黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode15 ~魔女伝説~

「う~ん、さっぱりしたわ! ここ、シャワーもあるのね」

 

 ロビーの掃除をしていると、完備されているシャワーで汗を流した小田切(おだぎり)がスッキリした表情で女子更衣室から出てきた。

 白石(しらいし)と別れてから程なくして、フットサルコートに小田切(おだぎり)がやって来た。期末試験期間中はシフトを外れていたから、デートの折に交換した時折メッセージでやり取りはしていたが、こうして彼女と直接会うのは一週間ぶり。

 久しぶりに会った彼女は、どこかフラストレーションが溜まっているように思えて。そこで、汗を流せば少しは気が晴れると提案したところ、渋々ながら、初心者クラスの個サルに参加した小田切(おだぎり)は、苛立ちを思い切りボールにぶつけてストレスを発散しているように見えた。

 

「ちょっと待っててもらえる。もうすぐ上がるから」

「ええ、わかったわ」

 

 カロリーオフのスポーツドリンクを自販機で購入した小田切(おだぎり)は、近くの席に腰を落ち着けて、スマホを操作し始めた。数分後、掃除を終わらせて私物の荷物を持ち、彼女が待ってくれているテーブルへ行く。

 

「お待たせ」

「あら、早かったのね。さっそくだけど、これを見てもらえるかしら」

 

 スマホをテーブルの隅に置き、代わりに古ぼけた一冊のノートをテーブルの中央に置いた。手に持って、表紙に記されたタイトルを見る。上部のタイトル欄には「朱雀高校の七不思議について」と記され。中心部に「上巻」、下部の著者には「朱雀高校超常現象研究部」と書かれていた。

 

「これが、(うしお)くんが見つけてくれたお宝よっ」

 

 胸を張って得意気に言った。先日のデートの時、五十嵐(いがらし)から電話を受けた小田切(おだぎり)から聞いた代物は、このノートのようだ。

 とりあえず、内容を流し読む。トイレの花子さん、屋上のA子さん、放課後の階段、音楽室の喋る肖像画等、どの学校によくある七不思議的な内容が書き記されているが、特にこれといった内容ではない。

 

「これが?」

「もっと後ろよ。貸してみなさい」

 

 小田切(おだぎり)はノートを裏表紙の方から捲り、目当てのページを、俺に見やすいように広げて置く。

 

「朱雀高校の魔女伝説?」

 

 今までに聞いたことのない、初めて聞く話しの内容。朱雀高の固有名詞が書かれていることから、他の学校にはない独自の七不思議のようなもののようだ。

 ――それにしても、魔女ねぇ......。連想されるのは、リンゴかな。

 あまり興味はないが、小田切(おだぎり)がただのオカルト話を本気で俺に見せることは考え難い。とりあえず、ノートを手に持って書かれている記述を詳しく読む。

 

「ついに、私は一つの結論に達した。この朱雀高校には、“魔女”と呼ばれる不思議な能力を持つ生徒が複数人存在していたのだ。各々の“魔女”は、それぞれ違う特殊な能力を持ち合わせている」

 

 ノートから目を外し、小田切(おだぎり)を見る。彼女は、真剣な顔で力強くう頷いた。

 

「そのノートに書かれていることが事実なら、私たちの学校には“魔女”と呼ばれる不思議な能力を持つ生徒が昔から居たということになるわ......! 続きを読んでみて」

「あ、うん......。えーっと、魔女の能力は私の研究結果に基づき下記のものが明らかになった。虜の能力、思念の能力、以下下巻へ続く。下巻は?」

「それが、まだ見つかっていないのよ」

 

 頬杖を突き、小さく息を吐いた。

 

「でも、(うしお)くんが探してくれてるわ。さっき連絡があったから、もうすぐ報告に来てくれるはずよ」

「そっか......。ところで、ここに書かれてる虜の能力は、小田切(おだぎり)さんと同じ能力だよね?」

「ええ、そうよ」

 

 と、いうことはつまり。ノートに書かれている通り、魔女の能力は朱雀高校内で継承されていると考えられる。それも、ノートに書かれている「思念の能力」は、虜の能力を持つ小田切(おだぎり)。更には、入れ替わりの白石(しらいし)、コピーの山田(やまだ)にも該当しない能力。三人以外にも少なくとも、もう一人魔女が存在しているということを表している。

 

「どうかしら?」

「なるほど、確かにお宝だね」

「でしょ?」

 

 今日一の笑顔を見せてくれた。

 どうやら、すっかり機嫌は直ったらしい。

 

「このノート、著者が超常現象研究部って書いてあるけど?」

「旧校舎に、超常現象研究部が以前使っていた部室があるのよ。私たちは、それを知らず選挙戦の対策本部に使っていたの。だけど、夏休みに旧校舎の解体が決まって。部室を片付けてくれていた(うしお)くんが見つけたのよ」

 

 上巻を見つけた迄は良かったのだが、部屋の全てを探す前にちょうど期末試験と重なってしまい。試験が終わった今日、五十嵐(いがらし)は再び下巻を探しを再開したそうだ。それが気になって、落ち着かなかったのかもしれない。

 そして、その五十嵐(いがらし)が、フットサルコートへやって来た。

 

「すまん......」

 

 小田切(おだぎり)を見るなり謝罪の言葉を述べる。目当ての品は、見つからず終いだったようだ。

 

「いいのよ、ありがとう。(うしお)くん、あなたも座りなさい」

「ああ」

「話しは聞いたよ、おつかれさん。これあげる」

「悪いな......って、プロテインドリンクじゃないか!」

「ソイだぞ?」

「だからなんだ......?」

「話の続きをしてもいいかしらっ?」

 

 アホな会話に痺れを切らした小田切(おだぎり)が、勢いよく止めに入ってきた。気を取り直して、消息不明の下巻についての話題に戻る。

 

「さて、話を戻すわよ。(うしお)くん」

「旧校舎の部室だが。やはり、ノートの下巻は見つからなかった。考えられるのは現在山田(やまだ)たち使用している部室だが......」

「たぶん、そこにはないよ」

 

 以前宮村(みやむら)が、伊藤(いとう)が入部した時に山田(やまだ)が部室の掃除をさせられていた、と言っていたし。そもそもオカルト好きの伊藤(いとう)が、魔女の存在を知ったら黙って見過ごすワケがない。

 

「そう。それなら、もうあそこしか残っていないわね」

「そのようだな」

「あそこ?」

「朱雀高校のクラブハウスよ」

「ああ~......確か、夏期講習とか、部活動の合宿に使ってる宿舎だっけ?」

 

 体育祭の時に小田切(おだぎり)から聞いた話しを思い出した。

 

「そう。超常現象研究部の部室もあるのよ」

「今は、倉庫になってモノで溢れているらしい」

「そこの捜索に当たるわ。そこで、これを利用する」

 

 小田切(おだぎり)は、鞄の中から夏期講習参加希望書をテーブルに置いた。

 

「部活に所属していないから私たちが、正当な方法でクラブハウスへ行くにはこれしか方法がないわ」

「それはわかったけど、関係ない部活の部室に入れるの?」

「そこは、生徒会役員の特権を使わせてもらうわっ」

「なるほどね」

「だけど、ひとつだけ問題があるのよ......」

 

 小田切(おだぎり)の言葉に、五十嵐(いがらし)も腕を組んで頷いた。

 

「探す時間がほとんどないのよ。午前、午後、夜とスケジュールが組まれているわ」

朱雀高校(うち)は、超進学校だからな」

 

 参加希望用紙の裏に記された大まかなスケジュール表を見る。食事、入浴を時間を除くと、一日二時間ほどの余裕しかない。

 

「消灯時間後に探してもいいが......」

「無理よ。見回りの先生が、常に廊下を巡回しているわ」

「もし教師に見つかれば、結果としてお前の迷惑になるしな」

 

 小田切(おだぎり)と行動を共にしている五十嵐(いがらし)が、不祥事を起こせば選挙戦にも影響が及び兼ねない。俺に話すということは、人手不足で手伝って欲しいってことだろうか。もう一度、夏期講習の日程を確認する。

 

「手伝ってあげたいけど、バイトと被るな」

「そうか......」

「私たちでやるしかないわ......ね?」

「どうした? 小田切(おだぎり)

 

 何か気になる物を見つけた小田切(おだぎり)は、窓の方を見て固まった。

 そして――、窓にテープで止められているポスターを指差した。

 

「これよ、これだわ......!」

 

           *  *  *

 

「失礼します」

 

 翌日の放課後。昨日小田切(おだぎり)が見つけた秘策を実行するため、俺は生徒会室を訪れていた。

 

「おや。誰かと思ったらキミか」

 

 扉の正面奧の机で書き物をしていた生徒会会長――山崎(やまざき)が顔を上げた。

 

「どうしたんだい? 僕に何か用かな?」

 

 手を止めずに用件を聞いてきた。俺は彼の元へ向かい一枚の書類を、空いているスペースに置く。

 

「新規に部活を立ち上げたいんですが」

「部活?」

 

 羽根ペンの万年筆を置いて、提出した書類に目を通し出す。

 

「ふーん......フットサル部ね。どうして、また今になって?」

「これです」

 

 昨夜、小田切(おだぎり)が見つけたポスターと同じモノを見せる。

 

「ビーチサッカー日本代表強化試合。開催場所は朱雀高校(うち)のクラブハウスの近くか」

「はい。それと、今後のサッカー界発展のためサッカーに関係する部活動に所属していると、入場料が無料なんです」

「それこそ、サッカー部じゃダメなのかい?」

「まだ回復の目処が立っていないですし。八月の頭には、もう一度手術予定があります」

「来期の復帰は目指してはいるが、今の状態ではサッカー部に迷惑はかけられないと言うわけだね」

「はい」

「なるほど。飛鳥(あすか)くん」

 

 山崎(やまざき)が声をかけると何処からともなく、秘書の飛鳥(あすか)が現れた。

 

「何でしょうか? 会長」

「この書類の二人は、どうかな?」

 

 部員のところに書かれた、二人の名前。小田切(おだぎり)五十嵐(いがらし)について意見を求めた。

 

「お二人とも、宮内(みやうち)さんが働いてらっしゃるフットサルコートへ頻繁に出入りしていますわ。見学だけの場合もありますが、試合参加の経験もあります」

「ただの数会わせというわけもないわけだね」

「はい。そうそう、五十嵐(いがらし)さんが小学生に遊ばれていたのは、とても愉快でしたわ」

「はっはっは! それは、僕も見てみたかったな」

 

 選挙戦あってのことなのかもしれないが、次期生徒会会長候補の小田切(おだぎり)たちは、監視対象になっているらしい。

 ――この人たちマジで怖いな......。

 朱雀高校絶対権力者と、その秘書の二人にやや恐怖を覚えた。

 

「しかし、ビーチサッカーは何か経験になるのかい?」

「サッカーとフットサルって似ているようで全然違うんです。フットサル特有のボールタッチとか、身体の使い方はサッカーでも武器になります。正直、ケガがなければ知らないままでした」

「ケガをして、初めて別の角度から物事を見れたワケだね」

「はい」

「なるほど、少なからず経験になるわけだ」

 

 山崎(やまざき)は、両肘を突いて顔の前で組んだ手の甲にアゴを乗せて目を閉じ、数秒後目を開けて微笑んだ。

 

「いいよ。許可を出そう!」

「......あ、ありがとうございます」

飛鳥(あすか)くん、バスと宿泊の手配をお願いするよ」

「はい。承知いたしました」

 

 飛鳥(あすか)は、棚のファイルを取り出して作業を始めた。

 

「部室だけど。今空きが無いから、空きが出来次第連絡するよ」

「いえ、どうせフットサルコートで集まるだけですから。今回の件だけで十分ありがたいです」

「そうかい? 欲がないね。ところでまた小田切(おだぎり)くんとキスしたんだね」

「――えっ!?」

「はっはっは! キミは素直だね。じゃあ僕は仕事があるから、また次の機会に話そう」

 

 俺は追い出される様に生徒会室を出た。

 いや、小田切(おだぎり)とのキスした事を指摘され逃げ出した、が正しかったのかもしれない。何はともあれ、部活の新規立ち上げの申請は無事に通った。スマホで、小田切(おだぎり)にメッセージで連絡を入れる。すると、すぐに着信が来た。通話ボタンを押して耳へ持っていく。

 

「もしもし」

『私よ、メッセージ見たわ。うまく行ったのねっ』

「うん。無事認めてもらえたよ」

『そう。今日、バイトは?』

「ん? 休みだけど」

 

 今日は、人工芝の張り替えのためバイトは休み。

 それを知った小田切(おだぎり)は「じゃあ合宿の買い物へ行きましょ!」と、どこか嬉しそうな声で言った。


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