黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode27 ~手がかり~

「注文二つ入ったよっ!」

 

 屋台裏で作業する俺と五十嵐(いがらし)に替わって、カウンターで接客をしている先ほど絡んできた女子生徒が、気っ風のいいの声でオーダーを伝えてきた。

 

「どうしてこうなった?」

「まあ、ありがたいんじゃない。猫の手も借りたいくらいだったし」

「それはそうだが。ただこき使われてるだけのような気が......」

「オマエら、客を待たせるんじゃないよ! ボサっとしてないで急ぎな!」

 

 五十嵐(いがらし)と話ながら準備していたところへ罵声が飛んできた。どうやら、サボっていると思われてしまったみたいだ。

 なぜ、この女子が手伝いをしてくれているのかというと。今から一時間ほど前まで遡る。

 

 

           * * *

 

 

「アンタたち、ちょっとツラ貸しな......!」

 

 敵意を剥き出しの声で言い放った女子に、俺と五十嵐(いがらし)は同じ意見を共有し、返答をする。

 

「悪いけど、今忙しいから」

「冷やかしなら、(よそ)でしてくれ」

 

 後ろに並んでくれている客が居る。絡んできた女子はテキトーにあしらい、何ごともなかったかのように接客へ戻ることにした。

 

「ちょっ!? 逃げるんじゃないよ!」

 

 ベニヤ板で作ったカウンターから身を乗りだした女子は、近く居た五十嵐(いがらし)のエプロンの裾を掴んで引っ張った。

 

「お、おい、離せ......!」

「離して欲しかったら、おとなしくツラ貸しな!」

「忙しいと言っているだろ! 営業妨害で、生徒会に通報するぞッ!」

「上等だっ、やってみな!」

 

 五十嵐(いがらし)は必死で振りほどこうと試みているが、女子生徒の方も必死にしがみついて離さない。まるでスッポンだ、なんて言っている場合じゃない。店先で言い争う二人の騒ぎを聞き付けて、野次馬が集まってきた。どうにかして二人を宥めようと試みるも、一向に収まる気配はない。

 

「ちょっとそこっ! 何を騒いでいるのかしらっ?」

 

 男女関係のもつれではないか、と根拠のない憶測が出回り始め。いよいよ事態の収拾がつかなくなりだしたところへ、見回りをしていた小田切(おだぎり)が駆けつけた。

 

「これは、いったいなんの騒ぎっ?」

小田切(おだぎり)! いいところへ来てくれた、コイツをどうにかしてくれ!」

「え? (うしお)くんだったの?」

「チッ......!」

 

 安堵の表情をして助けを求める五十嵐(いがらし)とは正反対に女子生徒は、生徒会役員の小田切(おだぎり)が登場したためか、軽く舌打ちをして気まずそうに顔を背けた。

 

「ハァ、この件は生徒会で預かるわ。ほら、あなたたちは散りなさい」

 

 小田切(おだぎり)は小さくタメ息をつき、店の回りを囲むように集まっていた野次馬を解散させてから店の前へ来て、事情聴取が始まった。

 

「それで、どうしたの? 騒ぎの原因はなに?」

「ああ、実は――」

「ちょうどよかった。あんたにも話があったんだよ」

 

 女子生徒は五十嵐(いがらし)の言葉を遮り、小田切(おだぎり)の前に出る。すると彼女、何か勘づいたようにやや目を細めた。

 

「アンタら最近、手芸部に......」

「待ちなさい。今は、文化祭の真っ只中よ。あなたの話しは、後夜祭で聞いてあげるわ。それより宮内(みやうち)くん、お店の方はどう?」

「予想以上だね。猫の手も借りたいくらいに」

 

 収支報告をまとめた伝票を手渡す。

 

「さすが、私ね! でも、これじゃあ休憩も取れないでしょ? ねぇ、あなた、私の代わりにお店手伝ってくれないかしら」

「はぁーっ!? どうして、アタシがッ!」

「あーら。何か不満があって?」

「ああ、不満しかないねっ!」

「そう、それは困ったわ。ところで、あのパンダのぬいぐるみは大事してくれているかしら? ねぇ、()()()()?」

 

 小田切(おだぎり)が言い放った言葉に驚いた俺と五十嵐(いがらし)は、示し合わせた訳でもなくお互い同じタイミングで顔を見合わせる。しかし俺たち以上に、盛大に慌てふためく少女が目の前に居た。

 

「なっ!? お、おまえ、アタシのこと覚えて......?」

 

 してやったりと言った感じに小田切(おだぎり)はクスッと笑った。どうやらカマをかけたらしく、取り乱している女子生徒――ナンシーは、見事に引っ掛かった。

 

「詳しい話は、また後でしましょ。じゃあお願いするわね。宮内(みやうち)くんと(うしお)くんも、何かあったら連絡して」

「あ、ああ......わかった」

「了解」

 

 ナンシーは見回りへ戻っていった小田切(おだぎり)の背中を、人混みに紛れて見えなくなるまで見つめていた。

 そして、現在に至る。

 

「カップサラダ二つお待ちどうさま、普段からちゃんと食べるんだよ!」

 

 絡んできた女子生徒......ナンシーの元気な声が辺りに響いている。彼女とは、まだ一時間ほどの付き合いだけど。顔立ちは整っているし、話をするとサバサバしていて気持ちの良い性格をしている。前に出れば、男女共に人気が出るタイプだと思う。裏付けるように、ナンシーが接客をしてくれているおかげで客層にも変化が生まれた。今までは、販売している商品がサラダということもあって、ほぼ100パーセント女性客だったが、ナンシーが来てくれてからは男性客が明らかに増えた。

 

「ナンシー!」

 

 と言ったそばから、彼女目当ての男子が店先に現れた。ナンシーと同じ系統で、学校指定の制服をアレンジして着崩している。

 

「ん? シドじゃないか、どうしたんだい?」

「どうしたじゃないぜ。中々帰って来ないから様子を見に来たんだよ。そうしたら、エプロン着けて売り子やってるじゃねぇか」

「ああ~、そいつは悪かったね。この店案外忙しくってさ。おっ、お客さんだ。ほら、退いたどいたっ!」

 

 ナンシーは、シドと呼んだ男子を横に押し退けて他校の女子生徒三人を相手に接客を始める。彼女から送られてくる注文を、俺と五十嵐(いがらし)の二人で捌く。

 

「コイツをナンシーに渡せばいいだよな?」

 

 知らぬ間にカウンターのこちら側に来たシドが、出来上がったカップサラダを両手に持っていた。聞いたところ、ナンシーに手伝えと言われたらしい。俺たちとしても運ぶ手間が省けてありがたい。好意に甘えて、手伝いをお願いする。

 当初売れ残ることを計算に入れていたが。ナンシーとシド、二人のお陰で販売効率は格段に上がり、午後3時前には商品は全て完売。結局二人は、その後の店の片付けまで手伝ってくれた。

 

「じゃあ俺は、銀行へ行ってくる」

「うん、よろしく」

 

 

 売上金の両替するため、近くの銀行へ向かう五十嵐(いがらし)を正門で見送った俺は、二人が待つ中庭のベンチへ足を運んだ。

 

「お疲れさま。はい」

「おっ、気が利くじゃないかい」

「オレにもくれるってかッ! オマエ、いいヤツだな~」

 

 手伝ってくれたナンシーとシドにお礼の飲み物を渡す。好みは分からなかったから無難な炭酸飲料を選んだけど、特に嫌な様子もない。正解だったみたいだ。ハズレを選ばずに済んでほっとした俺も、中身が半分ほど残ったペットボトルの蓋に手を伸ばしたその時、ポケットのスマホが震えた。一旦ペットボトルをベンチに置いて、画面を確認する。

 

小田切(おだぎり)さん」

寧々(ねね)かっ! 何だって!?」

「悪いけど、もう少し時間がかかるから。時間と場所を決めて落ち合うことにしましょう。だってさ」

「なんだいもったいぶって!」

「なあナンシー、いったいどういうことなんだ? オレ、何が何だか......」

 

 ナンシーを呼びに来た途端いきなり手伝わされたあげく、ちゃんとした事情を知らされていないままのシドは、状況を飲み込めず腕を組んで頭を傾げている。

 

「とりあえず、寧々(ねね)に伝えてくれるかい? 17時に軽音楽部で待ってるって」

「了解」

 

 ナンシーの伝言を打ち込み送信ボタンをタップ。すぐに「わかったわ」と、小田切(おだぎり)から返信が返ってきた。

 

「サンキュー」

「いえいえ、外そうか?」

「ああ、知らないあんたは関わらない方がいい。もしもの時は――」

 

「消さなきゃいけなくなる」と、ナンシーは語気を強めて警告してきた。

 

 

           * * *

 

 

 ナンシーたちと別れた俺はひとり、各クラス・部活動の催し物を見物しながら校内を、超常現象研究部の焼きそばパン屋へと向かって廊下を歩いていた。

 

「ねぇ、例の占い行ってみない?」

「ああ~、あの絶対当たるってやつね。あれもう店じまいみたいだよ」

「ええ~っ、そうなのー?」

「お前、占ってもらったんだろ? なんて言われたんだ?」

「強く生きてください」

「は? なにそれ」

 

 すれ違う人たちから時おり聞こえてくる占いの噂。会話の内容から、かなり高い確率で当たっているようだ。まるで猿島(さるしま)の予知能力だな、と思っている間に超常現象研究部へ到着。

 

「あれ、売り切れ?」

 

 部室の前には、メイド服姿の売り子がウェルカムボードの片付けをしているだけで。ドアには「完売しました!」と貼り紙がしてあった。

 

「あ、ごめーん、もう売り切れたの......って、宮内(みやうち)じゃない」

 

 メイド服の売り子は、伊藤(いとう)だった。ちょうど良かった。用件を伝える。

 

伊藤(いとう)さん、山田(やまだ)居る?」

山田(やまだ)なら居ないわよ。パンが売り切れた途端、疲れたって言ってどこかへ行ったきりなのよー」

「そっか、ありがとう」

 

 ナンシーの件を伝えておこうと思ったけど、居ないのなら仕方ない。伊藤(いとう)にお礼を言って、来た廊下を帰ろうと振り返った時だった。

 

「ちょっと待って! あんた今、ヒマ? ヒマよね? 片付け手伝って欲しいな~っ」

 

 呼び止められ、普段の伊藤(いとう)からは考えられないほどの不気味なほどの甘ったるい猫なで声で手伝い頼まれてしまった。

 

「みやむー、反対側もってくれ」

「おう」

 

 部室では椿(つばき)と、着ぐるみを着た宮村(みやむら)が机を運んでいた。17時まで時間があるし、特に断る理由もなかったから伊藤(いとう)の言葉に頷き、部室へ入った直後に違和感を感じて疑問が浮かんだ。超常現象研究部の催し物は焼きそばパンの販売だったハズが。部室の中には、なぜか暗幕で仕切られた空間の中央のテーブルに、水晶玉が置かれていた。

 

「これよ」

「100%アタル占いつき焼きそばパン屋?」

 

 異質な光景に立ち尽くしていた俺に、伊藤(いとう)と同じくメイド服を着た白石(しらいし)が、店の看板を見せてくれる。

 

猿島(さるしま)さんの能力をコピーした山田(やまだ)くんが、焼きそばパンを買ってくれたお客さんを占ってたの」

「ああ~、なるほど」

 

 さっきすれ違った人たちが話ていたのは、看板(これ)の事だったのか。白石(しらいし)の話によると、山田(やまだ)渾身の焼きそばパンは価格設定が高すぎて、まったく売れず。そうなることをあらかじめ予期して保険をかけておいた伊藤(いとう)の提案で、占いのサービス付けたところ大ヒット。即完売したらしい。

 

「内装終わった~! 手伝いありがと。はい、これ」

「焼きそばパン?」

「そ。打ち上げように取っておいたやつよ」

山田(やまだ)の分だけどなー」

 

 テーブルに広げたお菓子を、宮村(みやむら)は笑いながら摘まんでいる。

 

「後が怖そうだから遠慮しとく」

「正解、あいつ食にうるせーからな」

 

 外の装飾品を外しに行った白石(しらいし)たちを見送り、宮村(みやむら)の対角線上に座る。

 

「例の件は?」

「前に言った通り停滞中。そっちは?」

「もしかしたら進展あるかも」

「マジか?」

 

 返事の代わりに頷いて答える。宮村(みやむら)は両手を頭の後ろで組んで、そのまま寝転んだ。

 

「そっか。それでお前は、山田(やまだ)を探してたってわけか」

「ああ、山田(やまだ)も当事者だからね」

 

 スマホを立ち上げ、宮村(みやむら)に向けてメッセージを打つ。“7人目の魔女”に繋がる手がかりを掴んだかも知れない、と。宮村(みやむら)は、スマホを確認すると一瞬視線を向け、山田(やまだ)にメッセージを送った。

 

「......だな。んじゃ、連絡入れとくわ」

「頼む。さて、そろそろ行くよ」

「おう、またな」

 

 礼を言って、部室を出る。片付けをしている白石(しらいし)たちとも幾つか言葉を交わして、小田切(おだぎり)五十嵐(いがらし)と待ち合わせをした中庭へ行く。見回りを終えた小田切(おだぎり)も、既に待っていた。

 

「お待たせ」

「来たか」

「お疲れさま。さ、軽音楽部へ行きましょう」

 

 俺たちは三人揃って、ナンシーに指定された軽音楽部の部室へと向かった。


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