艦娘『が』救済物語   作:konpeitou

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大井っちはツンデレ可愛い。
提督また悪夢見てるよー。


大井と艦娘の役目

「……もう無理なんじゃないですか」

 

 

「んー? 何がさ大井っちー?」

 

 

 大井は湯呑をちゃぶ台に置き、ぼそりと呟いた。

 

 自室にて横になっていた北上は、のそりと起き上がる。

 

 

「提督の事ですよ……」

 

 

「あー、まあ難しそうだよねー」

 

 

 大井はあの日の提督の言葉を聞いて、一つの結論に到達しようとしていた。

 

 それは、提督のトラウマを癒す、ということを諦める。

 

 無理にプライベートにかかわらず、時間が解決するのを待つということだった。

 

 

「あんな事言われちゃ、ちょっぴり気持ちが萎えちゃうよねー」

 

 

「可哀想ではあるんですけど……私達の手には負えないんですよ、最初っから」

 

 

 大井は、自分達が艦娘であることが最大の問題点だと感じていた。

 

 人間の話し相手でもいれば、提督の負担もだいぶ軽減できたろうに。

 

 艦娘ばかりの職場では、彼の回復も遅れるというものだ。

 

 

「まぁ提督もなんとかやってけてるし、どうにかなるんじゃない?」

 

 

「職務上は問題ありませんしね。……このままでいいんですよ」

 

 

 自分たちに出来ることは、彼の命令に従って職務を全うするのみ。

 

 上司と部下、そういう関係で十分なのだ。

 

 大井は、あの日からそういう思いを強くしていた。

 

 

「そもそも私達の仕事じゃないんですよ! トラウマの治療なんて!」

 

 

「そうだねー……私ら『艦娘』だからね~」

 

 

 ぽやぽやする北上に反して、大井はヒートアップしていく。

 

 

「普通でいいのよ! 気を遣ったりする必要なんてないんだわ!」

 

 

「んー……まぁ、助けるんだー、なんて思わなくてもいいかもねー」

 

 

「そうです! そもそも助けるって具体的にどうするか解ってる娘なんているんですか!?」

 

 

 大井の言うことはもっともであった。

 

 艦娘達は提督を助けたい、癒したいとは思っていても、具体的な解決策は何も講じていないのだ。

 

 気を遣ったりしているだけで、決定的な方法を持つ者は誰も居なかった。

 

 それは提督に関わる恐れと、純粋な人生経験の不足が関係しているのだ。

 

 

「提督にやる気があればそれでいいんです! 私達に出来ることは無いんです!」

 

 

「……大井っちは優しいねぇ」

 

 

 大井は、北上が放ったさり気無い一言にその口を停止させた。

 

 途端、顔を真っ赤にしてしまう。

 

 

「き、北上さん? な、何を……?」

 

 

「ん、いや何もー? それより大井っち、そろそろ時間じゃない?」

 

 

「えっ。あっ、もうこんな時間!? 北上さん、行ってきます!」

 

 

 時計を指さした北上につられ、大井も時計を確認する。

 

 彼女は今日、夜勤秘書艦であった為、大慌てで部屋を出ていった。

 

 部屋に残された北上は、その場に再び寝転がった。

 

 

「……ま、好きにやりなよ、大井っち」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 深夜1時。

 

 大井は執務室にて事務仕事をこなしていた。

 

 

(……そろそろ提督を起こしに行こうかしら)

 

 

 提督は0時頃に、仮眠をとるため自室へ戻っていた。

 

 本人はまだ起きて仕事を続けると言っていたのだが、余りに眠たそうだったため大井が寝かせたのだ。

 

 

(提督、としては問題ないのよね……ほんと)

 

 

 彼はトラウマを抱えてはいるものの、提督としての執務はしっかり行う事が出来ている。

 

 新営、かつ深海棲艦出現率の高いこの鎮守府は、仕事の量がかなり多い。

 

 艦娘の人員は十分なため、他の鎮守府と比べても多忙ではないが、提督は違う。

 

 しかし、それでも提督は順調に仕事をこなすことが出来ているのだ。

 

 

(ま、書類仕事は艦娘と関わらなくていいから……捗るでしょうね)

 

 

 提督が心を乱す理由は、艦娘にある。

 

 であれば、机に向かっている仕事の方が、何倍も楽であるだろう。

 

 大井はペンを走らせる手を止めながら、また溜め息を吐く。

 

 

(……これでいいのよ、何も問題ないじゃない)

 

 

 提督と艦娘が、無理に良き関係を築く必要は無い。

 

 現状維持でいい、大井はそう自分に言い聞かせる。

 

 執務室から出て、提督の自室へと向かう大井。

 

 

(もう殆ど仕事は片付いたけど、提督の確認は必要だものね)

 

 

 提督の自室へ、大井はノックせず入った。

 

 起こしに来るときは構わないと言われたので、そうしたのだ。

 

 

「失礼します……提督、起きてますか?」

 

 

 大井は、初めて提督の部屋に入った。

 

 簡素で、無駄な物は一切おいていない殺風景な部屋。

 

 着任から時間が経っていないためか、そもそも彼の趣味なのか。

 

 そんな少し寂しい部屋の角に置かれたベッドに、大井は近付いていく。

 

 

「提督、そろそろ……」

 

 

「うぅ……」

 

 

「っ!?」

 

 

 仰向けに寝ている提督が、小さく呻いた。

 

 大井は驚き、恐る恐る提督の顔を見る。

 

 

(起きてはないのね……寝言かしら?)

 

 

 大井は、祝賀会の事を不意に思い出した。

 

 あの時も、提督はこんな風に……。

 

 

「痛いぃ……やめて……うっ……」

 

 

「え、提督……?」

 

 

 提督の呻きに混じった辛さそうな言葉に、大井の頭は真っ白になった。

 

 しかし、すぐに大井は我を取り戻す。

 

 

(これは、夢? 提督はあの過去を夢で見ている? そんな……!)

 

 

 大井の行動は早かった。

 

 気が付けば、身体が勝手に動いていた。

 

 

「提督!! 提督っ! 起きて下さい! 提督!」

 

 

「うぐ……嫌……誰か……苦し……」

 

 

 大井は提督の身体を揺さぶり、声をかける。

 

 しかし提督は中々覚醒しない。

 

 それどころか苦痛の声が大きくなっていく。

 

 

「提督! ……っ! 起きてっ! 起きなさい!! 早く!」

 

 

「……! うぁ……? 大井……? ここは?」

 

 

 大井の叫びに、提督は目を覚ました。

 

 不安そうな顔で大井を見つめている。

 

 

「……此処は貴方の部屋です。仮眠をとっていたんでしょう?」

 

 

「あ、ああ……そうか、ゆめ、だった……」

 

 

 提督は気怠そうに身体を起こす。

 

 

「うっ……あ、あああ……!!」

 

 

「提督!? どうしたんですか!?」

 

 

「ひっ、お、大井……あ、あの、ちょ、ちょっと一人にさせてくれないかな?」

 

 

 提督は震えながら、大井に暗に部屋から出ていくように言った。

 

 大井は表情を変えず、分かりました、とだけいって退出する。

 

 

「……じゃあ提督、後で執務室に」

 

 

「う、うん……起こしてくれて、ありがとう」

 

 

 去り際、提督の礼を聞いてドアを閉める。

 

 大井は執務室へ戻る道すがら、考えていた。

 

 

(まぁしょうがないわよね、酷い夢を見た直後だったもの)

 

 

 大井は提督が自分を退出させた理由を、夢で精神が不安定になったからだと思った。

 

 実際、艦娘に虐待される夢をみた後に艦娘である大井を見たら、ああなるというものだ。

 

 

(提督、あんな夢を見るのは、初めてじゃないんでしょうね……きっと)

 

 

 大井は、彼の苦悶に歪んだ寝顔を思い出していた。

 

 彼は、未だ過去に囚われ続け、夢の中で襲われている。

 

 

(彼は上司で、私は部下。ただ、それだけ……)

 

 

(でも……あの人は私の『提督』なのよね)

 

 

 執務室の扉を開け、椅子に座って目を閉じる。

 

 大井は艦娘の仕事を、問題なく出来ている、そして。

 

 

(私自身……『大井』は、どうしたいの?)

 

 

 仕事だとか使命だとか、上司とか艦娘とか、そういう事じゃない。

 

 彼の苦しむ姿を見て、私はどうありたい?

 

 大井は、一人自問する。

 

 

(……私、なんかちょろいなぁ……北上さんに笑われちゃう)

 

 

 大井は天井を仰いで、自虐気味に笑った。

 

 その目から、小さく、雫がこぼれた。

 

 

「はぁ……なんとか、してあげたいなぁ」

 

 

 提督がここにやってきた時、艦娘達が見た映像。

 

 アレをきっかけに、艦娘達は提督を救おうと志した。

 

 大井は、自分はそれほどその志が高くないと思っていた。

 

 しかし、そもそも祝賀会での発言をあれほど気にしていた時点で、そんなことはなかったのだ。

 

 

 大井は、彼が気になって仕方なかった事を今更ながら自覚した。

 

 

「……でもどうすればいいのかしら。取り敢えず専門の医学書を買って……」

 

 

「大井っちー、まだ起きてる?」

 

 

 執務室のドアが開かれ、北上が顔を出した。

 

 パジャマを着て、目を擦っているのを見るに、もう就寝していたようだ。

 

 

「北上さん」

 

 

「仕事終わったん? そしたらもう寝ようよー」

 

 

「北上さん!!」

 

 

 大井は北上の手を握り、まくしたてる。

 

 北上は大井の様子に、少し目が覚めた。

 

 

「明日町に行きましょう! 買いたい物があるんです!」

 

 

「んぇ? あー、うん、いいけどさ……」

 

 

 北上は暫く黙った後、目をランランと光らせる大井に告げた。

 

 

「大井っち、なんか生き生きしてるねぇ?」

 

 

 ニヤニヤする北上に、大井は元気よく答えるのだった。

 

 

「ええ! 私のやりたい事が見つかったんですもの!」

 

 

 大井は、『艦娘』としての自分の役目以外の、目標を見つけた様であった。

 

 




結局ちょろいっちなんだよなぁ。
次回からちょっとお話が動きます。

そして、更新速度が大幅に低下する模様です。
どうか寛大な心でご容赦願います。

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