黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode16 ~雨音~

 生徒会室がある特別教室棟から渡り廊下を通り、昇降口を出る。屋外なのに視界が暗い、空は曇り空。今にも泣き出しそうなどんよりとした分厚い灰色の雲が、夏の空を覆っていた。予報では雨が降りだすのは夜だったが、買い出しにどれだけ時間がかかるかわからない。少し急いで、小田切(おだぎり)と待ち合わせをした正門前へ向かう。彼女は、初デートの時と同じ位置で同じように、背を預けて待っていた。

 

「お待たせ」

「あら、思ったより早かったわね。それじゃあ、さっそく行きましょ」

 

 辺りを見回してから、彼女の隣へ。合宿に向けた買い出しに行くと言っていたため、当然居ると思っていた五十嵐(いがらし)の姿が見当たらなかった。

 

五十嵐(いがらし)は?」

(うしお)くん? (うしお)くんなら、例のノート以外に魔女に関する手がかりがないか、山田(やまだ)に探りを入れに行ったみたいよ」

「そうなんだ。待ってなくていいの?」

「ちゃんと連絡したわよ。それに、四六時中一緒に居るわけじゃないわ。それとも――」

 

 小田切(おだぎり)は、不意に足を止めた。そして、眉を寄せて少し唇を尖らせながら不満気な表情(かお)で、上目遣いで俺を見る。

 

「私と二人きりじゃ不満なのかしらっ?」

 

 口には出さなかったけど「デートに誘ったクセに!」と言いたげなのが、表情と台詞から容易に察しがつく。

 

「もちろん、不満はないっすよ。ただ、荷物持ちは多い方がいいかなって思っただけで」

「あら。それはあなたが、(うしお)くんの分も持ってくれるんでしょ?」

 

 やや首をかしげながらふふっと、あざとく微笑んだ。

 そんな小悪魔のように言った小田切(おだぎり)に「はいはい、よろこんで」とテキトーな返事を返し、ひと言小言をもらいながら再び足を進める。

 

「どこへいくの?」

「そうね。先ずは、ディスカウントショップへ行きましょう」

 

 必要なものをリストアップしたメモ帳を手に、ショッピングモール内に店を構えるディスカウントショップで、トラベルセットなどの旅行の必需品、五十嵐(いがらし)から頼まれたものなどを購入し。続けて、同ショッピングモール内のドラッグストアへ移動。小田切(おだぎり)は待っている間にチェックしていた化粧品やサンオイルを、定員の説明を聞きながらやや時間を掛けて真剣に選んでいた。現地調達に向かないものを買い揃え、インフォメーション付近のベンチで確認作業。

 

「一通り揃ったかな?」

「まだ買い残したモノがあるわ」

「ん?」

 

 両手に持った買い物袋をもう一度確認する。さっき見せてもらった買い物リストと照らし合わせるが、買い漏れは見つからない。荷物から目を離し顔を上げて、小田切(おだぎり)を見ると、まるで何か企んでいるようなそんな表情をしていた。

 

「夏の合宿にとっても重要なモノよ。さあ、行きましょう」

 

 コインロッカーに一旦荷物を預けて、連れてこられたショップは――。

 

「これなんてどうかしら?」

 

 夏のレジャー用品を取り扱うセレクトショップの陳列棚から、かなり大人びたビキニタイプの水着のハンガーを持ち、制服の上から体に合わせてポーズを取る。彼女が言った、夏の合宿に重要なモノは、水着(コレ)のことだった。合宿所のクラブハウスとビーチは目と鼻の先という話しは聞いた、水着を新調するのは不思議ではないのだけれど......。

 

「え~と......」

「あら、この水着を着た私の姿を想像してテレてるのかしら?」

 

 クスッ、と勝ち誇ったように満足そうな笑みを浮かべてた。言いあぐねている理由は、小田切(おだぎり)が持っている水着がどうのこう話しじゃない。ただ単に、女性物のフロアには女性客しか居ないし、制服姿の学生も少なくないから若干居心地の悪さを感じている。

 

「ちょっと大胆じゃない?」

「生徒会役員たるもの、このくらいの水着は容易に着こなせるのよ」

 

 確かに、制服の上からでも分かるくらいスタイルは良いと思う。生徒会どうのこうのが水着どう関係あるのかは、ツッコまないでおこう。

 

「でもまあ、あなたがどうしてもと言うのなら別のにしようかしら」

 

 どうやら最初から、反応を楽しむためのブラフだったみたいだ。水着を戻すため、くるっと身を翻したその時、別の棚の水着を掛けているハンガーフックが、身を翻した時に僅かに浮いた彼女のスカートの裾を引っ掛け、戻ろうとする重力の邪魔をした。

 ――ピンク......って、違う。いや、違わないけど。

 幸いにも他の男性客は居ないが、このまま動けば更に悲惨なことになりかねない。

 

「お、小田切(おだぎり)さん!」

「なによ?」

 

 呼び止め、目を背けながら現状を伝える。

 

「その......スカートが......」

「スカート? スカートがなに――」

 

 自分のスカートに起きていることを認識した小田切(おだぎり)は、まるでリンゴのように顔を耳まで真っ赤に染め、直後、エリア中に大きな悲鳴が響き渡った。

 

「......い、い、いいっ、いやあぁーっ!」

 

 

           * * *

 

 

「まったく、もうっ!」

 

 あのあと一部始終を見ていたショップ店員から、微笑ましそうな顔でやんわりと注意を受けた。結局、水着は買わずに初デートの時に訪れたカフェに場所を移動。俺は頼んだ飲み物を無言で口に運び、小田切(おだぎり)は悪態をつきながら不機嫌そうに、ケーキをほうばっている。

 そんな俺たちを、つい先ほど合流した五十嵐(いがらし)は不思議そうに見ている。

 

「虫の居所が悪いようだが、何かあったのか?」

「まあ、ちょっとしたハプニング?」

「ちょっと? あ、あんな辱しめを与えておきながら、ちょっとですって......?」

 

 完全に自業自得で八つ当たりな気がしてならないけど、こうして一緒に居るわけだから、本気で怒っている訳ではないのだろうけど。だが、冗談にならないヤツが隣で、テーブルに握り拳を思いきり叩きつけた。

 何事か、と近くの席の客の視線が俺たちの居るテーブルに向く。

 

「貴様ァ! 小田切(おだぎり)に何をした!?」

「いや、何もしてないけど」

「今、されたと言っただろうがッ!」

「お、落ち着いて、(うしお)くんっ。他のお客の迷惑になるわ」

「むぅ......。だが、しかし......」

「いいのよ、私にも落ち度がない訳じゃないから」

 

 納得いかない様子だが五十嵐(いがらし)は、小田切(おだぎり)の説得で渋々ながら拳を収めた。

 

「それで、どうだったの?」

「あ、ああ。やはり、ノートの下巻もそれ以外の資料も存在しないようだ。そもそも、山田(やまだ)は“魔女”という言葉も知らなかった」

「そう。なら、ますます期待が高まったわねっ」

「そうなるな。ああそうだ、生徒会長の秘書からコイツを預かってきた」

 

 スクールバッグからプリントを複数枚を出して、テーブルに広げる。書かれていた内容は、合宿に関する資料だった。合宿を張る各部活事の出発時間や、クラブハウス到着後の部屋割り、注意事項等が各項目ごとに記載されている。

 

「へぇ、超研部も合宿張るんだ」

「あら、ホントね。日付も何日か被ってるようね」

「そのようだな。超研部の部室のカギを手配する手間が省けたな」

「......そうね。宮村(みやむら)に頼むのはしゃくだけど」

 

 超常現象研究部の方が一日早く、クラブハウスへ出発予定。

 それにしても、超常現象研究の合宿っていったい何をするのか、少なからず興味が沸く。来週にでも、宮村(みやむら)に聞いてみるとしよう。

 

「さてと。そろそろ時間も時間だし、お開きにしましょう」

「そうだね」

 

 店内の掛け時計は、18時を指していた。外は夏にも関わらず、雨雲がかかる曇り空のおかげで、普段の晴れの日と比べると幾分薄暗い。

 

「荷物は、俺が預かろう」

「いいのか?」

「ああ、買い出しには付き合えなかったからな」

「そっか。じゃあ、お願いする」

「ありがと」

 

 私物を取り除き、買い物袋二つ分の荷物を五十嵐(いがらし)に預ける。

 

「そういえば、来るの遅かったけど?」

「連絡はしたんだけどな。おそらく、人混みで着信に気がつかなかったのだろう」

「あら、ホントだわ。ごめんなさいね」

「気にするな」

 

 手を合わせ微笑みながらの謝罪に、五十嵐(いがらし)は不自然に顔を背けて席を立ち、荷物をもっと店の外へ。俺たちも仕分けた私物をスクールバックにしまって、席を立つ。

 店の外に出た瞬間、小さく冷たい水滴が頬に当たった。空を見上げる。空を覆っている分厚く暗い雲から無数の水滴が落ちてきた。

 

「雨か?」

「そうみたいね。天気予報じゃ夜からって話しだったけど」

「二人とも、傘持ってる?」

「もちろん、持ってるわ」

「俺は持ってない。まあ、この程度の小降りなら問題ないだろう。本降りになる前に行く。じゃあな」

「ええ、また明日」

 

 小田切(おだぎり)は折り畳み傘をさし、五十嵐(いがらし)は、商店街をやや早足で歩いていった。

 

「あなたは、持ってないの?」

「持ってるよ」

「そ。じゃあ帰りましょう」

 

 折り畳み傘をさす。薄い生地に雨粒が当たり、ポツポツと水が弾ける音が不規則に耳に入ってくる。目を閉じて聞き入りたくなる、どこか懐かしくて落ち着く音色。

 

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。行こう」

 

 数歩先で小田切(おだぎり)は振り向き、こちらを見ていた。彼女の隣で歩幅を合わせ、先日のバイト終わりと同じく、駅までの僅かな時間を話しをしなながら商店街を歩いた。

 

 

           * * *

 

 

 翌日。翌週から夏休みということもあり、授業は午前のみの自習。そして、担任が席を外していることを良いことに、椅子を引っ張って来た宮村(みやむら)は、横につけて長い足を見せつけるように投げ出して座る。

 

「お前、ツレねぇよな~」

「んー? 何が?」

 

 ペンを止めずに用件を聞く。

 

「部活だよ、部活。オレが勧誘しても頷かなかっただろ? なのによりによって、次期生徒会長を争う小田切(おだぎり)と部活を新設しちまいやがって」

「成り行きだよ」

「ふーん、成り行きねぇ~」

 

 周囲に注意を払いながら、宮村(みやむら)は口元を手で隠して「魔女だろ?」と、漏れ聞こえないように小声で言った。手を止める。

 

山田(やまだ)から聞いた?」

「まーな」

「何の話ししてんの?」

 

 近くの席の伊藤(いとう)も、椅子を持って会話に入ってくる。

 

「例の話しだ」

「例の? ああー、魔じょ......むぐぐ~っ!」

 

 二人して、伊藤(いとう)の口を塞ぐ。ついでに鼻も塞いでしまったらしく、苦しそうにもがいたため解放。

 

「ぷはーっ! ちょっと何すんのよっ!」

「内密にって言っただろう?」

「あっ! そうだったわね......」

 

 改めて、魔女の件について自習のふりをしながら三人で小声で話す。

 

「それで、小田切(おだぎり)はどこまで掴んでるんだ?」

「そっちと同じで、例のノートの上巻の情報だけだよ」

「五分か」

 

 頭の後ろで両手を組んで、背もたれに寄りかかり天井を見上げる宮村(みやむら)

 

「新規に部活を作ったってことは、お前らもクラブハウスに探しに行くんだろ?」

「二人は、そのつもりだね」

「二人は? じゃあ、お前は?」

「これ」

 

 部活設立時に用いた、ビーチサッカー日本代表のポスターを見せる。

 

「へぇ~、ビーチサッカーなんてあるのね」

「で、本命は?」

「探すのが大変そうだから、手伝いを兼ねて」

「なーる。あそこは今、物置になってるらしいからな。人出が多いにこしたことはねぇ」

「そうなの? 掃除道具も持っていかなくちゃね......」

「ところで、申請早かったみたいだけど?」

 

 先日五十嵐(いがらし)が預かってきた合宿に関する資料には、各部の届け出順に部活動名が記載されていて、超常現象研部の合宿申請はかなり早い段階で申請されていた。

 

「もともと、合宿の予定組んでたんだよ。オレの独断でな」

「アタシ、聞かされたの昨日なんだけど!」

「サプラ~イズ。それに、どうせ暇だろ?」

「うぐっ......。言い返せないのがムカつくわ」

「結果オーライだろ?」

「まあ、否定はしないわ。うららちゃんも楽しみにしてるみたいだしね、塾も休むって気合い入ってたし」

 

 両手を組んで、うんうんと頷く宮村(みやむら)

 

白石(しらいし)さんが?」

 

 しかし、白石(しらいし)が塾を休むなんて一年の頃から病欠以外の理由を聞いたことがない。

 

「意外だったろ? 実は今回の件も、白石(しらいし)さんが一番熱心なんだぜ」

「確かにねぇ。行くのを渋った魔女発見器の山田(やまだ)の説得もしちゃうし」

 

 俺はいつか聞いた、白石(しらいし)の言葉を思い出した。

 

「部活って何だか楽しそうでしょ」

 

 もしかしたら、魔女のことだけじゃなくて。部活動を、友だちと過ごす時間を楽しんでいるのかも知れない。俺も、その中のひとりに入れるのだろうか? ふと、柄にもなくそんなことを思いながら、二人の超研部での話に耳を傾けつつ、再びペンを走らせた。


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