黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode28 ~乙女心~

 下駄箱で靴を履き替えて、ナンシーに指定された軽音部の部室へ向かう。校舎の中は今、出し物の片付けの真っ最中で廊下は物と人で溢れ返っている。廊下に放置されたゴミを避けながら、各階にある渡り廊下を使って、軽音部が部室を構える部室棟へ移動。

 

「ナンシーのことだけど」

 

 人気の少ない運動部の仮部室が並ぶ廊下に差し掛かった頃、俺は話を切りだす。一歩前を歩いていた小田切(おだぎり)は隣に並び、歩幅を合わせた。

 

「なに?」

「ナンシーは、記憶操作の魔女。あるいは、彼女に近い女子が記憶操作の魔女だと思う」

「私も、その可能性は高いと思っているわ。あの子、私のこと覚えていたみたいだし。でも、どうして?」

 

「自信があるみたいだけど?」と、小田切(おだぎり)は小さく首をかしげる。

 

「何か確信でもあるのか?」

「警告された。消さなきゃいけなくなるって」

「消すだと!?」

「なによ、それっ!」

 

 軽音部の部室がある階へと続く階段の目の前で、小田切(おだぎり)五十嵐(いがらし)の歩みが止まった。真相を知りたがっていた二人にとって、それだけ衝撃的な台詞。

 

「......やっぱり、あの子が魔女? でも、それなら記憶を消したのに、どうして今さら姿を見せたのかしら......?」

「むぅ......」

 

 小田切(おだぎり)は左手で右肘を抱えて口元に手を当てながら、疑問を呟き。五十嵐(いがらし)干足元へ視線を向け、腕を組ながら首を捻って熟考している。

 もし仮にナンシーが魔女なら、宮村(みやむら)が探している「7人目の魔女」は、ナンシーということになる。だけど、どうにも腑に落ちない。成り行きとはいえ一緒に屋台を運営して、片付けも小言を言いながらも最後まで投げ出さずに手伝ってくれた。ナンシーも、シドも、攻撃的な見た目とは違って悪いヤツじゃない。むしろ良いヤツらだと個人的に感じた。

 そんな二人が、宮村(みやむら)のお姉さんに何かするとは到底思えない。ただ、小田切(おだぎり)たちが記憶を失った時期と近いことが引っかかる。

 

宮内(みやうち)くんっ!」

「えっ?」

 

 大きめの声に気がついて、顔をあげる。さっきまで近くに居た小田切(おだぎり)五十嵐(いがらし)が、階段の踊り場まで移動していた。二人のあとを追って階段を上り、合流。

 

「何か考えごとか?」

「まあ、ちょっと......。二人は?」

「考えても仕方ないから。直接、問い詰めることにしたわ」

「結局それしかないからな。さあ、行くぞ」

 

 階段を上りきり、文化部の部室が多くある階に到着。順番に、軽音部を探す。部室は見つかったのだが、宮村(みやむら)から連絡が入っているハズの山田(やまだ)の姿は見当たらない。約束の時間まであと10分、5分となっても、山田(やまだ)は姿を現さなかった。

 

「ハァ、時間切れね」

「まったく、アイツは......!」

「後で教えてあげればいんじゃない?」

「そうね、行きましょ」

「行ってらっしゃい」

 

 廊下で、二人を見送る。部室のドアノブに手をかけた小田切(おだぎり)が、意外そうな顔で振り向いた。

 

「えっ? 一緒に来ないの?」

「いや俺、記憶の件に関しては部外者だし。無関係の俺が居ない方が、ナンシーも話やすいんじゃないかなって」

「ダメよ。あなたも一緒に来て」

 

 部室の前を離れた小田切(おだぎり)は、理由を話し出した。

 

「部室に居るのが、ナンシーひとりとは限らないわ。ナンシーと一緒にお店を手伝ってくれた、シドって男子も居ると思うの」

「ふむ、なるほどな。相手がナンシーひとりなら、俺自身で振り払うことも可能だが。二人がかりで襲われたら、磐石とはいかんか」

「ええ、その通りよ。同じ魔女の私には能力は効かないけど、(うしお)くんは魔女の能力に掛かってしまうわ。念には念を入れていきたいのよ」

 

「それに......」と、小田切(おだぎり)は更に続ける。

 

「私は、私たちは、あなたの言葉をきっかけに失われた記憶を探しを始めたの。だからあなたは、部外者なんかじゃないわ」

 

 まっすぐ俺の目を見て言った小田切(おだぎり)は、目を逸らすことなく、返事を待っている。まっすぐな眼差しで、思い出した。約束をしたことを、記憶探しを手伝うという約束。

 

「わかった。一緒に行こう」

 

 答えを聞いた小田切(おだぎり)表情(かお)が、少し柔らかくなった気がした。

 

「ええ、じゃあ行くわよ......!」

五十嵐(いがらし)?」

「あ、ああ......、悪い。すぐ行く」

 

 一人来るのが遅れていた五十嵐(いがらし)が、早足で追いかけてくる。小田切(おだぎり)は、五十嵐(いがらし)が来るのを待ってから再び、軽音部部室のドアノブに手をかけた。

 

「......時間ピッタリだね」

 

 照明もついていない薄暗い部室。窓辺から差し込むオレンジ色の西日に照らされ、窓際に無造作に置かれた学習机と椅子に座る、二つの人影を確認出来たが。とりあえず、扉横のスイッチを押す。

 天井の蛍光灯がいっぺんに点り、室内は見違えるように明るくなった。机にあった二つの人影の正体、ナンシーとシドの顔もちゃんと視認出来る。

 

「ちょっ、ちょっと空気読みなよっ! せっかくの演出が台無しじゃないか!」

 

 机を飛び降り文句を言いながら詰めよって来たナンシーを、シドがなだめる。ひとしきりの不満は出しきったらしく、落ち着きを取り戻したナンシーは、最初に椅子代わりにしていた机に寄りかかるようにして腰を落ち着けて腕を組み、俺を見据えた。

 

「で。どうして、あんたも居るんだい? 招待した覚えはないよ」

「あら。そっちにも、部外者が居るじゃない」

 

間髪入れず、小田切(おだぎり)が言い返す。部外者と名指しされたシドが、ずいっと前に出て来た。

 

「オレは、ナンシーの!」

「よしな、シド! わかった。同席を認めたげるよ。悪いヤツじゃないみたいだし」

 

 ――フゥ、とひとつ息を吐いたナンシーはこちらに向かって歩いてきた。

 

「ただ! 出すぎたマネをするようなら容赦しないよ......!」

「あら、あなたはそんなこと言える立場じゃないのよ? ナンシー」

「どういう意味だい......?」

 

 くすっ、と笑った小田切(おだぎり)は一歩前に出て、ナンシーと対峙。見つめ合っていた顔を横に向けて、部屋の中を観察している。

 

「見たところ軽音部(あなたたち)は、真面目な活動を送っているようには見えないわ」

 

 ざっと部屋を見渡してみる。彼女の言った通り、軽音部の部室は荒れていた。カーテンは破れ、楽器やアンプなんかも無造作に置かれて埃を被り、ギターに至っては弦が切れた状態のまま放置されていた。

 

「この有り様じゃ新学期以降、軽音部の存続は認められないわね」

「なっ!? そ、それは困るぞっ!」

「そうだぜッ! そんなことになったら、オレらの居場所がなくなっちま――」

「部費でカラオケに行けなくなるじゃないかっ!」

「って、そっちの心配かーッ!?」

 

 お互いの主張を言い合っているナンシーとシドに向けて、小田切(おだぎり)は「とにかく、生徒会役員の力を見くびらないことね。話の前に、まずは掃除よっ!」と、部室の後方のロッカーに完備された掃除用具を、半ば強引に二人に押し付けた。

 

「ちっ! 仕方ないね。さっさと片付けるよ!」

「オ、オウ!」

 

 二人は素直に従い、部室の掃除を始めた。

 どうやら初手の主導権は、完全に小田切(おだぎり)が握ったようだ。五人で手分けして、荒れ果てた部室の掃除を始める。

 

「ま、こんな所かしら」

 

 見違えるほど綺麗になった部室で小田切(おだぎり)は、クッションを敷いた椅子に座り。俺たちも適当な距離を保ち、対峙する形で腰を落ち着ける。

 

「さあ、さっそく始めましょ。今さら私たちに声をかけたのは、どうしてなのかしら?」

 

 ――巧い。記憶を失っていることを悟らせないように注意を払いながらも、核心に迫る質問をした。しかし、ナンシーは答えることなく切り返した。

 

「それは、こっちのセリフだね。お前らこそなぜ、手芸部を探っている?」

「質問を質問で返さないでくれる? それやられちゃうと話が進まないじゃない」

 

「もぅ、仕方ないわね」と、このままでは埒があかないと判断した小田切(おだぎり)は、一問一答形式で交互に質問することを提案。その提案に、ナンシーもうなづいた。

 

「じゃあ先ずは、アタシから質問させてもらうよ」

「まあ、いいわ。どうぞ」

 

 あくまでも余裕を持っているように見せかけた応対。ナンシーがどう出るか見極めつつ、いくつかの返答を想定している。

 

「もう一度聞くよ。手芸部に何の用があるんだい?」

「生徒会の見回りついでに、毎年恒例手芸部主催の展示会の進行具合を聞いていただけよ」

 

 古い機種に入っていたメッセージの内容を絡めて返答を持ってきた。しかも暗に、ナンシーからの情報を誘う上手い言い回し。やはり、この手の質問を想定していたのだろう。

 

「本当にそれだけなのかい?」

「今度は、私の番よ」

 

 目論見通りの返答は得られなかったが、ナンシーの態度から手芸部が何らかの形で関係することはほぼ確定。あの作りかけのペンケースと繋がった。

 そして今度は、小田切(おだぎり)からの質問。計三回の一問一答が繰り返され、小田切(おだぎり)は記憶と魔女に関しての質問。ナンシーの方は一貫して手芸部についての質問を、お互い繰り返した。ただ、小田切(おだぎり)の方は記憶がないことを悟らせないため中途半端な質問しか出来ず、未だ核心をつく質問を出来ないでいる。騙し騙しでは、ここらが精一杯。核心をつくには、ある程度のリスクを負った上で踏み込む必要がある。

 

(うしお)くん、宮内(みやうち)くん。次の質問は、あなたたちに任せるわ」

「はあ?」

 

 想定外の無茶ぶりに、俺と五十嵐(いがらし)は揃ってすっとんきょうな声をあげてしまう。ナンシーも、怪訝な顔で眉をひそめる。

 

「どういうつもりだい?」

「別に。ただ、このままじゃあ平行線のまま終わりそうだからよ」

「だったら、こっちも次は、シドがいくよ!」

「お、オレッ!? いきなり言われてもよぉ......」

「なんだい、ビビってんのかいっ? パンクじゃないねぇ!」

「......んなことねーぜ! オレに任せとけッ!」

「はいはい、どっちでも構わないわ」

 

 小田切(おだぎり)とナンシーたちが話している間に、俺と五十嵐(いがらし)は相談してひとつの結論に辿り着いた。結局のところコレしか方法はない。代表して、五十嵐(いがらし)が話す。

 

「俺たちからの質問は、お前たち二人への質問だ。お前たちが、“何を隠しているのか”だ」

 

 ナンシーは眉尻を上げ、小田切(おだぎり)は意図を察してくれたらしく「なるほどね」と微笑んだ。

 

「どういう意味だい? その質問は......」

「言葉通りの意味で捉えてくれて構わない。やり取りを見ていた限り、どっちも主語がないから平行線を辿っている」

「確かに、そうね。わかったわ」

寧々(ねね)!?」

「このまま続けても意味ないでしょ。だから、ここは腹を割って話そうってこと。シドも、同じこと思っていたんじゃないか?」

 

 五十嵐(いがらし)の言葉に付け加え、ついでにシドに振ってこちら側に引き込む。助かった、と言わんばかりに乗ってくれた。

 

「お、おうよ。オレも、そう言おうと思ってたんだぜ......!」

「ウソ吐くんじゃないよっ!」

「どっちでもいいわ」

 

 仲間割れになりそうになっている二人を制した小田切(おだぎり)は、記憶を探すきっかけになった例の写真を裏返しの状態で、ナンシーに手渡した。

 

「これは?」

「私が今、ここにいる理由よ」

 

 写真を裏返し、小田切(おだぎり)五十嵐(いがらし)。そして、今この場にいない山田(やまだ)の三人が仲良さそうに写る写真を見たナンシーは口をぎゅっと結び、写真に見入っている。

 

「正直に話すわ。私、本当は覚えてないの。その写真も、あなたのことも......」

 

 顔を上げたナンシーは、驚いた......と言うよりも、どこか悲しそうな表情(かお)をしていた。

 

「......そうかい。そうだよな、当たり前だ。無理もない、いいんだ」

 

 先ほどまでとは一転してしおらしい態度に変わったナンシーは写真を、小田切(おだぎり)に返す。

 

「それで。嘘をついてまで、何を知りたかったんだ?」

「私は。私と(うしお)くんは、この頃の気持ちを取り戻したいだけなの!」

 

 小田切(おだぎり)の思いを聞いたナンシーはうつむいて、しばらくして口を開いた。

 

「ひとつ条件がある」

 

 ナンシーが出した条件。

 それは――今から話すことは、山田(やまだ)に秘密にして欲しい。

 

           *  *  *

 

「何飲む?」

「アタシ、コーラ!」

「オレも!」

 

 軽音部での話し合いが済んだあと、俺たちは文化祭の打ち上げを兼ねて食べ放題の焼き肉屋に来ていた。席に備え付けのタブレット端末でソフトドリンクのページを開き、ナンシーとシドの二人分のコーラを注文欄に追加。五十嵐(いがらし)は冷茶を、俺は烏龍茶をそれぞれ選択。

 

「お待たせ」

 

 自宅に連絡を入れるため席を外していた小田切(おだぎり)が、店内に戻ってきた。空いている右隣に座った彼女にも尋ねる。

 

小田切(おだぎり)さんは、何にする?」

「見せて。そうねぇ、ルイボスティーにしようかしら」

「了解」

 

 端末を操作。とりあえず、飲み物を注文してから各々が食べたい品を注文していく。飲み物が揃ったところで、食材や料理が運ばれてくる前に乾杯。屋台の責任者という理由だけで音頭を取らされることになってしまった。奇をてらわず無難に済ます。

 

「それじゃあお疲れさまでした。乾杯!」

 

「カンパーイ!」とグラスを合わせてひと口運び、コップを置いて話をしながら、運ばれて来た食材をテーブルの中央に埋め込まれたコンロで焼く。

 

「うっま! やっぱ、カルビだよなっ!」

「そんなにがっついて食べると太るわよ」

「そんなの気にしてたら何も食べれないぜっ。シド、追加しな!」

「おおよッ!」

 

 サラダを中心にバランス良く食べている小田切(おだぎり)とは対照的に、ナンシーとシドは脂身(サシ)の多い肉を中心に食べている。

 

「まったく。ところで二人は、何を食べてるの?」

「砂肝」

「オヤジか!」

 

 ナンシーから、五十嵐(いがらし)に間髪入れず突っ込みが飛んだ。言われてみれば五十嵐(いがらし)の前には、日本酒の肴になりそうな一品料理ばかりが並んでいる。将来、酒飲みになる気がする。

 

「アンタも、偏ってるみたいだねぇ」

「ん? そうかな」

 

 肉、野菜とバランスを考えて食べているつもりだったんだけど。

 

「確かに、お肉は赤身と鶏肉ばかりね。脂が多いのは好きじゃないの?」

「そうでもないよ。でも一応、復帰に向けて身体を作り始めてるから」

 

 脂身の少ない赤身、ビタミンが豊富な豚、高タンパク低脂肪の鶏肉は筋肉に変わりやすい。栄養をしっかり摂りつつ、体重を維持しながら余分な体脂肪を落とすのに効率がいい。

 

「脂肪と筋肉って同じ重さでも、二割位体積が変わるから引き締まって細く見えるんだよ」

「ほう、そんなに変わるものなのか」

「まあね」

 

 太くなるからやりたくない、という人もいるけど。アスリート並の負荷トレーニングと食事制限しない限り、筋トレをして太くなることはあり得ない。逆に筋力量が増えれば、基礎代謝が上がる。当然、体型の維持もしやすくなるし、食べ過ぎも消費してくれるメリットがある。

 五十嵐(いがらし)との会話を聞いていた、隣の席とテーブルを挟んで斜めに座る女子の目の色が明らかに変わった。

 

「よーし、とりあえず、カルビを五人前追加......」

「待ってー!」

「そうだ、待て!」

 

 シドの隣に座っているナンシーは端末を取り上げる。 端末を託された小田切(おだぎり)は、すぐに注文欄を確認した。

 

「えっと、まだ確定はしてないわねっ。キャンセルキャンセル......!」

寧々(ねね)、赤身だ! 鶏肉だ!」

 

 どうやら、乙女心に火をつけてしまったらしい。

 健気な女子二人を見ていると、左隣の五十嵐(いがらし)が不意に笑った。

 

「どうした?」

「いや、去年の今頃もこんな感じだったのかって思ってな」

「そっか。またいつか戻れるといいな。山田(やまだ)たちともさ」

「......ああ、そうだな」

 

 目を閉じて冷茶を口に運ぶ五十嵐(いがらし)の横顔は、どこか物哀しげだった。今、この場にいない山田(やまだ)のことを気にかけてることは、きっと間違いないだろう。




次回は、小田切(おだぎり)視点の予定です。
現在製作中なるたけ早く出せるように出来たらと思います

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