黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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記憶探し編
Episode24 ~言葉の意味~


 バイト終わり、フットサルコート隣接のファミレスで、小田切(おだぎり)と待ち合わせ。二学期始業日の今日は、普段より早めにバイトが入っていて手伝えなかった、抜け落ちた記憶探しの経過を尋ねる。

 

「お待たせ。どうだった?」

「残念ながら詳しい話は聞けなかったわ。今は、文化祭の準備で忙しいからってね」

「そっか」

 

 どこの部活も二学期に入ってひと月足らずで文化祭の準備を済ませなければならないのだから、当然といえば当然なのだろうけど。

 

「文化祭が終わったら、改めて聞きに行ってみるわ。手芸部に」

 

 テーブルの中央に置かれた「NENE」と刺繍されたペンケース。数針のまち針で固定されたレースの生地を、半分ほど縫い付けた状態のまま止まっている縫い針。これは写真の入った手帳と一緒に、棚にしまってあった裁縫箱の中から見つけた代物らしい。ただ、小田切(おだぎり)には授業でも作った記憶はない。

 そこで何か手がかりがあるのではないか、と放課後手芸部へ調査に行ったが、文化祭の準備中のため詳しい話は聞くことは出来ず終い。

 

「じゃあ俺たちも、文化祭の話をしようか」

「はぁ、そうね。会長から許可をもらったんでしょ?」

「うん、部室がないから不参加でもお咎めはなし。もし出店するなら、野外で露店を出店してもいいってさ」

「露店ねぇ。定番は、たこ焼き、焼きそばの惣菜系の屋台辺りかしら?」

 

「どっちもありきたりでつまらないわね」と、左手で頬杖をついた小田切(おだぎり)は右手に持ったフォークでサラダのトマトを転がして、心ここにあらずといった様子。やっぱり、記憶探しの方に意識が向いている。ただこればかりは、文化祭が終わるまで動けないのも事実。夕食を食べながら候補を上げていったが、あまり興味に刺さる案は浮かばず時間だけが過ぎて行った。

 

「お、居た。よっす!」

「ん? 宮村(みやむら)?」

「あら、遅かったわね。来ないと思ったわ」

「ちょっち厄介事が起きてな。お前たちにも関係のあることだ」

 

 何のことだろうと顔を見合わせた俺たちに「魔女についてだ」と、声を潜めた宮村(みやむら)は俺の隣に座って、さっそく話始めた。話しの内容は、新たに見つかった6人目の魔女についての情報。

 

「一年の、滝川(たきがわ)ノアって子が魔女で。クラブハウスの超常現象研究の部室から、例ノートの下巻を持ち出した犯人も彼女なわけなのね」

「ああ。まだどんな能力かまでは解明できてねぇが。滝川(たきがわ)主導して、取り巻きの生徒数人と校内で問題行動を起こしている。山崎(やまざき)は、相当手を焼いているらしい。あいつにとっても、ノートの下巻を持ち去られたことは想定外だったみてーだ」

 

 宮村(みやむら)たち超常現象研究部は文化部でありながら、文化祭で山田(やまだ)発案の焼きそばパン屋を出店するための交換条件として、この問題の解決を命じられた。

 

「ふ~ん、それで? どうしてそれが、私たちに関係あるのかしら?」

「話を聞いた限り、今のところ接点はなさそうだけどね」

「そう焦んなって。ここからが本命さ......!」

 

 わざと焦らした宮村(みやむら)は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

滝川(たきがわ)の目的は、“魔女”を消すこと」

「魔女を消す? どういうことよ......?」

「文字通り、学校から魔女の能力を持つ存在を消す。つまり、退学させるってことだ」

 

 退学というワードに動揺が走った俺たちはお構いなしに、宮村(みやむら)は話を続けた。

 

「何年も前に製作されたノートの上巻には、“(チャーム)”と“思念(テレパシー)”が書かれていた。つまり、魔女の能力は学校内で継承されているわけだ。魔女が消えれば、新たに別の魔女が生まれるってわけだな」

 

 宮村(みやむら)たちが、生徒会長山崎(やまざき)からもたらされた情報はここまで。魔女を消して何をしたいかまでは分からないが、滝川(たきがわ)たちが魔女を狙っている以上、小田切(おだぎり)に危険が及ぶ可能性は否定できない。確かに、俺たちに関係のある話だった。

 

猿島(さるしま)さんの時みてーなことが起こるかも知れない。念のため注意しておけよ?」

 

 山崎(やまざき)の話から、猿島(さるしま)が予知した旧校舎の火事が、滝川(たきがわ)たちによる放火の可能性があったことを臭わすような言い方。宮村(みやむら)は、仕組まれていた可能性が高いと踏んでいる。

 

「ご心配ありがとう。でも私は、大丈夫。もう誰にも能力をかけてないし、二度と使うこともないわ」

「そう、それだよ、オレが聞きたいのは。どうしてお前、会長戦を辞退したんだ......?」

 

 何かと余裕を持って本性を見せない宮村(みやむら)にしては珍しく、マジな顔つきでやや距離を詰めた。宮村(みやむら)と同じで、ずっと気になっていた。生徒会室を出た後に聞いてはみたけど......。

 

「よかったの?」

「記憶探しに専念したいから。そんなことより、新しい物証が出てきたから調べに行ってくるわ。あなた、今からバイトよね? 隣のファミレスで待ってるから終わったら来てもらえるかしら?」

 

 こんな感じで、詳しい理由までは教えてもらえなかった。

 

「それに、オレを次期会長に推薦した理由も分からねぇ。いったい、どういうつもりだよ?」

「別に。特に理由はないわ。山崎(やまざき)のお気に入りよりマシと思っただけよ」

「ふーん。ま、小田切(おだぎり)さんが降りようが降りまいが、はなっから負ける気はなかったけどな!」

「ふんっ、言ってくれるじゃない。そこまで言うなら絶対に勝ちなさいっ」

 

 生徒会室で選挙辞退を告げた時とは打って変わって、彼女はスッキリした表情をしている。会長選を辞退した未練は本当にないように思えた。少しダベり、小田切(おだぎり)を最寄り駅まで送った後、宮村(みやむら)と商店街を歩いている。

 

「お前に頼みがあるんだ」

「なに?」

滝川(たきがわ)ノアの取り巻きに、サッカー部の渋谷(しぶたに)が居る」

 

 渋谷(しぶたに)――確か、体育祭の時にボイコット未遂事件の主導者の冤罪を吹っ掛けられそうになった、サッカー部の一年の名前。

 

渋谷(そいつ)も一緒になって、問題行動を起こしてるのか?」

「いや、そいつ自体は乗り気じゃないらしい。ツルんでる中に、山田(やまだ)五十嵐(いがらし)の後輩で、浅野(あさの)(れん)って元不良が居るんだけど。ベクトルは違えど、二人とも一年の間じゃ一目を置かれてる人気者同士で気が合うらしいんだ。朝比奈(あさひな)に事情を話したら『アイツの交友関係に、直属の先輩のオレが口を出すと後々面倒になる。どうしてもってなら宮内(みやうち)に頼め、渋谷(しぶたに)宮内(みやうち)と話をしたがってたから素直に聞くだろう』だってよ」

「そんなこと言われてもなぁ」

「声をかけてくれるだけでいい。後は、オレたちでどうにかする。頼む。信用出来るのは、お前しかいねーんだよ。ほい、前払い」

 

 自販機で買った缶コーヒーを放り投げた宮村(みやむら)と別れた俺は一人、住宅街の中にある近所の公園のベンチに座って、今回の騒動の重要人物の渋谷(しぶたに)とどう話すかを考えていた。

 

「安い信用だな......」

 

 愚痴のひとつも言いたくなる。別れ際、「もしかしたら、白石(しらいし)さんと小田切(おだぎり)が応援スタンドに居なかったのは、今回の件と関係してるのかもな~」と、渋っていたところに半ば脅しの言葉を投げかけてきた。

 

「どうしろってんだよ、まったく」

「どうしたの?」

「――え?」

 

 突然かけられた声に顔を上げる。すぐ近くに、白石(しらいし)が立っていた。

 

「悩んでいるみたいだけど?」

「少しね」

「じゃあ、話してみて」

 

 そう言って、彼女は隣に腰を降ろした。引き下がりそうにない。

 まあ、聞かれて困るようなことでもない。正直に、宮村(みやむら)に頼まれた依頼内容を話す。

 

「そう。宮村(みやむら)くんが、そんなことを」

「何をどう話せばいいのかなって」

「大丈夫よ」

 

 思い悩んでいる俺とは裏腹に、隣に座っている白石(しらいし)は少し微笑んでいた。その理由を問いかける。

 

「どうして?」

「だって、私が悩んだり困ってる時いつも助けてくれたわ。だから、渋谷(しぶたに)くんにも、私にしてくれたように接してあげて」

「俺、そんな大したことしてない気がするんだけど?」

「そんなことないわ。少なくとも私は、そう思っているもの」

 

 正直なところ俺がしたことと言えば、話を聞いたり、買い物に付き合ったり、その程度のこと。それでも白石(しらいし)は、救われたと言ってくれた。

 ――ああ......そうか、そういう意味だったんだ。

 

「何か元気出た、ありがとう。明日、話してみるよ」

「ええ、どういたしまして」

 

 今、白石(しらいし)が言ってくれたことの意味がわかった気がした。


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