黒板に数学の新しい公式を書き綴っていた先生が振り返り、ここまでで質問があるかを尋ねる。いくつか上げられた疑問に答えたあと、呆れ顔で息を吐くと再び背中を向けて、授業の続きに入る。
ため息の理由は、私の隣の席の
三時限目、四時限目も授業は滞りなく進み、お昼休み。
「あれー?
「
「そう」
「あれ~、うららちゃん、ちょっと残念?」
「別に、そんなことないわ。それより
「そっか。
「ほぼ決まったようなもんだけど、もう一押しして起きたいけどな。そういうワケだから、正式に次期会長に決まったら
「それは、しょうがないんじゃねぇの。ウチの生徒会長って大変なんだろ?」
頭の後ろで手を組んでパイプイスの背もたれに体を預けている
「あんた、うららちゃんと二人っきりで話せるチャンスが増えるかもとか。よこしまなこと思ってるんじゃないでしょうね?」
「そ、そんなことねぇーぜ? なあ、みやむー」
「マジかよ、
「うわぁ~、
「んなこと、1ピコグラムも誓ってねぇーから!」
普段一緒で居ることの多いクラスの友だちとお昼の時とは、また少し違う賑やかなお昼。こんな時間を過ごせるようになったのも、全部――。
「うららちゃんも、そう思うでしょ?」
「――えっ?」
突然話を振られて、戸惑ってしまった。こういう時は無理に話を合わせようとするよりも、素直に謝って聞き返すのが一番建設的ね。
「ごめんなさい。ちょっと考えごとしてて聞いていなかったわ。なんの話をしていたの?」
「へぇ、
「だな。いつもは本読んでても話の受け答えはちゃんとしてくれるし。スゲー冷たい返事の時があるけど」
「それは、あんたがしつこいからよ」
「それでね。さっきの話なんだけど」
「ええ」
話が元に戻った。
その魔女を勢力を上げて探しているのだけれど、未だ手がかりも見つかっていないわ。
「やっぱ、みやむーじゃね? 他に立候補してるヤツ居ねぇんだし」
「アタシは、
「でもよ。
「甘いわね、
「確かに、やりかねねぇーな。絶対権力には逆らえないワケだし」
「それで、うららちゃんは? 誰だと思う?」
「そうね。私は......
「おっ、オレと同じだ」
「
肯定して頷いた
「どっちにしても、おれたちは、“7人目の魔女”を見つけることが最優先事項なんだろ?」
「まあ、仕方なくね。シスコンの
「オイッ、オレはシスコンじゃねぇーぞッ!」
「はいはい、そうですねー」
「ふふっ」
お弁当を食べながら、魔女探しの話をして昼休みは終わりを告げた。中間試験が近いこともあって、放課後は部活もそこそこに塾に通う。日暮れ前に入った塾を夜の帳が降りた頃、同じ塾の入り口で、サッカー部の
「
「
「今は、二次トーナメントの真っ只中だからな。どうしても、この時間になるんだ」
「大変なのね」
「好きで選んだ道だ、仕方ないさ」
「......そう。がんばってね」
「サンキュー。じゃあ道中気をつけろよ。いくら明るいと言っても夜道だからな」
「うん、ありがとう」
入れ替わる格好で塾を出て、
* * *
中間試験を来週に控えた、火曜日の放課後。大きな大会を控える、または大会参加中の部活以外の部は活動を一時休止して、中間試験に向けてテスト勉強に集中することとなる。それは私たち超常現象研究部も例に漏れることない。私も放課後は、部室に顔を出さずに図書室内に完備されている自習室へ足を伸ばした。
テスト前と云うこともあって、自習室は学年問わず多くの生徒が真剣な
復習に集中していると、ポケットに入れておいたスマホが振動した。画面を確認。バイブの理由は、予めセットしておいたアラーム。机の上を片付けて、スクールバッグを肩に担いで席を立つ。
「あら。
「
個人で勉強出来る机とは別の四人掛けのテーブルで、
「ええ。塾の時間まで課題と復習をしていたの」
「えっ? これから塾なの?」
夏に比べて見るからに日が短くなった、秋の午後。窓の外は一週間前よりも遥かに暗く、既に夕焼け空が広がっている。塾に着く頃には、もっと夜空に近づいているだろう。
「平気。いつものことだから。みんなも勉強してるのね」
「中間が近いからね」
「まあ今日は、主に
「
「な、何でもない」
凄むような声と共に笑顔を向ける
「もう! って、
「え? なに?」
突然大声を上げた
「涙が出てるわよ」
「あっ......」
本当。指摘された頬に触れると、左の目元が僅かに濡れていた。ポケットからハンカチを出して、涙で濡れた頬と目元を拭う。
「ちょっと大丈夫なの?」
「ええ、最近ちょっと無意識に涙が出ることがあって。コンタクトがあってないのかも」
「あるいは勉強のし過ぎやもしれんな。コンタクト用の目薬を小まめに差した方がいいだろう」
「そうね、そうすることにするわ。それじゃあ私は、そろそろ――」
「
塾へ行くため自習室を出ようと三人に背を向けるたところで今度は、
「えっと......」
どこか言い難そうにしている彼の様子を横目で見た
「生徒会の仕事があったの忘れてたわ。
「ん? ああ、それは構わないが......」
「じゃあ私たちは、先に行くわね。
スクールバッグを肩に担いだ
「また、明日――」
「うん、また明日。気をつけてね」
「ええ。行きましょ、
二人が自習室を出たところで「ちょっと待っててくれる?」と言って、
* * *
「気に入ったのが見つかってよかったね」
「うんっ」
私の手には、よく通っているお気に入りの文具店で買った新しい文房具。頬が緩んでいるのが自分でもわかる。一緒に学校を出た私たちは、お互いの目的地が同じ方角ということで、そのまま商店街を中間試験の話をしながら歩き。しばらくして、
――そう。帰りが一緒になった時は、いつもここで別れていた。でも、今日は......。
「
アルバイトがあるハズなのに、こんなこと言うのはおかしい。直感的にそう思った私は、返事を返す前に塾へ欠席の連絡を入れていた。
「自分の買い物はあとでいいから」という言葉に甘えて、まずは私の買い物に付き合ってもらった。最初は本屋さん、来月発売予定の新刊と、改訂版の参考書をチェックしてから隣接の文具店で筆記用具をチェック。今日発売の棚に、何年も愛用しているシリーズの新商品を発見した時は胸が踊った。
「久しぶりだね。こうして、二人きりで買い物するの」
「ええ、そうね」
こうして二人きりで買い物をするのは、一年生の三学期以来――。
あの日、どういうワケかすごく気が沈んでいた私を、
「それで、
「ああ、うん。実は――」
ちょっと気まずそうな苦笑いを見せた。
なにか言い難い物なのだろうか、と思っていたけれど。その予感は、まったくの見当違い。予想外の返事に面をくらって足が止まってしまう。
「これといってないんだ。ちょっと場所替えようか?」
人通りの多い商店街を離れて、家の近所の公園へ場所を移した。手に持っていた文房具は、温かい飲み物に換わり。私たちは今、外灯が照らす私たち以外には誰もいない公園ベンチに並んで座っている
「今日は、塾までサボらせちゃってゴメンね」
「いいわの。勉強は、家で出来るから。それより大丈夫なの?」
「ああ、バイト? 大丈夫だよ、今週は試験休みを貰ってるから」
と言うことは、嘘をついてまで――。
「どうして?」
「うーん、どうしてかな? 何となくなんだけど、落ち込んでたみたいだから」
「えっ?」
――私が、落ち込んでる? そんな自覚は無いのだけれど。
そう反論する前に、
「さっきの
その言葉を聞いた瞬間、自習室の時と同じように自然と涙が流れた。まるでそれを合図にしたかの様にここ一週間の間の心のどこかで、ずっと感じていた喪失感が一気にこみ上げて来て、溢れ出して、止めよにもどうにも止まらなかった。
頬を伝う涙は枯れる気配を微塵も見せない。一枚のハンカチではとても収まりきらないすると、大きなスポーツタオルを差し出してくれた。
「使ってないから、よかったら使って」
「......ありがとう」
優しさに触れて、落ち込んでた理由がわかった。
昨日の放課後、
私のことを「好き」と言ってくれた
だけど――。
顔を上げるとすぐ隣には、あの日と同じ優しい表情で私を見守ってくれている人が居る。
「どうして......」
どうして、私の好きな人は――この人じゃないんだろう。