黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode13 ~ナンセンス~

「んで、いつ入部するんだ?」

 

 入れ替わり虜騒動翌日の昼休み。いつものように屋上の日陰で昼食を済ませひと休みしていると、コーヒー牛乳のパックを片手にグラウンドを眺めている宮村(みやむら)が問いかけてきた。

 

「んー?」

「お前だって、能力には興味あるだろ?」

「まあ、なくはないけど」

 

 つい昨日、非現実的なことを実体験したばかり。正直、興味がゼロと言えば嘘になる。なぜ特定の生徒が、キスした相手と互いの身体を入れ替わったり、自身の虜にしたり出来る能力(チカラ)を有するのか、非常に興味を引く題材であることは確かだ。

 

「で、どうだったよ? 白石(しらいし)さんの身体に入ったご感想はよ?」

 

 いつの間にか隣に座った宮村(みやむら)は、ニヤニヤと卑猥なことを言わせる気まんまんな悪い笑みを浮かべていた。

 

「どうして知ってるんだよ?」

「っんなもん、白石(しらいし)さんから聞いたに決まってるだろ」

 

 それは、そうなんだろうけど。白石(しらいし)と入れ替わったことは、宮村(みやむら)にはもちろん他の誰にも話していないのだから、彼女(しらいし)本人以外から漏れる可能性は皆無に等しい。

 

白石(しらいし)さん、体育祭でお前と山田(やまだ)が入れ替わらなかったことが気になってるみたいだぜ?」

「知ってる。検証させてって目を輝かせて言ってたからな」

「ふむ、美少女にそこまで懇願されても協力しないってのは、お前の中ではある程度の予測がついてんじゃねぇーの?」

「さあ? 実際にやってみないとわからないよ」

 

 頭の後ろで両手を組んで横目で疑惑の視線を向けて来た宮村(みやむら)は、やがて小さく息を吐いて足を組み直した。

 

「ふーん。ま、いいけどよ。実際にやってみればわかるんだし。とりあえず、部室に顔を出せよ。入る入らないは別にしても、白石(しらいし)さんは喜んでくれると思うぜ。伊藤(いとう)さんもな」

伊藤(いとう)さん?」

 

 どうして白石(しらいし)だけではなく、伊藤(いとう)もなのか思っていると「伊藤(いとう)さんは、超研部(うち)で唯一のガチのオカルト好きなんだよ」と、補足を付け加えた。本来のオカルト好きも合間って、不思議な能力の研究にも人一倍熱心に取り組んでいるそうだ。

 

「そうだな。そのうち行くよ」

「今日の放課後でいいじゃねーか。休みなんだろう?」

「今日は無理。先に予定が入ってる」

「デートか?」

「そう。デート」

「マジ?」

 

 頷いて答える。真顔で固まったが、その後すぐにいつもの調子に戻った宮村(みやむら)は、悲壮感を漂わせる表情を見せながら自分の体を両手で抱いた。

 

「オレとは遊びだったのかよ......?」

「気持ち悪いこと言うな」

 

 最初は乗ってやろうと思っていたのだが、あまりにも身の毛のよだつ発言に背中がゾクゾクッと寒気を感じて、素で返してしまった。

 

「なんだよ、ノリ悪ぃな~」

「今のは、さすがにないぞ? せめてデートの相手はオレだったくらいのノれるネタにしてくれ」

「じゃあ、今度はそれで行くわ」

 

 アホなやり取りをしながらテキトーにダベり、午後の授業を終えて放課後を迎えた。掃除当番のため少し残り、帰りの支度を済ませる。

 

「んじゃあ行こうぜー」

「どこへ?」

「どこって、今日はデートだろ? みなまで言わせんなよ......」

 

 口元に手を添え、恥ずかしげに目を逸らしながら言う。まさか、たった数時間前のネタを溜めずにブチ込んでくるとは思わなかった。まあ、言った手前ノってやらないワケにはいかない。

 

「悪いそうだったな。じゃあ行くか?」

「おう!」

 

 教室に残っているクラスメイトの冷ややかな視線と微妙な空気を背中に受けながら、教室の入り口付近まで並んで歩き立ち止まる。

 

「って、行かねえよ。ネタぶっ込むの早すぎだろ」

「意外性があってよかっただろ?」

「いや、求めてないから」

 

 どうやら満足したようで、軽く笑顔を見せた宮村(みやむら)は俺の肩をぽんっと軽く叩いた。

 

「じゃあオレ、部活に行くわ」

「ああ、また明日。次の機会には顔出すよ」

「おう、じゃあな。詳細聞かせろよ~」

 

 片手を上げ、白い歯を見せながら教室を出て行った。持っている鞄を担ぎ直し、宮村(みやむら)とのデートがネタだったことを知って元の空気に戻ったクラスメイトたちと挨拶を交わし、教室を出る。少し急ぎ足で階段を下って昇降口へ、下駄箱で靴に履き替えて、待ち合わせの約束をしている正門へ急ぐ。

 レンガ造りの立派な正門。

 その石柱に背中を預け、誰かを待っているように女子生徒が一人佇んでいた。掃除当番であることは事前に伝えておいたけど、宮村(みやむら)との漫才に時間を割き過ぎてしまい、待たせてしまったようだ。早足で彼女の元へ行き声をかける。

 

小田切(おだぎり)さん」

「ちょっと、遅いじゃない。自分で誘っておいてどういう了見なのかしらっ?」

「ごめんなさい」

「......まあ、いいわ」

 

 言い訳をせずに素直に謝罪したのがよかったか、許してくれた。

 

「さあ、デートへ出掛けましょう。楽しませてくれるんでしょうね?」

 

 小田切(おだぎり)はフェイスライン付近の髪を左手で軽く触れながら、昨日とは打って変わって余裕ありげな表情(かお)を見せた。

 まだ高い初夏の少し汗ばむ日差しの下、街の商店街を並んで歩く。

 

「それで、どこへ連れて行ってくれるのかしら?」

「そうだね。雑貨屋に行こうか」

「あら、ちょうど小物をチェックしたいところだったの。行きましょ」

 

 ちょうど目に留まった雑貨屋は、小田切(おだぎり)がよく訪れる行きつけのショップだった。さすが勝手知ったる店、迷うことなく女性物の小物の陳列されているコーナーへ連れていかれた。

 

「う~ん、どれにしようかしら?」

小田切(おだぎり)さんは、どういう時に使うの?」

 

 シュシュ、ヘアバンド、ヘアピンなどヘアアレンジに使用するグッズを手に取りながら見比べていた手を止めた。

 

「そうねぇ。テスト前に勉強する時とか、気合いを入れたり気分を変えたい時にね。あとは、お風呂上がりかしら」

「へぇ、そうなんだ。普段と違う小田切(おだぎり)さんも見てみたいかも」

「み、見てみたいって、あなた......! お風呂はダメよっ」

 

 いつもの肩に掛からないショートボブ以外のヘアスタイルを見てみたいと言ったつもりが、別の意味で捉えられてしまったらしい。恥ずかしさに頬を染めて言った小田切(おだぎり)の爆弾発言に、周囲の女性客の注目を全て集めてしまう。女性客に中に、同じ朱雀高校の生徒が居なかったことがせめてもの救いだった。

 

「あ、あれ! あれ、何かしらっ?」

「ん? どれ?」

「あれよあれ、行ってみましょ!」

 

 すぐにその場を退散し、別の売り場へ移動。「あんな紛らわしいことを言うから!」と少々理不尽に責められたが、機嫌はすぐに直り、買い物再開。小一時間ほど店内を見て回った後、近くのカフェでお茶をすることにした。

 注文した商品を受け取り、店の外に設置されているテラス席で向かい合って座る。

 

「気に入った物はあった?」

「ええ、良い買い物が出来たわ」

「そう、よかった」

「あなたは、何を買ったの?」

 

 空いている席に置いたショップの紙袋に、小田切(おだぎり)は目を向けた。

 

「これ? ノートだよ。期末近いからね」

「あら。ちゃんと試験勉強してるのね」

 

 感心した様子で、アイスティーに手を伸ばした。コップを置いたのを合図に、小田切(おだぎり)を誘った理由のひとつを切り出す。

 

「聞きたいことがあるんだけど」

「なーに?」

五十嵐(いがらし)山田(やまだ)って、いつから仲悪くなったの?」

(うしお)くんと、山田(やまだ)? 私に言わせれば、山田(やまだ)の一方的な逆恨みね。あいつが他校の生徒と暴力沙汰を起こしたことは、知ってるでしょ?」

「え、そうなの?」

 

 詳しい時期を聞いたところ、手術で入院していた頃に起こした事件。道理で知らないハズだ。一部始終を見ていた小田切(おだぎり)五十嵐(いがらし)は後日、通報を受けた学校に呼び出され見たままを証言した。結果、謹慎処分を言い渡された山田(やまだ)は学校内で孤立してしまい、そして現在に至る。

 

(うしお)くんが何度か接触を試みたけど、その度酷い態度で拒絶を受けたわ。私が同伴した時もね」

「そうなんだ......」

 

 頬杖を突いて、視線を空に向ける。暑さをもたらしていた日が傾き始め、生ぬるかった風もやや涼しくなってきた。

 今から一年とひと月前に起きた事件。俺の記憶では一年の頃、山田(やまだ)たちがよく行動を共にしていた気がしたが、彼女が言った場面を見て勘違いしただけなのかも知れない。

 

「ん?」

 

 視線を感じ顔を上げる。小田切(おだぎり)は、やや不機嫌そうに目を細めていた。

 

「なんでしょうか?」

「あなた、目の前にこんな可憐な美少女が居るのに、聞きたいことが男の話なんて......。もしかして、そっちの――」

「それはない。昨日二人がボロボロだったから、少し気になっただけだよ」

 

 言われる前に否定して昨日、伊藤(いとう)から誘われた部活働の話題に変える。

 

「超常現象研究部、入らなくてよかったの?」

「ま、確かに能力のことは気にはなるわ。あなたも気になるでしょ?」

「まーね。理由は、宮村(みやむら)?」

 

 建前か本音から定かではないが、次期生徒会長の座を争う宮村(みやむら)と馴れ合うのは嫌だ、と言って小田切(おだぎり)は入部を断った。

 

「正直言うと、私は劣勢なのよ」

宮村(みやむら)の方が優勢なの?」

 

 彼女は、首を横に振った。

 

宮村(みやむら)とは、おそらく五分五分。でもライバルは宮村(みやむら)だけじゃないの、もう一人居るのよ」

 

 候補者は二人だけじゃなかったのか。つまり、そのもう一人のライバルが二人よりも優勢に立っている。

 

「そいつ、生徒会に所属してるワケでもなしに、妙に会長に気に入られてるのよねぇー」

「生徒会長になるって大変なんだね」

「そうなの、大変なのよ。だから、部活に時間を割くのも惜しいのよ。ハァ......」

 

 大きくタメ息を漏らした。普段から強気の小田切(おだぎり)にしては、珍しく弱気に見える。

 

「あら、電話だわ」

 

 テーブルの上に置いたスマホから、着信音が流れた。小田切(おだぎり)は席を外し、電話に出てから数分で戻ってきた。

 

(うしお)くんだったわ」

五十嵐(いがらし)?」

「旧校舎で、何か重要なモノを見つけたみたい」

「そうなんだ。行かなくていいの?」

「ええ、明日にしてもらったわ」

 

 ――どうして? と首をかしげて尋ねる。すると小田切(おだぎり)は少し口を尖らせ、やや上目遣いで言った。

 

「......だって、今日はデートでしょ?」

 

 その言葉に、ハッとする。

 ――ああ......そっか。彼女は、今日の買い物をちゃんとデートだと思ってくれていたんだ。それなのに俺は......デートの最中に相手のこと以外を聞くなんて、ナンセンスだった。しっかり反省しつつ本来の目的である、小田切(おだぎり)との会話(デート)を楽しもう。

 

「......うん、そうだね。じゃあ、この話しはおしまい。期末が終わったら夏休みだけど。小田切(おだぎり)さんは、何か予定あるの?」

「八月に入ってからだけど、家族で旅行を計画してるわ。それから――」

 

 ここからは能力とか、会長戦等の学校の内容を避けての会話。趣味や休日の過ごし方、内容はたわいのない世間話だったが、時間が許す限り話をして、充実した初デートを過ごした。


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