黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode12 ~幼き日の想い出~

 ただ、軽く触れるだけの一瞬のキス。

 まさかの行動に出た白石(しらいし)に真意を伺うため閉じていた目を開けると、目の前に鏡の中から出てきたかのようなリアルな姿の自分が居た。

 

「なっ、なにが......っ!?」

 

 喉から発せられた思いもしない高い声に驚き、更に身体にあり得ない異変があることに気がついた。

 右膝に懐かしい感覚がある。長い間感じられなかった感覚の正体を確認するため目を落とす。すると、まるで女子の制服のスカートと同じ柄の生地の裾から、あるハズの手術跡も内出血もない、白く細いキレイな足がスラリと伸びていた。

 

「これは......?」

「これが、宮内(みやうち)くんの体なのね。山田(やまだ)くんの体よりもスムーズに動くわ」

 

 聞こえた声に、自分のモノとは思えない足を注視いた顔を上げる。自分と思しき男子が目線まで上げた両手を確かめる様に、何度も開いたり閉じたりを繰り返したり、無駄に腕を回したりていた。身に覚えのある言葉遣いと柔らかな物腰に、ついさっきまで目の前に居た少女の顔と、名前が頭の中に浮かんだ。

 

「......白石(しらいし)さん?」

 

 声にして、確認を求める。この俺は......いや、彼もしくは彼女は、俺に視線を移して頷いた。

 

「実験は思った通りの結果だったわ」

「実験......まさか、これが入れ替わり?」

「ええ、そうよ」

 

 ――本当に、キスで互いの身体が入れ替わったのか......? にわかには信じがたいが、確かに今、目の前には白石(しらいし)を名乗る俺と同じ姿の人間が実在している。そして自分の体に起きた異変を総合すれば、この不可思議な現実を受け入れる他ない。

 それと、少し冷静になって気がついたことがある。本当にお互いの体が入れ替わっているのであれば、今俺が動かし感じているのは白石(しらいし)の体ということ。彼女の体は右膝だけではなく、様々な部位で普段の体とは違う感覚が存在している。主なのは胸付近の膨らみと重さ、下半身のとある一部分の猛烈な違和感。

 

「......山田(やまだ)くんよりも――」

「それより、今は話の続きを」

「ん? ええ、それもそうね」

 

 下半身に視線を向けていた白石(しらいし)の言葉を遮り、検証結果の続きを促す。

 

「先ず、入れ替わりについてだけど。山田(やまだ)だけの能力(チカラ)じゃなかったってことだよね?」

「ええ。私にも入れ替わりの能力があったということになるわ。だけど――」

 

 白石(しらいし)の言いたいことは分かる。俺は以前、体育祭で白石(しらいし)と入れ替わった山田(やまだ)にキスをされた。しかし、今回のように体が入れ替わることはなかった。

 

「考えられることは、二つあるわ。山田(やまだ)くんは私と入れ替わった状態においても、宮村(みやむら)くんや伊藤(いとう)さんとキスをして入れ替われた。もしかすると、女子のキスにしか反応しない体質なのかも」

 

山田(やまだ)くんの能力が戻ったら試してみましょう」と、白石(しらいし)は目を輝かしている。どうやら彼女の探求心に火がついてしまったみたいだ。けど、山田(やまだ)とのキスに乗り気じゃない俺は、はっきりとした返事は返さず別の可能性について聞く。

 

「......二つ目は?」

「まだ確信はないのだけれど、あなたがキスをした相手に要因があるのかもしれないわ。前にも聞いたけど、何か心当たりはない?」

「心当たりかぁ。う~ん......」

 

 特異な能力を持つ二人以外でキスをした相手は、小田切(おだぎり)だけ。となれば、小田切(おだぎり)に関係があるのかもしれない。

 

「えっ......?」

 

 彼女と初めてキスしたときからの記憶を辿っていると突然、目の前の俺が倒れ込んで来た。とっさに支えようとしたが、体格差で支えることは出来ず押し倒される形になってしまった。

 

「大丈夫? とりあえず戻ろう」

「え、ええ......」

 

 そのままをキスして、お互い元の体に戻って座り直す。白石(しらいし)は乱れた髪を手櫛で整えながら、申し訳なさそうに目をふせた。

 

「普段と右足の感覚が違うから、どんな感じなのか立ってみたのだけれど。ごめんなさい......」

 

 右足に上手く力が伝わらず踏ん張りきれずにバランスを崩して倒れしまった、と。まあ俺も、慣れるまで同じだったからよく分かる。

 

「ケガしなくてよかった」

「そうね」

 

 気にしなくていいと微笑みかけると、ふせていた顔を上げてくれた。

 しかし、いくら入れ替わるためとはいえ、女友だちと二度もキスをしたことにこの上ない気まずさを覚える。そんな複雑な心境も、白石(しらいし)はまったく気にする様子は見せず平然と立ち上がった。

 

「じゃあ、さっそく山田(やまだ)くんのところへ行きましょう。能力が使えなくなった理由を検証したいわ」

 

 どうやら彼女の中では、一緒に行くこと前提のようだ。移動にかさばる弁当箱を片付けてから行くことを伝え、校舎に入ろうとしたところで、白石(しらいし)山田(やまだ)を見つけた。

 

「居たわ。中庭」

「あ、ホントだ」

「どこへ行くのかしら?」

「あっちは......たぶん、旧校舎かな?」

 

 中庭に目をやると制服をだらしなく着崩した山田(やまだ)らしき男子生徒が、今は運動部の部室棟と使われている旧校舎の方へ歩いていく姿を確認出来た。白石(しらいし)山田(やまだ)の後を追いかけて、一足先に旧校舎へ。俺も、教室に弁当箱を片付けに戻ってから旧校舎へと向う。下駄箱で革靴に履き替え、昇降口を出て、多くの木々が茂る旧校舎へと続く中庭の通路を歩いていると、前方から、うつむき加減の女子生徒が、肩を落としてとぼとぼと歩いて来る。

 けど彼女は、近くまで来ても存在に気づかない。声をかける。

 

小田切(おだぎり)さん」

「――っ!?」

 

 驚かせてしまった。ビクッ、と小さく肩を振るわせた。おそるおそる顔を上げた女子生徒――小田切(おだぎり)の瞳には、うっすらと涙が浮かびあがり、静かに流れ落ちた。

 

「ち、違うっ、これは違うの......!」

 

 手で涙を拭いながら、何かを必死に否定している。

 しかし、小田切(おだぎり)の大きな瞳から流れ出る涙は枯れるどころか、どんどん溢れていった。

 あの黄昏時の教室と同じで、必死に強がりながらも目の前で涙を流したあの涙とダブって見えて、どうしようもないやるせなさが込み上げて来る。

 この溢れ落ちる涙を止めるにはどうすれば――次の瞬間、俺は無意識のうちに、彼女の頭に手を置いて撫でてていた。

 

「......なによ?」

「なんとなく。こうしたら泣きやんでくれるかなって」

 

 幼い頃、こうしてあげると泣き止んでくれた。

 胸に軽く衝撃が走る。

 

「......バカ」

 

 俺の胸に一瞬だけ顔を押し付け、小さな声で呟いた小田切(おだぎり)は、両手で俺の身体を押し一歩離れて顔を上げた。頬に涙の跡は残っていたが、再び流れ出すことはなかった。

 

「はい、どうぞ」

「ありがと」

 

 日陰になっている中庭のウッドベンチで待っている小田切(おだぎり)に、自販機で買ってきた飲み物を手渡して、彼女の隣に座る。

 

「......聞かないの?」

 

 風に揺れる木々のざわめきに耳を傾けていると、小田切(おだぎり)は両手で持った封がされたままの缶ジュースに目を落としたまま、恐る恐る聞いてきた。

 

「話して楽になるなら聞くよ」

 

 しばしの沈黙、そして――。

 

「あのね、私――」

小田切(おだぎり)ー!」

 

 小田切(おだぎり)が何かを言おうとした時、旧校舎の方から血で顔や服が汚れてボロボロになった五十嵐(いがらし)が走ってきた。俺たちの前で立ち止まって膝に手をつき荒い呼吸を繰り返して、時おり咳き込む。

 

「ゴホッゴホッ、ハァハァ......」

「ちょ、ちょっと大丈夫なの? キズだらけじゃない」

 

 小田切(おだぎり)はベンチを立って、肩で息をする五十嵐(いがらし)の前へ出る。

 

「......いや、大丈夫だ。小田切(おだぎり)、よく聞いてくれ、お前の気持ちは偽りだったんだ!」

「えっ? どういうことなの?」

「いいか、よく聞け。お前は、自分の――」

「ちょっと待って!」

 

 振り向いた小田切(おだぎり)の視線が、俺の姿を捉えた。ここでようやく、五十嵐(いがらし)も俺の存在に気がついた。二人の気まずそうな表情からして、俺がいると話づらい事情のようだ。

 

「じゃあ、行くよ」

「え、ええ......。ジュース、ありがとう」

「どういたしまして。五十嵐(いがらし)は、あとで保健室行きなよ」

「あ、ああ、そうする」

 

 ベンチに二人を残し、本来の目的である旧校舎へと再び足を進める。目的地の旧校舎の昇降口に白石(しらいし)と、頬に真っ赤な紅葉の跡がついた山田(やまだ)、それから――。

 

「よう、宮内(みやうち)!」

「アンタも来たのね」

「どうも」

 

 宮村(みやむら)伊藤(いとう)も含め、超常現象研究部が昇降口の前で全員集合していた。それにしても、まるでバトルマンガでも勃発したかの如く、周囲に物や瓦礫が散乱している。殴り合ったのはおそらく、あの二人。

 

山田(やまだ)と無事に合流出来たんだね」

「ええ。ちょっと遅かったみたいだけど?」

「ごめん、ちょっと友だちと話してた。それで、どうだった?」

「うん。やっぱり思った通りの結果だったわ」

「んー? 何の話よ?」

 

 俺たちの会話に頭にクエスチョンマークを浮かべている山田(やまだ)たちには申し訳ないが、白石(しらいし)が導き出した検証結果を聞かせてもらう。

 

「つまり、山田(やまだ)の本当の能力は“複製(コピー)”で、“入れ替わり”の能力を持つ白石(しらいし)さんからコピーして使っていたってことか......。じゃあ、林間学校で入れ替わりの能力を使えなかったのは、別の能力をコピーしていたから?」

「そうなるわ。山田(やまだ)くんがコピーした能力は、キスした相手を自分の“(とりこ)”にする能力だったの」

「なるほど......」

 

 林間学校二日目以降宮村(みやむら)伊藤(いとう)が、妙に山田(やまだ)を取り合っていた理由が解明された。二人とも山田(やまだ)とキスをしたことで、知らずのうちに“(とりこ)”の能力にかかってしまっていた、と。

 

「それで、山田(やまだ)くんが能力をコピーをした相手だけど――」

小田切(おだぎり)さん?」

 

 白石(しらいし)は、目を大きく丸くして頷いた。

 

「その通りよ」

「おお~、すげぇーな、お前」

「どうしてわかったのよっ?」

「まあ、なんとなくね」

 

 昨夜と、今しがたの小田切(おだぎり)の様子。そして、つい先ほど五十嵐(いがらし)が言った「お前の気持ちは偽りだったんだ。お前は自分の――」この言葉で確信した。

 あの言葉の続きは――自分の能力に捕われているんだ、とまあ、おそらくこんなところだろう。大きく外れてはいないと思う。

 

「噂をしたらみたいね」

小田切(おだぎり)(うしお)......!」

 

 二人が、俺たちの前へやって来た。険しい表情(かお)山田(やまだ)を見ていた小田切(おだぎり)と目が合う。

 

「どうして、あなたがっ!?」

「また会ったね。もういいの?」

「え、ええ、平気よ。それより、話は(うしお)くんから聞いたわ。さっそくだけど山田(やまだ)、ちょっと着いてきてくれるかしら?」

「はぁ!? 何でだよ、別にここでいいじゃねぇか!?」

 

 着いていくこよを拒否しようとする山田(やまだ)に、宮村(みやむら)伊藤(いとう)が何か耳打ちをしている。

「チッ! しょーがねぇな、さっさと済ませよーぜ」

「それはこっちのセリフだわ。さあ、こっちよ」

 

 旧校舎の中へ入りものの数秒で戻ってきた小田切(おだぎり)は、不機嫌な表情(かお)をしている山田(やまだ)とは違い。まるで憑き物が取れたような、どこか清々しい表情(かお)をしていた。

 

 

          * * *

 

 

 バイトを終えて、フットサルコートを出る。

 既に午後八時を回っているが、今日は真っ直ぐ帰らずに隣のファミレスに立ち寄る。応対してくれた店員に待ち合わせをしていることを伝え、ついでに注文を済ませてから待ち合わせ相手がいるテーブルに着く。

 

「お待たせ。それで?」

「......聞いたんでしょ? ぜんぶ」

 

 待ち合わせの相手――小田切(おだぎり)は、とても気まずそうに言った。

 

「うん、聞いたよ。元に戻れてよかったね」

「......怒ってないの?」

「どうして?」

「どうしてって。だって私、あなたを......!」

「虜の能力をかけて、利用しようとしたから?」

「そ、そうよ」

 

 目を逸らした。

 今まで能力を使って次期会長戦を戦っていたことを宮村(みやむら)に指摘された小田切(おだぎり)は、あくまでも能力は自分の力で今の地位を築き上げたとは言っていたが、やはり罪悪感は感じているみたいだ。けど、俺の場合はというと。

 

「だって、別に利用されなかったし」

「......あっ! 確かに言われてみればそうね。だけど、どうしてあなたには能力が効かなかったのかしら?」

「さあ~? どうしてだろうね」

 

 適当に返事を返しながら、運ばれてきた飲み物を口に運び乾いた喉を潤す。

 

「う~ん......まあ、いいわ。それで、今日のお礼をしたいのだけれど」

「お礼?」

「ジュースくれたじゃない」

「あれくらい別に――」

「借りを作るのはイヤなの! それに、一応お詫びの意味もあるから......」

 

 お礼と能力を使って利用しようとしたことの詫びも含めて、か。スマホを立ち上げて、スケジュール表を開く。明日は、バイトが入っていない。

 

「じゃあ明日、買い物に付き合ってもらえる?」

「へっ? 買い物。それって......」

 

 若干動揺しながら聞き返す小田切(おだぎり)に、俺は微笑みかける。

 

「デートしよう」

 

 動揺してながらも「い、いいわ。デートしましょ」と、頷いてくれた。




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