学期末の試験を無事に終え、夏休みまで後一週間に迫った梅雨の晴れ間の七月中旬。宮村と伊藤と共に、放課後の廊下を超常現象研究部が部室を構える部室棟へ向かって歩いている。
「う~ん、やっとテストから解放されたわ!」
「安心するのはまだ早いぜ、伊藤さん。テストは返却されて、初めて終わりなんだからな。もし、赤点なんてとった日にゃ......」
「わ、わかってるわよっ。アンタたちこそ、どうなのっ?」
宮村に指摘された伊藤は、俺たちに矛先を向けた。どうやら、学業は取り立てて得意な方ではないようだ。そんな伊藤に向けて、宮村は澄まし顔で答える。
「オレ、中間学年36位。宮内も、同じくらいだったよな?」
「ああ、確かそのくらい」
「う、ウソよねっ?」
中間の順位を知りショックを受けた伊藤に「今回は易しかったなぁ」と、チラっと彼女を横目で見ながら追い討ちをかけるように、宮村は付け加えた。
「う、ううっ、このミヤミヤコンビがぁーっ!」
悔しそうな表情で捨て台詞を残し、廊下を走って行く伊藤。
「あ~あ、イジメるから行っちゃったぞ?」
「いいって。逃げてもどうせ、目的地は同じなんだからさ。それよか、学食寄ってこーぜ」
まったく悪びれる様子は微塵も見せず、それどころか逆にさわやかに笑った宮村と共に、学食の購買で期末試験の打ち上げ用の菓子や飲み物を袋いっぱいに買い求め、超常現象研究部の部室へ。
「アタシは、お菓子なんかで吊られる軽い女じゃないんだからっ」
「いや、めっちゃ食ってるじゃん。ところで、山田は?」
伊藤と一緒にプリンを食べている白石が、透明の小さなスプーンを持った手を止めて顔を上げた。
「山田くんなら、教室で突っ伏していたけど」
「期末最終日に燃え尽きたか」
「もう、しょうがないわねぇ~。行くわよ、宮村」
「え? オレも?」
「あたりまえでしょ、早くしないと二人は予定あるんだし。力ずくでも連れてくるんだから」
ダルそうな宮村を従えて、伊藤は山田の捕獲に向かった。四人の内の二人が居なくなったことで、必然的に白石と二人きりになる。部室の中央に設置された長机の斜め向かい側に座っている白石は再び、スプーンを進めていた。
二人が山田を連行してくるのを待つ間に、改めて超常現象研究部の部室を観察。部屋の中央には、俺と白石が居る長机とパイプ椅子が六脚。右手側の本棚には幽霊、宇宙人、未確認生物、超能力など超常現象研究部に相応しい書物が並んでいて。反対側は、ホワイトボードが埋め込まれた壁、木枠で仕切られたロッカーの上には、ハニワやピラミッドの模型などが置かれている。それから、超常現象と何か関係があるのかは定かではないが、電子レンジが設置されていた。
「ごちそうさま。ところで宮内くん、あれから前にキスした子とキスした?」
「いや、残念ながら」
「そう。じゃあ山田くんが来たら、すぐに検証出来るわね」
やはり、実験するつもりでいるらしい。探究心に満ち溢れた表情をしている。
「それにしても、いろんな物があるんだね」
席を立ち、窓際に置いてある円盤状の未確認飛行物体の模型を手に取る。円盤の上部は透けた素材が使われていて、中に地球外生命体のパイロットらしき生物が座っている。
「それ、伊藤さんの私物よ」
「そうなの?」
「ええ。この部室にある物はほとんど彼女が持ってきた物なの」
白石は俺の隣に来て、大きめの箱二つに保管されている別のグッズを見せてくれた。飾ってある物よりも、よりマニアックなグッズが保管されている。以前宮村から、伊藤はオカルト好きとは聞いていたけど、ここまで本物なマニアだとは思わなかった。
「パソコンには、動画があるわ」
机に戻った白石は、テーブルに置かれているノートパソコンを立ち上げる。隣の席に座って、ファイルに保存されている動画を見せてもらうことに。
「どうかしら?」
「ここまで来ると逆に面白いかな」
ヤラセ全開で隠す気すらないところが、逆に清々しい。白石は「そうね」と、少しおかしそうに笑って、別のファイルを開いた。
『ちょっと、山田!』
『あー? なんだよ?』
『アンタ、アタシの焼きそばパン食べたでしょ! その唇についたソースの跡と、葉の青のりが動かぬ証拠よっ!』
『......な、なんのことだ?』
『そう、あくまでもシラを切るつもりなのね。この電子レンジ返品しちゃおうかしら~?』
『それだけは勘弁してくれー! 冷めた昼飯には、もう戻れねぇーんだよ!』
『お前、どこまで食にうるさいんだよ? なあ、白石さん』
『ふふっ、そうね』
表示された動画は、超常現象研究部で撮影された動画。宮村が写っていないことから、彼が撮影しているのだろう。伊藤と山田のやり取りを眺めながら、画面の中の白石は楽しそうに微笑んでいる。こんな彼女を見るのは、初めてかもしれない。
「あ、思い出したわ。この後山田くん、土下座して伊藤さんに謝るの」
「それで許して貰えたんだ」
「ええ。サーティンツーのアイスと引き換えにね」
「それは、高い代償だねぇ」
別の動画を見せてもらっていたところ、白石が何かに気づいたようにふと顔を上げた。同じように、部室のドアを見る。超研部の三人が入り口から、こちらの様子を伺っていた。覗き見していたことがバレた山田は、気まずそうにして頭をかき。宮村と伊藤は、ニヤニヤと笑っていた。
――まったく、何を考えているんだか。
思わず、漏れるタメ息。部室に入ってきた三人は、空いてる席に座ったのだが。
「ねぇ、山田~。あの二人、良い感じだったわよね~? まるで、アタシたちみたいねっ!」
「オレと山田だろ? なっ、山田?」
これが、小田切の虜の能力なのだろか。山田を挟んで密着して抱きつきながら過激に愛情を伝えている。普段の二人の振る舞いを知っている身としては、実に異様な光景に映る。
「だあぁーッ! テメェーら、いい加減にしやがれ!」
「いやんっ」
「おい、待て......!」
「よし、これで解けたな!」
「なんで、キスすんのよ......?」
「元に戻っちまったじゃねぇーか......」
青ざめた表情をしていた山田がキレ、絡みつく二人の唇を強引に奪う。すると、キスされた二人のテンションは見る見るうちにだだ下がり冷静さを取り戻した二人だったが。納得せず、山田への抗議がしばらく続いた。
三人が席に付き、仕切り直し。白石は、さっそく本題を切り出した。
「じゃあ、さっそく検証を始めましょう。山田くん、宮内くん」
無言のまま、山田と目を合わせる。一瞬のアイコンタクトで、お互い同じことを考えていることが同じことは瞬時に理解した。躊躇している俺たちに、白石が首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや......。山田って今、虜の能力を持ってるんだよね?」
「ええ、そうよ」
「せめて入れ替わりにしてくれないかな、と。虜は嫌だ」
先程の宮村たちの狂い具合を見たら、どうしても踏ん切りがつかない。万が一能力を受けたとしても入れ替わりなら、あの地獄絵図を回避できる。
「俺も同感だ。頼む、白石!」
両手を合わせて必死に懇願する、山田。
「わかったわ」
「あ! ちょっと待って!」
入れ替わりをコピーするため、机から身を乗り出しキスしようとした山田と白石を、伊藤が止めに入る。
「なんだよ?」
「入れ替わりをコピーする前に、実験したいことがあるのよ」
ノートパソコンを手繰り寄せて、キーボードを叩く。準備が出来たのか、伊藤はパソコンから目を離し、再び山田とキスをした。
「なっ!? テメェは、また......!」
「キタキタ! 山田が、カッコよく見えてきたわっ! さて、うららちゃん、アタシとキスして!」
「えっ......私?」
返事も聞かず伊藤は、白石にキス。女子二人の顔が、ゆっくり離れていく。
「あれ? 入れ替わってないわっ!」
「え、ええ......。能力は、二重にかからないんだわ......!」
「これは、大発見よ! さっそく記録を残さなくちゃっ!」
大興奮の伊藤が、パソコンに実験結果を打ち込んでいると。山田に不意討ちでキスした宮村が、白石に迫る。
「よし。オレも虜にかかったから試してみよう!」
「それは絶対にイヤ」
近づけた顔を腕で遠退けられていた。そして伊藤が記録を終えると、虜の能力に捕われた宮村と伊藤による、山田争奪戦が再び始まった。
* * *
「ほっといてよかったの?」
三人を部室に残し学校を出た俺は、隣を歩く白石に尋ねた。
「ええ、実験結果は得られたから。宮内くんがキスした相手は、小田切さんでしょ?」
「......わかるんだ」
さすがというべきか。白石は、先の実験――能力は二重にかからない、という検証結果から答えを導き出した。
「でも、わからないことがあるの。あなたは、小田切さんの能力が掛かっているとは思えなかったわ」
山田に対する宮村たちとは違う、と言いたいのだろ。確かに俺は、小田切とキスをしても二人のように取り乱すことはない。その理由は、確証はないとはいえ自身の中では答えが出ている。正解・不正解は別として。今、話せることは――。
「たぶん、性格で多少の差が出るんじゃないかな?」
「性格?」
五十嵐が虜の能力にかかっていることは、人前で嫉妬心を燃やすほどだから、おそらく間違いないと思う。けど、宮村たちの様に人目をはばからず迫るような極端な愛情表現を取るような行動はしない。
それに、フットサルコートで会った時のあの言葉「お前の――は人を選ぶ」
もし、あの聞き取れなかった部分が「能力」だったのなら、たとえ虜にしても思い通りにならない人も中には居るということなのだろう。
「なるほど。それで、あなたは?」
「うん?」
「小田切さんの思い通りにならなかった理由はなに? 性格以前に、そもそも彼女に対して虜になっている感じがしなかったわ」
「うーん、そうだねぇ~」
空を仰ぎ見る。先ほど梅雨開け宣言が発表されたばかりの夏の青空の向こうにそびえ立つ高層ビルの上には、暗くどんよりした大きな積乱雲が乗っかっている。きっと、何処かの街で都市特有のゲリラ豪雨が降っているんだろう。もしかしたら、この辺りにも流れて来るかもしれない。そんな心配をしつつ顔を戻して、白石に微笑みかける。
「ないしょ。もう少し親しくなったら教えてあげる」
「私たち、まだ親しくないの?」
「あははっ、一年の始めよりは相当親しくなったと思うよ。じゃあ、特別にヒントあげる。どうして態度が変わらないのかが分かれば、答えは導き出せるかもね」
「それが分からないのだけれど?」
「誰かを思う気持ちは簡単には操れないってことなのかもね。じゃあ、俺はここだから」
バイト先のフットサルコートに到着。足を止め、白石と向き合う。
「気をつけてね」
「ええ、ありがとう。宮内くんも、バイトがんばって」
少し先に行ったところある名門塾に通う白石は、歩きながらアゴに手をやり難しい表情をしながら歩いて行った。大丈夫かな? と思いながらも、クラブハウスの更衣室で支度を整え、教え子たちが集まるコートへ向かった。