黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode23 ~選択~

 夏休みが残り一週間を切った、八月下旬。記憶について相談したいことがある、と小田切(おだぎり)から連絡を受け、近所の屋内プール施設を訪れた。スタンダートな25メートルプール、大型スライダー、流れるプール、飛び込み台と様々な施設がある中、大勢の客がはしゃいでいる波のプールの傍らのフードコートで、小田切(おだぎり)は例の写真をテーブルに置いた。

 

「んだよ、これ? 俺、こんな写真撮った覚えねぇぞ!」

「オレもだ。にわかには信じ難い」

「知らねぇウチに面白いことになってんな!」

「どうして、あなたが話に入っているのかしら? 白石(しらいし)さんたちと遊んでればいいじゃない」

 

 例の写真に映る当事者の山田(やまだ)五十嵐(いがらし)は、身に覚えのない写真を前にして戸惑いを隠せず。頭の後ろで手を組んだ宮村(みやむら)は、笑顔を見せた。

 

「まあ確かに、白石(しらいし)さんと伊藤(いとう)さんの水着姿は捨てがたい。けど、こっちの方が面白そうだからな。小田切(おだぎり)さんの悩殺水着姿も堪能出来るしよ!」

「......サイテーね」

「まあ、そんな冗談は置いておいて、と」

 

 腕で胸を隠して身体を背ける小田切(おだぎり)に軽蔑の視線を向けられようがお構いなしに、宮村(みやむら)は仕切り直して真面目なトーンで改めて、三人に写真について尋ねる。

 

「この写真に、心当たりは本当にないんだな?」

「ああ、ねぇよ、あるわけねぇ......!」

 

 山田(やまだ)の返事に同意した五十嵐(いがらし)も、険しい表情で頷いた。

 

「私もないわ。けど、じゃあこの写真はいったいなに? どうして、私の手帳に挟んであったの?」

 

 小田切(おだぎり)の疑問に対して、一緒に写真に写る山田(やまだ)たちは答えられないでいる。その二人の様子を見た宮村(みやむら)は、俺に視線を移して意見を求めた。

 

「お前は、どう思う?」

「......そうだね。ひとまず整理してみようか」

 

 この写真に触れる前に、山田(やまだ)五十嵐(いがらし)が仲違いしてしまった去年の暴力事件について、お互いの言い分を改めて照らし合わせることから始める。先ずは、長期間校内で孤立していた山田(やまだ)の言い分から聞く。

 

「私たちが、あなたを陥れたですってっ!?」

「そんな卑劣な行為(マネ)はしないッ!」

 

 小田切(おだぎり)は両手をテーブルに突いて勢い良く立ち上がり、五十嵐(いがらし)は怒りのまま右の拳を叩きつける。

 

「だ、だけどよ......」

 

 当事者の二人にものすごい剣幕で言い分を否定された山田(やまだ)は、たじろぎながらも主張を続ける。

 

「俺の記憶だと、不良に絡まれてた女を助けるために......」

「あの日の放課後確かに私は、他校の不良たちに絡まれたわ。でも、自分で追っ払ったし。そもそも、あなたを陥れて何の意味があるのよっ?」

「うむ」

「ああ~、そうだな。何のメリットもねぇな」

「た、確かに......」

 

 小田切(おだぎり)の言い分については、若干気押されながも山田(やまだ)も納得した。山田(やまだ)の記憶通りなら、情状酌量を認められる事案。二人は、結果的に孤立してしまった山田(やまだ)を気にかけていたと言っていた。わざわざ虚偽報告をする理由がない。

 それでも、当然のことながら互いの記憶に相違があるため、自分だけが停学処分を受けたことに関しては、山田(やまだ)は納得していない。

 

「そこで、謎を解くカギがコレ」

 

 テーブルの中央に置かれた写真を指す。

 

「この写真を見る限り、二人は和解してると思う」

「ええ、そう思えるわ」

「そのようだが、しかし......」

「この写真、マジでなんなんだ?」

 

 写真を拾い上げた山田(やまだ)は眉をひそめ、難しい表情(かお)で首をかしげる。

 

「記憶になくても、身に覚えはあるんじゃない」

「は? どういう意味だよ?」

 

 山田(やまだ)は顔を上げ、他の三人の視線も向く。

 

「三人が三人とも覚えていないなんてこと。あり得ないだろ? 否定出来ないほどの物証があるんだから。つまり――」

「魔女の仕業ね」

「――魔女ッ!?」

「なるほど、記憶の操作・消去する魔女か。それなら俺たちが、この写真の出来事を覚えていないのも、六月の暴行事件の見解に相違があることも頷ける......!」

記憶消去(デリート)、もしくは記憶操作(リライト)の魔女の仕業か。おもしれぇじゃねーか!」

 

 記憶喪失が魔女の能力の可能性があることを事前に話した、小田切(おだぎり)以外の三人の反応は三者三様。

 

「けどよ。魔女じゃない(うしお)は別として、俺と小田切(おだぎり)は、他の魔女の能力にはかからないんじゃないのか?」

「私が自分の能力に気づいたのは、去年の冬よ。この写真に映ってる樹木は落葉が始まったばかりだから、秋ね。だから、私たちが能力を得る前に、魔女の能力をかけられたと考えれば辻褄は合うわ」

「あっ! 俺も能力を知ったのは、二年になってからだ」

「......私は、記憶を取り戻したいわ」

 

 山田(やまだ)から受け取った写真を再びテーブルの中央に置き、真剣な表情(かお)でうつむき加減で呟いた小田切(おだぎり)は顔を上げて、山田(やまだ)五十嵐(いがらし)に問いかける。

 

「あなたたちは、どうする?」

 

 二人は無言のまま一瞬目を合わせると、すぐにそっぽを向いた。写真があるとはいえ、蓄積された確執があるにだから簡単には割り切れないだろう。

 

「まっ、今すぐに決めなくてもいいだろ。どうせ、新学期にならきゃ調べようもねーんだからよ」

「......それもそうね。ゆっくり考えて決めてちょうだい」

 

 話しは、ここでお開き。それぞれの気持ちの整理をつけるため、いったん解散。みんなテキトーに遊んだあと、人も疎らなスタンダードな25メートルプールをリハビリがてら歩いていると、小田切(おだぎり)に声を掛けられた。

 

「いいかしら?」

「ん? どうしたの」

 

 さっきまで、フードコートで伊藤(いとう)白石(しらいし)と女子だけで集まって話をしていた小田切(おだぎり)が、プール枠の排水路に座り膝から下だけ浸かって水中でゆっくり足を動かしている。プールから上がって、話しを聞きやすい距離感で座る。

 

「もし、(うしお)くんと山田(やまだ)が忘れたままでいいって言っても。新学期になったら、あの写真を撮った人を探してみるつもり」

「そっか」

「それでね、一緒に探すの手伝ってくれるかしら?」

 

 期待半分、不安半分そんな感じの聞き方。その不安を払拭出来れば思って、二つ返事で答える。

 

「手伝うよ」

「ありがと」

 

 彼女は、胸をなで下ろした。

 

「二人とも、少しいいかしら?」

「あら。白石(しらいし)さん」

「どうしたの?」

「私たち、帰ることになったの」

 

 白石(しらいし)の視線の先で、宮村(みやむら)たち超現象研究部の面々の中に五十嵐(いがらし)も加わって、何やら騒いでいた。

 

山田(やまだ)くん、まだ、夏休みの宿題が終わってないんだって」

「はあ? 夏休みって、あと四日よ?」

「ええ。それで今から、勉強合宿することになったの。二人は、どうする?」

 

 みんなに合わせる。俺も小田切(おだぎり)も、この後特に用事もなく空いていたため参加することにした。みんなの元へ行く前に足を止めて、先を歩いている白石(しらいし)小田切(おだぎり)を呼び止める。

 

「二人に話しておきたいことがあるんだ」

「なに?」

「なにかしら?」

 

 正直、伝えるか否か迷った。

 それでも今、伝えておかないと後悔する。

 何故か、そんな想いが頭を過った。

 

「俺、選手として復帰出来るみたいなんだ」

 

 一瞬、二人の動きが止まり。

 

「よかったわね!」

「もう、痛くないの?」

 

 小田切(おだぎり)は微笑んでくれて。白石(しらいし)は、やや心配そうに首をかしげる。首を横に二度振って、猿島(さるしま)が見た、二人が居ない未来を彼女たちに伝えた。

 

 

           * * *

 

 

 俺が一人暮らしということもあり、気兼ねなく過ごせると言う理不尽な理由で異議を唱える機会も与えてもらえず。結局(うち)で、山田(やまだ)の勉強合宿が開かれることになってしまった。

 

「だぁーッ! 集中できねぇーッ!」

 

 俺が普段使っている折り畳み式の机に向かって、夏休み宿題をしていた山田(やまだ)が、突然発狂して後ろを振り向いた。

 

「お前ら、少し静かにしろよ!」

 

 アルバムを見ている女子と、宮村(みやむら)が持参したカード麻雀で盛り上がっている俺たちに向かって苦言を呈した。

 

「なによ、宿題サボってたアンタが悪いんじゃない」

 

 伊藤(いとう)の無慈悲かつ正論で痛いところを突かれた山田(やまだ)は、自身に訪れた不遇を交えながら言い分を話す。

 

「仕方ねぇだろ? 魔女探しで散々な目にあうし、椿(つばき)が泣きついてくるしよー」

「おれのセイにするなよ~。おれ、ちゃんと終わらせてるぜ?」

「何だよ、ただの怠慢じゃねーか。ほい」

「言い訳にもならんな。チー」

「うぐっ......」

 

 一緒に麻雀を打ってる三人に論破された山田(やまだ)に救世主が現れた。手を差し伸べたのは、白石(しらいし)。彼女は山田(やまだ)の隣に座って、うしろで髪をまとめる。

 

「私が見てあげるから、一緒に頑張りましょ」

「お、おう......」

 

 若干戸惑いながらも、|山田(やまだ)は再び机に向かって課題に取りかかった。そして、やや日が陰り出した頃、女性陣が立ち上がる。

 

「じゃあ、アタシたちは帰るから。山田(やまだ)、アンタはちゃんと宿題終わらせなさいよね?」

「わかってるって......」

 

 帰り支度を済ませた伊藤(いとう)に玄関先で釘を刺され、渋々返事を返した山田(やまだ)は、白石(しらいし)の後を継ぐ宮村(みやむら)が待つ部屋へ戻って行った。

 俺と五十嵐(いがらし)は、女子三人を送って行く。自宅から歩いて数分、白石(しらいし)の家の前に到着。

 

「ちょっと待ってて、支度してくるから」

 

 明かりが灯っていない家に入っていった白石(しらいし)を待つ。ここへ来る間に聞いた話によると今日、伊藤(いとう)の家に泊まることになったそうだ。

 

「あ、そうだ。アンタたち、文化祭はどうするの?」

 

 ふと、思い出したように伊藤(いとう)が聞いてきた。

 

「そういえば、私たちも部活に所属してるんだったわね」

「完全に忘れていたな」

「そもそも、部室もないしね。二学期になったら、生徒会長に相談してみるよ」

「ええ、お願いするわ」

 

 という形で話しはまとまり。

 そして、二学期最初の登校日の放課後。

 

「失礼します」

 

 来月の始めに開催される文化祭でのクラスの出し物を話し合うロングホームルームが終わった後、生徒会室を訪ねた。用件は夏休みの終わりに話した、部活動の出し物について。特定の部室を持たないフットサル部の文化祭で活動について、責任者の意見を乞う。

 いつかと同じように、生徒会長の席で書類に目を通している山崎(やまざき)は「ちょっと待っててね」というと、机に積まれた残りの書類に目を落とした。

 そして待つこと数分、羽根ペンを置いて顔を上げた。

 

「お待たせ。それで、僕に何か用かな?」

「文化祭のことで相談したいことありまして」

「ああ~、そっか。飛鳥(あすか)くん」

「はい。現在、空き教室は存在しません。旧校舎の解体及び新校舎建設のため、運動部の部室を空き教室に振り分けていますので」

「うん、そうだね。う~ん、じゃあこうしよう。学校内での活動していないけど、一応運動部ということで模擬店の出店を許可――」

 

「許可しよう」と、山崎(やまざき)が言いかけたところで、生徒会室の扉がノックされた。一呼吸間が開いてから扉が開く。

 

「失礼します」

「おや、小田切(おだぎり)くん」

 

 生徒会室に入ってきたのは、小田切(おだぎり)

 

「会長、ご報告があります」

「何かな?」

 

 俺の隣に立ち、かしこまって山崎(やまざき)に話しかける小田切(おだぎり)の横顔からは、どこか緊張感のようなものを感じる。

 

宮内(みやうち)くんの怪我は、順調に回復に向かっているそうです。このまま順調にいけば、来年はサッカー部で活動出来そうです」

「本当かい。それは、よかった」

「それから――」

 

 小田切(おだぎり)の話には続きがあった。

 彼女は目を閉じて、深くゆっくり呼吸をして、真っ直ぐ山崎(やまざき)を見据える。

 

「私は、生徒会長選を辞退します」

 

 この時の彼女の顔は、悩み抜いた末に選択した覚悟を決めた表情(かお)だった。


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