黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode33 ~矛盾~

「今日は、ありがとう。なんだかすっきりしたわ」

「それは何より。じゃあ、また明日」

「ええ。あっ、そうだわ」

 

 玄関のドアノブに手をかける直前、何かを思い出したように振り向いた白石(しらいし)が戻ってくる。

 

「誘っても部室へ来てくれないって、宮村(みやむら)くんが嘆いていたわ。(みやび)ちゃんも、椿(つばき)くんも退屈そうにしているわ。私も」

「え? あ、ああ、ちょっとテスト勉強で忙しくて。中間が終わったら一度顔出すよ」

「うん、待ってる。おやすみなさい」

 

 どこか嬉しそうに期待するような笑顔で頷いた、白石(しらいし)。玄関の扉が閉まったことを見届けたあと、すぐにスマホを手にしてホーム画面を立ち上げる。電話帳のアプリを起動させ、あいうえお順に並ぶ欄から小田切(おだぎり)のページを開き、発信ボタンをタップ。数回のコールのあと、電話が繋がった。

 

小田切(おだぎり)さん。今、大丈夫?」

『ええ、平気よ。ちょうど休憩を入れようと思ってたところだったら。それで、白石(しらいし)さんとの()()()はどうだったかしら?』

 

 デートの部分に力が入っている気がしたが、そんなことより今は、確かめたいことがある。返事は返さずにさっそく、本題を切り出した。

 

「聞きたいことがあるんだ」

『......なによ?』

「先週、病院までプリントを届けてくれた時のこと覚えてる?」

『覚えてるわよ。商店街で山田(やまだ)に会った時でしょ。なに? それが聞きたいことなの?』

「覚えてるんだね、山田(やまだ)のこと」

『......今から、会えるかしら?』

 

 一旦通話を終え、最寄り駅近くのファミレスで小田切(おだぎり)と待ち合わせ。店員に窓際から離れた席に案内してもらってから十分ほどが経ち、待ち人が現れた。

 

「ごめんね、こんな時間に」

「どうして、あなたが謝るのよ。呼び出したのは、私の方じゃない」

 

 小田切(おだぎり)は上着を脱いで、正面に腰を降ろした。テーブルの呼び出しボタンを押して、二人分のフリードリンクを注文。お互い飲み物をテーブルに用意して、電話の続きを話す。

 

「それで、さっきの話だけど。いったいどういうことなの? 白石(しらいし)さんが、山田(やまだ)のことを忘れているかもって」

「話してて一度も出なかったんだ。山田(やまだ)の名前が――」

 

 白い湯気の立つティーカップが唇に触れる寸でのところで手を止めて、そのまま手元のソーサーに置いた。

 

「偶然じゃないの? それに記憶を操作されたのは、山田(やまだ)の方なんだし」

 

 確かに、その通り。あの日山田(やまだ)は、“7人目の魔女”に記憶を消されたと自分で話した。超研部のことを忘れるのなら、山田(やまだ)の方のはず。白石(しらいし)が、記憶を失った山田(やまだ)のことを放って置くとは考えづらい。もし問題があるのなら、宮村(みやむら)伊藤(いとう)から愚痴のひとつでもでるだろうけど、今日まで一度も聞いていない。本当に偶然、名前が出なかっただけなのかもしれない。

 それになにより、魔女同士はお互いの能力には干渉できないルールがある。“7人目の魔女”の記憶操作も、山田(やまだ)のことを覚えている小田切(おだぎり)と同じく、白石(しらいし)には効かないはず。

 でもだとしたら、白石(しらいし)の涙は何を意味していたのか。それがどうにも、俺の脳裏に焼き付いて離れないでいた。そして、別れ際のあの態度、表情、仕草、言葉、その全てに妙な違和感を覚えたことも。

 

「なにしてるの?」

 

 いくぶん温くなった黒いコーヒーを見つめながら考え込んでいたところ、小田切(おだぎり)がスマホを操作していた。

 

山田(やまだ)に、メッセージを送ったわ。本人に確認しちゃえば早いでしょ」

「ああー、だね」

 

 簡単かつ確実な方法。ちょっと冷静になれば気がつく方法だった。

 

「それで......って、返事はやっ!」

 

 メッセージを送信し終えたスマホをテーブルにほぼ同時に、着信音が鳴った。相手はもちろん、山田(やまだ)。画面を確認した小田切(おだぎり)は、信じられないといった感じで口元を手で覆う。

 

「なによ、これ? 見てっ!」

 

 スマホの画面に表示されたメッセージは、打ち間違いや変換ミスがあって相当慌てて返信したことが分かる。誤字を正しく変換して紡ぎ出した本来の内容は――俺のこと覚えているのか。

 

「あなたの予想通りみたいね。とりあえず呼び出して、詳しい話を聞いてみましょ!」

「ちょっと待って。場所を変えよう」

「どうして?」

「大丈夫だとは思うけど......」

 

 ざっと店内を見回して見る。それらしき姿は見えないが、このファミレスは駅の近く。客、店員の中に“7人目の魔女”がいる可能性はゼロじゃない。スクールバッグからノートを出して、理由を筆談で伝える。すると彼女は、黙ったまま頷いてペンを手に取り「そうしましょう。あなたのお家でいいかしら?」と書き記した。

 俺たちはファミレスを出て、自宅アパートへ向かった 途中コンビニに立ち寄り、まだ食べていない夕食の材料を調達。少し急ぎ足でアパートに着いたが、まだ山田(やまだ)の姿は見当たらなかった。

 外で待つのには、秋の夜は肌寒い。玄関のカギを開けて、先に小田切(おだぎり)を招き入れる。

 

「どうぞ」

「お、おじゃまします」

 

 初めて上げたわけじゃないけど、二人きりなのは初めて。若干の気まずさを覚えながらも部屋に上がって灯りを点け、スクールバッグを下ろし、コンビニで買った食材をビニール袋を台所に置く。別のことに意識をずらせば、緊張も和らぐだろうと遅めの夕食の準備に取りかかることにした。

 

小田切(おだぎり)さんは、夜ごはん食べた?」

「もう食べたわ。でも、少しいただこうかしら」

「じゃあ――」

「私が作るわ。その間にあなたは、着替えておいて」

「え? でも」

「私も食べるんだから遠慮しないの。それに、制服にニオイがついちゃうでしょ。焼きうどんでいいのよね?」

 

 小田切(おだぎり)は、ハンガーに掛けてあったエプロンを着けて台所に立ち、有無を言わせず夕食の焼きうどんを作り出してしまった。

 ――ああ、そういうことか、と小田切(おだぎり)が食べると言い出した意図を察し、彼女の優しさに甘えさせてもらうことにした。制服から部屋着に着替えを済ませている間に出来上がった焼きうどんから立つ、香ばしいソースの匂いがよりいっそう食欲をそそらせる。お好みで、と一緒に用意してくれたチューブマヨネーズを少し皿の縁に足して、まずはそのまま口に運ぶ。濃すぎず薄すぎずの程よいソースの味と野菜の食感と甘味が、口の中に広がる。

 

「うまい......!」

「そう、ならよかったわ。それにしても遅いわね」

 

 小田切(おだぎり)が向けた視線つられて、部屋の掛け時計を見る。確かに遅い。もう着いていてもおかしくない時間。スマホを見ても、特に遅くなるなどの連絡は入っていない。

 小田切(おだぎり)のスマホに返って来た返信の内容からは、なにを置いてもすぐに来る。まるで鬼気迫るような感じがしたが、なにかあったのだろうか。そんな心配を感じ始めた頃、部屋の呼び鈴が鳴った。箸を置いて応対に向かう。内側のカギを回して、玄関を開けると山田(やまだ)の他にもう一人、見覚えのある男子が玄関の外に立っていた。

 

「遅いじゃないっ。いったい、なにをしてたの......よ?」

「やあ、小田切(おだぎり)くん」

「......あなた、どちら様かしら?」

 

 山田(やまだ)と一緒に来た玉木(たまき)の姿を見て、小田切(おだぎり)は頬杖をつきながら、やや不機嫌そうに顔を背けた。彼女の態度に玉木(たまき)は盛大に取り乱して、山田(やまだ)に詰め寄る。

 

「ど、どういうことだい!? 山田(やまだ)くんッ!? 小田切(おだぎり)くんは、僕のことも覚えているんじゃなかったのか!?」

「知らねーよ。元々存在が薄いんじゃねぇーのか?」

「それは、どういう意味かなッ?」

「うるさいわね、ご近所迷惑でしょ。山田(やまだ)玉木(たまき)も、さっさと座りなさいよ」

「からかっていたのか!? まったく、キミという女性は......!」

「まあまあ、飲み物用意してくるから。二人とも、とりあえず座りなよ」

 

 台所で二人の分の飲み物を用意して、奥の部屋に戻る。彼らの前にコップを置いて、元居た場所に腰を落ち着ける。

 

「さっそくだけどよ。お前ら、本当に俺たちのこと覚えてるのか......?」

 

 真剣な表情。それも、不安が入り混じる表情。返事は、その不安を払拭させられるだろう。

 

「もちろん覚えてるよ。山田(やまだ)のことも、玉木(たまき)のこともね」

「マジかよ......!」

「信じられない、夢じゃないか......!」

「そもそも、どうしてあなたたちが、みんなに忘れられてるのよ? “7人目の魔女”に記憶を消されたのは、山田(やまだ)のはずでしょ?」

 

 その通り、ごもっとも。

 あの日。小田切(おだぎり)が、プリントを届けてくれた日。山田(やまだ)は、“7人目の魔女”に記憶を消されたと自ら語った。だが蓋を開けてみれば、忘れているのは白石(しらいし)の方で――。

 たぶん他の超常現象研究部の全員も、山田(やまだ)のことを忘れているのだろう。だから、俺たちの耳に入ることはなかった。

 

「そこは、僕から説明しよう。そもそもの話し、7人全ての魔女の存在は、生徒会長以外は知ってはならないことだったんだ。最後の魔女の名前を知ってしまった、僕と山田(やまだ)くんは、タブーに触れてしまったきとで記憶を消されることになったのだけれど。僕たち魔女殺しの能力者には、“7人目の魔女”の能力も効かなかったのさ。そこで正規な方法ではなく、ある種特例的な処置で記憶操作を行った。それは、“7人目の魔女”が僕ら魔女殺しにではなく、周囲の人間の記憶を操作することで、僕たちを学校から孤立させたのさ......!」

「それ俺が、お前に教えてやったことそのままじゃねぇか!」

「いいじゃないか。キミは説明をはしょりかねないからね。なにせキミは、記憶を失った宮村(みやむら)くんたちに取り入ろうといきなり、女性に穿いて欲しい下着の好みの話題を、女性が居る前で振るような輩だからね」

「お、オマエ、聞いてたのかよッ!?」

「だから、静かにしなさいって言ってるでしょ。次騒いだら、もう本当に知らないわよ......?」

 

「すみません......」と、二人して深々と頭を下げた。まあここで小田切(おだぎり)に見捨てられたら、また孤立を深める訳だし、素直に従う以外の選択ないだろうけど。

 

「で。あんたたちは、これからどうしたいのよ?」

「この一週間、ただ過ごしてた訳じゃないんだろ。超常現象研究部に顔を出したみたいだしさ」

「下着の件はサイテーだけど、宮村(みやむら)が食いつきそうなネタではあるわね。サイテーだけど」

 

 目を細めて、二回言った小田切(おだぎり)に対し、大変気まずそうに顔を逸らした山田(やまだ)に代わって、玉木(たまき)が挙手。

 

「そのことなんだけど。記憶を失った魔女が暴走を始めて要ることを、キミたちは聞いているかい?」

「魔女が暴走? どういうことよ?」

 

 同じく初耳。

 

「前の状態に戻っちまったのさ。俺たち超研部が、魔女の抱えていた問題を解決する前の状態にな」

「へぇ、そんなことになってたんだ」

「確かに、それは厄介なことね」

 

 ここ最近、昼休みも放課後も、中間試験の勉強で忙しかった間に深刻な事態になっていたなんて――。

 

「魔女の暴走には、会長も頭を抱えているようでね」

「ふーん。つまり、魔女たちの暴走を上手く解決出来れば事態が好転するかもってわけね」

「そんなことどうでもいいんだよ。俺はただ、アイツらをなんとかしてやりたい。それだけだ......!」

「記憶を取り戻すことを後回しにしても?」

「ああッ!」

 

 俺の質問に力強く頷いた山田(やまだ)の目は、本気だった。隣に目をやる、小田切(おだぎり)も俺に視線を向けていた。どうやら同じことを考えていたらしい。無言でアイコンタクトで意思の疎通を交わす。

 

「ハァ、まったく仕方ないわね。私たちも協力してあげるわ」

「マジかっ!?」

「あら。必要ないのなら、お好きにどうぞ。私たちも暇じゃないんだから」

「イヤイヤ、マジで頼む! 記憶がないアイツらを説得すんのは、マジで骨が折れるんだって!」

 

 山田(やまだ)の必死の訴えに、玉木(たまき)も大きく頷いている。実は今日の放課後、一度説得に行ったらしいのだが。記憶を失った魔女たちには、何を言っても信じてもらえず終い。特に元々過激な行動を取っていた滝川(たきがわ)ノアに関しては、以前よりもさらに攻撃になっているらしく、探りに行った玉木(たまき)は返り討ちにあった。顔や首筋の引っかき傷は、どうやらその辺りことが関係しているようだ。

 

「それなら、滝川(たきがわ)さんは一旦後回しにして他の魔女の説得に当たってみようか?」

「ええ、それが無難ね」

「よっしゃ! じゃあ、さっそく......」

「ダメよ、今日はもう遅いわ。続きは帰ってから、チャットメールでやり取りしましょ。アプリ入れてるわよね?」

 

 時計の針は、21時を回っている。

 女子を、これ以上遅くまで付き合わせるわけにはいかない。小田切(おだぎり)の提案に頷き、玉木(たまき)とアドレスを交換してから上着をはおって、部屋を出る。冷たい秋の夜風の中を話しながら歩く。

 

「しかし、どうしてキミたちは、僕や山田(やまだ)くんのことを覚えているんだい?」

「さあ? 私たちにだって分からないわ」

「あっ! 記憶を消されたあとに俺たち会っただろ。だからじゃねぇかっ?」

「それだと、玉木(たまき)を覚えていることに矛盾する。俺たちあの日、玉木(たまき)には会ってないし」

「ああー、そっか......」

「ふむ、謎は深まるばかりというわけだね。じゃあ僕はこっちだから、また後で――」

 

 住宅街の交差点で玉木(たまき)と別れ、二つ先の道で山田(やまだ)とも別れて、最寄り駅のある歩き慣れた商店街へ向かう。

 

「もし......」

「ん? どうしたの」

 

 まだ明るい商店街を駅へ歩いていると、不意に小田切(おだぎり)の足が止まった。

 

「私たちの記憶が消えていないことが“7人目の魔女”に知れたら、記憶を消されちゃうのかしら? もしそうなったら――」

「大丈夫だよ」

 

 うつむき加減だった小田切(おだぎり)が、顔を上げる。

 

「例え記憶を消したところで、人の想いまでは操れないよ」

 

 白石(しらいし)の涙で確信した。魔女の能力は、万能なんかじゃない。本当に全てを忘れているのなら、あんな悲しい表情(かお)をするハズがないんだ――。

 

「......そうね。私、絶対に忘れないわっ」

「俺も忘れないよ。さあ、行こう」

「ええ」

 

 決して忘れない、とそう心に誓い。再び歩みを進めた。


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