黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode26 ~信頼と信用~

 全国的に、猛暑日と局地的な豪雨が続いた夏が過ぎ去り、いくぶん過ごしやすくなってきた九月中旬の秋夜。いつかと同じように、帰り道の間にあるコンビニの前で、宮村(みやむら)が待ち伏せしていた。着替えを済ませ、テーブルで向かい合う。コーヒーが注がれたマグカップに息を吹きかけながら、わざわざ待ち伏せしていた理由を話し出した。

 

滝川(たきがわ)ノアの件は、ひとまず片付いた。屋台の出店許可も無事降りて、一件落着。渋谷(しぶたに)の件があるから報告に来たってわけさ」

「メッセージでいいだろ?」

「そういうなって、どこから洩れるかなんてわからねーからな。滝川(たきがわ)は、記憶に関する魔女だった」

 

 記憶というワードから記憶改竄、記憶消去の魔女――と思いきや。

 

「ただ、お前たちが探してる記憶操作類いの能力じゃない。キスした相手のトラウマを夢で見る、過去視の能力だ」

 

 六人......山田(やまだ)を入れて、不思議なチカラを持つ人間が七人も同じ学校に存在している。あまりにも非現実的で不可思議な現状に、夢でも見ているような気分に陥ってしまう。

 

「じゃあ次が、例の“7人目の魔女”になるのか」

「ま、そういうことになるな。“7人目の魔女”の能力は、記憶操作で確定だ。記憶消去(デリート)か、記憶改竄(リライト)か。どっちにしても、タチのわりぃ相手だ」

 

 宮村(みやむら)にとっては、姉を追い込んだ魔女。意気込みはひときわ。冷静に話してはいるが、殺気を帯びたピリピリした凄みのような雰囲気をひしひしと感じる。

 

「捜索は始めてるのか?」

「いや、何もしてねぇ。むしろ動かない方向に向かってる」

 

 それは、また妙な話。“7人目の魔女”の捜索に一番躍起になるはずが、逆の方向へ舵が切られている。むしろ、手を引くことを望んでいるかのような消極的な立ち回り。

 

「本音を言うと、オレはアイツらを信用しちゃいない。“7人目の魔女”と通じてる可能性を否定出来ない以上な。つっても、別に嫌ってるわけじゃねーぞ」

 

「ただ次の相手、“7人目の魔女”は別格だからな」と付け加えた。同じ部活の仲間・友人として信頼は置いているが、完全に信用はしていない。なにせ相手は、他人の記憶を操る魔女。実際、去年の今頃の記憶が抜け落ちている小田切(おだぎり)たちを目の当たりにしたから迂闊には動けない。慎重に慎重を重ねても、まだ足りないくらいなんだろう。

 

「来週末の文化祭が終われば、会長選の結果が出る。それまでは、可能な限りことを荒立てたくねーんだ」

 

 ――なるほど。生徒会長の山崎(やまざき)は、魔女の存在を把握していた。“7人目の魔女”に関しても有益な情報を持っている可能性が高い。生徒会長の座に拘る理由も、すべてはそこへ通ずる。

 

「そっちは?」

「まだ何も。とりあえず今は、文化祭の準備に邁進にしてる」

「そうか。で、結局何を出店するだ?」

「これ」

 

 文化祭で出店する露店の企画書を、テーブルに置いた。

 休日を挟んだ翌日からは、文化祭へ向けた準備期間が設けられ、午前で授業が終わる特別週間に切り替わった。部活に所属している者はクラスの出し物の他に、部活の準備もしなければならない。

 クラスの方はクラス委員に任せて、フットサル部で出店予定の屋台の準備を急いだ。出店予定屋台は、スティック状に加工した野菜を提供するカップサラダの露店。夏休みにいった花火大会で、椿(つばき)が食べていた「冷やしキュウリの一本漬け」からヒントを得た。スムージーも考えたが、コスト面を採算を天秤にかけた結果断念。

 ただ、そのまま出店しても捻りがない上に、文化祭の雰囲気を踏まえて、野菜の種類とドレッシングを複数種類用意する予定。小田切(おだぎり)は生徒会の方で、当日の役割なんかがあるため準備は、俺と五十嵐(いがらし)が担当している。レシピは、市販のドレッシングと小田切(おだぎり)が考案したオリジナルを用意し、食材と冷蔵機材の発注も初動がやや遅れたが何とか間に合った。後は、明日の文化祭当日に合わせて準備を終わらせるだけの状況。

 

「うむ......」

「どうした?」

 

 正門から昇降口に向かう続く通路の一画に組んだ、簡易屋台の「ヘルシーカップサラダ」と記された看板の文字を眺める五十嵐(いがらし)は腕を組ながら、どこか難しい表情(かお)をしている。

 

「これは、売れるのか?」

「まあ、いけるんじゃない? 最近健康思考だし。それに小田切(おだぎり)さんの自信作だから味の方も、ほい」

 

 練習を兼ねてスティック状に切ったサラダが入ったカップを差し出す。きゅうりをひと口に運んだ五十嵐(いがらし)は「確かに、美味い」と納得して頷いた。

 

「あら。準備もう終わったの?」

 

 ちょうど屋台の設営が済んだところで、生徒会の仕事で見回りを行っていた小田切(おだぎり)が戻ってきた。

 

「ああ。今、最後のチェックが終わったところだ。ちゃんと電気も通ってる」

 

 そう言って裏へ回った五十嵐(いがらし)は、台座の下に設置した簡易冷蔵庫を指差した。

 

「そう。二人とも、ごくろうさま」

小田切(おだぎり)さんの方は......」

 

 辺りを見回す。まだまだ、多くの生徒が居残りで作業を続けていた。特に運動部は、普段の練習時間を削らず作業を行わなっているため準備不足は顕著。

 

「まだかかりそうだね」

「ええ。私の方はもう少しかかるから、先に行ってちょうだい」

 

 チェックリストを片手に踵を返した彼女は、校舎の見回りに戻った。残された俺と五十嵐(いがらし)は、まだ空っぽな冷蔵庫の電気を切って正門を出る。俺たちは、同じ目的地へ話をしながら向かった。

 

山田(やまだ)たちが探っていた滝川(たきがわ)ノアは、記憶操作の魔女ではなかったんだな?」

「ああ。記憶は記憶でも、キスした相手の過去を視る能力。それも過去に起きた辛い想い出を、トラウマを夢で見る過去視の能力だってさ」

 

 滝川(たきがわ)と共に生徒会からマークされていた二人の一年生。集団カンニング疑惑の、深沢(ふかざわ)冴子(さえこ)と。夏休みに起きた他校生との暴力沙汰を起こした、浅野(あさの)(れん)の騒動が濡れ衣であることを魔女の能力で知った滝川(たきがわ)は、二人を救うため行動をしていたことが判明。そこで彼女たちと交友のあったサッカー部の渋谷(しぶたに)と、滝川(たきがわ)のトラウマを知った山田(やまだ)の説得により事態は無事終結した。

 しかし事件以降、滝川(たきがわ)山田(やまだ)に惚れてしまい。部室でも人目をはばからず、山田(やまだ)にベッタリ。あまりのうっとうしさに文化祭の準備に支障が出るほどと、別の問題が勃発しているそう。

 

「しかし、山田(やまだ)に春が訪れるとはな。さて、着いたようだな。じゃあ、俺はここで小田切(おだぎり)を待つ」

「了解。また後で」

 

 クラブハウスで着替えを済ませ、子どもたちを相手にスクールをこなす。計二時間のスクールが終了し、コートの片付けを行っていると、見知った二人がコートに入ってきた。

 

「どうしたの?」

「今日は、私たちも参加しようと思ったのよ」

「ただ待つだけも退屈だからな」

「そっか。毎度ありがとうございます」

 

 既に着替えを済ませている二人と軽くボールを蹴りつつ、初心者向けの個人フットサル開始の時間を迎える。休憩を挟みながら一時間のゲームを終え、備え付けのシャワーで汗を流し、二人と共に、隣接のファミレスに移動。

 

「二人とも今日は、余裕あるみたいだね」

「二度も無様な醜態をさらすわけにはいかないからな。それより小田切(おだぎり)、お前ずいぶんと上達してないか?」

「ふふーん、私ともなれば当然のことよっ」

 

 フェイスラインにかかる髪を軽くかき上げて、ドヤ顔。でも実際は、五十嵐(いがらし)が記憶について答えを出すまでの間、夏休みに少し食べ過ぎたとかで、ダイエット目的で何度か参加していた。

 

「それで、何かはわかった?」

 

 ドリンクバーのウーロン茶で喉を潤し、本題の方へ話を持っていく。

 

「生徒会に保管されている部員名簿を調べてみたけど。私も、(うしお)くんも、山田(やまだ)も、今所属している部活以外の名簿には載っていなかったわ」

「ふむ、空振りか」

「名簿はね。でも、新しい物証を見つけたわ。これを見て」

 

 小田切(おだぎり)は、普段使いのスマホとは別の機種の携帯をテーブルに置いた。液晶画面には、キャリアメールのアプリが表示されている。五十嵐(いがらし)が、内容を読み上げる。

 

「パンダのぬいぐるみ、ありがとな! か。これは?」

「去年まで使っていたスマホにデータが残ってたのよ。受信日は、あの写真を撮った二日後、月曜日の夜」

「差出人は?」

 

 彼女は、首を横に振った。差出人は、不明。

 

「機種変更した時に新しい方へデータを移して、こっちのアドレス帳は削除しちゃったみたいなの。このアドレスに返信してみたけど、今は使われていなかったわ」

 

 メールの受信時期は、約一年前。アドレスを変えていても不思議じゃない。今使っているスマホのアドレス帳には、アドレス変更後の新しいアドレスに上書きされているから、アドレス帳に登録している人全員に、確認のメッセージを送る方法もなくはないけど。相手側の記憶が消されていた場合、特定はまず不可能。

 

「もうひとつあるのよ」

 

 古いスマホを操作し、別の人とのやり取りのメールに切り替えた。切り替えと同時に自動的に添付された画像が表示され、俺と五十嵐(いがらし)は同時に声を上げた。

 表示された画像は、継ぎはぎだらけで所々綿が飛び出た、おそらくクマ系と思われる血塗られたぬいぐるみらしき物体。

 

「これは、なかなか......」

「エグいな」

「でしょ? 最初は、何かの嫌がらせかと思ったわ。だけど......」

 

 指先で画面をスクロールさせる。すると「今度の手芸部主催展示会の作品が完成しましたー!」と、本文が表れた。

 

『何よこれっ? ゾンビかしらっ?』

『ヒドいですぅー! 寧々(ねね)ちゃんが、ナンシーちゃんに選んであげたパンダさんをモチーフにした、プリティーパンダさんです!」

『どこがプリティーなのよ、血塗れじゃない! って、そんなの今はどうでもいいわ。明日、山田(やまだ)と二人きりになれるようにしてあげるから。私の言った通り、ちゃんとキスするのよ?』

『は、はい......!』

 

 こんなやり取りが続いて、最後に「寧々(ねね)ちゃん、ありがとう」と、彼女へのお礼の言葉で締められていた。

 

「......まさか、こんなことが」

 

 小声で呟くように漏らし、絶句している五十嵐(いがらし)の代わりに、メールの内容について触れる。このメールの内容から読み取れる情報は、大きく分けて二つ。ひとつは去年、動物園の土産物屋で買ったパンダの縫いぐるみを、ナンシーという名の女子に贈ったこと。もうひとつは、手芸部に所属している女子が、山田(やまだ)を含めた三人と共に行動していたこと。

 

「あの写真を撮ったのは、この縫いぐるみの画像を送ってきた相手みたいだね」

「ええ、間違いないわ。あの後、手芸部を探りにいったんだけど。文化祭と毎年恒例の手芸部展示会の準備で、とても話しを聞ける状況じゃなかったわ」

「文化祭が終わるまでは動けなさそうだね。もうひとりの、ナンシーという名前は?」

「今、生徒名簿を調べているところよ。ただ、ね......」

 

 一学年1000人前後の超マンモス校。調べるだけで途方もない時間がかかる。名前からして、留学生の可能性もある。さすがに卒業生の可能性は低いだろうけど、あだ名だった場合はまず見つからない。

 

「手伝ってあげたいけど」

「無理よ。生徒会に所属していないと、名簿の閲覧は出来ないわ」

「だろうね。名簿なんて個人情報の塊だし」

「とにかく、明日の文化祭本番が終われば次期生徒会発足まで割りと自由時間を取れるから、本格的な調査はそれからになるわ」

「だね。ところで時間の方は大丈夫?」

 

 店内に設置された掛け時計の針は、既に22時を回っている。

 

「もう少し大丈夫よ。この次期帰りが遅くなるのは毎年のことだから。それじゃ、明日の文化祭の話をしましょ。(うしお)くん、いつまで呆けてるのよっ」

「あ、ああ、すまん......」

 

 気を取り戻した五十嵐(いがらし)も交え、俺たちは時間が許す限り明日の文化祭当日のスケジュールを話し合った。

 そして迎えた、文化祭当日。

 小田切(おだぎり)考案の「カップサラダ」は、彼女の狙い通り盛況だった。正門から校舎までの歩道は順番に、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、フランクフルト等の濃い味付けの定番な露店が並び。それらを食べ終わった頃にちょうどあっさりしたサラダ、といい感じに客が流れて来る。

 お陰で俺と五十嵐(いがらし)は決めていた交代時間も関係なく、生徒会の見回りで席を外した小田切(おだぎり)の分も、二人で休む暇もなく接客業に追われていた。

 

「いいかい?」

「あ、はい、どうぞ」

 

 背中を向けて商品を補充していたところで声を掛けられた。

 一旦手を止めて、振り向く。ドクロがあしらわれたリボンでまとめられた短めのツインテール、やや着崩した制服、三段フリルにアレンジされたスカートと気合いの入った感じの朱雀高校の女子生徒が、どこか険しい顔つきをしていた。

 

「どうした?」

 

 異変を察知したのか、屋台裏に居た五十嵐(いがらし)も店頭へ姿を見せる。

 

「アンタたち、ちょっとツラ貸しな......!」

 

 彼女は威圧するような声色で、敵意を向けるように言った。


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