全国的に、猛暑日と局地的な豪雨が続いた夏が過ぎ去り、いくぶん過ごしやすくなってきた九月中旬の秋夜。いつかと同じように、帰り道の間にあるコンビニの前で、
「
「メッセージでいいだろ?」
「そういうなって、どこから洩れるかなんてわからねーからな。
記憶というワードから記憶改竄、記憶消去の魔女――と思いきや。
「ただ、お前たちが探してる記憶操作類いの能力じゃない。キスした相手のトラウマを夢で見る、過去視の能力だ」
六人......
「じゃあ次が、例の“7人目の魔女”になるのか」
「ま、そういうことになるな。“7人目の魔女”の能力は、記憶操作で確定だ。
「捜索は始めてるのか?」
「いや、何もしてねぇ。むしろ動かない方向に向かってる」
それは、また妙な話。“7人目の魔女”の捜索に一番躍起になるはずが、逆の方向へ舵が切られている。むしろ、手を引くことを望んでいるかのような消極的な立ち回り。
「本音を言うと、オレはアイツらを信用しちゃいない。“7人目の魔女”と通じてる可能性を否定出来ない以上な。つっても、別に嫌ってるわけじゃねーぞ」
「ただ次の相手、“7人目の魔女”は別格だからな」と付け加えた。同じ部活の仲間・友人として信頼は置いているが、完全に信用はしていない。なにせ相手は、他人の記憶を操る魔女。実際、去年の今頃の記憶が抜け落ちている
「来週末の文化祭が終われば、会長選の結果が出る。それまでは、可能な限りことを荒立てたくねーんだ」
――なるほど。生徒会長の
「そっちは?」
「まだ何も。とりあえず今は、文化祭の準備に邁進にしてる」
「そうか。で、結局何を出店するだ?」
「これ」
文化祭で出店する露店の企画書を、テーブルに置いた。
休日を挟んだ翌日からは、文化祭へ向けた準備期間が設けられ、午前で授業が終わる特別週間に切り替わった。部活に所属している者はクラスの出し物の他に、部活の準備もしなければならない。
クラスの方はクラス委員に任せて、フットサル部で出店予定の屋台の準備を急いだ。出店予定屋台は、スティック状に加工した野菜を提供するカップサラダの露店。夏休みにいった花火大会で、
ただ、そのまま出店しても捻りがない上に、文化祭の雰囲気を踏まえて、野菜の種類とドレッシングを複数種類用意する予定。
「うむ......」
「どうした?」
正門から昇降口に向かう続く通路の一画に組んだ、簡易屋台の「ヘルシーカップサラダ」と記された看板の文字を眺める
「これは、売れるのか?」
「まあ、いけるんじゃない? 最近健康思考だし。それに
練習を兼ねてスティック状に切ったサラダが入ったカップを差し出す。きゅうりをひと口に運んだ
「あら。準備もう終わったの?」
ちょうど屋台の設営が済んだところで、生徒会の仕事で見回りを行っていた
「ああ。今、最後のチェックが終わったところだ。ちゃんと電気も通ってる」
そう言って裏へ回った
「そう。二人とも、ごくろうさま」
「
辺りを見回す。まだまだ、多くの生徒が居残りで作業を続けていた。特に運動部は、普段の練習時間を削らず作業を行わなっているため準備不足は顕著。
「まだかかりそうだね」
「ええ。私の方はもう少しかかるから、先に行ってちょうだい」
チェックリストを片手に踵を返した彼女は、校舎の見回りに戻った。残された俺と
「
「ああ。記憶は記憶でも、キスした相手の過去を視る能力。それも過去に起きた辛い想い出を、トラウマを夢で見る過去視の能力だってさ」
しかし事件以降、
「しかし、
「了解。また後で」
クラブハウスで着替えを済ませ、子どもたちを相手にスクールをこなす。計二時間のスクールが終了し、コートの片付けを行っていると、見知った二人がコートに入ってきた。
「どうしたの?」
「今日は、私たちも参加しようと思ったのよ」
「ただ待つだけも退屈だからな」
「そっか。毎度ありがとうございます」
既に着替えを済ませている二人と軽くボールを蹴りつつ、初心者向けの個人フットサル開始の時間を迎える。休憩を挟みながら一時間のゲームを終え、備え付けのシャワーで汗を流し、二人と共に、隣接のファミレスに移動。
「二人とも今日は、余裕あるみたいだね」
「二度も無様な醜態をさらすわけにはいかないからな。それより
「ふふーん、私ともなれば当然のことよっ」
フェイスラインにかかる髪を軽くかき上げて、ドヤ顔。でも実際は、
「それで、何かはわかった?」
ドリンクバーのウーロン茶で喉を潤し、本題の方へ話を持っていく。
「生徒会に保管されている部員名簿を調べてみたけど。私も、
「ふむ、空振りか」
「名簿はね。でも、新しい物証を見つけたわ。これを見て」
「パンダのぬいぐるみ、ありがとな! か。これは?」
「去年まで使っていたスマホにデータが残ってたのよ。受信日は、あの写真を撮った二日後、月曜日の夜」
「差出人は?」
彼女は、首を横に振った。差出人は、不明。
「機種変更した時に新しい方へデータを移して、こっちのアドレス帳は削除しちゃったみたいなの。このアドレスに返信してみたけど、今は使われていなかったわ」
メールの受信時期は、約一年前。アドレスを変えていても不思議じゃない。今使っているスマホのアドレス帳には、アドレス変更後の新しいアドレスに上書きされているから、アドレス帳に登録している人全員に、確認のメッセージを送る方法もなくはないけど。相手側の記憶が消されていた場合、特定はまず不可能。
「もうひとつあるのよ」
古いスマホを操作し、別の人とのやり取りのメールに切り替えた。切り替えと同時に自動的に添付された画像が表示され、俺と
表示された画像は、継ぎはぎだらけで所々綿が飛び出た、おそらくクマ系と思われる血塗られたぬいぐるみらしき物体。
「これは、なかなか......」
「エグいな」
「でしょ? 最初は、何かの嫌がらせかと思ったわ。だけど......」
指先で画面をスクロールさせる。すると「今度の手芸部主催展示会の作品が完成しましたー!」と、本文が表れた。
『何よこれっ? ゾンビかしらっ?』
『ヒドいですぅー!
『どこがプリティーなのよ、血塗れじゃない! って、そんなの今はどうでもいいわ。明日、
『は、はい......!』
こんなやり取りが続いて、最後に「
「......まさか、こんなことが」
小声で呟くように漏らし、絶句している
「あの写真を撮ったのは、この縫いぐるみの画像を送ってきた相手みたいだね」
「ええ、間違いないわ。あの後、手芸部を探りにいったんだけど。文化祭と毎年恒例の手芸部展示会の準備で、とても話しを聞ける状況じゃなかったわ」
「文化祭が終わるまでは動けなさそうだね。もうひとりの、ナンシーという名前は?」
「今、生徒名簿を調べているところよ。ただ、ね......」
一学年1000人前後の超マンモス校。調べるだけで途方もない時間がかかる。名前からして、留学生の可能性もある。さすがに卒業生の可能性は低いだろうけど、あだ名だった場合はまず見つからない。
「手伝ってあげたいけど」
「無理よ。生徒会に所属していないと、名簿の閲覧は出来ないわ」
「だろうね。名簿なんて個人情報の塊だし」
「とにかく、明日の文化祭本番が終われば次期生徒会発足まで割りと自由時間を取れるから、本格的な調査はそれからになるわ」
「だね。ところで時間の方は大丈夫?」
店内に設置された掛け時計の針は、既に22時を回っている。
「もう少し大丈夫よ。この次期帰りが遅くなるのは毎年のことだから。それじゃ、明日の文化祭の話をしましょ。
「あ、ああ、すまん......」
気を取り戻した
そして迎えた、文化祭当日。
お陰で俺と
「いいかい?」
「あ、はい、どうぞ」
背中を向けて商品を補充していたところで声を掛けられた。
一旦手を止めて、振り向く。ドクロがあしらわれたリボンでまとめられた短めのツインテール、やや着崩した制服、三段フリルにアレンジされたスカートと気合いの入った感じの朱雀高校の女子生徒が、どこか険しい顔つきをしていた。
「どうした?」
異変を察知したのか、屋台裏に居た
「アンタたち、ちょっとツラ貸しな......!」
彼女は威圧するような声色で、敵意を向けるように言った。