下駄箱で靴を履き替えて、ナンシーに指定された軽音部の部室へ向かう。校舎の中は今、出し物の片付けの真っ最中で廊下は物と人で溢れ返っている。廊下に放置されたゴミを避けながら、各階にある渡り廊下を使って、軽音部が部室を構える部室棟へ移動。
「ナンシーのことだけど」
人気の少ない運動部の仮部室が並ぶ廊下に差し掛かった頃、俺は話を切りだす。一歩前を歩いていた
「なに?」
「ナンシーは、記憶操作の魔女。あるいは、彼女に近い女子が記憶操作の魔女だと思う」
「私も、その可能性は高いと思っているわ。あの子、私のこと覚えていたみたいだし。でも、どうして?」
「自信があるみたいだけど?」と、
「何か確信でもあるのか?」
「警告された。消さなきゃいけなくなるって」
「消すだと!?」
「なによ、それっ!」
軽音部の部室がある階へと続く階段の目の前で、
「......やっぱり、あの子が魔女? でも、それなら記憶を消したのに、どうして今さら姿を見せたのかしら......?」
「むぅ......」
もし仮にナンシーが魔女なら、
そんな二人が、
「
「えっ?」
大きめの声に気がついて、顔をあげる。さっきまで近くに居た
「何か考えごとか?」
「まあ、ちょっと......。二人は?」
「考えても仕方ないから。直接、問い詰めることにしたわ」
「結局それしかないからな。さあ、行くぞ」
階段を上りきり、文化部の部室が多くある階に到着。順番に、軽音部を探す。部室は見つかったのだが、
「ハァ、時間切れね」
「まったく、アイツは......!」
「後で教えてあげればいんじゃない?」
「そうね、行きましょ」
「行ってらっしゃい」
廊下で、二人を見送る。部室のドアノブに手をかけた
「えっ? 一緒に来ないの?」
「いや俺、記憶の件に関しては部外者だし。無関係の俺が居ない方が、ナンシーも話やすいんじゃないかなって」
「ダメよ。あなたも一緒に来て」
部室の前を離れた
「部室に居るのが、ナンシーひとりとは限らないわ。ナンシーと一緒にお店を手伝ってくれた、シドって男子も居ると思うの」
「ふむ、なるほどな。相手がナンシーひとりなら、俺自身で振り払うことも可能だが。二人がかりで襲われたら、磐石とはいかんか」
「ええ、その通りよ。同じ魔女の私には能力は効かないけど、
「それに......」と、
「私は、私たちは、あなたの言葉をきっかけに失われた記憶を探しを始めたの。だからあなたは、部外者なんかじゃないわ」
まっすぐ俺の目を見て言った
「わかった。一緒に行こう」
答えを聞いた
「ええ、じゃあ行くわよ......!」
「
「あ、ああ......、悪い。すぐ行く」
一人来るのが遅れていた
「......時間ピッタリだね」
照明もついていない薄暗い部室。窓辺から差し込むオレンジ色の西日に照らされ、窓際に無造作に置かれた学習机と椅子に座る、二つの人影を確認出来たが。とりあえず、扉横のスイッチを押す。
天井の蛍光灯がいっぺんに点り、室内は見違えるように明るくなった。机にあった二つの人影の正体、ナンシーとシドの顔もちゃんと視認出来る。
「ちょっ、ちょっと空気読みなよっ! せっかくの演出が台無しじゃないか!」
机を飛び降り文句を言いながら詰めよって来たナンシーを、シドがなだめる。ひとしきりの不満は出しきったらしく、落ち着きを取り戻したナンシーは、最初に椅子代わりにしていた机に寄りかかるようにして腰を落ち着けて腕を組み、俺を見据えた。
「で。どうして、あんたも居るんだい? 招待した覚えはないよ」
「あら。そっちにも、部外者が居るじゃない」
間髪入れず、
「オレは、ナンシーの!」
「よしな、シド! わかった。同席を認めたげるよ。悪いヤツじゃないみたいだし」
――フゥ、とひとつ息を吐いたナンシーはこちらに向かって歩いてきた。
「ただ! 出すぎたマネをするようなら容赦しないよ......!」
「あら、あなたはそんなこと言える立場じゃないのよ? ナンシー」
「どういう意味だい......?」
くすっ、と笑った
「見たところ
ざっと部屋を見渡してみる。彼女の言った通り、軽音部の部室は荒れていた。カーテンは破れ、楽器やアンプなんかも無造作に置かれて埃を被り、ギターに至っては弦が切れた状態のまま放置されていた。
「この有り様じゃ新学期以降、軽音部の存続は認められないわね」
「なっ!? そ、それは困るぞっ!」
「そうだぜッ! そんなことになったら、オレらの居場所がなくなっちま――」
「部費でカラオケに行けなくなるじゃないかっ!」
「って、そっちの心配かーッ!?」
お互いの主張を言い合っているナンシーとシドに向けて、
「ちっ! 仕方ないね。さっさと片付けるよ!」
「オ、オウ!」
二人は素直に従い、部室の掃除を始めた。
どうやら初手の主導権は、完全に
「ま、こんな所かしら」
見違えるほど綺麗になった部室で
「さあ、さっそく始めましょ。今さら私たちに声をかけたのは、どうしてなのかしら?」
――巧い。記憶を失っていることを悟らせないように注意を払いながらも、核心に迫る質問をした。しかし、ナンシーは答えることなく切り返した。
「それは、こっちのセリフだね。お前らこそなぜ、手芸部を探っている?」
「質問を質問で返さないでくれる? それやられちゃうと話が進まないじゃない」
「もぅ、仕方ないわね」と、このままでは埒があかないと判断した
「じゃあ先ずは、アタシから質問させてもらうよ」
「まあ、いいわ。どうぞ」
あくまでも余裕を持っているように見せかけた応対。ナンシーがどう出るか見極めつつ、いくつかの返答を想定している。
「もう一度聞くよ。手芸部に何の用があるんだい?」
「生徒会の見回りついでに、毎年恒例手芸部主催の展示会の進行具合を聞いていただけよ」
古い機種に入っていたメッセージの内容を絡めて返答を持ってきた。しかも暗に、ナンシーからの情報を誘う上手い言い回し。やはり、この手の質問を想定していたのだろう。
「本当にそれだけなのかい?」
「今度は、私の番よ」
目論見通りの返答は得られなかったが、ナンシーの態度から手芸部が何らかの形で関係することはほぼ確定。あの作りかけのペンケースと繋がった。
そして今度は、
「
「はあ?」
想定外の無茶ぶりに、俺と
「どういうつもりだい?」
「別に。ただ、このままじゃあ平行線のまま終わりそうだからよ」
「だったら、こっちも次は、シドがいくよ!」
「お、オレッ!? いきなり言われてもよぉ......」
「なんだい、ビビってんのかいっ? パンクじゃないねぇ!」
「......んなことねーぜ! オレに任せとけッ!」
「はいはい、どっちでも構わないわ」
「俺たちからの質問は、お前たち二人への質問だ。お前たちが、“何を隠しているのか”だ」
ナンシーは眉尻を上げ、
「どういう意味だい? その質問は......」
「言葉通りの意味で捉えてくれて構わない。やり取りを見ていた限り、どっちも主語がないから平行線を辿っている」
「確かに、そうね。わかったわ」
「
「このまま続けても意味ないでしょ。だから、ここは腹を割って話そうってこと。シドも、同じこと思っていたんじゃないか?」
「お、おうよ。オレも、そう言おうと思ってたんだぜ......!」
「ウソ吐くんじゃないよっ!」
「どっちでもいいわ」
仲間割れになりそうになっている二人を制した
「これは?」
「私が今、ここにいる理由よ」
写真を裏返し、
「正直に話すわ。私、本当は覚えてないの。その写真も、あなたのことも......」
顔を上げたナンシーは、驚いた......と言うよりも、どこか悲しそうな
「......そうかい。そうだよな、当たり前だ。無理もない、いいんだ」
先ほどまでとは一転してしおらしい態度に変わったナンシーは写真を、
「それで。嘘をついてまで、何を知りたかったんだ?」
「私は。私と
「ひとつ条件がある」
ナンシーが出した条件。
それは――今から話すことは、
* * *
「何飲む?」
「アタシ、コーラ!」
「オレも!」
軽音部での話し合いが済んだあと、俺たちは文化祭の打ち上げを兼ねて食べ放題の焼き肉屋に来ていた。席に備え付けのタブレット端末でソフトドリンクのページを開き、ナンシーとシドの二人分のコーラを注文欄に追加。
「お待たせ」
自宅に連絡を入れるため席を外していた
「
「見せて。そうねぇ、ルイボスティーにしようかしら」
「了解」
端末を操作。とりあえず、飲み物を注文してから各々が食べたい品を注文していく。飲み物が揃ったところで、食材や料理が運ばれてくる前に乾杯。屋台の責任者という理由だけで音頭を取らされることになってしまった。奇をてらわず無難に済ます。
「それじゃあお疲れさまでした。乾杯!」
「カンパーイ!」とグラスを合わせてひと口運び、コップを置いて話をしながら、運ばれて来た食材をテーブルの中央に埋め込まれたコンロで焼く。
「うっま! やっぱ、カルビだよなっ!」
「そんなにがっついて食べると太るわよ」
「そんなの気にしてたら何も食べれないぜっ。シド、追加しな!」
「おおよッ!」
サラダを中心にバランス良く食べている
「まったく。ところで二人は、何を食べてるの?」
「砂肝」
「オヤジか!」
ナンシーから、
「アンタも、偏ってるみたいだねぇ」
「ん? そうかな」
肉、野菜とバランスを考えて食べているつもりだったんだけど。
「確かに、お肉は赤身と鶏肉ばかりね。脂が多いのは好きじゃないの?」
「そうでもないよ。でも一応、復帰に向けて身体を作り始めてるから」
脂身の少ない赤身、ビタミンが豊富な豚、高タンパク低脂肪の鶏肉は筋肉に変わりやすい。栄養をしっかり摂りつつ、体重を維持しながら余分な体脂肪を落とすのに効率がいい。
「脂肪と筋肉って同じ重さでも、二割位体積が変わるから引き締まって細く見えるんだよ」
「ほう、そんなに変わるものなのか」
「まあね」
太くなるからやりたくない、という人もいるけど。アスリート並の負荷トレーニングと食事制限しない限り、筋トレをして太くなることはあり得ない。逆に筋力量が増えれば、基礎代謝が上がる。当然、体型の維持もしやすくなるし、食べ過ぎも消費してくれるメリットがある。
「よーし、とりあえず、カルビを五人前追加......」
「待ってー!」
「そうだ、待て!」
シドの隣に座っているナンシーは端末を取り上げる。 端末を託された
「えっと、まだ確定はしてないわねっ。キャンセルキャンセル......!」
「
どうやら、乙女心に火をつけてしまったらしい。
健気な女子二人を見ていると、左隣の
「どうした?」
「いや、去年の今頃もこんな感じだったのかって思ってな」
「そっか。またいつか戻れるといいな。
「......ああ、そうだな」
目を閉じて冷茶を口に運ぶ
次回は、
現在製作中なるたけ早く出せるように出来たらと思います