「
文化祭の打ち上げの後、最寄り駅の改札を潜る直前を狙ったようにナンシーに話しがあると呼び止められた。さすがに焼き肉のニオイがついた服じゃあ、おしゃれなカフェには入れない。近くの公園で、ベンチに座って話を聞くことに。
「まさか、
「それは、お互いさまよ。で、なによ? そんなことを言うために、わざわざ追いかけて来たのかしら」
「相変わらずだねぇ」と、どこかあきれ気味に、そして懐かしむように言ったナンシーは、足を前に投げ出した。
「ひとつ、思い出したことがあってね。
「窓の外?」
「ああ、手芸部の部室で。昼とか、放課後とかにね」
まったく、身に覚えはない。それも、そのハズ。去年の秋の記憶は、すべて消されてしまったのだから。
* * *
「アタシは、お前たちに謝らなければならないことがあるんだ......」
ナンシーの突然の告白に、私と
「理由は言えない。けど、お前たちの記憶が抜け落ちているのは全部、アタシのせいなんだ」
「どう言う意味よ?」と問い掛けても、ナンシーは口をきゅっと結んで答えてくれない。腹を割って話すと言っても、言えることと言えないことがあるのは理解出来る。だけど、それを知るために、抜け落ちた記憶を、失った想い出を探してきた。
「飲み物買ってくるよ。シド、手伝って」
「ハァ? なんでオレが......」
急に頼まれて、困惑するシド。
――ああ、そう言うこと。
でも私は「いいの。居てちょうだい」と返事を返して、ナンシーに向き直して改めて問いかける。
「あなた、記憶を操る不思議な
勢いよく顔を上げたナンシーは、目を丸くして私を凝視。
この反応は、アタリ。
「やっぱり、あなたは魔女なのね」
「――なっ!? ど、どうして、魔女のことを知っている!? 覚えてないって言ったじゃないかっ」
血相を変えて詰め寄って来た。ちょっと落ち着きなさい、と諭してから彼女の疑問に答える。
「確かに、あなたのことは覚えていないわ。嘘じゃない。でも、私たちは魔女の能力のことは知ってる。だって私は、あなたと同じで不思議な能力を持つ魔女だもの」
「ウソだね!」
「なぜ、そう言いきれるのかしら?」
嘘じゃないと予め伝えた上での回答したにも関わらず、間髪入れずに断言されてちょっと面を食らった。けど、彼女の断言の仕方からは絶対の自信を伺える。いったいどういうことなのだろう。
「
「魔女が、見える......?」
「オレが、解説するぜ!」
私たちが魔女の存在を知っていたことで隠す理由がなくなったと解釈したようで、ナンシーの能力について説明を始めた。
“7人目の魔女”の能力は、記憶操作と自分以外の他の魔女6人を
「つまり、ナンシーにも、シドにも、
「ああ、そういうことだ。アタシには、
「でも、私は魔女よ!」
そんなこと言われても納得いくわけない。だって私は、実際に虜の能力を使っていたんだから。そのことは、ずっと能力にかかっていた
「そこまでいうなら証拠を見せてみな。そうすれば、信じてあげるよ」
「証拠って、どうすればいいのよ......?」
「簡単なことさ。アイツらのどっちかとキスすればいい。アタシには、魔女の能力に掛かっている生徒を見分けることもできるのさ」
もう一度、私に能力を使えってことね。
でも私は、もう――。
「もしかして......。ねぇナンシー、生徒会に協力してたりする?」
「生徒会だぁ~?」
他に証明出来る方法がないか模索している私を後目に、
「はっ! 冗談じゃないね。アタシらは、決して権力には屈しないよ!」
「やっぱりそうか......」
答えを聞いた彼は、何やら納得した様子。
「どういうことなの?」
「ああ、うん。前、生徒会長に呼び出されたんだけど、その時――」
「ったく焦れったいねぇ! シド、やっちまうよ!」
「おうよッ!」
「は? ぐっ......!?」
「えっ? ちょ、何よっ!?」
隣で何かを言いかけていた
「なッ......!?」
「どうだ、ナンシー?」
私たちを抑え込んだまま、シドがナンシーに結果を求めた。すると、ナンシーに押さえられていた手の力が弱まる。
「ウソだろ? 本当に掛かったよっ!」
「マジかよ!?」
「ぷはぁ~っ、はぁはぁ......」
私も
「お、おい、大丈夫か? 思い切り首を極められていたように見えたが......?」
「し、死ぬかと思った......」
私は頭だけだったから平気だったけど、首を絞められていた
――それにしても、キスしたのは能力を解いた時以来......。
それに何よりも自発的じゃないキスが、こんなにも胸の鼓動が速くなるものだったなんて知りもしなかった。みんなも、今の自分と同じ気持ちだったのだろうか。
「――
「ど、どうしたの? いきなり大声なんて出して?」
「......さっきから呼んでいたぞ。それより顔が赤いが、大丈夫か?」
「え、ええ、平気よ。押さえ付けられてたから、ちょっと苦しかっただけよ。そんなことより......」
いつの間にか元のポジションに戻ったナンシーに、批難の眼を向けて問いただす。
「いったい、どういうつもりかしらっ?」
「キスしちまうのが一番てっとり早いだろ? その証拠に、
「そうそれはよかったわ!」
目を細めて、思いきり嫌みを込めて返事を返す。
するとナンシーは腰かけていた机から降りて、私の前までやってきて白い歯を見せて笑った。でもその笑顔が、どこか悲しそうに感じたのは、気のせいじゃない気がする。
「しっかし、まさか
「なあ、ナンシー。魔女って、必ず7人じゃなかったのか?」
「アタシもそう思ってたけど。実際、こうして存在しているワケだから認識を改める必要があるね。で、
7人目の魔女は、魔女の存在を把握出来るけど保有する能力までは分からない。そのため
「私の能力は、チャーム。キスした相手を、自分の虜にする能力よ」
「ふーん、虜ねぇ......」
息を整えている
「虜になってるようには、見えないけどねぇ」
「わ、私の能力は、人を選ぶの! 個人差でアプローチに差が出るのよ!」
「へぇ、絶対服従させられるワケじゃないのか。なら、いくぶんマシか......」
「マシ? マシって、何がよ?」
「いいや、何でもないよ。それで、去年の記憶を取り戻したいんだったね」
ようやく、話が本題に戻った。ナンシーの質問に、私は力強く頷いて答える。
そして、彼女の返答は――。
「どうすることも出来ないのよね?」
「すまない。今は、どうしようも出来ないんだ......」
「別に、あなたが謝ることじゃないわ。記憶を消したのは、
「結果を言えば、そうなるんだけどね......」
明かされた真実。
去年の秋頃、私たちとよく行動を共にしていた手芸部に籍を置く女子、
でも、そんなある日のこと――。
そこで、全員の記憶を
それは、儀式と呼ばれるもの。
にわかには信じられない話し、魔女が7人揃えればどんな願いでも叶えられるという儀式。当然、二つ返事で受け入れられる事案じゃない。でも、実際記憶が抜け落ちている身としては信じる以外の選択肢もない。
「
ナンシーが私たちの前に、
「
「さぁね。それは、そらにしか分からないさ。力になれなくてすまない」
「言ったでしょ? あなたが謝る必要はないって――」
ベンチから立ち上がって、数歩前へ歩いてから振り返る。
「これから、どうするつもり?」
「今まで通り、魔女の監視と保護を続けるさ。
「そうねぇ......」
夜空を見上げて、少し考える。
儀式以外で記憶は戻らないし、会長戦も辞退しちゃったから。これといった目的もない。会長戦が終わったら、次期生徒会が発足するから考える時間も持てる。
「ゆっくり考えるわ。時間はいっぱいあるからっ」
「そっか......」
そう言うとナンシーは、どこか安心したように微笑んだ。
* * *
文化祭の振り替え休日を挟んでの、お昼休み前。
教室移動から教室に戻っている途中で、
「まったく、アドレス知ってるんだから、そのくらい自分で送ってくればいいのに」と、思いながら返信を送り、放課後を迎えた。
「お待たせ」
「ぜんぜん、じゃあ行こうか」
「ええ」
教室棟と部室棟を繋ぐ渡り廊下で待ち合わせをした私たちは、
「アルバイトは、いいの?」
「今日は17時からだから。まだ余裕あるんだ」
「そう。あ、そうだわっ」
「ん? なに?」
超研部まで後数歩のところで立ち止まって、
改めて歩みを進めて、ドアを軽くノック。すぐに
「来てあげたわよ。なんの用よ?」
「そう急かすなって。とりあえず、入ってくれ」
周囲を警戒している
「あなた......!」
それはかつて、