る気かよっ!?」

「お風呂で記憶を失ったら困るでしょ?」

「それは、そうだけどよ......」

 

 躊躇する山田(やまだ)をよそに白石(しらいし)は、小田切(おだぎり)後に続いて部屋を出ていった。しばらくして戻ってきた女子二人の後、風呂を済ませて布団に入る。

 

「んじゃあ、電気消すぞー?」

 

 宮村(みやむら)がリモコンを使って、部屋の灯りを淡い間接照明に切り替える。静かで薄暗い部屋の中、白石(しらいし)が小さな声で「なんだか、合宿みたいね」と、ぽつりと言葉にした。

 

「......そうね。普通は、男女別々だけど」

小田切(おだぎり)さんが、一緒に泊まるって言ったんだろー?」

「そ、それは、三人だけだと危険だからよ。あんた、白石(しらいし)さんと入れ替わった山田(やまだ)に手を出すかもだし......!」

「いくらなんでもそれはねーよ。寝込みを襲うのは、オレの美学に反するからな。行くなら真っ向から行くぞ」

 

 ――それは、それでどうかと思うぞ。

 目をつむったまま、心の中でツッコミを入れておく。

 

「うっせーな。寝れねえだろー」

「へいへい、悪かったな。じゃあ、おやすみ~」

 

 深夜0時を過ぎに就寝。眠りについてからしばらく経って、ふと目が覚めた。周りからは、小さな寝息が聞こえる。枕元のスマホを手に取る。

 

「四時か......」

 

 環境が違うせいか。普段起きる時間より二時間も早く目が覚めてしまった。

 

「何だ、お前も起きたのか」

「ん? ああ、お前も早いな」

 

 小さな声で話かけてきたのは、宮村(みやむら)

 

「何か目が覚めちまってさ」

「俺も同じ」

「そっか。そう言えば、どうなったんだ? 例の子とはよ......!」

 

 また唐突もいいとことに、俗な話題を持ち出しやがった。

 

「別に、特に進展はないよ」

「仲は良いだろ?」

「そりゃまあ、悪くはないと思うけど」

「なんだよ。意外と奥手なんだな~」

「どっちが?」

「どっちもだろ?」

 

 声を殺して笑った宮村(みやむら)は、息を整えてから「ここはひとつ、オレが一肌脱いでやるよ」と、また笑った。

 

「何するつもりだよ?」

「まっ、そのうちわかるって。安心しろよ、悪いようにはしねぇからさ」

 

 そう言うと背中を向けて、毛布を深くかぶり直した。

 ただ面白がっているようにも思えなくない笑顔に一抹の不安を覚えながら、俺も再び目を閉じた。

 

           *  *  *

 

 週末。俺は一人、都内のスタジアムに足を運んだ。

 緑色の鮮やかな芝のピッチでは、これからここで試合を行う選手たちが、芝の状態を確かめるようにボールを蹴り、アップを行っている。ゴール裏の大型ビジョンに表示された、朱雀高校と帝王学園の文字。

 そう、今日は朱雀高校サッカー部がベスト8をかけて戦う試合が行われる日。

 ただ、明日から中間テストが始まるため、朱雀高校の応援席には部員の保護者と関係者が居るだけで、学校の生徒の姿はほとんど見当たらない。

 

「どうやら、間に合ったようだね」

「はい。ちょうど今から、試合開始のですわ」

「さて。隣いいかな?」

 

 両校の選手が入場し、試合が始まろうとした、正にその時――。

 朱雀高校生徒会長の山崎(やまざき)と秘書の飛鳥(あすか)が、スタジアムの客席に姿を現した。


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