ポケットモンスター虹 ~夢見る六花~   作:白草水紀

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第1章【六花は銀雪を駆ける】
#1 VSカチコール


 街灯のない暗い道。地面には薄雪が積もっており、時折吹く強い風がロッカを震わせる。辺りに人気はなく、少女の息遣いと草の音だけが響いていた。

 突如、静寂を割くように背後の草陰が蠢く。

 小さく悲鳴をあげて振り向いた。ガサガサと揺れる草むらから逃げるように後ずさりする。

 寒さで判断力が鈍っているのか、無理と連呼しながら首を横に振る主人(トレーナー)を鼓舞するかのように、腰のボールが大きく震えた。

「……そっか、そうだよね。お願いっ、ライム!」

 光に包まれて現れたのはサンドパン。しかしその体表は氷で覆われ、鋼の爪からは冷気が漂っていた。砂煙の代わりに冷えて可視化する水蒸気を纏うその姿は、一般的に知られるじめんタイプのサンドパンの気配を感じさせない。

 ――リージョンフォーム。辺境の地アローラ地方のみで確認することができる、特殊な姿。生物学的には、砂地に生息する通常のサンドパンと大きな違いは無い。しかし、雪山に住まい、凍えるような世界に対応できるように独自の進化を遂げたのが、アローラのサンドパンだった。

 ロッカには、そんなアローラに生きる親戚がいる。彼女がライムと呼んでいるこのこおり・はがねタイプのサンドパンは、その人から譲り受けたものだった。

「まずは『ふるいたてる』!」

 雄叫びを上げ、準備体操のように腕を振り回す。そのまま草陰に潜むポケモンに突撃し、草ごと切り裂いた。

 姿を現したのは全身が結晶になっているかのような小さなポケモン。サンドパンに怯えるように飛び上がり、そのままその場から逃げ出そうとした。サンドパンは素早い動きで回り込むと、じりじりと距離を詰めていく。

 その隙に、ロッカは懐から取り出した機械で野生のポケモンを撮影する。

 彼女が持っているのはポケモン図鑑だ。シンオウ地方、フタバタウンに研究所を構えるナナカマド博士から譲り受けたもので、シンオウ地方のポケモンの情報を解析し、図鑑に登録する機能を持っている。

 しかし、いつまで経っても解析は終わらない。ロッカのサンドパンを登録しようとした時のように、カーソルはぐるぐると読み込みを続ける表示から切り替わらない。

 表示が変わったかと思えば、画面に映ったのは「未確認」の三文字。それを確認するや否や、ロッカは鞄から分厚い本を取り出して勢いよくページをめくり始めた。

 サンドパンの覇気と冷気に圧倒され、身動きの取れなくなっているポケモンと本を交互に見比べる。表紙には、こおりポケモン大全と記されていた。

「あった! カチコール……!」

 カロス地方などの雪山に多く生息する、身体全体が氷でできているこおりタイプのポケモンだった。

 ロッカは本から顔を上げ、サンドパンへ指示をする。

「よしっ、ライム! その子を捕まえるよ、『メタルクロー』!」

 鋼鉄の爪で大きく切り裂く。ガリッという嫌な音と共に、野生のカチコールは後方へ大きく転がっていく。しかし、カチコールだって素直に負けてはいられない。メタルクローのダメージが大きかったのだろう、よろよろと立ち上がると、身体を大きく震わせて『こごえるかぜ』を放った。咄嗟に丸まって防御の姿勢をとり、頑丈な背で受け止める。ぱらぱらと氷の破片が零れ落ちるが、サンドパンはピンピンしていた。

「『つららばり』!」

 背の針は冷気によりその大きさを増していく。そのままぐっと力を込め、鋭利な氷塊を無数に飛ばす。まるで弾丸のようなそれは、カチコールに避けさせる暇を与えずに命中した。

「ライム、ありがと! よーっし……とおりゃーっ!」

 ありったけのお小遣いを使って購入したモンスターボール。できるだけ無駄にしたくはなかった。ロッカは大きく振りかぶって、ひっくり返っているカチコールに向けボールを投げた。

 ぽしゅん、と気の抜けるような音がし、カチコールは赤いボールに収まる。そのままゆらゆらと地面の上で揺れ始めた。

 緊張。心拍数が上昇していく。

 ――これが、初めての野生ポケモンの捕獲チャンスなのだ。

(お願いっ……私の仲間になって……!)

 胸の前で手を握り、祈るような面持ちで揺れるボールを見つめる。不思議と寒さはもう感じていなかった。

 そして、ボールの揺れは止まる。

「や、やった――」

 安堵の息を吐くのが早いか、ボールからは光が溢れ出す。内側からこじ開けられた空のモンスターボールは草陰に転がっていき、ロッカの目の前には再びカチコールが現れた。

「ふえ……え?」

 付けたはずの傷はすっかり癒え、怒っているのか少しばかり興奮しているカチコール。そのままサンドパンに『とっしん』し、加えて『かみつく』の二連撃。

 あまりにも元気になっている相手にサンドパンも驚いているようで、ロッカに振り向いて一声鳴いた。

「わわわ私もわかんないよぅ! この本には生息地とタイプとかしか書いてないんだもん……」

 寒気がまたロッカを襲う。冷や汗がどっと溢れ出し、頭の中は真っ白になる。

 身体の震えが止まらない。腰が抜けたのか、その場にへたり込んでしまう。体温で溶けた薄雪が、水色のスカートに染み込んでいく。冷たい水分が、さらに彼女を凍えさせた。

 カチコールは、そんなロッカに容赦することなく突進してくる。サンドパンの脇をすり抜け、『アイスボール』を放とうとする。

 形成された氷の弾はまっすぐロッカへと飛んでいく。ロッカは来る衝撃に目を瞑った。

 が、彼女を襲ったのは冷気。ゆっくりと瞼を上げると、そこにはサンドパンがいた。傍には崩れた氷塊が転がっている。

「ライム……!」

 明るくなったトレーナーの表情を見て安心したのか、サンドパンも大きく頷く。

「……そうだよね、私が落ち着かなくちゃ!」

 メガネをかけ直し、深呼吸。冷えた空気で肺を満たす。

 雪を払って立ち上がり、目の前を見据えた。

「ライム! もう一回『メタルクロー』!」

 鋼の爪が再度カチコールを切り裂く。かなり効いたようだ。結晶は欠け、ヒビが入った。

「『こおりのいぶき』!」

 大きく息を吸い込んで、冷気を乗せて吐き出す。カチコールは避けることなく息吹を正面から受け止め、耐えた。

 瞬間、ロッカはカチコールが回復していた理由を目撃する。

 冷気に包まれたカチコールの身体には、ヒビや欠けが無かったのだ。まるでサンドパンの放った冷気を利用して、身体を凍らせて自己再生しているという具合に。

「そっか……わかった、私わかったよ! ライム、『アイアンヘッド』!」

 彼女の意図が伝わったのか、サンドパンも嬉々として命令を受ける。助走をつけて思い切り突進し、重い頭突きを打った。小さなカチコールはその衝撃に耐えられずに、大きく上空へ吹っ飛ばされ、鈍い音と共に地面へ落ちた。メタルクローよりも余程ダメージが大きかったのだろう、なかなか立ち上がることはできずに脚をバタバタさせている。

 そうしている間にも、カチコールの周りには冷気が漂う。自らの凍結を促進させようとしているのだろう、じわじわと辺りの温度は低下し、ヒビが少しずつまた癒えていく。

「今だあああ!」

 もう一度、カチコールへ向けて空のボールを投げた。

 地面の上でぐらりぐらりと、まるでロッカを試しているかのように揺れるモンスターボール。サンドパンも緊張した面持ちでその光景を見つめている。

 ――沈黙。風音と、息遣いだけが耳に入ってくる。

 そんな静寂を破るように、カチリと小気味好い音がした。ボールの揺れも収まっている。

 そう、捕獲に成功した証であった。

「……ふぁ、今度こそ……捕まえた、の?」

 ボールは静かに動かない。しんと静まり返った草むらで、そっと手を伸ばす。

 諦めたような、疲れたような顔で。カチコールはボールの中で眠っていた。

「や……やったああああうわああああん!」

 半べそになりながらサンドパンへと抱きつく。サンドパンも笑顔になってトレーナーを抱きしめ返した。

「うおおおおおお寒うううううう!」

 サンドパンはこおりタイプなだけあって体温も低い。びっくりしてサンドパンは回していた腕を引っ込めるが、それでもロッカはサンドパンにくっついていた。

「えっへへ……初めてのポケモンゲットだぁ」

 ガタガタと震えながら、それでも笑顔で、サンドパンを優しく撫でる。ありがとう、と呟いて、ボールへ戻した。

 腕のポケッチを見れば、時刻はもう夕飯時だ。シャルムシティの街明かりはまだ見えないが、ロッカは道路を走りだした。


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