ポケットモンスター虹 ~夢見る六花~   作:白草水紀

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長くなりそうだったので前後編に分けました。

もふがみ様(@cyberay01)のアルバ君をお借りしています。
といっても本当にラストの方だけですが……。次回いっぱい活躍してもらいます!


#3 VSルカリオ(前編)

 今朝の朝食は、ウタンの漬物付きの定食。ズリの実ソースも好きだが、どうしても懐かしい味が恋しくなったのだ。

「おばあちゃん、元気かなあ」

 ぽりぽりと歯応えのいい漬物を味わいながら、ロッカはふと故郷に想いを馳せた。

 

 シャルムシティは多くの異民族が集まってできた街のようだと聞いた。食堂のメニューには、洋食の他に中華や和食、様々な料理も取り揃えられている。昨日は真っ先にズリパンケーキを選んでしまったが、これだけ大量のメニューがあると、シャルム滞在中にメニューの全制覇はできるだろうか、なんて考えてしまう。

 少し楽しみを覚えつつ漬物に箸を伸ばすと、そこに丸い毛皮の手が伸びる。

「あっ、こら〝グラシエ〟!勝手に食べちゃダメでしょ!」

 グラシエ――タマザラシの名だ。昨晩は寝る時間も惜しんでつけた、彼女渾身のニックネームであった。タマザラシは主人(トレーナー)の制止も聞かず、ひょいと口に放り込む。サンドパンはタマザラシを叱るように低い声で唸るが、当の本人は知らん顔でもぐもぐと嬉しそうだ。

「んも~! いつの間にテーブルの上に登ってきたの?」

 言葉を分かっているのかいないのか、タマザラシはニコニコ笑いながら両手を叩いた。

 タマザラシの特徴として、その球体のような身体の他に拍手の習性が挙げられる。群れで一斉に拍手をすると、大音量が海岸沿いに響き渡るというのは何かのニュースで見たことがあった。

 もちろんロッカのタマザラシ――グラシエも例外ではなく、何かあればすぐに嬉々として両手を叩くのだ。てたたきポケモンの名は伊達じゃ無いな、とロッカは痛感する。

「あー……もうオボンの実食べ終わっちゃったの?」

 先ほどまで皿いっぱいに入っていたオボンの実は、跡形もなくタマザラシの胃袋に収められてしまったようだ。まだ食べ足りないとでも言うように、タマザラシは一声鳴くとカチコールの方へ転がろうとする。中心に座っていたサンドパンがそれを止め、自分の食べかけていたオボンを差し出した。目を輝かせてかぶりつくタマザラシ。ロッカは呆れながらも微笑んだ。

 

 タマザラシ、そして改めてカチコールを仲間にして帰還してからも、ロッカは不安を拭いきれないでいた。

 ――もし、タマザラシも私に心を開いてくれなかったら……。

 そんな心配を簡単に杞憂へと変えてしまったのが、このタマザラシのフレンドリーで能天気な性格だった。カチコールにはまだ誰に対しても若干の怯えがあるものの、タマザラシはまるで何事も無かったかのようにマイペースに振舞っている。

 おかげで少しずつ、ロッカのトレーナーとしての自信が戻ってこようとしていた。

 そんなロッカを上手くサポートしてくれるのが、相棒のサンドパン――ライムであった。

 どんな時も一歩後ろを歩くカチコールを導き、自由奔放に転がるタマザラシをたしなめ、まるで彼らの兄として振る舞うその姿。真面目な性格がきちんと現れており、ロッカは安心して休息を取ることができた。

 

 食器を片付けたところで、ポケッチで天気を確認する。じゃれ合うポケモン達を横目に見ながら、ボタンを押して画面を切り替えた。

 瞬間、彼女の目に映るドットの文字列。

「……ほ、本日……〝結氷の予報アリ〟――!?」

 目を丸くしてポケッチを覗き込むロッカを、カチコールは不思議そうに見つめていた。その様子に気づいた彼女は、興奮気味に顔を上げる。

「あ、あのね! 今日――遂に、目標の〝アイスエイジ・ホール〟に行きます!」

 きょとん、と主人を見つめるカチコールとタマザラシ。サンドパンは嬉しそうに頷いた。

「ええっと……私がラフエルに来たのはね、そのアイスエイジ・ホールに行くためなの。そこで、こおりポケモンをたくさん捕まえるのが、目標です」

 頬が赤みを帯びていく。目を輝かせ、ロッカは続けた。

「アイスエイジ・ホールには、フローゼス・オーシャンが凍らないと行けないの。それに、次に凍るのは何時か分からない……だから、今日は、絶対に、行きます!!」

「おーおー、すごい興奮してるね」

 ポケモン達に熱弁するロッカの後ろから声がかかった。振り向けば、片手をあげて笑うアルナの姿。相変わらず背には大きな鞄を背負っている。

「なになに、もっと寒いとこ行くの?」

「そ、そうなんですよ……!」

「あははっ、あたしと逆だあ」

 話を聞くと、アルナはどうやら砂漠方面へ向かうらしい。予定としては昨日から出発する予定だったそうだ。

「私のせいだ……ごめんなさい~!」

「いいのいいの! 砂漠は逃げないから!」

 ポケモンに木の実をいくつか、自分用にサンドイッチを買っていくと、アルナは足早に食堂を出て行った。姿が見えなくなるまで手を振るロッカ。それからポケモン達にもう一度向き直ると、「私たちも頑張ろうねっ」と頷いた。

 

 

 ――風が、冷たい。

 昨日とは比べ物にならないほど冷えている。18番道路に降った雪は真新しく、足跡は少ない。天気は曇り。昨晩から急激に気温が低下したのだろう、早朝には降雪があったようだ。

 新雪を踏みしめる音に、小さな息遣いと大きなくしゃみの声が混ざる。

「ひ、冷えるぅ……」

 露出した腕をぴったりと胴にくっつけ、ロッカは人気の少ない道を進む。開けた向こう側から突風。氷で冷やされた海風が、少女を容赦なく襲った。

「く、うぅ~……! キッサキ人として、情けないぞロッカぁ……!」

 自らを鼓舞するかのように、涙目になりながらもロッカは声を張り上げる。口を大きく開いて雄叫びを上げながら海に向かって走る姿は、まるで幼い子供のようにも見えた。

「うわあああぁぁぁぁ~! ……ぜえ、ぜえ」

 木々の間を抜け、たどり着いたのは。

「は……わぁ……!」

 数日前に見た光景とは、全く別の場所へ来たかのような。

 白い肌を撫ぜる凍えるような風を感じる暇もなく、ロッカはただ、目の前に広がる氷に圧倒されるしかなかった。

「本当に……海が、凍ってる――」

 流氷が集まり、重なり、凍っていく。波の音は聞こえない、代わりにギシギシと氷の軋む音が、静かな海岸線に響いていた。

 地平線までが白く凍っているかのような錯覚。どこまでも続くかのような一面の白銀。

 メガネをかけ直して、深呼吸をひとつ。

 今彼女が立っているのは、小さな崖の上。建てられた看板には、きちんと〝フローゼス・オーシャン〟と記されている。

(――ちゃんと、ここまで来たんだ、私)

 この先に待ち構えているはずの、目標の場所へ。

 小さく身震いして、側の階段を降り。

 そっと、冷たい氷原へと足を乗せた。

 

 氷の上には数多のポケモンの他にも、観光客かトレーナーか、人の姿も見受けられた。中にはバトルをしている者もいる。転倒して怪我をする者や、記念撮影を楽しむ人たちも大勢いた。

 彼らを横目に見ながら、ロッカは氷上を駆ける。寒さには弱いが、ここはやはり氷雪の街で生まれ育った少女だ。バランスを崩すことなく、滑るように人の合間をすり抜けて先へ進んでいく。プロのスケーターにも見えるその動きを、すれ違う人々はまるで奇妙なものでも見たかのように、物珍しそうに見つめていた。

 そんな彼女に、声がかけられる。

「なあ! 君……トレーナー?」

 少し驚いて振り向けば、ロッカとそう年の変わらなさそうな少年がこちらに向けて手を振っていた。そうだよ、と返事をすると、少年は意気揚々とモンスターボールを取り出す。

「――これってもしや」

「ああ、そうさ」

 少年の熱く燃えるような瞳が、真っ直ぐにロッカの視線を捉えた。その感触に、少女はぞくりと、少しばかりの恐怖と高揚感を覚える。

 自然に口角が上がる。冷えた身体の内側から、ふつふつと湧き上がる体温。

 ――野生のポケモンと相見える時とは、また違った緊張感。

 ロッカは、息を呑んだ。

「目と目があったら、ポケモン勝負! だろ?」


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