黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode36 ~未知数~

授業と連絡事項のみのHRが終わり、放課後を迎えた。

 帰り支度もそこそこに立ち上がった伊藤(いとう)は教室のドアから顔を出して、警戒するように廊下の様子を伺っている。

 

「今日は、居ないわよね?」

「何やってんだ?」

 

 一足先に帰り支度を済ませた宮村(みやむら)が、声をかける。振り向いた伊藤(いとう)は、眉をひそめていた。

 

「昨日みたいに巻き込まれたくないから、ノアちゃんたちが居ないか確かめてたのよ」

「んなことかよ。アホやってないで、行くぞ」

「アホって! ちょっと、待ちなさいよぉー。ほら、アンタも行くわよっ!」

「先に行ってて。購買で飲み物買ってから行くよ」

「じゃあアタシ、オレンジジュース!」

「はいはい」

 

 スクールバッグを取りに戻った伊藤(いとう)と一緒に教室を出て、階段と渡り廊下、それぞれ別々の方向へと歩き出した。

 学食と一緒に完備されている購買で、人数分の飲み物を購入してから近くに空いているテーブルに腰を下ろし、ポケットからスマホを出して、昨日渋谷(しぶたに)からそれとなく聞いた内容のメッセージを送信。

 

『じゃあノアも、猿島(さるしま)と同じで、能力を消す方法を探してたってことか!』

『そうみたいね。“7人目の魔女”の能力で、玉木(たまき)のことを忘れているから、別の方法を探っていたということね。図書室とか、資料室を荒らしてた理由と繋がったわ』

『全部、玉木(たまき)のせいじゃねーか』

『なぜ、僕のせいなんだい!?』

『あら。あなたが、山田(やまだ)と会長の話を盗み聞きなんて姑息なマネしなければ、“7人目の魔女”の名前を知ることもなく、記憶を消されることもなかったんじゃなくて?』

 

 小田切(おだぎり)からのぐうの音も出ないほどの正論に対して、玉木(たまき)の返事は――。

 

『まだー? もうみんな、来てるわよー』

 

 ――わよ? いきなりどうした、と思ってよく見ると。届いたメッセージは、伊藤(いとう)からだった。画面上部に表示されているデジタル時計は、購買に来てからそこそこの時間が経過していた。どうやら少しのんびりし過ぎたようだ。

「用事があるから一旦抜ける」と、玉木(たまき)からの返信が届く前に打ち込み、スマホをポケットにしまって、超研部の部室へ急ぐ。

 

「おそーいっ。どこで油売ってたのよぉ」

 

 教科書を広げたテーブルでダレていた伊藤(いとう)が顔を上げて、口を尖らせた。ひと言謝って、ご所望のオレンジジュースの紙パックを置く。

 

「ごめん、これで許して」

「ありがとー、許してあげるっ。はい、うららちゃん」

「私も、もらっていいの?」

「どうぞ、みんなの分あるから」

「ありがとう」

 

 残りが入った袋をテーブルに置いて、空いている席に腰を下ろす。久しぶりに来た超研部の部室は、以前よりもヘンテコなグッズが増えていた。これらも全部、伊藤(いとう)が持ち込んだコレクションとのこと。その彼女の正面に座る椿(つばき)が、パックにストローを刺しながら聞いてくる。

 

小田切(おだぎり)ちゃんは、一緒じゃねぇの?」

寧々(ねね)ちゃんなら、家の用事があるから今日は来れないってー」

「へぇー、そうなのか」

「なに? アンタ。うららちゃんにフラれたからって、寧々(ねね)ちゃんに乗り換えるつもり?」

「マジかよ、ケンケンくん」

「ちげーよ! 宮内(みやうち)ってよく、小田切(おだぎり)ちゃんと一緒に居るだろ?」

「別に、いつも一緒に居るわけじゃないけど」

 

 確かに最近、“7人目の魔女“の件を話すために連絡を取り合うことは増えた。ただ、前に勉強してたのも廊下で偶然会ったからで。そもそも、クラスが違うし。休み時間に会いに行ったりもしない。放課後も、生徒会やらクラスの用事で一緒にならないことの方が多いし。椿(つばき)が言うほど、一緒に居る訳ではない。

 今日も昼に、朝比奈(あさひな)と週末の試合について話している時、五十嵐(いがらし)が「一応、滝川(たきがわ)の様子を見に行く」と昼休みに送ってきた三人でのチャットメッセージに「おねがいするわ」と返しただけで、他には特に何もない。

 と、事実を言ったところで簡単にはいかないことは想定内。

 期待通り、伊藤(いとう)は疑念と好奇心が混じった視線を向けてくる。

 

「怪しいわね」

「まぁ、どうでもいいじゃねぇか。それよか――」

 

 追及を受ける前に、宮村(みやむら)が、助け船を出してくれた。

 そして、次に続く言葉で部室の空気がいっぺんすることとなった。

 

 

           * * *

 

 

「最近、日が沈むの早くなったね」

 

 隣の白石(しらいし)の歩幅を合わせて、学校帰りの学生や、買い物客で賑わう。眩しいほどキレイな茜色の夕焼けが染める、街の商店街を並んで歩く。

 

「ええ、本当。みんなでプールに行ったのも、花火大会に行ったのも。つい、この間だった気がするけど」

「早いね」

 

 気がつけばもう、10月も半ば過ぎ。日に日に早まる日の入りと比例して、外の気温も低くなり出し、来週のテストが終われば11月。そろそろ冬支度を始める時期に入る。今年もあと、残り二ヶ月余り。

 そしてそれは、俺たちの高校生活も半分を切ったということ。

 あと半分もある、もう半分しかない。どっちの感情を抱くかは人によるだろうけど、今の俺にとっては後者。もう、半分を切ったという思いの方が圧倒的に強い。特に、二年に進級してからは顕著に感じている。

 

「あっ、そうだわ」

 

 ほぼ毎日通っている塾の前に着くと、白石(しらいし)は思い出したように顔を向ける。

 

「テストが終わったら、文化祭の打ち上げをやることになったの」

「へぇ、そうなんだ」

「ええ、だから――」

 

 一瞬、ひんやりとした風が商店街を抜けた。

 背中まで伸びる、綺麗で艶やかな長い髪を風に揺らす。乱れた前髪を直しながら、白石(しらいし)は――。

 

「必ず参加してね。それじゃあここで、また明日」

 

 微笑んだ白石(しらいし)は返事を聞くことなく、くるりと背を向けると、少し早足で塾の中に入っていった。彼女の背中を見送りながら、今の柔らかな微笑みは本来俺に向けられるハズのない笑顔(モノ)のだと、それは痛いほど感じている。

 

「――何やってんだよ」

 

 小さく呟いた声は、街の雑踏に紛れ、人知れず消えていった。

 

 

           * * *

 

 

 白石(しらいし)と別れた後、朱雀高校の最寄り駅に足を運んだ俺を、ベンチで待っている影。

 

「ごめん、待たせちゃった」

「私も今、着いたところよ」

 

 待っていた小田切(おだぎり)は、私服姿。デコルテの広いニットのトップスに、花柄がアクセントの膝上丈のスカートと秋らしいファッション。

 

「それじゃあ、さっそく行きましょ」

五十嵐(いがらし)は?」

朝比奈(あさひな)くんに捕まって、試験勉強しているみたい。滝川(たきがわ)さんたちと一緒にね」

「また、捕まったんだね」

 

 超研部で話をしている時小田切(おだぎり)からグループチャットではなく、個別にメッセージが送られて来た。玉木(たまき)が、能力を消すことを一旦保留したという内容。未読のままだったメッセージを確認すると、生徒会長山崎(やまざき)の許可無く独断に行動すると逆鱗に触れる恐れがあるため、宮村(みやむら)が正式に就任するまで待って欲しい、というむねが記されていた。

 待ち合わせした駅から歩くこと数分、目的の店舗に到着。カラオケ、と記された大きな看板が一際目を引く。自動ドアを通り、カウンターで受付を済ませ。いくつもの扉が列なる長い廊下は防音対策がとられているとはいえ、漏れた楽曲と歌声があちらこちらから響いていくる。受付で指定した部屋を素通りし、大音量が響く隣の部屋に入る。

 部屋の中には、朱雀高校の制服を着た男女。ナンシーと、シドの二人が居る。マイクを手にノリノリで歌うナンシーは、俺たちが入って来たことに気づいても構わず歌い続ける。シドは座って待つようにと、ソファーのスペースを開けてくれた。曲が終わりマイクをテーブルに置いて、コーラが注がれた汗をかいたグラスを口に運ぶ。

 

「ぷはぁーっ、スッキリしたー!」

「いいかしら?」

「ああ、いいよ。それで、なんだい? アタシに聞きたいことってのは」

「あなたに聞きたいのは――」

 

 玉木(たまき)に奪って貰う以外で、能力を消す方法。

 

「能力を消す方法ねぇ......」

 

 ナンシーは腕を組んで、難しい表情(かお)を見せる。

 宮村(みやむら)が、生徒会長に就任すれば玉木(たまき)が魔女の能力を奪ってくれる約束はしている。けど、それは早くて来月以降の話し。待てば済む話なのだが、他に方法があれば、より早く能力を手放すことが出来るかもしれない。

 そこで、“7人目の魔女”で魔女のことを熟知しているナンシーに会いに来た。

 

「まあ、無くはないよ」

「えっ、ほんと!?」

「ちょっと落ち着きなよ」

 

 身を乗り出した小田切(おだぎり)が座るのを待って、ナンシーは続きを話し出す。

 

「アタシが知る限り、魔女の能力を消すには、儀式しかないだろうね」

「儀式? ああ、あのどんな願いでも叶うってやつね」

 

 後夜祭で聞いた、7人の魔女を集めると願いが叶う儀式の話。ナンシーは以前儀式を行って、当時1年だった小田切(おだぎり)たちの記憶を消したと話していた。

 

「じゃあ、儀式を使えば、魔女の能力を消すことが出来るのねっ」

「そいつは分からないね。魔女は常に7人、儀式を行うには7人の魔女全員の協力が必要なのは前にも話したろ。だけど実際、魔女は全部で14人存在していた。つまり、アタシが把握している残りの魔女6人と、寧々(ねね)側の魔女は別グループってわけさ」

 

 つまり、“7人目の魔女”が二人存在することから、どこまで干渉出来るかは不鮮明、未知数。ナンシーのグループで儀式を行っても、お互いが干渉出来なかった場合は、儀式が無意味に終わることも考えられる。。

 

「そうなると確実に能力を消すためには、小田切(おだぎり)さん側の“7人目の魔女”の協力が必要不可欠なわけだ」

「そういうことさ。それで、もう一人の“7人目の魔女”ってのは、どんなヤツなんだい?」

「さあ、知らないわ」

 

 山田(やまだ)の話を聞いて、記憶を操作される可能性を考え、“7人目の魔女”の名前をあえて聞かない判断をした。だから、山田(やまだ)玉木(たまき)の記憶を操作した魔女の名前も、外見も一切分からない。

 

「他の魔女ために活動してねぇのか?」

「少なくとも私は、助けられた覚えはないわね」

「薄情な魔女だな! ナンシーなんて――」

「よしな、シド! 考え方は人それぞれさ」

 

 不意に、ナンシーと目が合う。どうやら、ここは居ない方が円滑に事が進みそう。テキトーな理由付けでシドを連れだし、魔女同士の時間を作る。退出時間を待たずしてカラオケを出ると、茜色だった街は人工的な光が照らすネオン街に様相を変え、すっかり夜の繁華街。

 

「ごめんね」

「どうして、あなたが謝るのよ?」

「結局、一曲も歌えなかったし」

「別にいいわよ。今日は、ナンシーと話をするのが目的だったんだから」

 

 飲み物を用意するためドリンクバーに向かっている途中、宮村(みやむら)からメッセージが来た。文面から何やら緊急の用事らしく、駅で待ち合わせをすることに。

 

「悪いな。呼び出してって、小田切(おだぎり)も居るじゃねぇか」

「何よ、何か文句あって?」

「イヤ、文句はねぇけど。むしろ、オレが邪魔した感じじゃね? デートしてたんだろ? 服も気合い入ってるしよ!」

 

 いつもの調子でおちょくる宮村(みやむら)。どうやら思っていたほど、事態は切羽詰まった用件ではないみたいだ。普段と変わらない軽口に、小田切(おだぎり)もいつものように食って掛かる、と思っていたら――。

 

「そうよ、せっかくのデートが台無しだわ。ふんっ!」

 

 想定外の返しに、宮村(みやむら)は口を手で覆って顔を逸らす。

 

「......マジだったのかよ。なんか、悪かったな」

 

 宮村(みやむら)が謝った瞬間、小田切(おだぎり)は勝ち誇ったような笑みを一瞬見せるとくるっと身を翻し、改札の方へ体を向けた。

 

「それじゃ、私は――」

「ちょっと待て。ちょうど、お前にも話しておきたいことがあったんだよ」

 

 商店街のスーパーで夕食の買い物(宮村(みやむら)の奢り)をして自宅アパートへ帰る途中ばったりと出会した、塾帰りの白石(しらいし)も一緒に夕食を食べることになった。

 女子二人が作ってくれた夕食を、四人で囲む。

 

「でさ。家でDVD見てたら急に、山田(やまだ)のヤツが来て。いきなり、姉貴に会わせろってよー」

山田(やまだ)くんが、宮村(みやむら)くんのお姉さんを訪ねて?」

「ワケわからねぇーだろ。そもそもオレ、アイツに姉貴のこと話した覚えはねぇし」

 

 宮村(みやむら)の愚痴を聞きながらさり気なく、小田切(おだぎり)に視線を送る。一切の相談もなく取った山田(やまだ)の単独行動を聞いてか、呆れた様子でタメ息をついていた。テーブルの下でスマホを操作して「二人に伝えようか? このまま不信に思われてたら、面倒なことになりそうだよ」と、彼女にメッセージを打つ。返信は、すぐに返ってきた。

 

『そうね。山田(やまだ)の行動が、会長の耳に入ったら困るわ』

 

 互いにスマホから目を外して頷き合い。宮村(みやむら)白石(しらいし)と向き合う。

 

「二人に話があるんだ」

「ん?」

「なんだよ、改まって? まさか――!」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる宮村(みやむら)を、小田切(おだぎり)が咎める。

 

「黙って聞きなさい。あなたたちに取って重大なことよ」

「へいへい。で?」

「これだよ」

 

 猿島(さるしま)大塚(おおつか)の説得にも使った花火大会、プールで取った写真を見せ、二人が“7人目の魔女”の能力の影響を受けていること、山田(やまだ)とキスをすることで記憶を取り戻せることを伝える。

 宮村(みやむら)白石(しらいし)は、自分のスマホを手にしてメールや発着信履歴などを確認して――。

 

「ふむ。マジみたいだな。道理で、超研部(オレたち)のことに詳しかったワケだぜ」

「ええ、納得がいったわ」

 

 最初は半信半疑で戸惑っていたが。山田(やまだ)が、超研部に積極的に関わろうとしていたことに疑問と違和感を感じていた二人は、すんなりと信じてくれた。

 

「それで、あんたの話ってなんなの? 私にもあるんでしょ?」

「おお、そうだったな」

 

 メッセージで呼び出した山田(やまだ)を待っている間に、駅で宮村(みやむら)が言っていたことを、小田切(おだぎり)は尋ねる。

 

宮内(みやうち)白石(しらいし)さんには、部室で言ったけど。オレ、正式に次期生徒会長に指名されたぜ......!」

「あっそ」

「もうちょい興味持てないのかよ? ツレねぇなー」

 

 どうでもよさそうにスマホを手にして、小田切(おだぎり)はめんどうそうにタメ息をつく。

 

「で。それがどうして、私に関係あるのよ?」

「そりゃ決まってんだろ? 小田切(おだぎり)さんを、次期生徒会役員に指名するつもりだからさ」

「イヤよ! どうして、あなたの下で働かなきゃならないのよ!」

 

 宮村(みやむら)は拒否されたにも関わらず、腕を頭の後ろで組んで笑った。それはまるで、小田切(おだぎり)が役員になることを了承する確信を持っているような笑顔に思えた。

 

「言っておくけど。何度頼まれても引き受けないわよっ」

「まっ、その話の続きは今回の件が決着してから改めてしよーぜ。出来れば、今週中に終わらせたいな......」

 

 来週から、中間試験が始まる。

 宮村(みやむら)が言ったことは、ここに居る全員の共通する思いだった。


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