黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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若干のネタバレを含みますのでご了承ください。
キャラの一人称は原作漫画を参考に書いています。
例。
宮村(みやむら)→オレ
山田(やまだ)→俺


Episode1 ~エール~

「あ、宮内(みやうち)くんおはよー」

「おはよう」

 

 今日も、いつものように時間に余裕を持っての登校。教室に入り、先に登校しているクラスメイトと挨拶を交わしてから、席に着く。

 入学式から、おおよそ二週間あまり。慌ただしい時が過ぎ去り、綺麗に咲き誇っていた桜の花も散り、校庭の木々は鮮やかな黄緑色の新しい葉が芽吹き、新緑の季節が近づいてきた。徐々に新しい学校生活にも慣れ始めた、四月下旬。

 

「ねぇねぇ、昨日の数学なんだけど」

「ん? どこ? ああ、これね。ペン借りるね」

「あっ、あたしにも教えてー」

 

 一時間目の準備をしていると、近くの席の女子たちが教科書とノートを持って話しかけてきた。進学校というだけのことはあり、普段の会話も勉強中心の話題が多く、お互いの苦手な教科を教え合うことも少なくない。

 ただひとつだけ、俺はに彼女たちにだけではなくクラスメイト全員に申し訳なく感じていることがある。

 それは――。

 

「おーい。宮内(みやうち)、三年生が呼んでるぞー」

「わかった。ごめん、ちょっと行ってくるね」

 

 ――またか。漏れそうになったため息を堪える。

 教室のドアの前に居る見覚えのある体格の良い男子生徒は、入口を塞ぐ形で、スライドドアの側面に腕を組んで寄りかかっていた。ホームルームの時間が近づき、次々に登校してくるクラスメイトたちは、その厳つい体格に怯み、仕方なく後ろのドアに回って教室に入ってくることを余儀なくされる状況になっていた。

 いかんともし難いこの状況を打開するため、彼女たちに断りを入れて席を立ち、教室前方の入口でクラスメイトの登校の邪魔になっている三年の男子生徒の元へと向かう。

 

「朝から呼び出して悪いな。気は変わったか?」

「とりあえず、廊下へ出ましょう。迷惑になります」

「あ、そうだな。すまん......」

 

 少し語気を強めにいうと、彼は素直に廊下へ出て、廊下の壁に寄りかかり腕を組み直して、さっそく本題を切り出した。

 用件は――サッカー部への勧誘。

 サッカーのキャプテンを務めるこの男子生徒は、既に何度も断っているにも関わらず、入学初日から毎日教室へ足を運び続け「サッカー部へ入部してくれ!」と、もう聞き飽きるほど勧誘をしてくる。だから昼休みになると、捕まる前に教室を抜け出し、階段を昇って校舎最上階に設置されている扉を開き、屋上へ足を運ぶのが日課になった。

 初夏のような穏やかで暖かい日差しと、爽やかな風が頬を撫でる。心地よく過ごしやすい空気を感じながら空を見上げる。空には雲ひとつない青空が広がっていた。

 目をつむり、大きく、そして深く、ゆっくりとひとつ深呼吸をしてから扉付近の外壁を背もたれに座り、自炊した弁当と登校途中に購入したお茶のボトルで昼食を食べる。

 そして、食べ終わる頃になるといつも――キィ......と金属製の扉が擦れる音を鳴らして開き、髪を二つのおさげに結んだ眼鏡をかけた少女が本を片手に、校舎から屋上へ出てくる。

 

「こんにちは、いい天気だね」

「......あなた、今日も居るのね」

 

 彼女は扉を挟んで俺とは反対側へ座り、いつも通り本に目を落として答えた。

 この子は今、俺が一番気になっている女の子。

 クラスメイトで、過度な馴れ合いはせず、クラスではいつも一人ぼっち。俺と同じで、別の中学校出身。それも、超名門女子校から朱雀高校へ進学して来たためか、中学の頃の友人はひとりおらず、新しく友だちを作るのも苦手なタイプようだ。

 さらに彼女の寡黙な性格に加え、朱雀高校は幼稚園から大学まであるため、既に仲のいいグループが出来上がっているのも要因のひとつだと言える。

 

「今日は、何を読んでるの?」

「......公民」

「次の予習だね」

「ええ、そう」

 

 いつも、これだけで会話が終わってしまう。むしろ話しかけるなとも感じるほど、彼女の声は冷めている。だけど、今日は違った。彼女は教科書から目を落としたまま、俺との会話を続けてくれた。

 

「さっき、三年生があなたを探していたわ」

「ああ~......うん、ありがとう」

「戻らなくていいの?」

「今朝と同じ用事だから」

「......部活、しないの?」

「俺、一人暮らししてるから放課後はバイトがあるんだ」

「そう......」

 

 どうやらこれで、彼女との会話は終わりのようだ。けど、こんなチャンスは二度と訪れないかも知れない、だから今度は、俺から話を振ってみた。

 

「部活入らないの?」

「放課後は塾があるから」

「そっか、お互い大変だね。教えてくれてありがとう」

「別に。()()、どうしたの?」

「ん? ああ、()()?」

 

 彼女が見ている視線の先を確認して指を差すと、小さく頷いた。正直に話しても良かったけど、これがもう一度話すきっかけになるのではないかと思ったから、あえて違う返し方をした。

 

「もう少し親しくなったら教えてあげる」

「......なら、別にいいわ」

 

 期待通りの返事が返ってきて、何となくほっとした。

 

「あははっ、そうですか。そうだ、ここに俺がいるの内緒にしておいてくれると助かる」

「別に話す必要ないし」

「うん、ありがとう。またね」

 

 彼女からの返事は返って来なかった。

 でも、翌日から少しづつ俺たちの関係に変化が訪れた。といっても大きなことじゃない。少し会話が増えた程度だった。それでも着実にいい方へ向かっている。彼女はどうかわからないけど。少なくとも俺は、そう感じていた。

 

「俺、明日からしばらく学校を休むことになりそうなんだ」

「そう」

「だから。はい、これ」

「なに?」

「電話番号とアドレス。何かあったら、いつでも連絡してきて」

 

 彼女は、戸惑いながらも連絡を書いた紙を受け取ってくれた。

 それは季節が梅雨に入る、数日前の出来事だった。

 俺はこの日、午後から学校を休んで都内の有名病院に足を運んだ。受け付けの看護師に名前を伝え、呼ばれるのを待っていると、スマホのバイブが振動してメッセージが届いた。

 

宮内(みやうち)さん、どうぞ」

「あ、はい」

 

 俺は一度病院を出て、返事を送信してから診察室へ入る。

 四十代前半の男性医師が、ボードに貼ったカルテを見ながら容態を解りやすく説明してくれた。

 

「今後のことは、ご両親と相談の上で......」

「許可はもらっています。お願いします」

 

 右足の手術に対する同意書を、これから主治医となる医者へ手渡す。

 あの日、中学最後の大会のアディショナルタイム。

 視界には青い空が広がり、遠くに夏の象徴である巨大な入道雲。まるで米粒のように小さな旅客機が、青いキャンバスに白い線を引いて流れていた。

 どうやら、ピッチ上に仰向けで倒れているようだ。心臓の音が、やたらと大きく聴こえる。呼吸も荒い。

 ――いったい、どうなったんだ? ゴールは決まったのか。

 ままならない呼吸を整えながら、顔を横に向ける。蹴ったハズのボールが少し離れたところに転がっていた。近くでチームメイトが、相手選手の胸ぐらを掴み上げ、険しい剣幕で怒鳴りつけている。主審や別のチームメイト、相手選手が止めに入るも、どんどんヒートアップしてまるで収まる気配はない。

 止めに入ろうと身体を起こそうと試みた直後、そこで意識を失った。

 そして次、目を覚ました時――俺の右足は動かなかった。

 シュート体勢に入っていた俺は、体重が乗った軸足に悪質なチャージを受けて右膝を壊した。場所が場所だっただけに一度の手術では完治せず、今なお、後遺症が残っている。

 

「わかりました。それでは、手術の日程を決めましょう」

「はい。学校側とは話はついていますので」

「そうですか。では、なるたけ早めにしましょう」

 

 主治医がスケジュールを調べている間、先ほどのメッセージの内容を思い返していた。着信相手は、電話帳に登録していないアドレス。屋上の、あの子だった。メッセージの内容は「ちょっとだけ、気になる人が出来ました」と、ひとことだけ綴られていた。「そっか、頑張れ!」とすぐに返事を返した。

 

「この日でいかかがでしょう?」

「あ、はい、お願いします」

「それでは、その方向で調整します。手術にあたっての入院についてですが――」

 

 主治医の話を聞きながら、俺は窓の外に目を向ける。

 どこまでも続く青空は、彼女との距離が少し縮まったあの日と同じだった。

 窓の外に広がる青空へ向かって俺は、あの子に心からのエールを送る。

 

 ――がんばれ、白石(しらいし)


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