黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode11 ~実験のキス~

 林間学校、二日目の朝。

 設定変更をし損ねた目覚ましアラームに起こされて起床。まだ眠っているルームメイトを起こさないように注意して、大部屋の外へ出て、朝日が差し込む廊下の窓を開ける。少し肌寒さを感じる風を受け、深く深呼吸。周囲が山々に囲まれているためか、空気がとても澄んでいて清々しい朝の目覚めだった。

 

「はえーな......」

「お前はまだ、眠そうだな」

 

 だらしなく腹を掻きながら寝ぼけ眼の宮村(みやむら)が、部屋を出てきた。アラームで起こしてしまったかと思ったけど、どうやらそうではないようで、なかなか熟睡出来なかったらしい。

 

「枕か?」

「いや、なーんか妙に目が冴えちまって。こう、神経が高ぶるっつーか」

「朝飯まで時間あるけど、どうする?」

「ああー、山田(やまだ)んとこ行ってくるわ」

 

 二度寝するかと思いきや、宮村(みやむら)は寝間着のまま廊下を歩いていった。俺の方は、眠気覚ましの散歩に出かけることにした。外はまだ肌寒い、一度部屋に戻って上着を羽織り、階段を下りた先のロビーに出ると、テーブル席で開いた参考書を前に、白石(しらいし)が座っていた。

 宿舎周辺に整備されている散歩道は、周囲の山々から降りてくる風の通り道で、より肌寒さを覚えた。どうやらこの辺りの夏は、もう少しのんびりやって来るみたいだ。

 

「早かったけど、眠れなかったの?」

 

 ロビーで偶然会い、話しの成り行きで一緒に散歩している白石(しらいし)に尋ねる。

 

「ええ。昨日は、ずっとおしゃべりしてて」

「ずっとって、オールで?」

「寝落ちするタイミングがわからなくて、だから......」

 

 両手で口を隠してした欠伸が、本当に完徹したことを物語っている。枕が変わって程度のレベルのではなかった、女子トーク恐るべし。よく話題が絶えないものだ、と思わず感心してしまう。

 

「でも、少しスッキリしたわ」

「それはなりよりで」

 

 昨日の朝の通学時と同様、明日行われる模試、彼女が新しく始めた部活動などの世間話をしながら散歩道を歩き、朝食の時間に合わせて宿舎に戻った。

 朝食後しばしの休息を挟んでからの班行動は、事前の予定通り、近くの山寺で座禅体験。両隣で座禅を組んでいた宮村(みやむら)伊藤(いとう)の二人はよほど煩悩が溜まっていたのか、住職が振るう警策で何度も肩を打たれていた。

 昼食はクラスごとに、キャンプ場がある河原でバーベキュー。一度宿で帰り仕度をして、行きと同じくクラス別のバスで朱雀高校へ帰る。

 

「足と肩がいてぇ......」

「アタシも......」

 

 行きと同様の一番後ろの席で、宮村(みやむら)伊藤(いとう)は精魂尽き果てた、といわんばかりにぐでぇーと座席から落ちそうなほど、だらしなくシートにもたれ掛かっている。

 

「二人とも、どうしたの? 朝からずっと落ち着きがないんじゃないか?」

「ああー......なんか、こう妙に体が火照るっつーか」

宮村(みやむら)も? もしかして、心がザワザワ騒ぐとか?」

「おおーっ、まさにそんな感じだ! 伊藤(いとう)さんもか!」

 

 どうやら二人とも同じ症状みたいだ。悪いものでも食べたのだろうか? と思ったが、全員同じ食事を食べているのだから、その可能性は低い。となれば、考えられるのは入れ替わりの検証のため、キスのし過ぎで可笑しなテンションになっているのだろう。周りに悟られないように主語を隠して、検証結果を聞く。

 

「で、どうだったんだ? 例のヤツ」

「......ダメだった。昨夜と同じで、何も起こらなかった」

「いったいどうなっちゃったのかしら? 昨日の夕方までは普通に使えたのよね?」

 

「朝から、うららちゃんと入れ替わっていたんだし」と、伊藤(いとう)は小さな声で付け加えた。腕を組んだ宮村(みやむら)は、神妙な面持ちで自身の見解を述べる。

 

「まあ、もともと使えてたのが不自然だっただけで。自然に戻ったってことで納得するしかねぇーだろうよ」

「でも、何か原因があるはずよっ。使えたのも、使えなくなったのも! アタシ、学校についたらまた試してみる!」

「いやいや、それなら先ずはオレだろ?」

「何でアンタなのよ、アタシよ。アンタ、今納得するって言ったでしょ」

「そんなの一般論を言ったまでさ。オレだって、原因を解き明かしたいに決まってるだろ」

 

 ――な、なんだ......? 山田(やまだ)の入れ替わりの能力の実験を巡って、宮村(みやむら)伊藤(いとう)の激しい言い争いが唐突に始まってしまった。慌てて止めに入るも、どっちが先に山田(やまだ)とキスをするべきか答えを求められて詰め寄られた。あまり剣幕に軽く引きながら口ごもってしまっていると「少し静かにしなさい」と、担任に注意をされて。二人は、渋々ながら言い争いを止めた。

 その後も高速道路を走るバスが朱雀高校へ到着する迄の間、小声で山田(やまだ)の入れ替わりの話を二人から延々と聞かされたことは言うまでもない。行きの倍は疲れた。

 林間学校の翌日の登校日は、全国模試で一日中試験。試験後のホームルームも簡略で終わり、帰りの準備をしていると、宮村(みやむら)が声をかけてきた。

 

「ん、なに?」

「ちと頼みがあってな。お前、弁当自分で作ってるんだよな?」

 

 バイト前に本屋へと立ち寄る。

 料理本を探しに来た、宮村(みやむら)と共に。

 

「料理本って、こんなに種類あんのかよ」

 

 平積みにされている中の一冊を手に取った宮村(みやむら)は、パラパラとページをめくって内容を流し読み始めた。

 

「どうしたんだ? いきなり、弁当作りだなんて」

「いやまあ、ちょっとな......」

 

 詮索されたくないのか、言葉尻を濁した。まあ、いいや。聞かれたくない事情もあるだろうし、その辺りを深く詮索するのは野暮。

 

「初めてなら、この辺りが分かりやすいかも」

「おっ! 結構良さげじゃん」

 

 しかし、料理本の弁当を主に取り上げているコーナーで男子が二人並んでいるのは、端から見たらどう思われるのだろうか? 横目で、参考書のコーナーを見る。四角いレンズで黒縁眼鏡をかけた朱雀高校の制服を着る女子生徒が、逆さに持った参考書で顔を隠しながらチラチラとこちらの様子を伺っている。うん、考えないようにしよう。自分に言い聞かせてる。

 

「じゃあ俺、医学書の方にいるから」

「おう。てかこれ、どうやって作ってんだ?」

 

 最新のフィジカルケアの本をチェックしていると、しばらくして宮村(みやむら)が、買った本の袋を下げて来た。

 

「良いのは見つかったのか?」

「バッチリだ」

「そらよかったな」

 

 付き合ってくれた礼ということで、近くのカフェでテイクアウトのコーヒーを奢ってくれた。今日は、長居することなくその場で解散。そのままバイトへ先へ向かう。

 

「コーナーです!」

 

 ピッ! と短くホイッスルを吹いて、コーナーアークを指差す。子どもたちのスクールが終わって、今は初心者クラスの審判をピッチの外から務めているのだが――。

 

「ねぇ、ちゃんと聞いてるかしらっ?」

「えっと......。うん、聞いてるよ」

 

 ボールがラインを割り、プレイが止まる度に小田切(おだぎり)が話しかけてくる。店長の話によると昨日も来たらしい。

 しかし、林間学校帰りと、更には全国模試前日が重なったためシフトに入っていないことを知り、無駄足を踏んだ小田切(おだぎり)は大変ご立腹の様子。

 とは言え、審判を務めながら話を聞くのは非常に困難。とりあえず終わるのを待ってもらい話を聞くことで納得してもらった。残りの仕事を片付け、小田切(おだぎり)を待たせているクラブハウスの外に設置してあるガーデンチェアで、彼女と向かい合う形で座る。

 

「お待たせ。それで話って?」

「何よ、話がなきゃ来ちゃいけないのかしら?」

 

 試合中に聞き取れなかったことを改めて尋ねたつもりが、カンに障ってしまったのか、やや口をとがらせた。

 

「いえ、むしろ大歓迎です。はい」

 

 不機嫌そうに頬を膨らませていた小田切(おだぎり)だったが、小さく息吐くと話してくれた。

 

「まあ、いいわ。それでね、さっきスーパーの前で宮村(みやむら)に会ったのよ」

 

 スーパーならきっと、明日の弁当の買い物でもしていたんだろう。

 

「ちょっと話を聞こうと思ったのに。アイツ、何て言ったと思う!?」

「さ、さあ、ちょっとわからないかな? 何て言ったの?」

「アイツ......。宮村(みやむら)のヤツね......『悪ぃーけどよ。今日は、お前で遊んでるヒマはねぇーんだ』ですって! 私で遊ぶって、どういう意味かしら!?」

 

 バンッ! と、壊れそうなほど勢いよくウッドテーブルを両手で叩いた。

 

「私はただ、山田(やまだ)の様子を確かめたかっただけなのに。もうっ!」

「え? 山田(やまだ)? 山田(やまだ)が、どうかしたの?」

 

 突然、何の脈絡もなく出てきた山田(やまだ)というワードに聞き返す。すると小田切(おだぎり)は、一瞬はっとした表情(かお)を見せたあと、まるで取り繕うように慌てて何度も手を顔の前で交差させながら言った。

 

「ち、違うのよっ。ほら、宮村(みやむら)山田(やまだ)って同じ部活じゃない? 林間学校の時、ちょっと様子が変だったから気になっただけよっ」

「ああ~、それね。バスの移動で体調を崩して、昼飯を抜いてたからだよ」

「あ、そうなの。なら、安心したわ」

 

 胸元に手を添えて肩を撫で下ろした。これ以降の話はこれといって特別なこともなく、先日と同じく駅まで送っていった。小田切(おだぎり)は駅に入る前に「また居なかったりされると、二度手間になるから」と、お互いの連絡先を交換して、改札の前で別れた。

 

           * * *

 

 そして、翌日の昼休み。果たしてどんな弁当を作ったのか、宮村(みやむら)に見せてもらおうと思ったのだが、授業が終わると同時に教室から忽然と姿を消した。

 仕方なく今日も一人で、屋上で弁当を食べる。

 別に宮村(みやむら)の他に一緒に食べる相手がいないと言うわけでもないけど、何となくここで食べるのが一年の頃からの日課になっていた。

 キィー、と校舎へと続く鉄の扉が開く音が聞こえた。今は初夏で、日差しも暑いからあまり来ないが。実は、たまにこうして来客も来る。

 

「隣、いいかしら?」

「どうぞ」

 

 顔を上げずとも声で分かる、白石(しらいし)。静かに腰を降ろした彼女と、食べ終わった弁当箱を片付けながら言葉を交わす。

 

「最近よく一緒になるけど、久しぶりだね。こうして、屋上(ここ)で会うのは」

「そうね。一年生のいつ以来かしら?」

「さぁ、どうだったかな?」

 

 白石(しらいし)は体育座りをして、空を見上げた。足は崩したまま、同じように空を見上げる。青い空を切り裂くように、一筋の真っ白な飛行機雲が横切っている。

 

「それで、どうしたの? 悩みごとだよね?」

「わかるの?」

 

 頷いて答える。もちろん、わかる。

 最後に、ここであったあの日。何か大切な物をなくしてしまった子どものように、とても悲しげな表情(かお)をしていた三学期終了間際に見たのと、同じ表情(かお)をしているのだから。

 

「話なら聞くよ。悩みに答えられるかわからないけどね。山田(やまだ)の“入れ替わり”関連もいけるよ」

「知ってるのね」

「うん。宮村(みやむら)から聞いた」

「そう」

 

 一呼吸間を置いてから、白石(しらいし)は話し出した。

 白石(しらいし)は個人的な事情で、山田(やまだ)に入れ替わってもらいたいと朝から頼んでいるそうなのだが、何かと理由をつけて断られ続け避けられている。そのため、自分と入れ替わることを嫌がっているのではないかと疑念を覚えた、と。

 

「たぶん、それ勘違い」

「勘違い......?」

 

 キョトンとした顔で首を傾げた白石(しらいし)の反応から見て、入れ替わりが出来なくなったことを隠している。どうしようかと一瞬頭を過ったが、どうせいずれはバレるのだから今教えても同じだろう。何より、彼女の不安が解消されるならその方がいい。

 

「林間学校の夜。白石(しらいし)さんと入れ替わったのを最後に、能力が使えなくてなったんだって。必死に取り戻そうとしてるけどね」

「入れ替わりの能力が消えた......? そう、それで断られていたのね。納得がいったわ」

「それでさ。一応、山田(やまだ)から話すまで知らないフリをしてやってほしいんだ。能力が消えたこと、結構悩んでたみたいだからさ」

「ええ、わかったわ」

 

 前を見て頷いた白石(しらいし)表情(かお)は、普段の彼女に戻っていた。

 そして、そのまま俺に顔を向ける。

 

宮内(みやうち)くん、聞きたいことがあるのだけれど。あなた、体育祭から誰かとキスをした?」

 

 また答え難い質問を。正直誤魔化してもいい、だけど白石(しらいし)には嘘をつきたくない自分がいる。

 

「――したよ」

 

 結局、正直に答えてしまった。

 

「その相手は、前にいっていたのと同じ人?」

「そうだけど......?」

 

 口元に手を持っていき、目を落として深く思案している。そして、考えがまとまったらしく顔を上げた。

 

「実験したいことがあるの」

「実験?」

「ええ」

 

 頷いた白石(しらいし)は、俺の目を逸らさず真っ直ぐ真剣な表情(かお)で言った。

 ――キスしていいかしら? と。

 沈黙は肯定と言わんばかりに、返事を待たずに近づいて来る白石(しらいし)の顔に、思わず目を閉じた。

 そして、次の瞬間とても柔らかいモノが一瞬触れて離れていく。目を開けた次の瞬間、信じられないモノが視界に飛び込んできた。

 それは、鏡に映る姿よりも立体的な自分の姿だった。


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