黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode30 ~魔女殺し~

「イ・ヤ・よ!」

 

 小田切(おだぎり)を連れて、超常現象研究部部室に入って早々「次期会長が誰になるか知りたいから、お前の能力をコピーさせてくれ」と山田(やまだ)に頼まれた彼女は、山田(やまだ)に向かって不機嫌そうな表情(かお)で拒絶の言葉を言い放った。

 

「何でだよ! 別に、お前に調べて来てくれって頼んでるワケじゃねぇよ。お前の能力をコピーさせてくれるだけで......」

「お断りよ! 私は、会長戦を辞退したの。だから、次期会長にどっちが近いかなんて興味もないし、あなたたちに協力する理由もないわっ」

「うぐっ......」

 

 これ以上無いほどの正論を叩きつけられた山田(やまだ)は、彼女の迫力に一歩後退り。そんな山田(やまだ)の肩を軽く叩いた宮村(みやむら)が、入れ替わる形で前に出てくる。

 

「そう邪険に扱ってやるなよ。山田(やまだ)が泣いちゃっただろ?」

「泣いてねぇーよッ!」

「それに、ちゃんとした理由もあるんだぜ」

 

 自分でイジっておきながら無視して話を続ける辺りは、さすが宮村(みやむら)。堂々と我が道を貫いている。ある意味で感心してしまう。

 

「理由? 別に知りたくもないわ」

「身も蓋もねぇーな。話聞くくらいいいだろ?」

「聞いても変わらないわ。私は、もう二度と私利私欲で能力は使わないって決めたの!」

 

 腕を組んでぷいっと顔を背け、聞く耳を持つ素振りを微塵も見せない小田切(おだぎり)の説得を諦めたのか、宮村(みやむら)は小声で耳打ちしてきた。

 

「おい、宮内(みやうち)。お前からも頼んでくれよ」

「いや、本人が嫌だって言ってるし。無理強いは良くないと思うぞ?」

「深い理由があるんだって。実はな――」

「何を話しているのかしら......?」

 

 小声で話している俺たちに、小田切(おだぎり)が気づいた。すると宮村(みやむら)は、いきなり肩を組んできた。

 

「連れション行こうーぜって話。小田切(おだぎり)さんも、一緒行くか? ツ・レ・ショ・ン」

「行かないわよ、行くわけないでしょ! ほんとサイテーねっ!」

「はっはっは、そう目くじら立てんなって。そう額に青筋立ててると美人が台無しだぜ? おい山田(やまだ)玉木(たまき)も行こーぜ」

「みやむー、俺は!?」

 

 部室に小田切(おだぎり)と、トランプで遊んでいた超研部の三人を残して外へ出た。廊下へ出るなり、宮村(みやむら)玉木(たまき)と呼んだ真ん中分けの男子が口を開いた。

 

小田切(おだぎり)くんはなぜ、あそこまでかたくなに拒否するんだ?」

「さーな。小田切(おだぎり)なりの理由があんじゃねぇの」

 

 チラっと俺に目を向けてきたけど、俺にだって理由は分からない。ただ前に、もう使うつもりはないって言っていたから、よほどの事情がなければ能力は使わないと思う。

 

「それで、理由ってなんなの?」

「ああ、それな。山田(やまだ)、お前から話せよ」

「おう、実はな。魔女の能力を消すためなんだ」

「魔女の能力を消す?」

猿島(さるしま)がさ。魔女の能力があると不便だから、消す方法を探してたんだ。それで、見つけたのが......」

「魔女殺しの能力を持つ僕というわけさ」

 

 ――魔女殺し。

 玉木(たまき)曰く、魔女殺しは魔女の能力が一切効かない。更に、魔女自身に影響を与えることが出来る能力を持っている。山田(やまだ)は、複写(コピー)玉木(たまき)は、魔女の能力を奪い取ることが出来る削除(カット)の能力を保持している。

 昨日、猿島(さるしま)から相談を受けた山田(やまだ)は、魔女についての情報が記録されているノートの下巻を持つ滝川(たきがわ)に、退学以外で能力を消す方法がないか聞きに行った。先日、軽音部に顔を出さなかった事情はこれ。そして、そこで玉木(たまき)の存在を知った。

 しかし現在、玉木(たまき)は別の能力――透明人間(インビジブル)を保有していたため一度は拒否したが。山田(やまだ)も、自らと同じ魔女殺しと知り条件を提示した。

 その条件が、次期会長戦の現時点での評価を調べること。そこで、虜の能力を会長に使って聞き出そうと、小田切(おだぎり)に協力を求めた。

 

「なるほどね。要するに会長選の情報さえ手に入れば、小田切(おだぎり)さんに無理に頼む必要は無くなるわけだよな?」

「まあ、そりゃそうなんだけどよ」

「フゥ、どうやらキミも山田(やまだ)くん同様分かっていないようだね。次期生徒会長戦は、重要機密事項なんだ。そう容易く入手出来る情報ではないのさ」

「だから、小田切(おだぎり)の能力が必要なんだ。コピーさせてもらえりゃ、あとは俺が聞き出せる!」

「ふーん......」

 

 二人の話しを一通り聞き終え、背中を向けて、生徒会室へ行くため廊下を歩き出す。するとすぐに、宮村(みやむら)が追ってきた。

 

「ちょっと待て。お前、どうするつもりだ?」

「要はどっちが優位かわかればいいんだろ。まあ、なんとかなるよ」

「オレも行く」

 

 宮村(みやむら)が、山田(やまだ)玉木(たまき)に部室で待ってるよう伝えている間に、俺は一足先に生徒会室へ向かった。

 

 

           * * *

 

「失礼します」

 

 差し向けたと誤解を生まないよう、宮村(みやむら)は部室へ戻らせ、俺は一人生徒会室の扉をくぐった。

 

「あら、宮内(みやうち)さん。お久しぶりですね、何かご用かしら?」

 

 部屋に入ってすぐ応対に来てくれたのは、秘書の飛鳥(あすか)。生徒会長山崎(やまざき)の姿は見えない。どうやら、今は席を外しているようだ。山崎(やまざき)に用事があることを伝えると、会長席のすぐ隣にある生徒会役員が会議に使うテーブルへ案内してくれた。

 

「すぐに戻って来ますので、少々お待ちください。お茶でよろしいですか?」

「いえ、お構い無く。お心遣いありがとうございます」

 

 かしこまった受け答えで返すと、飛鳥(あすか)は可笑しそうに微笑んだ。

 

宮内(みやうち)さんは、将棋はたしなまれますか?」

「将棋ですか。一応、指せますけど」

 

 麻雀と同様に入院生活中、歴戦の猛者たちを相手に花札、麻雀、囲碁・将棋と一通り経験済み。将棋を指せると知った飛鳥(あすか)は、どこからか折り畳み式の簡易将棋盤と駒の入った桐箱を用意して、俺の正面に腰を降ろした。

 

「では、会長が戻ってくるまで一局お手合わせお願いできますか?」

 

 こんな成り行きで、彼女と将棋を指すことに。

 

「まあ、なんていやらしい責め方。きっと女性に対しても同じ扱い方をするんでしょうねっ」

「......人聞きの悪いこと言わないでください」

 

 ふふっ、と上品に笑って優しい笑顔を見せる。

 それにしてもこの人相当強い。入院生活で対戦して来た、経験豊富な猛者たち以上だ。

 こちらが数手後に王手を狙える位置へ誘い込もうと、攻めやすいようにわざと隙を作り、こちらが駒を移動させたあとのスペースを虎視眈々と狙っている。一手間違えれば、即詰みまで持っていかれ兼ねない。けど、勝利はリスクと等価交換、攻めっ気をなくせばそれこそ相手の思うつぼ。

 

「おや、ずいぶんと楽しそうだね」

 

 対局に夢中になっていると、いつの間にか山崎(やまざき)が戻って来ていた。「続きは、次の機会に」と、飛鳥(あすか)はすぐに将棋盤を片付けて席を立ち、お茶を淹れにいく。

 山崎(やまざき)飛鳥(あすか)が座っていた席に腰を下ろし、淹れたてのお茶を一口すすって、湯飲みを置く。

 

「ふぅ。それで今日は、どうしたんだい。僕にどんな用事なのかな?」

「はい。生徒会長戦についてお尋ねしたことがあります」

「会長戦? ああ、そうか。ついにキミも、生徒会長になる気になったのかな? 僕、個人としては賛成だよ」

「いえ、それはないです」

 

 きっぱりと答えると、つまならそうに背もたれに寄りかかった。山崎(やまざき)は湯飲みを手に持って「それは残念。じゃあ何かな?」と改めて理由を尋ねた。

 

「次期生徒会長の最有力候補を教えていただけたらと」

 

 空気が、一変。

 山崎(やまざき)の傍らに立つ、飛鳥(あすか)の目からは優しさが消え。山崎(やまざき)は口に運ぼうとしていた湯飲みを置き、眼鏡に軽く指先で触れて、威圧する様な目付きに変わる。

 張り詰めるような緊張感が、生徒会室を包み込んだ。

 

「なぜ、そんなことを知りたいのかな?」

「実は、女友達の悩みを解決してあげたくて」

「......女の子?」

 

 彼らにとっては意外な返答だったようで、山崎(やまざき)飛鳥(あすか)は顔を見合わせて不思議そうな表情(かお)を覗かせた。

 かいつまんで事情を話す。魔女の存在を把握している二人は、すぐに状況を把握して納得してくれた。

 

「魔女の力を消したい、か。なるほどね~」

「会長、私からもお願いします。猿島(さるしま)さんの気持ちは、痛いほど理解できますから」

飛鳥(あすか)先輩が?」

「実は、彼女も魔女だったんだよ。宮村(みやむら)くんと次期会長を争っている玉木(たまき)くんに能力を奪って貰って今は、普通の女子生徒......いや、優秀な僕の秘書だね」

「お恥ずかしいですわ」

 

 ということは今、玉木(たまき)が保有している透明人間(インビジブル)は、飛鳥(あすか)の能力なのか。

 

飛鳥(あすか)くんの頼みとあっては仕方ないかな。本当は、超極秘事項なんだよー?」

「あ、教えていただけるのであれば。今回の件で、体育祭の目録を使用した体で構いません」

「ああそうか、それがあったね。それじゃあ無下には断れないね」

 

 これで一応の体裁を保てたという事なのだろう。嫌々だった雰囲気が薄れた。そして、本題の会長選について語り始めた。

 

「実は正直、まだ決めかねているんだ。どっちも決定打が無くてね」

 

 玉木(たまき)には、奪った能力を使っての情報収集などの汚れ仕事を。一方の宮村(みやむら)は、無理難題な指令でもコンスタンツに成果を残しているらしい。

 

小田切(おだぎり)くんの推薦の分を考慮して、五分五分だったんだけど。今回の一件で、宮村(みやむら)くんがやや優位になったかな?」

「そうですか。では、五分五分として伝えておきます」

「うん、そうしてくれると助かるよ。緊張感は重要だからね」

「ええ」

「ところで目録の件、本当に今ので良かったのかい? 私利私欲じゃないから、別のことでもいいんだよ。例えば、次期生徒の推薦とかね?」

「ああ......まあ、別にいいです。自力で勝ち取れないようなら所詮その程度、はなっから人の上に立てる器じゃない。そんなヤツには誰も着いて行かないですよ」

「あっはっは! キミは、クレバーだねぇ。やはりいい素質を持ってる、もったいないな~」

「謹んで遠慮させていただきます。じゃあ、失礼します。ありがとうございました」

 

 席を立ち、頭を下げて礼を述べて扉へ向かう。

 扉横で待っている飛鳥(あすか)がドアノブに手を伸ばした瞬間、山崎(やまざき)に呼び止められた。

 

宮村(みやむら)くんと玉木(たまき)くんに伝えてくれるかな? 最後の魔女を、“7人目の魔女”を見つけた方が次期会長だとね!」

 

 

           * * *

 

 

「ふむ、なるほど」

「7人目の魔女を......。残り一人の魔女を見つけた方が、次期会長か。分かりやすくていいな」

「そういうことだから。じゃあ、俺はバイトあるから」

 

 超常現象研究部の部室へ戻り、二人に頼まれた条件を伝えた俺は、スクールバッグを持って部室を後にする。今から塾へ行く白石(しらいし)と、宮村(みやむら)も一緒に部室を出た。急遽生徒会の仕事が入った小田切(おだぎり)とは、入れ替わりになってしまった。

 

「しかし、どうやって聞き出したんだ? あの狸が、そう易々と口を割るとは思えねぇんだけどよ」

「素直に、女の子が困ってるって言ったら教えてくれた」

「......は?」

 

 別に嘘は言ってない。猿島(さるしま)が困っているのは本当のことだし、実際それを相談しに行った。

 

「その手があったかぁーっ! 会長が無類の女好きだったのを忘れてたぜっ!」

「悔やんでる暇があったら、魔女探しをした方が有意義じゃないの? 勝負はもう、始まってるんだからさ」

「ああ、そうだな。また夜に連絡する、じゃあな。白石(しらいし)さんも」

「ええ、また明日」

 

 部室へ戻って行く宮村(みやむら)を見送った俺たちは、校舎を出てお互いの目的地がある、商店街の歩道を歩幅を合わせて歩いていた。

 

「大丈夫だった?」

「ん、何が?」

「体育祭のこともあって、みんな心配していたから。小田切(おだぎり)さんなんて『どうして、一人で行かせたのよ!』って、凄い剣幕だったわ」

「そっか。あとで連絡しておくよ」

「うん、そうしてあげて。心配してると思うから」

 

 その後は白石(しらいし)らしく、再来週に迫った中間テストの話題に。話をしながら歩いて数分、バイト先のフットサルコート前の交差点に到着。

 

「じゃあ俺、こっちだから。気を付けてね」

「ええ、ありがとう。また明日」

 

 歩行者信号が青に変わるのを待つ間に小田切(おだぎり)に、メッセージを打つ。送信してすぐに返信が来た。信号が青に変わる。横断歩道を渡りきってから届いたメッセージを読む。「別に、それより何があったか教えてよね?」と、一言だけ書いてあった。

「了解。バイトが終わったら送るよ」と返事を打って、俺はクラブハウスの扉を開いた。


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