ノーソウル,ノーギフト   作:麻戸産チェーザレぬこ

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黒か白か 鬼か狐か

 ずぶ濡れになって、湖から上がる問題児達。葉はというと一人、湖でぽわんぽわん浮かんでいる。

 状況が読み込めない、のではなくただ浮かぶだけでありこいつもまた問題児かもしれない。『気もちかった~』と(おか)に足をつける。

 これを見たどこかの黒ウサギがうなだれる。

 

「ふゥ~、あんがい大丈――」

「信じられないわ! まさか問答無用で引きずりこんだ挙句、空に放り出すなんて!」

「右に同じだクソッタレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」

「石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

「俺は問題ない」

『このボウズ生意気ですぜ、お嬢。ねのひずみ((ネズミ))の餌にしましょうや』

「だめだよ三毛猫。たはえ本当で、救いようがないアホでも、それが私以外には分からないからって」

「……ナンだろうな、どこかでバカにされてる気がする」

 

 とはいっても誰が陰口を叩いているかは一生解き明かせない謎であった。

 

「うん……。此処どこだろう?」

「さぁな。どこぞの大亀の背中じゃねえか……っとー。忘れてた。まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。お前達にも礼節無ぇ手紙が?」

「ええ、お客様に対する誠心がまるで無い心無知(こころむち)な差出人が書いたであろう手紙ね。そうだけど、〝オマエ〟って呼び方訂正してって言わなかったかしら、おバカさん。――私は久遠(くどう)飛鳥(あすか)よ。それで、そこの猫を抱きかかえている貴女は?」

「…………春日部(かすかべ)耀(よう)。以下同文」

「よろしく春日部さん。つぎに野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」

「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま紳士で凶暴とは縁のない――つか逆に御手を差し伸べてくださる菩薩様の申し子、逆廻(さかまき)十六夜(いざよい)です。お嬢様には駄目人間に見えるようだから、用量と用法を守った上で――」

「長い。後で鳥頭(とり)扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」

「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけや、オジョー=サマ」

 

 十六夜にアルゴールのような石にする眼光を突き刺しつつ、案山子の正体を訊く。

 

「ん、オイラか。よろしくな」

「よろしく。あと出来れば名前も教えてくれないかしら。ボク君」

「……。『(あさ)()』の麻に、『鎌倉』の倉で、麻倉(あさくら)。武将の朝倉さんとは全くの別だ、これでいいか?」

「ええ麻倉君」

「まて、チビッ子。チビッ子の持つ日本刀と、そのちっこい剣は何だ、フツノミタマノツルギとか言ってたよな。お前は神道系の家の出か」

「わざとざっくばらんに言わんでいいよ。アンタの言うとおり、あの神様だと思うぞ?」

「疑問で返すか。なら……」

 

 その続きを、パチもんではないことは確かだぞ、とさえぎる。しかし、口を閉じながらも十六夜は妙に引っかかる。

 似せ物(・・・)ではないと言いきれない、それとも十六夜の方が似せた、のか。時がたてば分かるだろうと思い十六夜は眼に飼っている蛇を働かせる。

 

「ッフ」

 

 なに笑ってんだこいつ、と麻倉の葉が腕をさする。次に十六夜が苛立たしげな顔つきとなったので、働き者だなぁ。

 

「呼び出されたはいい、なんで誰もいねえんだよ」

「そうね。なんの説明も無いままでは動きようがないもの」

「…………。この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかとは思うけど」

 

 

 さほど遠くはない茂みの裏で、全くです、とこっそりツッコミをする耳長い影。もっと右往左往していれば飛びだしやすいのだけれども場が、あのように阿呆なやり取りをしているがそこにスキが無かった。いや、一人の子どもだけは空をずうっ――と眺めて、だんだんゆわりゆわり船をこいでいたか。

 腰を重く運ぶ。三者三様の罵詈雑言を浴びせてくる様を見ると尻尾が張るけれどいたしかたない。

 ノーネームの黒ウサギ、押して参ります。

 

「仕方がねぇな。こうなったら、そこに隠れている奴にでも話を聞くか?」

 

 茂みに戻った黒ウサギ。

 

「なんだ、貴方も気づいていたの?」

「かくれんぼじゃ負けなしだぜ? そっちの猫を抱いてる奴も気づいてんだろ」

「風上に立たれたら嫌でもわかる」

「…………へぇ? 面白いなお前」

 

 軽薄そうに笑うも目は笑っていない十六夜と飛鳥に可愛い方の耀の後ろで、くぅ~っ――息を抜きながら漁師に釣られ脚をだらんとするクラゲを思わせる姿。

 

 ――こいつは、…………絶対気づいていない――

 

 いつもの三人はそれを高らかに言ってもよいのだが、そんなこと(・・・・・)より、いじりがいある面白そうなウサギの玩具を見つけた。

 

「や、やだな御三人様。そんな狼みたいに怖い顔で見られるは黒ウサギは死んじゃいますよ? ええ、ええ、古来より孤独は狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聴いていただけたら嬉しいでございますヨ?」

「そこまでカシコまんなくともいいぞっ、うぇっ――」

「断る」

「却下」

「お断りします」

「あッは、とりつ――」

「あんたら息ピッタリだなぁ、笑いの風世界に吹かせられるぞきっと」

 

 ばんざーい、降参のポーズをする黒ウサギ。

 しかしその眼は冷静に四人を値踏みし、一人に熱い視線を送る。

 黒ウサギはおどけつつどの人間が〝バグ〟か〝最高峰〟かを、すがすがしい青空のある一点に闇と言っても差し支えなく、にじみ出たような(まなこ)を見開く。

 見ているだけで吸い込まれてしまうだろう錯覚をもたらす大空の、その片隅に、黒い雨雲があったとしても大して気にはしない。存在は認識するが深くも浅くも知ろうとはしない。博識があるにしても、動物の声が聞こえようとも、英才教育を受けたとしても、あれは誰のために降る雨なのかはその誰かと雨だけで、そこには神仏悪魔も入ってはいけない、一種の、男子禁制な処女(おとめたち)の秘密の美しい思い出――

 

「のようなものだったりしてな」

 

 面白がる葉少年。

 ――――は! 春日部耀が不思議そうに黒ウサギの隣に立ち、鷲掴み

 

「えい」

「フギャ!」

 

 力いっぱい引っ張った、今をときめけ女の子の耀。

 

「ちょ、ちょっお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」

「好奇心のッ――為せる業」

「へぇ? このウサ耳って本物なのか」

「…………。じゃあ、私も」

「なっ、じゃ、じゃあって――ちょっ」

「あー……ふむ。こまったな」

 

 葉の瞳に映る、三人の超問題児に弄ばれる涙で体を浮かす黒ウサギ。葉に、死ぬ気ですがる黒ウサギ。

 

「なっ、もうやめるべ? それいじょうは、ほらっあれだぞ。お前らも他人(ひと)にそれ以上やられたらさ、仕返しするだろ――せんかもしれんが」

 

 そして虚しく響かない。

 前の世界で幾度も聴いたおぞましくも訴える声をあげる、ウサギの皮を被ったナニカ。――いつかの鬼の子をとりかこむつまんねぇヤツらと、取り巻き、なにもしないヤツら。

 葉がそよ風に誘われる葉っぱになり、風船のように体をめいっぱい脹らませ、ゆっくり、ゆっくりしぼんでゆく。世界を気だるげにあける。

 

   くだらねぇえな

 

 地面を、砂が渡る。十六夜が見たという滝の、その命の芽吹きを励ます音が、居心地がよかった。はずだった。

 

「……飛鳥、十六夜、耀。それ以上やったらよ、羊の群れになっちまう。否定をしにかかる奴らにだ。あとオイラもこう、説教、ちげえや。飛鳥に十六夜に耀に図々しい態度とるのすっげえ心が楽にならないんよ…………飛鳥も十六夜も耀も、ほざく負け犬の戯れ言で、楽しいような一時を邪魔されたんじゃあ頭にこなくともさ、もやもやしちゃうよな」

 

 十六夜が黒ウサギから離れて葉の目の前を陣取る。

 

「もやもやも頭にもキテねえよ、すまねぇチビッ子」

「そうね、こんなに小さな子が気張っているもの。ここら辺でやめましょ。謝るわ麻倉君」

「ちょっと興奮しすぎた。麻倉くんごめんね」

「あさぐらざああ゛あんん゛ん」

 

 ウサギが紅くなり葉に一直線。

 黒ウサギの豊満なあれに麻倉葉が――顔が包まれる――その一瞬の前の一言。

 

「やべ…………オイラ死ぬかも」

 

 全身全霊を持って葉を抱きしめる黒ウサギに、頭を、髪がくずれるほどこれでもかと撫でられ、黒ウサギの涙と鼻水が隙間をくぐり葉の顔を濡らす。

 

「いい子でございまっしょおいい! 麻倉さん――」

「わ、わわわっかたから。辛かったなっよしよし、これでいいだろ!?」

「まばヴぇございますよ、小さな子にはやはり母性愛!! 黒ウサギ、このご恩は必ずやお返し」

「今やってんじゃねえのかよ……っ」

「ごれだけでは飽きたら無いのでずかあ」

「お前なんかぶれてんぞ!? なぁお願いだからもうはなし――――……」

 

 黒ウサギは二百年の純潔な乙女でありつづけ、はりつく絹のような肌が葉の世界を奪う。

 とうとう葉は呼吸をしづらくなって、そして葉は少年と呼ばれているが男だ。男の描写は気持ち悪いが、葉は男だと認識していれば問題ないはず。

 

 …………殺された……さよならみんな……

 

 次に木霊を響かせたのは、葉だった。

 

 

 

 

 

 

「おい、お前がかわいがりすぎたからかチビッ子泣きながら石積んでんぞ」

「かわいそう」

「いったいどこの腹黒ウサギが酷いことしたのかしら」

「く、黒ウサギです飛鳥さん! ああ、あああ、申しわけございませんっ……」

「もう、いいんよ。はやくはなしをきかせてくんねえか」

「いいんですか」

「はは、心配すんな。あと、みんなに言っておく、…………オイラっないて、――ない、てなんかないんだぞ……!」

「……ではこほん」

 

 黒ウサギの御話とはここ、箱庭の大まかな説明と〝ギフトゲーム〟についてであった。

 箱庭での生活を送るために〝コミュニティ〟に参加せねばならず、又、チップを払い〝ギフトゲーム〟に参加して自分たちの持つ〝恩恵(ギフト)〟を使いこなして主催者が提示した商品を得るまで競いあう。ギフトゲームは様々な種類がありコミュニティ同士といった大規模なゲームが催されたり、個人同士や商店街などの小規模なゲームも存在する。次にチップについてだが人間・金品・土地・利権・名誉・ギフト等を賭けあうことが可能であり、当然負けたら還ってこない。報酬もだいたい右と同じようなものらしい。ゲームによって賭けるチップ、貰える報酬も異なる。

 

「つまり〝ギフトゲーム〟は〝法〟と考えていいかしら?」

「ふふん、なかなか鋭いですね。しかし八割正解の二割間違いです。強盗や窃盗は禁止ですし、物々交換も存在します。ギフト犯罪などもってのほかで徹底的に処罰します。しかし――! 〝ギフトゲーム〟の本質は全く逆! 一方の勝者だけが全てを手にするシステムです。報酬以外の店棚にある商品もクリアすればタダで入手することも可能だということですね」

「そう、野蛮ね。あと、奪われるのが嫌なら腰抜けは初めから参加しなければいい、とも言えるわね」

「然り、でございます。さて、ここからは我らのコミュニティでお話させていただきたいのですが…………よろしいです?」

「まてよ。まだ俺が質問してないだろ」

「ルールですか? それともゲームそのものですか?」

「そんなのはどうでもいい(・・・・・・)。俺が聞きたいことはたった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」

 

 十六夜は視線を黒ウサギから外し、『他の二人』を見まわし、巨大な天幕によって覆われた都市に向ける。

 何もかもを見下すような視線で一言

 

  この世界は………面白いか(・・・・)

 

「――――――」

 

 他の二人も無言で返事をまつ。彼らを呼んだ手紙にはこう書かれていた。

『家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と。

 

「―――――YES 〝ギフトゲーム〟は人を超えた兵どもだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は下界より格段に面白いと、黒ウサギは保証いたします♪」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――場所は箱庭二一〇五三八〇外門。ペリベッド通り噴水広場前。

 

「ジーン~ジン! 黒ウサの姉ちゃんまだ箱庭にもどってこねぇの?」

「もう待ちぼうけでわたしつかれたー」

 

 箱庭の外壁と内側をつなぐ階段の前で戯れる子供たちがいた。張った足をはたきながら口々に不満を吐き出す友人たちにジンは苦笑する。

 

「………そうだね、みんな先に帰ってていいよ。僕は待っているから」

 

 だぼだぼローブに跳ねた髪の毛が特徴的な少年――ジンが取り巻きの子どもたちに帰るよう指示を出す。

 

「ジンもリーダーで大変だけどガンバってなぁ~」

「もう! 帰っていいなら早く言ってよ!」

「おなかへったー。ご飯さきにたべていい?」

「うん。僕らの帰りが遅くなっても夜更かししたら駄目だよ」

 

 ワイワイと騒ぎながら帰路につく少年少女と別れる。

 石造りの階段に座り込む。一人になって暇を持て余したのか、忙しなくなのかのんびりなのか、外門を通る人々をぼんやりと眺めていた。

 

――もしも外界から来た人達が使えない人達だったら……………僕らも箱庭を捨てて外に移住するしかないのかな

 

 ジンより幼い子どもたちばかり。生まれ育った土地を手放し、宛ての無い旅は何としても避けたい。

 何度目だろうか、ため息をついてしまう。首を振ろうにも、得体のしれない(かげ)りにはさまれてしまう。

 

「ジン坊っちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人と僕と同じぐらいの子が? それにしてもずいぶんかかったね」

「なぜか呼ぶのに時間がかかりまして」

「そう、お疲れ」

「いえいえ。――――こちらの御四人様が、が?」

 

 ――あら、麻倉君風邪をひいたの? もう少しよ。――三毛猫、あったかいから。――ありがとう。風邪うつさんように善処するよ、女性二人と三毛猫をもふりかかえる少年の微笑ましい仲。

 クルリ、と振り返る黒ウサギ。

 カチン、と固まる黒ウサギ。

 

「ぇーー……………と、もう一人いませんでしたっけ? ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から〝俺様問題児!〟ってオーラを放っている殿方が」

「ああ、十六夜君のこと? 彼なら『ちょっと世界の果てを見てくるぜ!』と駆け出して逝ったわ。大丈夫よ黒ウサギ、菩薩様の許へ還ったのよ」

「お~久遠さらっ――」

「〝さん、よ。年上に対して、最低でも言葉遣いは糺しなさい〟麻倉くん。十六夜君のような大人にはなりたくないでしょ?」

「確かにそりゃちょっと困るな久遠さんっ、改めるが久遠さんさらっとひ――――」

「なんで止めてくれなかったのですか!! それに仲間思いの欠片もありませんッ、いくら問題児様でもあんまりです!! ひどいですッ」

「『止めてくれるなよ』と言われたもの」

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

「『黒ウサギには言うなよ』と言われたから」

「む、言ってな――」

「嘘です、嘘です! 実は面倒くさかっただけでしょう御三人さんッ」

「すまん、クロ――――」

 ―――うん―――

 

 飛鳥、耀のナイスチームプレイ『うん』で黒ウサギは前のめりに倒れる。

 

「た、大変です! 〝世界の果て〟には野放しにされている幻獣が」

「幻獣?」

「ギフトを持った獣ですっ。特に〝世界の果て〟付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ちできません!」

「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」

「ゲーム参加前にゲームオーバー?…………斬新?」

「オイラの友達も三日四日してもどっ――――」

「冗談を言っている場合じゃありません!」

 

 ジンは必死に事の重大さを訴えて、黒ウサギは溜め息を吐きつつ立ち上がり、葉は口を『え』段のかたちのままで固まっている。

 口を閉じる動作に入った葉。

 動いたからだろう四人と三毛猫は葉を注視して、葉は冷や汗をかいてしまう。

 

「はぁ…………ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが、御三人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

―――――分かるぞ~~オイラも今ため、……

 

 きょろきょろ、眼だけ動かし、ごくり、と飲み込む。

 

――――分かるぞ~~オイラも今ため息つきたいぞ、……―――――!!

 

 『やったーー! オイラ、やったぞ!!』と左手を生まれたての小鹿のように空へとのばす葉は四人の背にされて、ジンが黒ウサギの十六夜戻しを任せ、黒ウサギは怒りのオーラを全身から噴出させ、空高く飛び上がり外門の柱に水平に張り付いて、葉が一人芝居している間に淡い緋色に染めた髪をわななかせ踏みしめた門柱に亀裂を入れて、弾丸のように飛び去り、あっという間に三人の視界から消え去った。

 

「箱庭の兎に、素直に感心するわ。黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、お言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」

「あ、っはい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。若輩ですがよろしくお願いします。三人の名前は?」

「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」

「春日部耀」

「私たちの外でひとり小躍りしている子は麻倉。麻倉君よ」

 

 ジンが礼儀正しく自己紹介をし、飛鳥と耀はそれに倣い一礼した。

 

「軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」

 

 ジンの傷跡が消えない手を取れば、胸を躍らせるような笑顔で箱庭の外門をくぐる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「麻倉君って猫科の動物のみならず、亜人の猫族まで、そうね、こう、麻倉君はマタタビかおかかなの……?」

「オイラはれっきとした人間だぞ。あと春日部目がちょっと怖い」

「気にしないでいいよ。ただ羨望の眼差し向けてるだけだから」

「す、すごいですよ……麻倉サン! 麻倉さんがいれば衣食住の食、これだけは完全に安泰です」

「なんでなんよ、ジン」

「猫は人間が収穫した穀物や蚕をネズミから守るために重宝された歴史がありますから、箱庭でもお猫様たちのギフトゲーム、えっと農耕系のゲームで優勝すれば農作物はもちろん土地を肥沃化するギフトなどの報酬がもらえるんですよ!! 暁には小麦とか、砂糖とかお菓子やパンに必要な材料がいっぱい手に入ってお菓子作りが盛んになって、うちのコミュニティや他の子供たちはもちろん! 女性の方たちが満足できる極上なスイーツを売って売って売って! 売りまくれ!! 専売特許も獲得し! 遂には箱庭全土のスイーツ界を牛耳ることも不可能じゃない! それにギフトゲームで勝ち時にはお猫様もコミュニティに入れることができます! これはもう最強なんですよ麻倉さんは僕たちノー、失礼ッ! 僕たちのコミュニティのお猫様ですか!?」

「熱く語っていただき申し訳ないが、さすがのオイラでもついていけんぞ、落ち着け」

「麻倉くんの猫姿。……ある意味ふてぶてしい猫」

「ジン君、気になったのだけれどそのチップはどういったモノが主流なのかしら」

「今は普通というか一般的というか、あ~数年前までは人間でしたよ。神格でも金品でも土地でも魔王の使役でもなくひたすらに人類狩りをしていましたね」

「そ、それは、驚くわ。でもなぜ?」

「確か北で起こった事件が原因でした。主に人類で構成されたコミュニティが『テツドウ』なるものを開通させる為に猫族のコミュニティの一部の土地を必要としました。ですが猫側にとってそこは交易の重要地でした。そこでギフトゲームで決着をつける話になりました」

「あ! その物語は私が小さかった頃よく子守唄として聴いていましたよ!」

 

 端正な顔立ちをした猫耳の店員が軽食をテーブルに置き、葉の近くに立つ。

 

「おいら……男だぞ?」

「いえいえ、お気になさらず♪」

「あ! 先輩ずるいですよ!」

 

 猫耳の女性店員がシャーッと威嚇しながら葉の袖をつまむ。それを見てか接客サービスを行う普通の(?)猫たちや人型の猫族が集まる。

 

「モテモテね」

「ああ」

『まんざらでもないって顔ですぜお嬢……お嬢?』

 

 春日部耀は三毛猫の顎や頭、首回りを撫でる。

 しばらく三毛猫はごろごろと鳴いて、撫でるのが止まれば春日部耀の左肩に両手をのせて、つぶらな瞳を閉じ頬をちろちろなめる。

 

「そのギフトゲームは演奏楽コンテスト形式でして、そりゃもうそん時はすごかったらしく箱庭の三桁のコミュニティたちも聴きにきたらしいんですよ」

「猫ちゃんたちの演奏……聴いてみたいわ」

「ですけどねぇ」

 

 濡れた髪を流す、憂いがある女性店員が葉の太ももに肘を置く。

 相手は猫だオイラはまだ死なんと自分に喝をいれる。

 

「なんと人間さんたち、私たち一族が寝ている間に一族のザラザラ舌にマッチをグイッて擦ったの」

「ちょと、く……くすぐってえってば。あと後ろのお前らもどさくさに舐めるなよ! 不覚にも気持ちいんだぞ!」

「麻倉君昼間からそれは感心しないし、まだ子供よ貴方は。あとジン君がのぼせる一度目前よ。で続きは」

「そんな卑怯なモンやられちゃ金管楽器は吹けねえし、あと唯一舌無事だったチェロ担当、てかチェロ班がいたんですが弦が全部切られてたんですわ!」

「なるほど。舌に傷を負わされて楽器が使い物にならなくなればギフトゲームは人間の不戦勝、になるけどそれはこの世界のルールに反するわ」

「そうですね。お客様の答えのとおり不正を働かせたコミュニティは箱庭を追放されました」

「でも違反だって分かってるよね。その人間のコミュニティは何があって愚かなことしたの?」

「全く分からないの。でも事件の真相を解き明かした人がいたけど、もうこれには神仏も魔王も誰も関わってはいけないと言ってたわね」

「話が長くなってしまったけど、その猫一族が主催するゲームで敗北した人間たちは具体的にどうなったのかしら」

「ハンバーグ」

「ふ~ん。北と猫に鉄道、マッチと人間と音楽と猫にチェロ、んで猫一族が人間をチップにするという名の人間狩り。そして負けたら人間はハンバーグに調理される、あれ?」

 

 葉はナニカを釣ってしまった。

 

「飛鳥大丈夫?」

「ごめんなさい、少しお花を摘みに出かけるわ」

 

 

 

 

 その後、ガルド=ガスパーなる者が飛鳥、耀、麻倉を、しかし本当の狙いは黒ウサギをノーネムから引き抜こうとしたが失敗に終わった。それどころか明日、ガルドのコミュニティ〝フォレス・ガロ〟の存続とジンたち〝ノーネーム〟の誇りを賭けた〝ギフトゲーム〟が行われる。

 それを十六夜を連れた黒ウサギに怒られた。

 

「――って聞いているのですか四人とも!!」

 ――――ムシャクシャしてやった。今は反省しています――――

「だまらっしゃい!!! ぬっ、麻倉さんッ」

「ああ――うん。ちょっと考え事してた」

「か、かか考えこととはッ――麻倉さんには先刻の恩がありますが人が真剣に怒っているのですよ!!」

「まぁまてや、黒ウサギ。春日部たちの話によるとチビッ子までもショッキングなもんきかされたんだ。御チビの方はここの住人だからチビッ子よりは経験あるだろうがよ」

「そう、でした。申し訳ございません、麻倉さん」

 

 麻倉葉は瞳を閉じ首を振った。

 

「………それじゃあ今日はコミュニティへ帰る?」

「あ、ジン坊っちゃんは先にお帰りください。本音としては麻倉さんもですが、麻倉さんも参加なさるギフトゲームが明日なら〝サウザンドアイズ〟に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと。この十六夜さんが貰った水樹の事もありますし」

 

 十六夜たち四人は首を傾げて聞き返す。

 

「〝サウザンドアイズ〟? コミュニティの名前か?」

「YES。特殊な〝瞳〟の持つ者たちの群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです。幸いこの近くに支店がありますし」

「ギフトの鑑定というのは?」

「勿論、ギフトの秘めた力や期限などを鑑定する事デス。力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出所は気になるでしょう?」

 

 答えは返ってこない。

 黒ウサギ、十六夜、飛鳥、耀、麻倉の五人と三毛猫の一匹は〝サウザンドアイズ〟に向かう。

 道中、黒ウサギ除く四人が興味深そうに街並みを眺めていた。

 石造りで整備されたペリベッド通りを、日が暮れて月と街灯ランプに照らされている並木道を、飛鳥は不思議そうに眺めつぶやく。

 

「桜の木………ではないわね? 花弁の形が違うし、真夏になっても咲き続けているはずがないもの」

「まだ初夏になったばかりだぞ。気合の入った桜が残っていてもおかしくないだろ」

「………? 秋だったと思うけど」

「お、みんな違うな」

 

 ん? っと嚙み合わない四人は顔を見合わせて首をコテンとした。

 黒ウサギが笑って、四人はそれぞれ違う世界から召喚されている、しかしパラレルワールドというわけでもなく、正しくは立体交差平行世界論というものだと教え、これの説明は長くなるからと曖昧に濁す。

 黒ウサギが振り返る。どうやら店に着いたらしく商店の旗には、蒼い生地に互いが向かい合う二人の女神像が記されている。

 日が暮れて看板を下げる割烹着の女性店員に、黒ウサギは滑り込みでストップを

 

「まっ」

「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

 黒ウサギは悔しそうに店員を睨みつけ、葉はうぇっへっへ――と笑みが零れる。

 凛とした店員に意識を向けられているのを、笑いながら受けとめる。静かに灯される二人のやり取りは誰も知らない。

 店員は箒を利き手へと持ち替えた。

 

「なんて商売っ気の無い店かしら」

「ま、全くです! 閉店時間の五分前に御客様を締め出すなんて!」

「文句があるならどうぞ他所へ。今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

「出禁!? 御客様を舐めすぎでございますよ!!」

「あなたお客様は神様なんだという言葉を知らないみたいね」

「む! オイラんとこはお天道様だっだなぁ。カルチャーショックだな」

「麻倉さんはややこしくしないでください」

「ああ、確か俺は十六夜様だったな。これはいけねえ俺を布教しないとな」

「十六夜さんも乗らないでください! あなたを拝む方はいませんよ!!」

「うん、私は特に何もないよ黒ウサギ」

「どこにも喋る必要性はありませんでしたよね!」

「だって、ここで言わないと黒ウサギ私にとびかかるでしょ? 今みたいに」

「それは貴女様が言ったからですよ!?」

「……店じまいなのですが、ツッコミをしている暇ありませんよね?」

「貴女様も黒ウサギにかまうお時間があるならちゃっちゃと閉めてください!!」

「そうですか」

「っは!!」

 

 自分が撃った凶弾に倒れる黒ウサギ。

 

「なるほど〝箱庭の貴族〟であるウサギの御客様を無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますのでコミュニティの名前をよろしいでしょうか」

 

「……うう」

「俺たちは〝ノーネーム〟ってコミュニティなんだが」

 

 ほほう、と店員はへ左足を半歩動かし右の方もそれにつられた。流麗な動作だったので誰もが感心した。

 

「ではどこの〝ノーネーム〟様でしょう。よかったら〝旗印〟を確認させていただいてもよろしいでしょうか」

 

 黒ウサギたちの〝ノーネーム〟は名の通りといえば変なのだが〝名〟も無く〝旗印〟も無い。

 〝サウザンドアイズ〟の商店は〝ノーネーム〟御断りであり、力のある商店だからこそ客を選び信用できない客を扱うリスクを冒さない。

 葉を抜いた四人の視線が黒ウサギに集中し、顔を歪め、彼女は小声でつぶやいた。

 

「その………あの…………私達に、旗はありま」

「いいいいぃぃぃいやほおおぉおおおぉっぉおおおお! 久しぶりだ黒ウサギィイイイィィ!」

 

 白い少女が黒ウサギを通り越して葉へ一直線。

 麻倉葉は見開きながらも頭を左前横に落とし足に力を圧縮しつつ、葉が頭を撥ね飛ばす手刀を、右腕の肉が少し削られる程度に避ける。白髪の少女が背後から追撃を放ち、これは虚空を蹴り飛ばした。

 が、ただの蹴りの風圧だけで葉を大地から追放し背中の骨に悲鳴を上げさせた。突如にして圧が弱まるも、歯を食いしばり体勢を立てなおそうとすれば、店員が葉へ無慈悲に斬り下ろす!

 

 

 

   阿弥陀流真空仏陀切

 

 

 

 咄嗟の判断で女性店員は後ろへ飛び、いつのまにかそこにいた白い少女の許へ着地。

 

「し、白夜叉様!?」

「黒ウサギさがっておれ。あとその子供等もな」

「黒ウサギ様先ほどは失礼致しました。出禁は嘘でございますが〝これ〟は真実です」

 

 黒ウサギが黒い紙を受け取った。すると血相を変えた。

 この異変をやっと飲み込んだ飛鳥、十六夜、耀は黒紙を読まんとし白夜叉と店員の後ろにまわる。 

 葉は春雨、フツノミタマノツルギを構える。

 その黒い紙はこうだ。

 

 

 

ホワイトのカード 

名前はあるが読めない見えない書けない認識できない感ぜられない若しくは名前がない。あなたの名前がここに記されている。あなたを思う人の名前がここに記されている。あなたが思う人の名前がここに記されてある。あなたが通り過ぎた人の名前がここに記されている。素朴な素直な心でお読みなっていただきたい。 

ギフトネーム 〝大いなる神秘(グレート・スピリッツ)代理シャーマンキング麻倉ハオの代〟〝場外乱闘〟〝闇討ち〟

〝AHO〟〝「だってあいつ 友達いねえだろ?」〟〝平安センス〟

寂しいお人、その子はきっと………狐の子(葉王様は御膝に小生又寝転び又胸抱く朝朗け)

 

 

 この黒い長髪をした女顔の男を見つけた、又は遭遇した場合、箱庭三桁以上のコミュニティ若しくはそれに値する実力者に報告。その場に該当者がいる場合即刻排除か同士と連携せよ。尚、箱庭外門にいる魔王達もこの者を排除せよ。

 

 

 

「寂しいお人その子はきっと狐の子。葉王様は御膝に小生また寝ころび、また胸抱くあさぼらけ………?」

 

 

 

 




 夜がほのぼのとあかるくなるころ、とある友達が、とある寂しがりな人の膝の上でゴロゴロして寂しがりな人が友達とにゃんにゃんしています。
 一緒ににゃんにゃんしながら寂しがりな人はその友達をやさしくそっと胸に抱きました。 又、その友達と寂しがりな人は、ともに過ごす朝郎けを、このように遊ぶ(とき)()()()心に抱くことができたよろこびをその友達と寂しがりな人がともに考えて詠った……。

 
 なおこのギフトは争いごとには全く向かないギフト、かもしれない?

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