林間学校当日の朝、普段よりも一時間ほど早い起床。丸一日部屋を空けることになる。しっかり戸締まりを確認し、着替えなどを詰めた大きめのバッグを担いで、家を出る。初夏の涼しさを感じる、いつもより少し早い登校は、人通りも少なく、どことなく心地よさを覚えた。
学校へ続く住宅街を歩いていると、三階建ての戸建て住宅の玄関から、見知った女子生徒が出てきた。
「
「あ、
「おはよう」と、お互い朝の挨拶をして一緒に登校。一年の頃は、時々同じ時間になったこともあったけど。進級してからは、初めてかもしれない。
「そういえば、昨日の放課後
「ああー......確か、超常現象研究部だっけ?
「ええ」
「そうなんだ。だけど、知らなかったよ。
「別に。取り立てて興味はないわ。だけど――」
一呼吸間を開けて、俺に顔を向けて微笑んだ。
「部活って、何だか楽しそうでしょ?」
「......うん、そうかもね」
少しだけ、中学の頃を思い出した。ひたすらボールを追いかけ続けた日々。正直、楽しいことよりも苦しいことの方が多かった。だけど、試合に勝つ度に得られる高揚感や達成感、チームメイトと喜びを分かち合えたことは、何物にも代えがたい充実した時間だった。
不意に、空に視線を移す。青空の中に、あの日......中学最後の試合と同じ、夏の訪れが近いこと知らせる大きな入道雲が浮かんでいた。その何処までも広がる青空と、入道雲を見てふと想う。また、あの日々のような想いを感じることが出来るのだろうか。
「
「えっ?」
彼女の声に呼び戻された。気がつくと立ち止まっていて、数歩先で
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ちょっと日差しが目に入っただけだから」
「そう? じゃあ、行きましょう」
少し早足で
クラスの女友だちに声をかけれた
「悪ぃ、先に乗っててくれ。席の確保よろしく頼むわ」
「希望は?」
「ゆったり出来るとこで」
「了解」
各クラス林間学校へ向かうバスへの搭乗が始まる寸前どこかへ行ってしまった
肘掛けに腕を預け、頬つえを突きながら窓の外を眺めていると。
「おっ、一番後ろじゃん。サンキュー」
「じゃあ、
「そうなのよー。でも
「ひでぇーな、
「そこへ至るまでのプロセスがサイテーなのよっ!」
また
「お前、今度は何をやらかしたんだ?」
「なにって。ただ部費を調達するために、胸チ――」
「それ以上言うなー!」
――胸チ? 何のことかよく分からないけど、これ以上の追求はよした方がよさそう。話しを切り上げ、手札最後の切る。
「ふーん、まあいいや。はい、7であがり」
「げっ、マジかよ! いつの間に......」
「ダウトよ、ダウトっ!」
座席テーブルに捨てたトランプの山の一番上のカードを、
「負けたー......次は、ババ抜きで勝負よ!」
「ババ抜き......ふむ、
「誰が、ババよっ!」
「あっははっ!」
「アンタも笑うなーっ! むぅ~、アンタたち覚えておきなさい......。こてんぱんにのしてやるんだから!」
その後も定期的にルールを変えながらゲームを続け、長時間のバス移動を有意義に過ごした。
そして、出発から数時間後。山の
「さて。予定だと、これから周辺散策だけど。どうする?」
班長の
「どうするって言われても。ねぇ?」
「しない訳にはいかないわよね」
「まあ、そうなんだけど。めんどうだけど行くか?」
やる気のない班長を先頭に、宿舎の周りを散策。周囲は高い山の囲まれ、樹木も多いためか、東京よりも空気が澄んでいて気持ちがいい。いつも見ている都心の高層ビル郡とは、正反対の森林郡に整備されたハイキングコースを進む。少し歩いたところに明日、朝座禅体験させてもらう予定の山寺を偶然見つけ、参道の掃き掃除をしていた住職に挨拶をしてから宿へ戻った。
「おっ、時間だ。風呂いこうぜー」
「ああ」
ビュッフェスタイルの豪華な夕食を食べ終えて、部屋に戻りひと休みしていたが、すぐに割り当てられた風呂の順番がやって来た。スケジュールは分刻み、休まる暇がない。ただ、料理も豪華なら風呂も豪華。まるで日本庭園のような庭の中に造られた、大きな露天の岩風呂に浸かって汗と疲れを洗い流す。
「先に行ってて。飲み物買っていくよ」
「じゃあ、オレも同じヤツで!」
「はいよ」
ピンッ! と親指で弾かれた硬貨を受け取り、自販機で
「こんばんは」
「ん? ああ、こんばんは」
「そうだ。聞いてもいいかしら?」
「なに?」
「同じ部屋の子たちが、
オールで女子トーク。
「そんなの難しく考えなくていいんだよ。眠くなったら、そのまま寝落ちしちゃえばいいんだから」
「寝落ち? つまり、話の途中でも寝ちゃっていいのね」
「そういうこと。はい、差し入れ」
「あ、ありがとう。じゃあ行ってくるわ」
飲み物を手渡して
「あら、奇遇ね。お風呂上がり?」
「そう。外から来たみたいだけど、夕涼み?」
「ええ、そんなところよ。あなたは......?」
「飲み物を買って、部屋に戻るところ」
指の間に挟んだ二本のスポーツドリンクのボトルを軽く持ち上げて見せる。部屋が同じ方向ということで話ながら戻る。
「
「改めて聞かれると難しいわね。そうね......、あっ、ここよっ」
部屋のドアに「2-A女子A」と貼り紙がされていた。
「送ってくれて、ありがと。この話の続きは、また今度しましょ。それじゃあねっ」
部屋に入った彼女に背を向け、来た廊下を自室の方向へ戻る。両手がふさがっているためノックはせず、ボトルの重みを利用してドアノブを下ろし、左足をドアの隙間に入れて扉を開く。
するとそこには、とんでもない光景が広がっていた。
部屋の中で、
そうだ、きっと疲れているんだ。おそらく今見たのは、バス移動とか散策とか、疲労からくる幻覚だろうと自分に言い聞かせる。混乱する頭を冷やそう思い踵を返した時だった。
「待ってくれー! 誤解だあぁーっ!!」
勢いよくドアが開き、血相を変えた
「だから、さっきのは誤解なんだって!」
「なんだよ、それ。オレは、本気だったんだぞ......?」
「テメェは、余計なこと言うんじゃねぇーッ!」
「......わかったから。言い分があるならさっさとしてくれ」
「つまり、
「ああ、そうだ! わかってくれたか! ふぅ、物わかりが早くて助かったぜ」
「ああ、よくわかった。理解不能だ」
「な、何でだよ!?」
今の話を一切の疑いもなく信じられる人間がいるとしたら、それはおそらく聖人だろう。
「よし、なら証拠を見せてやろう」
「――なッ!? ぶはッ!
「で。お前らは、入れ替わったのか?」
「あん? あ、あれ? 入れ替わってねぇ......?」
「あ、ああ......!」
「じゃあ、アタシはっ?」
今度は、
「あれ? 入れ替わってないわ。へ、変ねぇ。いつもならちゃんと入れ替わって、股間が超常現象なのに......!」
「毎回見てんのかよ!?」
「まあ、見ての通りだ。どうやら、
「ま、マジかよ。でも、さっきまで入れ替わってたんだぜ?」
何がなんだかよく分からないが、どうやら異常事態が発生しているようだ。しかし、三人の話が本当どとすれば全ての疑問が解き明かされる。体育祭も、
「まあ、一応事情はわかったよ」
「おっ、信じてくれるのか?」
「体育祭でキスしろってのは、俺と
「さっすが、察しがいいなー!」
やはり、俺と
しかし、
「ふむ。きっと、お前疲れてんだよ」
「そうねぇ。今日は朝から晩まで、うららちゃんと入れ替わってたんでしょ?」
「た、確かにそうだけどよ......。腹も減ったし......」
とりあえず、今日のところ解散。
「ほら」
「おっ、サンキュー」
俺は、
「それで?」
「んー?」
「結局のところ、
「ああ、ガチだ。実際オレは、
もちろん話の全てを信じている訳ではないが、
「実はさ。お前を超研部に誘おうって提案したの、
「
「本人は、体育祭で
ニヤニヤと笑みを浮かべる。無駄に爽やかなところがムカつく。
「何だよ、その含み笑いは?」
「いーや、なんでもねぇーよ。さて、オレらも寝ようぜ。明日は朝から座禅だ」
そういった
「んじゃ、おやすみ~」
「はぁ......。おやすみ」
布団に横になって、窓の外に浮かぶ金色の月を眺めながらゆっくりとまぶたを閉じる。普段とは違う環境で中々寝付けない、なんてこともなく。散策や、