黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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今回は、白石(しらいし)視点となります。


Episode32 ~失った物~

 黒板に数学の新しい公式を書き綴っていた先生が振り返り、ここまでで質問があるかを尋ねる。いくつか上げられた疑問に答えたあと、呆れ顔で息を吐くと再び背中を向けて、授業の続きに入る。

 ため息の理由は、私の隣の席の山田(やまだ)の授業態度。頬杖を突いて、窓の外を眺めている。今日は、朝からずっとこんな感じで上の空。だけど、休み時間になる度にクラス委員の土生田(とちうだ)さんに提出物を求められても、テキトーにやり過ごしているから体調不良とかではなさそう。 

 三時限目、四時限目も授業は滞りなく進み、お昼休み。宮村(みやむら)くんに呼び出されている私と(みやび)ちゃんはお弁当を持って、おしゃべりをしながら一緒に超常現象研究部の部室へと向かった。超研部の部室に入ると、宮村(みやむら)くんと椿(つばき)くんの二人が先に来ていて、パイプイスに座ってテーブルにお弁当を広げていた。けれど、もうひとり男子が見当たらない。

 

「あれー? 宮内(みやうち)は、まだ来てないの?」

 

 (みやび)ちゃんが、その男子の名前を――宮内《みやうち》くんの名前を呼んだ。

 

伊藤(いとう)さんが、白石(しらいし)さんを連れに行ってすぐ話したんだけど。遅刻してきた関係で、職員室に用事があるから無理だってさ」

「そう」

「あれ~、うららちゃん、ちょっと残念?」

「別に、そんなことないわ。それより宮村(みやむら)くん、話ってなに?」

 

 (みやび)ちゃんからの詮索が始まる前に私は、宮村(みやむら)くんに用件を伺う。宮村(みやむら)くんが真剣な表情(かお)で話したのは、中間試験が終わったら次期生徒会長戦が決着するという話。

 

「そっか。寧々(ねね)ちゃんが会長戦を辞退したから。今は、アンタが最有力候補なんだっけ?」

「ほぼ決まったようなもんだけど、もう一押しして起きたいけどな。そういうワケだから、正式に次期会長に決まったら超研部(ここ)に顔を出す頻度が著しく減ると思うんだよ」

「それは、しょうがないんじゃねぇの。ウチの生徒会長って大変なんだろ?」

 

 頭の後ろで手を組んでパイプイスの背もたれに体を預けている椿(つばき)くんに、(みやび)ちゃんは懐疑的な視線を向けた。

 

「あんた、うららちゃんと二人っきりで話せるチャンスが増えるかもとか。よこしまなこと思ってるんじゃないでしょうね?」

「そ、そんなことねぇーぜ? なあ、みやむー」

「マジかよ、椿(つばき)......オレと誓った愛は偽りだったのかよ......」

「うわぁ~、椿(つばき)サイテーだわ」

「んなこと、1ピコグラムも誓ってねぇーから!」

 

 普段一緒で居ることの多いクラスの友だちとお昼の時とは、また少し違う賑やかなお昼。こんな時間を過ごせるようになったのも、全部――。

 

「うららちゃんも、そう思うでしょ?」

「――えっ?」

 

 突然話を振られて、戸惑ってしまった。こういう時は無理に話を合わせようとするよりも、素直に謝って聞き返すのが一番建設的ね。

 

「ごめんなさい。ちょっと考えごとしてて聞いていなかったわ。なんの話をしていたの?」

「へぇ、白石(しらいし)さんにしては珍しいな」

「だな。いつもは本読んでても話の受け答えはちゃんとしてくれるし。スゲー冷たい返事の時があるけど」

「それは、あんたがしつこいからよ」

 

 (みやび)ちゃんがフォローしてくれたけど、椿(つばき)くんの言う通り、読書とかに集中している時は生返事なことが多いかもしれない。少し気をつけようと思う。

 

「それでね。さっきの話なんだけど」

「ええ」

 

 話が元に戻った。(みやび)ちゃんが聞こうとしていたことは、次期生徒会長について。宮村(みやむら)くんが次期生徒会長に正式に決定する条件として、“7人目の魔女”を見つけることが現生徒会長から出された条件だと。先日宮内(みやうち)くんが、生徒会長から聞き出してくれた。

 その魔女を勢力を上げて探しているのだけれど、未だ手がかりも見つかっていないわ。(みやび)ちゃんの話では、仮に“7人目の魔女”が見つからないまま現生徒会長が任期を終えてしまった場合の話。順当に行けば、宮村(みやむら)くんが生徒会長になると思うけど。宮村(みやむら)くんと(みやび)ちゃん曰く、生徒会長は一癖も二癖もあるから、そうすんなりとは決まらないのではないかと推察している。

 

「やっぱ、みやむーじゃね? 他に立候補してるヤツ居ねぇんだし」

「アタシは、寧々(ねね)ちゃんだと思うなぁ。最近、雰囲気が柔らかくなったって評判だし!」

「でもよ。小田切(おだぎり)ちゃんは、もう辞退したんだろ?」

「甘いわね、椿(つばき)。あの会長よ? 強引に任命することもあり得るわ」

「確かに、やりかねねぇーな。絶対権力には逆らえないワケだし」

「それで、うららちゃんは? 誰だと思う?」

「そうね。私は......宮内(みやうち)くんかしら?」

「おっ、オレと同じだ」

宮村(みやむら)くんも?」

 

 肯定して頷いた宮村(みやむら)くん。その理由も私と殆ど同じだった。成績優秀で、人当たりも良い。なにより宮村(みやむら)くんが曲者と呼ぶ生徒会長を相手に、真っ向から話を聞き出せる数少ない人。抱えている故障の都合上、遅刻・早退・欠席が少し多いのが唯一の減点要素。でも、それについては「学校の許可をちゃんと取っているから、大きなマイナスにはならないんじゃないか」と、宮村(みやむら)くんは分析している。

 

「どっちにしても、おれたちは、“7人目の魔女”を見つけることが最優先事項なんだろ?」

「まあ、仕方なくね。シスコンの宮村(みやむら)のために」

「オイッ、オレはシスコンじゃねぇーぞッ!」

「はいはい、そうですねー」

「ふふっ」

 

 お弁当を食べながら、魔女探しの話をして昼休みは終わりを告げた。中間試験が近いこともあって、放課後は部活もそこそこに塾に通う。日暮れ前に入った塾を夜の帳が降りた頃、同じ塾の入り口で、サッカー部の朝比奈(あさひな)くんと出会った。

 

白石(しらいし)じゃないか。お疲れ」

朝比奈(あさひな)くんは、今から授業?」

「今は、二次トーナメントの真っ只中だからな。どうしても、この時間になるんだ」

「大変なのね」

「好きで選んだ道だ、仕方ないさ」

「......そう。がんばってね」

「サンキュー。じゃあ道中気をつけろよ。いくら明るいと言っても夜道だからな」

「うん、ありがとう」

 

 入れ替わる格好で塾を出て、朝比奈(あさひな)くんと別れた私は、いつも通り街灯で明るい商店街を歩いている。その途中、ひときわ明るく賑やかなフットサルコートの前を通りかかった。普段ここでアルバイトをしている宮内(みやうち)くんの姿は、コート上のどこにも見当たらなかった。今日は、お休みみたい。立ち止まっていた足を再び動かして、私は家路に着いた。

 

           *  *  *

 

 中間試験を来週に控えた、火曜日の放課後。大きな大会を控える、または大会参加中の部活以外の部は活動を一時休止して、中間試験に向けてテスト勉強に集中することとなる。それは私たち超常現象研究部も例に漏れることない。私も放課後は、部室に顔を出さずに図書室内に完備されている自習室へ足を伸ばした。

 テスト前と云うこともあって、自習室は学年問わず多くの生徒が真剣な表情(かお)で机に向かいペンを走らせている。空いている席を探して腰を落ち着けて、ノートと参考書を開いて、塾の時間まで授業の復習を行う。

 復習に集中していると、ポケットに入れておいたスマホが振動した。画面を確認。バイブの理由は、予めセットしておいたアラーム。机の上を片付けて、スクールバッグを肩に担いで席を立つ。

 

「あら。白石(しらいし)さんじゃない」

白石(しらいし)さんも、自習してたんだね」

 

 個人で勉強出来る机とは別の四人掛けのテーブルで、小田切(おだぎり)さんと(うしお)くん。それから、宮内(みやうち)くんの三人がテーブルに教科書とノートを広げて、中間テストの勉強をしていた。

 

「ええ。塾の時間まで課題と復習をしていたの」

「えっ? これから塾なの?」

 

 夏に比べて見るからに日が短くなった、秋の午後。窓の外は一週間前よりも遥かに暗く、既に夕焼け空が広がっている。塾に着く頃には、もっと夜空に近づいているだろう。

 

「平気。いつものことだから。みんなも勉強してるのね」

「中間が近いからね」

「まあ今日は、主に小田切(おだぎり)が不得意な現代――」

(うしお)くん、私が何かしら......?」

「な、何でもない」

 

 凄むような声と共に笑顔を向ける小田切(おだぎり)さん。(うしお)くんは、顔を背けながら若干うつ向きかげんで眼鏡に触れた。そんな二人のやり取りを見て、宮内(みやうち)くんは愉快そうに顔をほころばせる。

 小田切(おだぎり)さんは「ちょっと笑わないでって言ったでしょっ?」と、少し唇を尖らせながら小声での抗議するも「ごめんごめん」と、微笑んだまま素直に手を合わせて謝った彼をこれ以上責めない。

 

「もう! って、白石(しらいし)さん、どうしたのよっ?」

「え? なに?」

 

 突然大声を上げた小田切(おだぎり)さんは、勢いよく椅子から立ち上がって心配そうな表情(かお)で、私の目の前まで来た。

 

「涙が出てるわよ」

「あっ......」

 

 本当。指摘された頬に触れると、左の目元が僅かに濡れていた。ポケットからハンカチを出して、涙で濡れた頬と目元を拭う。

 

「ちょっと大丈夫なの?」

「ええ、最近ちょっと無意識に涙が出ることがあって。コンタクトがあってないのかも」

「あるいは勉強のし過ぎやもしれんな。コンタクト用の目薬を小まめに差した方がいいだろう」

「そうね、そうすることにするわ。それじゃあ私は、そろそろ――」

白石(しらいし)さん」

 

 塾へ行くため自習室を出ようと三人に背を向けるたところで今度は、宮内(みやうち)くんに呼び止められた。振り向いて、彼と向き合う。

 

「えっと......」

 

 どこか言い難そうにしている彼の様子を横目で見た小田切(おだぎり)さんは、机の筆記用具の片付けを始めた。

 

「生徒会の仕事があったの忘れてたわ。(うしお)くん、手伝ってくれるかしら?」

「ん? ああ、それは構わないが......」

「じゃあ私たちは、先に行くわね。宮内(みやうち)くん」

 

 スクールバッグを肩に担いだ小田切(おだぎり)さんは、自習室のドア付近で足を止めて、振り向かずに言う。

 

「また、明日――」

「うん、また明日。気をつけてね」

「ええ。行きましょ、(うしお)くん」

 

 二人が自習室を出たところで「ちょっと待っててくれる?」と言って、宮内(みやうち)くんも、ノートや教科書を片付け出した。

 

           *  *  *

 

「気に入ったのが見つかってよかったね」

「うんっ」

 

 私の手には、よく通っているお気に入りの文具店で買った新しい文房具。頬が緩んでいるのが自分でもわかる。一緒に学校を出た私たちは、お互いの目的地が同じ方角ということで、そのまま商店街を中間試験の話をしながら歩き。しばらくして、宮内(みやうち)くんのアルバイト先向かいの横断歩道の前で別れた。

 ――そう。帰りが一緒になった時は、いつもここで別れていた。でも、今日は......。

 

白石(しらいし)さん。よかったら、買い物に付き合ってくれないかな?」

 

 アルバイトがあるハズなのに、こんなこと言うのはおかしい。直感的にそう思った私は、返事を返す前に塾へ欠席の連絡を入れていた。

「自分の買い物はあとでいいから」という言葉に甘えて、まずは私の買い物に付き合ってもらった。最初は本屋さん、来月発売予定の新刊と、改訂版の参考書をチェックしてから隣接の文具店で筆記用具をチェック。今日発売の棚に、何年も愛用しているシリーズの新商品を発見した時は胸が踊った。

 

「久しぶりだね。こうして、二人きりで買い物するの」

「ええ、そうね」

 

 こうして二人きりで買い物をするのは、一年生の三学期以来――。

 あの日、どういうワケかすごく気が沈んでいた私を、宮内(みやうち)くんがリハビリ中にも関わらず病院を抜け出して、励ましてくれた時以来。

 

「それで、宮内(みやうち)くんの買い物は?」

「ああ、うん。実は――」

 

 ちょっと気まずそうな苦笑いを見せた。

 なにか言い難い物なのだろうか、と思っていたけれど。その予感は、まったくの見当違い。予想外の返事に面をくらって足が止まってしまう。

 

「これといってないんだ。ちょっと場所替えようか?」

 

 人通りの多い商店街を離れて、家の近所の公園へ場所を移した。手に持っていた文房具は、温かい飲み物に換わり。私たちは今、外灯が照らす私たち以外には誰もいない公園ベンチに並んで座っている

 

「今日は、塾までサボらせちゃってゴメンね」

「いいわの。勉強は、家で出来るから。それより大丈夫なの?」

「ああ、バイト? 大丈夫だよ、今週は試験休みを貰ってるから」

 

 と言うことは、嘘をついてまで――。

 

「どうして?」

「うーん、どうしてかな? 何となくなんだけど、落ち込んでたみたいだから」

「えっ?」

 

 ――私が、落ち込んでる? そんな自覚は無いのだけれど。

 そう反論する前に、宮内(みやうち)くんが言った言葉が心を揺らした。

 

「さっきの白石(しらいし)さん。去年の春先と同じ顔をしてたから」

 

 その言葉を聞いた瞬間、自習室の時と同じように自然と涙が流れた。まるでそれを合図にしたかの様にここ一週間の間の心のどこかで、ずっと感じていた喪失感が一気にこみ上げて来て、溢れ出して、止めよにもどうにも止まらなかった。

 頬を伝う涙は枯れる気配を微塵も見せない。一枚のハンカチではとても収まりきらないすると、大きなスポーツタオルを差し出してくれた。

 

「使ってないから、よかったら使って」

「......ありがとう」

 

 優しさに触れて、落ち込んでた理由がわかった。

 昨日の放課後、山田(やまだ)くんに告白されたからだ。

 私のことを「好き」と言ってくれた山田(やまだ)くんに、私は「他に好きな人が居るから」と返事をして、彼の告白を断った。

 だけど――。

 顔を上げるとすぐ隣には、あの日と同じ優しい表情で私を見守ってくれている人が居る。

 

「どうして......」

 

 どうして、私の好きな人は――この人じゃないんだろう。


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