黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode21 ~ひと筋の汗~

 花火大会当日、午後6時過ぎ。

 天候にも恵まれ、空には雲一つない青空が広がっている。時刻でいえば夕刻にも関わらず、このまま沈まないのではないかと思うほど、真夏の太陽はいつまで高い位置に留まり。今なお、焦がすような熱い日差しを燦々と地上へ降り注ぎ続けている。

 そんな夏空の下、宮村(みやむら)と、火災未遂事件後超常現象研究部に新しく入部した椿(つばき)と共に、山田(やまだ)の家を訪ねていた。宮村(みやむら)が玄関横の呼び鈴を鳴らす。すぐに、小学生くらいのおさげ髪の妹さんが、とても丁寧な応対してくれた。

 

「お二人も、お兄ちゃんのお友だちですかっ。妹の巽美(たつみ)です、兄がいつもお世話になっていますっ!」

巽美(たつみ)ちゃん、山田(やまだ)居るか?」

「いるよー。呼んできますから、ちょっと待っててくださいっ」

 

 妹さんは面識のある宮村(みやむら)には砕けた態度で接し、初対面の俺と椿(つばき)に対しては礼儀正しく、と良くできた妹さん。パタパタと早足で、奥の部屋へ消えていく。すると「お兄ちゃんお兄ちゃんっ、イケメンきたーっ! みやむーも入れて三人もきたーっ!」 と、ハイテンションな声が聞こえて。彼女の声から程なくして姿を現した山田(やまだ)は、黒いティーシャツに膝下丈の短パンと、非常にラフな格好をしている。まあ、俺と宮村(みやむら)も同じような服装だけど、椿(つばき)だけはグレー系の浴衣を着て、気合い十分といった感じで決めている。

 

「夜なのにアチィ~なぁ、やっぱ行くの止めようぜ。人混みダリィーしよ」

「強がるなって。んなこと言って、ホントは楽しみなんだろ~?」

「バッ......! ち、ちげぇーし!」

 

 うちわを扇ぎながら愚痴を漏らした山田(やまだ)の肩を抱いた宮村(みやむら)が何やら耳打ちすると、突然山田(やまだ)は慌てふためいて、一人で先に行ってしまった。

 

「相変わらず分かりやすいヤツだなぁ。お、五十嵐(いがらし)からだ」

 

 意地悪く笑っていた宮村(みやむら)は、ポケットからスマホを出して、メッセージ画面を開く。

 

「家の用事で遅れるそうだ。先に行ってていいってよ」

「そっか。じゃあ行こう」

 

 五十嵐(いがらし)との待ち合わせ場所を素通りして、花火大会が行われる河川敷へ向かう。

 

「なぁ、みやむー。今日来る女子はみんな、浴衣なんだよな?」

「おうよ。今日に合わせて新調したって、伊藤(いとう)さんが自慢げにメッセージ送ってきたからな」

「ってことは、白石(しらいし)さんも浴衣なんだよな? 楽しみだぜ~!」

 

 椿(つばき)が口にくわえている爪楊枝が、彼のテンションと同調するようにピコピコと上下に揺れ動いている。今のでの分かるように、椿(つばき)白石(しらいし)にホレているのだが。宮村(みやむら)の話によると、彼女には相手にされていないそうだ。因みに料理が趣味だそうで、爪楊枝はいつでも油の温度を計れるようにと標準装備。

 会場の河川敷に近づくにつれて、人数が多くなってきた。橋の欄干に寄りかかっている山田(やまだ)と合流してから橋を渡り切り、打ち上げ場所の反対側、多種多様の露店のが建ち並ぶ通りの入り口で、女性陣の到着を待つ。

 

「お待たせー」

 

 待つこと数分、女子の声に顔を向ける。

 制服マジックというやつだろうか。いや、制服じゃないから正確には違うけど。まあ、細かいことは隅に置いて。とにかく、普段目にしている学校の制服とも、私服ともまったく違う雰囲気の見目麗しい五人の少女たちの浴衣姿に、俺たち男連中は計らずも揃えて声をあげた。

 

「どう? 似合うっしょ?」

 

 伊藤(いとう)はこれ見よがしに浴衣の袖を持って、軽く腕を上げて浴衣姿を見せつける。元々おとなしい大塚(おおつか)は、少し気恥ずかしそうに控えめに。白石(しらいし)小田切(おだぎり)は、普段とあまり変わらずといった感じだ。

 そして、もうひとりの女子。話では聞いていたけど、彼女とは初対面。ナチュラルウェーブのポニーテールの猿島(さるしま)は、持ち前のスタイルの良さで回りの男性客の視線を独り占めにしている。

 身長は、山田(やまだ)と同じくらいかな? と思っていると不意に袖を引っ張られた。顔を向ける。袖を引っ張った犯人は、小田切(おだぎり)だった。

 

「ねぇ、(うしお)くんは?」

「家の用事があるみたいで後から来るって」

「あら、そう。ところで、何か言うことがあるんじゃなくて?」

 

 自分の浴衣姿を褒め称えろと言わんばかりに小田切(おだぎり)はくるりと、その場で一回転、青白い生地に淡い紫色の花柄の浴衣の裾がほんの少しだけふわりと浮いてから、遅れて元に戻る。

 

「すげー似合ってる可愛いぜ、小田切(おだぎり)さん......!」

「ふふーん、まあ当然ね。って、アンタに言われてもまったく嬉しくないわ!」

 

 やたらと恥ずかしいセリフを軽々と言ってのけた宮村(みやむら)に、小田切(おだぎり)は眉間に皺を寄せた。

 

「何でだよ。本心だぜ?」

「どうかしらね? 普段のアナタの振るまいをみてるから信用できないわ」

「ヒデェーなぁ、とんだ偏見だ。んじゃあ、宮内(みやうち)の誉め言葉なら信用できるってか?」

「そうね。少なくとも、アナタの軽いノリの言葉よりは信用できるわ」

「だそうだぜ?」

 

 宮村(みやむら)はぽんっ! と俺の肩に手を置いた。言ってやれと言うことなのだろうけど、この空気の中では余計に言いづらい。何て錆びたパイプだ。ここは素直に褒めておいた方が良さそうな気がするが、無難な言い回しは宮村(みやむら)が先に言ってしまった。

 ――さて、どうするかな? と小田切(おだぎり)の浴衣姿を見ていると、普段のショートボブをアップにするのに使っている髪止めが、見覚えがある物だと気がついた。

 

「その髪止め、似合ってるね」

「あら、ありがとう。わかってるわね」

 

 左頬にかかる髪をそっと触りながら、嬉し混じりの満足げな表情(かお)を見せてくれた。思った通り、デートの時に買った髪止めだった。

 

「さて、社交辞令も終わったし、屋台見て回ろうぜ」

「社交辞令ですって? やっぱりからかってたのねっ!」

 

 ニヤニヤと俺たちのやり取りを見ていた宮村(みやむら)は、声をあらげる小田切(おだぎり)をテキトーにあしらいつつ、みんなに声を掛けて屋台が建ち並ぶ通りの中へ入って行った。焼きそば、フランクフルト、綿菓子、チョコバナナ、りんご飴、と定番の屋台(モノ)から。タンドリーチキンやら、ケバブなんて変わり種まで多種多様の屋台があり、多くの花火の見物客で賑わっている。各々好きに見て回り、花火打ち上げ開始時間が迫ってきた頃、用事で遅れていた五十嵐(いがらし)が合流。

 すると宮村(みやむら)は、おもむろに割り箸を取り出した。

 

「よし、全員揃ったことだし。ここいらで余興といくか」

 

 先端を隠して両手に五本づつ分けて持ち、余興の趣旨の説明を始めた。

 

「この割り箸の先には、それぞれ1から5までの数字がふってある。で。同じ数字の割り箸を引いたペアで、しばらく二人で見て回るってワケさ」

 

 つまりは、浴衣姿の女子と二人きりで花火見物をするための下心満載の下世話な企画。だが、面白そう、と意外にも女子も乗り気。宮村(みやむら)の思惑通りにことは進んでいく。女性陣が先に引き、続けて男子が引く。テンションが高い椿(つばき)がいの一番に引き、続いて五十嵐(いがらし)山田(やまだ)と順番にくじ代わりの割り箸を引いていく。残りの二本から、俺が選ぶのだが......。

 

「右引け」

 

 自分の番号を確認しているみんなには聞こえない様に宮村(みやむら)は、小声で言ってウインクした。とりあえず言われた通り、右の割り箸を引く。これで全員が引き終わり組み合わせが決まった。集合時間を決めて、ペアで行動開始。

 

「俺たちも行こっか」

「ええ。あ、ワタシ喉乾いちゃったんだけど」

「じゃあ、スムージーの屋台に行こうか。向こうで見かけた」

「うんっ」

 

 俺は、猿島(さるしま)とペアを組むことになった。入り口付近のスムージーを売っている屋台まで話をしながら、猿島(さるしま)の歩幅に合わせてゆっくり歩く。花火の打ち上げ始まったためか幾分人も少なくなっていて歩きやすい。目当ての屋台でスムージーを二つ買い、見物客の少ない土手に座って、ようやく夜を思い出して暗くなった空に目を向ける。

 

「たまや~っ、あっはっは!」

 

 雲ひとつない夜空にきらびやかな大輪の花が咲く度に、猿島(さるしま)はハイテンションで手を叩きながら楽しそうに笑っている。しばらくして打ち上げは一時的に止み、中休みに入った。

 

「あっははっ! 花火って、キレイだよね。ホント来てよかったわ」

「ん?」

 

 隣を見ると猿島(さるしま)は、膝を両腕で抱えた体育座りで微笑んでいた。

 

「ふふっ、宮内(みやうち)も、ワタシの能力知ってるんだよね?」

「予知能力だよね」

「そ。旧校舎の解体作業を(みやび)ちゃんと見たあと、事故チューしちゃったんだ。それで、また未来を見たの。浴衣を着たワタシが、キミと二人でこうして話してる所をね。あ、居たわ」

 

 彼女が手を振った先で、食べ物を大量に持った伊藤(いとう)椿(つばき)が、こちらに向かって手を振っていた。

 

「おーい、二人ともー、そろそろ時間よー!」

「はーいっ!」

 

 時計を見る。確かに待ち合わせの時間まであと少し。先に立って、着なれない浴衣で立ちにづらそうな猿島(さるしま)に手を差し出す。

 

「ありがとっ。あ、そうだ、すっかり聞くの忘れてたわ」

「なに?」

 

 手を取って立ち上がった猿島(さるしま)は、着物の埃を払いながら聞いてくる。

 

「ワタシのクラスで話題になってたんだけど。体育祭の決勝戦出てなかったのは、どうして?」

「ああ、ちょっと怪我してて時間制限があったんだ」

「へぇ~、そうだったんだ。もう平気なの?」

「うーん、今後の経過次第だね」

「そうなんぁ。ねぇ、キスしよっか?」

「......はい?」

 

 唐突な提案に思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。何を言ってるんだ、この子は? 突然のことで思考がうまく回らない。

 

「ほら。キスしたら、キミのケガがいつ治るか分かるかもじゃん」

「じゃん。って、そんな軽いノリで......」

「だって、キスなんて挨拶みたいなモノだし。ほら、ワタシ帰国子女だから」

 

 ――ここ、日本ですから。過激なスキンシップはしません。

 説得力が有るのか無いのかよくわからないけど......。それに、そんな都合良く、ピンポイントで知りたい未来を視えるモノなのだろうか? と、想いながら地面目を落として考えていると、不意に良い香りがして、とても柔いモノが口に触れた。完全な不意打ちで、彼女にキスされた。猿島(さるしま)の顔が離れて行く、そのまま一点を見つめ、しばらく固まっていた猿島(さるしま)の目に光が戻る。

 

 そして「....視えたわ!」と、猿島(さるしま)は俺を見て言った。

 

 最後の花火が打ち上がり、花火大会は滞りなく終了を告げた。帰宅をする大勢の人波の中を、みんなで歩いていると宮村(みやむら)が隣に来た。

 

「ちゃんとキス出来たか?」

「やっぱり、お前が仕組んだんだな」

「まーな」

 

 悪びれる様子は微塵も見せずに笑う。

 

「で、どうだったんだよ?」

「視えたらしい。みんなで、スタジアムのスタンドから朱雀高校サッカー部を応援してる姿が」

「おおー、やったじゃん! じゃあ来年のどっちかには間に合うんだな」

「たぶん、な」

「どうした? 何か浮かない表情(かお)してるな」

 

 先を歩くみんなの後ろ姿を眺める。

 

「後で話すよ」

「ふむ、ワケありだな。山田(やまだ)ー!」

「止めろ! 暑苦しい!」

「なんだよ、ツレねぇな~。おーい、置いてくぞー」

 

 一足早くみんな輪の中へ戻っていった宮村(みやむら)が、俺を呼ぶ。輪の中へ入り、二学期になったらすぐに準備が始まる文化祭の話をしながら賑やかに帰り道を歩いた。

 

「じゃあ、聞かせてくれ。猿島(さるしま)さんが視た未来で、お前が感じた懸念をよ」

 

 自宅に着き、テーブルを挟んで宮村(みやむら)と対峙。

 一呼吸置いてから話し出す。猿島(さるしま)が視た未来を。

 

「応援スタンドに居なかったんだってさ」

 

 猿島(さるしま)が視た未来には、宮村(みやむら)も、伊藤(いとう)も、五十嵐(いがらし)も一緒に応援してくれていた。だけど、白石(しらいし)小田切(おだぎり)、そして、山田(やまだ)を加えた三人は、スタンドの何処にも居なかったんだ。

 

 

           * * *

 

 

 右膝の抜糸が済み、バイトへ復帰した八月の半ばのある日の夜、一人の女性が自宅アパートを訪ねて来た。

 

小田切(おだぎり)さん?」

「あなたに聞きたいことがあるの。教えて......あなたは、何を知っているの......?」

 

 一枚の写真を差し出し、とても真剣な表情(かお)で言った小田切(おだぎり)の額からすっと、ひと筋の汗が流れ落ちた。


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