黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode35 ~夜空の誓い~

 昼休み。弁当と、自販機で購入した温かいお茶のボトルを持って、宮村(みやむら)と話をしながら階段を昇り、校舎最上階の踊り場の扉を潜って、屋上へ出る。屋上には、先客が居た。

 秋らしい雲が広がる青空。昨日よりは暖かいが、やや肌寒さを覚える風が通り抜ける秋空の下、転落防止の手すりに身体を預けて、東京の街並みを眺めている。

 

伊藤(いとう)さんじゃん」

「あれー、なんでアンタたちがいるのよ?」

 

 宮村(みやむら)に声をかけられた伊藤(いとう)は、顔だけをこちらに向けて、不思議そうな表情(かお)をして小さく首をかしげた。

 

「じゃあアンタたちはよく、屋上でお昼食べてるってわけ?」

「オレは時々な。宮内(みやうち)は、ほぼ毎日だよな」

「一年生の頃からよね。屋上へ来ると、いつも居たもの」

「ああー、うん。もう、半分日課みたいなものかな」

 

 昨日と同じ場所、校舎の外壁のひなたに座り、日直の用事で遅れて屋上へやって来た白石(しらいし)を加えて、四人での昼食。同じクラスの伊藤(いとう)宮村(みやむら)とは、雨の日なんかに教室で一緒になるけど。白石(しらいし)と一緒に食べるのは、いつ以来だろうか。

 

「うーん、うららちゃんと宮内(みやうち)ってさー。一年の頃から仲よかったんでしょ? アルバムも一緒に写ってたし」

「同じクラスだったからね」

「ええ」

「ふーん。それだけ?」

 

 パックジュースをひとくち口にして、伊藤(いとう)は探るような視線を俺たちに向けてくる。白石(しらいし)には、好意を抱いている相手がいる。一年の初夏の頃、彼女本人から聞いた話。その相手は、俺じゃない。

 だから、俺の答えは当然――。

 

「友達。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「少し違うわ。友達じゃない」

 

 隣に座っている白石(しらいし)から、まさかの否定。彼女を見ると、いつもと変わらぬ表情で食べ終わった弁当箱を丁寧に片付けている。伊藤(いとう)宮村(みやむら)も、白石(しらいし)の次の言葉に注目している。片付けを終えた白石(しらいし)は、弁当箱を横に置いてから答えた。

 

「だって、ただの友達じゃないから――」

 

 顔を上げると、彼女は小さく微笑んだ。

 

「私たちは、親友だもの」

 

 

           * * *

 

 

「終わった~」

 

 午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、授業担当の教師が教室を出ていくと、斜め前の席の伊藤(いとう)が、机に突っ伏した。

 

「お疲れさま」

「ホントよぉ、ここんところ小テストばっかりでイヤになるわ」

「なに言ってんだよ」

 

 伊藤(いとう)の隣で帰り支度をしてる宮村(みやむら)が、意地悪そうな笑みを浮かべる。

 

「本番は、来週なんだぜ。小テスト程度でへばってるようじゃ先が思いやられるな~」

「わ、わかってるわよっ」

「あはは」

 

 二人のやり取りに笑いながら、サイレントモードにしておいたスマホをバッグから取り出すと、不在着信を知らせるランプが点滅していた。不在着信は例のチャットメッセージ、山田(やまだ)から始まっていた。

 

大塚(おおつか)の記憶は戻ったし。あとは、ノアだけだな!』

『その彼女が一番厄介なのだけどね』

『まあ、そうね。(うしお)くん、滝川(たきがわ)さんの様子はどうかしら?』

『昼休みに空き教室を覗いてみたが。四人で、何やらモメているようだったぞ』

『モメごとね。ちょっと気になるわね』

 

 小田切(おだぎり)のメッセージの後に打ち込み、送信をタップ。

 

渋谷(しぶたに)に聞いてみるよ』

『おおーっ! そういえばお前が前の時も、渋谷(しぶたに)と話をつけたって、宮村(みやむら)が言ってたな!』

『それなら期待できるね。じゃあ僕は図書室で、ラノベの続きを読みながら報告を待つことにするよ』

『そのノアって子、前は、魔女を退学させるのが目的だったんでしょ? 猿島(さるしま)さんと大塚(おおつか)さんに注意を促しておくわ』

『俺は、そうだな。もう一度、(れん)と話してみるか』

『俺は、どうすっかなー?』

『おとなしく勉強しておけ。また、赤点を取って補習になるぞ』

『うっせー!』

 

 各々することが決まり、やり取りを終える。サイレントモードからマナーモードへ切り替えて、ポケットにスマホをしまおうとした時、着信を知らせる震動が手に伝わった。着信は、個人宛のメッセージ。送信者は小田切(おだぎり)で、内容は「自習室に居るから」と一言だけ綴られていた。

 

「おーい、聞いてるー?」

 

 画面から目を話すと、目の前に伊藤(いとう)の顔があった。目を細めて、不服そうな表情をしている。

 

「ごめん。返事返してた」

「アンタ、さっきから誰とメールしてんのよ。いっぱい着てたみたいだけど」

「女か?」

「正解、女の子」

「マジかよ! 誰だよっ?」

「わかった、うららちゃんでしょっ!」

「残念ハズレ、小田切(おだぎり)さん」

 

 了解と返事を返し、改めてスマホをしまう。

 

寧々(ねね)ちゃんかぁ」

「そう。自習室で、中間の勉強しようって話」

「なら、ちょうどいいじゃねぇか」

「アタシたちもみんなで、勉強しようって言ってたのよ」

「ああー、そうなんだ」

「ってことで、小田切(おだぎり)も呼んで超研部行こーぜ」

 

 宮村(みやむら)は席を立ち、伊藤(いとう)はスマホをいじる。予定外の展開だけど、夜に話せばいいと思い。二人と一緒に教室を出て、階段に差し掛かったところで、俺は足を止めた。

 

「ちょっと用事があるから、先に行ってて」

「おう」

「おっけー。じゃあアタシたちは先に、部室に行ってるから」

 

 二人は部室棟への渡り廊下へ。俺は昼休みに四人が居たという空き教室へ向かうため、階段を下ろうと背を向けた時だった。突然背中に、ドンッと軽い衝撃が走った。

 何事かと思い振り返ってみると、そこにはついさっきまでチャットで話題に上がっていた魔女――滝川(たきがわ)ノアが居た。彼女はどこか怯えた様子で俺と階段の陰に、小さな体をさらに小さく丸めて隠れる。

 

「えっと、キミは――」

「センパーイッ!!」

 

 どうすべきか思考を巡らせていると、大声と共に宮村(みやむら)伊藤(いとう)を避けて、渡り廊下から走ってくる男子生徒。

 

渋谷(しぶたに)か?」

「センパイ、助けてください......!」

「は?」

「ちょっとアンタねっ、危ないでしょ!」

 

 伊藤(いとう)がやや眉をつり上げながら、渋谷(しぶたに)に文句を言うため戻ってきた。

 

「ケガしたわけでもねぇし、許してやれよ。それに何か、ワケありみてーだしな......!」

 

 少し遅れて来た宮村(みやむら)は、伊藤(いとう)とは対照的にニヤリと笑みを浮かべている。

 

「で、どうしたの?」

「た、助けてください......」

 

 滝川(たきがわ)も、渋谷(しぶたに)と同じ言葉を口にした。

 

「いったい、何があったのよ?」

「オレたち追われてるんです。オ、鬼に......!」

「鬼? 鬼って、童話とかに出てくる、あの鬼のこと?」

「ワケわかんねぇーな」

 

 渋谷(しぶたに)の話は要領を得ないが、。どうやら二人とも、何かから逃げて来たことは間違いないようだ。

 

「き、来たぁーッ!」

 

 渋谷(しぶたに)が鬼と称した人物が、渡り廊下をこちらへ向かい歩いて来る。まだ遠目のため顔は認識出来ないが、その制服から男子生徒と判明。彼の後ろに、数名の生徒が重い足取りで歩いている。

 そして、鬼と呼ばれた生徒の正体が明らかになった――。

 

「って、朝比奈(あさひな)じゃないか。どうしたんだ?」

 

 渋谷(しぶたに)を追ってきたのは、普段の裸眼とは違い黒縁眼鏡をかけたサッカー部の朝比奈(あさひな)。後ろに居るのは、滝川(たきがわ)の友人の様子を見に行った五十嵐(いがらし)

 

「誰か居ると思えば、宮内(みやうち)か。悪いが今は、そこで逃げようとしているバカに用があるんだ」

 

 朝比奈(あさひな)は、こっそり階段を下りよう試みていた渋谷(しぶたに)の肩をガッツリホールド。

 

「貴様、逃げられると思うなよ?」

「......は、はい」

 

 スケープゴートに失敗した渋谷(しぶたに)は重い足取りで、朝比奈(あさひな)の後ろを滝川(たきがわ)たちと一緒に着いて歩く。

 

「暇なら、お前たちも来るといい」

 

 そのまま成り行きで着いて行くことになり、白石(しらいし)椿(つばき)にも連絡して合流。着いた先は、生徒会室近くの会議室。会議室内には、サッカー部の部員が学年問わず十名ほど居て、用意された席でノートと教科書を広げて、勉強していた。この場合はさせられているが適当な表現だろう。

 二次予選まっただ中のサッカー部は今週末、ベスト8進出を賭けた一戦に望む。

 しかし朱雀高校は、東京都内でも指折りの進学校。試験で赤点を取った生徒は、補習が終わるまで部活動禁止と規定されているため。一学期の期末試験の結果から平均以下だった部員が、ここ一週間この会議室へ集められている。

 

「さて、では始めるとしよう。今日は、数学だ」

 

 監督役の朝比奈(あさひな)は、ホワイトボード前の机に用意されたプリントを配り出した。配られたプリントとは、中間テストの範囲から厳選された問題用紙。

 

「なんで、アタシたちまで......」

「まあ、良いじゃねぇか。どうせ、勉強する予定だったんだしよ。問題集用意してくれるなんてラッキーじゃん」

「まあ、そうだけどね~」

「私語は慎めッ!」

「は、はいっ!」

 

 注意されて、かしこまる伊藤(いとう)。その様子を見た宮村(みやむら)が、小声で話しかけてきた。

 

「おい。なんか朝比奈(あさひな)の奴、キャラ違くねぇか?」

「眼鏡掛けるとスイッチが入るんだよ」

「そんなマンガみたいなヤツなのかよ!? おっと......」

 

 ホワイトボード前の机に戻っていた途中の朝比奈(あさひな)が振り返った。俺たちは、すぐさま話を止め問題用紙に向き合い問題を解き始めて、しばらく――。

 

「う、うぅ~......これ、ムズすぎよぉ......」

「確かに、こりゃかなりイヤらしいな。基礎を完璧に理解してないと解けねぇ問題ばっかりだ」

「やべぇ、おれ、半分位しかわかんねぇかも......」

 

 朝比奈(あさひな)が用意した問題は、出題範囲の中でも特に難しいところが厳選されている。たぶん、実際に出される中間テストの問題よりも、ずっと難問だと思う。

 

「出来たわ」

「うららちゃん、はやっ!」

 

 皆が悪戦苦闘する中、白石(しらいし)が全問解き終わってから五分後。

 

「そこまで! 答案用紙を持って来い、採点はオレがする」

 

 

           * * *

 

 

「疲れた~......」

 

 俺のバイト先、フットサルコート隣接のファミレステーブルに突っ伏した伊藤(いとう)を見た小田切(おだぎり)は、どこか面白くなさそうに頬杖をついた。

 

「なかなか来ないと思ったら、そんなことをしていたのね。連絡くらいしてくれてもいいんじゃないかしらっ?」

「すぐに終わると思ったんだけど、時間かかっちゃって。ごめんね」

「まあ、いいわ」

「けど、来ないで正解だったと思うぞ。おれは」

「どういう意味よ?」

椿(つばき)の言う通りよっ。アイツ、鬼よ......!」

 

 窓の外、ナイターの灯りに照らされた鮮やかなグリーンの人工芝のピッチで、サッカー部の面々とフットサルをプレー中の朝比奈(あさひな)に恨めしそうな視線を、これでもかと伊藤(いとう)は向ける。

 

「アイツ、ほんと容赦ないんだからっ。合格点に1点でも足りないと問答無用でやり直しさせるのよっ。それも問題を変えて、何度も何度も!」

伊藤(いとう)さん、苦労してたもんね。それに、あの子たちも――」

 

 隣のテーブルで脱け殻のようになっている滝川(たきがわ)と友人二人。もう一人の友人渋谷(しぶたに)は、フットサルコートで練習中。

 

「巻き込まれたあの三人は悲惨だよなー。特に、深沢(ふかざわ)ちゃん」

「成績学年トップのプライド、ズタズタにされてたもんねー」

「学年一位? だからなんだ。戯れ言は、最低でも全国で二桁以内に入ってからほざけ。だもんな」

「うららちゃんに聞いたんだけど。同じ塾に通ってて、成績は常に5位以内。全国模試でも30番落としたこと無いんだって!」

 

 伊藤(いとう)たちの話を聞きながら、隣のテーブルに目を移す。

 

五十嵐(いがらし)せんぱーい。ノア、チョコレートパフェが食べたいですぅ」

「頼めばいいだろう。自分のこづかいで」

「は? なにそれ、ウザイんですけど。じゃあ、宮村(みやむら)先輩でいいです」

「よし、なら脱いでもらおうか!」

「ちょーキモい!」

 

 同じテーブルの五十嵐(いがらし)たちが、滝川(たきがわ)にたかられていた。山田(やまだ)たちから聞いていた印象と、だいぶ違う。とても問題行動を起こしそうな雰囲気は感じない。多少口は悪いけど。まあ、あとでちゃんと話してみよう。

 そう思っていると、テーブルに置いたスマホが鳴った。朝比奈(あさひな)からの呼び出し、フットサルコートへと向かう。

 

「おつかれ」

「ああ、サンキュー」

 

 朝比奈(あさひな)からホット缶コーヒーを受け取り、歩道沿いの飛び出し防止ネットを支える石柱に寄り掛かる。

 

「あと、これ」

「解析か」

「ああ、今週末ベスト8を賭けた対戦相手。帝王学園の試合」

 

 ――帝王学園。中学時代のチームメイトが居る高校。

 

「目を通してくれると助かる。お前の感想を聞きたい」

「了解、見ておくよ」

「サンキュー。じゃあオレ、塾だから」

「おう」

 

 DVDに目を落とす。アイツの試合か、前の動画を見る限り、今さら観ても――。

 

「何か考えごと?」

「え?」

 

 突然声をかけられ振り向くと、歩道に白石(しらいし)が立っていた。どうやら、塾帰りのようだ。

 

「それは?」

「サッカーの試合だよ。次の対戦相手の感想を聞かせてくれって、朝比奈(あさひな)が」

「そう。私も一緒に見てもいいかしら?」

 

 クラブハウスへ移動し。店長の許可を貰って、プレーヤーにセットして再生ボタンを押す。テレビ画面に、帝王学園の試合映像が映し出された。前半5分に早々と先制点をあげると、試合は一方的に進んでいった。前半のアディショナルタイムを迎えた時点で、既に3点のリード。後半始まってすぐに追加点を加え、一気に勝負を決めた。

 

「これが、次の対戦相手なのか」

「めちゃくちゃ強いんじゃねぇの?」

 

 感想を述べたのは、なかなか戻って来ない俺の様子を見に来た五十嵐(いがらし)宮村(みやむら)

 

「この人が、宮内(みやうち)くんに似てるって人?」

 

 小田切(おだぎり)が、司令塔ナンバーの10番を背負う選手を指差す。

 

「そう。中学の時のチームメイト」

「ふーん、あんまり似てないと思うけど」

「私も、そう思うわ。それになんだか。この人たち――面白くなさそう」

 

 最初から一緒に試合を観ていた白石(しらいし)が言い放った言葉は、俺が抱いていた感想と全く同じだった。

 

 

           * * *

 

 

 小田切(おだぎり)滝川(たきがわ)を駅へ送り、白石(しらいし)と一緒に家路を歩く。

 

朝比奈(あさひな)くんたち、勝てそうなの?」

「そうだねぇ」

 

 夜空を見上げて考える。

 フットサルコートで見た練習と試合風景、帝王学園の試合を思い返しながら客観的に戦力分析。

 

「限りなく五分に近い四:六ってところかな」

「じゃあ、宮内(みやうち)くんが入ったら?」

「どうかな。サッカーは、個人競技じゃないから」

「そう」

 

 なんとなく少し元気のない返事に感じた。

 

「やっぱり、前言撤回。勝つよ。今年は出場出来ないけどね」

「じゃあ、来年応援に行くわ」

「うん、待ってる」

 

 夏から冬の星座へ移り変わり始めた、初秋の夜空の下。

 お互い声には出さなかったけど、それでも心の中で約束を交わした。


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