黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode18 ~疑念~

 白石(しらいし)から聞かされた新たな魔女の名前は、大塚(おおつか)芽子(めいこ)。新しい魔女の名前は、聞き覚えがあった。同じクラスの、黒縁のメガネをかけた巻き髪の女子。以前、虜の能力にかかった宮村(みやむら)と本屋へ行った時に見かけたから、記憶に新しい。ただ、記憶の中の大塚(おおつか)と、白石(しらいし)のいう魔女の大塚(おおつか)が同一人物かどうか確認するため、彼女の特徴を聞いてみたところ、やはり同一人物であることが判明した。

 

大塚(おおつか)さんって、アタシたちのクラスよね?」

「ああ。ふむ。しかし、クラスでも影の薄い物静かな大塚(おおつか)さんが魔女、か......」

 

 腕を組んで神妙な表情(かお)をしながら宮村(みやむら)は、白石(しらいし)小田切(おだぎり)の二人の魔女に目をやり、最後に伊藤(いとう)の胸付近に視線を移した。

 

「ちょっと、なんなのよ? じろじろ見て」

「魔女ってのは、おっぱいが大きい女子ばっかだなって思って」

「死ねぇっ!」

 

 間髪入れず、伊藤(いとう)渾身のビンタが炸裂。パァンッ! と気持ちの良い響きと共に横たわる男子がひとり。それは、伊藤(いとう)にセクハラ発言をした宮村(みやむら)ではなく、無関係の山田(やまだ)

 

「なんで、俺が......?」

 

 気の毒なことに、宮村(みやむら)がビンタを避けたため、横にいた山田(やまだ)がとばっちりを受けていた。

 

「うららちゃーん、宮村(みやむら)に犯されたぁーっ!」

「でも、宮村(みやむら)くんの意見は興味深いわ」

「ど、どういうことだよ......?」

 

 泣きついている伊藤(いとう)を慰めながら言った白石(しらいし)の言葉に、ビンタを食らった頬をさすりながら山田(やまだ)は尋ねた。答えたのは、小田切(おだぎり)

 

「鈍いわね、アナタ。魔女には何かしらの共通点があるかもってことよ」

「ああ~、なるほど。で、お前らと大塚(おおつか)の共通点ってのは?」

「おっぱい」

 

 即答する宮村(みやむら)。しかし、本人たちを目の前にして躊躇することなく言ってのけるのはある意味スゴいなと思えてきたのは、感覚がマヒし始めているのかも知れない。気をつけよう。

 

「巨乳」

「く、悔しくなんてないんだからっ!」

「それは関係ないと思うけど。とにかく、山田(やまだ)くんは試験を受けて来て。話はそれからよ」

「......わーったよ」

 

 筆記用具を持って、渋々部屋を出ていった山田(やまだ)の追試試験が終わるまで約一時間あまり。テキトーにゲームをしながら、帰ってくるのを待つことになった。

 

「う~ん、トランプも飽きたわねぇ」

「そうねぇ、行きのバスでもやったし。他に何かないの?」

「JUMBOならあるようだ」

 

 部屋の隅に放置されていたのを見つけた五十嵐(いがらし)が、輪の中央に置く。

 

「積み木を重ねて、倒した人が負けのヤツね」

「動作は単純だけど、結構熱中するのよね。これ」

「私も、それでいいわ」

「じゃあ、女子はそれで」

「女子は? アンタたちは何すんのよ?」

「よくぞ聞いたな、伊藤(いとう)さん。オレたちは、コイツで勝負する......!」

 

 宮村(みやむら)はまるで悪役ようにニヤリと笑い、バッグから二種類の長方形の箱を取り出した。箱に書かれている文字を、五十嵐(いがらし)が読み上げる。

 

「カード麻雀?」

「そんなの持ってきてなかったわよね?」

朝比奈(あさひな)に貰った」

 

 そういえば、試合を見終わったあと二人で何か話していた。どうやら、これを譲り受ける話をしていたようだ。宮村(みやむら)は二つの箱の中からサイコロと点棒を出して、麻雀牌代わりのカードを切る。

 

「ルール、わかるか?」

「俺は分かるよ」

 

 入院中、暇をもて余した歴戦の勇士たちと何度も手合わせをしてきた。目を閉じると、何時間も駆け引きを駆使し勝負したあの時の光景が、まるで昨日のように甦る。何度看護師さんに静かにしろと叱られたことか。

 

「くだらん」

「あれ~、もしかして(うしお)くん、麻雀打てないのかな? それとも自信がないだけなのかな~?」

「......そんなわけないだろ」

 

 宮村(みやむら)とアイコンタクトで意思疎通を行う。どうやら俺たちは、同じ結論に至っているようだ。五十嵐(いがらし)は、カモだ。

 

「......ただいま」

 

 適当な安い挑発で五十嵐(いがらし)を勝負へ引きずり出し麻雀を打っていると、山田(やまだ)が帰ってきた。覇気を感じない表情(かお)と声色から、結果を聞かなくても追試を突破できなかったことは容易にわかる。

 しかし、追試を突発してもらわないことには、超常現象研究部の部室の鍵を持った教師がクラブハウスへ来ない。宮村(みやむら)たち超研部は週末まで予定を組んでいるが、俺たちフットサル部のタイムリミットは明後日の夜。正直、時間に余裕があるとはいえない。小田切(おだぎり)は、若干焦りの表情を覗かせる。

 

「何か、いい方法はないかしら?」

白石(しらいし)と入れ替わって、全員でカンニングするしかないんじゃねーか?」

「教師が目の前にいるんだからできるワケねぇーだろ、バカ」

「なんだと......バカにバカ呼ばわりされる筋合いはない! そもそも、追試になったテメーが悪いんだろうがッ!」

「ああん? やんのかコラ!」

「上等だ、表出ろ!」

 

 今にも殴り合いを始めそうな険悪な空気になってしまった。

 山田(やまだ)五十嵐(いがらし)は、本当に上手くいっていないんだな、と思ったが。今は、言い争ってる時間も惜しい。五十嵐(いがらし)のことは小田切(おだぎり)に任せて、山田(やまだ)を落ち着かせる。

 

「魔女のことは別にしても、追試をパスしないといけないんだろ?」

「そりゃそうだけどよ......。期間内に合格しねーと、とんでもねー量の課題を出されるって話しだし」

「なら、追試の合格が優先ね。山田(やまだ)くん、何か気になったことはないかしら?」

「気になること? あ、そういえば――」

 

 落ちつきを取り戻した山田(やまだ)は、試験前に大塚(おおつか)が「一緒に追試を乗り越えましょう」と話したことを思い出した。その追試を乗り切る方法が、魔女の能力である可能性が高いと思われる。

 

「試験をパス出来る能力ってことだよな? そんな都合のいい能力――」

山田(やまだ)くん、大塚(おおつか)さんとキスをしてきて。そうすれば、解るわ」

「はあ!? カンベンしてくれ、そう簡単にできるワケないだろ......!」

「それは大丈夫よ。さっきは彼女からしてきたんだから、悪い印象は無いハズだわ」

「ぐっ!」

 

 結局、白石(しらいし)に説得された山田(やまだ)は、大塚(おおつか)とキスをして、彼女の能力をコピーするため再び部屋を出ていった。そして、思い切り肩を落とし、重い足取りで出て行ったきり戻ってこない。

 

「遅いわねぇ~」

「そうね。先に、お風呂を済ましておこうかしら」

「あ、アタシも行くっ。小田切(おだぎり)さんも行くでしょ?」

「まあ、いいわ。付き合ってあげる」

「オレたちも行くか?」

「そうだな。ただ待っていても埒があかない」

「先に行ってて。レポート仕上げとく」

「あいよ。後でな」

 

 着替えを持って部屋を出た五人を廊下で見送り、部屋に戻る。部屋の隅に置かれた折り畳み式の机を組み立てて、ビーチサッカーのレポートをまとめていると、ノックもなしにドアが開いた。部屋に入ってきたのは、先程出ていった白石(しらいし)だった。

 

「どうしたの? 何か忘れ物......山田(やまだ)か?」

「おう。よくわかったな」

 

 戻ってきたのは白石(しらいし)ではなく、彼女と入れ替わった山田(やまだ)山田(やまだ)は、着替えの入ったバッグを置いてからあぐらをかき、正面に座った。

 

「なんで、白石(しらいし)さんと入れ替わってるんだ?」

大塚(おおつか)とキス出来なかったんだよ......」

「はあ?」

 

 レポートをまとめていた手を止めて、顔を上げる。

 

「仕方ねぇだろ? 妹以外の女の扱いに慣れてねぇんだからよ」

「いや、その言い訳はないんじゃないのか?」

「言い訳じゃねぇって! だってよ、実際に俺、部活に入るまで殆ど女子と話したことなかったんだぜ?」

「ん?」

 

 五十嵐(いがらし)の話を聞いた時もそうだったが、山田(やまだ)とも上手く会話が噛み合っていない気がする。

 ――何かが、おかしい。俺の中で、そんな想いが沸々と大きくなっていく。まるで話の前提が違っている、そんな感じだ。

 そこで、五十嵐(いがらし)に聞いたことを山田(やまだ)にも尋ねてみた。

 

山田(やまだ)五十嵐(いがらし)って、一年の頃よくツルんでたよな?」

「なんだよ、急に」

「頼む、教えてくれ」

「......まあ、入学当初はな」

「入学当初?」

「ああ、六月の頭くらいまではよく一緒に居た。俺も(うしお)も、学校に居場所がなかったんだ」

 

 二人とも中学の頃は、地元で有名な不良。そして二人ともが、そんな自分を変えたくて、自分たちのことを誰も知らない名門進学校の朱雀高校に進学したのだが、元不良と根っからの優等生とは中々話も合わず。自然と二人は、一緒に居る時間が増えた。

 しかし、ある日事件が起きた。

 下校中に、朱雀高校の女子生徒――小田切(おだぎり)が、他校の不良に絡まれていたところを二人で助けたまではよかったのだが、やられた他校生の逆恨みの告げ口で、山田(やまだ)は謹慎処分を受けた。しかし、一緒に行動していた五十嵐(いがらし)はおとがめなしだった。

 

「アイツらは、俺を売って逃げやがったんだ」

 

 ――妙だ、やっぱりおかしい。山田(やまだ)の話と、小田切(おだぎり)五十嵐(いがらし)から聞いた話が一致していない。そもそも、あの二人はそんな卑怯なことをするように思えない。

 そして、何より......。

 

「でもさ」

「なんだよ?」

「お前ら、去年の秋頃よく一緒に居ただろ?」

「はあ? んなワケねぇだろ。何でアイツなんかと......チッ!」

 

 面白くなさそうに舌打ちをしたが、この時俺は、あり得ないことが頭に浮かんだ。馬鹿げているが思い切って言葉にする。

 

「もしかしてお前、覚えてないのか......? 自分に彼女が居たってことも」

「は......はぁ!? 彼女!? お、オマエ、マジで大丈夫か......?」

 

 思いきり引かれた。むしろ可哀想なモノを見るような目で心配されてしまった。

 しかし、今の返事で俺の疑念は確信に変わってしまった。

 山田(やまだ)は......いや、山田(やまだ)だけじゃない。小田切(おだぎり)も、五十嵐(いがらし)も、記憶の一部を失っている。けど、現実にそんなことがあり得るのか? 記憶喪失の類い......自問自答しながら深く深く考え込む。

 

「おーい」

「ん、何だ? おっと」

 

 気がつくと目の前に白石(しらいし)の顔があって、少しドキッ! とした。身を乗り出した山田(やまだ)は、元の位置に戻って首をかしげる。

 

「何だ、じゃねぇよ。急に黙っちまってよ」

「あ、ああ......。悪い」

「お前、疲れてるんだろ? それは小田切(おだぎり)にでも任せて、寝ろよ」

「ああ......そうだな。そうさせてもらうよ」

 

 書きかけのレポートを片付けて、宮村(みやむら)たちがいるであろうクラブハウスの露天風呂ではなく、主に運動部が使うシャワールームで汗を流して、部屋に戻る。

 

「あら、宮内(みやうち)くん」

「あ、小田切(おだぎり)さん」

 

 シャワールームを出たところでバッタリと、風呂上がりの小田切(おだぎり)と出会した。一緒に風呂に行った伊藤(いとう)は、夜食を調達に売店に寄っているらしい。

 

「髪、濡れてるじゃない。ちゃんと乾かさないと風邪引くわよ?」

「あ、うん、後で乾かすよ」

「何か、あったの?」

 

 心配そうな表情(かお)で一歩踏み込んで、顔を覗き込んできた。「大丈夫、何でもないよ」と、そう言おうと思っていたのに違うことを言葉にしていた。

 

「ねぇ、小田切(おだぎり)さん」

「なに?」

 

 ――去年のこと、どれだけ覚えている。

 どうしても、確かめずにはいられなかった。


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