生徒会室がある特別教室棟から渡り廊下を通り、昇降口を出る。屋外なのに視界が暗い、空は曇り空。今にも泣き出しそうなどんよりとした分厚い灰色の雲が、夏の空を覆っていた。予報では雨が降りだすのは夜だったが、買い出しにどれだけ時間がかかるかわからない。少し急いで、
「お待たせ」
「あら、思ったより早かったわね。それじゃあ、さっそく行きましょ」
辺りを見回してから、彼女の隣へ。合宿に向けた買い出しに行くと言っていたため、当然居ると思っていた
「
「
「そうなんだ。待ってなくていいの?」
「ちゃんと連絡したわよ。それに、四六時中一緒に居るわけじゃないわ。それとも――」
「私と二人きりじゃ不満なのかしらっ?」
口には出さなかったけど「デートに誘ったクセに!」と言いたげなのが、表情と台詞から容易に察しがつく。
「もちろん、不満はないっすよ。ただ、荷物持ちは多い方がいいかなって思っただけで」
「あら。それはあなたが、
やや首をかしげながらふふっと、あざとく微笑んだ。
そんな小悪魔のように言った
「どこへいくの?」
「そうね。先ずは、ディスカウントショップへ行きましょう」
必要なものをリストアップしたメモ帳を手に、ショッピングモール内に店を構えるディスカウントショップで、トラベルセットなどの旅行の必需品、
「一通り揃ったかな?」
「まだ買い残したモノがあるわ」
「ん?」
両手に持った買い物袋をもう一度確認する。さっき見せてもらった買い物リストと照らし合わせるが、買い漏れは見つからない。荷物から目を離し顔を上げて、
「夏の合宿にとっても重要なモノよ。さあ、行きましょう」
コインロッカーに一旦荷物を預けて、連れてこられたショップは――。
「これなんてどうかしら?」
夏のレジャー用品を取り扱うセレクトショップの陳列棚から、かなり大人びたビキニタイプの水着のハンガーを持ち、制服の上から体に合わせてポーズを取る。彼女が言った、夏の合宿に重要なモノは、
「え~と......」
「あら、この水着を着た私の姿を想像してテレてるのかしら?」
クスッ、と勝ち誇ったように満足そうな笑みを浮かべてた。言いあぐねている理由は、
「ちょっと大胆じゃない?」
「生徒会役員たるもの、このくらいの水着は容易に着こなせるのよ」
確かに、制服の上からでも分かるくらいスタイルは良いと思う。生徒会どうのこうのが水着どう関係あるのかは、ツッコまないでおこう。
「でもまあ、あなたがどうしてもと言うのなら別のにしようかしら」
どうやら最初から、反応を楽しむためのブラフだったみたいだ。水着を戻すため、くるっと身を翻したその時、別の棚の水着を掛けているハンガーフックが、身を翻した時に僅かに浮いた彼女のスカートの裾を引っ掛け、戻ろうとする重力の邪魔をした。
――ピンク......って、違う。いや、違わないけど。
幸いにも他の男性客は居ないが、このまま動けば更に悲惨なことになりかねない。
「お、
「なによ?」
呼び止め、目を背けながら現状を伝える。
「その......スカートが......」
「スカート? スカートがなに――」
自分のスカートに起きていることを認識した
「......い、い、いいっ、いやあぁーっ!」
* * *
「まったく、もうっ!」
あのあと一部始終を見ていたショップ店員から、微笑ましそうな顔でやんわりと注意を受けた。結局、水着は買わずに初デートの時に訪れたカフェに場所を移動。俺は頼んだ飲み物を無言で口に運び、
そんな俺たちを、つい先ほど合流した
「虫の居所が悪いようだが、何かあったのか?」
「まあ、ちょっとしたハプニング?」
「ちょっと? あ、あんな辱しめを与えておきながら、ちょっとですって......?」
完全に自業自得で八つ当たりな気がしてならないけど、こうして一緒に居るわけだから、本気で怒っている訳ではないのだろうけど。だが、冗談にならないヤツが隣で、テーブルに握り拳を思いきり叩きつけた。
何事か、と近くの席の客の視線が俺たちの居るテーブルに向く。
「貴様ァ!
「いや、何もしてないけど」
「今、されたと言っただろうがッ!」
「お、落ち着いて、
「むぅ......。だが、しかし......」
「いいのよ、私にも落ち度がない訳じゃないから」
納得いかない様子だが
「それで、どうだったの?」
「あ、ああ。やはり、ノートの下巻もそれ以外の資料も存在しないようだ。そもそも、
「そう。なら、ますます期待が高まったわねっ」
「そうなるな。ああそうだ、生徒会長の秘書からコイツを預かってきた」
スクールバッグからプリントを複数枚を出して、テーブルに広げる。書かれていた内容は、合宿に関する資料だった。合宿を張る各部活事の出発時間や、クラブハウス到着後の部屋割り、注意事項等が各項目ごとに記載されている。
「へぇ、超研部も合宿張るんだ」
「あら、ホントね。日付も何日か被ってるようね」
「そのようだな。超研部の部室のカギを手配する手間が省けたな」
「......そうね。
超常現象研究部の方が一日早く、クラブハウスへ出発予定。
それにしても、超常現象研究の合宿っていったい何をするのか、少なからず興味が沸く。来週にでも、
「さてと。そろそろ時間も時間だし、お開きにしましょう」
「そうだね」
店内の掛け時計は、18時を指していた。外は夏にも関わらず、雨雲がかかる曇り空のおかげで、普段の晴れの日と比べると幾分薄暗い。
「荷物は、俺が預かろう」
「いいのか?」
「ああ、買い出しには付き合えなかったからな」
「そっか。じゃあ、お願いする」
「ありがと」
私物を取り除き、買い物袋二つ分の荷物を
「そういえば、来るの遅かったけど?」
「連絡はしたんだけどな。おそらく、人混みで着信に気がつかなかったのだろう」
「あら、ホントだわ。ごめんなさいね」
「気にするな」
手を合わせ微笑みながらの謝罪に、
店の外に出た瞬間、小さく冷たい水滴が頬に当たった。空を見上げる。空を覆っている分厚く暗い雲から無数の水滴が落ちてきた。
「雨か?」
「そうみたいね。天気予報じゃ夜からって話しだったけど」
「二人とも、傘持ってる?」
「もちろん、持ってるわ」
「俺は持ってない。まあ、この程度の小降りなら問題ないだろう。本降りになる前に行く。じゃあな」
「ええ、また明日」
「あなたは、持ってないの?」
「持ってるよ」
「そ。じゃあ帰りましょう」
折り畳み傘をさす。薄い生地に雨粒が当たり、ポツポツと水が弾ける音が不規則に耳に入ってくる。目を閉じて聞き入りたくなる、どこか懐かしくて落ち着く音色。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。行こう」
数歩先で
* * *
翌日。翌週から夏休みということもあり、授業は午前のみの自習。そして、担任が席を外していることを良いことに、椅子を引っ張って来た
「お前、ツレねぇよな~」
「んー? 何が?」
ペンを止めずに用件を聞く。
「部活だよ、部活。オレが勧誘しても頷かなかっただろ? なのによりによって、次期生徒会長を争う
「成り行きだよ」
「ふーん、成り行きねぇ~」
周囲に注意を払いながら、
「
「まーな」
「何の話ししてんの?」
近くの席の
「例の話しだ」
「例の? ああー、魔じょ......むぐぐ~っ!」
二人して、
「ぷはーっ! ちょっと何すんのよっ!」
「内密にって言っただろう?」
「あっ! そうだったわね......」
改めて、魔女の件について自習のふりをしながら三人で小声で話す。
「それで、
「そっちと同じで、例のノートの上巻の情報だけだよ」
「五分か」
頭の後ろで両手を組んで、背もたれに寄りかかり天井を見上げる
「新規に部活を作ったってことは、お前らもクラブハウスに探しに行くんだろ?」
「二人は、そのつもりだね」
「二人は? じゃあ、お前は?」
「これ」
部活設立時に用いた、ビーチサッカー日本代表のポスターを見せる。
「へぇ~、ビーチサッカーなんてあるのね」
「で、本命は?」
「探すのが大変そうだから、手伝いを兼ねて」
「なーる。あそこは今、物置になってるらしいからな。人出が多いにこしたことはねぇ」
「そうなの? 掃除道具も持っていかなくちゃね......」
「ところで、申請早かったみたいだけど?」
先日
「もともと、合宿の予定組んでたんだよ。オレの独断でな」
「アタシ、聞かされたの昨日なんだけど!」
「サプラ~イズ。それに、どうせ暇だろ?」
「うぐっ......。言い返せないのがムカつくわ」
「結果オーライだろ?」
「まあ、否定はしないわ。うららちゃんも楽しみにしてるみたいだしね、塾も休むって気合い入ってたし」
両手を組んで、うんうんと頷く
「
しかし、
「意外だったろ? 実は今回の件も、
「確かにねぇ。行くのを渋った魔女発見器の
俺はいつか聞いた、
「部活って何だか楽しそうでしょ」
もしかしたら、魔女のことだけじゃなくて。部活動を、友だちと過ごす時間を楽しんでいるのかも知れない。俺も、その中のひとりに入れるのだろうか? ふと、柄にもなくそんなことを思いながら、二人の超研部での話に耳を傾けつつ、再びペンを走らせた。