ノーソウル,ノーギフト   作:麻戸産チェーザレぬこ

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 遅くなり、申しわけございません。そしてノーギフト・ノーソウルの最終話です。お時間を割いてお読みいただき、皆さまありがとうございました。

※注意
・耀ちゃんがちょっとヒドイ目にあう
・葉くんがちょっと聖人すぎるかも?
・長い
・Ex-SP 読み『いくすぇすぴー』

 始まるぞよ。それにしても短編に完結はよいのだろうか? なんとなく詐欺っぽいぞよ。


暗がりの中で煌めきを 

 

 

 外は、晴天が広がりを見せているのに、ここは嵐の夜。

 馬鹿でかい樹木らがあらゆる建造物を締めつけて、舗装されていた道は見る影も無く、生き物の気配も感ぜられない町。そして草を掴んだままの手が時々、見受けられた。

 チームの先頭をきる飛鳥は目だけ動かしつつ眉をひそめ、ケガレを知らなぬ光沢ある氷を思わすひだり手で臭いを拒む。

 

「よく平気ね」

「泥くさいところにも友達がいたから、かな」

「僕は、まぁ、……ノーネームですし」

「ノーネーム関係あるのか、そいつは」

 

 ……そう、と飛鳥は羨望の眼差しを向ける。

 肩に春雨を担いでいる葉が飛鳥にむかい言葉をとばす。

 

「なぁいっかい休まんか? 一時間くらいだらだら歩いて気分までだらけた」

 

 他の三人がそれを耳にしてまぶたを開いたけれど、飛鳥がすぐさま我にかえる。

 

「小休止、か」

「休んでる場合じゃないですよ!」

「いいじゃないジン君。あいては彼よ」

「大丈夫。周りには誰もいない」

 

 超音波で周囲を探っていたらしい。

 

「あとさジン。さっきの話し合いで言い忘れたんだがちと……これを見てくれ」

「何ですかこの二つの金の玉は? 初めて見ます」

「そか。すまん」

 

 これ金色か――と蚊のなく声、二つの黄色い玉をポーチにしまう。これはサウザンドアイズを出立する前に三本傷に渡されたものであり、三本傷の幹部が渡すようにと頼んだらしいがどんな物かは教えてくれなかったと言う。わけのわからぬ物を渡す方も、それを受け取る側もどうかしている。ゆるいを通り過ぎているのではないか?

 休憩とはいうものの実は相手のシビレを待つ作戦をひそかに行っている。ガルドに自分たちは油断していると見せあえて先手を譲り、飛鳥のギフト〝威光〟で襲い掛かるガルドを樹木の枝やらで締め上げて指定された武器で討伐。いきなり武器という単語がでてきたがどこにあるかの検討はついている。ここまでの約一時間を草の根を分けるようソレを探し歩き空まわりもあった。そのなかで確かな答えを導きだした。

 

「ご丁寧にヒントを与えるなんてサスガ。紳士を名乗るだけはあるわ」

 

 見つけるのにとんとん拍子で進んだわけでもない。〝影〟たちが襲ってきたのである。飛鳥のギフトは意味をなさず、耀と麻倉がそれらを撃退。一体(?)の影を倒すと一枚の紙切れを落としていった。それは複数枚集めることで在りかを示すつくりとなっていた。そんな影たちは〝フォレス・ガロ〟の武器庫だった場所に現れるのだが、中には落とさない奴もいたので骨が折れる思いをした。

 誰もが腰をおろそうとした時に麻倉がみなの前に突然踊りだし耀は双眸(そうぼう)金色(こんじき)に染める!

 声は重なり、――なにか来る!!

 麻倉の真後ろに立つ飛鳥が彼の肩へ手を伸ばす。

 

「なっなにいきなりどうしたの!?」

「……耀、どこから来るかつかんだか」

「今さがして………! 麻倉くん前ッ」

 

 腰のモノに手をかける。

 すると、大地が大きく揺れた。 

 突発な、大きな地震のため麻倉が自分より背が高い飛鳥を抱きよせ春雨を地面に刺し、耀はジンの手を握り飛翔する。

 数十秒たち揺れはおさまるも気を緩めずに周囲を探るダブル『よう』。

 するとぴょこん、と一本の芽が生えだした。

 肩に置かれている手をはなし見定めるよう向かう麻倉。一歩手前まで近づきしゃがんで葉っぱを親指と中指で挟み表はどうだ、裏はどうだと疑いにかかる。

 しばらく観察していると、

 

「んあ?」

 

 指が震えだす。

 

「え?」

 

 芽がだんだんと大きくなり、苗に成長した。

 

「よ……よく分からんな」

 

 はじめはカタツムリの動きであったけれども少しづつ勢いを増し伸びていき終いにはウネリも見せ始める。芽の先はすでに見えず、代わりに緑色のみっちりとした蔓が目と鼻のさきに迫ってはのけぞらせた。

 この一本だけではなく、苗木やら芽は麻倉と三人を偶然かのごとく分断するように生えていて皆ソレに気づいていたが驚天動地を前にしたからか、四人の影は固まっていた。

 ぐいっ。

 麻倉の足が地面から離れる。枝、のようなものが服に引っ掛かりそのまま上昇していった。耀がジンを安全な場所におろして救いに行こうとするも豪快な蔓が襲い、はばかられてしまう。

 

 ―――オイラを気にすんな!

 

 麻倉が叫び、間を置かずに三人はそれをのんだ。どうやってあの白夜叉と対決して帰ってきたのかは知らないが、白夜叉と闘い無事に生還できたのだから今回も大丈夫なはず、とでも考えたのだろう。

 飛鳥たちは頷きあってガルドの館を目指しに行く。

 分断され、化け物カボチャならぬ化け物じみた大樹にぶらぶら揺れながら、枝から服を外そうとしていた。よし。言うや否や地面へと落ちていく。素早くポケットから数個の石を取り出し、

 

小鬼(こおに)クッション!」

 

 石ころを媒介に、麻倉の拳一つ分の小鬼を呼び出した。小鬼たちは先に大地に降りて元からまん丸な身体をさらに膨らませた。

 ぼよよ~ん。膨らんだ小鬼たちによって衝撃を殺し無事に着地。

 仕事を果たし石ころに戻る。

 なーーんか見られてんだよなぁ。小言を言いつつ小石どもを拾う。すべてを拾い終えおそらくヤツがいるだろう館の方向を見据え、走り出した。

 それから、十分ほど走り続けているが辿りつけないでいた。あの揺れから心なしかいっそう複雑化したように見える。

 懸命に走っている葉に、黄金に燃える彗星が堕ちてきた。砂煙が上がる。ローリングしながら脱け出して煙を見ずに再度駆け出した。立ち込める茶色の煙から白銀のランスが飛んできた。前を向きなが身体を少し横にずらし回避。後ろ髪も揺れたので肩に立つ一体の小鬼がちらりと見える。

 横を通り過ぎたランスは宙に浮いたまま(とど)まり、黒く変色し姿形を変えてゆく――すまんがさせんぞ――ガラスの瞳は居合で真っ二つ。地面に落とされた影は(うごめ)き声にならない悲鳴をあげる。葉が軽く息をはくと影が巨大になり取り込まんと闇で葉を覆い尽くそう、しかし葉は逃げるどころか腰の左側に春雨、右に鞘をそえて構える。

 

 

 

 

  阿弥陀流後光刃

 

 

 

 

 阿弥陀流後光刃(あみだりゅうごこうじん)。影は爆散。揺れる黒髪。手により梳かれ、ながれる(こがね)

 

「女性の誘いを断るとはヒドイ殿方だ」

 

 黄金の髪を腰までのばし、白のブラウスに黒のジャンパースカートを纏う少女が挨拶をする。少女はつなぐ。

 

「レティシア、だ。お前は」

「麻倉葉。それにしても今日はアチーな、おまえも気をつけろ。じゃあ」

 

 葉は左手をあげて、背を向け駆けだす。どんどん小さくなっていく。

 

「いや、暑さよりは湿気だろうってそうではない! 待てナゼ逃げる!!」

 

 背から翼をはやし、飛びだした。

 

「げげっ! 翼っ」

「私はどうした!?」

「めんどうっ」

「ほざけ!!」

「そんな!?」

 

 レティシアは口を三日月のごとく歪ませる。

 

「その足モラッタ!!」

 

 スピードを上げ、脚に蹴りを入れた。ごきり。何処からどこを狙うかは分かっていたが、体がレティシアについていけなかった。

 葉は激しく横転した。そのまま岩にもぶつかり、激痛にもだえる葉を無視して言う。

 

「お前がいると新生ノーネームの力が測れないのでな。終わるまでそこで寝てろ」

 

 息を切らせながら問う。

 

「おまえ、何で……」

「そうだな、フム。あっちの三人とは全く違う気を感じたよ………不安は取り除かねば」

 

 腕を立て折れてない方の足を軸にして起きあがろうとすると同時にレティシアが消えた。するともう片方も歪に曲がった。地面に臥す葉の隣にレティシア。

 おや。葉の腰ポーチから二つの黄色い玉が転げる。

 

「復活の玉ではないか。それを飲めば全快も、呪いの解呪もできるがお前がここで服用すればもし重体となったジンたちには使えない。人数分あれば善かったな……」

 

 弱者を励ますような笑みをむけて静かに去りゆく。

 カサカサ…………樹海の声と乱れた呼吸が取り残された。

 今ここに頼れる医者はいない。それでも、ここで倒れてる暇は無い。たかが両足を折られただけなのだ。

 だから。

 

「なんとかなる。かぁ」

 

 小鬼たちが、葉を支えはじめた。

 

 

 

 目を凝らせば館が見えるくらいの処にジンと腕から血を流し幹に背をあずけている耀がいた。なれない手つきでジンが止血を施そうとしている。

 どちらも、見るに忍びない顔。

 

「ジン。飛鳥はどこだ」

「麻倉さんっ。ひとりでガルドを討伐しに………」

 

 ふむ。

 耀のそばに寄る。

 

「ちーとばかし腕かりるぞ」

 

 小さな悲鳴があがった。

 右手で腕をとって傷グチに左手をかざす。

 

「あ、たかい……?」

 

 腕から全身へと、ぽかぽかとしたやさしさは、ほのかに伝わってゆく。

 簡単な蘇生術を施していた。シャーマンたちに流れる、霊と交信したり憑依させたりするときに使う巫力、そして血液の流れや肉体の構造のイメージをしながら患部を治す術であった。箱庭に召喚される前の世界で同じシャーマンの医者から医学とは、人体とは、のいろはを叩き込まれていたので初めて蘇生術を行ったときより幾分かましなよう。

 

「しっかしなれん。ここまでだすまん」

「だいじょうぶ、ありがとう」

「………麻倉さんも行くんですか」

 

 ジンの肩をポンとたたきその場を後にする。

 

「うぇッ……?」

 

 ジンの瞳には、麻倉が浮かんでいた。

 そして彼には見えなかったが麻倉の腰の後ろに下げられた、タブレット型端末『スマートパッチEx-S(イクスェス)(ピー)』の画面にこう映しだされていた。

 『アサクラヨウ フリョクチ:108000/330087』

 

 

 

 

 

 

 いつのころの夢だろうか、(いや)(うつつ)だったか。ああ、あれが夢ならよかった。否! あれが夢であってたまるものか。現実だとしたらくたばれ。

 恐怖を忘れるか、憎しみを抱いてしまったのだぞ憎悪の劫火。何故(なにゆえ)燃え尽きない。全てを無に()すのだろう? だのに、(ほだし)は灰にすらならんのだ! 

 誰か。

 この地獄を消してくれ………。

 誰か。

 ………導いてくれ、ともしびで。

 俺が。

 待っていろカミクダイテヤルッ! カミコロシテヤル!!

 そうだ、そうだ。何がサークルのバランサーだ。ヤツらもヤツらだ。自分で自分の首をしめ、問題を複雑にしている。

 春日部耀に斬りつけられた、流血する腕をなめる。僅かに、熱かった。

 ――あの日も、だったか………。

 渇いた喉をうるおす為に空気を吸いこめば喉が、あの森と生きていた者たちが焼かれた、終わりの日。

 燃えたその三日後に鎮火したが原因は不明とのこと。

 自然界は違った。当時幼い彼と、ほとんどの他の住人たちは六人の人間の子どもらが犯人という事実を知っていた。そのわけは鼻や目が利くもの、超音波で察する者などがいたからである。

 他にも理由があった。

 山と暮らす動物のこどもたちが、人の子らに捕らえられていた。子どもたちは頭がまわるらしく彼をはじめとした住人たちを罠にはめた――虎はまだ幼かったので牙を立てられなかった――。小さな檻の隅から、鳥などがナイフで嘴を削られるなど(むご)いことをされてい、助けを呼ぼうにも目の前の現実から目をそらすだけでいっぱいいっぱいだった。

 震えていた彼を、一人の子どもが嗤って見ている………野性の感が、働いてしまう。檻に体当たりをして脱出しようとする。オモシロイモノを見てはさらに嗤う悪魔。そして、癒えない傷を刻まれた。助けてと泣いても、無駄。

 子ども達がおやつと()に目がいっている隙を見計らい、悪魔から逃れることができたのは彼を含め数匹の動物だけだった。

 さなか、かすかな熱気を感じとったので走るのを止め、アノ場所を振り返れば、黒い龍が天を衝いていた。同時に龍は、炎を吐き出すのだ!

 その後の事は覚えていない。

 しかし。

 彼が成長してからも今度は密猟者が平穏を脅かしに、そしてさいごは人の争いによりすべてが消滅。何時と不届き者を排除しつづけ紛争が終わるまで生き抜いていったが、置き土産によって足に重症を負い獲物を満足に狩る事もできず、飢え死にした。

 暗闇に包まれる寸前に後光を見た。すると、いつの間にか箱庭の土を踏んでいた。すでに、光の事は忘れていて、野望の為に生きていったのである。

 嗚呼、なぜかあの時の臭いがする。それは遥か昔を思いだしたからではない。

 異臭に堪らなくなり、机や壁といったいたるところにベッタリ血がハリつく執務室から二階の廊下へ飛び出せば、煙と肌を燃やす熱気が襲う。火を怖れる獣の習性がまずさきだった。春日部耀を強襲した先刻よりも速く一階に降りた。

 ―――屋敷が燃えている!?

 また燃やされた。炎が燃やすモノはだいたい決まっているものだ。だいたいとは、人によって火の在り方が違うからであって、とるに足らない考えである。火というものは〝たからもの〟を焼きつくすクセに〝力〟が無い、此れがガルドの真実。

 屋敷が崩れ落ちる前に外へ出で、一直線に前方へ白き虎が駆けだす。屋敷は火を噴きながら耳障りで大きな音をたて、多量の火の粉が散布して降りかかる。これが白い影に聴こえたのかは存ぜぬ事ではあるも、フォレスガロはもう存在しないのは確かであろう。侵入者を阻むように伸びていた木々がキレイに、彼を導くように左右に分かれた一本道のさきに飛鳥が指定武器である白銀の十字剣を正眼に、切っ先をガルドの目に向けて構えていた。闇を背にした、飛鳥のゾッとする、碧い眼。

 手にしていた炎――ガルドを牽制していた――を脇に投げ捨てる。………炎が、最期に一段と大きく揺らめき、消えていった、それが合図。

 

「ノーネーム所属、久遠飛鳥ッ推して参る!」

 

 バキリと枝を鳴らして正面から飛び込んだガルドに、同じく迎え討つ飛鳥。飛鳥の細腕だけでは斬ることは不可能。白銀の十字剣が輝きを放ち始めたのはその直後だった。

 久遠飛鳥のギフト―――〝威光〟が発動したのである。ゲームが始まり、二度目のギフト使用で一度目はガルドを屋敷から飛鳥のレンジに誘う為に放った焔の勢いを促進させるために。

 光が強くなりガルドの勢いが削がれる。悪魔の霊格を持つため〝聖〟に弱いのだ。

 

「拘束なさいッ――!!」

 

 一喝、鬼種化した木々が一斉にガルドへと伸び縛り上げた。人を支配にするのではなく、〝ギフトを支配するギフト〟として開花させたのだ。

 一本道になっていたのは逃げ道を塞ぐためであった。いかに契約で身が守られていても、両脇から圧迫されては動きが鈍る。身体能力で劣る飛鳥が生き抜く為の知恵。無から有を生みだす力。

 鬼化した樹を振り払うように絶叫を虎があげた。

 だがそれよりも速く、飛鳥の支配によって破魔の力を十全に発揮する白銀の十字剣が、正眼に構えられた飛鳥の手によって白虎の額を「小鬼ストライク―――!!!」貫かない。いつの間にか剣は虚空に飛んでいた。五体の小鬼が剣を盗んでいた。

 

「はあっ!?」

 

 一瞬の隙。束縛を解き猛獣が糸を引いて獰猛な口を開いた。

 

「しまっ」

 

 ゆっくりと迫る牙。ありえないほどノロいのになぜ指一本動かない。しかし、恐怖で目をつむる事は出来そうだった。否! 誰がするものか! キッ、と睨んだが突如グランと世界が回転した。それと同時に自身が宙を飛んでいるのに気づき、また麻倉葉のに抱えられていた。声をあげることも無く、二人はガルドの後方に不時着陸するのである。葉が下敷きとなって。

 

「グフっ」

「ひゃあああ」

 

 先に今の情報を得たのは飛鳥であり瞼を開ければ、誰もが中学に入学したばかりの子どもに見えるであろう幼い葉の顔があって、ほんの少しで口吸い出来るほどに二人は近かった。

 痛みに堪えながら目を開けようと苦渋な顔になっている葉に、飛鳥は意識なく喉を鳴らしてしまう。

 

「ガルドは!」

 

 葉の言葉でハッとなりガルドを向くと、ガルドは何かにじゃれていた。

 

「たぶん大丈夫、すぐには襲ってこないはず」

「よ~し、第一作戦せいこーっぽいな。でだ、はやく降りてくれんか次に移れないんよースマナイけどさ」

 

 ええ、と退いてすぐだった。

 

「第一作戦成功ってどういう意味っ。そも! 私があのまま突いてたらこのゲーム勝ってたわ! 違う!?」

「そうだな」 

 

 気の張った声と気の抜けた声。

 葉は小鬼に支えられて立ちあがるが足は大地に着いていない。

 

「麻倉くん足、骨折したの」

 

 うぇっへっへ、笑いガルドを見やる。

 

「のおう! ガルドーもうおしまいにしようぜ」

「だから!」

「飛鳥の言うとおりオイラが邪魔しなければ勝ってたよ、でもな。ガルドみてえなモン見てるとさ、ほっとけんのよ」

「まさかあの悪党を改心だか反省させるつもりなの? 遅いわよ、それ」

「……とんでもねえ糞野郎だからこそ、だ。それにやってみねぇとな、なあガルドぉ――う」

 

 ガルドが五体の小鬼を蹴散らしてこちらを向く。葉っぱや小石に小枝が地面に落ちる。

 

「飛鳥、休んでいいぞ」

「その足で? 無理よ」

「なんとかなるかもよ?」

「ダメよ。()()()()()()()()()()

 

 頷いたかと思うと目を細め飛鳥を見る。詰まらないモノを見るような眼、すがる人を突き放すかの眼、そして冷たさを感じさせないのが恐ろしくユルい少年がする目と思えない。

 どう感じ抱いたのかは知らないけれども、飛鳥が数歩、下がるのであった。

 それを見てにへっと表情をゆるめる。顔をくずしたのを少し直し、ガルドへ少し浮きながら寄る。

 

「これさ、復活の玉なんだとよ。これ飲んで元気になったらオイラをガルドにやる。ガルドはさ、箱庭の頂点を頂きたいんだろ?」

「なるホロ不可解っちょっと待ちなさい!! 『話し合おうぜガルド。話し合えば分かりあえるよ!』っじゃなくて!?」

「つーことで飲めっ」

 

 復活の玉をガルドに投げるが叩き落とされた。

 

「GYAAAAAAAAA!!!」

 

 叫び、飛びかかった。

 

「食いもん粗末にするなよ――」

 

 爪を袈裟斬りのように振り下ろし躯を裂こうとし、葉は動かない。血が吹き出た。間髪いれず下からの頭突きで跳ね上げる。大木に激突し幹をへし折る。

 

「――なっ゛!?」

 

 痛みと同時に、ビジョンが流れて不思議だと感じた。

 ギフトカード〝寂しいお人、その子はきっと………鬼の子(「今日は死ぬにはいい日だ……君は合格だ」)〟に視線を落とす。

 この箱庭は彼がいた世界よりも霊気が高く精霊などと交信しやすくなっていおり、これに加えてこのギフトと来た。〝猫〟に懐かれる、又は友達になるといった猫との縁が結ばれる恩恵である事も葉は確信した。そして猫のギフト、シャーマン、箱庭の三つがかけ合わさったからガルドの過去が流れ込んで来たのだ。血を媒介にして。

 白虎は血を拭うように地面に擦りつけながら葉を睨む。

 

「やっぱり嫌だよナァ」

 

 ふぅと息をつく葉。

 

「ますますお前をなんとかしちまいたくなったよ」

 

 ゆらゆら揺れながらガルドへ近づく。ガルドもまた唸りながら距離を縮める。

 先に動いたのはガルドで、白い腕が葉の両肩に重くのしかかった。そのまま牙を深く突き刺した。だが急所は外れるように躱す。

 

「……テメエはもう逃げられねえぞガキ、って思ってるダロ? うぇっ、へへへ――やっとだ。オイラもガルドに手が届いた」

 

 白い頭を、赤ん坊を抱くようにまわす。腕をまわそうとすると体の中が悲鳴をあげるが泣き言はあまり言っていられない。今抱いている虎は人間に怖れられる程強くなったのに、怯えているのだから。

 脂汗は止まることを知らない。

 

「ガルド、後処理は部下にすべてやらせてたよな」

 

 後処理とは、無理やり相手を自身のコミュニティとギフトゲームをさせる際に人質をとりゲームに勝てばかえすと約束するが、人質をとったその日にガルドが殺して亡骸を部下にすべて食わせたのである。

 その人質は子どもであった。

 

「どうだ? やっぱりマジィだろ、人間って」

 

 牙を抜こうとするが抜けない。満身創痍の少年のどこに力があるのだろう、虎にも汗が流れる。横に目をやれば葉の顔が紅潮していた。

 

「なんだ気にかけてくれるのか? どーや、ら、覗くだけじゃあっ、ねェ……みてえなんよ。あついッぞぉぉ」

 

 過去を見るだけでなく、〝いたみ〟も共有していた。

 ガルドの頬と自身の頬を合わせる。毛が、こそばゆい。

 ………あぁ、(ぬく)いよ、ガルド……

 これが聴こえたのはガルドだけであった。

 

「ひんやりしてるって言えばいいのかもしれんが、ガルドとこうしてるとさ………温泉に浸かってるみたいで極楽だ………」

 

 咬む顎の力がゆるんでゆく。

 

「オイラの兄ちゃんってさ、オイラにすげぇ甘っくて、すごっく強くて、神様なんだ………だから、オイラに憑依したガルドのゆう事きけって言えば、もしかしたら、箱庭の頂をよ……見られると思う。あとさ、オイラもさ、山のてっぺんに登ってみたいんよ」

「い、いい加減にしなさいよ!! 麻倉君! 私が彼に引導を渡すわ! 待ってなさいッ」

「やかましィ、ぞ。ガルドがまたさ、こうふんしちゃう、だろーが……」

 

 飛鳥が剣を掴みに行く。

 さあ、選べ。オイラの気持ちワリィ話聴くか、オイラを食らうか、飛鳥につっつかれてくたばるかをよ……。 ゆっくりとガルドが牙を抜いた。

 

「オマエ、ヲッ、クウッ!!」

「うぇっへ、っへ、っへ……ああ! 待てった! ガルドも、オイラも………もうひとふんばりだッ!!」

 

 その時ギフトカードが光った。 

 

『〝なんとかなる〟発動、及ビ〝場外乱闘〟ノ条件ガ満タサレタノデ発動シマス』

『参加者、麻倉葉のギフトによりギフトゲーム〝ハンティング〟を無効』

 

 同時に黒ウサギと十六夜がいる方向から爆発音がなった。黒ウサギの脚力のアレであると願いたい。そして、どこからか金髪の少女の悔しげな悪態が聴こえた気がした。

 

『新たにギフトゲームを開催します』

 

契約書類(ギアスロール)〟が一枚降ってきた。

 

『ギフトゲーム名〝つるかめつるかめ〟

・プレイヤー一覧 ガルド

・クリア条件 麻倉葉に憑くこと。

・クリア方法 プレイヤーガルド、ホスト麻倉葉が復活の玉を飲み両者回復し、麻倉葉に憑依すること。

・敗北条件  上記の勝利条件を満たせなくなった場合。魂が死んだ場合。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下もと、〝ガルド〟はギフトゲームに参加します。

                                〝麻倉葉〟印』

 

「ほッれよ――」

 

 ポッケにあるもう一つを手のひらに載せ丁度よい高さまであげると、ガルドが前歯ではさみ飲みこめば耀に刻み込まれた腕の傷が塞がってゆく。それを確認した葉は地面に仰向けになるよう倒れ、深い息を突いた。小鬼を呼び出しては砂利が付着する復活の玉を持ってくるよう促し持ってきたそれを口まで運んでもらう。

 おお、マジで治った――両足をおそるおそる大きく動かしたり、少し重いシャツを摘まんでずらし噛まれた跡を触り、目を丸くする。上体を起こし胡座をとってから立ち上がると同じく飛鳥が口をひらく。

 

「麻倉君、気は確かかしら。いや違うわね。貴方はそうやって、幾度も自分を犠牲にしてきたの?」

「自己犠牲でやってるんじゃあねえ………なんとかなる……これだけよ? うぇっへっへっへ」

「……うぇっへっへっへ………笑えない」

 

 その様に言やる飛鳥を見て微笑む。

 

「準備万端かガルド。んっじゃあ」

 

 白い虎の頭に左手をおく。少しなでた。

 

「――――ガルド! ひっとだまモードッ――憑依合体!!」

 

 ガルドが人魂となり葉が掴んでその手を上につきだし、掴んだ人魂を胸に押し込んだ。

 そしてゲームがクリアされた途端にぺたん、と座り込んでしまった葉。飛鳥が駆け寄った。

 

「麻倉君!」

「んあ? あすか、大丈夫よ?」

 

 だが、足を止める。

 

「ッチ、そのままくりゃあ押し倒して無様な顔にさせたのによ、麻倉君の体でな!」

「外道が」

「言ってろや。にしてもまーた人語を話せるとはな、便利だこと」

「喋るな。麻倉君の声が貴方の声と混じって気持ちがよく無いわ。麻倉君から離れなさい」

 

 実際は葉の声だがその様に聴こえるのだろう。

 

「無駄だぜ? コイツは全てを俺にやった。にしても全くだレディ、コイツはとんでもねえ阿呆! 三流の喜劇でも観てるみてえだぜ! ッフッハハハ!」

 

 腹をさすりながら笑いをおさめようとする。目を細めながら言う。

 

「なるほど『麻倉ハオ』か……。ここで俺がこの小僧を道連れにすればアニキさんはぶちギレるな。そしてここにいるお前らも殺す。なにせ見殺しにしたんだ。おやおや何故って顔をしていますね。このアニキさまは人を()()()快く思っていない、自己中野郎で迷惑極まりない糞野郎なんですな。俺が言うのもなんだが」

 

 葉の腕を伸ばし左天の人差し指と中指で腕をなぞる。飛鳥が眉間にシワをよせた。

 

「この体も善い。成長に合わせた少しだけ鍛えられた躯、物好きなヤツに好まれる顔と声変わりしてない声。『少年』つうステータスも悪かねえ、こっちが媚びなくても相手の方がよくしてくれるからな……ギフトは慎重に使うとして、そろそろ来るか」

「おい、お嬢様例の虎は何処に行ったって……ほーう、チビッ子か」

「飛鳥さん! ガルドは」

「チビッ子の中だ、御チビ。チビッ子の空気がおかしいからな」

 

 ジンと十六夜が木の陰から現れた。

 

「よく気付いたなァ、神格保持者を負かしただけはあるな」

「ヤハハそいつはドーモ。なんたって俺の勘は山本勘助のお墨付きを頂いてるからな……で、ノーネームの将来はコイツに握られたってわけだ」

「オイオイ、そんな目をするなよ。チビるじゃねえか」

「ヤハハハ! 漏らせよ」

「い、いい加減にしてください! 十六夜さん! そしてガルド、よくも麻倉さんを人質にとったな」

「人質、ねえ。つか、ジン坊おまえ俺に向かってんな事言える立場じゃねえだろ」

「言える立場じゃない、それは分かってる。でも気持ちだけは負けてないですよ? 力が無いクセに言葉だけは一人前な人を邪見する人が存在する事を僕は知っている。けどそうではない人もいるが、お前は今、僕、ジン=ラッセルを不快に思っている」

 

 ジンは十六夜をチラッとみてガルドを睨んだ。

 

「意外に冷静じゃねえか。しかし、お前がなんと言おうがどうでもいい! 俺は手にいれたッ! んでもってそこの陰でコソコソすんなよ黒ウサギさんよお!」

 

 茂みが揺れたかと思えば黒ウサギがガルド()に向かい跳び、膝蹴りを決めにいく。

 

「止めといた方がいい、コイツの兄貴がだまってねえかもしれないぞ?」

 

 寸でのところで止まる。

 

「……疾!」

 

 春雨を抜く。しかしそれよりも早く踵落としを食らう葉の体。

 

「ああ、ああ! 全く痛くねぇ! 憑依合体さまさま、麻倉葉様さまさまだッ」

 

 ガルドは涙を流す。

 

「く、黒ウサギ! 麻倉君のからだよ!?」

「大丈夫デス、加減はしました」

 

 飛鳥たちのところまで黒ウサギはさがる。

 

「『麻倉葉』コイツにも神の器があるのか」

 

 起き上がりつつそのようなことを零す。

 

「『麻倉ハオ』も元は人間で、今は神サマかよ。………いいなァ! やっはり今やるしかねえよな!? 思い立ったが吉日だ。ここで麻倉葉を殺してやる!」

 

 黒ウサギたちが動く。

 

「だから早まるなよ? お前らがコイツの体を傷つけたら、俺は勿論お前らも葉の兄貴に魂を砕かれるぜ! なんぼ言やァ分かる!」

 

 止まる黒ウサギたち。

 そして十六夜がガルドに指をさす。

 

「おい、オジョーサマ。あいつに何を言ってるんだ」

「麻倉君のお兄様は人間が嫌いで、他人への思いやりがない、弟好きをこじらした死ぬべき糞野郎様なの」

「兄弟そろってめんどくせー」

 

 愚痴り、十六夜は自分の手に視線を落とす。

 地に落ちている春雨を拾い上げて、切っ先を喉に向けそっと近づけチクリ肌に刺さる。これで完全にガルドの流れとなった。

 

「イヤなら止めてみろよ」

 

 しかし、動かない。

 葉の頬は濡れている。

 

「ハッ、サヨナラだ!」

 

 春雨を引き、喉を目掛けた。

 黒ウサギと十六夜が音を置き、飛鳥は威光を使い、ジンは祈る。

 そして、血の雨が降らない。

 

「…………じっくりねっとり()るか………」

 

 ぴたり、止まったのは刀と二振りの手刀。

 目を閉じて春雨を鞘に戻した。

 

「下ろせや」

「それは出来ません。刀でなくとも舌を咬めば死にますから」

 

 黒ウサギは臨戦態勢のままで、十六夜は手を解いて数歩下がるが双眸は鋭い。逆に飛鳥とジンは刺激にならないよう近づく。

 

「そう重く歩くなよ――――仕方がねぇ」

「つーわけだとさ、黒ウサギも皆もお開きにしようぜ。なにせチクチクが思ったより痛いからホームに戻って早く治したいんよ。あ! でもオイラ蘇生術ちと出来んじゃん」

「麻倉君が、戻った……?」

「なに豆鉄砲くらっとる。だから、なんとかなるって言ったろ」

 

 飛鳥を見て、次に背後の上を見上げる。葉と白いナニカで繋がっている白い虎がいた。

 

「オイ! 俺を徐霊しろ。小僧に憑いてても面白くねえ」

「その前に、オマエ達に奪われた全ての〝名〟と〝旗印〟を還してもらう」

「クク――還すさ十六夜の小僧、俺には必要無い。こっちだついてこい」

「本当でしょうね」

「ああ本当だともお嬢さん、あと何か言いたそうだな。ジン、黒ウサギ、お嬢ちゃん」

「やぁめえとォけっ! ガルドのコミュニティはもう壊滅してるし、奪われた名前と旗たちが還ってくるんだ。争う理由は無くなった」

「でも………」

「葉チビの言うとおりだぜ御チビ。過去を蔑ろにするってワケじゃないが……いやしてるか。まぁ俺たちノーネームは明日や今を見ないとダメ。すぐに返還する式でも挙げて、ノーネームの、俺らのリーダーの名前を売り込むぞ。それに虎の非道は知れ渡ってるんだ、おそらくだが東のフロアマスターさんが黙っているはずが無い。どっちにしろ虎たちコミュニティは詰んでるのさ。そうだろ素敵耳の黒ウサギ」

「噂は耳にシマシタ」

 

 そして〝ノーネーム〟は〝フォレス・ガロ〟に奪われたコミュニティたちの〝誇り〟をとりかえした。

 しかし腑に落ちない、勝った気もしないギフトゲームであった。

 

 

 

 

 

 ゲームが終わり〝フォレスガロ〟の解散令が出たのは間もなくの事だった。

 居住区から避難していた人間は鬼化(きか)した木々が消えたのを知り門前に集まっていた。()()()()()()()が誇り――名前と旗印を返還するからである。

 そのなかで〝ジン=ラッセル率いるノーネーム〟のコミュテ二ティを存続させるために、『我ら、ジン=ラッセルのコミュニティが〝打倒魔王〟を掲げるコミュニティである』と宣言し、ガルドらに奪われたコミュニティたちの旗を取り戻したジン=ラッセルの事とそのようなコミュニティを心に留め応援してほしい、と。

 衆人から歓声があがり激励の言葉を贈られて、彼らノーネームの作戦はコミュニティの信頼を得たりと一先ず成功を収めるのだった。

 その場にいるノーネームのメンバーはジンと十六夜に飛鳥で、麻倉はそれを白い虎と一緒に遠くの丘で眺めていた。耀は工房にて黒ウサギに看られていた。黒ウサギ曰く一、二日もあれば治るらしい。

 

「おお、〝名前〟と〝旗〟還されて名前――死んだ仲間さんか人質の子どもかな、叫びながら泣き崩れてるし、狂喜しながら踊り回ってるし、旗掲げて走り回ってるし、あとなんかやってるし旗とか大事なんだな。それに改めて、お前ひでえことしてたんだな」

 

 ガルドにのっかりながら言葉にしたらそっぽを向かれてしまった。

 すると、虎は大きく体をふるわせて葉を強引に振り落とし、少年は背中とお尻を強打する。葉の胸に白い前足が置かれた。

 

『俺は必ずお前ら人間も神仏、悪魔も魔王もぶっ殺す』

「ならオイラたちは強くならないとな。でもダメだぞ殺すのは。もちろんお前も死んじゃあダメだ。今生きてる意味が無くなるし、鎖を断ち切る事も出来なくなっちまう。ま、お前の場合は炎だけどな」

『………炎を消すのは誰にも出来ない。囚われたのだ俺は』

 

 大きくもなく小さくもない少年の手が虎の頬をかく。

 

『お前らのせいだ、お前らが俺たちを地獄に突き落とした。食うためでもなく俺らを侮辱した! いつまで怯えなければいけない、俺たちも、お前たちも。……ハハ、全て滅んでしまえばいい、照らしてくれる星が無いなら』

「星ってウン千年、ウン万年かけてやっと見えるからな。でもよ、今は見えなくとも、そこにあるんよ。オイラは七、八年かけてやっと見つけた。初めての友達でな、これからもずっと……」

『よく、死ななかったな』

「モチいじめられはしたさ。ホントうぜえよな。たぶんだが、人でなしだったからじゃねえの? オイラ自身もよう分からないけど」

『俺は途中で邪魔されたけどな。そう、忘れるところだったがお前はこれから俺をどうするつもりだ』

「星になれたら、と思ってる。雨も降るし、そよ風のなかで昼寝もできるし、ともしびにもなる。たとえ星が一つでも、星の力は一つじゃない」

『なら、頭と心をフルに使っていろんな策だして俺を楽にしてみせろ。楽にしてくれたらお前を麻倉葉星か、麻倉葉流星群と観測してやるよ。だが、お前を認めるまで俺は今まで通りにしていくぜ』

「そうか、ふんばらねえとな」

 

 うぇっへっへっへと笑う。

 虎は足をどけて顔を葉の顔にちかづけて顔を噛む。あまく噛んだつもりだが跡がくっきりとつき、葉の顔が面白くなった。その顔を白い虎は舐めて、そうすると、頭をかいてくれる。

 大きな雲が一つ流れた。一つ流れれば二つ目が訪れて、二つ目が過ぎてゆけば三番目の雲が吹かれてきた。その雲が通過し終えた時だった。

 

「そろそろ戻らねえとな」

「ゥルぅー」

 

 葉はガルドにまたがり、本拠地に向かって歩いた。

 舐めて、かいてもらった時間がふしぎでたまらない。初めて麻倉葉に憑依したときに流れた、あの涙がまた、零れそうになったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『―――化け猫は、みんなの大切なモノをかえしてあやまりました。そうしてゆるしてもらい、みんなと次こそなかよしになろう、とふんばるのでした』………ハイ、一章終わりだからもう寝るぞ」

「えぇ~~お兄ちゃんつぎのもきかせてよぉ」

「夜更かしはダメって言われてるだろ」

 

 兄が正論めいた事を言うと妹はふてくされる。

 

「お兄ちゃんのおヨメさんになんかならないから!!」

 

 そして、今度はぐずりだした。このままにしておくと妹は、自分の半径三十メートル以内にいる者(自身を除く)の五感を十五分間奪うギフトを発動するのである。

 以前、お昼時に発動されて近所含めエライことになった。

 

「二章持ってくるから待ってて」

「いぇええいい、はーやーくぅー」

 

 一章の本を持って一階に降り、書庫にはいり本棚に戻し二章を取り出す。

 兄と妹の寝室は二階で、階段のわきには三日前に三桁のコミュニティからもらった蜜柑が木箱にごろごろつまれており、五個手にする。

 階段で音をたてないようにのぼり、妹と共有の寝室にもどる。

 

「あ、みかんだ! みかん」

「静かにしてってば、ホレ。じゃあ二章読むよ――『〝泣き虫坊ちゃんとこわいお兄さん〟―――』」

 

 部屋を照らすのはオレンジ色の灯り。

 窓のカーテンは引かれておらず、星々に見守られながら、二人の夜は更けてゆく。とくに二枚の葉っぱのような星座が兄妹を照らしているように見えた。

 

 

 

 


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