「今日は、ありがとう。なんだかすっきりしたわ」
「それは何より。じゃあ、また明日」
「ええ。あっ、そうだわ」
玄関のドアノブに手をかける直前、何かを思い出したように振り向いた
「誘っても部室へ来てくれないって、
「え? あ、ああ、ちょっとテスト勉強で忙しくて。中間が終わったら一度顔出すよ」
「うん、待ってる。おやすみなさい」
どこか嬉しそうに期待するような笑顔で頷いた、
「
『ええ、平気よ。ちょうど休憩を入れようと思ってたところだったら。それで、
デートの部分に力が入っている気がしたが、そんなことより今は、確かめたいことがある。返事は返さずにさっそく、本題を切り出した。
「聞きたいことがあるんだ」
『......なによ?』
「先週、病院までプリントを届けてくれた時のこと覚えてる?」
『覚えてるわよ。商店街で
「覚えてるんだね、
『......今から、会えるかしら?』
一旦通話を終え、最寄り駅近くのファミレスで
「ごめんね、こんな時間に」
「どうして、あなたが謝るのよ。呼び出したのは、私の方じゃない」
「それで、さっきの話だけど。いったいどういうことなの?
「話してて一度も出なかったんだ。
白い湯気の立つティーカップが唇に触れる寸でのところで手を止めて、そのまま手元のソーサーに置いた。
「偶然じゃないの? それに記憶を操作されたのは、
確かに、その通り。あの日
それになにより、魔女同士はお互いの能力には干渉できないルールがある。“7人目の魔女”の記憶操作も、
でもだとしたら、
「なにしてるの?」
いくぶん温くなった黒いコーヒーを見つめながら考え込んでいたところ、
「
「ああー、だね」
簡単かつ確実な方法。ちょっと冷静になれば気がつく方法だった。
「それで......って、返事はやっ!」
メッセージを送信し終えたスマホをテーブルにほぼ同時に、着信音が鳴った。相手はもちろん、
「なによ、これ? 見てっ!」
スマホの画面に表示されたメッセージは、打ち間違いや変換ミスがあって相当慌てて返信したことが分かる。誤字を正しく変換して紡ぎ出した本来の内容は――俺のこと覚えているのか。
「あなたの予想通りみたいね。とりあえず呼び出して、詳しい話を聞いてみましょ!」
「ちょっと待って。場所を変えよう」
「どうして?」
「大丈夫だとは思うけど......」
ざっと店内を見回して見る。それらしき姿は見えないが、このファミレスは駅の近く。客、店員の中に“7人目の魔女”がいる可能性はゼロじゃない。スクールバッグからノートを出して、理由を筆談で伝える。すると彼女は、黙ったまま頷いてペンを手に取り「そうしましょう。あなたのお家でいいかしら?」と書き記した。
俺たちはファミレスを出て、自宅アパートへ向かった 途中コンビニに立ち寄り、まだ食べていない夕食の材料を調達。少し急ぎ足でアパートに着いたが、まだ
外で待つのには、秋の夜は肌寒い。玄関のカギを開けて、先に
「どうぞ」
「お、おじゃまします」
初めて上げたわけじゃないけど、二人きりなのは初めて。若干の気まずさを覚えながらも部屋に上がって灯りを点け、スクールバッグを下ろし、コンビニで買った食材をビニール袋を台所に置く。別のことに意識をずらせば、緊張も和らぐだろうと遅めの夕食の準備に取りかかることにした。
「
「もう食べたわ。でも、少しいただこうかしら」
「じゃあ――」
「私が作るわ。その間にあなたは、着替えておいて」
「え? でも」
「私も食べるんだから遠慮しないの。それに、制服にニオイがついちゃうでしょ。焼きうどんでいいのよね?」
――ああ、そういうことか、と
「うまい......!」
「そう、ならよかったわ。それにしても遅いわね」
「遅いじゃないっ。いったい、なにをしてたの......よ?」
「やあ、
「......あなた、どちら様かしら?」
「ど、どういうことだい!?
「知らねーよ。元々存在が薄いんじゃねぇーのか?」
「それは、どういう意味かなッ?」
「うるさいわね、ご近所迷惑でしょ。
「からかっていたのか!? まったく、キミという女性は......!」
「まあまあ、飲み物用意してくるから。二人とも、とりあえず座りなよ」
台所で二人の分の飲み物を用意して、奥の部屋に戻る。彼らの前にコップを置いて、元居た場所に腰を落ち着ける。
「さっそくだけどよ。お前ら、本当に俺たちのこと覚えてるのか......?」
真剣な表情。それも、不安が入り混じる表情。返事は、その不安を払拭させられるだろう。
「もちろん覚えてるよ。
「マジかよ......!」
「信じられない、夢じゃないか......!」
「そもそも、どうしてあなたたちが、みんなに忘れられてるのよ? “7人目の魔女”に記憶を消されたのは、
その通り、ごもっとも。
あの日。
たぶん他の超常現象研究部の全員も、
「そこは、僕から説明しよう。そもそもの話し、7人全ての魔女の存在は、生徒会長以外は知ってはならないことだったんだ。最後の魔女の名前を知ってしまった、僕と
「それ俺が、お前に教えてやったことそのままじゃねぇか!」
「いいじゃないか。キミは説明をはしょりかねないからね。なにせキミは、記憶を失った
「お、オマエ、聞いてたのかよッ!?」
「だから、静かにしなさいって言ってるでしょ。次騒いだら、もう本当に知らないわよ......?」
「すみません......」と、二人して深々と頭を下げた。まあここで
「で。あんたたちは、これからどうしたいのよ?」
「この一週間、ただ過ごしてた訳じゃないんだろ。超常現象研究部に顔を出したみたいだしさ」
「下着の件はサイテーだけど、
目を細めて、二回言った
「そのことなんだけど。記憶を失った魔女が暴走を始めて要ることを、キミたちは聞いているかい?」
「魔女が暴走? どういうことよ?」
同じく初耳。
「前の状態に戻っちまったのさ。俺たち超研部が、魔女の抱えていた問題を解決する前の状態にな」
「へぇ、そんなことになってたんだ」
「確かに、それは厄介なことね」
ここ最近、昼休みも放課後も、中間試験の勉強で忙しかった間に深刻な事態になっていたなんて――。
「魔女の暴走には、会長も頭を抱えているようでね」
「ふーん。つまり、魔女たちの暴走を上手く解決出来れば事態が好転するかもってわけね」
「そんなことどうでもいいんだよ。俺はただ、アイツらをなんとかしてやりたい。それだけだ......!」
「記憶を取り戻すことを後回しにしても?」
「ああッ!」
俺の質問に力強く頷いた
「ハァ、まったく仕方ないわね。私たちも協力してあげるわ」
「マジかっ!?」
「あら。必要ないのなら、お好きにどうぞ。私たちも暇じゃないんだから」
「イヤイヤ、マジで頼む! 記憶がないアイツらを説得すんのは、マジで骨が折れるんだって!」
「それなら、
「ええ、それが無難ね」
「よっしゃ! じゃあ、さっそく......」
「ダメよ、今日はもう遅いわ。続きは帰ってから、チャットメールでやり取りしましょ。アプリ入れてるわよね?」
時計の針は、21時を回っている。
女子を、これ以上遅くまで付き合わせるわけにはいかない。
「しかし、どうしてキミたちは、僕や
「さあ? 私たちにだって分からないわ」
「あっ! 記憶を消されたあとに俺たち会っただろ。だからじゃねぇかっ?」
「それだと、
「ああー、そっか......」
「ふむ、謎は深まるばかりというわけだね。じゃあ僕はこっちだから、また後で――」
住宅街の交差点で
「もし......」
「ん? どうしたの」
まだ明るい商店街を駅へ歩いていると、不意に
「私たちの記憶が消えていないことが“7人目の魔女”に知れたら、記憶を消されちゃうのかしら? もしそうなったら――」
「大丈夫だよ」
うつむき加減だった
「例え記憶を消したところで、人の想いまでは操れないよ」
「......そうね。私、絶対に忘れないわっ」
「俺も忘れないよ。さあ、行こう」
「ええ」
決して忘れない、とそう心に誓い。再び歩みを進めた。