ほぼ真上に位置する太陽からの日差しも厳しくなり、季節は本格的な夏の様相を呈し始めた七月下旬。朱雀高校でも他校と同様一学期の終業式が執り行われ、夏の長期休暇に入った。
そして、夏休みに入って数日後の朝。
「おい、そろそろバスが来るぞ」
中庭のベンチの木陰の中で、
「クラブハウスって、遠いの?」
「
直線距離では林間学校の宿舎より遠いが、林間学校のような山道ではなく、都内からほぼ直通で湾岸線を通る高速道路が整備されているため所要時間でいえば、クラブハウスへ行く方が幾分速いとのこと。
「それにしても、納得いかないわ。どうして、超研部と同室なのかしら?」
「お前は、まだいいだろう。俺なんて、
部屋割りのプリントを見ながら、
「まったく、何の嫌がらせだ」
「でもさ。別に、嫌いって訳じゃないんだろ?」
「......フンッ! アイツが、いつまでもつまらない意地を張っているだけだ」
「ふーん、そっか」
彼女が教えてくれた通りのようだ。ただ、それはあくまでも二人の言い分であって、
しかしそれ以前に、二人の話し......特に、
「時間かかるみたいだから、トランプでもやろうか?」
「あら。私に勝てると思って?」
「まあ、暇つぶしにはなるな。ルールは、どうする?」
バスが代わり映えのしない都心の高速道路から、クラブハウス付近を通る湾岸線へ抜けるまでの間、何度かルールを変えながらトランプをしたり、話をしたりして有意義な時間を過ごした。
そして、朱雀高校を出発して二時間あまり、小さな渋滞には何度か引っかかりもしたが。無事、朱雀高校クラブハウスに到着。
「ん~っ! ようやく着いたわね」
「フゥ、さて、行くか」
バスを降りて、荷台に積んだバッグを受け取り、クラブハウスに入る。まるで、ホテルのような豪華な造りの内装。体育祭に聞いた、ホテルに負けないというのも納得。
「じゃあ、部屋に荷物を置いて。ここに集合しましょ」
当然の事ながら男女で部屋割りが違うため、
「なんだ? 居ないのか?」
「そうみたいだね。鍵はかかってないし。とりあえず、荷物を置いていこうか」
「不用心だな」
部屋は、四人で雑魚寝しても十分な広さの洋室。ドアを入ってすぐ靴箱があり、段差を上がった床はカーペットが敷かれている。ちょっとしたタンスや、クローゼット、冷暖房も完備されていて、大人数で集まってもゆったりと過ごせる空間が確保されている。
ひとまず、空いているスペースに荷物を置いて貴重品を持ち、エントランスへ戻る。
「ちょっと、
「わかった」
「連絡取れた?」
「ううん、留守電だったからメッセージ入れておいた」
「そう。これから、どうしようかしら?」
掛け時計を見ると、時計の針は11時を少し過ぎた辺りを指している。昼食までは少し時間があるし、ビーチへ行くにしては中途半端な時間。昼食までの一時間あまりで出来ることといえば......。
「超常現象研部に行ってみる?」
「そうね。さっそく行きましょ」
「場所は分かるのか?」
「ここへ来る前に、ロビーの見取り図で調べておいたわ」
得意気な
「ここよ」
「あら、カギがかかってるわ」
耳を澄ましてみたが、部屋の中から物音はしない。片開きのドアに小窓がついているけど、曇りガラスのため中の様子はうかがい知れない。けど、人影のような動くものはなかった。
「誰も居ないみたいだね」
「まったく、どこへ行ってるのかしら?」
愚痴を漏らしたところで、居ないものはどうしようもない。
とりあえず、
「
「あ、
声をかけた
「それじゃあ、
「ええ、補習が終わらないと超研部の部室の鍵を持った先生がクラブハウスへ来ないらしいの」
「それで
「まったく、呆れたヤツだな。能力の無駄遣いもいいところだ」
「別にいいの。塾のかわりのようなモノだから」
「わりぃ、スマホ、部屋に置きっぱなしだった」
「いや。それより補習が終わらないと鍵が開かないんだって」
「ああ、そうなんだよ。しかも、合宿期間までにクリア出来る保証もねーときた」
「マジか。どうするんだ?」
「まあ最悪、ピッキング?」
「それは、ダメだろ。倫理的に」
「冗談だって。まっ、いざとって時は、生徒会副会長の権限を使うまでさ」
そう言ってウインクをした
「そういうワケだから、気長に待とうぜ」
「まったく、悠長なことね」
「んなこと言ったって、仕方ねぇだろ?」
俺の隣には、
「
「あ、そうなんだ」
「お前らは、これからどうすんだ? オレらはまた、海に行くけど」
「そうねぇ。補習が終わらない限り動きようもないし、海へ行くのも悪くないわね」
「んなこといって、ホントは遊ぶ気満々なんだろ~?」
たんたんとあまり興味がなさそうに話す
「なによ、その笑い方っ!」
「だってよ~、
「なっ!?」
ガタッ! と音が出るほど椅子が大きく動いた。相当動揺したことが見受けられる。もしかして後日、買い出しの日の水着を購入したのだろうかと思っていると。
「あの水着じゃないわよっ」
「あ、はい、そうですか」
「って、どうしてあんたが知ってるのよっ?」
「はーい、アタシが見ましたー」
「あんなスタイルに自信がないと着れない水着買っちゃうなんて、悩殺したい男子でもいるのかしらねぇ~」
「マジかよ。
「誰が、あんたなんかっ!」
ムキになると余計に面白がってイジられるのにな、と思いながら食器を返却口へ返しに行き、午後の仕度を整えるため一度部屋に戻った。
* * *
「へぇー、結構観客多いのな」
「代表戦だからね。それに強化試合っていっても、相手は強豪国だし。それと、あの選手――」
砂浜の一画でアップをしている、対戦国の選手を指差す。
「元プロサッカー選手だよ。それも、世界最高のリーグで得点王にも輝いたこともあるね」
「マジか」
ビーチサッカーは、プロで活躍した往年のスター選手が普及活動に参加したりしている。彼らのプレーを再び観れるということもあって、当時のファンが足を運んだりと、数多くの観客がビーチに設営された仮設スタンドで試合開始の時を心待ちにしている。
「ほら」
「ありがとう」
「あら、ありがと。さすが
あのあと結局ビーチへ泳ぎに行くならびで話はまとまったらしいのだが、俺がビーチサッカーのレポートを書くため試合を観に行くと知った
「みんな、裸足なのね」
「砂地だからね」
「ああ~、靴にはいるからかぁ」
ぽんっ! と、納得した様子で手を合わせた
「こんなのが、おもしれぇーのか?」
「始まればわかる。サッカーとの違いでもあり、最大の見所でもある空中戦をね」
「空中戦って、野球かよ」
うちわであおぎながらタメ息をついた
「スゲー! おい何だよ、今の!」
ビーチに砂で作られたピッチの上で繰り広げられる、アクロバティックなプレーの数々に興奮している。サッカーとの最大の違いは、地面が柔らかい砂地のためボールを極力転がさず空中でダイレクトで繋ぎ、ヘディングやボレーシュート、オーバーヘッドキック等のアクロバティックな魅せるプレーが多用されること。見ている方も、サッカーの試合では中々見られないプレーに歓声を上げ、観客と選手の間には一体感が生まれる。
「よう」
「ん?
試合がハーフタイムに入るのとほぼ同時に声を掛けてきたのは、サッカー部の
「あら。誰かと思えば、
「それは、オレのセリフだ。無関係のお前たちが居る方が、不自然だって」
「そりゃそうだわな」
「
「ああ。サッカー部は、終業式の終わりから来てるから今日が最終日だ。夕方の便で帰る」
「そう。そういえば、都大会16おめでとう」
「ありがとう。と言いたいところだけど、全然ダメだ」
「どうしてよ? 快挙じゃない」
今年のインターハイ予選、朱雀高校サッカー部は決勝トーナメントに進出し、実に数十年ぶりのベスト16と結果を残した。
「オレも聞いたぞ。何でも、参加校の中で最少失点だったらしいじゃん」
「ゼロで抑えても、点を取れなきゃ勝ち上がれないからな。今年は去年より得点力は上がったが、やっぱりベスト8からの壁は厚い」
お手上げといった感じに、肩をすくめた。中盤の選手からの絶妙なノールックのピンポイントパスを、空中で反転したストライカーがダイレクト捉えで、ゴールにたたき込んだ。スーパープレーに大歓声が沸き起こる。
「まあ、うちはウィークポイントがはっきりしているからな。改善出来れば、ベスト4は堅い。ああそうだ、
「帝王? どんなタイプのプレイヤー?」
前半のレポートを書きながら、話に耳を傾ける。
「ひと言で表せばば、お前だな」
「
隣で、
「左右の違いはあるが、試合の組み立て方といい、パスを出すタイミングといいよく似てる。まるで鏡に転写したみたいにな。ただ、チームメイトとはあまり上手くいってないのか連携ミスも少なくなかった。確か、ジュニアユース出身で――」
「
「そうだ、
「ああ、知ってる」
手を止めて、疑問に答える。
「元チームメイトだ」
* * *
夕日が海に沈み始め、空がオレンジ色に染まり始めた夕暮れ時。部屋に集まってカードゲーム等で盛り上がっている部屋を出た俺はひとり、ベランダでスマホの画面に写るサッカーの試合を見ながら、生ぬるい風に当たっていた。すると、すぐ後ろに人の気配を感じた。
「みんなとゲームしないの?」
「うん、ちょっと試合観てた。すぐに行くよ」
「試合?」
声の主は、いつの間にか
「今年の、インターハイの試合だよ」
「そう。これ、ケンカかしら?」
画面はちょうど、帝王学園の選手同士が今にも掴み合いを始めそうな険悪な雰囲気になっている場面を捉えている。
「相変わらずだな、コイツ」
「この人、知ってるの?」
「うん、同じ中学でプレーしてた」
「よく分からないけど、この人上手なの?」
「相当上手いよ、
「ただ?」
当時はいろいろ思うところもあったけど、今のプレーを見て考えが変わった、つまらないヤツだったんだなと。その言葉を飲み込み、目を閉じて、一度大きく息を吐き出す。
「いや、何でもないよ。ゲームやろっか?」
「うん、そうしましょう。そうだわ、新しい魔女が見つかったの」
「えっ、ホント?」
「うん、その魔女なんだけど――」
新しく見つかったという魔女について話しをしながら、俺たちは賑やかな部屋へと戻った。
相手選手の名前を変更しました。
旧→金貞
新→嘉納
以降は、嘉納で統一しますが。修正までは混在します、ご了承くださいませ。