黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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小田切(おだぎり)視点になります。


Episode22 ~心強い言葉~

 お盆休みを利用した二泊三日の家族旅行。滞在先は、沖縄。

 オーシャンフロントのリゾートホテルの部屋から見える真っ白な砂浜と、どこまで澄み渡る蒼い空と海。カラッとした爽やかで気持ちの良い暑さは、じめじめした湿気が肌にまとわりつくような東京の夏と違って、とても過ごしやすい。

 海、観光、ショッピングと充実した時間を過ごして、帰宅日の昼過ぎ。私は、二人居る弟の下の弟にせがまれて、ホテルと空港のちょうど中間地点に位置する動物園を訪れていた。園内の動物たちは暑さのせいか殆ど動かない、夏バテのみたい。

 弟は、日陰で伏せているライオンの檻の前のベンチに座って、スケッチブックを開いた。どうせなら、水族館にしておけば涼しいのにと思いつつ「他の子じゃなくていいの?」と、聞くと「描きやすいから」と、弟は答えた。スケッチするには動かない方が都合がいいみたい。初日に行った水族館で描かなかった理由が判明した。

 隣に座って、スケッチしている弟も一緒に日陰に入る様に日傘をさして、開いている右手でスマホを操作しながら、弟の夏休みの宿題が終わるのを待った。一時間弱でスケッチを終えると今度は、友だちにお土産を見たいという弟を連れて、園内の土産屋に入った。冷房の効いた涼しい店内を見て回っていると、ふと目に留まった、この動物園には居ない人気動物の縫いぐるみを手に取る。

 ――どうして、パンダの縫いぐるみがあるのかしら? と思っていると。まったく身に覚えのことを、弟が聞いてきた。

 

「お姉ちゃんの友だちって、パンダ好きなの? 去年もパンダの縫いぐるみお土産に買ってきてたけど」

「それ、いつの話よ......?」

 

 突然のことに戸惑いを感じながらそう返すと、弟はとても不思議そうに首を傾げた。

 

 

           * * *

 

 

 帰りの飛行機の中、心がずっとざわざわと落ち着きなく騒いでいた。理由はわかっている、動物園で弟から聞いた話――。

 

「ほら、去年の秋だよ。友だちが用事で来られなかったからって」

 

 弟の言ったことは、記憶にない内容の話し。買い物を済ませた私たちは動物園発のバスで、家族と待ち合わせをした空港へ向かった。先に空港に着いて、ロビーで待っていた母にそれとなく尋ねる。

 

寧々(ねね)が友だちと遊びに行くって言った時ね。確か、二学期の中間テストの後くらいじゃなかったかしら? それが、どうかしたの」

 

 弟と同じように、不思議そうな表情(かお)の母。

 

「久しぶりだったから、いつだったかなって思っただけよ」と、私はそれらしいことを言ってごまかした。母と弟の話には整合性が取れている。だけど、当事者の私の記憶にないというのは、どういうことなのだろうか。 

 そんな疑問が、私の心を支配していた。

 沖縄の空港から飛び立った飛行機は、特にトラブルもなく定刻通りに無事に東京へ到着。空港の近くのレストランで夕食を食べて、電車を乗り継いで、久しぶりに帰宅。荷物を部屋のテーブルに置いて、替わりに着替えを用意してシャワーで汗を流す。濡れた髪をドライヤーで乾かし、ベッドに倒れ込んだ。

 ――今日は疲れたわ。このまま眠ってしまおうかしら?

 お気に入りの抱き枕を抱きながら寝返りを打つ。ふと、足の先の棚が目に入った。両手を付いて、ベッドの上で体を起こす。

 

「そうよ、そうだわ! 去年のことなら手帳に何か書いてあるかも......!」

 

 ベッドを降りて、棚にしまってある一年の時に使っていた教科書などをしまってある収納ボックスの中から、当時使っていた手帳を探す。

 

「あったわ。えっと、二学期の中間だから去年の秋頃よね......」

 

 手帳のカレンダーのページを開いて、母から聞いた中間テストの終わり頃のスケジュールを確認する。

 

「そ、そんな。何よ、これ......?」

 

 自分の目を疑った。中間テスト終わりの週末の日曜日の欄に「みんなと遊びに行く!」と、赤いペンで書き記されていた。

 その文字を呆然と見つめていると指先に尖った何かが触れた。確認してみると、裏表紙と最後のページの間に何かが挟まっていた。手帳の裏表紙を開いて取り出す。手に触れた物の正体は、光沢のある印刷紙――写真だった。

 それも、私と(うしお)くん、そして山田(やまだ)の三人が仲良さそうに写っている写真。

 私は考えるよりも前に上着を羽織って、部屋を飛び出していた。階段を降りて、玄関でミュールを履く。玄関を出ようとしたところで、母から声をかけられた。

 

寧々(ねね)、どこに行くの?」

「友だちに、お土産を渡してくるわ!」

「こんな時間に? ちょっと」

「すぐに戻るわ!」

 

 家を飛び出した私は電車に揺られながら、あの時の宮内(みやうち)くんの言葉を思い返していた。

 

五十嵐(いがらし)山田(やまだ)って、いつから仲悪くなったの?」

 

 デートの時も――。

 

「去年のこと、どれだけ覚えてる......?」

 

 クラブハウスでの夜も――。

 彼は、(うしお)くんと山田(やまだ)の関係を知っていた。だから、二人の今の関係を気にかけて、あんなことを聞いてきたと思えば納得がいく。

 何より、もしかすると当時の私のことも、知っているのかもしれない。それが頭を過った瞬間、いてもたってもいられなくなって、気がついた時には家を飛び出していた。

 電車でひと駅の朱雀高校の最寄り駅で電車を降りて、まだ人も多い改札を潜り抜ける。けれど、駅を出たところで、今になって、とても重大なことに気づいていしまった。

 ――まずったわ......。

 そう、私は、彼の家を知らない。ひとまず電話をしたみたけど繋がらない。バイト先のフットサルコートへ行ってみたけれど、宮内(みやうち)くんらしき人の姿は見当たらなかった。

 

「ハァ......」

 

 大きなため息が出る。

 正直、アイツには頼りたくないけど、仕方ない。電話帳を開いて、タップ。数回のコールで繋がった。

 

『あいよ~』

宮村(みやむら)? 私よ」

『おお。その声は、小田切(おだぎり)さんか。珍しいな、てか初めてじゃね?』

 

 確かに、生徒会の連絡事項以外の件で電話することは初めてねって、今はそれどころじゃないわ。

 

「あなた、宮内(みやうち)くんのお家分かるかしら?」

『......夜這いか?』

 

 わざとためて声を潜めて言った宮村(みやむら)に対して、反射的に大声を上げてしまった。

 

「ひっぱたくわよ!」

 

 大勢のひとたちが行き交う駅前の大声を上げてしまったことで、何事かと周囲の注目を集めてしまった。歩きながら場所を移す間も、電話口からいつも通りの軽口が聞こえてくる。

 

『はっはっは、冗談だってー』

 

 まったく、この男は......人の気も知らないで。もう一度、宮内(みやうち)くんに電話してみようかしら。タイミングが合わなかっただけで、今度は繋がるかもれないし。

 

「口で説明するの面倒だから住所送るわ。こっちから連絡入れとく」

 

 と言った途端通話が途絶え。そして代わりに、メッセージが送られて来た。送信者は、宮村(みやむら)。メッセージの本文には、宮内(みやうち)くんの住所とアパートの名前が書かれていてた。「ありがと。助かったわ」とお礼の返事を返すと「ガンバレよ......!」と、ひと言添えられた返事がきた。

 

「何をよ......?」

 

 思わず心の中の言葉が漏れた。沖縄でも使ったスマホのナビゲーションアプリに住所を入力して、ナビの指示に従って宮内(みやうち)くんのお家へ向か途中でナビゲーションを一度止めて、偶然見つけたコンビニに立ち寄り、再び歩みを進める。

 そしてほどなくして、宮内(みやうち)くんが一人暮らしを送っているアパートに到着。宮村(みやむら)のメッセージに書かれていた番号の部屋は電気が灯っていた。どうやら留守ではないみたい。

 部屋の玄関のドアの前で、コンビニで買った汗拭きシートで身体を拭き、上着のポケットに入っていた香水を手首と首筋に吹き掛けて身だしなみを整えた。けど、私は呼び鈴を押すのに躊躇している。

 ――夜も遅いこんな時間に、突然家を訪ねるなんて......どう思われるかしら?

 

 それでも、私は......あの写真のことを知りたい。

 その想いが、私の背中を押した。

 

 緊張しながら呼び鈴を鳴らす。「はい」と、短い返事が聞こえ、カギが開く音の後ドアが開いた。

 

「あれ? 小田切(おだぎり)さん?」

「こ、こんばんは......」

 

 ――もう、宮村(みやむら)のせいだわ、あいつが変なこと言うものだから。私、変に意識しちゃってる。挨拶はしたけど、声は上ずってるし、顔もまともに見れない。

 

「どうしたの? こんな時間に。何か急ぎの用事?」

「え、ええ、ちょっと聞きたいことがあって。電話したんだけど」

「ゴメン、シャワー浴びてた」

「いいの、気にしないで」

「とりあえず、どうぞ」

 

 宮内(みやうち)くんは玄関に上げてくれて、私が落ち着くのを待ってから話を聞いてくれた。

 

「あなたに聞きたいことがあるの......!」

 

 大きく深呼吸をして、あの写真を宮内(みやうち)くんに渡して尋ねる。

 

「教えて......あなたは、いったい何を知っているの?」

「俺が、小田切(おだぎり)さんたちについて知っていることは、前に話したことだけだよ」

「......そう」

 

 前に聞いたのは、私が写真に映る男子二人と、他数人の女子たちとよく行動していたのを、去年の秋頃に見かけたという話し。あの時は、当事者の誰も記憶になく、彼の見間違いだろうと結論付けた。でも、今は違う。母も、弟も、そして何よりこの写真がある。

 

「もう遅いし。駅まで送っていくよ」

 

 顔を伏せたままの私を気遣って、最寄り駅まで送ってくれた。

 

「送ってくれて、ありがとう」

「あのさ、小田切(おだぎり)さん、もしかしたらだけど――」

 

 ――そうよ......。私の記憶喪失が魔女の能力によるものなら戻るかも知れないじゃないっ。さっそく、みんなを集めなくっちゃ。

 家に帰った私は、ベッドに座ってメッセージを打った。

 帰り際に言ってくれた彼の言葉「もしかしたらだけど、もし魔女の能力が関係しているなら記憶を取り戻せるかも知れない。手伝えることがあったらいつでも言って」。

 あの言葉は、記憶を思い出せないことの不安を払拭してくれるには十分すぎる、とても心強い言葉だった。


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