昼休み。弁当と、自販機で購入した温かいお茶のボトルを持って、
秋らしい雲が広がる青空。昨日よりは暖かいが、やや肌寒さを覚える風が通り抜ける秋空の下、転落防止の手すりに身体を預けて、東京の街並みを眺めている。
「
「あれー、なんでアンタたちがいるのよ?」
「じゃあアンタたちはよく、屋上でお昼食べてるってわけ?」
「オレは時々な。
「一年生の頃からよね。屋上へ来ると、いつも居たもの」
「ああー、うん。もう、半分日課みたいなものかな」
昨日と同じ場所、校舎の外壁のひなたに座り、日直の用事で遅れて屋上へやって来た
「うーん、うららちゃんと
「同じクラスだったからね」
「ええ」
「ふーん。それだけ?」
パックジュースをひとくち口にして、
だから、俺の答えは当然――。
「友達。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「少し違うわ。友達じゃない」
隣に座っている
「だって、ただの友達じゃないから――」
顔を上げると、彼女は小さく微笑んだ。
「私たちは、親友だもの」
* * *
「終わった~」
午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、授業担当の教師が教室を出ていくと、斜め前の席の
「お疲れさま」
「ホントよぉ、ここんところ小テストばっかりでイヤになるわ」
「なに言ってんだよ」
「本番は、来週なんだぜ。小テスト程度でへばってるようじゃ先が思いやられるな~」
「わ、わかってるわよっ」
「あはは」
二人のやり取りに笑いながら、サイレントモードにしておいたスマホをバッグから取り出すと、不在着信を知らせるランプが点滅していた。不在着信は例のチャットメッセージ、
『
『その彼女が一番厄介なのだけどね』
『まあ、そうね。
『昼休みに空き教室を覗いてみたが。四人で、何やらモメているようだったぞ』
『モメごとね。ちょっと気になるわね』
『
『おおーっ! そういえばお前が前の時も、
『それなら期待できるね。じゃあ僕は図書室で、ラノベの続きを読みながら報告を待つことにするよ』
『そのノアって子、前は、魔女を退学させるのが目的だったんでしょ?
『俺は、そうだな。もう一度、
『俺は、どうすっかなー?』
『おとなしく勉強しておけ。また、赤点を取って補習になるぞ』
『うっせー!』
各々することが決まり、やり取りを終える。サイレントモードからマナーモードへ切り替えて、ポケットにスマホをしまおうとした時、着信を知らせる震動が手に伝わった。着信は、個人宛のメッセージ。送信者は
「おーい、聞いてるー?」
画面から目を話すと、目の前に
「ごめん。返事返してた」
「アンタ、さっきから誰とメールしてんのよ。いっぱい着てたみたいだけど」
「女か?」
「正解、女の子」
「マジかよ! 誰だよっ?」
「わかった、うららちゃんでしょっ!」
「残念ハズレ、
了解と返事を返し、改めてスマホをしまう。
「
「そう。自習室で、中間の勉強しようって話」
「なら、ちょうどいいじゃねぇか」
「アタシたちもみんなで、勉強しようって言ってたのよ」
「ああー、そうなんだ」
「ってことで、
「ちょっと用事があるから、先に行ってて」
「おう」
「おっけー。じゃあアタシたちは先に、部室に行ってるから」
二人は部室棟への渡り廊下へ。俺は昼休みに四人が居たという空き教室へ向かうため、階段を下ろうと背を向けた時だった。突然背中に、ドンッと軽い衝撃が走った。
何事かと思い振り返ってみると、そこにはついさっきまでチャットで話題に上がっていた魔女――
「えっと、キミは――」
「センパーイッ!!」
どうすべきか思考を巡らせていると、大声と共に
「
「センパイ、助けてください......!」
「は?」
「ちょっとアンタねっ、危ないでしょ!」
「ケガしたわけでもねぇし、許してやれよ。それに何か、ワケありみてーだしな......!」
少し遅れて来た
「で、どうしたの?」
「た、助けてください......」
「いったい、何があったのよ?」
「オレたち追われてるんです。オ、鬼に......!」
「鬼? 鬼って、童話とかに出てくる、あの鬼のこと?」
「ワケわかんねぇーな」
「き、来たぁーッ!」
そして、鬼と呼ばれた生徒の正体が明らかになった――。
「って、
「誰か居ると思えば、
「貴様、逃げられると思うなよ?」
「......は、はい」
スケープゴートに失敗した
「暇なら、お前たちも来るといい」
そのまま成り行きで着いて行くことになり、
二次予選まっただ中のサッカー部は今週末、ベスト8進出を賭けた一戦に望む。
しかし朱雀高校は、東京都内でも指折りの進学校。試験で赤点を取った生徒は、補習が終わるまで部活動禁止と規定されているため。一学期の期末試験の結果から平均以下だった部員が、ここ一週間この会議室へ集められている。
「さて、では始めるとしよう。今日は、数学だ」
監督役の
「なんで、アタシたちまで......」
「まあ、良いじゃねぇか。どうせ、勉強する予定だったんだしよ。問題集用意してくれるなんてラッキーじゃん」
「まあ、そうだけどね~」
「私語は慎めッ!」
「は、はいっ!」
注意されて、かしこまる
「おい。なんか
「眼鏡掛けるとスイッチが入るんだよ」
「そんなマンガみたいなヤツなのかよ!? おっと......」
ホワイトボード前の机に戻っていた途中の
「う、うぅ~......これ、ムズすぎよぉ......」
「確かに、こりゃかなりイヤらしいな。基礎を完璧に理解してないと解けねぇ問題ばっかりだ」
「やべぇ、おれ、半分位しかわかんねぇかも......」
「出来たわ」
「うららちゃん、はやっ!」
皆が悪戦苦闘する中、
「そこまで! 答案用紙を持って来い、採点はオレがする」
* * *
「疲れた~......」
俺のバイト先、フットサルコート隣接のファミレステーブルに突っ伏した
「なかなか来ないと思ったら、そんなことをしていたのね。連絡くらいしてくれてもいいんじゃないかしらっ?」
「すぐに終わると思ったんだけど、時間かかっちゃって。ごめんね」
「まあ、いいわ」
「けど、来ないで正解だったと思うぞ。おれは」
「どういう意味よ?」
「
窓の外、ナイターの灯りに照らされた鮮やかなグリーンの人工芝のピッチで、サッカー部の面々とフットサルをプレー中の
「アイツ、ほんと容赦ないんだからっ。合格点に1点でも足りないと問答無用でやり直しさせるのよっ。それも問題を変えて、何度も何度も!」
「
隣のテーブルで脱け殻のようになっている
「巻き込まれたあの三人は悲惨だよなー。特に、
「成績学年トップのプライド、ズタズタにされてたもんねー」
「学年一位? だからなんだ。戯れ言は、最低でも全国で二桁以内に入ってからほざけ。だもんな」
「うららちゃんに聞いたんだけど。同じ塾に通ってて、成績は常に5位以内。全国模試でも30番落としたこと無いんだって!」
「
「頼めばいいだろう。自分のこづかいで」
「は? なにそれ、ウザイんですけど。じゃあ、
「よし、なら脱いでもらおうか!」
「ちょーキモい!」
同じテーブルの
そう思っていると、テーブルに置いたスマホが鳴った。
「おつかれ」
「ああ、サンキュー」
「あと、これ」
「解析か」
「ああ、今週末ベスト8を賭けた対戦相手。帝王学園の試合」
――帝王学園。中学時代のチームメイトが居る高校。
「目を通してくれると助かる。お前の感想を聞きたい」
「了解、見ておくよ」
「サンキュー。じゃあオレ、塾だから」
「おう」
DVDに目を落とす。アイツの試合か、前の動画を見る限り、今さら観ても――。
「何か考えごと?」
「え?」
突然声をかけられ振り向くと、歩道に
「それは?」
「サッカーの試合だよ。次の対戦相手の感想を聞かせてくれって、
「そう。私も一緒に見てもいいかしら?」
クラブハウスへ移動し。店長の許可を貰って、プレーヤーにセットして再生ボタンを押す。テレビ画面に、帝王学園の試合映像が映し出された。前半5分に早々と先制点をあげると、試合は一方的に進んでいった。前半のアディショナルタイムを迎えた時点で、既に3点のリード。後半始まってすぐに追加点を加え、一気に勝負を決めた。
「これが、次の対戦相手なのか」
「めちゃくちゃ強いんじゃねぇの?」
感想を述べたのは、なかなか戻って来ない俺の様子を見に来た
「この人が、
「そう。中学の時のチームメイト」
「ふーん、あんまり似てないと思うけど」
「私も、そう思うわ。それになんだか。この人たち――面白くなさそう」
最初から一緒に試合を観ていた
* * *
「
「そうだねぇ」
夜空を見上げて考える。
フットサルコートで見た練習と試合風景、帝王学園の試合を思い返しながら客観的に戦力分析。
「限りなく五分に近い四:六ってところかな」
「じゃあ、
「どうかな。サッカーは、個人競技じゃないから」
「そう」
なんとなく少し元気のない返事に感じた。
「やっぱり、前言撤回。勝つよ。今年は出場出来ないけどね」
「じゃあ、来年応援に行くわ」
「うん、待ってる」
夏から冬の星座へ移り変わり始めた、初秋の夜空の下。
お互い声には出さなかったけど、それでも心の中で約束を交わした。