黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode10 ~理解不能~

 林間学校当日の朝、普段よりも一時間ほど早い起床。丸一日部屋を空けることになる。しっかり戸締まりを確認し、着替えなどを詰めた大きめのバッグを担いで、家を出る。初夏の涼しさを感じる、いつもより少し早い登校は、人通りも少なく、どことなく心地よさを覚えた。

 学校へ続く住宅街を歩いていると、三階建ての戸建て住宅の玄関から、見知った女子生徒が出てきた。

 

白石(しらいし)さん」

「あ、宮内(みやうち)くん」

 

「おはよう」と、お互い朝の挨拶をして一緒に登校。一年の頃は、時々同じ時間になったこともあったけど。進級してからは、初めてかもしれない。

 

「そういえば、昨日の放課後宮村(みやむら)くんが残念がっていたわ。あなたの勧誘に失敗したって」

「ああー......確か、超常現象研究部だっけ? 白石(しらいし)さんも入ってるって聞いたけど」

「ええ」

 

 白石(しらいし)は前を向いたまま、小さくうなづいた。昨夜小田切(おだぎり)が話していた通り、彼女も超常現象研究部に所属しているようだ。

 

「そうなんだ。だけど、知らなかったよ。白石(しらいし)さん、超常現象(そういうの)に興味あったんだ」

「別に。取り立てて興味はないわ。だけど――」

 

 一呼吸間を開けて、俺に顔を向けて微笑んだ。

 

「部活って、何だか楽しそうでしょ?」

「......うん、そうかもね」

 

 少しだけ、中学の頃を思い出した。ひたすらボールを追いかけ続けた日々。正直、楽しいことよりも苦しいことの方が多かった。だけど、試合に勝つ度に得られる高揚感や達成感、チームメイトと喜びを分かち合えたことは、何物にも代えがたい充実した時間だった。

 不意に、空に視線を移す。青空の中に、あの日......中学最後の試合と同じ、夏の訪れが近いこと知らせる大きな入道雲が浮かんでいた。その何処までも広がる青空と、入道雲を見てふと想う。また、あの日々のような想いを感じることが出来るのだろうか。

 

宮内(みやうち)くん?」

「えっ?」

 

 彼女の声に呼び戻された。気がつくと立ち止まっていて、数歩先で白石(しらいし)が不思議そうな顔をしていた。目をつむり、ゆっくり息を吐いて顔を上げる。

 

「大丈夫?」

「うん、大丈夫。ちょっと日差しが目に入っただけだから」

「そう? じゃあ、行きましょう」

 

 少し早足で白石(しらいし)の隣に並び、超常現象研究部の活動を聞きながら、朱雀高校へ向けて再び歩き出す。立派な造りの校門を潜り、いつもなら正面の昇降口へ直行するところなのだが、今日は勝手が違う、校舎隣接の駐車場へ向かう。

 クラスの女友だちに声をかけれた白石(しらいし)とはここで別れて、自分のクラスメイトたちが集まっているエリアに荷物を置き、邪魔にならないようにバス移動に備えて手荷物をチェック。そうしていると、宮村(みやむら)が眠そうな表情(かお)をしてやって来た。

 

「悪ぃ、先に乗っててくれ。席の確保よろしく頼むわ」

「希望は?」

「ゆったり出来るとこで」

「了解」

 

 各クラス林間学校へ向かうバスへの搭乗が始まる寸前どこかへ行ってしまった宮村(みやむら)の分の席も確保して、窓際の席に腰を落ち着ける。

 肘掛けに腕を預け、頬つえを突きながら窓の外を眺めていると。宮村(みやむら)と、俺たちと同じ班の女子――伊藤(いとう)(みやび)の二人が一緒にバスに乗り込んだ。

 

「おっ、一番後ろじゃん。サンキュー」

 

 宮村(みやむら)は俺の隣に座り、伊藤(いとう)はその宮村(みやむら)の隣の席に座る。二人の搭乗が最後だったようで、大型バスは林間学校へ向けて走り出した。

 

「じゃあ、伊藤(いとう)さんも超常現象研究部なんだ」

「そうなのよー。でも宮村(みやむら)山田(やまだ)ったら、まったくやる気がなくて困ったものよ」

「ひでぇーな、伊藤(いとう)さん。会長と話をつけて、ちゃんと部費をゲットしただろ?」

「そこへ至るまでのプロセスがサイテーなのよっ!」

 

 また白石(しらいし)にしたようなセクハラ発言、あるいはセクハラ行為を働いたのだろうか。紅く染めた頬を膨らませ、伊藤(いとう)宮村(みやむら)に抗議している。

 

「お前、今度は何をやらかしたんだ?」

「なにって。ただ部費を調達するために、胸チ――」

「それ以上言うなー!」

 

 ――胸チ? 何のことかよく分からないけど、これ以上の追求はよした方がよさそう。話しを切り上げ、手札最後の切る。

 

「ふーん、まあいいや。はい、7であがり」

「げっ、マジかよ! いつの間に......」

「ダウトよ、ダウトっ!」

 

 座席テーブルに捨てたトランプの山の一番上のカードを、伊藤(いとう)が捲る。カードは宣言通り、スペードの7。

 

「負けたー......次は、ババ抜きで勝負よ!」

「ババ抜き......ふむ、伊藤(いとう)さん抜きか」

「誰が、ババよっ!」

「あっははっ!」

「アンタも笑うなーっ! むぅ~、アンタたち覚えておきなさい......。こてんぱんにのしてやるんだから!」

 

 その後も定期的にルールを変えながらゲームを続け、長時間のバス移動を有意義に過ごした。

 そして、出発から数時間後。山の(ふもと)に看板を掲げる宿舎「松の宿」に到着。駐車場に停止したバスを降り、割り当てられた部屋に荷物を置いて、各クラス各班ごとに宿舎のロビーへ集合。

 

「さて。予定だと、これから周辺散策だけど。どうする?」

 

 班長の宮村(みやむら)が一応といった感じで、班のみんなに意見を求めた。伊藤(いとう)は顔を見合わせ、軽く肩をすくめる。

 

「どうするって言われても。ねぇ?」

「しない訳にはいかないわよね」

「まあ、そうなんだけど。めんどうだけど行くか?」

 

 やる気のない班長を先頭に、宿舎の周りを散策。周囲は高い山の囲まれ、樹木も多いためか、東京よりも空気が澄んでいて気持ちがいい。いつも見ている都心の高層ビル郡とは、正反対の森林郡に整備されたハイキングコースを進む。少し歩いたところに明日、朝座禅体験させてもらう予定の山寺を偶然見つけ、参道の掃き掃除をしていた住職に挨拶をしてから宿へ戻った。

 

「おっ、時間だ。風呂いこうぜー」

「ああ」

 

 ビュッフェスタイルの豪華な夕食を食べ終えて、部屋に戻りひと休みしていたが、すぐに割り当てられた風呂の順番がやって来た。スケジュールは分刻み、休まる暇がない。ただ、料理も豪華なら風呂も豪華。まるで日本庭園のような庭の中に造られた、大きな露天の岩風呂に浸かって汗と疲れを洗い流す。

 

「先に行ってて。飲み物買っていくよ」

「じゃあ、オレも同じヤツで!」

「はいよ」

 

 ピンッ! と親指で弾かれた硬貨を受け取り、自販機で伊藤(いとう)の分も含め計三人分の飲み物を購入。二本目を取り出し口から出した時だった。

 

「こんばんは」

「ん? ああ、こんばんは」

 

 白石(しらいし)が、廊下を通りかかった。彼女も風呂上がりらしく、ラフな私服姿で長い髪を首の後ろで一本に結んでいる。彼女は、部活のことで山田(やまだ)を尋ねた帰りで、男子の部屋から自分の部屋に戻る途中だった。

 

「そうだ。聞いてもいいかしら?」

「なに?」

「同じ部屋の子たちが、徹夜(オール)で女子トークするって言っているのだけど。いつ寝ればいいのかしら?」

 

 オールで女子トーク。白石(しらいし)の口から発せられた予想していなかったまさかの言葉を聞いて、思わず笑いそうになったのをこらえ、疑問に答える。

 

「そんなの難しく考えなくていいんだよ。眠くなったら、そのまま寝落ちしちゃえばいいんだから」

「寝落ち? つまり、話の途中でも寝ちゃっていいのね」

「そういうこと。はい、差し入れ」

「あ、ありがとう。じゃあ行ってくるわ」

 

 飲み物を手渡して白石(しらいし)を見送り、新しく一本買い直して部屋に戻る。長い廊下を行った先の広いロビーで今度は、パジャマ姿の小田切(おだぎり)に出会した。

 

「あら、奇遇ね。お風呂上がり?」

「そう。外から来たみたいだけど、夕涼み?」

「ええ、そんなところよ。あなたは......?」

「飲み物を買って、部屋に戻るところ」

 

 指の間に挟んだ二本のスポーツドリンクのボトルを軽く持ち上げて見せる。部屋が同じ方向ということで話ながら戻る。小田切(おだぎり)の話のほとんどが、生徒会や会長選に関わるモノだった。時おり、宮村(みやむら)山田(やまだ)に対する愚痴が混ざっていた気がしないでもないけど。話を聞いていて、ふと疑問に想ったことを彼女に尋ねる。

 

小田切(おだぎり)さんは、どうして生徒会長になりたいの?」

「改めて聞かれると難しいわね。そうね......、あっ、ここよっ」

 

 部屋のドアに「2-A女子A」と貼り紙がされていた。

 

「送ってくれて、ありがと。この話の続きは、また今度しましょ。それじゃあねっ」

 

 部屋に入った彼女に背を向け、来た廊下を自室の方向へ戻る。両手がふさがっているためノックはせず、ボトルの重みを利用してドアノブを下ろし、左足をドアの隙間に入れて扉を開く。

 するとそこには、とんでもない光景が広がっていた。

 部屋の中で、宮村(みやむら)山田(やまだ)が顔を近づけ、男同士でキスする寸前というとんでもない状況を目の当たりにした俺は、黙ったまま何事もなかったかのように扉を閉めた。

 そうだ、きっと疲れているんだ。おそらく今見たのは、バス移動とか散策とか、疲労からくる幻覚だろうと自分に言い聞かせる。混乱する頭を冷やそう思い踵を返した時だった。

 

「待ってくれー! 誤解だあぁーっ!!」

 

 勢いよくドアが開き、血相を変えた山田(やまだ)が顔を出した。廊下で騒ぐのは迷惑になると判断し、部屋に入って弁解を聞くことに。

 

「だから、さっきのは誤解なんだって!」

「なんだよ、それ。オレは、本気だったんだぞ......?」

「テメェは、余計なこと言うんじゃねぇーッ!」

「......わかったから。言い分があるならさっさとしてくれ」

 

 山田(やまだ)の言い分を一通り聞く。山田(やまだ)の話は、正に超常現象研究部に相応しい内容だった。

 

「つまり、山田(やまだ)には人格を入れ替えることが出来る特異な能力があって。それを発動させる条件が他者との“キス”だと?」

「ああ、そうだ! わかってくれたか! ふぅ、物わかりが早くて助かったぜ」

「ああ、よくわかった。理解不能だ」

「な、何でだよ!?」

 

 今の話を一切の疑いもなく信じられる人間がいるとしたら、それはおそらく聖人だろう。

 

「よし、なら証拠を見せてやろう」

「――なッ!? ぶはッ! 宮村(みやむら)テメー、いきなり何しやがるんだ!」

 

 宮村(みやむら)が強引に、山田(やまだ)にキスをした。スゴいモノを見てしまった。夢に出てきそうだ、悪い意味で。ただ、肝心なことを確認しなければならない。たとえそれが、予想通りの結果であろうとも。

 

「で。お前らは、入れ替わったのか?」

「あん? あ、あれ? 入れ替わってねぇ......?」

「あ、ああ......!」

「じゃあ、アタシはっ?」

 

 今度は、伊藤(いとう)山田(やまだ)とキスをした。小田切(おだぎり)といい、白石(しらいし)といい、やはり朱雀高校の女子はキス魔になるのだろうか。

 

「あれ? 入れ替わってないわ。へ、変ねぇ。いつもならちゃんと入れ替わって、股間が超常現象なのに......!」

「毎回見てんのかよ!?」

「まあ、見ての通りだ。どうやら、山田(やまだ)から入れ替わりの能力が消えちまったらしい」

「ま、マジかよ。でも、さっきまで入れ替わってたんだぜ?」

 

 何がなんだかよく分からないが、どうやら異常事態が発生しているようだ。しかし、三人の話が本当どとすれば全ての疑問が解き明かされる。体育祭も、白石(しらいし)の異変もすべて。けど、簡単に信じられるワケがない。そんな漫画みたいな、非現実的なことは。でも、話しが進まないのも事実、ここは引くがベスト。

 

「まあ、一応事情はわかったよ」

「おっ、信じてくれるのか?」

「体育祭でキスしろってのは、俺と山田(やまだ)を入れ替えるためだったんだろ? 内容的にさ」

「さっすが、察しがいいなー!」

 

 やはり、俺と山田(やまだ)を入れ替えてプレーさせるというのが、宮村(みやむら)が描いたシナリオ。だが、俺が山田(おとこ)とのキスをかたくなに拒絶したため別の手段として、白石(しらいし)と入れ替わった山田(やまだ)がキスをした。

 しかし、宮村(みやむら)の目論見通りとはいかず。どういうワケか、今と同じように入れ替わることはなかった、と。

 

「ふむ。きっと、お前疲れてんだよ」

「そうねぇ。今日は朝から晩まで、うららちゃんと入れ替わってたんでしょ?」

「た、確かにそうだけどよ......。腹も減ったし......」

 

 とりあえず、今日のところ解散。山田(やまだ)伊藤(いとう)は、それぞれ自分の部屋へ戻っていった。

 

「ほら」

「おっ、サンキュー」

 

 俺は、宮村(みやむら)にスポーツドリンクを渡して話の続きを聞く。

 

「それで?」

「んー?」

「結局のところ、山田(やまだ)能力(チカラ)ってのは本物(ガチ)なのか?」

「ああ、ガチだ。実際オレは、山田(やまだ)とキスして体が入れ替わったことが何度もある」

 

 もちろん話の全てを信じている訳ではないが、宮村(みやむら)は、こんなくだらない嘘をいうようなタイプじゃないことも、ある程度理解している。

 

「実はさ。お前を超研部に誘おうって提案したの、白石(しらいし)さんなんだぜ?」

白石(しらいし)さんが?」

「本人は、体育祭で山田(やまだ)と入れ替わらなかったのが興味深いからって言ってたけどよ~」

 ニヤニヤと笑みを浮かべる。無駄に爽やかなところがムカつく。

 

「何だよ、その含み笑いは?」

「いーや、なんでもねぇーよ。さて、オレらも寝ようぜ。明日は朝から座禅だ」

 

 そういった宮村(みやむら)は、部屋の隅に重ねられていた布団を敷き、部屋の照明を落として横になった。

 

「んじゃ、おやすみ~」

「はぁ......。おやすみ」

 

 布団に横になって、窓の外に浮かぶ金色の月を眺めながらゆっくりとまぶたを閉じる。普段とは違う環境で中々寝付けない、なんてこともなく。散策や、山田(やまだ)の件で肉体的にも精神的にも疲れていたのか、すぐに眠気はやって来た。


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