黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode17 ~映し鏡~

 ほぼ真上に位置する太陽からの日差しも厳しくなり、季節は本格的な夏の様相を呈し始めた七月下旬。朱雀高校でも他校と同様一学期の終業式が執り行われ、夏の長期休暇に入った。

 そして、夏休みに入って数日後の朝。

 

「おい、そろそろバスが来るぞ」

 

 中庭のベンチの木陰の中で、小田切(おだぎり)と話しをしていると、五十嵐(いがらし)が知らせに来てくれた。荷物を持ち、バスの停留所になっている学校の駐車場へ移動。駐車場に停車している大型のバスは、先に合宿を張っていた部活動の生徒たちが降り、運転手、引率の教員の引き継ぎなどでしばしの休息を挟んで折り返しのバスに変わり、クラブハウスへ向けて発車。林間学校の時と同じく、一番後ろの席に三人で座る。

 

「クラブハウスって、遠いの?」

朱雀高校(ここ)から、二時間弱くらいね」

 

 直線距離では林間学校の宿舎より遠いが、林間学校のような山道ではなく、都内からほぼ直通で湾岸線を通る高速道路が整備されているため所要時間でいえば、クラブハウスへ行く方が幾分速いとのこと。

 

「それにしても、納得いかないわ。どうして、超研部と同室なのかしら?」

「お前は、まだいいだろう。俺なんて、山田(やまだ)と三日間も寝食を共にしなければならないんだぞ」

 

 部屋割りのプリントを見ながら、小田切(おだぎり)は若干口を尖らせて不満を漏らした。五十嵐(いがらし)によると、合宿の資料を渡された時に生徒会長秘書の飛鳥(あすか)から「あなた方は仲がよろしいようですので、特別に同室になるよう調整しておきましわ」と、含み笑いで言われたらしい。

 

「まったく、何の嫌がらせだ」

「でもさ。別に、嫌いって訳じゃないんだろ?」

 

 山田(やまだ)五十嵐(いがらし)は、六月中頃の他校生との暴力沙汰以来関係がギクシャクしているらしいが。本当に嫌悪感を持つ相手なら、極力関わらないように接触を絶つ方向へと向かうはず。けど、孤立後も気にかけていたと小田切(おだぎり)からは聞いた。

 

「......フンッ! アイツが、いつまでもつまらない意地を張っているだけだ」

「ふーん、そっか」

 

 彼女が教えてくれた通りのようだ。ただ、それはあくまでも二人の言い分であって、山田(やまだ)の意見を聞かないことのは判断はしかねる。

 しかしそれ以前に、二人の話し......特に、五十嵐(いがらし)の態度は、どうにも腑に落ちない部分がある。まあ、機会があれば、山田(やまだ)にも聞いてみるとしよう。

 

「時間かかるみたいだから、トランプでもやろうか?」

「あら。私に勝てると思って?」

「まあ、暇つぶしにはなるな。ルールは、どうする?」

 

 バスが代わり映えのしない都心の高速道路から、クラブハウス付近を通る湾岸線へ抜けるまでの間、何度かルールを変えながらトランプをしたり、話をしたりして有意義な時間を過ごした。

 そして、朱雀高校を出発して二時間あまり、小さな渋滞には何度か引っかかりもしたが。無事、朱雀高校クラブハウスに到着。小田切(おだぎり)は大きくのびをして、五十嵐(いがらし)は軽く腰を叩く。

 

「ん~っ! ようやく着いたわね」

「フゥ、さて、行くか」

 

 バスを降りて、荷台に積んだバッグを受け取り、クラブハウスに入る。まるで、ホテルのような豪華な造りの内装。体育祭に聞いた、ホテルに負けないというのも納得。

 

「じゃあ、部屋に荷物を置いて。ここに集合しましょ」

 

 当然の事ながら男女で部屋割りが違うため、小田切(おだぎり)とはエントランスで一度別れ、同室となった超常現象研部の宮村(みやむら)山田(やまだ)が先に宿泊している部屋、301号室へ。軽くドアをノック。返事は、返ってこなかった。

 

「なんだ? 居ないのか?」

「そうみたいだね。鍵はかかってないし。とりあえず、荷物を置いていこうか」

「不用心だな」

 

 部屋は、四人で雑魚寝しても十分な広さの洋室。ドアを入ってすぐ靴箱があり、段差を上がった床はカーペットが敷かれている。ちょっとしたタンスや、クローゼット、冷暖房も完備されていて、大人数で集まってもゆったりと過ごせる空間が確保されている。

 ひとまず、空いているスペースに荷物を置いて貴重品を持ち、エントランスへ戻る。

 

「ちょっと、宮村(みやむら)に連絡入れてくるよ」

「わかった」

 

 小田切(おだぎり)がまだ来ていなかったため、待っている間に同室の宮村(みやむら)に電話をかける。しかし、数回のコールの後留守番電話に接続されて、宮村(みやむら)が電話に出ることはなかった。無事到着したこと伝えるメッセージを送ってからエントランスに戻ると、私服に着替えた小田切(おだぎり)がベンチに座っていた。

 

「連絡取れた?」

「ううん、留守電だったからメッセージ入れておいた」

「そう。これから、どうしようかしら?」

 

 掛け時計を見ると、時計の針は11時を少し過ぎた辺りを指している。昼食までは少し時間があるし、ビーチへ行くにしては中途半端な時間。昼食までの一時間あまりで出来ることといえば......。

 

「超常現象研部に行ってみる?」

「そうね。さっそく行きましょ」

「場所は分かるのか?」

「ここへ来る前に、ロビーの見取り図で調べておいたわ」

 

 得意気な表情(かお)をして「ついてきなさい」と、意気揚々と歩き出した。彼女の後について行く、そして、二階のとある部屋の前で立ち止まった。

 

「ここよ」

 

 小田切(おだぎり)は、ドアノブに手を掛ける。

 

「あら、カギがかかってるわ」

 

 耳を澄ましてみたが、部屋の中から物音はしない。片開きのドアに小窓がついているけど、曇りガラスのため中の様子はうかがい知れない。けど、人影のような動くものはなかった。

 

「誰も居ないみたいだね」

「まったく、どこへ行ってるのかしら?」

 

 愚痴を漏らしたところで、居ないものはどうしようもない。

 とりあえず、宮村(みやむら)たちも来るであろう昼食まで時間を潰すことして、エントランスへ戻るため廊下を歩いていると。前方から、超常現象研部の部員のひとりである山田(やまだ)が歩いてきた。五十嵐(いがらし)と一触即発になる前に、声をかける。

 

山田(やまだ)

「あ、宮内(みやうち)くん」

 

 声をかけた山田(やまだ)は、俺を「くん」付けで呼ぶ暴挙に出た。

 

「それじゃあ、山田(やまだ)と入れ替わって、代わりに白石(しらいし)さんが補習を受けてるってこと?」

「ええ、補習が終わらないと超研部の部室の鍵を持った先生がクラブハウスへ来ないらしいの」

「それで白石(しらいし)さんと入れ替わった山田(やまだ)は、宮村(みやむら)伊藤(いとう)さんと一緒に、海へ遊びに行ったってわけね。あの男、女子に補習受けさせて何やってるのよ」

「まったく、呆れたヤツだな。能力の無駄遣いもいいところだ」

「別にいいの。塾のかわりのようなモノだから」

 

 小田切(おだぎり)たちの反応に対して、白石(しらいし)は気にする様子は微塵も見せなかった。話をしているうちに、12時を知らせる放送が流れる。成り行きで、四人で昼食を食べていると、宮村(みやむら)たちが揃って食堂にやって来た。

 

「わりぃ、スマホ、部屋に置きっぱなしだった」

「いや。それより補習が終わらないと鍵が開かないんだって」

「ああ、そうなんだよ。しかも、合宿期間までにクリア出来る保証もねーときた」

「マジか。どうするんだ?」

「まあ最悪、ピッキング?」

「それは、ダメだろ。倫理的に」

「冗談だって。まっ、いざとって時は、生徒会副会長の権限を使うまでさ」

 

 そう言ってウインクをした宮村(みやむら)は、食べ終わった食器を返却口へ返し、代わりに色とりどりのフルーツでデコレーションされたデザートが乗った皿を持って戻ってくる。

 

「そういうワケだから、気長に待とうぜ」

「まったく、悠長なことね」

「んなこと言ったって、仕方ねぇだろ?」

 

 俺の隣には、山田(やまだ)と入れ替わっている白石(しらいし)が居たハズが、いつの間にか小田切(おだぎり)が座っていた。

 

白石(しらいし)さんならもう、午後の補習を受けに行ったわよ」

「あ、そうなんだ」

「お前らは、これからどうすんだ? オレらはまた、海に行くけど」

「そうねぇ。補習が終わらない限り動きようもないし、海へ行くのも悪くないわね」

「んなこといって、ホントは遊ぶ気満々なんだろ~?」

 

 たんたんとあまり興味がなさそうに話す小田切(おだぎり)に、宮村(みやむら)は長いスプーンを使ってパフェを口に運びながらニヤニヤと笑う。

 

「なによ、その笑い方っ!」

「だってよ~、小田切(おだぎり)さん、今回の合宿に合わせて水着新調したんだろ? それも、結構大胆なヤツによ?」

「なっ!?」

 

 ガタッ! と音が出るほど椅子が大きく動いた。相当動揺したことが見受けられる。もしかして後日、買い出しの日の水着を購入したのだろうかと思っていると。

 

「あの水着じゃないわよっ」

「あ、はい、そうですか」

「って、どうしてあんたが知ってるのよっ?」

「はーい、アタシが見ましたー」

 

 伊藤(いとう)が、横からひょいっと手を上げながら顔を出す。

 

「あんなスタイルに自信がないと着れない水着買っちゃうなんて、悩殺したい男子でもいるのかしらねぇ~」

「マジかよ。小田切(おだぎり)さん、オレのことを悩殺する気だったのか......」

「誰が、あんたなんかっ!」

 

 ムキになると余計に面白がってイジられるのにな、と思いながら食器を返却口へ返しに行き、午後の仕度を整えるため一度部屋に戻った。

 

 

           * * *

 

 

「へぇー、結構観客多いのな」

「代表戦だからね。それに強化試合っていっても、相手は強豪国だし。それと、あの選手――」

 

 砂浜の一画でアップをしている、対戦国の選手を指差す。

 

「元プロサッカー選手だよ。それも、世界最高のリーグで得点王にも輝いたこともあるね」

「マジか」

 

 ビーチサッカーは、プロで活躍した往年のスター選手が普及活動に参加したりしている。彼らのプレーを再び観れるということもあって、当時のファンが足を運んだりと、数多くの観客がビーチに設営された仮設スタンドで試合開始の時を心待ちにしている。

 

「ほら」

「ありがとう」

「あら、ありがと。さすが(うしお)くん、気が利くわね」

 

 五十嵐(いがらし)が売店で飲み物を買ってきてくれた。

 あのあと結局ビーチへ泳ぎに行くならびで話はまとまったらしいのだが、俺がビーチサッカーのレポートを書くため試合を観に行くと知った宮村(みやむら)が面白がって、一緒に行くと言い出した。結局、山田(やまだ)の代わりに補習を受けている白石(しらいし)を除いた全員で、試合を観戦することに。

 

「みんな、裸足なのね」

「砂地だからね」

「ああ~、靴にはいるからかぁ」

 

 ぽんっ! と、納得した様子で手を合わせた伊藤(いとう)の前で、だらしなく足を投げ出した山田(やまだ)がダルそうにしている。

 

「こんなのが、おもしれぇーのか?」

「始まればわかる。サッカーとの違いでもあり、最大の見所でもある空中戦をね」

「空中戦って、野球かよ」

 

 うちわであおぎながらタメ息をついた山田(やまだ)だったが、試合が始まると、その態度は一転した。

 

「スゲー! おい何だよ、今の!」

 

 ビーチに砂で作られたピッチの上で繰り広げられる、アクロバティックなプレーの数々に興奮している。サッカーとの最大の違いは、地面が柔らかい砂地のためボールを極力転がさず空中でダイレクトで繋ぎ、ヘディングやボレーシュート、オーバーヘッドキック等のアクロバティックな魅せるプレーが多用されること。見ている方も、サッカーの試合では中々見られないプレーに歓声を上げ、観客と選手の間には一体感が生まれる。

 

「よう」

「ん? 朝比奈(あさひな)?」

 

 試合がハーフタイムに入るのとほぼ同時に声を掛けてきたのは、サッカー部の朝比奈(あさひな)だった。合宿に来ているサッカー部の練習の合間に、ここへ足を運んだきたらしい。

 

「あら。誰かと思えば、朝比奈(あさひな)くんじゃない。どうしたの?」

「それは、オレのセリフだ。無関係のお前たちが居る方が、不自然だって」

「そりゃそうだわな」

 

 宮村(みやむら)が笑う。確かにこの場合、サッカー部と関係のない生徒会役員の方が場違いだろう。

 

朝比奈(あさひな)くんも、合宿よね?」

「ああ。サッカー部は、終業式の終わりから来てるから今日が最終日だ。夕方の便で帰る」

「そう。そういえば、都大会16おめでとう」

「ありがとう。と言いたいところだけど、全然ダメだ」

「どうしてよ? 快挙じゃない」

 

 今年のインターハイ予選、朱雀高校サッカー部は決勝トーナメントに進出し、実に数十年ぶりのベスト16と結果を残した。

 

「オレも聞いたぞ。何でも、参加校の中で最少失点だったらしいじゃん」

「ゼロで抑えても、点を取れなきゃ勝ち上がれないからな。今年は去年より得点力は上がったが、やっぱりベスト8からの壁は厚い」

 

 お手上げといった感じに、肩をすくめた。中盤の選手からの絶妙なノールックのピンポイントパスを、空中で反転したストライカーがダイレクト捉えで、ゴールにたたき込んだ。スーパープレーに大歓声が沸き起こる。

 

「まあ、うちはウィークポイントがはっきりしているからな。改善出来れば、ベスト4は堅い。ああそうだ、宮内(みやうち)。今年ベスト8に入った帝王学園に面白いのがいる。見たら絶対驚くぞ」

「帝王? どんなタイプのプレイヤー?」

 

 前半のレポートを書きながら、話に耳を傾ける。

 

「ひと言で表せばば、お前だな」

宮内(みやうち)くんと似たタイプなの?」

 

 隣で、小田切(おだぎり)が聞き返した。

 

「左右の違いはあるが、試合の組み立て方といい、パスを出すタイミングといいよく似てる。まるで鏡に転写したみたいにな。ただ、チームメイトとはあまり上手くいってないのか連携ミスも少なくなかった。確か、ジュニアユース出身で――」

嘉納(かのう)

「そうだ、嘉納(かのう)だ。って、お前知ってるのか?」

「ああ、知ってる」

 

 手を止めて、疑問に答える。

 

「元チームメイトだ」

 

 

           * * *

 

 

 夕日が海に沈み始め、空がオレンジ色に染まり始めた夕暮れ時。部屋に集まってカードゲーム等で盛り上がっている部屋を出た俺はひとり、ベランダでスマホの画面に写るサッカーの試合を見ながら、生ぬるい風に当たっていた。すると、すぐ後ろに人の気配を感じた。

 

「みんなとゲームしないの?」

「うん、ちょっと試合観てた。すぐに行くよ」

「試合?」

 

 声の主は、いつの間にか山田(やまだ)と入れ替わり、元の姿に戻った白石(しらいし)。部屋には戻らず隣へ来た彼女は、スマホを覗き込む。

 

「今年の、インターハイの試合だよ」

「そう。これ、ケンカかしら?」

 

 画面はちょうど、帝王学園の選手同士が今にも掴み合いを始めそうな険悪な雰囲気になっている場面を捉えている。

 

「相変わらずだな、コイツ」

「この人、知ってるの?」

「うん、同じ中学でプレーしてた」

「よく分からないけど、この人上手なの?」

「相当上手いよ、技術(スキル)もある。ただ......」

「ただ?」

 

 白石(しらいし)は、小さく首をかしげる。

 当時はいろいろ思うところもあったけど、今のプレーを見て考えが変わった、つまらないヤツだったんだなと。その言葉を飲み込み、目を閉じて、一度大きく息を吐き出す。

 

「いや、何でもないよ。ゲームやろっか?」

「うん、そうしましょう。そうだわ、新しい魔女が見つかったの」

「えっ、ホント?」

「うん、その魔女なんだけど――」

 

 新しく見つかったという魔女について話しをしながら、俺たちは賑やかな部屋へと戻った。




相手選手の名前を変更しました。
旧→金貞
新→嘉納
以降は、嘉納で統一しますが。修正までは混在します、ご了承くださいませ。

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