ひねくれボッチは仮想現実で本物を求める   作:エンジェリック

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どうも、エンジェリックです。第十話の投稿となります。投稿ペースが落ちてしまいすいませんでした。キリのいいところまでいこうとしたら随分長くなってしまいました。いよいよ第二層ボス攻略編です。


ひねくれボッチは駆け出した

俺が第二層の岩山に監禁・・・軟禁・・・・・・・・・いや、こもってから一週間が経過した。

 

アルゴは何回か顔を見せていたが話してる時間は十分にも満たず、来たかと思えば情報を売って速攻で帰っていく。忙しい奴だな。

 

アルゴからの情報によると、攻略組はどうやらフィールドボスを倒し、迷宮区内でボス部屋も発見したらしい。第一層と比べて倍以上の速度で攻略が進んでいる。うむ、よきかなよきかな。

 

一週間ものキリトによる基礎知識のレクチャーと、岩山周辺でのレベリングにより、いまだ俺の実力は攻略組と遜色ないらしい。キリトが言ってたんだけどね。

 

そんなこんなで今日、いよいよ第二層ボス攻略が行われるらしい。俺?行くわけねぇだろ。

 

キリトは何度もあと一人分余ってるよ?というニュアンスを込めた発言をしていたが勘弁して欲しい。今や俺は攻略組のみならず、下手をすれば全プレイヤーの敵という認識なのだ。いや、俺がそう仕向けたんだけどね?

 

キリトとアスナは攻略組でもかなりの実力者なのでもちろん参加する。そのため二人は昨日の朝からボス攻略会議にでるために町に戻っていった。

 

 

そんな中、今日も今日とてレベリングをする予定の俺だが地獄の岩砕きにより習得した体術は予想以上の効果を見せていた。

 

通常ほとんどの場合で繋げられないソードスキルだが、体術はその他の武器とのソードスキルと繋げることができる。

 

これにより俺の瞬間火力は今までより大幅に向上していた。スキル後の硬直が長いけど。

 

同時に投剣スキルの向上も忘れない。第一層ボス攻略の最後、コボルド王の攻撃を阻害出来たことからピック一本でも使いようだということが証明された。鍛練は怠れない。

 

どうせあの二人は今日一日攻略に掛かりっきりで戻ってこないので今日は少し遠出する。山を下りた直後、キリトとアルゴから同時にメールが届き、少し遅れてアスナからも届いた。

 

内容はどれもまだ少し過激なプレイヤーがいるので注意して欲しいといったものだった。まぁフィールドにいる限り向こうも迂闊なことは出来ないだろう。モンスターがいるしな。。・・・・・・圏外が安心って皮肉だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だいぶ来たな。」

 

 

山を下りてから数十分、少しレベルの高いモンスターを相手にしたいので、危ないが南下して迷宮区付近まで来た。ちなみにこの場合危ないのはモンスターではなく攻略組プレイヤーのことである。見つかったら何されるか分からんからな。捕まるつもりもないが。

 

しかし、俺の心配は杞憂だったようで攻略組らしきプレイヤーの姿は見えなかった。もう迷宮区にいったようだ。

 

あまり開けた場所は危険なので近くの森のようなエリアに入ったのだが、そこで見覚えのあるプレイヤーを発見する。というより待ち構えられていた。

 

 

「やァ、ハー坊。こんな所で奇遇だナ。」

 

「いやいや、もう完全に待ってたでしょ。なんで俺がここに来るってわかったんだよ。」

 

「フフン、オネーサンはハー坊の考えることなんてお見通しなんだヨ。」

 

 

そりゃすごいな。ついでにあと二人、同じシステム外スキルを持ったプレイヤーがいるけどな。習得条件教えてくれませんかね?

 

 

「それで、待ってたってことは何か用なのか。」

 

「それがちょっと厄介なことになっててナ。」

 

「厄介なこと?」

 

 

あまり関わりたくはないが、アルゴはわざわざ東の端まで情報を持ってきてくれるという恩がある。ここで返しておかなければ後々面倒だろう。

 

 

「あア、第二層ボスに関する情報に変更点があったんダ。」

 

 

思った以上に厄介だったな。

 

 

「・・・攻略組には伝えたのか?」

 

「イヤ、もう迷宮区に入ったみたいでナ。メールが届かないんダ。」

 

「それで、迷宮区に入ろうにも一人だと危ないから俺を待ったって訳か。」

 

「そのとおリ。」

 

 

そのとおりってコイツ。俺がここにたまたま来なきゃどうするつもりだったんだ。メールで呼び出すとかか?どちらにせよ時間短縮にはなったがな。

 

 

「とりあえず急いでボス部屋まで行くぞ。迷宮区のマップ、迷宮区のモンスター情報、そしてそのボスの変更点は走りながら教えてくれ。金は後で払う。」

 

「いいゾ。ハー坊、しっかりオネーサンをエスコートしてくれヨ?」

 

「いや、エスコートするのはそっちだよ?情報的な意味で。」

 

「そこは任せとけって言うところダナ。」

 

「そんなん俺に期待すんな。」

 

「そうだナ。」

 

 

自分で言うのはいいが、他人に言われると腹が立つのは何故だろう。

 

かねてよりの疑問を考えながら俺は走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二層ボス攻略は順調だった。

 

誰もベータテスト時代との変更点を知らないという点を除いては・・・。

 

 

 

アスナside

 

 

「来ます!!」

 

 

キリトちゃんの叫びに反応してパーティーメンバーが大きく後退する。

 

 

「ヴヴゥォオオオオーーー!!!」

 

 

第二層ボスの取り巻きの《ナト・ザ・カーネルトーラス》が咆哮と共にハンマーを振り下ろす。激しい衝撃が周囲に広がり、ハンマーが叩きつけられた場所からスパークが放射線状に拡散する。何度見ても背筋が凍る光景ね。

 

もうすぐボス攻略が始まってから五分が経過する。

 

今のところは順調・・・。ベータテスト時代との変更点も特になく予定通り進んでいる。

 

ただ一つ。何かが頭の中で引っかかっているんだけど今はそれどころじゃない。一瞬の油断が命取りになる。

 

 

「全力攻撃一本!!」

 

 

スキル硬直で動けないところに全員のソードスキルが綺麗な光の軌跡を描きながら炸裂する。六人の全力攻撃を受けた牛男のHPバーが二段目に移行する。

 

 

「・・・・・・行けそうね!」

 

 

キリトちゃんの横に並ぶ。いつも通りの位置なんだけれど何かが足りないような感じがする。

 

 

「はい、でも油断は禁物です!三本目までいくと《ナミング》を連発してきます!」

 

 

そう。今回のボス攻略で最も注意すべきはトーラス族が放ってくるこのソードスキルだ。ナミングが放つスパークに当たると《スタン》してしまい三秒ほど動けなくなる。そこから再びナミングに当たってしまうとスタンよりさらに深刻なデバフ、《麻痺》がかかってしまう。

 

それだけはなんとしても避けないと。

 

 

「また、第一層のことを考えると、そこから未知の攻撃をしてくる可能性もあります!その場合は一旦後退します!」

 

 

後ろのパーティーメンバーにも聞こえるようにしたのかキリトちゃんの声が大きくなる。今回のボス攻略ではエギルさんのパーティーにまぜてもらった。あと一人分の余裕があるけどアイツはここにはこないだろうし。

 

タンクの三人が牛男の横殴りの攻撃を防ぐ。金属同士が激しくぶつかる音に顔を顰めつつ飛び出し、今頃岩山の頂上付近でのんびりしてるであろう男に対する苛立ちを牛男にぶつける。

 

 

「ヴゥオオオオァァァァァーーー!!!!」

 

 

目の前の全身真っ青の牛男の声量を上回る雄叫びが広大なボス部屋の空気を震わせる。

 

 

「っ!」

 

 

分かってても一瞬振り向いてしまう。

 

ナト大佐を超える巨躯と深紅の毛、黄金のハンマーを持つ第二層フロアボス《バラン・ザ・ジェネラルトーラス》がその黄金のハンマーを床に叩きつけていた。

 

ボス部屋の反対側にいる私達の所まで衝撃が響き、その威力を物語る。

 

 

「本隊はジリ貧くさいな・・・・・・。」

 

 

POTローテを終えたエギルさんが囁く。

 

 

「はい。でもベータテストとの変更点もありませんし、だんだんみんな対応してきています。多分何とか―。」

 

「でもキリトちゃん。あれ以上麻痺した人が増えると撤退が難しくなるんじゃ・・・・・・。」

 

「っ!そうですね。」

 

 

壁際に目をやるとすでに七、八人のプレイヤーが麻痺になってしまっている。プレイヤー一人を運ぶのはそう簡単なことじゃない。あれだといざ撤退するって時に問題になってしまう。

 

そのときナト大佐の振り回すハンマーを回避しながらキリトちゃんが発言する。

 

 

「今のうちに一度仕切り直して、ナミング対策を徹底したほうがいいかも知れません。」

 

「そうね。でもここから叫ぶと本隊を混乱させるわ。リンドさんに話をしないと。」

 

 

途端にキリトちゃんの顔が曇る。

 

 

「でもっ、今離れるのは・・・。」

 

「こっちは大丈夫。そうですよね!エギルさん!」

 

「おう!ノープロブレムだ!!」

 

 

私の声にエギルさんが応える。

 

 

「ガードだけなら俺たち四人で回せる!あんたがニ、三分離れるくらい問題ないさ!!」

 

 

彼の友人達も続いて頷いている。

 

 

「・・・分かりました。お願いします!!」

 

 

キリトちゃんがソードスキルを放って後退していく。ここからボス部屋の反対までは遠い。彼女が戻ってくるまで持たせないと。

 

 

「くるぞ!!」

 

 

ナト大佐の一撃がタンクの人達にのしかかる。取り巻きとはいえ中ボスクラスの攻撃を真っ向から受け止めている。

 

自分には出来ない芸当に内心賞賛を送りつつ、牛男の脇腹にリニアーを撃つ。

 

 

「ヴオオォォーーー!!!!」

 

 

研ぎ澄まされた一撃を浴びたナト大佐が吼えながらハンマーを振り上げる。大丈夫。対応できる!

 

 

「後退!!」

 

 

エギルさんの指示が出るより早くバックステップで下がる。

 

再び衝撃点からスパークが拡散し、周囲を照らす。

 

全員が無事、避けたことを横目で確認したエギルさんが叫ぶ。

 

 

「全力攻撃一本!!」

 

 

キリトちゃんの声とは違う、低いバリトンボイスが響く。

 

 

「はぁ!!」

 

 

再びナト大佐を色とりどりのソードスキルが襲う。

 

でも・・・・何か足りない。キリトちゃんがいた時はそこまで感じなかった違和感。周りの動きがどこか遅く感じる。なんで?

 

 

「戻りました!」

 

 

今までにない感覚に首を捻っているとキリトちゃんが戻ってくる。

 

 

「どうだった?!」

 

「あと一人の麻痺したら撤退するそうです!!でも、皆さん指揮も高く、このペースなら押し切れそうです!」

 

「了解。なら早いとこ、この青い牛男を片付けないとね!!」

 

「はい!!」

 

 

お互いにナト大佐に向き直る。ちょうど大技をエギルさん達にガードされていたところだった。

 

そこにキリトちゃんと共にソードスキルを叩き込む。

 

ついにナト大佐のHPは最後の一段に突入し、牛男は天井に向け、雄叫びをあげた。

 

 

「突進来ます!尻尾に注意してください。対角線上に来ます!」

 

 

キリトちゃんが言い終わると同時にナト大佐が突進する。狙われたエギルさんはそれを余裕をもって回避した。

 

ここも情報通り変更点はない。これなら。

 

 

「うおぉりゃあ!!」

 

 

突進後の無防備な尻にエギルさんのソードスキルが炸裂する。それに続き私とキリトちゃんも追撃する。強力なソードスキルのラッシュに牛男がよろめく。あれは・・・

 

 

「スタンです!全員、全力攻撃二本!!」

 

「うっしゃあぁ!!」

 

 

六人ものプレイヤーがナト大佐を取り囲み、ソードスキルを叩き込む。牛男のHPバーがガリガリと削れ、ついに瀕死に追い込んだその時、

 

 

「うおおぉぉぉ!!」

 

 

コロシアムに鬨の声が響いた。見るとバラン将軍のHPバーの最後の一段が黄色くなっていた。第二層ボス攻略の達成を目前にプレイヤー達が声をあげたのだ。

 

 

「バラン将軍の変更点も無く麻痺者も減ってる。なんとかいけそうね。」

 

「はい。コボルド王の時だってよく見れば気付けたはずなんです。あのバラン将軍にはベータテスト時との変更点は見受けられません。このまま―。」

 

「待って。」

 

「?どうしたんですか。」

 

 

今キリトちゃんはなんて言った?コボルド王、バラン将軍?第一層のボスはコボルド《王》。第二層ボスはバラン《将軍》?

 

・・・・・・違う。このボス攻略にはあったんだ。ベータテスト時代との変更点が。それも第一層とは比べものにならないくらい大きな物が。

 

 

「キリトちゃん!みんなを撤退させるわよ!」

 

「っ!なんでですか。」

 

「変更点があったのよ!このボス攻略には!多分バラン将軍の後に―。」

 

 

ごごぉぉん!!

 

 

轟音がコロシアムに鳴り響いた。音の発生源であろうコロシアムの中央に目をやる。床がせり上がっていた。ステージを作るかのように。まるで誰かにふさわしい舞台を整えるかのように。

 

ステージの上空が歪む。隣のキリトちゃんから呻いた声が聞こえる。

 

歪みは急速に拡大していき、中から影が滲み出す。そしてその影は徐々に人型になっていく。

 

 

第一層ボス攻略の時、アイツはこんな感じに出てきたっけ。

 

 

変形していく影を呆然と眺めながら、私はそんなことを考えていた。でも今回出てくるのはアイツじゃない。

 

漆黒の毛に覆われ、腰回りには黒光りするチェーンメイル。そして頭部には輝く王冠。

 

圧倒的な巨躯を誇るそのトーラス族は身体を仰け反らせ、次の瞬間大きく吼えた。周りに雷が落ち、コロシアムに光がはしる。

 

 

《アステリオス・ザ・トーラスキング》

 

 

コロシアム中央に突如現れた三匹目のトーラス族は、しっかりと《王》の名を冠していた。

 

 

「全員、全力攻撃!!」

 

 

すぐ横からキリトちゃんの悲鳴にも似た指示が出る。はじかれたように六人のプレイヤーがナト大佐に猛進する。攻撃モーションに入ったナト大佐の額に跳躍したキリトちゃんがソードスキルを打ち込む。

 

 

ヴルモォォッ!!

 

 

唯一の弱点である額に攻撃を受けた牛男が大きく仰け反る。

 

 

「はぁ!!」

 

「うおぉぉぉ!」

 

 

隙を晒したところに数々のソードスキルが炸裂する。

 

 

「でりゃぁぁ!」

 

 

着地と同時に再び跳んだキリトちゃんのソードスキルを受け、ナト大佐は数多のポリゴンとなって砕け散った。

 

 

「行こう!キリトちゃん!!」

 

 

トーラス王が出現したのはコロシアム中央。奥でバラン将軍と戦ってる本隊が挟まれてしまった今、攻略するにせよ撤退するにせよこのままじゃダメだ。早く救援にいかないと。

 

しかし、キリトちゃんは迷っているような顔をしていた。

 

 

「アスナさん・・・・・・あなたには・・・。」

 

 

死んで欲しくない。そう言いたかったんだろうか。

 

ボスを横切り、ナト大佐以上の危険度を持つバラン将軍相手に、トーラス王が本隊に追いつくまでに倒す。それがどれだけ危険なことか言われなくてもわかる。でも、

 

 

「行こう。」

 

 

ここで私だけ、私達だけ逃げるわけにはいかない。少なくとも本隊の安全が確保出来るまでは。

 

 

「・・・分かりました。」

 

 

決意を固め、頷いたキリトちゃんは後ろのエギルさんに呼びかける。

 

 

「右側から回り込んで、バラン将軍を倒します。ボスの攻撃が来たら私達が出来るだけ遠くまでプルして時間を稼ぎます。・・・付いてきて貰えますか・・・・・・。」

 

「おうっ!!」

 

 

これから死地に赴くというのにエギルさん達は迷いなく応じた。それを聞いたキリトちゃんはお願いします。とだけ言って走り出した。

 

まずは本隊に撤退を促す。トーラス王が出たとはいえまだ距離がある。バラン将軍から離れ、転移結晶を使えば充分撤退可能だ。

 

先頭を走るキリトちゃんはトーラス王を右側から大きく迂回している。前にキリトちゃんから聞いたことだが、モンスターには反応圏、アグロレンジというものがあってそこに入ると襲ってくるらしい。多分今も目には見えないそれを感じながら走っているんだろう。

 

本隊に合流したキリトちゃんはリンドさんに駆け寄った。

 

 

「リンドさん!緊急事態です!早く転移結晶で脱出しましょう!」

 

「だが!・・・・・・バラン将軍があと少しで倒せるんだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。」

 

 

リンドさんの言うこともわかる。今回で減らしたバラン将軍の体力が次回もそのままかは分からない。下手をすればバラン将軍は全回復。トーラスキングはあらかじめ出現しているなんてことになりかねない。そうなってしまったら攻略難易度は今回の比じゃない。

 

 

「大丈夫だ。トーラスキングが来るまでまだ時間はある。それまでにバラン将軍を倒し、全員を撤退させる。」

 

「・・・分かりました。では私達のパーティーも戦列に加わります!」

 

「よろしく頼む!」

 

 

会話を終え、キリトちゃんが戻ってくる。

 

 

「私達のパーティーも戦列に加わります。バラン将軍を倒し次第、転移結晶で撤退します。皆さん、結晶を準備しておいてください。」

 

「わかった。」

「ええ。」

 

「では行きます!」

 

 

HPバーが赤くなり、暴れ狂っているバラン将軍に向き直る。背後からは依然として巨大な足音が聞こえてくる。

 

私達のパーティーが攻撃隊の列に並んだ直後、バラン将軍がナミングを放ち、ほんの数秒前にプレイヤーがいた場所をスパークが迸る。

 

 

「今だ!全パーティー、全力攻撃!H隊も加わってくれ!!」

 

 

麻痺者を除く、ボス攻略メンバー全てのソードスキルが隙を晒したバラン将軍を襲った。ソードスキルを放った直後、その後ろからパーティーメンバーがソードスキルを放つ。ほんの数秒にみたない僅かな時間で、バラン将軍の体力は吹き飛んだ。

 

一瞬の硬直の後、バラン将軍は膨大なポリゴンをばらまいて散っていった。

 

 

「全員!撤退するぞ!転移結晶を用意!」

 

 

バラン将軍を倒した直後、リンドさんが叫ぶ。

 

 

「アスナさん!私達も撤退しましょう!」

 

「ええ。」

 

 

最後にもう一度ボスの姿を見ておこう。

 

そう思った私は、ポケットから転移結晶を取り出しながら振り向いた。

 

 

「えっ・・・。」

 

 

少し離れた場所にいるトーラス王は仰け反っていた。また吼えるんだろうか。でも胸が大きく膨らんでいる。前に吼えた時にあんなことはなかったはずだ。

 

嫌な予感がする。早く転移しなきゃ!

 

 

「「転移!ウル―!」」

 

ビシャャァァン!!

 

 

突然の轟音に私達の声は途中で打ち切られた。目の前が真っ白になる。咄嗟に掴んだキリトちゃんの手を握りしめながら二人とも吹き飛ばされる。

 

一瞬の浮遊感の後、激しく地面に叩きつけられた。

 

 

「いっ・・・一体何がっ・・・・・・。」

 

 

何が起こったか分からなかった。見ればキリトちゃんだけでなく攻略組の大半が倒れていた。

 

すぐさま起き上がろうとするが身体が動かない。今までにない異常。まさか・・・。

 

 

「麻痺っ・・・ブレス・・・です。アスナさんっ・・・・・・POTを。」

 

キリトちゃんの声で確信する。初めて喰らった状態異常、麻痺。身体の反応が鈍い。ポケットからポーションを出すことすら困難だ。

 

なんとかポーションを口に含み考える。

 

状況は最悪。誰もが転移しようとしたタイミングでの広範囲ブレス。喰らったほとんどのプレイヤーが転移結晶を手放し、吹き飛ばされてしまった。飛ばされた転移結晶は壁際にある。取りに行けない。

 

ブレスに巻き込まれなかったプレイヤー達も混乱している。今ここで転移すれば麻痺者を見殺しにすることになる。しかも麻痺者の中にはリンドさんやキバオウさんがいて指示が出せない。そのせいで無事のプレイヤーがどうすればいいのか分かってない。

 

考えてる間にも王の足音は迫ってくる。

 

 

「アスナさんっ・・・・・・すいま・・・せん。」

 

 

見るとキリトちゃんは必死に身体を起こそうとしながらも泣きそうな顔だった。

 

 

「私が・・・・・・油断したから。」

 

 

キリトちゃんだけじゃない。あの場にいる誰だってそうだった。

 

 

「あやまら・・・ないで。きっと・・・・・・なんとか―。」

 

ズウゥゥン!

 

 

真後ろから地響きがする。トーラス王はもう目の前に立っていた。王は倒れ伏す私達を見下ろしながら、ハンマーを振りかぶる。

 

キリトちゃんの手を再び握りしめる。

 

フロアボスのソードスキルを直に受けたら私達は確実に死ぬだろう。そしてソードスキルの余波は他の麻痺しているプレイヤーすら巻き込んでその命をさらに削るだろう。どちらにせよ被害は拡大する。

 

今回のボス攻略でレイドは半壊。リンドさんやキバオウさんなどの指導者を失い、攻略組の大半も失ってしまったらどうなってしまうのだろう。二度目のボス攻略までにはどれだけの時間がかかるんだろうか。なにより・・・・・・

 

 

 

 

 

私達がここで死んだら、アイツはどう思うんだろう。

 

 

 

 

 

雷を纏ったハンマーが振り下ろされる。

 

ふっと身体の力を抜いた直後、トーラス王の王冠が光ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カァァァン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボス部屋に金属音が響いた。王がその巨体をよろめかせる。怯んだトーラス王を呆然と眺める。

 

助かったの?

 

そう思っている間にも硬直から解放されたトーラス王が動き始める。しかし、こちらには目もくれず身体を反転させる。

 

トーラス王はコロシアムの入口を睨んでいる。

 

つられて視線を向けるとそこには、

 

 

「・・・・・・嘘。」

 

「ハチ・・・・さん。」

 

 

今は岩山にいるはずの男が立っていた。

 

その目をいつもの数倍濁らせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二層ボス攻略。二人目のイレギュラーは安堵していた。

 

 

ハチside

 

最悪の結果は避けられたな。

 

アルゴからの情報を聞きながら迷宮区を走っている間、ボスの放つブレス攻撃だけが気掛かりだった。

 

事前情報のないボスが放つ広範囲ブレス。しかも麻痺効果までが付与されている。一度放たれれば回避は至難の業だろう。

 

想像通り、麻痺者は半数近くいたしレイドは大混乱だった。幸いなのはまだ麻痺者を含め、多くのプレイヤーが生きているってことだ。ナト大佐やバラン将軍の姿も見えない。

 

突然のトーラス王に上手く対応したけど予想外のブレスで大混乱ってところだろう。

 

 

「間に合ったナ。」

 

「おう。ってかさっさとキリト達に情報伝えてこいよ。いつまでももたねぇからな。」

 

「わかってるヨ。」

 

 

そう言い残し、アルゴはキリトの元へ向かった。

 

今回アルゴにはホントに助けられたな。ボス部屋に入ったときには肝を冷やしたぜ。知人二人が殺されかけてたんだからな。アイツの情報が無かったら間に合わなかっただろう。でも貸しを返すつもりで協力したのに結局貸しを作ってるんだよなぁこれ。

 

 

「おい、お前のせいだからな。」

 

 

ゆっくりとこちらに迫る巨体に目をやる。アイツが言語を理解するかは知らんが愚痴らんとやってられん。

 

それよりも茅場晶彦はほんっとに性格悪いな。もう一匹出てくるとかこんなんもう変更点とかそうゆうレベルじゃねぇだろ。しかもブレス追加してるし。

 

 

「っ!」

 

 

ボスの目が光るのが見えた。あれはブレスの前兆だ。

 

急ぎ左へ退避する。

 

直後俺のいた場所を稲妻が走る。

 

速い!広い!怖い!あんなんぜってぇ初見で回避出来ねぇよ。やっぱ茅場はクソだわ。

 

 

「そらっ!」

 

 

懐から取り出したピックをトーラス王目掛け投擲する。

狙いはトーラス族みんなの弱点である額・・・の上の王冠だ。

 

再びコロシアムに金属音が響き、トーラス王が怯む。

 

しっかし王冠に投擲武器当てれば100%怯むってどうなんだ。普通修正入るぞ。あっ、だからベータテスト時にはいなかったのか。カモられるし。

 

まぁ今は存分にカモってやろう。

 

まだまだピックは沢山ある。本隊が立て直すまではもつ・・・・・・はず。

 

それから俺は数分の間時間を稼いだ。小さなピック一本で大きく仰け反り続けたトーラス族の王に、どこか哀愁を感じたのは俺だけじゃない筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本隊が無事立て直し、アルゴからの情報を受けたリンド達は戦闘の続行を選んだらしい。再び隊列を整えている。

 

 

「ハチさん!!」

 

 

麻痺から回復したのかキリトが駆け寄ってくる。その姿は本当に嬉しそうで尻尾があればブンブン振ってそうだ。・・・・・・・・・アリだな。

 

 

「来てくれたんですね!」

 

「アルゴの貸しを返しにな。」

 

「・・・そうですか。」

 

 

あれれー?なんか変なオーラが見えるぞー。

 

 

「では私達は戦列に戻ります。ボスのブレス攻撃を最優先に《潰して》ください。」

 

「おっ、おう。」

 

 

漆黒のオーラを纏いながらキリトは戻っていった。潰すのワードだけやけにハッキリ聞こえたが気のせいだろう。

 

結局何しに来たんだろうか。

 

 

「ねぇ。」

 

「ん?」

 

 

アスナさんじゃありませんか。あなたのパーティーメンバー行っちゃいましたよ。サボりですか?

 

 

「違うわよ。」

 

 

はい。アルゴに次ぐ謎のスキル習得プレイヤーですね。最後の一人は言うまでもない。

 

 

「だったら早くキリトに合流しろよ。このままだと今回のボス攻略は俺の勝ちだぞ。」

 

 

勝負する気なんてさらさらないが、コイツを乗せるのはこれが一番効果的のはずだ。

 

 

「・・・・そうね。今回はアナタの勝ちになりそうだわ。」

 

「えっ。」

 

 

んっんー?どうしましたアスナさん?アナタそんなに素直に負けを認めるような方でしたっけ?

 

 

「でもこのまま大人しくしてるのは性にあわないし、私は行くわ。」

 

 

そう言うとアスナはこちらに背を向けキリトに合流・・・するかと思ったんだがおもむろに振り向いた。

 

 

「助けてくれてありがとね。・・・ハチ君。」

 

「っ!」

 

 

・・・・・・本当にアイツはどうしたんだろうか。俺に礼を言うようなキャラじゃないだろうに。いやぶっちゃけ可愛かったんだけどね。

 

アスナからの不意打ちを喰らった後、俺はピックを投げ続けた。アルゴからの情報でボス攻略は安定し、トーラス王は確実に体力を減らしていった。

 

特に目立つのはやはりキリトとアスナだ。キリトは親の仇のようにトーラス王を切り刻んでるし、アスナのソードスキルもいつもより一際輝いてる。ほんっとに強い。ほら味方軽く引いてるから。

 

 

「ハー坊、ありがとナ。今日は助かったヨ。」

 

 

あらかた情報を伝えて仕事を終えたであろうアルゴが戻ってくる。

 

 

「貸しを返しにきただけだしな。礼を言われることじゃねぇよ。」

 

「やっぱりハー坊は素直じゃなイ。」

 

「うるせぇ。」

 

 

何がそんなに面白いのかアルゴはコロコロ笑っている。ってか俺まだ仕事中だからね?結構集中力使うよこれ?

 

 

「でもサ、いくらなんでも働き損じゃないカ?経験値も入らないし、これだけピックを使えば費用も馬鹿にならないゾ。」

 

「分かってる。」

 

「じゃあオイラが今回の分の報酬を―。」

 

「だが断る。それにまだあるだろ?でっかい報酬がよ。」

 

「?・・・・・・・・・アッ!」

 

 

気付いたようだな。そうだ。俺は何も滅私奉公しにわざわざこんなとこまで来たわけじゃない。タダ働きなんて御免こうむる。

 

 

「ハー坊・・・・・・いいのカ?そんなことシテ。」

 

「別にいいだろ。途中参加とはいえ今回のMVPが少しくらい得したって。それにもう俺の評価は確定されてる。今更変わらねぇだろ。」

 

「ハー坊がそう言うなら止めないヨ。まァ隠れ家の情報くらいは売ってあげるヨ。」

 

「辞めとく。その隠れ家の情報すら誰かにリークしそうだからな。」

 

「そんなこと絶対にしないんだけどナ。」

 

 

アルゴさん?アナタ岩山の件で既に前科ありますからね?忘れてませんよね?

 

 

「・・・・そろそろだな。」

 

「しっかりやれヨ。」

 

「おう。」

 

 

さて行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回りが引くほどのオーラを放っていた少女とそのパーティーは、後方で回復していた。

 

 

キリトside

 

ハチさんが来てくれた。そのことがとてもうれしかった。あの人はいつもピンチのところに駆けつけてくれる。嬉しかったことは他にもあります。

 

さっき話しに行った時だって確かに見えました。普段あまり感情を表に出さないハチさんの顔が少しだけほころんでいたのが。

 

この一週間、いつも素っ気ない態度を取られていたから不安でした。もしかしてハチさんは本当に私が大嫌いなんじゃないか、本当は悪い人なんじゃないか。違うと思っても不安が消えなくて・・・。

 

でもさっきのハチさんの表情で確信しました。ハチさんは私もアスナさんも少なからず大事に思ってくれてるって。本人は否定するかもしれませんが。

 

とにかくそれが分かった今。こんな牛男に手間取ってる場合じゃないんです!

 

 

 

 

 

 

 

アルゴとお話も出来てないし・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

でも・・・また助けられちゃいました。しかも今回はハチさんに利益がありません。ボス攻略は全プレイヤーにとって大きな利益かもしれませんが・・・・・・。

 

思わず後ろに目を向けてしまう。

 

 

「あれ?」

 

 

ハチさんが・・・・・・いない?

 

 

「アッ、アスナさん。ハチさんがいません。」

 

「えっ?あっホントだ。ハチ君がいない。」

 

 

ハチクン?アスナさんはどうしたんだろう。なんだか雰囲気が柔らかくなってるような。後で聞いてみようかな。

 

でも今はそんなことよりハチさんです。あと少しだから帰ってしまったんでしょうか?いや、なんだか違う気がします。

 

 

「・・・・・・・・・キリトちゃん。あれ。」

 

 

アスナさんが目を見開いている。何なんだろう?アスナさんが指差す先に目線をやる。

 

 

「・・・・・・・・・ハチさん。」

 

 

ハチさんはいました。

 

ボスの後頭部付近に。

 

 

「・・・・・・信じられません。確かにタゲは基本的に足元の本隊に向いてますが。」

 

「ボスのナミングのスパークも本体の頭までは届かない・・・・・・。でも思い付いたって普通実行する?」

 

「多分、岩山でロッククライミングのスキルが付いたんですかね。もちろんハチさん自身のスキルですが。」

 

「それに登ってるのは岩じゃなくて筋肉だしね。頭まで来たら毛掴んでるし。」

 

 

天才茅場晶彦さんもこれは予想外なんじゃないでしょうか。

 

 

「そんなことよりハチさんの目的ってもしかして。」

 

「もしかしなくてもラストアタックボーナスなんでしょうね。」

 

 

確かに今回のボス攻略のMVPはハチさんかもしれませんが・・・あの方法は流石に・・・・・・。

 

 

「なんだか・・・納得出来ません。」

 

「そうね。私も負けたくないし。」

 

「行きますか?」

 

「もちろん。」

 

 

アスナさんは負けたくないと言いながらもどこか楽しそうでした。

 

 

「E隊、後退!H隊、前進!」

 

 

丁度いいタイミングでリンドさんの指示が入る。

 

 

「皆さん!行きますよ!!」

 

 

E隊と交代してボスの前に躍り出る。すかさず大木のような足にソードスキルを放つ。

 

暴れ狂うボスが放つ薙ぎ払い攻撃をエギルさんたちが防ぐ。ボス撃破まであと少し!

 

 

ヴルオァァァァ!!

 

 

トーラス王が雄叫びをして息を大きく吸い込む。目を見なくても分かる。ブレス攻撃だ。

 

 

ガゴォォォォン!!

 

 

今までとは違う重い金属音が響く。見るとハチさんがピックではなく短剣で直接王冠を叩いていた。今までにない弱点への直接攻撃を受け、トーラス王が大きく仰け反る。

 

絶好のチャンスなんだけど皆ハチさんに気付いたのか、上を見上げてポカンとしている。リンドさんですら指示を忘れて惚けている。

 

当のハチさんはボスの弱点である額目掛けてソードスキルを放とうとしていた。

 

ハチさんの短剣と体術のソードスキルを合わせれば、残りのボスの体力を削りきることも出来るはず。

 

 

 

でも、

 

 

 

 

 

「させません!」

「させないわ!」

 

 

アスナさんと共に跳躍して、ソードスキルを発動させる。狙うはハチさん!じゃなくてボスの額!!

 

《ソニックリープ》と《シューティングスター》

 

二つの流星がアステリオス王の額目掛けて飛んでいく。

 

ソードスキルを放ちかけているハチさんと目が合う。一瞬すごい驚いたあとハチさんはソードスキルを中断。後ろに跳躍した。

 

直後、私のアニールブレードとアスナさんのウインドフルーレが王の額を貫いた。

 

一瞬の硬直の後、第二層ボス《アステリオス・ザ・トーラスキング》はコロシアムに光の欠片を撒き散らし爆散した。

 

無事ボスのラストアタックボーナスを取ることが出来ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後になってハチさんから聞きました。このときの私とアスナさんの顔は凄いイイ笑顔だったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボス部屋に歓声が響く中、一人のプレイヤーはその場をひっそりと離れていた。

 

 

ハチside

 

こわかったぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

いやぁ怖かった!寿命が縮むわあんなもん!あれ直撃してたらボスと一緒に砕け散ってるからね?俺。

 

まさか俺ごと倒しに来るとは思ってませんでした。はい。

 

何はともあれ無事?ボス攻略できたので俺は迷宮区を抜け、帰路についていた。しかし、今回ばかりはあの岩山の頂上までは行けない。なぜなら・・・。

 

 

「・・・疲れた。」

 

 

数十分におけるボスの額への投擲。システムのアシストがあっても辛いものだった。最後?あれは意地みたいなもんだ。・・・取れなかったけど。

 

というわけで迷宮区を抜けた俺は村に向かっていた。だが。

 

 

 

あっ、俺って犯罪者だった。

 

 

 

圏内に入れないという事実はこのときの俺の心を折ったのかもしれない。

 

身体から力が抜け、フィールドのど真ん中で膝をつく。まずい、もう色々限界だ。

 

少しずつ意識が薄れていく。いつぞやのアスナもこんな感じだったんだろうか。アイツ程ではないかもしれないが、一週間もの間の野宿による精神的疲労がここにきて爆発した。

 

そのとき後ろから足音が近づいてきた。

 

 

「やっぱりこうなったカ。しょうがない奴だナ。」

 

 

ついさっき聞いた声が耳に届いた。

 

 

「アルゴ・・・か?」

 

「そうだヨ。まったくハー坊はもう少し自分自身に目を向けるべきだゾ。こんな圏外のど真ん中でオレンジプレイヤーが倒れてたらどうなるカ。」

 

「ああ・・・・・・そうだな。」

 

「・・・ホントに余裕は無さそうだナ。ほラ、掴まりなヨ。」

 

 

アルゴが手を差し出してくる。アスナといいこんなキャラだったかコイツら。

 

・・・・・・とりあえず今は素直に従っとこう。

 

 

「さっき言ってた隠れ家ってやつの一つに案内するヨ。ついてきナ。」

 

 

俺の手を引いたままアルゴは歩き始める。本来なら恥ずかしさですぐに振りほどくのだが、そんな余裕すら今の俺には残っていない。むしろ手を離したらそのまま倒れ伏す気がする。

 

アルゴにほぼ引っ張られるような形で歩き続けて数分、ついたのはアルゴと会った森の中だった。

 

 

「ここに・・・安全地帯があるのか?」

 

「安全地帯っていうよりも休憩場所だナ。」

 

「今はそれで充分だ。」

 

「ほラ、ここだヨ。」

 

 

アルゴが指差したのは少し大きな樹木のうろだった。

 

 

「・・・確かに休憩場所だな。」

 

「そうだロ。でもここら辺にはモンスターはこないんダ。安全地帯といってもいいだろうナ。」

 

 

毎度のことながらコイツはどうやってそんな情報を取ってくるんだろうか。やっぱりNPCが情報をくれるのか。まぁ今そんなとこはどうでもいいな。

 

 

「情報料は後で言い値で買う・・・・悪いが今は寝かせてくれ。」

 

「分かってるヨ。」

 

 

そう言ってアルゴは俺に続いてうろの中に入って来た。そして隣に座る。・・・・・・いやいやいや、

 

 

「アルゴさん?・・・どうして一緒に・・・・入ってるんですか。」

 

「今回の報酬だヨ。」

 

「いや・・・だから・・・いらないって言って―。」

 

「いいかラ。」

 

「うぉっ。」

 

 

アルゴはこっちの頭をグッと引き寄せた。いとも簡単に俺は倒れ込む。

 

あれ?これは膝枕というものじゃないだろうか。

 

 

「おっ、おい。アルゴ―。」

 

「ありがとナ。ハー坊のお陰でオイラの情報を無駄にせずにすんだヨ。」

 

 

頭を撫でられる。ゆっくりと優しく。

 

恥ずかしすぎる状況だが襲いくる睡魔と疲労で身体に力が入らない。・・・・・・もうダメだ。

 

 

「まだまだ先は長いけどサ、とりあえず今だけはゆっくり休みなヨ。」

 

「アル・・・ゴ・・・・。」

 

 

意識が途絶える瞬間、撫でられている頭が心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さテ・・・・・・キーちゃんにあの時のお返しをしないとナ。」

 

意地悪そうに笑った鼠はハチの手を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボス攻略から数十分後、落ち着いた攻略組は第三層主街区を目指していた。

 

 

キリトside

 

ハチさんは気がついたらボス部屋からいなくなっていました。確認しようとしたけど攻略組のみんなが褒めに来てくれたから見る暇がありませんでした。

 

 

「ん?」

 

 

システムメッセージ?なんだろう。

 

開いて内容を確認する。

 

 

 

Hachiがフレンド解除しました。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えぇぇぇ!?」」

 

 

アスナさんと声が重なった。

 

 

「あれ?もしかしてキリトちゃんも?」

 

「はい。どうして突然。・・・・・・ハチさん怒ってるんですかね。」

 

「まっ、まぁちょっとやり過ぎたかなぁっては思うけど・・・・・・。」

 

 

あまりにも突然の出来事に頭の整理が追いつかない。

 

 

「嫌われたんでしょうか・・・・・。」

 

「だっ大丈夫よ。きっと何かの間違い―。ん?」

 

「あれ?」

 

 

アルゴからメールが来てる。最近無かったのに。

 

内容は・・・・・・。

 

 

 

 

ボス攻略お疲れ様。

 

ハー坊のことは心配いらないヨ。オネーサンに任せなさイ。

 

あと少しの間おやすみするヨ。

 

 

 

 

直後、二度目のシステムメッセージが届く。

 

 

 

 

 

Argoがフレンド解除しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

攻略組全員を濃密な殺気が襲った。誰もが思わず振り向き、最後尾の少女《二人》を見た。二人はメニューを開いたまま固まっている。

 

しかし、誰も声をかける者はいない。いや、動けないのだ。圧倒的なプレッシャーを前にして誰もが怯えることしか出来ない。

 

氷点下のような空気の中、黒髪の少女は口を開く。

 

 

「・・・・・・アスナさん。」

 

 

いつもと何も変わらない筈の声。それでも分かる。今までにないくらいにその少女は怒っていた。

 

 

「なにかな・・・・キリトちゃん。」

 

 

呼ばれた栗色の髪の少女は応じる。怒気をはらんだ声に対して同じくらいの怒りを込めながら。

 

 

「今度一緒に《お茶会》をやりませんか。」

 

「いいわね。是非とも参加したいわ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「アルゴ(さん)も一緒に。」」

 

 

 

 

二人は小さな声で笑っていた。

 

この日、攻略組は確信した。自分たちの身近にはフロアボスなんかよりもっと恐ろしいものがいたと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある一人の男を取り巻く環境は確実に変化、いや悪化しているのだが、夢の中にいる本人はそんなことを知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。次回から色々飛びます。急な展開になりますがよろしくお願いします。次の第十一話も頑張っていきたいと思います。

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