黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode19 ~オフレコ~

 夏休みが明けて、二学期が始まった。しかし、俺はまだ入院生活を強いられていた。手術を受けた右膝のリハビリは想像以上にキツく、長期に渡って段階的に行われた。

 そして、二学期の始業式から数日後の定期検診で、ようやく退院の許可が下りた。ただ、しばらくの間は通院の日々。中間試験後には、固定したボルトを取り除く手術の予定が決まっている。まだまだ全快にはほど遠い。

 翌朝、松葉杖を突きながらの登校は思った以上に大変だった。ぶっちゃけ、使わない方が歩きやすい。復学そうそう遅刻。職員室で担任に事情説明と退院の報告を済ませ、休学中に片付けた課題を提出し、休学中の学力を測るための試験を別室で受けた。結果は、無事クリア。今日のところは、結局これだけで一日を費やした。

 休日を挟んで、週初めの月曜日。先日の反省を踏まえて、先日より30分早く登校。学校前の通学路につく頃には、ちょうど良い時間帯。昇降口の下駄箱で、靴を履き替える。松葉杖を突きながらの履き替えは、やっぱり手間が掛かる。まあ、持って行けと言われた代物。一旦下駄箱に立てかけようとした時、横から手が伸びた。

 

「大丈夫?」

 

 突然かけられた声に顔を向ける。手を貸してくれたのは、背中まで伸びたロングヘアの女子生徒。知っている姿と違ったから一瞬、見間違いかと思ったけど、両サイドのバッテンの髪留めは変わらない。それに、彼女の横顔は印象に残っている。

 

「ありがと。白石(しらいし)さん」

「ううん。退院できたんだ」

「先週末にね」

「先週末? 見かけなかったけど?」

「補講で、学力テスト受けてたんだ」

 

 廊下を教室に向かって会話しながら歩く。松葉杖のせいか、他の生徒たちは気を遣って道を譲ってくるのだが、何とも居心地が悪い。脇に挟んで、自分の足で歩く。すると、白石(しらいし)は少し心配そうな声色で聞いてきた。

 

「......平気なの?」

「歩くだけならね」

 

 ズレた骨を固定するためにボルトが埋め込まれているから走ったり、激しい運動は出来ないけど、歩くことくらいなら出来る。中間試験後の経過次第で、ボルトを抜く予定。そうしたら、またリハビリが待っている。今回ほど長期じゃないけど、ひと月くらいはかかるだろう。

 

「髪、おろしたんだ」

「......うん、今日から。前髪も、少し切ってみたんだけど。変じゃない?」

「似合ってると思うよ。メガネも」

「ないから変な感じ。それに、まだちょっと怖い、コンタクト」

 

 思わず笑いそうになったのを堪えるが大変だった。ただ、そのおかげで柄にもなく感じていた緊張が解けた。その勢いに任せ、久しぶりに教室に入ると、まるで動物園のパンダにでもなったかの様な扱いを受けて、気が休まる暇は殆どなかった。ただ、白石(しらいし)のイメチェンの方が好評だったことは言うまでもない。

 昼休み。これまた久しぶりに屋上へ足を運んだ。屋上に続く途中の階段で、危ない場面に遭遇したりもしたけど。事前に連絡いれておいた別のクラスの友人、朝比奈(あさひな)森園(もりぞの)と、右膝の状態と回復具合を話しながら昼食を取り、フェンス近くのベンチに松葉杖を立てかけ、久しぶりに見る屋上からの景色はとても懐かしく感じた。

 

 それから、ひと月ほどが経過して――。

 

「その頃なんだよな? お前が、山田(やまだ)たちをよく見かけたってのは」

 

 一年の頃のアルバムを開きながら話しを聞いて腕を組んだ宮村(みやむら)は、小難しい表情をして深く考え込んでいる。

 二泊三日の合宿という体の魔女調査を終え、膝のクリーニング手術を翌日に控えた七月末日。バイト終わり俺を、近所のコンビニで宮村(みやむら)がアイスを食べながら待ち伏せしていた。用件は、新たに見つかった魔女の件......と思いきや、ただの暇つぶし。

 大塚(おおつか)は、ノートの上巻に記載されていた“思念(テレパシー)”の魔女だった。相手の顔を思い浮かべることで、無言で会話出来るという能力。スマホとかわらない揶揄されたりもしたが、この能力の利便性を駆使して山田(やまだ)たちは補習組は、追試験を突破。やっとのことで辿り着いた、目的のクラブハウスの超常現象研究部の部室は、もぬけの殻。鍵を管理していた教師によれば、五月の連休中に他部への引き渡しのため、生徒会が整理したという話し。

 

「副会長のオレと小田切(おだぎり)は知らされてねぇ。何より妙なのは――」

「聞いたよ、明け渡し先がないんだろ?」

 

 今年に入って新設された部活は、フットサル部のみ。既存の部活は、既に部室を保有しているため、新しく部室を用意する必要がない。

 

「あの狸ことだ、何か必ず裏がある。臭うぜ......」

 

 無意味なことはしないだろうから理由があるのは間違いないだろう。体育祭の時の様に。けど、待ち伏せしていた挙げ句、来てそうそう家主の目の前で家捜しをしていたヤツが、本棚から引っ張り出した一年の頃のアルバムを捲りながら凄んでも締まらない。

 

「にしても、白石(しらいし)さん。前は、メガネかけてたんだな。何かスゲー新鮮。メガネがあるとより知的に見えるな」

「知的だろ、実際」

 

 この学校唯一の学業特待生にトップを攫われることが稀あるが、基本的に成績は学年トップで、容姿端麗。少々人付き合いが苦手だったり、時折感情に浮き沈みがあることを差し引いても、才色兼備という言葉がぴったり当てはまる。

 

「やっぱ仲良さげだよな~、一緒に写ってる写真多いし。こんな楽しそう白石(しらいし)さん、オレみたことねーぞ?」

「セクハラ発言ばっかりするからじゃないか?」

 

 悪びれる素振りも見せず、それどころか逆に爽やかに笑った。まったく、困ったヤツだ。本人に悪意はないし、嫌味もないからタチが悪い。だから、好かれるんだろうけど。

 

「それで、猿島(さるしま)さんの方はどうするんだ?」

「ぶっちゃけ、ぶっつけ本番だな」

 

 猿島(さるしま)マリア、新たに見つかった魔女の名前。

 テレパシーの魔女の大塚(おおつか)が、彼女とキスしたにも関わらず能力が掛からなかった、と山田(やまだ)が聞き。宮村(みやむら)たちが調べたところ、“未来予知(プレヴィジョン)”の能力を持つ四人目の魔女であることが判明した。先日見せてもらった超常現象研究部のノートの上巻に書かれていない、新たな能力を有する魔女。

 

「まあ、入れ替わっておけば未来に変化が起きることがわかったからな。原因にも目星がついてる。お前は、安心して手術受けろよ」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 明日、8月1日に右膝のクリーニング手術を控えている。今までのような大がかりな手術ではないが、同日に起こると予知された旧校舎の火災。小田切(おだぎり)たちも探ってはいるけど、主に超常現象研究部が対応している。とはいえ、手を貸せることがないのは何とも歯痒い。

 テーブルに肘をついて、窓の外に目を向ける。カーテンの隙間から、住宅地の向こう側に建ち並ぶ都心のビル群の灯りが夜空を明るく照らしている。火事も、あんな風に空が明るく......ふと、疑問が浮かんだ。

 

「そういえばさ。どうして、放火になるんだろう」

「あん?」

「予知された未来は、山田(やまだ)猿島(さるしま)さんが燃えてる旧校舎を見て、中庭で立ち尽くしてる映像なんだろ?」

「ああ。猿島(さるしま)が見た未来は、椿(つばき)ってヤツの視点から見た未来だ。つまり、現場には三人でいたってことだわな。そいつ落ち込むと、旧校舎の調理室で天ぷら揚げるクセがあるらしい。たぶん、それが原因なんじゃねーかって」

「で?」

「ふむ、おかしいな......」

「だろ?」

「ああ、よくよく考えれば不自然だ。鎮火後に実況見分が入るわけだから、料理油が原因で火災が起こった場合、通常は“事故”として処理されるハズだ。なんとなーく見えてきたぜ、この件の本質がな......!」

 

 ニヤリと白い歯を見せた。

 どうやら、同じ考えに至ったようだ。光が洩れるカーテンを閉じて、座り直すと。

 

「んじゃあ、もうひとつの謎の解明といこーぜ」

 

 頬杖をつきながらウインクした宮村(みやむら)は、話題を変えた。

 俺と、三人の記憶の相違について。

 

「お前の記憶では、三人は特に仲違いしてた様子はなかったんだな?」

 

 改めて、記憶を思い起こす。

 あれは一年の初秋頃、中間試験前後に部室棟の一室で三人を含めた数人で昼食を食べているところを何度か見かけた。けど、山田(やまだ)五十嵐(いがらし)も覚えがないような態度だったし。クラブハウスで小田切(おだぎり)に尋ねた際も、そのことは一切話題にあがらなかった。何より、隠す理由がない。

 

「確認するけどよ。間違いなく、山田(やまだ)たちだったんだな?」

「ああ......。屋上で昼食べるだろ? フェンス際から、部室棟が見えるんだ。どの部室かまではわからないけど」

「ナルホド。けど、三人が三人とも身に覚えがない、と......おもしれーじゃねーか!」

 

 まるで、新しい玩具を買ってもらった子どものみたいな顔。

 

「俺の方を信じるのか?」

「いーや、まだ決めかねてる。三対一だし、見間違いの線が消えないからには断言出来ねぇ。けど、そんな嘘をつく理由がないのも事実。そこでだ、信用させてくれ」

 

 今度は意地悪そうな表情(かお)で、ニヤリと片方だけ口角を上げる。

 

「お前が、小田切(おだぎり)の虜にならなかったワケを教えてくれるのなら。オレは、100パーセントお前の言葉を信用する」

「どうしてわかった?」

「ピンときたのは、超常現象研究部の部室に初めて来た日、魔女の能力実験で伊藤(いとう)さんが、白石(しらいし)さんとキスした時だ。体育祭でお前が山田(やまだ)と入れ替わらなかったのは、既に別の能力に掛かっていた以外考えられない。宮内(みやうち)の一番近くに居た魔女は、小田切(おだぎり)しかいない」

「正解、その通り。さすがに頭の回転がいいな」

 

 賛辞の言葉を贈ったが、宮村(みやむら)は頭の後ろで両手を組んだ。

 

「オレが山田(やまだ)の虜になった時は、意思に関係なく逆らうことが出来なかった。けど、お前からは能力にかかってる様子はまったく感じなかった。謎を解くヒントを貰ったっていう、あの白石(しらいし)うららをもってしても未だ解けない謎だ」

 

 左肘を机に突いて、グイッと身を乗り出した。

 目を閉じて、思考を巡らせる。正直、宮村(みやむら)になら無条件で教えてやってもいい。けど、それじゃつまらない。

 そこで、交換条件を持ちかけることにした。

 

「教えてもいいけど、俺からも質問がある」

「なんだよ?」

「朱雀高校へ転校してきた理由」

 

 宮村(みやむら)が転校してきたのは一年の後半と、凄く中途半端な時期だと聞いている。そんな時期に入試試験よりも高難易度の編入試験を受けてまで転校してくるのは、何か特別な事情があってのことだと推察出来る。

 

「んなもん。ただ単に時間ギリギリまで寝てたいから、家から近い学校に転校しただけさ。じゃダメか?」

「いや、別にそれでもいいよ」

 

 俺が答えてから、まるで時間が止まったかのように部屋は静寂に包まれた。時おり聞こえる、気が早い秋の虫の鳴き声と掛け時計の秒針が刻む音は、この静かな部屋中ではより存在感を増す。そして時計の針が夜の九時を差した頃、宮村(みやむら)は重い口を開いた。

 

「......わかった。正直に話す」

「別に、無理しなくていいぞ?」

「いや、お前には嘘つき野郎と想われたくねぇからな」

 

 大きく息を吐き、いつにもなく真剣な表情。真面目な話しだと瞬時に察し、身を引き締めて聞く。

 

「......オレには、ひとつ違いの姉貴が居る。その姉貴を助けるために、朱雀高校へ転校してきたんだ」

 

 宮村(みやむら)の姉は、超常現象研究部の元部員。家では、いつも楽しそうに部活の話をしていて。その時、魔女の話題も出ていたらしい。宮村(みやむら)は、話し半分に聞いていた。

 しかし、ある日突然変わってしまった。

 彼女は、呆れるほど嬉々として話していた部活や魔女のことを一切話さなくなり。そして、何かに怯えているかのように、学校にも行かなくなった。

 

「姉貴が口走った“7人目の魔女”ってのが、姉貴に何かをしたんだ。だからオレは、朱雀高校へ来た。もう一度、姉貴が笑顔で学校へ通えるようにするためにな」

「そっか」

 

 なるほど、そのために一番手っ取り早いのが朱雀高校の全権を所有する生徒会長になること。生徒会長なら、7人目の魔女の存在を把握している可能性がある訳か。しかし、自分の姉を救うためだけに転校してくるなんて、とんだシスコンだ。だけど――。

 

「スゴいな、お前」

「よ、よせっての!」

「ははっ、テレるなよ」

「そ、それよか。次は、お前の番だぞ!」

 

 照れ隠しで強引に話題を替えた。

 宮村(みやむら)も本音をぶちまけたんだ、答えない訳にはいかないな。

 

小田切(おだぎり)さんの虜の能力にかからなかったのは、“好きな人”がいるからだよ」

「......はあ?」

 

 何言ってるんだ? コイツ、と言いたげな表情(かお)。だけど、事実は事実なのだから仕方がない。俺には好きな人が居るから、能力にかかっても変わらなかった。ただ、それだけのことなのだと思っている。

 

「マジ?」

「おおマジ」

「マジなのか。って、誰だよ!?」

「知りたい?」

「当然! やっぱ白石(しらいし)さんか? 白石(しらいし)さんだよな? 白石(しらいし)さんなんだろ? 白状しろよ、ネタは挙がってんだよ。カツ丼食うか?」

 

 スゴい決めつけだ。記憶喪失の話以上に食い付いてきた。

 宮村(みやむら)は口が堅いし、他言するようなヤツじゃない。

 

「仕方ないな。オフレコで頼むよ?」

「任せとけって。オレの話もオフレコな」

 

 拳同士を軽く合わせ、お互いにこの話は二人だけの秘密だと誓う。

 そして俺は宮村(みやむら)に、恋をしている相手の名前を告げた。すると、相手の名前を聞いた宮村(みやむら)は驚きのあまり目を大きく見開いてた、と思ったら今度は一転、テーブルに突っ伏した。ゴン! とても痛そうな鈍い音が聞こえたが、大丈夫だろうか。

 

「マジか......そういうことかよ。小田切(おだぎり)の能力が効かねぇワケだな」

「まあ、そういうことだね」

「なるほど、まあ頑張れや。親友」

「ああ、お前もな。親友」

 

 今度は笑い合って、拳を合わせる。

 

「よっしゃ前祝いだぁ! 今日は騒ぐぞーッ!」

「いや、近所迷惑だから。それに明日、手術なんだけど?」

「んなもん知るか! 山田(やまだ)呼ぼうぜ~」

(うち)知らないだろ?」

 

 スマホを弄る宮村(みやむら)に冷静に突っ込みを入れて、俺はすっかり冷えてしまった遅い夕食を食べ始めた。そして、結局宮村(みやむら)は家に泊まり、帰ったのは手術当日の朝だった。

 眠そうな宮村(みやむら)を見送り、朝食を済ませて身仕度を整える。玄関で靴を履きドアノブに手をかけると同時に、メッセージが二通届いた。スマホを見る。送信者は白石(しらいし)小田切(おだぎり)の二人。内容は、二件とも手術の無事を祈るメッセージだった。

 二人に返信をしてから部屋を出た俺は、ひとつ大きく深呼吸をして手術予定の病院へ向かった。


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